「なに、ちょっと垂直に2キロ程跳んでもらうだけだ」
「………は?」
2キロって、2000メートルって。子供向けの映像作品に出てくる光の星出身の警備隊だって身長40メートル位しかない。その50倍を垂直跳びするって………正気か? それはもはや跳躍というより飛翔の域だ。
「出来るか?」
「いや、出来るか出来ないかと言われたら一応できるが……」
「おお、すごいな」
決して楽にできるわけではない。諸々な条件を整えてエネルギーを大量に消費すれば、一応出来ない事も無い、と言うレベルなのだ。そんなことをする位なら私は素直に乗り物に乗る。
アイクの意味ありげな笑みに釣られて、つい軽口を叩いてしまったことを私は早くも後悔し始めていた。
「いったい何をするつもりだ」
「この施設の責任者の所に案内する。すまないが、この事件の詳しい事はそいつらに聞いてほしい」
「いや、そうじゃなくてどうして私達は2千メートルも飛ばなくちゃならないんだ」
「それは―――」
アイクの説明によるとここの職員を守るためにクリーチャーと戦っていたが、あまりの多勢に無勢で一時退却を決めた。だが、彼の傭兵団が所有する個人用ワープ装置(!)の不具合でアイクは一人クリーチャーの山に取り残されてしまった。それでも彼は持ち前の武術と幸運で敵陣を潜り抜けて仲間の開けた床の穴から飛び降りたらしいのだが、穴は予想外に深くて戻れなくなってしまったらしい。
「……色々非常識だが、とりあえずどうしてあなたは2千メートルも下に落ちて無事なのか聞いておこうか」
「落ちてくる奴らを次々足場にしてだな―――」
「……なんというか、非常識な奴だな」
「サムスだって出来るだろう」
「そういう問題じゃない」
私はパワードスーツ有り、あなたは生身だろうが!
という突っ込みはとりあえず脇に置いておく。時間のある時にじっくり調べるなり聞き出すなりすればいい。
大事な事はこれまではぐらかしてきた生存者の居場所に案内してくれるということだ。
アイクは遂に私を信用してくれたということだろう。それは素直に嬉しい。
だが、幾つか問題がある。
例えば行方が分からないアダムのことだ。やはり私は彼の事が心配だ。出来る事なら一刻も早く彼の無事を確認したい。
しかし現状これ以上のことを行うのは難かった。
一縷の望みにかけてエレベーターに乗ってみる事も出来るが、確実性は殆ど無い。
なにしろ二人で調べた所、3つのエレベーターはそれぞれ違うエリアの異なった階層に向かう。1つのエレベーターにつき階層は19個あるので57通りの出口があった。
実質アダムの件はアダム本人やアンソニー達からの連絡を待つしかない状態なのだ。
「アイクが今ここで事態を説明するわけにいかないのか」
アイクが今この事態について説明してくれれば、私としては非常に手間が省けるのだが。
「俺はこの施設の責任者に雇われていて、その契約は有効だ。俺の一存で雇い主の事をペラペラしゃべるわけにはいかん」
これである。義に厚いと言うか頑固と言うか。まあいい。こいつはこういう奴だと薄々気がついていたし、むしろその傭兵らしい不器用さに共感さえ覚えた。
「そいつらはそもそも無事なのか」
「俺の仲間が連中を怪物から守っているはずだ」
「なら、もし責任者がいなかったら、この事態についてアイクが説明してくれるか」
でもこれだけははっきりさせとかないといけない。2千メートルも飛ぶにはかなり時間がいる。それで無駄骨でしたではお話にならない。それくらいならエレベーター57通りを試す方がましだ。
「……分かった。俺の判る範囲で良かったら全部話す。約束しよう」
アイクは一瞬考え込むしぐさを見せたが、うなづいてくれた。
「ありがとう。じゃあ行こう。案内を頼む」
「ああ、こっちだ」
私はアイクに着いて、狭くて薄暗い通路を走り出した。
「それにしてもアイクは仲間を信頼しているんだな」
