ところで、黒子のバスケ最終巻出てました。コンビニで見かけて少ししみじみとしてしまいました。
リンが目を覚ました時、そこは見渡す限りの黒だった。あまりに摩訶不思議な空間に身構えたがじゃらりと鎖が音を立てるだけで碌に力が入らなかった。否、そもそも腕への感覚が無かった。
脱出を試みてみようにも、今いる場所がどこであるのかも全くわからず八方塞がりとなっていた時、聞き覚えのある忌々しい声が聞こえてきた。
「ようやくお目覚めか?全く、待ちくたびれたぜ………。それじゃあ俺の苦手な交渉を始めようか」
自身のギフトを打ち破り恐らくこの場所に連れてきたであろう人物、鑢七花であった。
その声で、リンの血液は沸騰したかのように熱くなった。忌々しさと後悔が混じりあったドロドロとした感情が彼女を覆い包んでいくようだった。
「ッ!私をどうするつもりなのよ!?殿下は無事でしょうね!?なんかあったらアンタ達のコミュニティなんて──」
「喚くなよ、ったくうるさいな………。最近の子供ってのは皆こうなのかあ。要件はいくつかあるが、質問したい事がある。まず一つ目。お前のコミュニティの目的は」
「………………」
「次、構成員の数や特徴、所有しているギフトは?」
「………………」
「それじゃあ最後、俺達のコミュニティを潰したのが何処のどいつか知っているか」
「…………………」
「無視かよ…………」
「当たり前でしょう。それに貴方もそう簡単に口を割るなんて思ってる訳じゃないでしょ?」
「まあそうだけど、 折角だし選択肢はあった方がいいだろ?」
「選択肢?」
今まで疑惑を帯びていたリンの声が、一層検を持った。今まで、訳もわからないところに連れてこられているのに、どこに選択肢などあったかと言いたくなった。だがそんな言葉も七花の次の言葉に飲み込むことを余儀なくさせられる。
「だから──黙って死ぬか、喋って死ぬか、だよ。俺としちゃあ喋ってくれた方が助かるんだけどな」
リンは氷水をぶっかけられたような感覚が全身に走った。
役割上危険な相手との交渉も経験した事のあるリンだったが、鼓動が止まったようにすら感じていた。髪が逆立つ。口が戦慄く。舌が乾く。耳鳴りで平衡感覚がつかめない。喉が焼け付く。皮膚が粟立つ。腹に力が入らない。
奇妙にも七花はいつかの姉の台詞を、姉と変わらず平時と同じように、どこか抜けたような声でリンの死を迫った。
快楽に溺れた殺人者ならまだよかった。
死を理解していない狂人であればまだよかった。
命をゴミとしか扱わない輩であればまだよかった。
だが、この男は駄目だった。鑢七花は快楽に溺れた訳でもなく、正常に命の重みを知っていて、それでもなお無感情に人を斬れるのだとリンは悟った。
だが、だからこそリンにはやらねばならぬ事があった。旗頭として担いだ以上みすみす降ろさせるようなことは在ってはならない──。
なおこの時の七花の発言は言葉の彩で実際に殺すつもりは少ししかなかった。リンはその少し、という部分に心折られてしまったのは完全な余談だ。
「…………………こちらから一つ質問をさせて」
「ん?いいぜ言ってみろよ」
「………殿下は、無事?」
詰まる所、最優先は自身の命ではなく、殿下の安否だった。七花はその真っ直ぐさに心打たれた──ことはなかったが、嘘はつけないと自覚していたので正直に答えた。
「多分な。あっちはあっちで話を始めてるだろうし、五体満足とは確約できないけどな」
「半端な回答じゃ無かったからいいです。私の最優先事項は確認できましたし。それじゃ喋りますよ。是非はそちらで考えてください」
そうしてリンは語り始めた。
アンダーウッド巨大水樹の麓
二百あまりの巨人族に攻められたそこは混戦で、統率も何もあったものでは無かった。その荒れように飛鳥達は呆然としながら、思考を目の前の争いに切り替えていた。
(サラにこの状況を纏めてもらおうにも、明らかに他とは一線を画する巨人三人に囲まれていては望み薄。そこが崩れて戦況が傾くことは避けなきゃいけない。ということはまず……これ以上の戦域の拡大を止めること!)
