私、サムス・アランは奇妙で不可思議な任務に就いていた。
BABYS CRY 赤ん坊の泣き声という救難信号に惹かれてやってきた私を待っていたのは、銀河連邦の悪夢と言われたメトロイドとスペースパイレーツ、マザーブレインを復活させて自身の手駒にしようという連邦軍の愚かな計画。それを阻止するために動くかつての上官アダムと同僚のアンソニーたち、そして数万年前の勇者アイクを名乗る戦士だった。
かつて銀河を荒らしまわり、私の故郷を2度滅ぼしたスペ-スパイレーツとリドリー。驚異的な戦闘力と繁殖力を併せ持つ最強の生物兵器メトロイドと、それをテレパシーで自在に操るマザーブレイン。奴らの脅威が再び始まろうとしていたのだ。
……私を母と慕い、私をマザーブレインから守ってくれたメトロイドベビーはもういない。ベビーは私の頭上で砕け散り、その細胞を私のパワードスーツから入手した連邦軍がこんな馬鹿げた計画を始めてしまっている。
だから私はこの計画を止めなければならない。これは私の甘さが招いた事態だ。
かつて果たせなかったメトロイドとスペースパイレーツの根絶。今度こそ彼らとの決着をつける。これ以上犠牲者を出させはしない。
「サムス、次はどっちに行けばいい」
「このまま直進すると広い通路に出る。そこを左だ」
私の隣を走るのは蒼い髪の若い男だ。がっしりとした長身の体と肩の鎧、長大な黄金の剣という重装備に反して、生身で楽々と私のパワードスーツについてくるこの男こそ、時空間を飛び越えて過去からやってきた蒼炎の勇者アイク……を名乗る男だ。
かつてテリウス大陸を救ったという蒼炎の勇者アイク……幼かった私の絵本の中のヒーロー。
彼がここにいるなど本来あり得ないのだが、生身の人間にはありえない身体能力と彼の精神性、解析すら不可能な彼の剣が、彼が本物だということを証明している。時空を超えて現れた遥か昔の英雄と張るまさかの共同戦線に不覚にも私は胸を躍らせていた。
偶然にも私たちの目的は一致していた。
生存者と仲間の救助、首謀者の逮捕、そして新型の生物兵器の暴走を食い止め、事態を収束させることだ。
一番厄介なマザーブレインの暴走はアイクとその仲間たちが止めてくれた。だから私たちはその後も暴れ続ける生物兵器や暴走する侵入者撃退用の機械を破壊しながら、生存者や首謀者を探していた。
生存者たちのいる居住スペースは隔壁が降りているため、通行不可能。彼らの安全のためにも破壊は自重して迂回路を探すべきだろう。
となると携行火器では破壊不可能と言っていい特殊合金の分厚い壁をいとも簡単に切り裂いて進んだらしい存在が目下のところ一番怪しい。
故に私たちはその切り裂かれた壁の間を通って、それを追跡しつつ、生存者たちに合流する迂回路のためのマップを手に入れようとしていた。
道中は壊れた配管から水やオイルが漏れ、途切れた配線のあちこちから火花が散っている。おまけにそれらに釣られた生物兵器や警備ロボットがドンパチやっていた。
非正規の通路を通る私たちは当然それらに襲われることになる。プロペラの着いた砲台が次々と私たちにも向けて炸裂するビーム弾を発射してくる。それらは走っている私たちの背後に着弾し爆発を起こした。
無論、私たちも黙って撃たれたりはしない。
狭い通路に入り、敵がある程度密集したところで、私はセンスムーブで瞬間的に反転して敵の炸裂ビーム弾を躱し、チャージショットとミサイルを乱打。凍り付いた背後の敵を爆風でまとめて片付ける。
アイクも前方に跳躍、空中で体当たりを仕掛けてくる砲台群を切り裂き、ビームを撃とうとした砲台たちも剣の衝撃波で叩き割る。
アイクは鳥人族に遺伝子操作された私を遥かに超える驚異的な身体能力を活かして、特殊合金で作られた装甲も生物兵器の外皮も紙切れのように切り裂き、文字通りなぎ倒していく。
背後の敵を片付けた私もアイクの作った道を進みつつ、アイスビームを連射してアイクの剣の射程範囲外にいる敵を打ち落としていく。氷像になったやつは墜落して砕け散るか、アイクか私の追撃を受けて強制的にかき氷になっていった。
