「大丈夫?」
深夜と深雪が達也の秘密に関して話している時、穂波は先ほどから不気味なまでに静かな少年に声をかけていた。
短い付き合いだが穂波はこの少年がどういう人間かそれなりに分かっているつもりだ。その経験則から考えるに今の少年はおかしいというのが彼女の結論だ。
本来ならこういうときの少年なら大体ろくでもない、くだらない事をやらかし深夜に怒られるのが様式美というかいつもの光景だった筈なのだが、なんというかいつもの奔放さが見る影もない。
「大丈夫ですよ~勇気ぃ元気ぃ」
「ポンキッキーズって言いたいの?」
「げふ」
こんな感じに穂波にすら予想できる程ネタにキレがない。どうしたというのだろう?大人しいなら大人しいで苦労しないで良いのだがいざ大人しくされると心配になってくる。
「何かあったら直ぐに言うのよ?」
「了解です~」
あっけらかんとしているように見える少年から目を離し、穂波はモニターに目を向けた。
彼がおかしい理由は単純かつ普通なら可笑しくもない理由なのだが、穂波も深夜もそして深雪も四葉というある意味最も普通から遠いところにいる存在であるがゆえに気付けなかった。
所変わり、モニター上で映された戦場には状況が全く異なる二つの戦場がここを支配していた。
一つは司波達也が同行する一団
彼が右手を向けるとすべての物質が一切の区別なく消え去り
彼が左手を向けると撃たれ、傷ついた筈の兵士が無傷で立ち上がる。
それは敵にとって予想外の凶事、倒した敵が何度でも立ち上がり、自分達だけが死体すら残せずに消え去って行く。
それは味方にとっては望外の幸運、どんな怪我、例え致命傷であってもすぐさま何事もなかったかのように再成される。
戦場はまさしく司波達也が支配していた。
後に、『摩醯首羅』と呼ばれ大亜連合から恐れられる謎の魔法師の誇るべき、そして忌むべき初陣であった。
もう一つは金城改め、霧くま~一等兵が同行する一団
霧くまが右手を向けるとロケットパンチ(命名:急速潜航パンチ)で撃った銃弾ごと吹き飛ばされ
霧くまが左手をふるうと魔法障壁が切り裂かれる(命名:新型弾頭スラッシュ)
それは敵にとって予想外の凶事、ファンシーな見た目から繰り出されるえげつない攻撃、傷一つつけられないキグルミの鎧、自分は夢を見てるのではないかと疑いたくなる。
それは味方にとっても予想外の凶事、こちとら決死の覚悟で戦場に臨んでいるのに、劇場版制作決定おめでとう!と書かれた旗を掲げて無双するクマを見せつけられたのだ。これは悪夢だ、間違いない。
さらに最悪なのが、周りの人間も感覚がマヒしてきているのか
「これ着た方が強いんじゃね?」
「確かに防御力は一級品だ」
等と言いながらキグルミを着る人間が出てきている事だ。しかもだんだん増えてるような気さえする。
何だこれは?俺も着た方がいいのか?そうなのか?そうなのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
以下、同行した兵士の日記(一部抜粋)
かゆい かゆい スコットきた
キグルミ着て
うまかっ です
きり くま
これが、後に『ゴールドキャッスル』というバンドを組み、ミリオンセラーを連発し、引退後はレフトブラッドの地位向上に努め『キング牧師の再来』と称えられる事になる金城一等兵の誇るべき、そして忌むべき初陣であった。
戦況は、陰と陽(どちらが陰でどちらが陽かは判断出来かねるが)の正反対の様相を呈していたが、概ね国防軍側が押していると言って良いだろう。
これは上陸部隊の降伏も時間の問題だろうと若干の安堵の空気が広がり始めていたが
「司令部より伝達!」
青い顔をした通信兵の叫ぶように伝えられた言葉にそれは早計であったと後悔することになる。
「敵艦隊接近中!高速巡洋艦二隻、駆逐艦四隻!迎撃は間に合わずに二十分後に敵艦砲射程内と推測!至急海岸付近より待避せよとのことです!」
「まずいな」
風間が思わずこう洩らしてしまう程の凶報であった。待避する時間も圧倒的に足りないが、悲観だけしているわけにはいかない。敵を倒す、部下も守る。両方やらなければならないのが上官の辛いところだった。
