今回は少し少ないです。
「速遅剣というのは恐らく刀を振り切るまでの間に、通常以上に関節にひねりを加えて殺傷圏を大きくする技だ。この技の厄介な点として、目算ぎりぎり回避するという事が命取りになり得るという事だ。故に大きく回避しないといけない訳だ。関節に負荷をかけるんだからタメもできるんじゃないか、だって?錆には爆縮地という移動術があるではないか。奴はこの移動による推進力を利用して技を繰り出してくるだろうからそれも望み薄だな。薄く脆い薄刀を活かす技としてこれ程のものは無いであろうな。終わってから言うのも何だが一つの技でここまで強い相手だったのだ。一度の戦闘で決着をつけられたのは僥倖だったな」
「やっと、………ようやく一太刀入れたでござる」
走馬灯のようにとがめとの会話を思い出した七花は、しかしそれ程重傷という訳ではなかった。むしろ軽傷で、斬られたのは皮一枚といったところだった。
問題なのは、『斬られた』という事そのものである。
「……ここ最近とがめとの契約忘れてたなあ」
一つ、刀を守れ
一つ、私《とがめ》を守れ
一つ、自分自身《しちか》を守れ
七花は傷口をなぞりながら追想していた。
血の味。あの頃には全く馴染みのなかったものだ。強いて言うなら右衛門左衛門との戦闘位のものだが、その時は未来に目を向けず死ぬ気で闘っていたため傷なんて気にもしなかったが。
七花は回想を終え振り向いた時には、錆も丁度こちらに刀を向けるところだった。
「次はその首切り落とさせてもらうでござる」
「言ってろ。ただしその頃にはあんたは八つ裂きになっているだろうけどな」
先程まで以上の緊張感が張り詰める中、じりじりと間合いを詰めたり空けたりを繰り返す。
一触即発の空気の中雷轟が鳴り響いた。
『”審判権限《ジャッジマスター》”の発動が受理されました!これよりギフトゲーム” The PIED PIPER of HAMELIN ”は一時中断し、審議決議を執り行います!プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉のテーブルに移行してください!繰り返します───』
睨み合っていた二人の間には横槍が入ったことに対する不満が多大にあったが一先ず矛を収めた。
「水入りでござるな。この決着は」
「ああ、そう遠くないうちにケリをつけようぜ」
それからは視線を交わすことなく七花はバルコニーに向かって足を踏み出した。
───誕生祭運営本部
ここには既に”ノーネーム”や他の参加者達が多数いた。十六夜が戸を開けると黒ウサギが真っ先に気付き近寄っていった。
「十六夜さん、ご無事でしたか!?」
「こっちは問題ない。他の連中はどうだ?」
「残念ながら、十六夜さん、七花さん、黒ウサギを除くと満身創痍です。七花さんも敵と相打ちとなったそうで現在救護室にいます。傷はそれほど深くなく、軽傷だそうですが。飛鳥さんに至っては現在も行方不明です。僕がしっかりしていれば………!」
ジンは奥歯を噛み締めて悔しさを表していた。後ろのレティシア達も顔を伏せていた。
「ふーん?あの七花がねぇ?相手にもちっとは骨のある奴がいるじゃねぇか」
十六夜はグリムグリモワール・ハーメルンに対する評価を更に上方修正した。現状の閉塞感から思わず舌打ちしそうになったがすんでのところで留まった。自分が不満を示しても状況を打開出来る訳でもない。十六夜の脳内はこれからの腹の探り合いへと切り替わっていった。
審議に最善を尽くす為に頭を働かせる中で、十六夜達”ノーネーム”と”サラマンドラ”は”グリムグリモワール・ハーメルン”は睨み合っていた。
向かいの席にはヴェーザー、件の斑少女、ラッテンの三人が堂々と座っており否応なしに緊迫した空気が続いていた。例外として、途中で合流した七花は目の前の果物に手を伸ばしていたが。そんな中で黒ウサギが話を切り出した。
「まず”主催者”側に問います。今回のギフトゲームですが、」