行く手を阻む敵をアイクと二人で薙ぎ倒し、文字通り血路を開いて進むこと、はや数時間。私たちはすっかり息のとれた連携が出来るようになっていたのだ。
「アイク、そこを左だ。もうすぐ警備システムの中枢があるはずだ」
「了解、このまま進むぞ」
かつて連邦軍に所属していた私は、この施設の作りから警備システムの場所をある程度予想できる。だが速やかな任務達成のためには、正確な地図が必要だった。
アイクはマントと鉢巻を爆風で靡かせながら、先陣を切って進んでいく。驚くべきことにアイクは煤やオイルで服を汚れてはいるものの怪我一つ負っていなかった。
それは敵の粒子砲をあっさり跳ね返す彼の冗談染みた頑丈さや、レーザー銃を簡単に避ける反射神経のたまものなのだろうか。あるいは彼の編み出した敵の力を奪い取り、全てを切り裂くという奥義『天空』の力なのか。好奇心が疼くが、それは今聞くことではない。私は必要なことのみを話した。
「私はここの敵の掃除をしたら、警備システムに介入し、船内の地図を手に入れる」
「ああ。あんたが地図を探している間は俺があんたを守ろう」
警備室前にの壁に張り付きながら作戦を素早く伝える。センサーによれば警備室の中も暴走気味の警備ロボで溢れかえっているようだ。
「よし、行くぞ!」
扉を蹴り開けた私はチャージしていたアイスビームを発射、警備ロボの一角を氷像にする。いつもの癖ですぐさまミサイルを構えたがが、すでにいつの間にか突入していたアイクが大剣を振るい、氷像を真っ二つにしてしまっていた。
ならばと私はアイスビームを連射し、ようやくこちらに気付いて動き出した敵の動きを阻害する。氷像にはならずとも所々氷ついて動きが遅くなったところを、アイクが獣のように襲い掛かり、嵐のような剣戟で次々と金属片に変えていった。
数十秒後、そこには私たち以外に動くものはなくなっていた。
「制圧完了だ。サムス、地図を探してくれ」
「任せてくれ」
周囲の警戒をアイクに任せ、私は警備室のメインコンピューターにアクセスした。警備ロボの炸裂弾のデータがあったので、戦利品としてダウンロードしつつ、船内のマップと情報を手に入れる。
チャージショットをディフュージョンビームに変更します、というパワードスーツのコンピューターの音声が流れるのを聞きながら、マップを最新の物にアップデートする。
それらを手に入れた途端、私は焦りと共に猛烈な勢いでコンピューターをタップし始めた。私の様子がおかしかったからか、アイクが問いかけてくる。
「この金属板の中に地図が入っているのか」
「そうだ……これは……思ったより遥かにまずい状況のようだ」
「何か分かったのか」
「ああ、これを見てくれ」
アイクにも状況が分かるように空中にボトルシップの立体映像が投影する。瓶のような船の中心に巨大な裂け目が入っている。
「どうやらここでは居住スペースの他に惑星ゼーベスの極端な環境を再現している。熱帯雨林、砂漠、氷雪地帯、溶岩地帯など様々な環境が整えられているが……さっき通ってきたあの巨大な切断跡、あれを作った誰かはこの施設を輪切りにしたらしい」
古代出身のアイクはついて来ているだろうか、とちらりと彼を盗み見る。
「本来つながっていないはずの区画同士がつながっているということか」
どうやら話について来ているらしい。やはり知識がないだけで頭は悪くないのだな、と考えながら私は話を続けた。
「それだけならまだいい。電気の配線や水の配管も破壊されているから、このままでは施設がもたない。地下のマグマ発電所の暴走でこの施設が吹き飛ぶのも時間の問題だ」
私の危機感が伝わったのか、元々真面目だったアイクの目がさらに真面目になる。
「その暴走は止められないのか。暴走の原因になっているマグマ発電所とやらをどうにかすればいいんだろう」
「それは私も考えたが、発電所はもうマグマの海に沈んでしまっていて手遅れだ」
私も出来ることなら暴走を止めたかったが、すでに発電所はマグマの海の底。流石のパワードスーツも長時間の溶岩遊泳は無理だ。生身では言うまでもない。
「……あとどれくらいもつ」
