緋想戦記Ⅱ   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第三章・『赤十字旗の下で(Ⅲ)』~

 

 咲夜との相対戦は日が沈んだ頃に決着が着いた。

 グラウンドの中心で囲まれる咲夜。

その彼女の首にはガイウスの槍とユーシスの剣が突きつけられている。

さらにそれを囲むようにフィー、エマ、マキアスがおり武器で敵を狙っている。

 二回戦目も此方の勝ちだ。

 途中、危ういところがあったが皆、上手く連携して乗り切った。

 咲夜は「ふぅ」と苦笑すると手に持っていたナイフを地面に落とし、両手を上げて降伏の意を示す。

それを見てレミリアが頷いた。

「そこまで! 勝者、Ⅶ組B班!」

 戦いの終わりを知らせる言葉と共にクラスメイト達がほっと胸を撫で下ろし、武器を下してゆく。

咲夜は戦った相手に頭を下げると「お見事でした」と言う。

それに仲間たちもお辞儀で返し、フィーが「まあ、タイマンだったらヤバかったかもね」と言う。

━━確かに、一対一だったら勝てなかったかもしれないな……。

 咲夜は数の不利がある中で奮戦し、敗北した後もまだ余裕がありそうな雰囲気だ。

 そう思っているとユーシスが「さて」とレミリアを睨み付けた。

「そろそろこのくだらんお遊びにつき合わされた理由を言ってもらおうか?」

 それに続きマキアスが「そ、そうだ! これは一体どうい事だ!!」と詰問する。

二人に対してレミリアは「まあ、落ち着きなさい」と返すと、表情を改める。

「もう直ぐ嵐が来るわ」

 鼓動が高まった。

 嵐。

 その言葉からはとても不吉で、そして大きな力を感じる。

「英国にとって決して避ける事が出来ない嵐。それを乗り越えるためには力がいる。そう、あなた達のような希望の力がね」

「…………」

 全員がレミリアに注目していた。

 皆、どこかで感じていたのだ。

この英国を覆う暗雲を。

「あの、どうして僕たちなんですか? 力なら正規軍にもありますけど」

 そう訊いたエリオットにレミリアは首を横に振る。

「確かに正規軍には力がある。貴族派にもね。でも私やベスが欲しているのは新しい力よ」

「新しい、ですか……?」

「ええ、この停滞した英国に吹く新たな風。エレボニア内戦で戦い、生き延びた若い力と可能性。特科クラスⅦ組。私たちはね、あなた達に賭けたいのよ」

 「いい?」とレミリアが続ける。

「東ではあなた達と同じくらいの年の連中が世界を大きく動かし始めた。

基礎を固めるのは古い連中の仕事よ。でもそこから前に進んでいくのは若い連中の仕事。

嵐が過ぎ去り、古い者が基礎を固め切った後の英国であなた達には新しい英国と進んで欲しいのよ」

「…………それは」

 英国は前に進むために邪魔な物を削ぎ落すつもりだ。

だが、それには大きな出血を伴うはず。

そう、再びこの国が焼かれるような争いが。

 皆は沈黙し、各々考え込んでいた。

 この小さな吸血鬼は俺たちに道を示した。

だがそれは炎に包まれた険しい道だ。

━━俺たちはどうすればいい?

 何をするのが最善なのか。

そう考えているとレミリアが笑みを浮かべた。

「まあ、悩みなさい。悩んで、悩んで、悩みぬいてそれで自分で決断しなさい。

それで、なんだけど。あなた達にも判断材料が必要だと思うの。

だから明日、桜島に向かいなさい。そこで今、英国に何が起きようとしているのかを見てきなさい」

「桜島……」

 ついこの前に大規模な火山噴火を起こした場所だ。

あの噴火によって周辺地域には大きな被害が出てしまい、それが英国と三征西班牙の戦争を止める原因になった。

あの場所に何かあるというのか?