もう説明してもらう言質は取った。だからこれ以上言うべき事は何も無いはずなのに、なんとなくアイクとの会話を続けたくて私は口を開いた。
「ああ。俺が今までやってこれたのは、ほとんどあいつらのおかげだと思ってる」
そう言いきったアイクの顔には仲間への信頼が溢れていた。
「じゃあ、そいつらがそこにいなかったらどうする」
裏切り者がいるかもしれない部隊に所属している私には、手放しで信頼できる仲間を持っている彼が眩しく思えて、気付いたら凄く失礼な事を口走ってしまっていた。
いない、というのはアイクの仲間が彼を置いて逃げた、あるいは死んだという事になってしまう。
今日の私は口が滑ってばかりで嫌になる。自分で自分に舌打ちしたくなった。
「すまない、今のは忘れて――」
「探しに行くまでだ」
慌てて発言を取り消そうとしたが、アイクは既に答えていた。
「あいつらはこんな所では死なないし、俺が死なせはせん。どんなことをしてでも助け出す」
仏頂面のまま力強く断言する彼の言葉を聞いた時、私の胸には様々な感情が去来した。
憧れと共感、苛立ちと懐かしさ。なんだろう。これと似たような思いを前にも感じたことがある。
アダムと話している時に感じるものに近いような気もするが、もっとずっと前に感じたことがあるような気がするのだ。
「……そうか。馬鹿な事を言って申し訳ない」
私は再度謝りながら疑問に思った。
正反対に見える二人が何故かかぶって見えるのだ。
指揮官としてすべきことのために感情を封じ込めて仲間も部下も自分さえも盤上の駒として扱うアダムと、仲間を信じてどんなことをしてでも助けると言うアイクが。
「構わん、気にするな。それよりもうすぐ問題の穴だ」
私はそのよく判らないもやもやを胸に抱えながら、アイクの後ろを走り続けた。
「着いたぞ」
明かりが点滅する狭い通路を走り続けること十数分、アイクは息1つ乱さずに言った。
「って、プラットフォームじゃないか!」
「知っているのか」
「知っているのかって……あなたもここから入ってきたんじゃないのか」
「ん? 違うが。サムスはここから入ってきたのか」
「そうか……なら仕方ない……のか?」
外から見る限り分からなかったが、どうやらここ以外にも入り口があるらしい。
「俺が落ちた穴はあそこだ」
アイクが天井を指さす。バイザーでズームアップしてみると、天井は融解した跡があり、それなりに大きい穴が開いていた。
「じゃあ早速だがサムス、あんたの技を見せてくれ」
「いや、やっぱりジャンプは無しにしよう」
仏頂面のまま目だけを輝かせているアイクには悪いが、わざわざ時間もエネルギーもかかる方を選ぶ道理はない。
「なん、だと……」
無表情のまま落ち込んでしまったアイクをかわいいと思いながら、私はオレンジ色に輝くスターシップを指さした。
「ここがプラットフォームならば船を使えばいい。幸いあれは私の船だ。あれで飛ぼう」
そう私の新しいスターシップで。
「ここがプラットフォームならば船を使えばいい。幸いあれは私の船だ。あれで飛ぼう」
せっかくここまで来たのに大ジャンプを断わるサムスに愕然としている俺をよそに、サムスがおかしなことを言い出した。
サムスは言うだけ言うと巨大なコガネムシみたいな物の方へとずんずん歩き出してしまい、その場に取り残される俺。
「船……船が飛ぶ、のか……?」
「おーい、何をしているんだ。早く船に乗ってくれ」
俺の呟きは、どう見てもコガネムシにしか見えない船から延びる板の前に立つサムスの叫び声にかき消された。
「中はこうなっていたのか」
コガネムシの中は肉肉しいのを想像していたのだが、予想に反して神秘的だった。
藍色で統一された床や壁紙の所々にライトブルーやエメラルドグリーンの光るスリットが走っている。ただ、一番奥の壁だけは真っ黒で、そのすぐ近くの床には藍色の椅子らしきものがあった。
「どうだ」