「もって数日。爆発までにあなたと私の仲間、この施設の生存者たちを連れてここを脱出しよう」
「仲間を助けるのは賛成だが、良いのか? あんたの言っていたメトロイドやスペースパイレーツ、事件の首謀者たちまで逃がすことになる」
「それなら心配しなくていい。メトロイドたちは頑丈だが、この施設の爆発のエネルギーに耐えられるほどではない。施設と共に宇宙の塵になるはずだ。首謀者についてもここの職員の証言で捕まえられる」
首謀者やメトロイドについては不安が残るが、生存者救出が第一だ。アダム達については生存者たちと合流していればよし、駄目なら捜索して連れ帰るだけだ。
「宇宙の塵? まあいい、あんたの判断を信じる。ひとまずエリンシアたちと合流しよう」
私とアイクは警備室を飛び出し、通路を駆けだした。マップデータのダウンロードも済んだので迷うこともない。居住区に急ごう。
「……匂うな」
「匂い?」
「岩と金属の溶ける匂いだ……しかも空気が少しずつ熱くなってきている。もしかしてマグマが上がってきているんじゃないか」
通路を走っている最中、アイクは顔をしかめて呟いた。怪訝な思いでセンサーを起動させると周囲の通気口からかすかに有毒の火山性ガスが噴き出ていることがわかった。
しかも気温が僅かに上がってきているようだ。私はパワードスーツが外気をシャットアウトしてしまっていたので分からなかったが、どうやらマグマ発電所の暴走は予想より深刻らしい。
「アイク、この煙は有毒の火山性ガスだ。今すぐ人体に影響のある毒物ではないようだが、大量に吸い込むのはまずい。口と鼻を布で覆って、呼吸する回数を減らせ」
アイクは黙って頷き、懐から布を取り出すと口と鼻を隠すように結んだ。生存者やアダム達と合流出来たら、アイクたち用に予備の連邦軍装備をもらおう。最低限だが生身より遥かにましなはずだ。
「……やらなくても大丈夫な気もするが、これでいいか」
「ああ、とりあえずそれでいい」
それから移動することしばらく、通路のあちこちから煙が湧き出してきて、急速に視界が悪くなってきた。温度も上がってきている。すぐ隣にいるはずのアイクの顔すらよく見えない有様だ。
「アイク、私の傍から離れるな。はぐれるとまずい」
「分かっている」
私たちは走るのを止めて、周囲を警戒しながら早歩きで移動する。視界が悪いのなら、バイザーを別の物に変更したかったが、生憎データの持ち合わせがなかった。
「静かだな」
「ああ」
私の呟きにアイクも頷いた。
不可解なことに煙の中に入ってから警備ロボットにもクリーチャーにも全く遭遇しなくなった。周囲は不気味なほど静まり返っている。
嫌な予感に苛まれた私はアイクに尋ねてみた。
「アイク、どう思う?」
「嵐の前の静けさってやつだな。周囲が黙らざるを得ないような圧倒的な奴がいるんじゃないかと思う」
「同感だ。メトロイドか強力なクリーチャー、あるいはこの通路を作ったやつと遭遇することになるかもしれない」
私たちが武器を構えて警戒しながら歩みを進めていると、周囲が穴になった円形の広場のようなスペースに出た。どうやら穴の底にはマグマが登って来ているらしく、そこから煙が立ち上がっている。
もうもうと立ち込める煙の中、見覚えのあるシルエットがこちらに向かって銃を構えているのが見えた。
「アンソニー!」
そこにいたのはアンソニー・ヒッグス、私の元同僚。
連邦軍の青いパワードスーツに身を包み、何故かこちらに向けて大型プラズマ砲を構えている。私の顔面にレーザーポインターが向けられ、一瞬目がくらんだ。
その血のように赤いレーザーポインターを向けられた瞬間、アダムを襲った裏切り者のことが頭をよぎった。
私とっさにアームキャノンをアンソニーに向けて構えた。
まさか、アンソニーが裏切り者だというのか? いや、ありえない。彼はアダムの忠実な部下だ。信頼できる仲間のはず。
しかし私たちに信頼されている以上、暗殺にはうってつけの人材であることは確かだ。プラズマ砲をくらえばアダムはもちろん私とてただではすまない。だが、アンソニーを撃つことなど私に出来るのか……?
