果たして、主人公はどうなってしまうのか!?
「和人が大けがしたってホントですか!?」
大急ぎで走ってきたのだろう。息が上がっている穂波が和人が治療を受けている部屋の扉の前まで来るなり大声で(といっても失礼にならない常識的な範囲でだが)言う。
「落ち着いて下さい穂波さん。と言っても自分も深雪から聞いたときは驚きましたが」
その声に達也が静かな声で穂波をなだめるように応えた。その声に穂波も落ち着きを取り戻したようだ。
「すいません、私が彼に温泉を進めたばかりに」
「いえ!ディックさんのせいではありません!僕達が良く確かめなかったから」
「そ、それを言うなら私達だって……」
上からディック、森崎、エイミィの順で三人とも沈痛な表情で思いのたけを呟く。
(いつも茶々入れる奴がいないからどうしても暗くなるな)
実際そんな怪我でも再成で一瞬で治せる達也にしてみれば死んでない限りはそんなに危機感は抱いていない。正直大げさすぎるのでは?とか森崎がなんでここに?とか思っているくらいだ。
「水波ちゃん、亜夜子ちゃんも大丈夫だから落ち着いて」
深雪もそれを知っているので比較的落ち着いている。しかし……
(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい……)
(どうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょどうしましょ……)
もしかしたらトドメを刺してしまったかもしれない水波と亜夜子の狼狽ぶりは半端じゃなかった。二人とも達也の再成の事を知っている筈なのにそれも頭から抜け落ちているのだろうか。
「あの……四方坂和人さんの親族と友人の方々ですか?」
重苦しい静寂を破ったのは扉の開く音とその中にいた白衣の男性の声だった。
「はい、桜井穂波と申します」
男性の声に代表して答えたのはこの場でディックを覗けば一番の年長者である穂波だった。
「結論から言えば命に別状はありません」
男の言葉にホッとした雰囲気が流れる。実際に息を吐いた人がいたぐらいだ。
「まあ、あの人が簡単にくたばる筈ありませんわね」
「そうですね、しぶといコンドルですから」
「「「「ソウデスネ~」」」」
「「何ですかその目は!?」」
いきなり調子を取り戻した水波と亜夜子に暖かい目が注がれるのは無理ない事だろう。
「ただ……」
「ただ?」
「実際見て貰った方が早いかと思います」
何やら男性の言葉に不穏な空気を感じ、穂波を先頭に達也、深雪、水波、亜夜子が代表して彼が寝かされている部屋へと入っていった。
「……」
「あら?普通に起きてるじゃない」
部屋に入って穂波が肩の力が抜けたのか幾分か間の抜けた声で言ったように和人は普通にベッドから身体を起こし、空を見ていた。
「なんだ、心配して損しましたわ」
「全くです。仕方ないから覗きの件は許してあげますよ」
亜夜子と水波が本当に心配はいらないと判断したのかいつも通り容赦ない言葉を和人に浴びせる。
が、今回は反応が違った。
「あの……」
「?」
「あなた達は、一体誰なんでしょうか?僕の知り合い何ですか?」
…………はい?
「あの……もしかして」
驚愕の余り口が開かない面々を代表して達也が恐る恐るいつの間にか後ろにいた治療をした男性を振り向くと、彼は目を覆い隠しながらかぶりを振る。
「はい、どうやら記憶喪失のようです」
き、記憶喪失ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?
部屋に五人の叫びが響き渡った。
「えぇ、日常生活には支障がないようなんですが、自分に関する記憶が全くなくなっているようです」
「え、え、えぇ……え~?」
「そんな……あの人に無くすだけの記憶を蓄積する頭脳があるとは思えません!」
「水波ちゃん?和人だから何言ってもいいってわけではないのよ?私もそう思ったけど」
混乱の余り、「え」としか言えなくなっている亜夜子にかぶせるように水波が信じたくないのかとんでもない事を言い始め、深雪がそれをなだめる。が深雪も混乱しているのか結局なだめるどころか水波の言葉を援護してしまっている。
(これは……再成を使うべきか?)
達也はしばし逡巡する。恐らく再成を使えば直ぐに和人は24時間前の状態、つまり記憶をなくす前の状態に戻るだろう。
しかし、その際のフィードバックは果たしてどうなるだろうか?
