ネタは何か知らないけど言いたくなりました。長いこと空けてすみませんでした。
3月10日少々修正を加えました。
マクスウェルは言葉を失っていた。
今目の前に広がる死体の山は一刻前まで、箱庭の重鎮から畏怖を集める魔王と影響力と実力を兼ね備えた化物揃いだったはずだ。それがどうしたことか、滑稽な笑い話にもならないくらいにあっさりと嘆く暇も賞賛する間もなく散っていった。
逃走は無意味だった。マクスウェル同様、移動のギフトを持つ者も数多いた。しかしギフトを起動する前に七実に屠られて終いだった。気配を消していた者も、全くの無意味と言わんばかりあっけなく見破られ、五体をもがれ散っていった。その時からマクスウェルは逃走という手段を放棄した。しかしだからと言って彼女に立ち向かっていくという選択もなかった。ただの人外に負けるとは思っていなかったが、七実の持つ独特の雰囲気に呑まれてしまっていてどうしても一歩踏み出す事が出来ずにいた。故にその惨劇が終わるまで無様に膝をついて呆然としていた。
そして、マクスウェル同様呆けていたものがまた一人いた。遊興屋だった。
しかし彼はマクスウェルとは違い、思考を止めてはしていなかった。寧ろ瞳を輝かせて、七実の一挙手一投足を食い入るように見ていた。面白いものでも見つけた少年のように、爛々と輝いていた。彼の内心は、七実の魔王としての在り方に惹かれていた。
自分勝手で気まま、気に入らないから或いは気にいったから壊す。そんな理不尽さに、自分本意さに、無垢で残酷な強要にあの暴虐龍のいない、つまらなかった日々を吹き飛ばす様な錯覚をした。───それ程に、鑢七実は鮮烈だった。
その時、彼の中で一つの目的が、指針が定まった。
『彼の三頭龍と目の前の女をぶつける』
普通であれば比較にすらならず、彼女は殺されるだろう。しかし、目の前の新たな魔王であれば、或いは彼の魔王を測る定規となり得るのではと、期待したのだ。人類最終試練と世界から拒絶された人外。中々の好カードではないか?
その為であれば、彼女の軍門に降るのもまた面白そうだと口元を歪めた。
そこまで考えたところで、遊興屋は自然に膝を折った。頭を垂れるまでの動きは緩やかで、しかし明確な忠誠が感じられるものだった。───それが偽ったものだとしても外見は一級品のそれだった。周りが幾らか喚くが遊興屋の知った事ではなかった。
こうしてめでたく遊興屋は七実の駒となった。
しかし、そうは問屋を下ろせない人物がいた。彼の侍女たるカーラーである。
彼女は元々この召喚の儀式には欠片も興味がなかった。主が行くからついて行く位のものだった。むしろ殿下の様子を見るのと、その後彼の心を砕く事の方に興味があった。
しかしその全く興味のなかった儀式で、主は膝を折って、まるであの人間の女を崇拝しているようだった。普段なら全くもってありえないと一笑に付すような光景が目の前で起こっていた。──実際は遊興屋も七実の持つ威圧感に呑まれまいと必死になって忠誠を示しているのだが。
閑話休題。
そんな緊迫した遊興屋の状況なぞいざ知らず、カーラーは主との上下関係などをかなぐり捨てて、彼に怒鳴った。
「マスターッ!!なぜ膝をついていらっしゃるのですかッ!!!いつもの人を食った様な態度はどうしたんですか!?どうして────ッ」
カーラーは”どうして”の続きを言うことなく飲み込んだ。その続きは彼女の七実に対する嫉妬だったのかもしれない。或いは敬愛した主の変貌を嘆いた物だったかもしれない。いずれにせよ、彼女がやりきれない気持ちを抱えていた事に変わりはない。だからだろうか?主の口元がいつもの謀策を企んでいるようなものとは全く違うことに気付けたのは。
────その瞬間、彼女の理性が弾けた。
「あああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
叫び声を上げると同時にカーラーは地を砕き、何処かより使い慣れた槍を取り出し、七実へと翔ける。それは七実に散らされた魔王たちと何ら変わらなかった。
鬼気迫るカーラーの呪詛が篭った槍の一突きを七実は──
「貴女少し煩いですね」
身に受けることなど無かった。
