ただ、俺は信じて『頼った事』はあっただろうか。
飛鳥とメルンが勝利を分かちあっていた時、ペストがディーンの拳から這い出てきた。如何にもやってられないといった態度だったが、不思議と表情は晴れやかだった。
「全く、ひどい目にあったわ」
「オイコラクソ斑ロリ。何テメー負けてんだよ。これでまーたお嬢様が調子乗っちまうだろうが」
「あら、もしかして増長するのを心配しているのかしら?」
「茶化すなよ」
肩をすくめたペストを軽く睨む十六夜。
十六夜の狙いを裏切られた形となったので多少の苛立ちを抱えていたのは理解出来たが、表面化してしまった事は彼自身にとっても意外な事だった。その様子にペストはニヤリとして続けた。
「まあ確かに怒ったことで足元を掬われたって事はあるけれど負けるつもりでなんか戦っていなかったわよ」
「それこそまさかだ。そうじゃなきゃお嬢様ももっと悔しそうな顔をしていただろうし、あんだけ煽られたお前が抑えるとかないからな」
ヤハハ、と十六夜が笑うと、それもそうかとペストも釣られて苦笑した。そんな中で十六夜は飛鳥の能力について考察していた。
(メルンが”一瞬”で地面をゲル状にさせたってのが引っかかる。…………お嬢様の恩恵はただ従わせると言うよりも別の側面を持ってるって感じだな。まあそれは今考えてもしょうがないか。)
十六夜は考えていた事を切り替える様に、殊更呆れたような声を出した。
「そしたら編成案も少しいじんないとな。曲がりなりにも元・魔王サマに勝っちまったんだし、約束は守らなきゃなぁ」
「あら、その必要は無いわよ。私前線に出る気は無いから」
「・・・・・・・・・はあ?」
流石の十六夜も飛鳥の発言に思わず間の抜けた声を出してしまっていた。否、この場のペストを除く面々は確実に呆気に取られていた。その表情に気分を良くしたらしく、飛鳥は弾んだ声で続けた。
「私自身が前線で戦力足りえるとは思ってないわよ。私がディーンから離れれば制御は雑になるだろうし、近くにいれば戦線の人たちに余計な苦労をかけるでしょうから、むしろ足でまといよね。それくらいは分かっているつもりよ?」
黒ウサギは恐る恐る「では何故戦ったりなさったんデスカ?」と問うと、飛鳥は手の甲で髪を撫で、不敵に笑って告げた。
「そんなもの決まっているじゃない。十六夜君にこの久遠飛鳥を軽んじられたのよ?信頼に値しないと。その舐めた判断を覆すための実力を示したかっただけよ」
十六夜はそのあまりの堂々とした姿に、一瞬見惚れてしまっていた。気品さを欠くことなく、虎視眈々と牙を磨く油断のならない瞳と、不敵な笑みは十六夜の心に鮮やかな爪痕を残していた。それと同時に、認めざるを得ないと妙な脱力感と共に考えていた。
「…………確かに俺はオジョウサマを測り違えていたみたいだな。久遠飛鳥は俺達のコミュニティの信頼に足る人物だ。これからよろしくな……………あ、飛鳥」
少し頬を染めつつ伸ばされた十六夜の手を、飛鳥は一度キョトンとして眺めた。そっぽを向いた彼を再び見て、花がほころぶような穏やかな笑顔で手を取った。
「こちらこそ十六夜クン♪」
「あら帰ってきてたのマクスウェル。こっちに殿下とリンが合流していないのだけど何か知らないかしら?」
「こちらの作戦も我々二人ではどうにも余裕が無いところなのだが」
彼らは尋ねた。答える男の回答が方針が変わるなんてチャチなレベルで収まらない事であることも知らず。
御輿の音戸は既に居らず、御輿にかつての輝きもない。
「ウロボロスは既に瓦解した。軍師殿は死亡し、殿下は人格がコワレテしまったよ」