真・恋姫†無双 トキノオリ   作:もんどり

3 / 10
1-2

 あれから、あの切ないような嬉しいような気持ちはどこにいったのだろうか?

 一夜のまやかしだったに違いないと思えるような日々が続いた。

 母である徳公が有言実行とばかりに、厳しくしつけてくれたからだ。

 記憶は、例えるならば泥の沼地のごとくで、思い出そうと思っていることすらもわからなくなっていき、思考をそこで止めてしまうということの繰り返しをしている。

 それでも分かったことはいくつかあった。

 母に聞いたところ、ここは硯山(※1)の東側に位置するらしい。

 

「ということは襄陽の近くということになるか」

「ここいらの土地勘には明るいのだな」

 

 ふむふむ頷いていると、母はそう言って笑った。

 その出来事に驚いて、オレは思いつく限りの町の名前を挙げていく。

 母も解説を加えながらこたえてくれた。十のうち四程、「ワシは知らん」と言っていたから、もしかしたらオレは旅の行商人だったのかもしれない。

 他にも、生活をする上で不便を感じられないぐらいには知識があった。

 料理に関してもまずくもなく美味くも無いという微妙なお墨付きをもらい、内心軽くへこんだのは内緒である。

 山腹に家があるせいか調味料などを町まで買いに行かねばならず、面倒だという理由で色んなものが無いままに作っているのだから仕方が無いだろうと、開き直りたい。

 そんなこんなで、畑で作物を育て、畔で魚を釣り、薪を割り、水を汲み、野草を摘み、獣を捕まえ、そして自分の身を守るための護身術を寝る前に少し教えてもらうという日課を続けていた。 

 

 余談だが、尿に混じって血が出たことがあった。

 オレは病気かと思ったが、女では普通にあることだから落ち着けと母に諌められ、知識を総動員してはじき出した答えが生理である。

 しかし、「これって生理?」というオレの質問に母は首をかしげて「何を整理するんだ?」と言っていた。どうやら間違った知識もオレの中には根付いているらしい。

 オレはそっと自分は行商人だったかもしれないという言葉を取り消した。

 

 木々の葉の色がより深くなったと思う頃には、畑仕事すらも余裕に感じられるほどの体力を得ることが出来た。一人で狩りに行き、鹿や猪といった大きな獲物も見つけられれば、ほぼ捕らえられる。

 ……なんてことを自信ありげに言ったりすると、母に後で殴られるのだが。

 それでも山民となってからのオレは、あの時から比べて一人で旅をするという不安を、抱くことすらなくなってきているというのが現状だ。

 もうそろそろ旅をしてもいいとは思うのだが、なかなか踏ん切りがつかない。なによりも真名すら決まっていないのだ。

 

「どーすっかなぁ」

 

 空を見上げ、木々の葉の隙間から覗く空に、オレの呟いた言葉が響いた。

 

 

 

 

「山民、明日には姪が来るから掃除しとけ」

 

 漢水まで降り、よく肥えた魚を数匹捕まえてえっちらほっちらと家まで戻ってきたオレを出迎えた母の第一声がこれだった。

「母さんの兄弟か姉妹の娘?」

 母の無茶振りはいつものことなので、壷の入った籠を傍らに置きながらそう尋ねる。

 

「生真面目な姉がいてな、そこの娘だ。箱入り過ぎて家から出んと心配して、ワシが一時期預かることになった」

「へぇ……、母さんとはまったく逆のお姉さんなのか」

「よし山民、表へ出ろ。今から稽古をつけてやる」

「本当にスミマセンでした」

 

 すぐさま謝ると、とって来たばかりの魚を捌くため台所へと向かった。

 塩は貴重だからそのままで焼くか、それとも汁物にしてぶちこむかが最近の料理法なのだが、今日釣ってきた魚は脂がよくのっているため、汁物にはせず焼くことに決める。

 たしか親指のつめぐらいの大きさの岩塩の欠片がまだ残ってたはずだ。

 そう思いしまっておいた場所を覗くと、拳大ぐらいの大きさの岩塩が二つどっしりと置かれていていて、思わず自分の目をこすり二度見してしまう。

 

「か、母さん! 何これ、岩塩が二つも現れたんだけど!」

「ああ、高からの差し入れだ」

「母さんの生真面目なお姉さん?」

「そうだ。気をつかわんでもいいのにな、アイツらしい」

 

