勢いで書いているからそうなってしまうことに反省しています
こんな行き当たりばったりの作品で申し訳ありません
僅か一合。
当たり所が悪ければ一発で人を殺せる程度の硬度を持っているはずの武器が粉々に砕け散る。時には拾い、時には奪い、手当たり次第この戦場にあるありとあらゆる武器を振るものの何度やっても全て結果は同じ。
「シッ!!」
目の前を通り過ぎる剣の刀身は美しく、あれだけ打ち合ったにも関わらず刃こぼれの一つもない。武器としての性能が違いすぎる、絶望的な戦力差。
「無駄無駄無駄!そんなへっぽの武器じゃ俺と打ち合うことなんてできねぇぞぉ!」
賊の巨大化した筋肉から繰り出される一撃は、鈍重なれど凄まじい破壊力を秘め、触れればボロくずとなるだろう。そんな絶望的な状況、周倉は確かに笑った。
「てめっ、何がおかしいんだ!」
「いやぁ悪い悪い。最近嫌なことばかりで流れが完全に終わったと思ってたんだけどさ。こう、神様っていうのは平等っていうか、きちんと悪い後にはいいこともあるもんだなってつい笑いがこみ上げてきて」
「ああ?何言ってんだよお前」
賊にはまったくもって理解できない。あまりの状況に気が狂ったのか、隠れきれていない忍び笑いを続ける目の前の男が、ただただ気持ちが悪い。手癖が悪く、何度も何度も武器を変え立ち向かってきた奇妙な男、それなりに歯ごたえがあったがさっさと終わりにしよう、そう決め最後の一撃を加えるために大きく振りかぶる。
「じゃあな、無駄な苦労、お疲れさん」
25合、それだけの回数防ぎ切った男に向けて、心にもないねぎらいの言葉を送る。きらめく剣は太陽の光を反射し、神々しく存在感を放つ。その光景は今から人を斬り殺すものとは到底思えず、目を奪われるには十分であった。
だが現実は無情にも、振り下ろされる。
防ぎようのない攻撃は目の前の薄気味悪い男、周倉を真っ二つにする、はずだった。
「当たらなければどうということはない、なんてな」
防げないのならば回避すればよい。単純明快、例えエクスカリバーの一撃もハリセンのツッコミも当たらなければ同じである。
賊の攻撃をギリギリですり抜け懐に入り込んだ周倉は、その密着した距離にて己の切り札を大いに振るう。ファイティングナイフは賊の剣同様、防具含めて簡単に腕を切り裂いた。
賊は痛みに顔を歪め距離を開けようとバックステップを行おうとするも、完全に読まれ足を引っ掛けられ盛大にすっ転ぶ。
この賊の不幸は自分よりも技量で勝る人間に出会わなかったこと。防ぐことができない、そんな嵐の中心に無手で飛び込んで攻撃しようとする人間が今までいなかった。盾を構え突っ込んできた奴は盾ごと切り飛ばせた。槍で距離を取ろうとした奴は槍ごと真っ二つにしてやれた。何も持っていないただの人間など、力と速さでねじ伏せることができた。
それほど自身の手にある武器を過信していたのだ。
―――これがある限り誰も俺を止めることはできない。
なんて儚い自信を打ち砕かれた賊は、笑顔の周倉に頚動脈を掻っ切られあっけなく死んだのだった。
「あー、死ぬかと思った」
余裕の勝利、そう思われるかもしれないが実際はいっぱいいっぱいであった。まともに打ち合える武器はなく、戦場に転がっている武器も有限、もちろん周囲には敵も味方も入り乱れ、目の前の賊一人にかかりっきりというわけにも行かない。おまけにラストは決死の飛び込みすらしなければならず、わざわざ挑発して、動きを単調にしてようやく避けれたくらいであった。
