司波深雪は一般には知られていないが良家のご息女だ。当然、中学生ながら、世間のしがらみというものが存在する。
詳しく言うと、断わりたくても断れない招待とかだ。
今回の招待主は黒羽貢、深夜のいとこにあたる人物でたまたまここに来ていたらしい。別に貢が嫌な人物だとかいう事でなく(若干親バカではあるが)沖縄についた初日くらいはゆっくりしたかった。ただでさえあの少年のせいで碌に気が休まっていないのだから
「叔父様、本日はお招きいただきましてありがとうございます」
だが、ここはもうパーティー会場。そんな陰鬱とした感情はおくびにも出してはいけない。深雪は心の底に自らの本音を押し隠し目の前の叔父、黒羽貢に頭を下げた。
「ごきげんよう、深雪ちゃん。お母様の御加減は大丈夫かい?」
「えぇ、元気でしたわ。とても」
「深雪ちゃん?なんで遠い目をしてるんだい?」
深雪に貢は思わず聞かずにはいられなかったが
「貢さんお久しぶりで~す」
多分隣であっけらかんと笑う少年が原因なのだろうという事を直ぐに察し心から同情した。
「君もここに来ているとはね」
「真夜さんに言ったら行けました!」
「相変わらず真夜さんは君に駄々甘のようで、おっとこんなとこで立ち話も良くないな。奥へどうぞ、文弥も亜夜子も待っているよ」
自分の事を棚に上げ、貢はやれやれと肩をすくめたが、直ぐにそれどころではないと思いなおし客人を奥に招いた。
今回のパーティの出席者は深雪、達也、少年の3人だ。深夜は体調がすぐれないという事で辞退し、彼女のガーディアンである穂波も彼女に付き添っている。
達也は深雪のボディガードとして、少年は本当は置いてきたかったのだが深夜と一緒の方が危険、更に穂波の胃がストレスでマッハになる為仕方なく連れてきた。
かくして、深雪は孤立無援どころか役立たずを引き連れて黒羽親子の相手をしなければならなかった。
貢に背中を押される形で深雪は奥のテーブルに招かれた。少年は招かれるまでもなく勝手に歩み始め、達也は入口に置き去りだ。(ボディーガードは壁際で控えるのが習わしらしい)
「文弥君、亜夜子ちゃん、やっほ~」
「!?驚いたよ、来てたんだね」
「げ、こんなとこでもあなたの顔見る羽目になるなんて最悪ですわ」
深雪が声をかけようとしたが少年が先んじて二人に声をかけてしまう。貢が眉をひそめていたが少年はまるで気づかない。ていうか気づいていても彼にとっては知ったこっちゃないだろう。
声をかけられた黒羽姉弟ははこんな場所で『友達』と会うとは思っていなかったのだろう。二人とも一様に驚き、文弥は柔らかい笑みを、亜夜子は露骨に嫌な顔をして見せた。
「ふっふっふっ~」
「な、なんですの?」
亜夜子を見るや否や、不気味に笑い始めた少年を亜夜子は不審げに見る。
「聞いてるぜ~?」
「何をです?」
「それは、自分が一番よくわかってるんじゃな~い?」
「ま、まさか、私の新しい魔法のこ」
「まぁホントはなんもないんだけどね。で?新しい魔法ってなに?」
「・・・・・・」
(亜夜子ちゃん・・・・・・流石にちょろすぎるわ)
まんまと一杯喰わされた亜夜子に深雪は温かい視線を送る。
「言いたくありません」
プイッと顔をそむけながら不機嫌そうに言う亜夜子だが、少年がその程度で諦めるわけなかった。
「なら文弥君に聞けばいいや」
「文弥!言ったら承知しませんわよ!」
キッと文弥の方に向き直り威嚇する亜夜子はガルルルルと擬音が聞こえそうなほどだ。正直犬っぽい。
「そんなに嫌な魔法なの?」
「あ、深雪姉さま挨拶が遅れてすいません。いえ、むしろ僕は素晴らしい魔法だと思ってるんですけど」
ふと気になり深雪は文弥に聞いてみる。話を向けられた文弥は律義に挨拶した後、深雪の推測を否定した。
(ならどうしてあんな嫌がるのかしら?)
