「わしはこう見えても初代魔王として二千年もこの大陸に君臨していてのー。」
「ふーん。」
「あのノスもぺちっとあしらったくらいなのじゃ。」
「ふーん。」
リーザス城の一室でコネコネ泥を弄くる少女とがいた。少女はどこからか聞こえてくる声に聞く耳持たず、適当に相槌を打ち、黙々と自分の作業に集中していた。
「これっ、なんじゃその適当な返事は!」
「うるさいなっ! サテラは今忙しいんだっ! 普段と湿気とか温度が違うから大変なんだぞっ!!」
しかし、今しがたその集中は切れてしまったようだ。頭に被っていた妙な帽子を勢い良く地面に叩きつけ、どうもその帽子に向かって怒鳴り散らしている。と、その帽子は独りでにくるりと起き上がった。帽子ではない。ククルククルその人であった。今日で魔人達と過ごし始めて三日ほどである。
「痛いの~。そうじゃもうちょっと丸みのあるデザインにしてみんか。球状というのは魂を留めるには最も効率のいい形なんじゃぞ。」
どうやらサテラは新しいガーディアン用のゴーレムを作っているようだ。リーザス防衛用の雑兵として使うものだろうか。その積み重ねられた泥は、どっしりとした人型に近い姿に見える。
「ふん。そんな格好つかないのはお断りだ。大きく逞しい男性体こそがガーディアンとして相応しいものなんだ。」
サテラの代表的なガーディアン、イシスとシーザー。どちらも人間の男に近い形態をしている。逞しいと言ってもデカントのような巨体というわけではなく、やはりどことなく人間味が溢れている。実のところ、サテラが人間そっくりのガーディアンを作るのは先代魔王の影響があるとかないとか。
「待て、それは少々聞き捨てならんな。」
ぬるっと唐突に口を挟んできたのは筋骨隆々とはイメージのかけ離れた男。魔人アイゼルであった。
「確かにガーディアンとしての性能を求めると男性体となるというのは納得できる。」
まるでモデルのようにどこか見せびらかすような歩き方で部屋へと入ってくるアイゼル。流石世界一の美形と自称するだけはある。自分に酔っているようだ。その姿にサテラもククルも眉を潜めてしまう。黙っていれば…と彼女らが思ったのも仕方あるまい。
「だが普段から身の回りに配することを鑑みれば、美しい形態であるべきだろう。この私のような美男子か、あるいはホーネット様のような美しい女性のようなフォルムこそが相応しい。」
「なんだとっ。サテラのガーディアンが美しくないって言いたいのかっ! だいたいホーネット様の方がお前より百倍綺麗なんだ!!」
自分で作りもしないくせに難癖付けられるなんてたまったもんじゃない。だいたいホーネットと同等と考えることが烏滸がましいのだ。
「いやいや、やはりわしは丸型を推奨するのじゃ!」
「逞しい男型!」
「美しいフォルム!」
互いの譲れないものの為に、魔人界一下らない争いが今、始まるッ!!!