「サムス、後ろだ!」
「サムス、どけっ!!」
逡巡する私を叱咤したのはアイクとアンソニーだった。背後から巨大な何かが私に飛びかかってきたのが感覚で分かる。振り向いたのではもう間に合わないと本能が叫んでいる。
私はセンスムーブの機能を使い、背中のバーニアを吹かせて急加速。倒れこむようにして、アンソニーの射線を確保しつつ、地面に手を突き側転の要領で回転して体勢を立て直すと、背後に向かって武器を構えた。
そこにいたのは煙を切り裂いて飛翔する巨大なドラゴン。毒々しい紫色の外皮に太い四肢と鋭い爪、蝙蝠のような皮膜の着いた翼に、尖った顔、不気味な光を放つ緑の目。
それはまぎれもなく、かつて私の本当の両親を殺し、故郷を焼き払った私の怨敵。
私がこの手で確かに殺したはずの存在、この世にあってはならない存在。
スペースパイレーツの最高司令官……
「……リ、リドリー……!?」
動揺からほとんど悲鳴のような情けない声を上げてしまった私に応えるように、リドリーが咆哮する。大気を震わせるような咆哮が、私の鼓膜と精神を激しく揺さぶった。
炎と煙に巻かれた宇宙ステーションでリドリーと対峙する。奇しくもそれは幼少期の私の状況と合致していた。
そうだ、思い出した。なんで忘れていたんだろう。あの時、私は、あたしは……お父さんとお母さんといっしょに逃げて……真っ赤な血が飛び散って……それでもお母さんはあたしを庇ったまま動かなくって……あたしはえほんをだいて、ふるえているしか……
「サムスっ!」
アイクとアンソニーの叫びで我に返った時、すでに遠方にいたはずのリドリーの手が目前に迫っていた。まるで映画のコマ送りのようだ。
とっさに避けようとしたが、動揺しきっていた私は、私の精神力に出力を依存するスーツの力を引き出せず、センスムーブが発動しなかった。
なすすべなくリドリーに鷲掴みにされる。リドリーに万力のような力で締め付けられ、壁に叩き付けられた。そのまま火花と共に引き摺られる。激痛と精神的ショックに私は絶叫した。
「はなせっ! はなせえええ!」
私はスーツの力を全開にしてリドリーを振り払おうとするが、瞼の裏に父や母の笑顔と最期がちらついてまるで集中できない。肉体と精神の双方が傷ついているからか、スーツの維持さえ出来なくなりつつあった。
「おい、この鳥野郎!! サムスを放せ!」
アンソニーがプラズマ砲を発射するが、高速で円周飛行するリドリーを捉えきれない。
リドリーは回転することであっさりとビームを回避すると、ついにスーツを維持できなくなった私に口から火炎を吐いてとどめをさそうとする。
私が死をも覚悟した時、私の前に蒼い勇者が舞い降りた。
ぬぅん!