「すごいな。まさに驚異的と言っていい」
いつもはクールなサムスも心なしか自慢げだ。まるでお気に入りの玩具を見せる子供の様でなんだかかわいい。
「アイクはそこに座っていてくれ」
「分かった」
機嫌よさげなサムスが言うのと同時に、床の一部が開き中から椅子が上ってきた。この施設で3日暮らした俺はもう驚かないぞ。
「……コガネムシ、深いな」
俺がコガネムシの驚きの生体に思いをはせながら座ると、下からがさりと音がした。
「む?」
怪訝に思い立ち上がって下を見ると、床に本が数冊落ちていた。色々と衝撃的で気づけなかったがどうやらこの椅子には本が置いてあったようだ。
本は古い本らしく四隅の角が曲がってはいるが踏んづけては無かったようで壊れてはいない。サムスの私物、しかも本のような高価なものをつぶしてないかと心配になったが、一安心だ。しっかりしろと気を引き締める。
少し染みがある表紙には、傭兵風の格好をして剣を持った青髪の男が描かれている。
タイトルは「蒼炎の勇者の冒険」。残りの本はその続編のようだ。
「ふむ」
俺はちらっとサムスを見た。何やら黒い壁の下の出っ張りをいじっていて忙しそうだ。
「サムス、本を読ませてもらっていいか」
「ああ、かまわない」
サムスは振り向きもせずに答えた。本当に忙しいようだ。
奇しくも俺と同じ二つ名の男の冒険譚、背格好や装備も俺に似ている。少し興味がわいてきた。幸い魔道書の様にぶ厚い本でもないし、ちょっと読んでみるのもいいだろう。
俺は早速一巻を開いた。ページにはいくつもの絵と、セリフと思われる文章、地を踏みしめる音や木刀を叩き付ける音などが描かれている。この本は貴族の子供がもっているとかいう絵本のようだ。
最初のページには主人公と思われる青髪の青年が、父親と剣の鍛錬をしている姿が描かれていた。青年は父親にはまるで敵わず、あっさりと叩き伏せられて妹に看病される始末だった。
(懐かしいな。親父が生きていた頃は俺も毎日こんな感じだったな)
俺が自分を物語の主人公に重ねながらページをめくる。次のページも前のページと同じ構成だった。
主人公は鼻歌を歌う妹と亡くなった母を重ねながら、妹と話している。心配する妹をよそに彼は父親と訓練を再開しようとする。
『お兄ちゃん、まだやるの!?』
『ああ、せめて一発でも親父に食らわせるまで、止めるわけにはいかん』
『ふ、そうこなくてはな。さあ構えろ、アイク!』
どうやら主人公の名前はアイクというらしい。二つ名に次いでまたも俺と同じ名だ。奇妙な偶然に首をひねりながらも、読み進める。
だが物語が進めば進む程、俺との類似性は高まっていく
父親の営むグレイル傭兵団、しっかり者で情に厚いティアマト副長、優秀な参謀セネリオ、いつも元気で気立てのよい妹のミスト、個性的な団員たち。これは偶然だと自分に言い聞かせるのも限界になった時、ついに決定的な瞬間が現れる。
青年アイクと副長ティアマト率いる分隊は茂みの中に倒れていた少女を見つけ、連れて帰る。
『助けになれるかもしれない。俺たちに事情を話してみてくれないか』
『……私を助けてくれたあなた方を信じます。私の名はエリンシア・リデル・クリミア。クリミア王国の王女です』
「どういうことだ、これは……」
困惑する俺を置いて、物語は続く。じれったく思った俺はパラパラと読み飛ばしていった。
傭兵団の安全を考えて敗戦国の王女など見捨てるべきだと主張する参謀セネリオや、王女ごと抹殺するべく軍を繰り出してくる隣国デインから逃げるための長い逃避行、漆黒の騎士に父親を目の前で殺されるなど、途中でデイン王アシュナードやその部下のやり取りなどが挿入されたが、物語は俺たちが戦ったクリミア戦役そのもの。漆黒の騎士との一騎打ちや最後は黒龍に乗ったアシュナードとの対決で終わる所まで一緒だ。
頭を殴られたような衝撃と共に、俺は確信する。
(これは、この本は、俺達の事を書いている!!)