 そういって笑う姿から姉妹の仲の良さが窺えて、いつもより機嫌の良い母に自分の機嫌もよくなってくる。しかもこのあたりならば通常海塩が主流だと思うのだが、この大きさの岩塩となると西から採れたものに違いない。そのことを考えると、母の姉は母のことを大事に思っているのだろう。

 いただいた岩塩でなく、もともとあった小粒の岩塩を取り出し、砕いてすりつぶしながら明日来るであろう従姉妹のことを聞いた。

 

「来る子ってどんな子なの? 娘っていうことは女の子だよな」

「ぬ? 一言でいえば雛のようだの、尻に殻がついとるぐらいのな。オマエと一緒」

 

 声高らかに笑う母親にムッとするも、否定するとかえって面倒なことになるということを骨身に沁みているオレは華麗に無視した。ものすごく、突っ込んで欲しそうだったが、無視。

 「最近の山民はつまらん」なんて言われても、からかわれる方の身にもなってもらいたい。

 

「そういえば、寝るとこどうすんの? 寝台二つしかないし」

「ワシ一人で一つ、統が一つ、オマエが床」

「ヒドッ、せめて簡易寝台を作ってもいい?」

「狭くなるからダメだ」

 

 母の即答に「いや、でも」と言い募るも、きっぱりくっきり拒否された。これは本気の本気で、取り付く島も無いのだと経験でわかっていたので、潔く諦めることにする。

 統というのがきっと母の姪っ子さんなんだろう。身体が小さい子なら一緒に寝ることできるんだろうけど、オレぐらいの大きさだったらちょっと狭いかな。できれば床は遠慮したいんだよなぁ。

 ぶつぶつとぼやく様に呟きながら腸を取り塩を振った魚を調理し、……とはいっても食べやすく切り、塩をふって焼いただけの簡単の調理だ。野菜をいため、たれを掛ける。素湯の中にとき玉子と刻んだネギを入れて今日の晩御飯の準備は終了。

 

「そんじゃご飯にするから、母さんちょっと手伝って」

「食べることなら任しとけ」

 

 なんていつもの軽口をやりとりをしながら、卓の上に皿を並べる。もちろん口ではあんなこと言っていたけども母も手伝ってくれた。

 まあ、つまみ食いもしてたけどさ。狭い家というとなんとなく嫌な感じだけど、でもさほど広い家じゃないからこういう時は楽だなって思った。あっという間に食べる準備が整うからね。

 

 そんなこんなでおいしい食事が終わり、食後の教養の時間がやってきた。食べた後は少し休むという時間を有効利用するため、最近はもっぱら母と一緒に音楽を嗜んでいる。

 母はこんなものぐさに見えて、案外と小器用で教養もあるらしい。

 寝台の上に胡坐をかいて座りながら、約四尺五寸ほどの大きさの琴を膝の上に載せて、軽やかな音を室内に響かせていた。

 オレは羌笛と呼ばれる竹の縦笛を吹いている。穴は三つしかないので、笛(※2)よりかは扱いが楽なように思う。逆に言えば三つしか無いからやりにくいとも言うけどね。

 残念な音色を室内に響かせながらも、母の音に合わせるようにと竹の笛を吹き鳴らした。

 

「噂名高い杜公良に認められるような才を身に着けろ……とはいわんが、せめてワシぐらいには弾いて欲しいもんよの」

「目標が高すぎるんですけど! つか、きっとオレこの楽器初めて触ったんだと思うんだよなー……ぷぴー」

 

 母の言葉にツッコミを返した後、もう一度笛を咥えて吹いてみるも、なんとも無残な音色が鳴り響いた。

 

 

 我が家の朝は早い。なぜ早いのかというと、朝の鳥の囀りが煩いからだ。昨日の夜に痛めつけた身体を擦りながらも、寝台からゆっくり起き上がる。

 今日は確か、従姉妹がくるんだったっけ。

 どこかぼんやりする頭でまだみぬ従姉妹のことを考えながら顔を洗いにいくため、外に出た。

 だから気づかなかったのだ。家を出たすぐに、足元に何かが蹲っているなんて。

 

「う、おっ!?」

「……ふぇ? きゃっ」

 

 すってんころりんというほどの見事さはないが、足元の障害物に蹴躓いて前方へと転がった。足には柔らかい感触が微かに残っていたが、無理やり身体を捌いたので打ち付けた右肩が痛い。

 