覚悟は出来てるかだと?そんなものとうの昔に出来ている。
「総員!この地点は艦砲の射程内に入る!内陸部へ避難せよ!」
たった二十分でどこまで逃げきれるかわからないがやれることはやらなければならない。
「特尉、君は先に基地に帰投したまえ」
そう、この自らの意地の為に共闘してくれた少年を逃がす事も。
「風間大尉」
だがこの少年は、司波達也は風間の予想を悉く覆す。
「敵艦隊の正確な位置はわかりますか?」
「それはわかるが……真田!」
疑問は後回しにして、風間は戦術情報ターミナルを背負った真田を呼んだ。
「海上レーダーとリンクしました。特尉のバイザーに転送しますか?」
「ありがとうございます。それと風間大尉」
「なんだ?」
「敵戦艦を破壊する手段があります」
声を上げなかったのは風間の胆力があってこそだろう。それほどまでに達也が言った事は衝撃的だった。
総数六隻にも及ぶ艦隊を鎮める程の魔法、それはまさに戦略級魔法と呼ぶにふさわしい。戦略級魔法を行使できる人間は公表されているだけでも十三人、日本では五輪澪という人物ただ一人しかいない。大規模破壊をたった一人で行え、核兵器と同列視される国家の切り札とも言える存在。
それが戦略級魔法師である。その大魔法を目の前の彼は使えると言うのか
「ただ部隊の方々に見られたくはありません。この場から移動して頂けないでしょうか?」
風間はしばし考えた後
「わかった。だが俺と真田は立ち会わせてもらう」
こう言った。
「わかりました」
達也は少し間をおいて了承し、風間、真田、達也を除いた部隊の面々は敵艦砲から逃れるため移動を開始した。
「上陸部隊は壊滅か……っ!」
一方、大亜連合の駆逐艦の一隻、ここを任されている提督の一人は地上に侵攻した部隊の顛末に歯噛みした。予定では地上部隊で空軍基地を制圧しそこは起点に近海の制海権を確保する予定であったのにこんな所で虎の子の艦隊を使う羽目になるとは計算外だ。
「奴は、『仁』は何をしている!?」
提督が怒鳴りつけるように副官に言うと、副官はびくりと肩を震わせながらも
「基地内には既に潜入しているようですが、それから連絡が取れませんっ」
上官の命令に従いこう返答した。
「ちっ、あいつがそう簡単にくたばるとは思えんが、連絡を取れる状況にないのかもしれん」
『仁』
それは上層部のある人物(詳しい名前は知らない)から託された、対日本用の魔法師だ。魔法師と言うより、兵器そのものと言った方が正しいかもしれない。それほどまでに得体のしれない不気味な存在だった。だが確かに切り札といっても過言ではない強大な力を持っている。奴を殺せる存在など果たしてこの世にいるのか
「仕方あるまい、予定時刻通りに砲撃を開始する!総員準備しておけ!」
「提督!『仁』は如何なさるおつもりですか!?」
艦砲となれば基地内にいるであろう『仁』をも巻き込む事となる。
「奴が砲撃程度で死ぬとは思えん!構わず撃て!」
だが提督は一切気にしなかった。あんな得体の知れない存在より自分の保身だ。このままむざむざと帰る事など出来ない。何としても戦果を残さねばならない。
「見ていろ日本の魔法師め!」
正気を失ったかのように血走った眼をした提督を副官は不安げに見ていた。
「敵艦はほぼ真西の方角三十キロの距離を航行中……届くのかい?」
「やってみるしかありません」
真田の言葉に、射程伸長術式付きの武装デバイスの準備をしながら達也は応える。
そのまま達也は武装デバイスを仰角四十五度に構え、何発か発射した。見える筈のない超音速の弾丸を達也は目で追うかのように沖をじっと見つめていた。
「駄目ですね。二十キロしか届きませんでした」
どうやって弾丸の軌道をつかんだのか、達也は少し落胆した表情で首を振った。
「となると二十キロ以内に接近してくるのを待つしかないが」
「それではこちらも艦隊の射程距離に入ってしまいます!」