「それじゃあ、今日は解散ね。明日、八時に空港に集合しなさい。桜島への移動手段を手配してあげるから」

 その言葉と共に解散となった。

 だが、直ぐに帰る気にはなれないのであった。

 

***

 

 寮への帰路はどこか重苦しいものであった。

 皆、大通りを歩きながら沈黙し、レミリアに言われたことを考えている。

そんな中、エマが表示枠を開き、「あ」と声を上げた。

皆の注目を浴びると彼女は眉を下げた。

「ミリアムちゃんから通神文が来ていたんですけど、どうやら今日は帰ってこられないらしいです。

えっと、“なんかいきなり新しい仕事が入っちゃってさー。少しだけ帰るの遅くなるね。来週くらいには帰れると思うから”との事です」

「じゃあ、パーティーは中止ね……」

 アリサの言葉に皆が頷く。

 新しい仕事、か。

それが迫る嵐に関係している。

なぜかそう思えた。

 ますます雰囲気が重苦しくなったような気がした。

それを察してエマが苦笑しながら「えっと、シャロンさんに連絡しておきますね」と言い、表示枠の操作を始める。

 シャロンは一足先に寮に戻っており、夕飯の準備をしている筈だ。

サラの方だが、彼女は「今日はこれから素敵なオジサマとデートだから、帰るのは遅くなるわー」と言って別れた。

━━サラ教官はどう考えているのだろうか?

 彼女は教導院の教師をしているが、元遊撃士だ。

遊撃士として英国がしようとしている事をどう考えているのか。

 ふと、足が止まった。

 どこからか漂ってくる香り。

これは……。

「香水?」

 独特の甘ったるい匂いだ。

 その匂いの方、路地の方を見た瞬間、体が硬直した。

「!!」

 少女だ。

 灰色の少女が居た。

 灰色の長い髪、灰色のゴシック調のドレス。そして夜だというのにさしている灰色の日傘。

上から下まで灰色の少女が此方に微笑みながら立っていた。

━━なん……だ……?

 息が苦しくなる。胸にある痣が疼く。

 “オオイナルチカラ”

そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

「そこの方、貴方、そこの黒髪の少年」

「え!?」

 いつの間にか少女が眼前に立っていた。

彼女は黄金の双眸で此方を見上げながら笑みを浮かべる。

「道をお尋ねしたいのですけれども、よろしくて?」

「……あ、はい」

 疼きはいつの間にかに消えていた。

 そして少女を落ち着いて見てみるとある感想を得た。

それは“整っている”だ。

 振る舞いも、見た目も、すべてが整っている。

いや、整い過ぎている。

人というよりも人形のように感じてしまう。

「ロンドン市庁舎に行くにはどうすればよろしいのですの?」

「市庁舎?」

 この年の女の子が行くところではない。

━━親を迎えに行くのか?

 そう思っていると少女が目を一度細めてから頷いた。

「父を迎えに行こうと思いまして。でも、行政区にはあまり行ったことが無いので道に迷いましたわ」

 やはりそうか。

 こんな遅くに女の子が歩くのは危険だと思ったがここ中央区から行政区までは近い。

「行政区はこの先の交差点を右に曲がって大通りを道なりに進めば着けるよ。

市庁舎は目立つからすぐに見つけられると思う」

 一応念のために表示枠に地図を映し、彼女に見せた。

「ありがとう御座いますわ。それでは、またお会いしましょう。

━━━━リィン様」

「…………え?」

 どうして、俺の名前を?

 そう聞こうとした瞬間、エリオットが「おーい、リィン! 何してるのさー!!」と遠くから声を掛けてきた。

それに一瞬気を取られ、視線を少女の方に戻すと……。

「!!」

 居なかった。

 先ほどまで眼前にいた少女が居なくなっており、あたりを見回してもそれらしき姿は無い。

甘ったるい香水の匂いだけが残り、胸騒ぎを感じるのであった。

 

***

 

