国防軍の沿岸警備隊が来た時には既に不審艦は姿をくらませた後だった。警備隊の責任者の人から、話を聞きたいと言ってきたが、私たちは全員そんな気分ではなく、話があれば後で尋ねに来てもらうということで別荘に帰宅させてもらった。
私が考えるのは兄の事、兄の使った魔法について
あれは私の感覚が間違ってなければ、物体の構造情報を直接書き換えることによる分解魔法だ。魔法ランクとしては最高難易度に当たる筈、私では当然不可能だし、お母様や叔母様でも同じだろう。
(それをあの人はCADも使わずに?)
兄は魔法の才能が乏しかったから次期当主候補から外されたと聞かされている。乏しい才能を肉体の鍛錬と固有魔法『術式解散』でなんとか埋め合わせる事で、私のガーディアンとして四葉で生きていくことを許されたのではなかったのか?
知らない。
わからない。
一体誰があの人の本当の姿を知っているのだろうか?
「すいません。深雪さん」
深く暗い思考の奥底に沈んでいると、ドアをノックする音と共に、桜井さんの声が聞こえてきた。
「国防軍の方が、お話を伺いたいと言ってきまして」
私がドアを開けると桜井さんが申し訳なさそうな顔でそう言ってきた。
「わたしに、ですか?」
「えぇ、質問なら私と達也君で答えると言ったんですけど」
頭を下げかねない勢いの桜井さんに、こちらも心苦しくなってしまう。
「わかりました。リビングですね?」
桜井さんがためらいがちに頷いたのを見て私は軽く身なりを整え1階に向かった。
「では、潜水艦を発見したのは偶然だという事ですね?」
「えぇ、そうです」
「第一発見者は副長さんですから、詳細はその方にお聞きした方が良いと思いますけど」
自嘲聴取に来た軍人、(風間玄信大尉という中年の男性だった)の問いに一言答えた兄に桜井さんが言葉を重ねる。
この場にいるのは、風間大尉、お母様、桜井さん、兄、私と少年だ。どう考えても少年はいない方がいいと思ったのだが、どうしても全員から話を聞きたかったらしい。
お母様も少年もさっきよりは体調が回復したのか、見た感じは普通そうだった。
(調子悪い方が余計な事を言わなくて良かったのに)
私は少年をちらりと見ながらそんな失礼な事を考えていた。
「何か船舶の特定につながるような特徴はありませんでしたか?」
「潜航していた潜水艦の特徴なんてわかりません」
「あれは霧の艦隊ですね」
ちょっと!?心配したそばから変な事をっ!
桜井さんが風間大尉の問いに少しイライラしながら答えた矢先、少年が早速しゃしゃり出てきた。
「霧の・・・・・・?」
ほら、大尉さんが不思議そうな顔してるし!
「えぇ、霧島か榛名でしょうね。ていうかその二人が好きです」
知らないわよあなたの好みなんて!
「2隻いれば合体攻撃が見れたのだがね」
「えぇ、惜しい事をしました」
あれ?大尉さん?
「急速潜航~」
「シ」
「あなたの意識を急速潜航させてあげましょうか?」
桜井さん気持ちはわかるけど笑顔がすごく怖いです。あと大尉さん何か言いかけましたね?
「君は何か気付かなかったか?」
大尉さんが明らかに話を逸らそうとして兄に話を振った。
「目撃者を残さぬ為に、拉致しようと考えたのではないでしょうか?」
「何?」
思いがけず出てきた物騒な言葉に大尉さんは目に鋭い光を宿す。
「クルーザーに発射された魚雷は、発砲魚雷でした」
「急速潜航~、う~ん、イントネーションが違うな」
「・・・・・・」
桜井さんの圧力に無言でソファの上で土下座する少年、何故彼は懲りないのだろうか。
「そういえば彼は一体?」
気になったのだろう。大尉さんが彼の素性を聞いてくる。
「馬鹿です」
「アホです」
「吐瀉物です」
上から、兄、私、桜井さんだ。
「ひでぇwww」
正当な評価だと思う。
「あ、そういや発砲魚雷って何?」
やっぱりというか、当然というか、私たちの辛辣な評価(罵倒?)を全く気にせず、少年は自分で話の腰を折っておいて兄に聞いてくる。
疑問自体は私も気になってたのでそのまま兄の言葉を待つ。
「化学反応で長時間泡が発生する薬品を仕込んだ魚雷の事だ。泡の割合が高い水域ではスクリューが役に立たなくなる。そうやって事故を装い、船を動かなくしてから乗組員を拉致するつもりだったのだろう」
「へぇ」
「そう思う根拠はあるかね?」
兄の説明にわかったのか、わかってないのか曖昧な相槌を打つ少年を尻目に大尉さんが興味深そうに兄を見ている。
「クルーザーの通信が妨害されていました。事故の偽装には、通信の妨害は必須ですから」
(通信の不調まで見ていたの!?)
私は、兄の深い知識にただ驚いていた。
「それだけでは、根拠として弱いと思うが?」
「無論、根拠はそれだけではありません」
「他にもあると?それは?」
「お答えできませんね」
兄の確かな拒絶の言葉に、大尉さんはわずかに息をのんだが
「ふ、そうか。ならいい」
薄く笑いそれ以上追及しなかった。
「大尉さん?これ以上はよろしいのではなくて?」
すると、今まで沈黙を保っていたお母様が気だるげに呟くように言った。
「そうですな。御協力ありがとうございます」
お母様の言葉に込められた強い拒絶の意思を感じ取り大尉さんは席を立った。あの子もあれぐらい察してくれるといいのだけど
敬礼をして去っていく大尉さんを私と兄と少年で見送る。
お付きなのだろうか?体格のいい男性二人が直立不動で立っていた。
その内の一人が私たちの、正確には兄の顔を見て、目を見張った。
「む?なるほど」
大尉さんはその兵隊の顔色を見て、目を細めたが直ぐに訳知り顔で頷いた。
「深雪ちゃん。なんかあったん?」
「それが・・・・・・」
別荘にいて知らないであろう少年に事情を説明をする。散歩道であの人にからまれた事、それを兄が助けてくれた事を
「流石だね」
ひゅうっと口笛を吹きながら、少年は兄を称賛する。
何故だろう?素直に兄を凄いと言える彼が少し羨ましく思ってしまったのは
「桧垣上等兵!」
暗い気持ちを、大尉の怒鳴りつけるような声が無理やり振り払ってくれた。
「うちの部下が失礼した。謝罪する」
「桧垣ジョセフ上等兵であります!昨日は大変失礼いたしました!」
大尉さんの言葉に続き、桧垣上等兵が形式ばった堅い口上を述べ、深々と頭を下げた。
(元々、そんな悪い人じゃなかったのね)
兄がその謝罪を受け入れ、大尉さんに自分の基地に招待されている傍らで、私はそんな事を考えていたが、隣にいる少年が
「波紋疾走」
とぼそりと呟いたのを私は聞き逃さなかった。ジョセフだから波紋は流石に安直すぎると思う。