中々進まず苦労しました。
感想で批評をくださるとありがたいです。
それではどうぞ。
魔王のゲームの開始を告げる黒い”契約書類《ギアスロール》”が赤壁と硝子の街にばらまかれ、観客は逃げ惑う中でノーネームの面々は闘技場に集まっていた。
「魔王が現れた。…………そういうことでいいんだな?」
「はい」
「まさか本当に現れるとはな。白夜叉が対策してたんじゃないのか?」
「白夜叉様の”主催者権限《ホストマスター》”が破られた形跡はありませんでした。何かあったのなら黒ウサギが気づきます。」
十六夜と七花の軽薄さの無い問いに対して真剣な表情で返答する黒ウサギ。返答を聞き十六夜は好戦的な瞳を輝かせ、口元には笑みが浮かんでいた。
「なら連中はルールに則った上でゲームを行っている訳だ。……ハハ、流石本物の魔王様だな。期待を裏切らないぜ」
「どうするの?ここで迎え撃つ?」
「ああ。けど全員で迎え撃つってのは効率良くないな」
「では黒ウサギがサンドラ様を探して参りますので、その間十六夜さんとレティシア様が魔王の相手をお願いします。ジン坊ちゃん達は白夜叉様を」
「分かったよ」
レティシアとジンは了承したが、飛鳥は不満そうにしていた。小規模のギフトゲームに参加していたとはいえ、ペルセウスとの時のように前線から外されていることは飛鳥のプライドに障ることだった。
「また面白い場面から外されたわ」
「そう言うなよお嬢様。”契約書類《ギアスロール》”には白夜叉がゲームマスターだと記述されている。それを確かめねえといけないからな。代わりと言ってはなんだが、次はちゃんと用意するさ」
「そうならいいわ。約束よ十六夜君」
「それはそうと七花さんは魔王の方でなくて良かったんですか?てっきり反対されるかと思っていました」
「ああそんなことか。もし錆──昨日言ってた剣士がいたらここに残る奴ら全員が一合も打ち合えずに死ぬかもしれないからだよ」
さらっと看過し難いことを言う七花に改めて絶句する一同。飛鳥は、身体的な面で自分が如何に七花とかけ離れているかを実感させられた。一方、遠回りに相手にならないと言われた耀は不機嫌そうな顔だった。十六夜を含めほかの面々は理解したようだったが複雑な表情だった。
現状のノーネームの最大戦力の一つとして七花を魔王にぶつけたいが、それで飛鳥達が討ち取られてしまっては本末転倒である。しかし、それが今為せる最善策であるのも確かであった。提案した黒ウサギもこれで良かったのかを迷っていた。だが、ノーネームは名と旗印を魔王から取り戻すという目的がある。その為にここで飛鳥達を失うようなことは出来る限り避けるべきとして無理やり納得した。
一同が視線を交わしてそれぞれの役目を果たすために走り出した時と観客の一人が悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。
「見ろ!魔王が降りてくるぞ!」
赤壁の境界壁から幾つかの人影が落下してくる。
十六夜はそれを見るや否や四肢に力を集め、レティシアに向かって叫ぶ。
「んじゃいくか!黒い奴と白い奴は俺が、デカいのとちっさいのは任せたぞ!」
「了解した主殿」
レティシアが淡々と答えると、十六夜は大きく体を屈め、闘技場の石畳を踏みくだいて境界壁の賊の元へ跳躍した。
十六夜とレティシアが境界壁へ向かった後、飛鳥達は八方塞がりだった。
誕生祭のこの会場で最強である白夜叉の周りを黒い靄で覆っていて、白夜叉はギフトを行使することはもちろん黒い靄から一歩も動けない状態だった。黒い”契約書類《ギアスロール》”によれば、以下の通りだった。
『※ゲーム参戦諸事項※
・現在、プレイヤー側のゲームマスターの参加条件がクリアされていません。
ゲームマスターの参戦を望む場合参戦条件をクリアして下さい。』
「ゲームマスターの参戦条件がクリアされていないですって…………?」
「参戦条件は!?他に何が書かれておる!?」
「他には何も書かれていないのよ!?」
白夜叉は参戦できない不甲斐なさと苛立ちから大きく舌打ちした。この様な形で白夜叉のような強力な星霊を封印出来る方法など限られている。白夜叉は普段からは考えられない程緊迫した声で叫んだ。
