一時期は呪いにより四魔女と恐れられ、和解後カスタムの街の復興に務めてきた女、エノレア・ランはある問題に大層頭を悩ませていた。それは街の復興が思うようにいかないだとか、隣国リーザスが崩壊してしまったことだとか、それに伴ってヘルマン軍が攻めてきているとか、リーザスから逃げ延びだ難民たちの処遇に困っているだとか、ましてやリーザスの青い壁とかいう元将軍が凄まじいペースで酒を飲むせいで街のアルコールが底を着いたとかそんなものじゃない。
リーザスが滅びてしまった。それは間違いなく一大事だ。自由都市とリーザスの架け橋としての役割も強く持つカスタムとしては商工上大きな痛手だ。
ヘルマン軍が攻めてきた。まだまだ小規模だが、元々カスタムは都市群の一つであって、軍隊を持っているわけでもない。正直もう手一杯手詰まりだ。他の自由都市群に要請を出したものの、芳しくない状況にある。
リーザス難民達の処遇は急務だ。街には溢れかえるほどの難民が訪れ、復興中であるカスタムにはそもそも宿も余分な住居もない。簡易テントが関の山だ。増えすぎた人口は食糧・衛生・治安殆ど生活に関わる全ての水準を大きく下げている。本来であれば、洞窟内にあった旧市街を利用することも出来たが、一ヶ月程前の謎の爆発によって旧市街は瓦礫の山と化してしまった。
コルドバ・バーン。唯一のリーザス軍の生き残り、又リーザス陥落の生き証人だ。何故彼だけが助かったのかはわからないが、兎にも角にもリーザスの情報を彼から得ることが出来たのは大きい。それに今ではカスタム臨時自衛軍の総司令としてその防衛術を遺憾なく発揮している。カスタムが未だ無傷でいられるのは彼の功績による所が大きい。
だが、問題は彼が連れてきた謎の物体だ。いや、とても役には立っている。凄まじい魔法と見識で、コルドバの腕と合わせてカスタムを不落の要塞と昇華したのも間違いない。しかも話によれば、あの物体によってコルドバも命を助けられたそうだ。有益、そう、それは間違いない。だが………。
「うわぁあああああん!! お母さぁああああん!!!」
「うわぁあああああん!! なんで泣くんじゃあああ!!! わしだって好きでこんな姿しとるんじゃないんじゃああああああ!!!!」
男の子の尋常じゃない泣き声と件の存在の声はエノレアの耳に届く。かれこれ十日ほど前から毎日のように聞くテンプレートだ。
机に山積みになった住民の苦情から目を背け、椅子から立ち上がりカーテンを開く。
男の子と少女の姿が目に入る。大泣きして地べたに座ってしまった男の子と、脳天気な表情で笑う少女。そしてその少女の頭の上には、生首が乗っていた。
「わし、悲しくて死にそう。」
「ぷ…くくっ………。これも私の店を壊したバツですよ。さぁ生首さん今日も頑張って働いて下さい。」
「生首って、言うのは、やめるのじゃあああああぁぁぁぁぁ………。」
「あ、逃げた。」
ぴょんぴょんとバウンドして移動しながら、生首、もとい元魔王ククルククルは世の厳しさに咽び泣いた。
コルドバとククルは、リーザスで一命を取り留めたフルルとなんとか合流した後、ククルの推挙でカスタムの街に世話になることとなった。カスタムは自由都市としては四魔女を代表する豊富な戦力を持ち、元々の治安もいいとあって、ヘルマン軍から逃れつつリーザス開放への一手を打つのに適した土地であったのだ。
ククルは依然として生首のままだった。昔は一日二日で生えてきたものだが一体何時になったら体が元に戻るのか…。ククルは不安でしょうがなかった。取り敢えず魔法を撃つ分には申し分なかったため、トマトの借りの件も含めてカスタム防衛の一要因として働いてみたものの、生首が動く姿にカスタム市民は騒然。バーン夫妻の協力もあってどうにか街にいることだけは認められたのだった。
「ここの連中はわしの辛さが全くわかっておらん! これだけ可憐な少女が傷ついているというに奴らは皆悪魔じゃ。いや、神じゃあ! 」
ククルにとって、神も悪魔も似たような存在なのだ。どちらかと言えば神のほうがよっぽど質が悪い。
「私にそんなこと愚痴られても…。それに悪魔なのか神なのかどっちなのかはっきりしなさいよ。」
ここは防衛兵器開発長にして元四魔女の一人、マリア・カスタードの家である。真っ青な髪とむっちり体型が特徴的な元四魔女ではあるが、ある呪いが解かれた時にその魔力を失っているため魔法は使えなかったりする。現在マリア自身が開発した防衛用兵器チューリップシリーズの調整中である。