だがそれほど危険を犯してなお、お釣りがくるものが手に入った。この世界にはオーパーツと呼べるような武器がある。それは関羽が使う青龍偃月刀や張飛の丈八蛇矛といったものがこれに当たり、周倉が持つファイティングナイフもある意味同様だ。恐ろしい切れ味にありえない強度、打ち合ってもほとんど刃こぼれせず、何人斬っても刀身は曇らず、圧倒的な存在感を見せつける。英雄が所持するためにある、まさに奇跡と言っても過言ではない代物。
故に周倉はそれを求めた。周倉として箔をつけるため、今後の戦いを生き残るために。単純な身体能力ではかなわない化け物たち、この世界の武将たちになりすまし渡り歩いていこうと思うならば手段は選んでいられない。一つでも持てる手札、切り札が必要である。
この目の前の剣は、まさにそのひと振り。
思わずここが戦場であることを忘れ、まじまじとみた。なかなかの質量、残念ながら片手で振るうことができなさそうではあるがその重みが逆に安心感をもたらす。
「隊長、ぼさっとしてないで」
「お、ああ。敵将、討ち取った!貴様らの将はもういないぞ!」
せっかく敵将を討ち取ったにも関わらずぼさっとしていた周倉に向けて部下の一人が声をかけた。将を討ち取ったと知ればこちらの士気は上がり、敵は逆に意気消沈するだろう。もっとしっかりと剣を見たいという欲求はあるが、戦闘を早めに終わらせるべく、慌てて声を張り上げ叫んだ。
慌てて逃げ出す者、武器を捨て降伏を申し出るもの、それでもなお最後まで戦い抜こうとするもの。まだ戦いは終わっていない。
「こんな戦い、さっさと終わらすぞ」
「・・・それをゆっくりと眺めたいからじゃないですよね?隊長」
「まさか、そ、そんなわけないじゃないか。戦いの早期終結、皆無駄な命を散らすべきではない。まだまだ俺達の戦いは続くのだからな」
「う、うそくせー」
「うっさい!さっさとお前も動けや!」
へいへい、と早足で駆けていく部下を見送りながら新たに手に入れた剣を握り締める。周倉は、笑いが止まらなかった。
「ご機嫌っすね隊長。何かいいことでもあったんです?」
「わかる?ほれみろよこれ。どう、どうだ?」
「なんという見事な剣。隊長に似合わない・・・」
「どういう意味だこらぁ」
作戦は無事に成功、さほど被害は出ず、完勝と言って良い。今回の作戦は伏兵、関羽達が取り逃がした敵を待ち伏せ襲うだけの簡単なお仕事であった。
今回は雛里がかなり頑張ってくれたらしくまさに美味しいとこどりができるポジションに据えてくれたのだが、残念なことに逃げてきたのは大将首ではない残党たち。捕虜の話を聞けば、大将自体は既に関羽の手で討たれたとか。ついてないことこの上ない話である。
だがそれでも収穫はあった。それが今周倉が手にしている剣である。
いろいろ試したくてウズウズしている最中、突然慌てた様子で一人の兵士が駆け寄ってきた。確か斥候として出したうちの一人、ここは既に合流地点近くだが、その慌てようから本陣の方で何かあったのか。
「どうした?なにかあったのか?」
「隊長、合流地点に・・・」
「合流地点に?」
「劉の旗以外に、曹の旗が」
「曹・・・まさか曹操か!」
「はい、間違いないかと」
劉備と曹操、まさか二人の出会いがこんな形になるとは。しかも劉備以外に北郷という未知数が交じると果たしてどうなるのか想像もつかない。この時点では敵対するということはないはず、どう動くべきか。
「か、帰りたくねぇー」
「隊長、何情けないこと言ってるんですか」
「いやだってあの曹操だよ?覇王だよ?あったことないけど絶対面倒なことになりそうじゃん」
「じゃんっていわれても・・・仕事、してくださいよ」
背後でうんうんと頷く部下たち。同情はしてくれても助けてくれることはないらしい。ああ、本当に素晴らしい仲間を持ったものである。そうこういっているうちに本陣近くまでたどり着いた。
「わかったわ。仕方ないが俺は報告があるから劉備様のもとへ行ってくる。お前たちはけが人の治療、装備品の手入れ、あと飯食ってゆっくり休んでくれ」
