監視役?ていうかただ遊びに来ましたという感満載の少年を盛大に放置し、司波家の3人は恩納瀬良垣にある別荘に向かっていた。人混みが苦手な深夜の為、父、司波龍郎が急遽用意したものだ。
ここだけ聞くと、家族思いの父と聞こえなくないが
(相変わらずあの人は愛情をお金で購えると思っているみたい)
父は、並はずれたサイオン量を持っていたが、近年のCAD技術の発展によりサイオン量が魔法技能の優劣を決めるものではなくなってから、魔法師としての道をあきらめ、母がというより四葉が出資した会社の役員となっている。
経緯が経緯だけに引け目を感じるのはわかるが頼りないと言わざるを得ない。
これが、深雪の偽らざる本心だった。
「お待ちしておりました。奥様」
別荘に着いて、出迎えてくれたのは四葉深夜のガーディアン、桜井穂波という女性だ。
彼女は、遺伝子操作によって生まれた魔法師『桜』シリーズの第一世代、生まれる前から、その全ては四葉の物として扱われる。
だが彼女の明るいほがらかな人柄はそんな陰鬱な過去を感じさせない。深雪自身もそんな性格の彼女に励まされる時がある。
本来、ガーディアンは護るべき対象から離れないのだが、現地の情報収集、生活の準備の為先んじて現地に向かっていた。護衛に関しては、深雪の兄、司波達也がいるというのも理由ではあるが、
「麦茶を冷やしております、それともお茶をいれましょうか?」
「せっかくだし麦茶を貰おうかしら」
「承知致しました。深雪さんと達也君もそれでいい?」
「お願いします」
「御手数おかけします」
ただ、私の兄として『あの人』を扱うのは未だに慣れないと深雪は内心で眉を八の字にした。
そんな深雪の心情も知らず穂波はにこやかな笑みを深雪と達也両方に向け、麦茶を『5つ』用意した。
(ん?5つ?)
お母様、私、兄、桜井さんを入れても4つよね?
「穂波、1つ多いわよ」
お母様が訝しげに桜井さんに問う。訝しげなのは彼女が数を間違えるなんて初歩的なミスを犯すような人間ではないと他ならぬお母様が一番よくわかっているからだ。
「おかしいですね。数はこれであっている筈ですけど」
にもかかわらず桜井さんは当然のように5つで良いと言って見せた。
(ま、まさか前見たホラー映画みたいに!?)
私は、友達と一緒に見たホラー映画に似たようなシチュエーションがあったのを思い出し身を震わせてしまう。あの映画では登場人物は全員殺されてしまう筈だったけど、まさか!?
「奥様、深雪さん、達也君、私、それと・・・・・・」
「それと?」
私は心臓がバクバクいっているのを自覚しながら恐る恐る問い返す。
「それと・・・・・・」
(誰なの!?一体誰が・・・・・・!?)
「俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だオーレだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」
「へぶっ!?」
真後ろから大音量で響いた声に私は思わず音源に向かってフルスイングビンタをかましてしまう。
ってこの声は!?
「深雪さん!?」
「あ、あなたがなんでここに!?」
桜井さんが素っ頓狂な声を上げるも構わず私は頬を腫らして床に倒れている少年、空港で置き去りにしたはずの少年に叫んでしまう。
すると少年は頬をさすりながらむくりと立ち上がり、
「なんだかんだと聞かれたら?」
「それはもういいです!」
二度同じ事言うのは無駄だから嫌いです。ていうか付き合っている余裕もないし
「真夜さんにお願いしてどこでもドアーを出して貰い」
「・・・・・・」
「普通にタクシーで来ました!」
お母様の無言の視線にふざけてる場合じゃないと流石にわかったらしい
「よくここがわかりましたね」
「前の車を追ってくれって言うだけだったんで簡単っした」
私の疑問に一度でいいから言ってみたかったんだよな~としみじみと言う少年
「思わず携帯で警察のマネしてみたり、葉山さんがノッてくれたんで結構本格的に出来ました」
え!?あの葉山さんが!?私が思わず目を白黒させていると
「あなた」
お母様が前に出る。機嫌は控えめに言っても良くはない。
というより非常に悪い、みんなお母様の次の言葉を待っていると
「あ、すいません。こちらどうぞ」
まさかの少年が先制攻撃を仕掛けてきた。といっても紙を渡しただけだが
お母様がしぶしぶといった風に受け取ると
タクシー代:3150円
と書いてあった。
え!?この状況で普通渡す!?
「・・・・・・」
「いやぁ、真夜さんに置いてかれたっぽいですっていったらお金は深夜さんに請求していいから追いかけろって言われたんで来ちゃいました」
空気が凍るのがわかる。
てへぺろ♪という謎の擬音が聞こえてきそうなくらい気軽に言ってのける少年だが気づいていないのだろうか?