「いたた……ってか、大丈夫?」

「ぅう……ん、あ、あわわ……っ、ふ、ぁ、ふぁいっ、大丈夫れしゅっ!」

 

 起き上がり慌てて蹴り飛ばしかけた方へ向かって声を掛ける。どうやらそれは女の子で、オレが現れる前にはちょこんとしゃがみこんでいたのであろう姿が、今じゃ両手両膝を地面につけて唖然とした様子でこちらを見ていた。

 目が合った瞬間、少女は真っ赤になりながらあわあわと声に出し、辺りを見渡している。

 二つに結んだ薄い青紫の髪が少女の動きにあわせひょこひょこと動く様を見ていると、なぜか心の奥そこに懐かしいような、切ないような、嬉しいような、悲しいようなそんな気分があることに気づいた。

 多分、初めて会う顔だ。ここで暮らし今日まで会ったことは無い。髪の色や質が母に似ているからそう思うのか?

 

「騒がしいと思ったら、統か。久しいな」

 

 家の戸口から顔を出した母だった。

 母の顔を見つけると少女は慌てて立ち上がり母の腰へと抱きついた。

 

「ふえええええええっ、叔母様っ、こ、こ、こわかった、ですっ」

「ふむ……襲われたのか?」

「ぶほっ」

 

 あやす様に少女を抱きとめた母の台詞は、オレをからかうにしては高度すぎた。噴出した音に少女は慌てて母の後ろへと周り、オレから姿を隠す。

 いや! オレのせいじゃないんですけど! どう考えても襲ってないよね! 躓いただけだよね!

 口をぱくぱくさせていたオレを見た母は、にやりというのがしっくりくるような笑みをこちらへと見せて、「とりあえずオマエは顔でも洗って来い。ワシは中で統と話をする」と告げた。

 さぞ楽しそうで、なによりです。がっくりと項垂れると、目の前で家の扉がゆっくりと閉まった。

 

 顔を洗っても正直気がすまなかったので、荒れるまま畑の世話をする。ちょっと万事が荒っぽかったが、そんなことはささやかなことだと思う。ついでに外においてある大きな瓶の水がかなり減っていたので、水を汲むため畔まで赴き、数度往復して瓶に水を満たした。

 額の汗を拭い空を見ると日がだいぶ昇っていることに気づき、そろそろいい加減に現実逃避から戻らなければと思いなおす。しかし、一瞬のうちにいろんなことを考え、あのドヤ顔の母を思い出すと、ついうっかり漢水まで降りて魚を釣りに行きたくなった。というか、もっと下っていって南下したところにある魚の養殖場まで行き、途中どこかで泊まってやりすごしたい。

 オレはため息を一つ吐き出すと、籠に熟れた採りたての野菜を放り込み、釣具を持って家からすぐそばにある池の畔へと向かった。

 

 

 魚は三匹しか釣れなかった。いや、正しく言えば三匹を釣った時点で止めた。流石に昼を回ってしまうのもどうかと思うからだ。釣具を初めて持たされた頃から考えれば、三匹釣れるだけでも上等だったのに、今じゃ数刻で三匹がつれるようになったわけだから、進歩といえば進歩なのかもしれない。

 ずっと釣りは運しだいだと思ってたけど、ちょっとした努力で全然違うんだなあ。

 そこまで考えてから、自分の今の感想に首をかしげた。ちょっとばかりの違和感。

 

「っと!」

 

 釣り上げた魚が籠の中で跳ね、慌てて籠を持ち直すと「ま、いっか」と呟きを漏らして家へと続く道を足早に進んだ。

 お客さん居るから今日はちょっと豪勢にするべきか? 素揚げもいいけど、酸辣が効いた味付けも捨てがたい。麺を打つの面倒だけど、ちょっと手間隙掛けてみっかなー。魚香、茄汁、麻辣……はないな。

 ぶつぶつと呟きながらも浮かんでくる味に、なぜか涎がたれそうになるわけで。どうやらかなりお腹がすいていたらしい。ぐーっと腹がなり、誰も聞いていないというのに少し恥ずかしくなったオレは、より歩く速度をあげたのだった。

 

 

「今日の飯はなんだ?」

 

 扉を開け、卓の前でゆったり座っている母と目が合ったと思ったら、これだ。

 あの少女はまだ家の中に居て、母の向かいにちょこんと座っている。

 ちなみに、母の一言にびっくりしたようで、「あわ、あわわ」なんていいながら慌てていたりするわけだが、なんというか少女の体格が小さいためか、――かわいい?

