あかん、このままでは入学編が終わるかどうかすら微妙に……
「ふむ、これはなかなかですね」
「えぇ、そりゃよござんしたね~……」
ここはとある高校の渡り廊下、普段は殺風景な廊下を飾り付ける様々なイルミネーション(魔法によるもの)と行きかう人々の一角でベビーカステラを口に放り込み御満悦といった表情の少女と、それとは対照的に疲労をにじませる声で肩を落とす少年がいた。
「まぁまぁ、これあげますんで元気出して下さいよ」
「それ、うちの商品なんですけど」
少女の名は、桜井水波といい、少年は、四方坂和人といった。
和人は、あのドタバタの後、風紀委員として場の収集と事情聴取に向かってしまった達也といつの間にか消えていたエリカに取り残される形となってしまい、獲物を逃がしたかと思いながらも仕方なく自分の教室に戻ったのだが
帰った和人を待ち受けていたのは、一人の魔王による蹂躙であった。
具体的に言うと魔王(水波)がクラスメイトが一生懸命考え練習したネタの数々を無表情で迎撃し、心折れかけた所を冷笑でトドメを刺すという、残虐非道の荒技で死屍累々を築き上げていたのだ。
教室は彼女が頼んだ無数の飲食物と、心折られ無様に地に伏せるクラスメイト達であった。
その中に若干顔が赤く息の荒い者がいるが恐らくドМに目覚めてしまったのだろう。もう救いようがなかった。
このままでは店が成り立たなくなるという危険があった為、此方の全面敗北と、一人文化祭を快適に回れるようにするための小間使い(人身御供とも言う)をつけることでなんとかお帰り願う事に成功したのだが
(何故、その人身御供が俺なんだっ!)
いわく、唯一無傷かつ、水波と知り合いだからという事だが、あれはどう考えてもお前もこの地獄を味わえという道連れのような気がしてならなかった。
(水波ちゃんは水波ちゃんでこき使いまくってくれるし)
おかげでどっと疲れてしまった。
「そういや、穂波さんは?」
「今日は用事があるとか、明日なら来れるって言ってましたね」
果たして明日店を開けるまでに彼らの心が回復するか非常に不安な所ではある。
「それにしても、コンドルさんの漫才を見れなかったのは残念ですね」
「うん、俺は今その幸運に感謝してる所だよ。てかコンドルじゃない」
そうじゃなかったら俺も水波ちゃんに心折られてたかもしんないし、多分シャーマンファイトならハオ様もビックリな実力だと思うよ彼女は
「明日もう一度来てみましょうか」
水波ちゃんが完全にこちらの息の根を止めに来ている件について
「ふぅ、流石に多すぎましたかね?」
「そりゃ、そんだけ頼めばなぁ」
未だ彼女の両手には漫才喫茶から勝ち取ってきた戦利品で一杯だ。女の子が食べきるには少々きついだろう。
「少し食べてくれません?」
「え?まぁいいけど」
と彼女が差し出してきたのは
パックに入ったあつあつのおでんだった。
え?俺にやれと!?
「いや、ちょ……」
「はい、あつあつですよ~」
水波ちゃんが軽い調子で言いながらパックにサイオンを流すと、あっという間にグツグツと音を立てるおでんができあがる。
俺には知らぬ事だが、このおでんのパックには遅延発動術式が組み込まれており、魔法師がサイオンを流すといつでも熱いおでんが出来あがるという仕組みなのだ。
「待て待て待て!?それ洒落にならん熱さだから!?」
あれはなんだかんだいい温度で調節されてるんだよ!そうだよね?
「はい、あ~ん」
彼女は非常にいい笑顔でがんもどきを俺に押し付けてくる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「むぅ、女性からのあ~んをここまで拒否するなんてありえませんね」
水波ちゃんが口をとがらせながら言うが、こちとらそれどころではない
「女性っていう色気もないだろが!せめてもう少し胸をってアッツゥゥゥゥゥゥゥゥイ!?」
が、がんもどきが!服の中にぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?背中が!背中が焼けるゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?
「ふん」
デリカシーのない愚か者を制裁した水波はふと視界の端にあるものをとらえた。
(あれは、深雪様?)