「はっ、こんなにも訴えておるのに薄情な奴め…。もういいのじゃもういいのじゃ。」
「ちょっと! チューリップ二号の中に入んないでよっ!」
もぞもぞと髪の毛をまるで触手のように動かし、砲身の中へ入っていく姿は、女性に対して躊躇われる発言ではあるが、ちょっと気持ち悪かった。
「ねぇマリア。まだ終わんないの?」
マリア家の窓からにひょっこりと顔を出したのは魔想志津香。彼女も同じく元四魔女であり、マリアの親友でもある。
志津香はマリアの家に礼一つ言わずに入ってくる。マリアも特に咎める様子はない。それは彼女たちがどれほど気心知れた仲であるのかを端的に表していた。
志津香はマリアとは違い、純粋な魔法使いだ。その才能は大陸でも五本の指に入るかもしれない程。その名は徐々に知れ渡り、今やカスタムの街で緑の少女といえば魔想志津香だ。哀れトマト・ピューレ。キャラの濃さでは勝っているはずなのだが。
「ご、ごめん志津香。ククルちゃん謝るから出てきてよ~。」
「嫌じゃ嫌じゃ。もう街なんて守ってやんないもん。」
「あー、また生首が迷惑かけてるわけ? あんたいいかげんにしなさいよ。」
ククルがマリアに迷惑をかけるのはここ数日の日課となりつつあった。ククルのことを名前で呼んでくれるものが、元々人間としてのククルを知っているバーン夫妻を除いてマリアしかいなかった。そのため彼女は頻繁にマリア家を出入りし、日々の鬱憤を晴らしていたのだった。
「うわああああああ!! 志津香は血も涙もないのじゃ。謝るまでわしは出てこんぞ!」
子供か…。思わずため息が出る。つい最近まで別の存在によって悩まされていたというにまた新たな悩みの種が…。
「はぁ~、やっとランスがいなくなったと思ったら今度はヘルマン軍に生首。ふんだり蹴ったりだわ。」
ククルの脳内に電撃が走る。
ん? ランス? そういえば最近自分の事で精一杯で、何か重大なことを忘れていたような………。
唐突に、ククルの絶叫が砲身内に木霊する。肺も無いだろうにどうやってこんな大声が出るのか志津香は不思議でならなかった。
「忘れてたのじゃ! リス*の洞窟じゃ! あのスケコマシがこのままだとリスを追っ払って会えなくなってしまうかもしれないのじゃ!!!」
※ 丸い者の一種 魔人ケイブリスはリス出身の魔人
「えっ!? ククルちゃんランスの事知っているの!?」
「説明は後じゃ! んっ、おっ、あれ? 抜けん!? 出れん!? 動けん!?」
純真なマリアに下らない意地悪をし続けた罰なのか、それとも先ほど神と悪魔を同時に敵に回す発言をしてしまった天罰か。どうやらククルはチューリップ内にぴったりとはまってしまったようである。
「マリアっ! 助けてくれええええええ!!」
自業自得ね…。と呟く志津香。まぁ、無理もないだろう。彼女は自身の魔法に相当の自身とプライドを持っている。少なくとも、同じ魔法使いに負けるなんてことはまずないと。しかしながらなんとこの生首はこんななりをして志津香以上に強力な火魔法をカスタム防衛時にバンバンと打ち続けてくれやがったのだ。まさかこんな首だけびっくり人間(?)に負けるなんて、と彼女がその夜ベッドで嗚咽を漏らしていたことはマリアだけの秘密である。
「う~ん、これはちょっと分解しないと無理かしら。でもこれはプロトタイプだからそんな簡単に分解できないのよ。それに中のククルちゃんを安全に取り出すとしたら三日は欲しいわ…。」
因みにこのチューリップ、名をチューリップ二号マレスケ試作型という。実に長ったらしい名前のこの砲台は、四魔女の育ての親にして呪いの指輪を付けさせた魔法使いラギシスを倒すために急ピッチで作られた傑作である。
「そんなに待てんのじゃ! なんとかならんのかぁ!?」
「自分から入っておいて酷い言い草ね。生首、魔障壁くらい貼れるわよね。」
「な、なにをするんじゃ…。まさか………。」
志津香は砲台後方に両手をつき、軽く深呼吸した。
「火爆破!!」
「やっぱりのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………。」
「おー、よく飛ぶもんねぇ。」
「って、ちょっと志津香! どうしてくれんのよ! 天上に穴開いちゃったじゃない!!」
そこかよ、と突っ込む志津香。今日もカスタムは平和だった。