 そう、かわいいとしか言いようが無い。

 

「さっきはゴメン。怪我は無かった?」

「えっ! ……っと、えと、ぁ、あ、あのっ、は、……はいっ、大丈夫れしゅ」

 

 母の訴えは無視して荷物を置くと少女へと向き直り、先程おざなりになってしまった謝罪を述べた。少女はまさか自分に話しかけられるとは思ってもいなかったみたいで、大きな目をさらに大きく見開いて吃驚すると、近くにあった帽子を掴んで顔の前に持っていき、顔を隠しながらこくこくと、首がもげちゃうんじゃないかなって心配しそうになるほど、首を縦に何度も振った。

 

「無視するなんて酷い奴に育てたつもりはないぞ、山民」

「何か言ってたの? 母さん。聞こえなかったよ」

 

 つまらなさそうに文句を言う母は適当に流して、麺を打つために籠を回収しながら台所へと向かおうとすると、「山民!」と強く名を呼ばれ立ち止まる。

 

「何、母さん?」

「オマエ、挨拶もろくに出来んのか」

 

 眉を寄せて機嫌が悪そうに言う様子から、本気で注意されているようだ。

 はて? 挨拶とな。

 荷物を置き少女へと向き直ると、そういえば名乗っていなかったかもしれないと思い、口を開いた。

 

「えーっと、山民です。鳳山民、字は李姓。ちょっと前からこの人の娘をやってます。よろしく」

「あ、あわわ……は、初めましてっ。ほ、鳳統でしゅ! 字は士元、よ、よろしくお願いしましゅっ」

 

 かみかみの少女、鳳士元の言葉になぜか顔が綻んで、小さく笑いながら再度「よろしく」と伝える。

 真っ赤になった顔を大きな帽子で隠す士元に「ご飯もうちょっと待てる?」と聞くと、先程より増して首を縦に何度も振った。彼女の首がもげない為にも、速攻で飯の準備にとりかかるオレが居ましたとさ。

 

「ところで、山民」

「ん?」

 

 下ごしらえのあらかたが済んだところだろうか、台所へと入ってきた母には目もくれず黙々と作業をしながら言葉だけで返事をする。

 そんなオレの態度に怒った様子はみせず、オレの近くまで来ると静かな声が落ちてきた。

 

「何故、名乗ることをしなかった?」

 

 母の声色に思わず手を止め振り返る。真剣な表情で、真剣な眼差しで、こちらを真っ直ぐに見つめていた。質問された内容を考えてみるも、たいした理由は無い。でもそれを言おうものなら怒られるのではないかと思い、なんとなく言い渋ってしまうが、母からは問いを投げかけたっきり言葉は無い。

 きっとオレからの返事を待っているのだろう。

 

「えーっと……、なんというか。言葉にすると不真面目で礼儀知らずなんだけど、うーん。……ほら、なんていうか、名乗るってことすら思いつかなかったというか」

 

 視線を彷徨わせながらそこまで言葉を紡ぐと、ちらりと母の様子を伺った。怒っている様子は無い。先程からと同じ様子でオレを見ているだけで、何かを言う様子は無かった。

 仕方なしにオレは頭を捻って、何故名乗ることすら思いつかなかったかを考える。

 薄い青紫の髪、真っ赤になってかみかみの彼女、そんな鳳士元を見てオレはどこか懐かしい感覚がしたのかもしれない。

 

「無意識のうちにって感じで、多分……知ってる人の対応になっちゃったというか。いや、知らないんだけど! 士元も初めましてって言ってたし。あの時のオレにじゃあ士元の名前を言ってみろって言われても多分答えられないだろうけど、でもそんなことも思いつかないぐらいに知ってる人のような感覚になったというか」

 

 しどろもどろになりながらも言葉を重ねる。自分で言うのもなんだが支離滅裂の内容だ。母をちらりと見ると促すように頷いて、オレも少し安心して頷き返すと話の続きを語り始めた。

 

「なんていうか、この気持ちを言葉でちゃんと表そうとすればするほど、わからなくなっていくというか。ほら、前にオレの記憶の話をしただろ? あんな感じで。んー、そう! 沼にはまるみたいに、よくわからないって気持ちに飲み込まれてくっていうのが、その、えっと、……今のオレの心情、です」

 