それは将来自分の主となるであろう司波深雪だった。和人と同じ制服を着た生徒数名と一高の制服を着た女性達と一緒に歩いていた。何をしているのか気になる所だが
「や、やっととれた……」
「糸こんにゃくド~ン」
「んぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ひとまずは人がひそかに気にしている事を遠慮なく抉ったこの馬鹿者への憂さ晴らしが先だと思いなおす水波であった。
「おや?今何か……」
「どうかしましたか?市原先輩?」
「いえ」
一方こちらはここの生徒会長を先頭に文化祭を巡回する一高生徒会の面々、その一人市原鈴音は近くで悲鳴のようなものが聞こえた気がしてそちらの方を思わず見るが、隣を歩いていた司波深雪に声をかけられ気のせいだろうと思い正面を向き直す。
それにしてもよくここまで上手くいった、と鈴音は思う。
当初予想していた混乱は全くと言っていいほど起こらず、騒がしくはあるが喧騒というものではなく平和な雰囲気がこの学校を包んでいた。
しかもそれだけではない、鈴音がある教室に目を向ける。
「しまった!火が切れちまった!」
「あぁ、それなら」
鉄板焼きをしていたのだろう生徒が焦った声を上げるのを聞きつけた一高生徒がCADを操作すると
「おぉ火が!助かった!」
「大したことじゃないさ」
「いやいや!大したことだって!マジで助かったぜ!」
「そ、そうかい?」
生徒の手放しの称賛に照れたように頬を掻く一高生徒の肩に八枚花弁の紋章はない。彼は一高では二科生と言われ、いわゆる劣等生扱いを受けている。
だがそれは一高に限った話であり、世間一般から見れば彼等も十分にエリートなのである。一科生と二科生を取り巻く差別的空気は差別する側だけでなくされる側にも
要因があるのではないかとは一高生徒会長の談だ。
天狗になられては困るが、必要以上に卑下する事もなく自分の魔法と努力に自信を持って貰いたい。
(そこまで考えての事だとしたら大したものですね)
鈴音は誰とも知れない発案者に感嘆の念を示す。そして、この光景を見て誰よりも喜ぶ筈の人物が無反応なのを見て首をかしげた。
当の本人、深雪と鈴音の後ろを歩く真由美の心中は穏やかではなかった。
(見てなさい、あの日ズタボロにされた我が校の品位を思い知らせてあげるわ!)
完全なる被害妄想だが、彼女はリベンジに燃えていた。全ては一高の生徒の為に
自分の女性としてのプライドの為じゃね?とか突っ込んではいけない。
「さぁて、着きましたぜお三方!」
と先頭で歩いていた生徒会長がこちらに笑顔で振り向く、それも真由美には余裕の笑みに見えて腹立たしかったのだが
「三教室ぶち抜きで作りました、生徒会主催のジャンボお化け屋敷です!」
そこにあったのは文化祭クオリティとは思えない程おどろおどろしく作り上げられたお化け屋敷だった。
「どうせ文化祭のお化け屋敷なんてショボイとか言われるのも癪なんでちょ~っと気合い入れちゃいましたよ~」
気合い入れたというフレーズに真由美がピクリと反応した。
「ほう、それは自信作と言う事ですね?」
あ、やっと喋ったと鈴音と深雪が思ったかは定かではない。
「自信作も自信作!後輩の伝手で外部の魔法師に御協力頂いたぐらいですから!」
「ならば!」
とここで真由美が生徒会長をビシリと指さす。
「私達がこれを一声もあげずに走破したならば、私の勝利と言う事になりますなぁ!」
「はぁ……そういう事になりますかね~」
真由美のテンションについていけず若干引き気味になる生徒会長だが律義にドアを開けておいてくれる辺りは流石といったところだろう。
「よし、リンちゃん宜しく!」
「エ?」
急に水を向けられ、クールビューティーを冠する彼女も唖然とするしかない。
「リンちゃんなら大丈夫よ!自分を信じて!」
「むしろあなたが信じられなくなりそうです会長」
毒を吐きながらも入口に向かう鈴音はなんだかんだ人がいいのだろう。
「どうぞ、いってらっしゃい」
生徒会長の見送りでまずは鈴音が一人でお化け屋敷に入る事になった。
数分後……
「」
「リンちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」
中にいたのであろうスタッフに連れられ出てきた鈴音が白目を剥いて気絶しているのを見た真由美の絶叫が廊下に響き渡る。
「あの鈴音先輩がこんな風になってしまうなんて」
深雪も戦慄している中、生徒会長は得意げに笑みを浮かべていた。
「ど・う・し・ま・す?」
「当然行くわ」
その笑みは真由美に火をつけるには十分な効力を発揮したようで真由美は決死の覚悟でお化け屋敷を見据える。
「待っててリンちゃん、仇は私がとるわ!」
「けしかけた会長が言いますか」
深雪が呆れるのも無理ないが、今の真由美はそんな事では止まらない。
「行くわよ深雪さん!」
「あ、私は鈴音先輩の」
「彼女はこちらで看病しときますけど?」
深雪の逃げ道は、生徒会長によって塞がれてしまう、深雪の顔がこわばる。
「さぁさぁ!」
「ちょ、会長!?」
小柄な体系からは想像もつかないほど強い力で引かれ深雪はずるずるとお化け屋敷へと引き込まれてしまった。
中はお化け屋敷らしく薄暗く、ドライアイスでも使っているのだろうかヒヤリとした空気が漂っている。
(あら?)