達也の言葉を受け、風間が客観的な事実を述べると真田が素っ頓狂な声を上げる。射程外から一方的に撃てるならまだしも撃ち合いになれば勝敗は論ずるも愚かだ。
「そうですね、ですのでお二人は基地に戻って下さい」
「馬鹿な!君も戻るんだ!」
「しかし、敵艦を撃破しなければ基地が危ない」
達也の言葉に思わずと言った風に抗議した風間に努めて冷静に達也は返す。
そう、ここで敵艦隊を駆逐しなくては基地が、自分の『家族』が危険な目にさらされる。それは司波達也にとってとても耐えられない事であった。
「今から狙撃ポイントを探している時間はありません。ここで迎え撃つしかないのです」
達也は風間と真田をじっと見る。其の目には、未だくすぶる事なく燃え上がる蒼白の炎があった。
「そうか、なら」
「なら俺に任せろ!」
風間の言葉を遮り現れたのは
「……クマ?」
正確には霧くまのキグルミを着た金城一等兵だった。
「金城一等兵!?退避した筈じゃなかったのか!?」
「艦隊がすぐそこまで来てるのに、国防軍の私が逃げてどうするってんですか?」
金城は風間の言葉に応えながらキグルミを着てるとは思えない軽やかな動きで達也の前に、艦隊の盾になるように立つ。
「このキグルミで艦砲を防ぐ、そうすりゃそこの坊っちゃんが艦隊を倒してくれるんでしょ?」
「馬鹿な!?一人でなど無謀もいい所だぞ!」
風間が金城の言葉に怒鳴り返す。無謀を通り越した自殺のような宣言はとても看過出来るものではない。
「なら一人じゃなきゃ」
「いいんですね?」
「お前達……っ!」
風間が振り向くと、そこにいたのは退避した筈の空挺隊の面々だった。何故か皆一様にキグルミを着ている。
「俺たち全員で艦砲の盾になる。キグルミ達の相対位置を固定して硬化魔法をかければそう簡単には破られないでしょう」
「確かにそのキグルミの防御力は高い、だが艦隊のフレミングランチャーを防げるかは分からないんだぞ!それでもやるのか!」
「「「当然!」」」
真田の言葉に空挺隊一同異口同音に口をそろえる。そこに一片の迷いもなかった。
「勝敗が兵家の常ならば、生死は兵士の常」
「風間大尉の言葉でしょう?」
キグルミで表情が良くわからないが、きっとしてやったりと笑っているに違いない。
男子たるもの三日逢わずば克目して見よというが、随分と部下達は言うようになったものだ。
「くくく」
「大尉?」
「ははははははははははははっ!」
真田の訝しげな声も気にせず風間は愉快そうに笑う。これほどまでに笑ったのは久しぶりかもしれない。
「面白いじゃないか、金城!」
「はい!」
「そのキグルミあと何着ある?」
「今ここにあるのは二着ですが」
「よこせ、壁は一人でも多い方がいいだろう」
「た、大尉!?」
真田が風間の言葉に目を見開く、真田の聞き間違いでなければ風間もあのキグルミを着ると言っているのだ。
「部下が命を張って国を、誇りを護っているのだ。上官として、一人の男として、共に立たないわけにはいかんよ」
そう言った風間の目には達也の目と同じ炎が宿っていた。どうやら年甲斐もなく熱くなってしまっているようだ。
「ええぃ、こなくそ!」
そして真田もそんな部下の心意気を理解出来ないほど愚かでもなかった。
「金城一等兵!私にもキグルミを!」
「了解!」
今の気持ちを表すならこうだろう。
やけくそ
「硬化魔法だけでは心もとない!対物・耐熱障壁魔法を行使できる者は展開しろ!」
「相克をおこすなよ!?」
「こちとら天下の国防軍だぜ?そんな事するかよ」
かくして、空挺隊というより霧くま隊と化した国防軍は達也の前に立ち、艦隊から守る
刹那、艦隊からの砲撃が開始された。
達也は銃弾を撃ち、銃弾が艦隊の上空に向かうのを『目』で追う
艦隊からの砲撃は、空挺隊が張った障壁にその運動量を相殺され、それでもなお向かってくる砲弾はキグルミの装甲に阻まれ達也には届かない。
「ぐうっ!?」
「耐えろ!俺達の後ろには護るべき奴らがいるんだぞ!」
「分かってるさ……こんな所で、負けられるかァァァァァ!」
人の決意、人の想いを束ねた盾を、心持たぬ矛で砕けるものなら砕いてみよ、大亜連合