 ロンドン西部にある繁華街。

 夜のロンドンは昼以上に賑わい、通りでは導力車が行きかい、様々な人々が歩いて居る。

 ロンドンには異族が多く定住しているため夜に開いている店が多く存在しており、朝から深夜まで常に人通りが絶えない。

 そんな夜の明るい大通りを歩いていたサラは大通り右側の店に入る。

 店は雰囲気の良いバーであり、店に入ると直ぐに若い女性の店員が「いらっしゃいませ」と客を迎える。

「先に知り合いが来ているんだけど……」

 そう言いながら店の奥を見ると知り合いが此方に手を振っていた。

 それに手を上げて返すと、奥の席に向かう。

「よ、サラ。遅かったな」

「英国の問題児の我儘に付き合っていたからね」

 そう言うと金髪に白のロングコートを着た男、遊撃士のトヴァル・ランドナーは「教師ってのは大変だな」と茶化す。

それに苦笑しながら視線を他の席に移すとそこには微笑んでいる中年の男性と、食事にがっついている赤毛ツインテールの少女がいた。

それを見て慌てて姿勢を正し、中年の男にお辞儀する。

「お久しぶりです。カシウス・ブライト本部長」

「ああ、久しぶりだね。サラ君」

 中年の男カシウスに座るよう促され、トヴァルの横の席に座る。

それから視線をカシウスの横でフィッシュアンドチップスを齧っている少女に移すが……。

━━誰?

 本部所属の遊撃士か?

 いや、あんな子居なかったはずだ。

だとすると……。

「娘さんですか?」

「違う。俺の娘はもっと可愛い」

「おい」

 半目になる少女にカシウスは苦笑すると紹介を始めた。

「彼女は<<紅(あか)>>。わけ合って行動を共にしていてな。俺的にはかなりの重要人物だと思うんだが……」

 そう横目で<<紅>>を見ると彼女はにやりと笑い、「さあてな」とはぐらかした。

「まあ、彼女の事は気にしないでくれ」

「そうそう、我の事は空気だとでも思って……お!? このうなぎのゼリー寄せとかいうの、美味そうじゃなあ!」

「えっと……」

 隣のトヴァルに“どうするの?”と視線で訊くと“言うとおりにすればいいんじゃないか?”と返された。

まあ、カシウスさんも気にするなと言っていたので無視するか。

 そう思うととりあえず店員にビールを注文した。

 

***

 