後頭部への打撃自体は大したことはない。が『記憶をなくす』という事象事態がフィードバックされ達也自身が記憶を失うという事態になりかねないのではないか?そしてそれに自己修復は果たして働くのだろうか?
もしかしたら働くのかもしれないし再成の行使ただ一回で事は済むのかもしれない。ただ達也の記憶がなくなってしまった場合、自身に宿る最凶の魔法『分解』の存在を知らぬまま暴発させる危険すらある。
無視できぬリスクがある以上、再成の行使はためらわれた。
「あ、あの~」
と完全に状況の中心にいながらそれに置いてけぼりにされるという稀有な状態に陥っている和人がためらいがちに声をかけてくる。
「あ、ごめんなさい。混乱しているでしょう?」
一番早く動いたのは意外というべきか深雪だった。彼女は安心させるように笑顔を向けながら優しく彼の手をとった。普段だったら和人相手には絶対やらない行動だ、記憶喪失という事で別と割り切ったのか
深雪は贔屓目に見ても絶世の美少女だ。そんな美少女に手を握られ意識しない男性はいない、といっても和人だけはどういうわけかそういう魅力には一切惑わされなかったのだが
「あ……の」
(アイツが照れている……だとォ!?)
手を握られ、軽く頬を染める和人の姿は何と言うかこの世で一番恐ろしい物を見ている気分になる。
どうやらそれは達也だけではなかったようで、穂波達は一様に顔を青くしているし、深雪も表面上は笑顔を保っているが、和人から見えない足が小刻みに恐怖で震えている。
それほど恐ろしい恐怖の大魔王が本人の自覚全くなしに君臨していた。
「あ、あなたは四方坂和人というのよ」
「それが、僕の名前ですか?」
震えが声にも出てしまったのをどうにか押さえ深雪は辛抱強く和人に語りかける。
「えぇ、私は司波深雪。何を隠そう、あなたの主人です」
WHAT?
「そうあなたは私の奴隷としてこの世に生を受けたのです」
「ちょちょちょちょ!?何言ってるんですか深雪さん!?」
ドサクサに紛れて彼の過去をねつ造しようとしている深雪に慌てて穂波が詰め寄るが
「穂波さん、これはチャンスなんです」
「ち、チャンス?」
深雪は余裕の笑顔で逆に穂波の耳元に顔を寄せた。
「あのどうしようもないチャランポランな鳥野郎をまっとうに調教、ではなく改造するには今を置いて他にはありませんよ?」
「言いなおした意味がありませんが?」
穂波が半眼で深雪を睨んでも彼女の笑顔は鉄壁の守りを保っていた。
「彼をまっとうにするためには私のもとで鍛え直し、私に仕える喜びを知ることこそが最上の道!!」
「水波さん、未来の主があんなこと言ってますわよ」
「今から当主様に言って、勤め先変えさえて貰うようにします」
深雪、俺はお前をまっとうに育てる事が出来なかったようだな……亜夜子と水波のやり取りの陰で達也はそっと溢れだしそうになる涙を抑えた。きっと草葉の陰で母も泣いて、いやもしかしたら笑ってるかもしれないな
「そ、そうだったんですか」
自分の記憶が一切消えてしまっている和人はそれを受け入れてしまう。
「えぇそうよ。だからまず私の命令には」
「なるほど、僕は幸せな人間だったんですね」
深雪の言葉を遮る形でかぶせてきた和人に皆一様に頭に疑問符を浮かべながら彼の次の言葉を待つ。
「だって、こんな美しい人の傍にいられるのですから」
「ヒッ!?」
「……深雪、人を盾にするのはやめてくれないか」
いつもの和人からは想像できないほど柔らかい微笑みを浮かべながら告げられた言葉に深雪はこれほど早く動けたのかと達也が驚くほどのスピードで彼の後ろに縮こまって隠れた。
「も、申し訳ありません。で、ですが今の和人は恐ろし過ぎます!!」
自分で煽っといて……と思わなくもなかったが基本妹に甘い達也はそれを言わず深雪の盾に甘んじていた。まぁ確かにあの和人からこんな言葉が飛び出してきたら、更にそれが自分に向けられようものなら思わずマテリアルバーストを撃ってしまうまである。
「……」
穂波なんかは白目をむいており、その場で倒れていないだけ称賛に値するだろう。ただそんな中で勇気を持って?和人に詰め寄る者がいた。
「な、ななななにを言っておるんですか、この鳥頭は、あなたはただのコンドルなんですものよ?」
と言っても混乱から抜け切れておらず言っている事が支離滅裂すぎて意味がわからないものになってしまっているが、それでも水波は頭に大量にはてなマークを並べている和人に掴みかからん勢いで詰め寄った。
ただ少々勢いが強すぎたせいで互いの顔がいつもより相当近くなっている、水波の方はそれどころじゃないようだが、和人はそうでもないようで
「……っ」
深雪ほどではないが(達也主観)間違いなく美少女の領域に入る水波に至近距離まで近よられれば、彼の年齢からして顔が羞恥に染まるのは分からなくないのだが……
(お前のその顔は戦略級の破壊力があるんだよ!!)