今自分が超ド級の地雷を踏み抜いている事に
「・・・・・・」
「てへぺろ♪」
いけない・・・・・・このままでは悲劇が起こる!主に少年が被害者で
プルルルルルルルル・・・・・・
場の緊張が最高潮に達し、爆発するかと思った刹那、別荘に備え付けてある電話が鳴った。
お母様が桜井さんにちらりと視線を向ける。桜井さんもそれで察し電話に向かって歩みを進める。
「はい、はい!?・・・・・・えぇ、わかりました。奥様」
「・・・・・・何?」
うわ、すごく怒っていらっしゃるわ。お母様のなんとか絞り出したような声に私は身をすくませてしまう。桜井さんは流石にそんなことはなかったし、感情があるんだかないんだかわかりづらい兄も平然としていたが、
(なんであなたが平気なのよ!?)
こんな空気を作りだした張本人である少年があっけらかんとしていて叫びたくなる衝動を何とかこらえる。
「真夜様からです。」
え!?私は今日だけで何度驚いたかわからないが、今回のはその中でも最大級の驚きだ。
お母様と真夜様は姉妹(つまり深雪にとっては叔母にあたる)電話ぐらいは普通に考えればおかしい事ではないのだが、二人の仲は良くない、一種の冷戦状態が続いている。そんな人から電話?
「・・・・・・」
眉間に手を当て、心底面倒くさそうに桜井さんから受話器を受け取った。
「もしもし?」
「あなたは完全に包囲されています♪大人しく投降なさい」
「切るわよ」
「少しくらい冗談に付き合ってくれてもいいじゃない」
「・・・・・・」
「機嫌がよろしくない様ね」
誰のせいよ誰の、深夜は本格的に頭痛がし始めるのを感じた。
「真夜、あなたなんのつもりよ」
「なんのつもりってあの子?」
「そうよ」
真夜と話しつつ目を向けてみると、少年が深雪に何事か吹き込んでいる所だった。あ、腹にパンチくらってる。少し見ない間に娘はたくましく成長していたようだ。
「おもしろいでしょ?」
「不愉快よ」
「ふ~ん、あなたには効かないのかしらね」
「?」
少し沈黙が場を支配する。真夜が少し考えているのが電話越しでもわかる。
「まぁ、悪いようにはならないわ」
「今まさになっているのだけど?」
「具体的には?」
「娘がコブラツイストを彼にかけ始めたわ」
一体どこで覚えたのかしら
「たくましいじゃない」
あなたは次期当主候補にプロレスラーになれと?ていうか深雪?あなたいつのまに直下式ブレーンバスターなんて使えるようになったの?お母さん悲しいわ。
「あなたがよこした手紙で大体の事情はわかったわ。だけどそれならここでなくても」
「ここがいいのよ」
深夜の言葉を遮った真夜の言葉は今までとは違う。闇に生きた者の重みがあった。真夜の手紙には彼の能力について、発動条件と範囲について調べるため様々な場所に連れて行っている事が書いてあった。調べるには出来るだけ困難があった方が都合がいいとも
「それは、ここで何かがあると?」
「確証はないわ。勘よ。何もなくてもそれはそれで問題ないし」
「勘・・・・・・ね」
「そう、そうなったときもあの子がいれば多分どうにかなるわ。」
多分とはまたずいぶんと抽象的な表現だ。聞けば彼に無理やり実験を行おうとしても失敗し、刺客も悉く床に体育座りで沈んでいたという。確かに四葉の刺客を退けた力があれば大体の困難は退けられるだろう。しかし本人すら理解していない力等あてになるだろうか?おそらくそこまで考えて多分という表現なのだろうが
「はぁ、わかったわよ。」
観念したかのように深夜は言った。結局はどうあっても真夜は少年をつれていくのだろう
「ありがとう。あぁタクシー代は私が払っておくから」
「タクシー代だけじゃなく彼にかかった費用は全部払ってもらうわよ」
だが、こんぐらいの意趣返しはさせてもらう
「ふふ、まぁいいわ。プライベート旅行に水を差してしまったのだしね」
が真夜は笑いながら言いそのまま電話を切ってしまった。
「はぁ」
厄介な事になった。と深夜は受話器を置きながら思った。それ以前に・・・・・・
「ふふふ、さぁ醜い悲鳴を聞かせなさい!」
「ちょwwwその技は洒落にならぁ痛痛痛痛痛痛痛ぁっ!!」
完全にトランス状態になっている深雪をどうにかしなければならない。
深夜は重い腰を上げた。
中途半端になってしまいましたが、ここで力尽きました・・・・・・すまぬ