「了解しました。隊長も無理しないでくださいよ」
「わーってるって。んじゃご苦労さん」
即席で作った剣帯に剣を収め、劉備たちがいる天幕まで向かう。新しく腰に加わった重みがなんともくすぐったい。新しいおもちゃを買ってもらった子供か、と今の自分の姿を省みて周倉は思わず苦笑いをしてしまった。だがこれから行く先に何が起きるかと考えた瞬間、暗鬱な気持ちになった。
周倉ができることは恐らく行われているであろう会談、既に終わっていることを祈るのみ。
劉備たちがいる天幕へと向かう途中、人が右へ左へ慌ただしく奔走している。戦いの後はだいたいこんなもので、やることなんていくらでもある。ちなみに劉備や関羽、張飛や軍師殿たちが歩いていれば、奔走の中でも皆一礼したりするのだが、残念ながら周倉にはそんな気遣いはされなかった。
いつものことをいつも通りに受け入れていると、なにやら前から見慣れぬ集団が歩いてくる。劉備軍は小規模、見慣れないということはつまり別勢力の人間、ということ。ではこの場にいる別勢力の人間とは誰か。
その姿はまさに威風堂々、小さくも遠目から見てわかるほどの覇気と威圧感、まさに英雄足り得る貫禄を持った少女がこちらに向かって歩いてくる。そしてその少女の斜め後ろ、護衛であろう女性は・・・周倉の目には化物に映った。
「曹、孟徳」
周倉の口から言葉が漏れる。彼女は正しく『覇王』だ。目視しただけでここまで圧倒されたのは初めて関羽を見たとき以来、神経がピリピリと焼け、嫌な汗が流れる。
咄嗟に気配を消し、群衆の中に紛れた。半ばそれはある種の生存本能からくるものだったのか、関わってはいけないと無意識の行動であった。
ゆっくりと距離が縮まる。心臓が飛び出してしまうのではないかと思うくらい激しい鼓動、ただ歩くだけの作業がとてしもなく緊張する。
残り5m
残り3m
残り1m
そしてついにすれ違う、その刹那の瞬間。
「へぇ、面白いわね」
少女―――曹操は目を細め、挑発的な笑顔で周倉を見た。
「失礼します。周倉、只今帰還しました」
「あ、お疲れ様です。周倉さん」
「お疲れ様でした。ご無事で何よりです」
劉備、雛里が笑顔で出迎え、続き一人一言づつ周倉に向け、ねぎらいの言葉をかけていく。最近は雛里の頑張りによって、あれほど冷めていた態度もだいぶ和らいできている。諸葛亮からの指示は相変わらずだが、それでも多少なりともフォローは入ってきていた。まさに雛里さまさまである。
「遅くなりましたがご報告をさせていただきます。周倉隊は軍師殿の指示通り伏兵にて敗走してきたものたちを撃破、うち将を一人打ち取りました。既に大将は関羽様方に討ち取られていたそうで、たいして士気もなくこちらはほとんど無傷で戦闘を終えることができました」
「ご苦労様でした。これでこの地域はおおよそ平穏を取り戻したと思っていただいて構わないでしょう。ですが・・・」
喜ばしいニュースであるはずが、皆なぜか一同戸惑いの表情を浮かべていた。理由は明らかであろう、そう原因は彼女だ。
「はい、こちらの戦場では予定通りことが運んでいたのですが、ある一軍が援軍として駆けつけてくれたんです。それが、曹操軍」
「曹操軍ですか」
曹操、言わずもがな劉備と並び三国志の超有名人、『覇王』と称される人物。そして周倉にとっては恐怖の対象。
「それで、何が問題だったのでしょうか?」
周倉の問いに諸葛亮はちらりと関羽を見て、酷く、とても言いづらそうに口を開いた。
「そ、曹操殿、彼女は愛紗さんに一目ぼれしたみたいでしゅ」
「・・・は?」
関羽は怒りを、劉備は苦笑いを、張飛は笑顔で、諸葛亮は諦観を、雛里は頬を赤く染め、北郷は疲れた表情を浮かべた。そして周倉は開いた口が塞がらなかった。