「マリス…これで三日も拷問が行われなかったわ。どういうことかしら…。」
「恐らくですが、ランス殿が決起なされたのではないでしょうか? 人質としてのこちらの身の安全が確保されたのではないかと…。」
ここは仄かな灯火だけが照らす場所。陽光届かぬリーザス地下の牢獄である。現在牢獄にはリーザス城に仕えていた人々がヘルマン軍によって大量に投獄されている。
それは元王女のリア・パラパラ・リーザスも例外ではなかった。彼女はヘルマンに制圧されて以降、魔人達が求める魔剣カオスへの鍵となるリーザス聖武具の在処を答えさせるために、長きに渡ってこの場で拷問を受け続けていたのだ。
しかしながらその拷問は唐突に止んだ。更にはリアの侍女であるマリス・アマリリスと同室となることも許されるという捕虜にあるまじき特別待遇である。もしやランスがリーザス軍を率いて解放しに来たのではないかという淡い希望がもたげたが、一向にそのような気配は訪れない。結果として、何故か待遇がよくなったという不可思議な現象が起きていた。
「…! リア様、誰か降りてきます。お静かに。」
悲壮感漂う静寂に、カツンカツンと足音が響いてくる。いつもの獄卒のものではない。遂に何かが起こるかとマリスはリアを守るために覚悟を決め、賽が振られるのを待った。拷問がなくなったということはその必要がなくなったということ。既に聖武具が全てヘルマンに回収された可能性もある。その場合、リア様に訪れる未来は…。
「何故わたしがこんなところに…。マリアちゃんが世界一のアイドルであるこのわたしを待っているのよ。」
「まぁまぁ人付き合いは大事じゃて。」
降りてきた男は確かヘルマン第三軍司令官、ヘンダーソン。特長あるオネエ言葉でヘルマン軍人でもかなり知名度の高い人物である。ここでヘルマン軍人が来るということは、最悪のシナリオが描かれてしまったということだろうか。
「御主がリーザス王女リアにその侍女マリスじゃな。お初にお目にかかる。わしはククルククルというしがない丸い者じゃ。」
絶望に押し付けられ、顔を伏したマリスに、天上から声が掛かる。もしやこの土壇場で来た救援かと顔を上げれば、その声はなんとヘンダーソンの頭の丁度上から聞こえてくるではないか。
「生首が…喋ってる………。」
王女として様々な珍品やら奇怪なシロモノまで献上されてきたリアとしても、人生初の対面であった。
「リア様、予予同意致しますが些か失礼な発言かもしれませんよ。」
生首は目に見えて落ち込んでいる。しかしこのククル、毎時毎分成長しているのだ。もうこの程度で泣き喚くような昨日までのククルではない!
「大丈夫? ククルちゃん。」
ヘンダーソンは例え生首であっても女性に優しい紳士である。
「うむ、うむ。もう慣れたのじゃ。」
唇を噛み、なんとかして涙を堪えるククル。ヘンダーソンの期待に答えないわけにはいかないっ!
「流石ククルちゃん偉いわ!」
「そうじゃろ! そうじゃろ!」
やった! 遂にククルは乗り越えた! 有難うヘンダーソン! 有難うヘンダーソン!
「それで、リア様に何か御用がお有りなのでしょうか…。」
目の前で繰り広げられた漫才に、鉄仮面と恐れられるマリスも、もうどうにでもなれと脱力しかける。が、危ない危ない。リア様の命が関わっているのだ。最後までリア様を守り通さねばならない。それこそがこのマリス・アマリリスの生きる意味なのだから。
「うん? 特にこれといってはないが、そうじゃのー。取り敢えず人間の王というものを一目見ておきたかったというところじゃの。」
おかしなことを言う。現国王はリアではなく、その父である。
「リア様は王女であって、女王では御座いません。」
「そうじゃったか? まぁいずれどうなるじゃろうて。」
どういう意味なのだろうか。リーザスが解放されるということか? まさかここに来てヘルマンがリーザスを開放する理由が見つからない。だいたいこの生首は何者なのだ。ヘルマン軍に席を置くものだろうか。それともこの奇怪な姿、新たな魔人だろうか。
「ちょっとククルちゃん。それはどういう意味よ! ヘルマンが負けるっていうの!?」
ククルの発言に驚くヘンダーソン。これはもしかしたら、魔人側はリーザスという国時代には興味がないという意味なのか? 一体地上で何が行われているのだ。
「んぁー、ヘンダーソンは知らんでもいい事じゃ。最悪の場合になっても助けてやるのじゃ安心せい。ほれ、もう気は済んだのじゃ。さっさと帰るのじゃ。」
マリスを思考の渦に落としたまま、ヘンダーソン達は牢獄を後にする。ククルの言葉は、冷め切った牢獄に仄かな熱を灯したのかもしれない。直に牢獄の中は先ほどのリーザス解放をちらつかせる内容に皆湧きだった。リアが女王として再びリーザスを統治する明るい未来に…。
「伝令! カスタム攻略隊が大損害を受け、撤退したとのことです! 相手側の大将はあの青い壁、コルドバ・バーン!!」
そして物語は再び動き出す。