もちろん悪い意味でである。
「あ~その、落ち着いて下さい」
本来の彼は紳士的なのか、それともただのヘタレなのか和人は詰め寄ってきた水波の肩を軽く掴んで自分から引き離すと、深雪と違い見た目幼い水波には保護欲が湧くのか、さっきよりも慈愛に満ちた笑顔で
「僕は焦りませんから、何でも聞きますよ。だから落ち着いて下さい」
水波の頭をぽんぽんと叩きながら言った。ここで四方坂和人という人間でなければ転生者特有のあのスキルが発動してたのだろうが
「は、ハハハ……アリエナイワロス」
「み、水波さーーーん!?」
そこは所詮和人であり、水波は泡を吹いて倒れてしまう、近くにいた亜夜子が慌てて支えなければ記憶喪失者がもう一人増えていたかもしれない。
「……」
「水波さん!?開けて下さいまし!」
「……綺麗だわ、お空……」
「お、お兄様。もう大丈夫ですか?もう和人はいつもの鳥野郎に戻ったのですか?」
白目をむ剥いている穂波、文字通りお空へと思考が旅立ってしまった水波、そんな水波を抱えながら必死で呼び抱える亜夜子、自分の後ろでぷるぷると震える深雪という地獄絵図を俯瞰する羽目になりながら達也は自分も意識を飛ばしたかったと、そもそも部屋に入るんじゃなかったと自分の思考を後悔するのだった。
(仕方ない……)
達也は端末を取り出し、この状況をどうにか出来るかもしれない人物に連絡を取る事にした。彼との付き合いは自分たち以上だし、と達也は半ば押し付ける形である人物に、正確に言うとある人物に使える執事に連絡をとった。
「はい?あの子が記憶喪失?」
「えぇ、達也殿から連絡がありました」
達也がある人物の執事、葉山に電子メールを送りそれを受け取った葉山はしばし目を丸くすると恭しく頭をさげ、近くにいた主、四葉真夜にその旨を伝えた。
彼女達がいるのは九島烈がわざわざ用意してくれたVIPルームの一つで、本来であればあの後帰る予定だったのだが烈本人から折角だから見ていけと言われ特に急な用事もなかった真夜は九校戦の間ここにとどまる事にしたのだった。
遠い四葉本邸で執事達の阿鼻叫喚が聞こえる気がするが、きっと彼等は強く生きていけるだろう。
「……ふ」
「奥様、そのような顔をされましても……」
有名な『またまた御冗談を』の某AAみたいな顔をする真夜に葉山は呆れを隠しもせず諌める様に言った。
「そうは言ってもねぇ」
「達也殿によると、深雪様は恐怖に打ちのめされ、水波は泡を吹いて倒れてしまった。と」
「……記憶喪失よね?」
どう考えても記憶喪失から連想される状況ではないのだが、達也が嘘をつくとも思えない。
「じゃあ、行ってみましょうか」
「ちょうど暇ですしな」
「葉山さん?言わなくてもいい事ってあるのよ?」
これは失礼、と二人して笑い合い。真夜と葉山は実質ただの暇つぶしの為、和人がいる部屋に行く事にしたのだった。
「和人いるか?入るぞ」
部屋に付き、まず葉山が声をかけながら軽くノックし、特に返事も待たずにずかずかと入る。いつもならこんな事はしないが和人相手にはこれくらいがちょうどいいと思い、それからずっとこの調子で葉山は和人と過ごしていた。
「はい?どなたでしょうか?」
(誰だコイツ?)