「えーと、それはその」
「・・・曹操さんは以前から『女性にしか興味がない』ようで。戦場で戦う愛紗さんの姿を見て是非とも欲しい、と思ったそうで。ついさきほどこちらにやってきて、熱い勧誘をしていきました」
「要するに引き抜きってことですか」
「あ、ありていにいえば」
「私が仕えているのは桃香様ただ一人、あの曹操につくなんてありえません」
「まぁ、そうですよね」
鼻息荒くしている関羽をどうどうと宥める劉備と北郷。
「断るんですよね?じゃあ何か問題でも?」
「ええ、まぁ問題がこれで終わらなかったというべきですか。周倉さんも以前から物資の不安を抱えているのはご存知ですよね」
もちろんそれは当然である。ほぼ自転車操業のようなことをしている劉備軍は常に不足気味、そのための任務をどれほどこなしているのか。そういう意味では周倉隊は影の立役者といっても過言ではない。もちろん知る人間はごくわずかに限られてはいるが。
「それで、ですね。曹操さんは愛紗さんを渡せば物資の支援をしてくださると言いだしたのです」
「つまり、足元見られたと」
さすが覇王、非常にエグいところを狙ってきている。関羽という絶大な戦力を保持しているからこその劉備軍。だがその戦力を保持していても軍としての体裁を保たなければ意味はない。関羽を残しジリ貧の中戦い続けるか、関羽を渡し戦力が低下するものの潤沢な物資で戦い続けるか。
長い目で見れば関羽を手放すのは悪手、だがその長い先に行けなければそもそも意味がない。それに人一人手放すだけで援助が入るのならばむしろこちらに有利な条件である。
「ひとまず返答を保留させてもらっています。そしてその期間共闘を申し込まれましてそちらは受けました。多少援助も頂けるようですし悪い話ではないんですが・・・」
「うぐぐぐぐ」
「葛藤があるからこそ、関羽様はあれほどイラついているわけですか」
「そういうことです」
関羽の内心は複雑であった。自分が身を捧げればひとまず劉備軍の危機はさる。だが自分がいなくなれば劉備の身の安全もわからず、誓いを破ることにもなりかねない。あちらを立てればこちらが立たず、関羽の苦悩は続く。
「で、御使い様はなぜあれほど気落ちしてらっしゃるので?」
その関羽の横、北郷は関羽をなだめつつ、時折深い深いため息をつく。最近自信というものを備え始めていたように思えたのだが、その影も見えやしない。
「ええっと、曹操さんに色々言われたんでしゅ」
ぱたぱたと魔女帽子を抑えつつ雛里が駆け寄ってきた。その内容は中々にひどかったらしく相当こたえたようだった。関羽を絶賛する横で、酷評される北郷。ああ、確かに自分の主たる人間を酷評されれば余計行きたいとは思わないだろう。
「周倉さん・・・」
いきなり声をかけられ、周倉が驚いて背後を振り返ると北郷がそばに寄ってきていた。
「俺、そんなにブ男かなぁ・・・頼りなさそうに見えるかなぁ・・・ダメ人間に見えるかなぁ・・・無能かなぁ・・・」
「そ、曹操殿は男にいい印象を持っていないみたいですし、そんなに落ち込まなくても良いかと思いますが」
「そ、そうかな?」
「それに御使い様だからこそ、皆ついてきてるんですよ。もし私が御使いであったとしてもきっと劉備様はついてきてくれなかったでしょうし」
「そ、そうだよご主人様。私、ご主人様以外が天の御使いだなんて認めない。ご主人様じゃなきゃ、いや、だよ」
「そうです。ご主人様だからこそです!」
「お兄ちゃんはおにいちゃんなのだー」
あーアホらし。
