真・恋姫†無双 トキノオリ   作:もんどり

6 / 10
1-5

 自然の摂理をこなし、悲鳴を聞き駆けつけた先で男と雛里の姿を見つけたときから、オレはまるで物語を見てるかのような感覚だった。男を殺し、自分がやった事実を飲み込むと、チャンネルが切り替わりまた違う物語を見る。先に見た物語がハッピーエンドだとしたら、後の話はバッドエンドというのだろうか。足元に崩れ落ちた物言わぬ物体へと主人公が一瞥をくれるところまで見て、世界が真っ黒に塗りつぶされた。どうやらオレは物語を見るのをやめたらしい。

 

「……さんっ! 李姓さんっ! 李姓さんっ!」

 

 雛里の声がする。同時に身体を揺すられるような、そんな感覚に襲われた。先程見た悪夢とでもいうのだろうか、その時に見たあの色々な感情が混ざったような女の子の泣き顔を思い出す。あんな顔をさせるのは嫌だな、ぼんやりとそう思った。瞼が重くなかなか開かないせいか、オレを呼ぶ雛里の声に焦りが濃くなっていく。ああ、チクショウ。そんな声を出させたくないのに。どうにかこうにか瞼を半分持ち上げると、目の前に黄緑色の宝石みたいな輝きを持った大きな瞳が視界一杯に飛び込んできた。しっとりと濡れそぼっているが、まるでペリドットのようともいえる輝石が煌いている。オレは無意識だったが、小さく笑みが漏れた。ああ、雛里は生きている。

 

「……怪我は無い?」

「はいっ!」

 

 少し掠れてしまったが、オレの問いに雛里はすごい勢いで頷いた。とても身体が重く、感覚もどこか鈍かった。それでも背中から感じるすこし冷たい感触に、どうやらオレは地面へ寝ている状況なのだと判断する。次いで、ゆっくりとだが両手の指を動かしてみた。大丈夫、ちゃんと動く。思わずオレは、安堵の吐息を漏らした。

 覆いかぶさるような雛里へともう一度視線を向けると、またあの澄んだ瞳にぶつかった。大きな眼の中には人の顔がうっすらと映っている様子が見える。雛里もオレの眼の中の雛里の顔が見えているのかな? ……なんてことを考えながら、心配そうに見つめる彼女の名を呼んだ。

 

「雛里」

「はいっ!」

 

 すぐにはっきりとした声で返事が返ってくる。雛里にしては珍しい、嬉しそうな声だ。自分の意思で動く右手を、薄い青紫の髪を両脇に結わえた雛里の頭の上へと持っていこうとし、途中で手を止める。なんてこった、オレの手は血まみれだった。こんな手で、雛里の頭は撫でられない。この綺麗な髪の毛を汚すのはどうかと思うし……って、そういえば帽子どうした? さっきまで被ってたよな。視界の端に映った血塗れのオレの手をまた地面へと戻した。その様子をきょとんとしたような、不思議そうな表情でオレを見てくる雛里に、オレは疑問をぶつけてみる。

 

「そういえば、帽子……どうしたんだ?」

 

 ついでに、起き上がりたいとつたえると「あわわっ!」というお決まりの言葉を言いながら、覗き込んでいた顔だけでなく、人一人分ぐらいの距離をとられた。その様子をぼんやりと見つめながら、地面に手をついて上半身を起き上がらせる。いつもなら、照れる雛里に口を緩めるところだが、今はとられた距離が、とても、とても寂しいような思いを感じた。

 とりあえず血を拭おうと思ったのだが、ついた血を拭うのには手持ちの水だけではまかなえなかった。いや、厳密に言うのであれば、足りないと踏んだから手を洗う分だけしか水には手をつけていない。手を洗ったあと一度小屋に戻って雛里と軽く相談した結果、最低限に纏めた荷を持って、山を下りながら湧き水を探そうということになった。 

 物取りから奪った剣を片手に下げ、空いた手で最低限に纏められた荷を持とうとしたが、雛里にとめられて剣以外には水筒ぐらいしか持っていない。雛里は大きなリュックを背負っているのだが、こんな小さな少女に背負わせて、彼女よりも身体の大きいオレが剣と水筒しか持っていないという状況がとても心苦しい。とはいえ、現状ではデメリットが多くて自分が持つと言い出す事が出来なかった。

 

「李姓さん……?」

 