「と、いうのが今日あった事です。やっぱり英国は何か大きなことをしようとしているようですね」

 ビールを半分ほど飲むと注文した枝豆が届いた。

それを受け取りテーブルに置くとトヴァルが一つ摘まむ。

「大きなことって言うと、やっぱり戦争か?」

「その可能性が高いわね。恐らく女王派と革新派の狙いは貴族派。

内戦で有耶無耶になった決着を着ける気かも知れないわ」

 薩摩内戦では貴族派は止めを刺される前に降伏した。

その為、存続することができ、今では英国四大派閥の一つとなったのだ。

「ふむ。貴族派の方はどうだ?」

 カシウスがトヴァルにそう訊くと、トヴァルは眉を顰める。

「かなり怪しいですね。内戦直後は大人しかったんですけど、ここ最近、秘密裏に軍拡してますね。

治安維持を名目に徴兵してますし、貴族派の基地で導力戦車の姿も良く見られる。

そして、噂によると新型の機甲兵(ドラッケン)の開発をしてるみたいですよ」

 「ただ」とトヴァルは付け加えた。

「それだけやっても貴族派が勝てるとは思えないんですけどね。

英国正規軍には多数の航空艦と飛空艇があり、陸軍も導力戦車隊や武神隊が存在している。

数も質も、圧倒的に正規軍の方が上ですよ」

 貴族派が正規軍に勝てるはずがない。

「貴族派から正規軍に攻撃を仕掛ける可能性は無い……か。

だが英国も自分からは絶対に仕掛けない」

「他国からの批判、ですね」

 そう言うとカシウスは頷く。

「ああ、戦争で“どちらが先に仕掛けたか”は非常に重要だ。

大抵の場合、先に仕掛けた方が後々の外交や交渉で不利になる。

貴族派が被害者として聖連に助けを求めたりしたら内戦が長引くかもしれないからな」

「でもそれは貴族派も同じですよね?」

「ああ、だから女王派と革新派は“貴族派が仕掛けなければいけない状況”を作り出す気だろう。その状況を作るための何かが近いうちにあるかもしれない」

 カシウスの言葉にサラとトヴァルは表情を改めた。

 それからトヴァルがため息を吐く。

「まったく、戦争ばっかりしやがって。飽きないのかねえ」

「今はどこもかしこも戦争さ。だからこそ、俺達みたいな組織が必要だ」

 遊撃士協会はフル稼働の状態だ。

 不変世界各地に飛び、人々の手助けをしている。

更に東で起きた富士消失事件の対応の為、更に忙しくなるだろう。

 いつの間にかにジョッキに入ったビールを飲み干していたので店員にお代わりを頼む。

すると<<紅>>が「うーん?」と眉を顰めながら手を上げた。

「さっき空気だと思えと言っといてなんだが、一つ質問があるんじゃが……」

「ん? なんだ?」

「貴族連合とやらは英国に降伏したのじゃろ? なのに何故領土を持ち、軍までもっているのだ?」

カシウスは「ふむ、確かに“外来者”の君には奇妙に思えるかもしれないな」と頷くと此方を見る。

「サラ君、説明を頼むよ」

「え!? 私ですか!?」

「だって、サラ、教師だもんなー」

 茶化すトヴァルを半目で睨み付けると一度小さく咳をする。

そして期待の視線を送ってきている<<紅>>と目を合わせた。

「えーっと、内戦当時の英国は確かに頭一つ抜けて強かったけれども兵力の面ではそうでもなかったのよ。

というのも、統合事変以降英国の主力だった地方戦士団や異族が離反していたからね。

島津との戦いを想定していた英国にとって戦力の増強は急務だった。

そこで貴族連合の戦力を組み入れたのよ」

 一息つくためにビールを一口飲む。

「降伏後の貴族連合はかなり従順でね。島津との戦いでは奮戦したのよ」

「その功績で領地を得たと?」

「それが理由の一つね。もう一つは英国、つまり女王派が薩摩全土を統治しているわけじゃないって事。

女王派、つまり正規軍が統治しているのはロンドン、つまり旧内城周辺と各重要拠点。

つい最近では佐土原城を大規模改築し始め、新ガレリア要塞としてそこを本拠地にするつもりらしいわ。

で、次だけど正規軍に次いで戦力を持つ極東派、つまり島津。

彼らは薩摩を統治しているわ。正規軍とは同盟関係にあって、この前の肥後の戦いでは歩兵戦力として活躍していたわね。

三つ目が貴族連合。貴族連合は内戦後、その功績から大隅国南部を領土として与えられた。ただ革新派との政治的な対立もあって兵力の制限を課されたわ。まあ、それを破っているみたいだけど。

そして最後がちょっと特殊で、英国憲兵隊。これは女王直轄というか宰相直轄というか、まあ女王派に近い勢力で、英国全土で活動する治安維持部隊みたいなものよ。

あとそれ以外にも地方教導院とか国人衆とか英国情報局とかあるわね」

「……なんというか、随分とややこしいのぉ」

 “確かに”と苦笑する。

 英国・エレボニア・極東。

三つの政治体制が入り混じっているためかなりややこしいのだ。

 三征西班牙や六護式仏蘭西などは神州勢力が上位にあり、極東勢力とは上手く共存している。

P.A.Odaは織田信長が早期から改革を行った為、神州でも極東でも無い、新しい国家として存在している。

一方徳川などの東側国家は極東派の方が上位にいる事が多い。

━━変に三竦みみたいになったのが失敗なのかもね。

「ふむ、つまりあれか。英国は最初は貴族派を利用していたが、ここ最近邪魔になったので切り捨てる為にあえて内戦を起そうと貴族派の軍拡を見て見ぬふりをし、そして挑発しているという事か?

妖精女王とやら、名前に反してやる事えげつないのう」

 どうだろうか?

 これは妖精女王というよりも……。

「鉄血の野郎の企みっぽいよな」

 トヴァルの言葉に頷く。

 あの男は底が見えなく、非常に危険だ。

 <<紅>>は此方の説明に満足したらしく、枝豆を摘みながら酒を注文している。

というか、この子何歳だ? あと誰よ?