矛盾は起こさせない、必ずや盾が勝ってみせる。
「提督!こちらの砲弾がキグルミに弾かれています!」
「どういう理屈!?」
「そんなのこっちが聞きたいですよ!」
大亜連合の艦隊では部下の泣き言にも聞こえるように叫んでいる。気持ちは分からなくはない、こんな理不尽あってたまるか。だが実際目の前に確かにあるのだから叫びたくなるのもわかる気はする。
「ちくしょう!」
提督は床を苛立ちをぶつけるように蹴るが状況は何も変わらない。
やがて、達也が放った弾丸が艦隊の上空に到達したのを彼自身の目で知った。
そして発動する……
質量分解魔法『マテリアル・バースト』を
水平線の向こうに閃光が生じた。
莫大な熱量と閃光が艦隊を一隻も残らず包み込む。
遅れて落雷をも超える爆音が響き渡り、不気味な鳴動が伝わる。
「津波だ!退避!」
鳴動の正体をいち早く察した風間が叫び、空挺隊と達也は一目散に現場から逃走した。
「やべぇ!これ死ぬって!」
「叫んでる暇があるなら走れ!」
「そこにバイクがある。それに乗れ!」
桧垣の言葉に、恐らくここに来る際に乗ってきたのだろう。バイクが何台もあった。
「「「「「逃げろぉぉぉぉぉぉ!」」」」」
エンジンの調子を確かめる間もなくフルスロットルで空挺隊の面々は疾走する。
こうして、後に沖縄海戦と呼ばれる戦は、空挺隊と達也の手によって勝利を収める事が出来た。だがこの時の因縁は後々まで残る事となり、三年後横浜騒乱という形で爆発する事となる。
「ふぅ」
ここは空挺隊が反乱軍とゲリラ部隊双方と交戦した場所だ。破壊された戦車が煙を上げて、未だに戦火が生々しく残っている。
そこに一人の兵がいた。機関銃こそ持っているが、非常に軽装でとても戦闘向きとは思えない。
(とんでもねぇな、ありゃ戦略級だぞ。だが五輪澪の
となると非公開の戦略級魔法師かと、兵は顎をなでながら思う。そのしぐさはまるで体を使いなれていないかのようにぎこちない
(兵が全滅したのは予想外だったが収穫もあった)
彼が反乱軍と同行し、地下シェルターに向かったときにいた黒髪の女性達だが間違いない。
(あれは四葉だ)
彼は生い立ち上他人の精神の姿を見る事が出来る。あれほどまでに歪であれほどまでに均整のとれた精神、それは精神を扱う魔法師、四葉以外にあり得ない。
(沖縄を足がかりに探すつもりだったが、行き成りどんぴしゃりとはな)
彼はある人物から四葉の人間を探し可能なら殺害せよと命令を受けている。
「一応報告をしときますか」
彼は、付近に倒れていた兵士を仰向けにひっくり返すと何やら細工を施す。すると、瞳孔が開き、死んだ眼から青い炎が宿った。
「……仁か」
まるで地獄の底から絞り出したかのような生気のない声が響き渡る。当然この死体の声ではない。死体を媒介に古式魔法『僵尸術』で死体を即席の通信機にしているのである。本来なら巨大な通信機器が必要なのだが短時間ならそれは必要ない。
「四葉を発見しました。このまま奴らの本拠地に向かいます」
「そうか、順調だな」
死体が満足げな気配を漂わせる。
「そのまま殺してしまってもよいのでしょう?」
兵士は、仁は犬歯をむき出しにしながら獰猛に笑う。
「構わん、奴らに我らの痛みと苦しみを思い知らせるのだ」
(元の発端はあんたらでしょうに)
復讐の復讐なんて笑い話にもならなそうだが、そんな事はおくびにも出さず仁は神妙に見える態度で聞く。
「了解です。大師ヘイグ」
「うむ」
その言葉を最後に死体の目に宿った炎は消え今度こそ本当にただの死体となる。
仁はそれに目もくれず空を、正確には空を飛ぶカモメを見た。
「さぁ、俺も俺の目的の為に行くとしますか」
ニヤリと笑うと兵の体はがくりと崩れ落ち二度と動くことはなかった。
沖縄における騒乱は終わった。だが悪意は未だこの地に残っている。
最後は王道バトル風に仕上げてみました。主人公いないけど!
これで追憶編は最終回ですが、ちょっとしたオリジナル話が三話程はいる予定です。
それが終わればお待ちかねの入学編でございます!