 こちらを見上げた雛里の瞳が、オレの視線へとぶつかる。こちらを窺うような、少し小首をかしげる姿が可愛らしい。心の中にある、この気まずいとでもいうのだろうか、やるせない、なんともいえない気持ちを押し込めて、出来る限り優しく見えるだろう笑みを浮かべた。

 

「早く、川か何かにぶち当たってくれればいいのになって思ってたんだよ。そしたら、雛里の荷物を少し持ってあげられるのにって思ってさ」

「……っ!!!?」

 

 オレの言葉に雛里はビクッと身体を震わせると、口をパクパクさせ、あっという間に顔を真っ赤にして俯いてしまった。こうなってしまうとほぼほぼ雛里の顔は帽子のつばで隠れてしまい見えなくなる。しばらくは、こちらを見ずに俯いたままで照れていてくれるだろう。

 さっき雛里に言った言葉は本心だ。だけど、この血塗られたオレの姿は、あまり見て欲しくない。気丈に耐えている様子の雛里だが、惨たらしいともいえる死体と血の色、臭い。そして、悲惨な可能性の存在は雛里の精神をじわじわと攻撃しているだろう。オレ自身も、正直辛い。このむせ返るような血の臭いは、どんだけ嗅いでも慣れはしないのだ。剣の柄を握る手に力を入れる。人を殺すのなんて、碌でもない。少し落ち着いた今ではそう思えた。ただあの時は、男を殺さなければ雛里が危険だとしか思えず、その思いのまま剣を奪い、物取りの命を奪った。殺さなくていいのならば、殺したくは無かった……と、思う。実を言えばそこは自信が無い。雛里が危険に陥っていたから、カッとなった可能性は捨てきれ無いからだ。だが、殺さなければ殺される。そう瞬間的に考えたからこそ、オレは躊躇わずに男の命を奪ったのだろう。

 

「……」

 

 ちらりと横目で雛里を見ると、やはり帽子のつばで顔は隠れていて、歩く振動にあわせて淡い青紫色した髪が揺れている。雛里が生きているのはとても嬉しいことだ。だから、オレのしたことに後悔は無い。母もきっと良くやったと褒めてくれるだろう。……、いや待て。あの母だしな。そういえば、母さんはちゃんと碧玉さんと会えたのだろうか。オレでも勝てるような物取りなら、母さんにとって苦労なんてすることはないんだろうけど、それでもやはり心配だ。間違いなく母さんの方が強いだろうけど、たとえ本物じゃないとはいえ親を思う気持ちは強いもので、何事も無く目的の場所へとたどり着くことをひっそりと祈る。ああ、話が逸れたな。いや、無意識のうちに逸らせたのか。

 

「……」

 

 溜息がオレの口から零れ落ちた。その瞬間、隣を歩く雛里の肩が小さく揺れるのが見え、思わず小さな声でだが「ゴメン」と謝る。柄にも無い、うじうじと悩んだって仕方がないことだろう。空気を大きく吸い込むと、細く長くゆっくりと口から息吐き出した。

 足を止め雛里の方へと向き直ると、雛里はオレの動きに少し遅れて気づき、一歩先へ足を踏み出した状態でこちらに首だけ向ける。そして驚いた様子でオレを見ると、踏み出した足を戻しこちらへと向き直った。おっかなびっくりしたした様子でこちらをおずおずと見上げてくる雛里に、自然と笑みが漏れる。ああ、改めて思うよ。

 

「雛里が生きててよかった」

「っ!! り、り、あ、えっ、李姓しゃんっ! あ、あわわ……、えと、あの、あのっ……あう」

 

 白い肌を真っ赤に染め上げながらあわあわと慌てふためく雛里の姿に、オレは思わず声を立てて笑ってしまう。やっぱり、こうでなきゃダメだ。輝石のような瞳に滴を浮かべながら「っ……卑怯です!」なんて睨んでるように見えない視線でこちらを見てくる、そんな雛里でないと。

 

 

 

 それから幾許もせず、川を見つけた。勿論、速攻水浴びになったのは言うまでも無い。まずは辺りを見渡して警戒し、まあ大丈夫だろうというところまで確認してから、靴を脱いでそのまま川に突入。川はそれほど大きなものじゃなくって、小川と言ってもいいぐらいだ。そうだな、四歩から五歩ぐらいの幅になるか。雛里で言うなら七歩ぐらいありそうだよな。そう考えてみればなんというか、大雑把というか、個人基準というか。この時代ってえらくルーズだと思う。……ん? あれ、どういう意味だそりゃ。