青白く光る黄金の神剣が、私を掴んだリドリーの太腕に振り下ろされる。回転を終えて体勢を立て直していた最中だったリドリーの一瞬の隙を突いた斬撃は見事に命中し、その手を腕ごと叩き斬った。
リドリーが緑の血しぶきを上げながら苦悶の声をあげるのを、どこか現実味なく眺めながら、私は切り落とされたリドリーの手と共に墜落していく。リドリーは腕を失ってなお私を殺そうというのか、喚きながらこっちに向かってくる。
するとすでに地面に降りていたアイクが再び地を蹴り、未だ私を拘束していたリドリーの指を切り裂き、そのまま私を片手で抱きとめた。しかもアイクは跳び上がりながら剣を振り上げていたようで、追撃しようとするリドリーに巨大な青い衝撃波が襲い掛かっていく。
こっちに向かって高速で突進していたリドリーは、自分と同等かそれ以上の速度で突っ込んでくる巨大な壁のような衝撃波を避けきれず、もろにぶつかることになった。
壁に叩き付けられて再び苦悶の声を上げてのたうち回りながらマグマに落ちていくリドリーをしり目に、私を横抱きにしたアイクがふわりと地面に着地する。
「サムス、大丈夫か!」
生身なのにまるでGを感じさせない心地よい着陸だった。あとでやり方を教えてもらおう。私はぼんやりとそんなことを考えた。
「サムス、しっかりしろ!」
「大丈夫だ。そんなに大きな声を出さなくても聞こえている」
私の答えにアイクは安堵した表情を浮かべた。どうやら私は彼に心配してもらえたようだ。誰かに心配されて、直接助けてもらうなんて一体何年ぶりだろうか。そのことを嬉しく思う自分に少し驚いた。
「サムス!」
そこにアンソニーがリドリーが落ちた方にプラズマ砲を向けながら寄ってきた。
「サムス、大丈夫か!?」
「大丈夫だ。アンソニー、アイク、すまない、へまをやった」
アンソニーを疑ったことを含めて、私がとったのはへま以外の何物でもない。新兵でもあるまいに敵の前で棒立ちになるなんて、とんだ失態だ。見捨てられても文句は言えない。
「気にしなくていい。結果的にやつに大きなダメージを与えられたしな」
「王子様の言う通りだぜ。だいたいプリンスと違って、俺は大したことはしてねえしよ」
責めることも事情を聴くこともせず、温かく優しい目で私を見るアイクとアンソニー。二人の温かい言葉が、あの日の記憶によって焼けただれていた心に染みる。
私は俯きながら口の中でボソボソと礼を言った。とても二人の顔を直視出来そうにない。
「いや、あんたの射撃も見事だった。おかげであいつの隙を突いて、サムスを助け出せた」
「あんたこそ、生身であんな高くジャンプした挙句、あの速さで動くリドリーによく剣を当てられたな。しかもあいつの腕を一発で切り落とすとは、いったい全体どういう仕掛けなんだ?」
「仕掛け、というよりは技術だな。敵の防御を無視して斬り捨てる、そういう技術が俺たちにはあるんだ」
「へええ、そいつはまたすげえな」
意外なことに、古代の戦士アイクと現代の兵士アンソニーは相性が悪くないようだ。周囲の警戒こそ怠っていないが、初対面なのに割と打ち解けている。
どうやら二人のコミュニケーション能力をみくびっていたようだ。あと、私との会話より滑らかなのが少し気にくわない。
「ところで王子とかプリンスとかって、誰のことだ」
「もちろんあんたのことだよ」
「俺は平民だ。貴族でも王族でもないぞ」
「そりゃ分かってるさ。でもお姫様のお相手は王子様って相場が決まってんだろ。それにそんなに大事そうに抱いちゃってよ」
アンソニーに言われて初めて私がアイクに抱かれたままだということに気が付いた。