否、正しくは出させるまでも無く、槍を腕ごと破壊した。具体的には槍の側面を手の甲で撫でる事で槍を二つに断ち、残った柄と腕を払った手を戻すついでに斬り落とした。
因みにカーラーの一突きは音速を超えたそれであった事を彼女の槍術の技量に懸けて追記させてもらう。
閑話休題《本題に戻りましょう》。
「何やら不思議そうな顔をしてらっしゃいますね?」
小首をかしげて、いかにもキョトンとした表情で七実はカーラーに問いかけた。カーラーは先程七実に腕を斬り落とされ、受身を取れずに地面に突っ込み、胸の辺りを踏まれていた。吸血鬼としての力を行使している筈なのに彼女の細足はピクリとも動かない。
「嗚呼、私が音速の余波を受けていないのかが疑問なんですね。それはその程度では障害にならない位に私の体が強化されたからですよ。いえ、この場合は本来有るべき位階に戻ったというべきなのでしょうか?」
彼女は軽く微笑みながらカーラーに諭すよう説明をした。カーラーの腕はとっくに再生を完了しているが、動く気にならなかった。否、寧ろ──
「それでもまあ、まだ枷を外せきってはいませんし、むしろ後残り七割と考えると少し憂鬱になってしまいますね。さて、これでまずは”一本”です」
七実が笑みを深めた時、カーラーには悪寒が走った。カーラーには彼女の笑みに美しさを感じるよりも先に、底無しの悪意を見つめた様に感じた。正に”蛇に睨まれた蛙”だった。否、この場合ならば、”まな板の鯉”が正しいだろうか。
七実に一瞬で生殺与奪を握られ、カーラーは口内に砂利が入っているのにも関わらず、カチカチと歯を鳴らすのを止められなかった。
それに合わせて七実はさらに笑みを三日月状に広げていく。
「都合のいい事にどうやらあなたも死ににくいようですし、程よく弱いので回数は稼げますか。それでは題目通り物々交換をしましょうか」
カーラーは七実の顔が目の前に迫っているのに何もできなかった。そんなことよりもすぐにここから離れたかった。だが思いに反して、足は動かず、手は震え、ココロは既に諦めていた。
よく『理解はしているが納得はできない』と言う表現があるが、その逆のことが起きていた。思考の反して、本能が既に確定してしまっていた。
反抗の意を表した時からカーラーは七実という存在に呑まれてしまっていたのだと気付くが、事既に遅すぎる。
「私の呪い《ギフト》と貴女の恩恵交換しましょう?きっといい交換になると思うわ。いえ悪いのかしら?」
クスクスと笑いながら彼女は自身の生まれ持っての病魔の一つを彼女に譲った。そしてカーラーからは不死性以外の恩恵を頂戴した。
同時にカーラーはうめき声を上げるが知った事ではない。そんな事では鑢七実は動じない。それに彼女を中心に転がっている魔王の生きている者の大半は恩恵が無くなったことによる弱体化に加えて、七実からのプレゼントで満身創痍どころか死に体だ。
最も生きている者に比べ、死体は更に多いのだがそれも今更だろう。
「はあ………この世界に適応する為とは言え、こういう弱い者いじめはあまり好むとこではないのですが………割り切るしかありませんね。七花も一緒ならなお良かったのですが……文句ばかり言っても仕方ありませんね。なるようになるでしょう」
こう言ってまた彼女はギフトゲーム《草むしり》を再開する。
ここから先は名が体を表すように心を削り取っていく作業だ。彼女はやはりと言うべきか、悪そうな笑みをたたえながら手刀を振り下ろした。
アンダーウッド上空の吸血鬼の古城にて、フードを被った金の琴を操っていた女性、アウラは持ち帰った戦果であるバロールの死眼を披露しようと玉座の間に来ていた。しかしそこにいるはずの人物がいないことに首を捻っていた。そこで、不定形なナニカに話を振った。
「グライア、何か知らない?」
「いいや。だがリンがやけに浮かれていたのは印象的だったが……」
「我等が軍師《メイカー》よ?流石に公私は分けているわよ。………何かあったと見るべきでしょうね」
「なんせよ、戻らんかった時の事も考えておくかの」
「こっちはしっかり目的をこなしたんだし、こんなトコでつまずいているつもりはないし」
「全くだの。殿下や軍師が帰るまで踏ん張るとするかのう」
彼等は最悪の事態に備えて、策を練り進めていく。
胸の内に一抹の不安を抱えて。
感想待ってま〜す(*`・ω・´)