皆からはやし立てられ徐々に自信を回復していく北郷。自分で言っておきながら微妙に納得できないが元気が出たのならばよしとしよう。周倉は微妙に傷ついた心を雛里の頭を撫でることで癒す。その当の本人である雛里はなぜ撫でられているのかわからないものの、何も文句を言わずされるがままとなっていた。
グダグダになったためにひとまず解散となり、自分の天幕へと戻る。その隣には雛里も付いてきていた。
「ん、ふっ、せいっ!」
剣を一つ一つ確かめるように振るう。大量生産される一般兵が持っている剣ならいざ知らず、この剣には独特の癖のようなものがある。それは武将個人に合わせて作られているためにできている癖なのか、それとも元々作られた際に既にあったのかはわからない。ただ言えるのは今のままでは自分ではまだきちんと振れないということ。
故に身体を最適化、なじませるために何度も何度も剣を振るう。
「あわわ、すごい、です」
「ん、わかるの?」
「はい。私はあまり武に詳しいわけではありませんが、その剣がかなりのものだということがわかります。・・・あ、誠さんが見劣りするってわけでは・・・」
「見劣りしてるよ。だからこそ訓練してるわけだしね」
ほぼ一時間、動かし続けていた身体を休めるため剣を地面に突き刺し、訓練の様子を見ていた雛里の隣に腰を下ろした。
「あ、誠しゃん。これどうぞ」
「ん、ありがとう」
噛んでしまった雛里をスルーしつつ手渡されたタオルで汗を拭う。タオルというほどふわふわしてるわけでもなく、本当に汗を拭うといった代物であるが用途はさまざまなくてはならない代物である。
「劉備様は曹操殿の申し出を受けそう?」
手持ち無沙汰となった周倉は先ほどあったことを思い返す。どんな会談であったかわからないが、劉備という人物を多少知っている周倉はありえないと思いつつ尋ねた。
「恐らくお断りすると思います。誰よりも、仲間を大切にしている方ですから」
「そう、だね」
「でもそうすると物資の問題が解決しません。どうにか曹操殿から引き出さなければなりません。その妥協点を見つけるのが私たちの仕事だと思います」
「軍師殿たちの腕の見せどころだな。期待しているよ、鳳統軍師殿」
「あわわっ、あ、頭撫でないでくださいぃ」
ぐりぐりぐり、雛里の頭を撫でる。急に頭を揺らされ目を回してしまっているようだ。大事な役目ではあるがあまり深刻になってもいいことはない。これくらいがきっとちょうどいいと思う。
さて再開しようと思い、腰を上げようとしたそのとき、一人の男が現れた。
「や、周倉さん」
「御使い様、どうしてこちらへ?」
「周倉さんがここで訓練してるって聞いてね」
突然現れた北郷の手には木刀と水筒、タオルがあり、地面に置くとグーっと背伸びをしたあと身体をほぐし始めた。
「俺も混ぜてよ。たまには身体、動かしたくてさ」
「はぁ、まあいいですが」
柔軟している北郷の横で再び剣を取り振り始める。一度休憩を挟んだおかげで無駄に込めていた力もそげ落ち、先程よりもいい感じだ。
「あれ、それ新しい剣?」
「はい。此度の戦で敵将が持っていたものです。捨て置くにはもったいないと思いまして」
「すごいな。俺じゃそんな大きな剣振れないよ」
そう言って隣に立ち、木刀を降り始めた。剣道をやっていたと聞いただけあって余計な力みなく、素直に振れている。筋力、基礎体力もそれほど悪くはなさそうだ。まぁこの世界にいるだけでも体力はある程度付く。加えて曲がりなりにも軍事行動を共にしているのだからなおさらだ。
「さすが御使い様ですね。素直ないい太刀筋だと思います」
「そうかな、ありがとう。それとさ、御使い様なんて呼ばずに、一刀でいいよ」
「そんな、恐れ多い」
「うーん、そんなもんかなぁ」
天の御使いと名乗った時点で本来ならばこんなことも許されないのですよ、そう言っても良かったが黙っておいた。劉備も北郷もこの隙の多さが逆に親しみを集め人気の一旦となっているのだから。