 

「……っ、り、李姓さん」

 

 不意に声が聞こえ、声がした方へと視線を向けると、小さな白い布を必死に身体に巻きつけてこちらを不安げに見つめる雛里に、オレの思考の全てが持っていかれた。

 まあ、女同士だから。大丈夫。えっと、そうだ。結構浅い。一番深いところと思われるこの場所で太股ぐらいの水位だから、雛里が入ったとしても問題ないはずだ。普通に、浅瀬の所で、靴と靴下を脱ぐだけでも全然雛里は問題ないはずだ。いや、まて。落ち着けオレ。前後の文脈がおかしくなってるだろ。とりあえず、空いた片手で水をすくい自分の顔に水をかける。うん、冷たい。

 

「あう……」

 

 白い肢体がほんのりと桃色に変わる姿に、なんとなく視線を逸らしてしまった。女同士だから、大丈夫! くそ、待てオレ。とりあえず、何か言わないと。えっと、足元! そうだ、足元に注意しろって言おう。

 

「あ、あ、あの、雛里さん」

「は、はいっ!」

 

 超どもってしまったが、仕方がない。動揺しても仕方が無いと思う、流石に、今回ばかりは。咳払いを数度繰り返してから、雛里の方へと視線を向ける。あ、すでに入水してた。オレの手足と違って雛里は小さく可愛らしい手足をしていて、爪すらも小さい。こう、小さい貝殻? 何に例えていいのかよくわからないが、桜色っつーか、ほんのり桃色。んでもって、何故かつやっとしてる。オレのは結構ボロボロで艶はそんなに無い。何がどう違うんだって前に聞いたら、薬草を煎じたものを薄く延ばしてどうのこうの、小難しい話を延々と聞かせてくれた。そういや、母さんの爪もつやっとしてた。オレは二人みたいにマメじゃないから、無理だ。そんな感じで現実逃避をしていたら、雛里さんが近くまでやってきてました。女同士だから大丈夫。大事なことなので何回でも言う。

 

「足元、結構すべるから気をつけような」

「はいっ」

 

 嬉しそうに頷いた雛里を見ると、とりあえず雛里よりも川下の方へとゆっくりと移動する。このままじゃオレの服とかについた返り血が、雛里につくのは勘弁願いたい。提げていた剣先を気にしながらざぶざぶと移動すると少し屈んで剣を握る手を柄ごと川の中に沈めた。乾いた血はそう簡単には取れてくれず、逆の手で血の塊をこすり洗い流しながら、川の水が染まる様をぼんやりと見つめる。こうやって、澄んだ水も血が混ざれば色が濁るんだよな。って、ああ、ダメだ。本当に思考がループしてるよ。浸けていた手を剣ごと水面から引っ張りだすと、鈍く光る剣の刃を見つめ方を竦める。そのまま川縁へと剣を投げると、隣から小さな悲鳴が上がった。

 

 「あ、あわわ……」

 

 投げられた剣とオレを交互に見る雛里を見てから、おもむろにきていた上着を脱ぎ捨てる。あ、ちょっと違うか。脱いで川に浸けた。いきなり下着姿になったオレにビックリしたのか「ヒッ」って小さく悲鳴上げてたけど、なんか酷くないか。まあ、雛里だから許す。

 脱いだ服をざぶざぶと水で洗い流すも、やはりこびりついてるせいかなかなか取れない。擦り合わせてとってもだめだ。くそう、なかなか頑固なヤツだ。ごしごしと力任せに擦り合わせてると、腕に冷たく柔らかい感触がふにっと訪れた。思わず固まって、視線を向けると水に濡れたような寂しげなペリドット色した瞳にぶつかる。

 

「……雛里?」

「っ……」

 

 名前を呼んでも悲しそうにふるふると頭を左右に振る雛里の動きにあわせて、両の脇に結わえられた髪がふわふわと漂う。触れられている腕からは浸かっている川よりも冷たい感覚を感じるのに、肌が触れ合っている場所からは熱を感じ、不意に涙が零れた。

 

 

 