俺は一巻を読むのを止めて、数冊あるシリーズのうちで、一番最後の巻の後ろの方のページを開いた。そこに描かれているのは成長した主人公と向き合う、体が炎でできた少女。
『あんたも、消えちまうのか』
『そうね。でも、そのほうがいいのかも。神という存在が結局は人を迷わせ、弱い者にしてしまう。だから……私は……もう……』
『それでもいい』
明らかにアスタルテを倒した後の女神ユンヌと俺だった。その後の展開も、お互いの罪を許し合い、世界の石化を解いてもらうというもの。俺の経験したのと同じ流れだ。
俺は本を椅子に肘掛けに置いて、腕を組んだ。
この本は明らかに古い。よく見るとページが黄ばんでいるし、一部がすりきれていたりするし、最終巻の裏表紙には三角形と棒の下に「さむす・あらん」「あいく」と幼い文字で書いてある。
詳しくは分からないが一年や二年ではない。百歩譲って四年前のクリミア戦役はともかく、数か月前の女神との戦の顛末が事細かに記されているのはおかしい。ありえない。
「アイク、出発の準備が、っ!!」
振り返ったサムスが突然殺気を飛ばしてきた。
「敵か!」
俺は即座に立ち上がって剣を構えた。
また知らず知らずの内に警戒が緩んでいたのか。
そう思ったがサムスは俺の席まで走ってくると本の束をひったくっただけだった。
「み、見たのか」
見てはいけない物だったのだろうか。
胸に本の束を抱いてこちらを睨むサムス。
声や動き、所々の仕草からして中身は女なんだろうが、全身に鎧を纏った姿でそんなことをされてもシュールとしか言いようがない。
「ああ。見た」
「~~~~っ!」
声にならない悲鳴を上げるサムス。
「いったいどうしたって言うんだ」
「な、何でもない。何でもないぞ! そ、それより何巻を見た!?」
「主に一巻だ」
俺がそう言うと、サムスは『ぎりぎりセーフだよー』といわんばかりに脱力し、盛大に息を吐き出した。この態度、彼女は俺に何かを隠している。
「サムス、この本についていくつか聞きたいことがある」
「そそ、そんなことより一刻も早くアイクの仲間と生存者を助けに行くべきだ!」
「この……船? を動かしながら話せないのか」
「い、いや、それはその……」
「……すまんな。乗せてもらっている身で我儘言って」
確かにこの本については気になる。だがサムスを困らせるのは本意ではないし、今はサムスの言う通り一刻も早く仲間たちと合流すべき時だ。
「サムスの言う通りだ。早くエリンシア達と合流しないとな」
「エリン、シア? 」
「ああ、俺の仲間の一人だ。今いる傭兵団のメンバーでは、まとめ役になれそうなのはエリンシアとワユぐらいだからな。早く合流しないと」
今いる奴らは比較的ましな方だが、うちの傭兵団は個性的な奴ばかりだ。エリンシアは気丈に振る舞うこともできる芯の強い奴だが、本来控えめな性質なのでなるべく早く合流してやりたい。ワユについてはあまり心配していない。勘が良くてたくましいあいつならなんとかなるだろう。心配なのは繊細なリアーネとメリッサたちの方だ。大丈夫だろうか。
「アイク、エリンシア、本物の蒼炎の勇者? いや、そんな馬鹿なことが。でもこれが偶然なのか……?」
一番奥の席に座りなおして、本を見ながら小声でぶつぶつ言っているサムス。鎧越しなので良く聞こえないが、そんなに見てはいけない物だったのだろうか。
「いや、そんなことより生存者の救出が先だ。アイク、出発する」
「頼む」
彼女が出発を宣言するや否や、前方の黒い壁が一瞬の発光の後、外の景色を映しだした。さらに彼女の手元にエメラルドグリーンの魔法陣の様な物が現れる。
「お、おお」
映る景色が徐々に高くなっていく。感嘆の声が漏れるのもしょうがない。今までギンガ連邦の魔道技術や発想に散々驚かされてきたが、今回は極め付けだ。ペガサスや竜、鳥のラグズに乗れるのだ。どうして思いつかなかったんだろう。
「コガネムシ、深いな……!」
クール系キャラで通して来たのに、小さい頃に買ってもらった絵本(しかも所々書き込み入り)を見られてしまったサムスさん。ちなみに三角形と棒は傘を示しています。アイアイガs、うわ何をすrやめっ。