「あ、そうだ周倉さん。模擬戦やろうよ」
「はぁ、さすがにそれは危険ではないかと」
「そ、そうですよご主人様」
雛里も周倉とともに否定に入る。剣を降るだけならまだしもさすがに模擬戦では怪我、最悪死ぬようなことだってあるかもしれない。
「うーん、愛紗と訓練するときは最後に模擬戦やってるから大丈夫だって」
むしろ関羽と模擬戦をやっている時点で凄い。であればちょっとくらいやっても問題ないかもしれない。もちろん真剣でやるわけじゃないし、手加減をすれば大丈夫であろう。
「わかりました。怪我しないように注意しましょう」
「あわわ、しゅ、周倉さん」
「よっし、やろうやろう。愛紗と模擬戦やると文字通り死に物狂いになるからさぁ」
「ああわかります、実際死にかけましたし。加減知らないし根性論やめてほしいですよね。気合があればなんとかなる的な、頭悪いというかなんというか。あんな細腕で偃月刀振り回してる時点で自分が異常だっていうことに気づいて欲しいです」
「だよな。せめてもう少し段階踏んでくれれば」
こんなところで意気投合、つい口が滑る滑る。剣を収め木刀に持ち替え、さぁ始めようか、そう思ったとき。
「ほぅ」
背後で聞いてはならない声がした。周倉の背後を確認できる北郷は既に顔を真っ青に染め、絶望にて顔を引きつらせている。死んだ、そう思った。
「なるほど、二人とも死にたいんですね」
背後には修羅がいた。
そのあとの記憶は鮮明に覚えている。二人して関羽と模擬戦を行い、一方的に殴られ周倉は打撃により肋骨を折られた。北郷は関節を決められ、文字通りその巨大な胸に抱かれ昇天した。新しい武器に舞い上がり、関羽にやられたという同士に巡り合い嬉しさのあまり背後への警戒を忘れた周倉ももちろん悪い。
だが一体なんなんだこの差は。
お仕置き、って感じである北郷に対し、周倉へは折檻。片方には愛があるのに対し、もう片方にはそんなものの欠片も感じられなかった。
肋骨が痛くて戦闘に出れない。せっかく手に入れた剣をお披露目する機会もない。軟弱モノ、怒鳴られ、折ったのお前だろと言い返してしまい、ヘッドバットを受け額から出血してしまった。当の本人はピンピンしてるのが理不尽でならない。
もう一つ理不尽なのは、関羽だから仕方ないという風潮はやめてほしい。普通部下に怪我させて「すまん、悪かった。次からは注意する」って子供か。実はこの世界は世紀末並に無法地帯なのかもしれない。
「ちょっと替わりなさい!華琳様が穢れるわ」
「うっさいエセ猫耳。替われるもんならさっさと変わってやるわ!」
更にはけが人で暇人だからという理由で曹操のところまでお使いに行かされていたりする。女尊男卑が特に激しいこの軍においては使者であっても男であれば扱いが悪い。格下である劉備の使者であることも拍車をかけている。曹操なんかは関羽ではなく周倉が使者としてきたと知ると明らかにやる気をなくすほどである。
「桂花。楽しそうなところ悪いけど、もう少し静かにしてちょうだい」
「そ、そんな楽しそうだなんて華琳様っ」
「悪いわね、周倉。もうしばらくその体勢のままでいなさい」
「・・・了解しました」
そして今、周倉は両手両膝を地面につき、曹操の椅子となっていた。その姿を見た曹操は嗜虐的な笑みを浮かべる。それは酷くあくどい笑み。
そう、周倉があまりここに来たくない理由、とある事情により曹操に対し絶対服従となっているのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます
今回はひどいシーンはほとんどなかったと思います
期待はずれに思われる方がいたら申し訳ありません