 しばらく涙を流した後、なんだか恥ずかしくなって無言で身体についた血とかを洗い流す。そんなオレに対して、気を使ってくれて何も言わないでそっと寄り添うように血を落す手伝いをしてくれる雛里に心の中で感謝しつつ、川から出て濡れた服を絞った後、着心地悪いそれを着て山小屋まで戻った。勿論始終無言である。恥ずかしいってだけでなく、なんていっていいのかわからないというか。小屋に到着しても、必要最低限のことしか話せなくって。ようやく雛里に謝れたのは、小屋に置かれていた毛布が腐っていたのでかわりに柔らかい葉で仮の布団をどうにか作り、明日に備えて寝るかと言って横になってしばらくたってからだった。

 

「ゴメンな」

「そ、そんなの気にしないでくだしゃいっ! ……あわ、気にしないで下さいっ」

 

 瞼を閉じてはいるが、言葉には一杯気持ちを込めて謝った言葉に、雛里は優しい言葉を返してくれた。右腕が雛里へ触れそうなほどの距離に体温を感じながら、川での出来事を思い出す。濡れていた服はほぼほぼ乾いており、となりの雛里が濡れることは無い。それぐらいの時間、感謝の気持ちだけでなく詫びの言葉すら出なかった。そんな自分がとても不甲斐ない。

 

「情けないな……雛里の方が、嫌な目にあたっていうのにさ」

「そんなことっ! あう、……そんなこと、ないです。李姓さんの方が一杯怖い思いしたと思います。わた、私も怖かった、けどっ、それでも、李姓さんの方が嫌な思い一杯一杯したと、……あう、思いますっ」

 

 左腕を自分の瞑った目の上に置きながら弱音を一つ吐き出すと、雛里が大きく身じろぎする様子を感じ、同時に彼女にしては珍しい大きな声が耳へと飛び込んできた。多分こちらを見ているだろう視線を感じるが、それでもオレは目の上に置いた腕をどける気にはなれず、右手を自分の腹の上に置く。

 

「雛里」

「ひゃっいっ」

 

 雛里のひっくりがえったような返事に低く小さく笑った後、「ありがとう。さ、明日があるから寝よう」そう言って、今日の出来事に蓋をした。雛里はオレの名を小さく呼んだが返事を返さないで居ると、もそもそっと隣が動いてやがて静かになる。静寂に包まれた部屋は何故か薄ら寒く、右側あたりに居るだろう雛里の体温がとても暖かく感じられた。そして二人が黙ってからおおよそ二刻が経ったであろうその後に、オレの右手の甲にそっと手が重ねられ、オレはまた静かに涙を流した。

 

 明朝、目が醒めたオレは重ねられた手をそっと離すと寝台へと座りなおして、雛里を起こさないように優しくその薄い青紫の髪を梳く。指の間をさらさらとすり抜ける感触と共に、ふっくりと眠る雛里の寝顔に改めて思った。オレは、強くならなきゃいけない。力……身体だけでなく、心も。こんなあどけなく眠る小さな女の子一人も守れないなんて、情けないよ。今回みたいなことが無いように、もっと強く。もっと強く、もっと強くならない……と……。ズキン、と強い痛みが頭に走る。そう、確か昔もそんなことを思ったんだ。強くならないと、変わらないから。ズキズキと締め付けるような痛みが頭に響くも、浮かんできた言葉を追い続ける。変わらない? 何が変わらないんだ。一体、オレは、何を変えたかった……。

 

「りせい…さん……?」

 

 眠そうな声が聞こえてきて、視線を下へと動かすと雛里が重そうな瞼を持ち上げてこちらを見上げている姿が見えた。口の両端を持ち上げて笑みを向けると、雛里もふにゃりと笑いかえしてくれる。ひとまず思考は横に置いておこう。オレは弱く、昨日は雛里に沢山迷惑をかけてしまったのだから。雛里を襄陽へきちっと送り届けて、そして母さんが戻ってくるまで武者修行だ。武者修行ついでにちょっとそこいら探検もしよう。

 

「おはよ、雛里」

「……ぅん、おはよう…ござい、ます……」

 

 夢心地ともいえそうな表情の雛里に挨拶を投げかけると、むにゃむにゃと口を動かしながらも挨拶を返してくれて、思わず止めていた柔らかな髪の毛を梳くという作業を再開してしまった。オレの髪と違ってぱさぱさしてなくて、触り心地がたまらない。当分触れなくなるだろうから、遠慮なく触っておこうと思う。うん、たまには自分に正直に生きないとな。