 説明を終え、ビールを飲み干すと店員が<<紅>>が頼んだうなぎのゼリー寄せを運んできた。

それを見て<<紅>>は「なんじゃ……これ? え? これ、食べるの?」と困惑している。

「ともかく、近いうちに何かが起きるだろう。俺ももう暫く英国に残るつもりだ。

サラ君はロンドン周辺の調査、トヴァル君は貴族派領の調査に動いてくれ」

 カシウスの言葉に姿勢を正し、トヴァルと共に強く頷くのであった。

 

***

 

 夜十一時。

 ロンドン東部の行政区は眠りに着き、殆どの建物の明かりが消えていた。

 そんな行政区の一角に大きな建物が存在していた。

エレボニア式のその建物は三階建てで中庭を持っており、幾つかの窓からはまだ明かりが見える。

貴族館。

貴族派にとってロンドンでの活動拠点であり、貴族領から来た貴族の宿泊地にもなっている。

そんな貴族館三階中央にある部屋のテラスに一人の男が居た。

カイエン公爵。

貴族派の盟主であり、エレボニア内戦の主導者であった人物。

 彼はテラスに設けられた椅子に深く腰掛けると手に持っていた赤ワインのグラスに口をつける。

「随分と遠回りをしてしまったものだ」

 あれから七年。

 我が大義は異界の者どもに阻まれ、屈辱の日々を過ごす事となった。

「鉄血め……生きていたとはな……」

 あの男を出し抜いたと思っていたが結局は奴の手のひらの上で転がされていたわけだ。

何と腹立たしい事か!!

奴さえ居なければ、奴さえ!!

「……ふ、だが奴は詰めを誤った。この私を操っているつもりだろうが……」

「公爵閣下」

 背後から甘い匂いが香ってきた。

 この匂い、最初は下賤の匂いだと思っていたが、今ではこの匂いが待ち遠しくなっている。

なぜならばこの匂いは私にとって再起の香りだからだ。

「おお、魔女殿。仕込みは終わったのかね?」

「ええ、つつがなく。あとは時を待つだけですわ。そちらはどうですの?」

「女王が明日、代表者会議を開く。間違いなく、やるだろうな」

 そう笑みを浮かべながら振り返れば闇の中で黄金の光が二つ輝いていた。

 灰色の魔女。

 背後に立っている灰色の髪を持ち、灰色の服を着た少女の事をそう呼んでいる。

 内戦後、苛立ち、焦っていた私の許にやってきた救世主。

彼女との出会いが無ければ私はエリザベスやオズボーンに無謀な戦いを仕掛けていただろう。

「ふふ、彼らは私たちを罠に掛けるつもりでしょうね。でも彼らは知らない。

真に流れを管理しているのは私たちだという事に。

準備は全て整いましたわ。あとは宴の始まりを待つだけ」

「だが、一つ不安がある」

 「あら?」と灰色の魔女は首を傾げた。

「軍備増強が出来たのはたったの二年。魔女殿ともっと早く出会っていれば入念に準備できたというのに」

 反乱を計画し始めたのは二年前。

 以前から計画していた機甲兵の改良。

 艦隊の編成。

 陸軍の増強。

どれだけやっても正規軍に敵わない。

それで戦いを仕掛けようとしていたのだ。

あの時の自分は色々とまともでは無かった。

危うく自滅するところであった。

そう思っていると肩に手が置かれる。

「大丈夫ですわ。むしろ、今がちょうど良い頃合い。あまりに力が無ければ戦えず、力を持ちすぎれば敵に警戒される。

今の戦力ならば彼らは私たちに勝てると判断する。

でも実際には……」

「我々には魔女殿の協力者がいるという事か」

 そう、誰も予想しない最強の戦力が存在しているのだ!

「流石の奴も驚愕するであろうなあ!」

 その顔を想像するのはとても愉快だ。

明後日、全てが覆る。

私は今度こそ、勝利と栄光を得るのだ!

 開いていたワイングラスにワインを注ぐと魔女に渡す。

そして自分のワイングラスを彼女の方に傾け。

「我らの勝利と栄光を願って」

「ええ、乾杯」

 ワイングラスとワイングラスをぶつけ、乾杯する。

そしてワインを飲んだ。

それに続き、魔女も笑みを浮かべながらワイングラスに口をつける。

 今日は月が綺麗だ。

 きっと月も我らを祝福しているのだろう。

 そう思うと口元に笑みが浮かぶ。

 

 だが気が付いていなかった。

 此方に微笑んでいる魔女のその瞳が酷く冷たいものであった事に。

 




悩むリィン達。そして暗躍する者達。

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