ぽや~という雰囲気が良く似合う今の和人の姿にしばし葉山の動きが止まった。
「……ほ、本当に記憶喪失なのね」
葉山の後ろからついてきた真夜が信じられないとでも言いたげにぼやいた。正直葉山も主と気持ちは同じで面と向かって会わなければ一笑に付していたところだ。
「あの、僕と面識のある方なんでしょうか?」
「あぁ、すまない。私は葉山という」
何も答えない二人に和人の瞳が不安げに揺れたのを見て、慌てて葉山が場を取り繕う。
「葉山さん……思い出せない、あの……そちらの方は?」
葉山の言葉に少し考える仕草をして、苦渋をにじませがら首を横に振り、今度は真夜の方に視線を向けてきた。
「嘘をついている、というわけではないようね」
視線を向けられた真夜が微笑みながら一歩和人に近づく、彼の眼は見た事もない人間に囲まれるという根源的な不安を湛えていた。
(ホントに全部忘れちゃったのね)
「和人、この方は、四葉真夜様で……」
葉山の言葉がここではたと止まる。
(果たして、彼に何と説明すべきか)
彼と真夜の間柄を何と言うべきかと言われれば非常に難しい。同居人というわけではないし、されど友人というわけでもない。ならば何と言うべきか?
出来れば簡潔に説明出来た方がいい。
(記憶を失おうがバカなのは変わりないだろうからな)
なかなか酷い事を考えている執事である。
「四葉……真夜さん?」
「そうだこの方は……」
とここでふといい例えを閃いた葉山は笑みを深める。見る人が見れば気付いたかもしれないが、この老人のこういう笑みは大体いい悪戯を思いついた時だ。
「この方はお前の母親だ」
「母親?」
「!?」
和人の目が驚きに見開かれ、葉山と真夜の間を視線が行き来するが、一番驚いているのは真夜自身だ。
(ちょっと!?何言ってんのよ!?)
(イタタタ、奥様。彼に見えない所で足を踏まないで下され)
(やかましい。
おぉ、それは怖いとまるで反省してない様子の葉山に本当にぶちかましてやろうかと真夜は笑顔のまま怒りのボルテージを上げるという器用な事をして見せる。
「母親……はは、流石にそれはないですよね?」
「……何故そう思うの?」
が和人の乾いた笑いと共に告げられた言葉に真夜は純粋に疑問に思い、彼に聞いてみる。
「え?だって明らかに歳が合わないじゃないですか。こんな若くて美しい人が母親だったら僕、周りに自慢しちゃいますよ」
と頬を軽く掻きながら和人は気恥ずかしげに言う。
「……あら、随分と御世辞がうまいのね」
「いや、別に御世辞では」
「奥様」
「何よ?」
「何故、私を盾にしてるのです?」
「だって怖いんだもの!!」
真夜は和人が上述の台詞を言った瞬間、自己加速術式でもかけたのか?と疑いたくなる速度で葉山の後ろに回り込んでみせた。
「いや、怖いって……」
「真正面から聞かされれば嫌でもわかるわよ!」
「ちょ、奥様押さないで頂きたいのですが……!」
「水波ちゃんが泡を吹いた理由がわかる気がするわ……」
これは恐ろしい戦略兵器だ。なんかもう頭を思いっきり打ちつけてこの記憶を抹消したい衝動に駆られる。
「あの……」
「ひぃ!葉山さん、後は任せたわ!あ、でも私から離れないで!」
「……え~~?」
「……これ、僕泣いていい状況ですよね?」
必死で和人から自分の身を隠そうとする真夜に葉山はもうこれ以上老けこんだら骨になってしまいますよ?と言われてしまうぐらい老けこんだ様子で溜息を吐き、和人は自分は普通の事を言っているのに女性から怖がられ、挙句の果てに泡を吹いて倒れられるという一種のイジメに近い仕打ちを受けるのであった。
(叔母上でもだめか……)
そしてこっそりそれを見ていた達也は、次はどうするか思案を巡らせる。
あの和人は色々とマズイ、何がマズイって言葉では言えないが、このままでは確実に和人を知る人間の精神は粉々に破壊されてしまう、ような気がした。
(どうにかしなければ……!)
と達也は最悪、再成の行使まで視野に入れ対策を練るのであった。
主人公、記憶喪失の巻
今更オリ主みたいな行動しても当然こんな反応になりますよね~。
さて、この記憶を失ったニュー和人ですが、彼も色々とやらかす予定ですので宜しくお願いします。