 

 そう、自堕落ともいえる時間に酔った結果が、現在の状況である。はい、雛里が口をきいてくれません。雛里が覚醒して、オレの動作に口をぱくぱくさせた後、あわあわ言い出して真っ赤になったまでは想定内。ちょっと悪ノリして、「雛里の寝顔、可愛かったよ」なんてかっこつけて、気障ったらしく言ったのが間違いだった。もうね、ちょっと前のオレを怒りたい。ご飯……といっても干した芋だけなんだけど、それをもごもごと口の中で噛み締めながら雛里を見てみるけど、オレと目をあわせてくれない。まいったなーって思うけど、でもまあ、かわいいといえばかわいいからいいか。なんて、結構末期だよな、色んな意味で。

 

「さ、行こうか」

「……」

 

 気をつけようと、本気で思う。あれ、雛里ってこんなに根に持つタイプだっけ。小屋の外に出てくる雛里を見ながらふと考えてみたが、こんなことは初めてだと思う。……うん、多分。最近ちょっと自信は無いというか、なんだろ、言葉で表現するのって難しいな。まあいいか。何事もなければ多分今日中に襄陽についちゃうだろうから、そしたら雛里とはしばらく会えなくなるだろうし。こんな状態のままで別れたく無いから、仲直りしないと。

 

「雛里」

 

 ちょっと拗ねたような顔がこちらを向き、そして少し困ったような表情へと変わる。その大きな瞳を真っ直ぐに見つめながら、もう一度「雛里」と名を呼ぶと、雛里は被っている帽子のつばを握り締めて俯いた。

 

「ゴメンな、雛里」

「……っ、……」

 

 オレは腰を落し屈んで、俯いている雛里と目が合うように見上げると、雛里は目を見開いて驚いたような顔でオレを見つめ返した。そしてまるで泣くのを堪えているかのような、口を真一文字に結んだ表情へと変えると、そのまま覆いかぶさるようにオレの首へと抱きついてくる。

 

「ちょっ! 雛里っ」

 

 雛里は小さいから抱きつかれてもどうってことないんだけど、流石に不意をつかれるとちょっとビビる。後ろへ倒れこみそうになるのを気合と根性で堪えて雛里の身体を受け止めると、そっと抱きしめ返しながら雛里のことについて考えてみる。なんで、今日に限って雛里はこんなに情緒不安定なのか。視界の端で薄い青紫の髪が揺れるのをぼんやりと見ながらたどり着いた答えは、寂しいというところだった。いや、もしかしたら怖いということなのかもしれない。まあ、オレは雛里じゃないから正解はわからないんだけど、それでもオレの中にも寂しさはすごくあるので、それだったらいいなという願望も少し混じっている。彼女は聡い。それは一緒に過ごしていてすごく良くわかる。だからこそ、襄陽に戻った後のこととかも解るのかもしれない。ぎゅっと首にかじりつく様に抱きしめられたその身体が小さく震えてる様子を感じながら、オレは宥めるようにぽんぽんと雛里の背を緩く撫で叩いた。

 

 

「……あう。李姓さん、ごめんなさい」

「こっちこそ、ゴメンな」

 

 あれから少しして、雛里はそういってオレの元から離れた。謝りの言葉を返しながらも、雛里の帽子へと素早く手をかけるとそのまま帽子を雛里の頭から引き剥がして、現れた雛里の頭をくしゃっと撫で付ける。あわわっていうお決まりの言葉を言ってたけど気にせず撫でる。思う存分撫でる。

 

「り、李姓さんっ……!」

 

 雛里の小さな拳がオレの腹に当たってきたので仕方ない、撫でていた手を中断する。置いていた荷物を素早く担ぐと、雛里の頭へと帽子を乗っけて返し、その手を雛里に差し出した。

 

「行こう、雛里」

「はいっ」

 

 寂しいという気持ちはあるが、これで会えなくなる訳じゃない。きっとまた会えるんだから、嘆く必要は無いはずだ。きっとまた会える、その言葉に何故かチクリとする痛みを感じたが、オレはその感覚を無視し、差し出した手に感じる小さく柔らかな暖かい感触を感じながら、一歩踏み出した。




<修正>
2018/05/09 スペースなど文字調整
2018/05/19 サブタイトル修正

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。