「よいかおんしら!今から言うことを一字一句違えずに黒ウサギに伝えよ!間違えることはそのまま参加者の死に繋がるものと心得よ!!第一に、このゲームにはルール作成段階に故意に説明不備を行っている可能性がある!第二に、この魔王は新興のコミュニティの可能性が高いことを伝えるのだ!第三に、私を封印した方法は恐らく──」
「はぁい、そこまでよ♪」
「大人しくしてもらうでござる」
バルコニーの奥の方を振り向いて、話を遮った人物を全員で見た。
そこには、白装束に笛を遊ばせる女と、白髪に白い着物を左肩にだけ掛けた刀を提げた青年、そして意思のない瞳を向ける三匹の火蜥蜴がいた。
それを見た時、飛鳥と耀とジンは剣呑な雰囲気であるにも関わらず見とれてしまっていた。
白髪の青年が鋒を向ける刀が薄氷のように薄く、脆く、そして何より美しかった。また青年のが放つ威圧感がそれを更に引き立て神々しくさえあった。飛鳥は思わず綺麗と口にしてしまっていた。
「刀は見るものではござらぬ。斬るものござる。そうでござろう、鑢七花?」
「………久しぶりだな錆」
「七花、おんしこやつらを知っておるのか!?」
「女の方は知らねえけど、錆の方は知ってる。闘ったこともあるしな」
白夜叉の質問も普段通りに答えると七花はジン達の前に出て、離れる様に視線を向けた。ここで戦闘となれば確実にジン達を巻き添えにしてしまうし、かと言って彼等を守りながら勝てる程易しい相手でもない。
しかし巻き添えの心配は錆によって霧散した。
「場所を変えるぞ鑢。こんな狭い所では拙者もお前も本気で闘えんでござろう。下に丁度いい場所もあるようでござるからな」
「相変わらず変な言い方だな。けど場所を変えるのはこっちもありがたいからな」
それじゃあ行くかと七花が言うと、二人はバルコニーから飛び出して闘技場へと降りていった。他の面々は数分間呆然としてしまっていた。
「生き返ってお前と闘うにしてもここは少々騒がしすぎるでござるな」
「お前らが来なきゃもうちょい静かだっただろうけどな」
「お前との再戦に観客は欲しいところだが多過ぎるでござるな。ふむ、どうしたものでござろうか…………」
「おいおい、皮肉も無視してんのかよ」
これならまだ日和号の方がまだマシだと内心七花が愚痴っていると、錆は自分の背後に一振り振るった。
その一閃で闘技場内にいた火蜥蜴の半数が吹き飛び、その中の八割が絶命した。操り人形でしかなかった筈の火蜥蜴達も一瞬動きを止めてしまっていた。操られていない観客達からは息を呑む気配がした。
七花は驚くだけしかしなかった自分を鑑みて、自分の”刀らしさ”を再認識した。
「さあこれで舞台は整ったでござろう。存分に死合おうぞ」
『ギフトゲーム名 ”呪われしケットウ”
プレイヤー一覧
四季崎記紀に縁のある刀達
ホストマスター側 勝利条件
相手プレイヤーの殺害
プレイヤー側 勝利条件
ゲームマスターの殺害
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
”グリムグリモワール・ハーメルン”印』
”契約書類”を読んだ七花に不安や怯えの表情は無かった。七花にはただ闘争心と相手への警戒心のみがあり、周りの風景や音は知覚から薄れていった。
一方の錆も普段以上にその表情が読み取れない無表情となり、自然体で体の側に下ろした薄刀『針』は先程までの美しさから一変、鋭さを放つ刀剣となっているようだった。
この光景をいていた一人の観客は後にこう言ったそうだ。
「あまりの緊張感に自分が立っているという事すら確信できなかった」と。
はじめに動いたのは七花だった。錆には”爆縮地”という高速移動があるため待ちに徹するよりも先手を取った方が分があると考えた為だった。
しかし七花が手刀を繰り出すよりも、足刀を繰り出すよりも速く、錆は七花に斬りかかっていた。だがこれは七花の予想通りだった。
七花は牽制代わりに振るっていた右の手刀とは逆の左手を平手へと変えて、虚刀流最速の奥義を放った。
「鏡花水月!!」
「───速遅剣」
交叉した二人は互いに無傷とはいかなかった。
錆白兵は左脇腹を押さえていた。見ると内出血の跡が見られた。
鑢七花は────
「やっと、……ようやく一太刀入れたでござるな」
肩から脇へ斜めに斬られていた。