中に入った途端、何故か覚えのある気配というか空気を感じ深雪は軽く気付かない程度に目を見張る。
「な、なかなか雰囲気あるじゃない」
そういう真由美の笑顔は硬い、確かに深雪もここに入ってからいいようのない不安や緊張を感じている。
だが、深雪は四葉の一員として死をも厭わない戦闘訓練や本物の戦場も体験しているし、銃で撃たれた事もある。
それに比べれば所詮は文化祭の出し物、恐怖等感じる筈もない。真由美の方もそれは同じはずだが、何故か戦場に勝るとも劣らない恐怖を感じているのも事実だ。
まるで、恐怖と言う感情が増幅されているような……
深雪は嫌な予感がして引き返そうとするが、真由美が痛いぐらいに腕を掴んでいるのでそれも出来ない。諦めて進むしかないようだ。
「いらっしゃ~い……」
少し歩くと四角に区切られた小部屋があり、そこの血塗られた壁一面には目玉が所狭しと並び椅子に座った少年がうつむきながら声をかけてくる。その顔は深雪達からは見えない。
「すいませんが、拾ってくれます?」
不自然なほど明るい声で少年はうつむいたまま喋り続ける。
「そこら辺に落ちてる……」
と、少年はここで顔を上げ、少女二人の顔が青くなる。
「俺の目ぇ~玉ぁぁぁ~!」
少年の顔には目がなかった。目がある筈の場所は空洞であり、無理やり引き抜かれたのであろうか、血がまるで涙のように顔を伝っていた。
「~~~っ!」
「あっ!会長!?」
真由美は何とか悲鳴はあげなかったものの、深雪を置いてダッシュで逃げるように先に行ってしまった。
取り残された深雪も彼女の後を追い先に進むが、何処まで行ったのかなかなか追いつく事が出来ない。
「一体どこまで」
「あら、深雪さん?」
え?と後ろからここで聞こえる筈もない声がし、深雪の身体はビシリと固まる。
今思えば気付けた筈なのだ。恐怖が増大されているように思った時点で
恐怖を刷り込み、他人を自らの意のままに操る力、いや魔法、そんな人道に反した力をふるう一族がいるではないか。
その名は……
「こんな所で会えるなんて奇遇ね、達也さんは?」
「い」
「い?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
深雪は声の主の問いに答える事が出来ず、悲鳴と共に意識を手放してしまった。
声の主は倒れてしまった深雪の頬をツンと軽くつつくと
「人の顔見るなり悲鳴って酷いと思わない?」
いつの間にか隣にいた人物に不満を言う。まぁ不満の割には顔が笑っているので楽しさの方が勝っているのだろうが
「仕方ありますまい、増大された恐怖と驚愕で冷静を保てなかったのでしょうな」
隣の人物、よく見ると初老の男性は声の主、女性の言葉に笑いながら深雪をかばうような発言をする。
「でも後継ぎとしてはこれじゃあ困るわね」
「そうですな」
「お、お兄……様」
はははと笑い合う二人の隣で気絶している深雪が悪夢に魘されているのだろうか懇願するような声色で兄を呼んだ。
同時刻、旧山梨県付近にある、ある屋敷で
『ちょっと、出かけてきます』
という当主の書き置きと
『奥様を追いかけてくる。後は任せた』
という筆頭執事の書き置きを発見しorz状態で地に沈む序列4位の執事がいたとか
「深雪さん!?」
「ウア”ア”ア”ア”」
「あぁもう!」
真由美が悲鳴を聞いたのは首なし男に追いかけられていた時だ、声を聞き足を止めそうになるが、しつこく追ってくる首なし男がそれを許さない。
しかも追いかけてくる化け物がだんだん増えているような気がする。
若干涙目になりながらも、二人の無念を晴らすため(半分くらいは真由美のせいだが)彼女はひたすら駆けていた。
その甲斐あってかもう少しで出口という所までやってきた。
(やったわ!これでゴールよ!)
真由美が目の前の幕を思いっきり引くと
「あ」
「え」
変装途中だったのだろうほぼ全裸の生徒会長がいた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
男女の悲鳴?が響き渡る。
「ちょっとちょっと~来るの早いっすよ~」
どうにか下着だけは穿いた生徒会長が苦笑しながら詰めよるが、それでも女性に会うのに適した格好ではないというか警察を呼ばれてもおかしくない現に真由美は硬直から脱していない。
「まだ、準備してたのに~あ、でも悲鳴あげましたよね?」
ここでようやく真由美が硬直から抜け出す。
「という事はこれ僕の」
「死ねぃっ!」
「すいませんっ!」
思いっきりはたかれてしまった生徒会長だが、まぁこれは仕方なかろう
~教室の外~
鈴音「そういえば」
受付(モトハル)「はい?」
鈴音「外部の魔法師とは誰なんですか?」
受付(モトハル)「え~確かよ、よつ、とかいう一族の方々でしたね」
鈴音(よつ……まさか、四葉?)
知らぬが仏とはこのことである