 言いながら、さっきの言葉となんら変わらないという事実に気づき、思わず最後は口ごもるように途切れがちになり、とっても残念な言葉の結び方で終わる。

 どう考えても、たいした理由は無いよなあ。

 がっくりと項垂れているとオレの頭の上に、ふいに暖かい手が置かれた。無造作に伸び散らかした髪を、細長く少し荒れた指先が掻き回していく。

 

「わざとでないなら、かまわん」

「ん……、ごめんなさい」

「ワシに言うべきじゃなかろうて」

「そうだね、士元に後でもう一度ちゃんと謝るよ」

 

 考えてみれば、士元にしたことは失礼だったのに、彼女は怒ることもせずに挨拶を返してくれた。お礼も兼ねて、今日のご飯は腕によりをかけよう。

 離れていく指は名残惜しかったが、それよりもしでかしたことに対して精一杯気持ちを込めてご飯を作る。

 

「うし、気合はいった!」

「ふむ、その調子で早めで頼むぞ。腹減ったし」

「やる気が最後の一言でお亡くなりになりました」

 

 母の茶々に軽口で応じながらも、手は母が来る前よりも早くに動かして。精一杯という気持ちに偽りはないから、今のオレの持てる全力を持って調理に取り掛かった。

 

 

 オレの努力の甲斐あってか、出来上がった料理は二人にものすごく喜んでもらえた。いままでで一番の出来だったから、なおさら嬉しかったりする。

 士元にもう一度謝罪をしたところ、やはりあのかみかみ口調で気にしないでくださいと言われ、なんというかはたから見たらオレが謝られてるって感じになっちゃったので、そこで終了にした。

 士元は照れ屋だよなって言ったら「あわわ、あわわ」といいながら目を回してしまったのもいい思い出だよな! ――きっと。

 そんなこんなで、新しい面子である士元も一緒に今日も今日とての食後の勉強が始まり、母と士元が話し合いをしている間に、オレは晩ご飯用の肉を求め森へ狩りに行って一働きをしてくることになった。もちろん「肉食べたい、肉」と言い出した母の我侭のためである。

 母が行くかオレが行くかで一悶着あったのだが、今日はオレが行くことでなんとか収まった。なんというか、士元って人見知りってレベルじゃないよなあ。

 そう思ったらついつい口からぽろりとすべりでて、台所へ水を汲みに行く士元の後ろ姿を見ながら呟いた。

 

「士元って、人見知りとかいう次元の話じゃないよな」

「まあ、見てわかるとおりあがり症なのもある。襄陽じゃ弁がたたねば馬鹿にする輩も多い。焦ればよりからまわる。本人も歯がゆかっただろうて」

 

 負の連鎖か、そら引きこもりたくもなるわな。

 これからしばらくここで生活するらしいし、その間に改善されればいいなーなんて思いながら、よっこらしょと掛け声一つ漏らし腰を上げる。

 

「それじゃ行ってくるよ。夜前には帰るつもりだから、どうしても見つけられなかったら魚になっちゃうけど、そこは我慢してね。特に母さん。駄々こねるんだったら野菜だけにするから」

 

「やれやれ、山民はいちいち煩い」

「どっちがだよ!」

 

 軽口に突っ込みを返して、壁際に立てかけていたもろもろの狩り装備を手に取ると、持ち運びやすいように腰紐などに引っ掛けたり、背中にしょったりと狩りの準備を整える。

 竹筒に入った水がちゃぷちゃぷしているのを確認してから、家の扉をあけた所で声が掛かった。振り返ると士元が手に水を持ちながらも、もじもじしながらこちらを見ている。

 オレは首を軽くかしげると、彼女は顔を真っ赤にしながらなかば叫ぶように言葉を紡いだ。

 

「ぁ……あのっ、あ、あわわ……い、いってらっしゃい、でしゅっ!」

 

 声を掛けてもらえるとは思っていなかっただけに、おもわず吃驚してしまったが、オレは満面の笑みをみせてこう応える。

 

「応! いってきます!」




※1  正しくは峴山(ケンザン)。文字化けそうな気がしたので当て字にしました。
※2  正しくは篴(テキ)。文字化けそうな気がしたので当て字に以下略。
   Fueとは違うんですよFueとは。
   羌笛とごっちゃになりやすくしてしまったのは坊やだからです、すみません。

<修正>
2018/05/09 スペースなど文字調整
2018/05/19 サブタイトル修正

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。