疑問が尽きない深雪だったが、ひとまず棚に上げとく事にした。勘だが直ぐ解るような気がしたし
少し落ち着いたのか、亜夜子とも軽く挨拶を交わし、貢は待ってましたとばかりに自分の子供たちの自慢話を始めた。毎回の事ではあるが深雪はかなり気が滅入る事になるだろうと覚悟していたのだが
「亜夜子は先日ピアノコンクールで入賞してね」
「俺は足でネコ踏んじゃった弾いて先生を爆笑させた事があるよ。亜夜子ちゃんは無理っしょ?」
「む、私だってその気になれば・・・・・・」
「亜夜子?お願いだからそんなはしたない真似はやめてくれよ?」
とか
「文弥がまた乗馬の先生に褒められてね。全くうちの息子は天才だよ」
「あ、文弥君。前やってくれたナポレオンのモノマネもう1回やってくんない?」
「任せて、馬を嘶かせた状態での停止と移動の工程短縮に磨きをかけたから」
「文弥!?たまに怪我してるなと思ったらそんなことしてたのか!?」
とか、少年が絶妙なタイミングで茶々を入れてくれたおかげで深雪は退屈せずに、むしろ楽しく過ごせた。
(なんだかんだ連れてきて良かったのかしら?貢叔父様はすごく不満そうだけど)
予想外すぎる少年の功績にそんな事を考える深雪だった。
「あの深雪姉さま」
「なに?」
「達也兄さんはどちらに?」
文弥の言葉にそういえばそろそろか。と深雪はぼんやりとそんなことを考えていた。文弥は深雪を姉として尊敬しているが、それ以上に達也を兄として尊敬している。というより憧れているほうが適切だろうか。機会があれば彼は、いや彼等は達也に会いたがる。
「達也さんがいらっしゃってるんですの?」
亜夜子も表面上は気にしてない風を装っているが、時折泳ぐ視線で彼女も達也に会いたがっているのは明白だ。
「そこに控えさせてるわ」
貢の自慢話のダメージが予想以上に少なかった為、深雪はネガティブな感情に囚われることなく素直に兄のいる場所を指し示した。
「達也兄さん!」
文弥はパッと顔を輝かせ達也の元へ駆けて行った。ちゃっかし文弥の後を亜夜子がついているのがちょっと可笑しかった。
「・・・・・・」
貢が今までで一番不快気な顔をしているが、程度に差はあれどいつものことだ。
貢の認識ではガーディアンという地位にはいるものの所詮は四葉の所有物にすぎない。そんな人物に自分の子供たちが尊敬の念を抱いている。貢にとっては不愉快極まりない事態だろう。
深雪はそんな事を考えているのだろう貢と、なんか良くないことを考えてそうな少年と共に黒羽姉弟の後を追う形で歩いて行った。
文弥の言葉に柔和な笑みを浮かべる兄に内心驚愕しながら
「達也君、お勤め御苦労さま」
「恐れ入ります」
心穏やかではないだろうに、完璧な仮面の笑みを浮かべ貢は達也をねぎらう。対する達也も先ほどの笑みが嘘のような鉄壁の無表情で言葉少なに言った。
「あ、そうだ」
そんな予定調和というか、気まずい雰囲気をまるで気にせず少年が達也に目を向ける。
「亜夜子ちゃんが習得した新しい魔法って知ってる?」
「な!?」
「あぁ知ってるが」
少年の言葉に亜夜子は目をまん丸にし、達也は亜夜子の心情を知らずに淡白にそう答えた。
「それって」
「達也さん言ってはダメです!」
亜夜子が彼の言葉を遮るように叫ぶが
「何故だ?不可能と言われた事象を仮にではあるが覆して見せた素晴らしい魔法じゃないか。誇りに思うべきだと思うが」
「そ。それは・・・・・・うぅ」
達也の手放しの称賛にそれ以上何も言えず真っ赤になって縮こまる亜夜子。だが、あの魔法だけは知られるわけにはいかないのだ。
なぜなら
「なんか凄そうじゃん。どんな魔法なん?」
「一言で言うと、擬似瞬間移動だな」
「瞬間、移動?」
「そうだ」
「ほう」
達也の言葉を聞いた途端、少年は目を爛々と輝かせる。具体的に言うと餌を見つけた猫のような目だ。
少年はその目のまま亜夜子の方を向く、亜夜子はそっぽを向いていたが残念ながらその程度で逃げられるほどこの少年甘くはない。
「瞬間移動ですの?」
「ぐ」
「瞬間移動なんですの?」
「ぐぐぐ」
「ですの!ですの!ですのぉぉぉぉ!」
「うがぁぁぁぁぁぁっ!!だから言いたくなかったんです!!」
亜夜子が頭をかきむしる。せっかくのヘアースタイルがぐしゃぐしゃになってしまうが気にしてる余裕がないようだ。
「もうこれ風紀委員になるしかなくね?なくなくね?」
「やかましいぃですのぉぉ!!」
うがぁ!と亜夜子が少年に襲いかかるが、少年はひらりとかわし逃げてしまう。
「待ちなさい!」
「いやですの」
「ムッキィィィィィィ!!」
パーティー会場を舞台とした鬼ごっこが開始されるが、幸か不幸かそれほど長く続かなかった。
「はぁ」
貢が溜息を吐きながら指を鳴らすと控えていたボディーガードが一斉に動き、少年の退路を塞いでしまう
「やっべぇっす」
「覚悟なさい!」
※しばらくお待ちください
「ギブwwwギwwwブwww」
「あなたが!泣くまで!殴るのをやめません!」
マウントポジションで殴打って淑女のやる事じゃないと思うの。
「いつもこうなるの?」
「彼が来ると大体最後はああなるか、父さんが止めるかのどっちかになります」
文弥が深雪の問いに苦笑しながら答える。貢ももう諦めたのか娘の好きにやらせるようだ。
達也も呆れながら、それでいて少し楽しそうに目を細めていた。
(文弥君達も大変だったのね)
その少年がしばらく自分達といるという事実をあえて考えず深雪は現実逃避気味に飲料で渇きを潤した。
黒羽姉弟いると凄い筆が乗るけど話が進まないw