「不備は無いわ。白夜叉の封印も、ゲームクリア条件もすべて整えた上でのゲームよ」
「………受理してもよろしいので?黒ウサギの耳は箱庭の中枢と繋がっております。嘘をついていたとしてもすぐに分かってしまいますヨ?」
「私達は今、無実の疑いでゲームを中断させられているわ。───私の言いたいこと分かるわよね?」
「つまり、不正が無かった場合主催者に有利な条件でゲームを再開させろ、と?」
「そうよ。新たなルールを加えるかどうかの交渉はその後にしましょう」
「………わかりました。黒ウサギ」
「は、はい」
黒ウサギはここまではっきりとした態度を取ってくるのは予想外だったため、少し動揺していたがウサ耳を高く立てて細かく動かした。
結果が芳しくなかったのだろう、黒ウサギは憂い顔で告げた。
「………箱庭からの回答は、此度のゲームに不正はないという事です」
マンドラはギリと奥歯を鳴らした。
「当然ね。じゃルールは現状維持で。問題はゲーム再開の日取りよ」
「日を跨ぐと?」
「ええ、ジャッジマスターに問うわ。再開の日取りは最長で何時頃になるの?」
「さ、最長ですか?ええと、この場合だと………一ヶ月でしょうか」
「じゃ、それで手を──」
「待ちな!」
「待ってください!」
「もふぉお(待てよ)」
十六夜、ジン、七花は同時に声をあげた。緊迫していた雰囲気は七花によって一瞬霧散した。
「…………な、何?時間を貰うのが、そんなに、不満?」
毅然と言い切ってはいたが、少女は顔を伏せて僅かに肩を震わしていたことに誰も突っ込まなかった。
「…………………はい主催者に問います。貴女の両隣の人物は”ヴェーザー”と”ラッテン”、そしてもう一人が”シュトロム”だそうですね。………だとすれば貴女の名は”ペスト”ではありませんか?」
「ペストだと!?」
「………ええ正解よ。でも残念。言質は取っているし、既に参加者の一部には病原菌を潜伏させているわ。そこの男もそのひとりね」
「ああ、そうだな。俺はこの体の変化の原因が聞けたからもういいな。しかし、黒死病か」
「っ………!!?」
黒死病が発症するまで最短で二日。一ヶ月もあれば大方の種族は死滅してしまう。これでは戦わずして負けようとしているところである。
十六夜の表情も厳しいものだった。戦力として大きな意味を持つ七花が封じられると言ってもいいのだ。魔王に対しては些か以上に分が悪い。
その悔しそう顔を眺めながら、ペストは彼等に問うた。
「此処にいる人達が主力と考えてもいいのよね?ねえ皆さん。此処にいるメンバーと白夜叉が”グリムグリモワール・ハーメルン”の傘下に降るのなら、他のコミュニティは見逃してあげるわよ?」
「なっ、」
「あ、私の捕らえた紅いドレスの子もいい感じですよマスター♪」
「ならその子も加えて、ゲームは手打ち。参加者全員の命と引き換えなら安いものでしょう?」
凄絶な笑みを浮かべて彼女は愛らしく小首を傾げてみせた。
彼女はその笑みで”従わなければ皆殺し”だと告げているのだ。
七花には、その笑みと復讐の業火に身をやつしたとがめの表情が重なっていた。
「悪い。気分が悪くなったから俺部屋に戻るわ。後頼むぜ、十六夜」
気付けば席を立ち、部屋の外に足を向け歩き出していた。後ろからの静止や非難の声も気にせず扉を開け放った。
「おや、貴方は?こんなとこで何をしているんです、審議中では?」
歩き続けていたらどうやら騒動で怪我をした人の集まる区画近くに来ていて、目の前には介抱を終えたらしいカボチャ頭の人物、ジャック・オー・ランタンが目の間にいた。
「審議……体調不良で抜けてきた。どうやら魔王直々に黒死病ってのを喰らったらしくてな」
「YAHOッ!?黒死病ですって!?」
ジャックは素っ頓狂な声を上げたが七花の意識に反映されなかった。
頭の中はとがめとの過去を回顧し続けていた。
そうして思考を続けていて気付くことはなかった。
『自分は過去から進んでなんかいない』という事に。