「穂波」
「はい、奥様。準備は滞りなく済んでおります」
深夜の言葉に、穂波は頭を下げながら淀みなく言った。
沖縄から帰還して数日、深夜と穂波は、四葉の本邸へ向かおうとしていた。
達也と深雪は今は学校で勉学に励んでいる事だろう。彼らが帰って来るまでには戻るつもりだ。
「行くわよ」
深夜の言葉に穂波は再び頭を下げ、深夜は穂波が用意した車に乗車した。
穂波が運転席に乗り組んだ隙を付き、蚊が一匹車内に入ってきたが直ぐに後部座席の方に飛んでいき姿が見えなくなる。
エンジンがかかり、日が昇り始めた公道を車がエンジンの嘶きを上げながら走り始める。
目指すは四葉本邸、深夜は自らの妹四葉真夜に会う為に、帰宅してすぐに連絡を入れ逢う事にしたのだ。出来るならやり直す為、本当の贖罪を始める為、深夜は静かにそれでも確かな決意を込めて後部座席に座り其の時を待つ。
「お待ちしておりました。深夜様」
しばらく車を走らせ、到着した屋敷で待っていたのは四葉の筆頭執事である葉山だった。
「ありがとう。お久しぶりね葉山さん」
「はい、変わらず御健勝のようでなによりでございます」
恭しく頭を下げながら葉山は慇懃に口上を述べる。相変わらずなのは葉山も同じのようだ。
「穂波殿もお疲れ様です。奥様はお部屋にてお待ちですのでご案内いたします」
葉山は隣に控えていた穂波にも無礼にならないよう声をかけた後、当主真夜の待つ部屋へと二人を案内する。
「そういえば、沖縄では大変ご苦労なさったようで」
沈黙を保ったまま真夜のもとに案内されるかと思っていたが、意外な事に葉山の方から話しかけてきた。
「えぇ、全くとんだ目に遭ったわ」
軍の反乱に巻き込まれた事を思い出しながら、深夜はうんざりといった様子で呟くように言った。
「あの子との日々はどうでしたかな?」
「えぇ、ほんっとうに!とんだ目に遭ったわ」
先ほどよりはるかに感情のこもった声で深夜は言った。戦争よりあの少年の方が与えた影響が大きいというのは少年にとって誇るべき事なのかは本人の判断にゆだねられるだろう
「葉山さん、意地が悪いかと」
「おや、これはもうしわけない」
穂波が半目で見ても、件の敏腕執事はカカッと不敵に笑うだけだった。
「相変わらずね」
「申し訳ありません。昔日を思い出してしまうのは老人の性でありますから」
深夜もジト目で葉山を見ると、葉山は顎をなでながら遠い日を思い浮かべているのだろうか、ここではないどこかを見る。
そういえば、昔から、深夜と真夜がまだ幼い時からこの人は時折戯れにも似たからかいというか意地悪をして来たような気がする。
今思えば、こんなやり取りも果たして何年振りだろうか?
深夜は軽い望郷の念に身をゆだねようとし
ここは出発点です。ここは出発点です。
突如として、聞こえてきた謎の声に無理やり現実に引き戻された。
「何これ?」
「この壺から聞こえてきたようですね」
穂波が壁際に飾られた壺を見る。この和風然とした屋敷にはまるで似つかわしくない、というかまるで中学生が図工の時間で作りましたというのが相応しい非常に不恰好な壺がそこにはあった。
「あぁ、これは彼が小学校の頃、夏休みの自由研究で作って没になったものですよ」
「え!?」
葉山がそれとなしに言った言葉に穂波が思わずと言った感じで声を上げる。
何故そんなものをここに?とかなんで壺から声が?とか聞きたい事は多々あるのだが、上手く言葉にならずぐるぐると頭の中を駆け回る。
「人の通過を中のセンサーで感知して声が出るとか確かそんな仕組みでしたな」
「小学レベルの技術じゃないわね」
深夜が呆れながら言った通り、そっち系の専門学校ならまだしも普通の学校に通っている少年で作れるようなものではない。
「えぇ、その壺は彼がめんどくさがって地下の研究員に頼んだら、研究員が本気を出し過ぎてとても学校に出せるものではなくなったという逸話がある一品ですよ」
「それって例えるなら、子供の自由研究に父親が子供以上に力入れちゃって、結局提出できなくなった。みたいな?」
「おぉ、まさにそれですな」
穂波はくだらなさで力がどんどん抜けていくのを感じた。少年も少年だが、天下の四葉の研究員が一体何やっているのか。
「セリフのチョイスがわからないんだけど」
「それは彼曰く」
『セリフはこれが重要なんです。おしゃべリップできりなしの塔www』
「ますます意味がわからないわ」
「まぁ、彼の思考を読むのは下手の論文を読み解くより難解ですからな」
ついに頭を抱えてしまった深夜とは対照的に葉山は口笛を吹きかねないほど軽やかな足取りで歩を進める。
これが慣れという奴なのだろうか?正直慣れたいとは思わないが
深夜と穂波は足取りがどんどん重くなっていくのを自覚していたが、こんな所で止まるのわけにはいかない。というかこんな所で止まりたくない。
三人がつきあたりを左に曲がると
いやぁ~ん、うっふ~ん、ばっか~ん
「また!?」
「ていうかこれあの子の声!?」
見るとさっきと同じような不恰好な壺が置いてあった。
「これは三つセットになってましてね」
「無駄過ぎる!」
「セリフに脈絡もなさすぎる!」
どうにかならないのかと二人して葉山を見るが
「どうにもならなすぎる」
一刀両断バッサリと切り捨てられた。この執事、前会った時よりだいぶいい性格になっている気がする。
「そこを曲がって一番奥の部屋で奥様がお待ちです」
「曲がる……んですね?」
穂波が若干引き気味になるのも無理はない。曲がり角を曲がるたびに変な声が聞こえるのだ。警戒はしてしすぎる事はないだろう。
だがいつまでもこうしているわけにはいかない。意を決して、決する必要もない筈なのに曲がり角を曲がると
ここはわんわんの呪い
「さっきの『いやぁ~ん、うっふ~ん、ばっか~ん』から何があったのよ!」
彼は一体何を思ってこんな事をしたのか?考えてもわかるわけないが一度彼の頭の中を覗いてみたいものだ。覗いたら何かに感染しそうだが
「深夜様」
「何?」
葉山が何やら真剣な表情で深夜を呼ぶ為何事かと思ったら
「さっきの『いやぁ~ん、うっふ~ん、ばっか~ん』をもう一度言って頂けますか?」
「そのしゃんとした背骨バッキバキに折るわよ」
どうやら葉山はこの数年で相当変わったようだ。
恐らくは悪い方向に
①よし!オリジナル話サクッと仕上げるぜ!
②シリアス行く前にちょっと小話はさむかな~
③あれ?小話で1話終わった……だと?
なんか毎回こんなことしてる気がする……(汗
駄目だ、ギャグ書いちゃうとどうしてもそこでオチついちゃうから話を切らなきゃいけなくなる
深夜さんがいやぁ~ん、うっふ~ん、ばっか~んって言ったら超萌えね?とか考えてたらこれだよ!
次回は早めに更新出来ると思いますのでどうかよろしくお願いいたします。