四葉の本家は地図にも記されない山奥の山村にある。質素でこじんまりとしたたたずまいからは想像がつかないが、四葉は日本で、否世界で畏怖され敬われている。究極の魔法師集団である。
そんな、血と謀略の伏魔殿の中心で、四葉家当主、四葉真夜はある上客との会談を終え、執事である葉山の淹れた紅茶をたしなんでいた。
「あの子がいないとずいぶんと静かね。この屋敷も」
「左様で」
真夜の独り言にも近いつぶやきに葉山は思わずといった風に答える。
よっぽど、普段の心労がたまっているのだろう
真夜はなんとなくおかしくて心の中で、クスリと笑った。
「奥様」
いきなりの葉山の呼びかけに、真夜は一瞬心の中を読まれたのかとヒヤリとしたがどうやらそうではないらしい事が次に葉山の言葉でわかった。
「僭越ながら御伺いしたい事が」
「何?」
「何故に彼を外に出したのです?」
最近、館を騒がしている件の少年についてのようだ。
「あの子が外に出たがったからよ」
「ですが、それはかなえる必要のない願いの筈です」
真夜の返答に即答とも言っていい速さで葉山が言葉を重ねた。
『彼が願ったから』
確かに少年は外に出たいと言っていたし、彼女も『丁度いいと思い』許可を出した。
真夜は嘘は言っていない。どうやら葉山が聞きたいのは『丁度いい』と思った核心部分なのだろう。
「そうね、あなたには色々御世話になっているし、聞いてもらおうかしら?」
色々の部分で若干顔を顰めた葉山に真夜はまたクスリと笑いたくなる。
「そんな嫌がらなくても、葉山さんも楽しんでいるのではなくて?」
「それは奥様もですな」
「あら」
葉山に華麗に返され、真夜は目をパチクリとさせたと思うと、ついに耐えきれずくすくすと控えめではあるが確かに笑い声を洩らした。
機嫌がいい
葉山ほどの洞察力がなくともわかるほどあからさまだ。
一体何が彼女の機嫌をここまで良くしているのか?
葉山が聞かずとも、真夜の方から答えを出してくれた。
「これを見てくださる?」
彼女が出したのは、機会が算出したであろう数字の羅列だ。
あの司波家の少年ならともかく葉山にはそれが何であるか見当もつかない。
真夜の方も、これで理解できるとは思っていない。
「これは、彼と接触した人間の精神状態を計測したものです。直接計測しているわけではないのでそれほど詳しくはわかりませんけど」
「その結果がこれ、ですな?」
「そうです。結論から言わせて頂きますと彼と接触した人間は精神が穏やかに、要はリラックスした状態になるのです」
「リラックス・・・・・・ですか?」
それは、意外ではあったが驚く事の程ではない。
「そう、といってもアロマテラピーとか森林浴とかその程度のレベルですけど」
アロマテラピー?あれが?
葉山はふと窓から見た空にハハハと笑いながらサムズアップする少年の姿を幻視した気がした。
頭の中で少年をコークスクリューブローでふっ飛ばし、葉山は真夜の方に視線を戻した。
「不満そうね?」
「不満というわけではありません」
「ではがっかりかしら?」
葉山はその言葉に答えなかったが沈黙が彼の心情を雄弁に語っていた。
「確かにその程度ではわざわざ彼の不在を狙ってあなたに話す必要はありません」
では、と真夜が言葉をつづけた。
「魔法で理性を無くした者や、壊れた者の精神すら穏やかにしてしまったとしたら?」
「・・・・・・っ!?」
葉山はすぐには理解出来なかった。
彼の能力についてもだが、当主がいつの間にそのようなモノたちに彼を襲わせていたのかについてもだ。
まさしく絶句するしかなかった。
「驚きました。いつそのような輩をここに?」
「女中や研究者にまぎれてこっそりとね」
全部失敗しちゃったけど。と何でもないように言う真夜の姿を見て、葉山は恐れるよりむしろホッとしていた。
他人の命を自らの目的のために平然と消費する。
これこそ、彼の知る四葉真夜である。
最近は『彼の影響』で変化していく主に一抹の不安を抱いていた葉山だが、杞憂であった。
四葉真夜の行動理念は最初から一貫して変わっていない。
精神の根源に至る事
あの少年も含めた全てはそのための駒にすぎない。
「だから、試してみたいのよ。彼のその力がどこまで及ぶのか」
「故に、ですか」
「これからも、彼をちょくちょく外に出すわ」
何処に?とは聞かなかった。
「了解いたしました。」
何処に放りだすかなど・・・・・・
『地獄』に決まっていたからだ。
梓弓の超劣化版と思っていただければ良いと思います。
たまにはシリアス真夜さんも書かないといけない気がしたので