しかもアイクは私を片手で横抱き、いわゆる姫抱きというやつをやっていた。さらに私はパワードスーツを脱いでいて、身体の線がはっきり分かるような青いインナースーツのままアイクにくっついている。お互いの体温さえ伝わりそうな密着具合に、元から熱かった顔がさらに熱くなってきた。
「しかしまさかプリンセスにプリンスが出来るとはなあ……大将が泣いて喜ぶぜ。分かってたけど結構ロマンチストだよな、サムスって」
「アイク、もう降ろしてくれ」
私はアイクの胸をぐいぐいと押した。これ以上彼にくっついていたら、私の精神が別の意味でもたない。あと私が弱っているのを良いことに好き勝手なことを抜かすアンソニーの肩に一発パンチを入れてやる。
「そうか、一人で立てるか」
「ああ」
当のアイクと言えば、アンソニーの発言をまるで気にしていないようだ。いつも通りの仏頂面のまま平然としていて、それはそれで腹が立った。少しは動揺しろ。
自然と仏頂面になる私を、アイクはそれこそ本物のお姫様を扱うかのように、丁寧に降ろした。
そういえば、と私は思い出した。
物語の中で、あるいは歴史の上で彼はエリンシア姫を助けている。彼女にもこういうことをしたのだろうか。
そう思うと、なんだか少し胸がざわついた。
「おお、おお、お熱いこって」
「アンソニー!」
「痛ってえ! へへ、やっと元気出てきたな。その意気だぜ」
アンソニーは私に小突かれたというのに、嬉しそうな顔をしている。どうやらまた彼らに気遣われたようだ。
私がそのことに気付いた時、マグマの中に落ちたはずのリドリーのくぐもった咆哮が聞こえてきた。同時にピコンと電子音がアンソニーの手元から聞こえてくる。
私が顔を向けると、アンソニーは笑顔のままプラズマ砲をぽんぽんと叩いた。
「さーてサムスの調子も戻ったし、こいつのチャージも終わった。そろそろアイツにレディーの扱い方ってやつを教えてやろうぜ」
「ああ、ダンスの仕方でも教えてやるとしよう」
「お、さすがプリンス、踊れんのかい」
「こいつを使った物騒なやつをな」
アイクもアンソニーのジョークに応える様に、神剣ラグネルの根元をコンコンと叩く。
先程から冗談めかした会話を交わすアイクとアンソニー。彼らが私の緊張をほぐそうとしているのは明らかだった。私が死なないように、私がまた戦えるように。
私は目を閉じ、精神を集中させる。
肉体的、精神的ダメージは未だ残っているが、これ以上彼らに無様な姿をさらすわけにはいかない。
「行けるか」
「……ああ」
アイクの問いに、目を閉じたまま頷きを返した。
……正直、未だリドリーに対する恐怖はくすぶっている。だが、それは先程までの制御不能なものではなくなっていた。
「オーダー、各種リミッター解除。……異論はないな、アダム」
バリア機能解放
グラビティ機能解放
ウェブビーム解放
プラズマビーム解放
スーパーミサイル解放
シーカーミサイル解放
スペースジャンプ解放
スクリューアタック解放
スピードブースター解放
シャインスパーク解放
この船の船員や仲間を蒸発させないように、アダムと私で決めたパワードスーツの機能の制限が、軽快な電子音と共に次々と解放されていく。
これで味方を確実に巻き込んでしまうパワーボムを除いたほぼ全ての能力を開放した。リドリーを倒すのに不足はない。
あとは私がスーツを纏い、戦うだけ。
私は私に言い聞かせる。
今の私はあの時泣いていた小さな女の子じゃない。私の隣にいるのは父でも母でもない。
今の私は伝説のパワードスーツを纏った銀河の守護者だ。
隣にいるのは戦場で漫才が出来るタフで信頼できる兵士と、時を超えて現れた竜殺しで神殺しの蒼炎の勇者だ。
おまけに私はリドリーを倒した経験もある。
こんな良条件の仕事、はっきり言って……
「……負ける気がしないな」
私は光と共にパワードスーツを纏い、マグマの底から浮上したリドリーに、アームキャノンを突きつけた。