戦場をざっと見渡し、現状を把握した飛鳥は自分を抱えて飛んでいる耀に告げた。
「春日部さん!一番混戦なところに落として!ディーンを召喚して一気に畳み掛けるから」
「……分かった。私は上空から援護するよ」
「お願いね」
真紅のドレスを靡かせながらギフトカードを取り出して、戦火の中心で鉄人形を呼び出した。
真紅の鉄人形は雄叫びをあげて、大地に亀裂を作り、アンダーウッドを震撼させた。その姿に巨人を、幻獣を、一同を戦慄することとなった。
「来なさい、ディーン!」
「────DEEEEEeeeeeeEEEEEEEN!!!」
「先手必勝よ!叩き潰しなさい!」
「 DEEEEEeeeeeeEEEEEEEN!!! 」
突如、上空からの謎の人形に一瞬硬直した敵戦線を飛鳥は見逃さずに突いた。初めの一人をディーンが殴り飛ばした時ようやく相手は立ち直ったが、先程までの精彩を欠いていた。
飛鳥は更に一手加えるためにディーンに指示を飛ばす。
「投げなさい!!」
「 DEEEEEeeeeeeeeeEEEEEEEN!!! 」
向かってくる巨人の集団にディーンは、意識の途絶えた巨人を掴んで放り投げた。
自身よりも小さい者達との闘いに慣れていた彼等にとって、同じ背丈の巨体が飛んでくるのは想像もしていないはじめての体験だった。巨人達の士気が下がるのと同時に”アンダーウッド”の士気が一斉に高まった。
コレを見てサラが”龍角を持つ鷲獅子”の同士を一喝する。
「主催者が客分に守られていては末代までの恥!”龍角を持つ鷲獅子”の旗を掲げる者はその旗に恥じぬ闘いを以て戦況を立て直せ!!」
その身に纏った炎のように激しく厳しい声に、”龍角を持つ鷲獅子”の面々も腹の底からの鬨の声で応える。
”一群”と成った防衛側に次第に押され始める侵略者達。上空から戦況を見ていた耀は勝ちを確信しつつあった時、まるで見計らっていたかのように弦を弾く音がした。
「………え?」
意識する間もなく、眼下の戦場も、上空1000m地点に浮いている耀も覆う濃霧が発生した。突然のことにパニックに陥りそうになった耀の耳に飛鳥の悲鳴が届いた。
「きゃあ!!」
「飛鳥!?」
見れば、サラを襲っていた三人の巨人達の標的が、飛鳥とディーンに移っていた。更に耀をぞっとさせたのは他の巨人達に幾重にも重ねてかけられた鎖がディーンの動きを鈍くして飛鳥の守護が出来ない状況であった。
耀は旋風のギフトによるありったけの速度と、”生命の目録《ゲノムツリー》”に保管された最も重い幻獣の記録を呼び起こす。その結果、大気を突き破り衝撃破を生んだ一撃となった。
だが、
「ウオオオオオオオオオォォォォォ!!」
「なっ…………!?」
巨人達の一振りであえなく散った。蠅を払うように、或いは土煙を晴らすかのように、彼女の渾身の一撃は防がれた。
弾かれた耀は川をバウンドして飛んでいき、何とか止まれた。怪我はなかったが、それもギフトによる強化があってこそのものだった。しかし、敵の目的である飛鳥に違う。巨人にとっては、彼女はディーンという盾さえ突破できればただの塵も同然だった。
(こうなったら………飛ぶ以外では初めてだけど、やるしかない!!)
飛鳥の身に起こりうる最悪の事態を振り払うように、耀は両手に旋風を掻き集めた。
「吹き飛べッ───!!!」
飛鳥を助けるという思いを込めて、霧を彼方まで散らすつもりで放った風はしかし、当然のように出力不足だった。だが、無駄な努力のようにも思われたこの行動を、幻獣たちはしっかり理解した。
「GEYAAAAAAAAAAAAAAAA───!!!」
戦場のあちこちで風が起き、霧が薄くなっていった。耀は幻獣たちに感謝しながら同士の元へ駆け出した。嫌な想像を振り払いながらたどり着いた先に彼女はいた。すこぶる無事だったが。
「飛鳥………!」
「か、春日部さん………!」
「よかった……!でもあの状況で無傷なんて、やっぱり凄い………!」
「当然よ………と言いたいけど、私の力だけではないのだけど」
「え?」
「…………周りを見てみたらわかるはずよ」
「────嘘」
薄れていく霧の中で見えたものは、巨人族の死体が一人残らず屍としてそこにあった。鋭利に切り落とされた首や四肢。鮮やかな紅に思わず息を呑んだ。
「………ここに着くまで一分もかからなかったよ?こんなの十六夜ぐらいしか………」
「───お怪我はありませんか?」
「ぇ………え?」
声をかけられ、思わず身構えたがすぐにそれを解いた。
陽の光を弾く艶やかな白髪。それをポニーテールで纏める黒い髪飾り。細部まで簡素だが華美でなく作り込まれた白銀の鎧とドレス。それらに反して、顔を隠す黒い仮面。そして何より、目の前の彼女は強く、圧倒的存在感を持っていた。その証拠に全身を巨人族の返り血で染めていた。彼女は彼等を一瞥すると、踵を返して去ったその背中を見ながら飛鳥は絞り出すように言った。
「…………彼女、強いわよ」
飛鳥を無条件で納得させた実力者の登場に、二人は沈黙して俯いた。
そしてまた問題児の残りの一人も実力者の成した跡を見て、闘志を燃やしていた。
アンダーウッドにひとまずの安心を告げる鐘が鳴った。
いつの間にやら四十話………これからも頑張ろう……
感想待ってます!!!