「…………ふぅ」
額に浮かんでいた汗を拭うとラッセル博士は表示枠のうちの一つを閉じる。
「トラップは解除成功、後は柱を停止させるだけじゃ」
そう言うと孫娘とその横にいる表示枠に映った浅間神社の巫女に指示を出す。
「通神回復時に莫大な情報が流れる可能性がある。
データバンクがパンクせんように分散しながらやるぞ?」
「はい!」
『分かりました。緊急度の高い用件だけをそちらに回すようにします』
二人の了承を得ると柱を停止させる。
その直後、堰き止められていた莫大な量の情報が流れ始めた。
それを三人で分担して分けていき、浅間神社の巫女から送られてくる緊急用件に目を通していく。
「…………これは」
眉を顰め、低い声を出すと背後にいたエステルが「どうしたの?」と訊いてくる。
「わしらが小田原の陽動に引っ掛かっている間に深刻な事態が発生したようだ」
***
戦いが終わり静かになった路地を一人の男が辺りを伺いながら歩いていた。
ギルバート・スタインだ。
彼は猟兵団の制服ではなく極東の和服を身に纏いながら何とも情けない表情をしている。
「あ、あいつら! 僕の事を置いて行きやがって!!」
忌々しい遊撃士どもにやられた後、近くの民家に墜落しそのまま隠れていた。
だがそのせいで<<結社>>が撤収を始めたのに気付けず取り残されてしまったのだ。
もし関東連合の兵士に見つかればただでは済まないだろう。
民家にあった服を拝借するとそのまま路上に出て、今は路地を通りながらなんとか小田原の外に出ようとしている。
暫く路地を歩いていると大通りが見えてくる。
あの通りを出て何とか居住区に出れば此方のものだ。
そう思い、路地を出ようとした瞬間背後から声を掛けられた。
「厄いわ」
「ひぃ!?」
思わず叫び、尻餅を付く。
そして慌てて振り返れば少女が立っていた。
緑の髪を体の前で結い、フリルの沢山着いた服を着る少女。
頭に付けた長いリボンを揺らしながら彼女は此方を見下ろす。
「貴方……厄いわ」
「な……な……」
“なんだ貴様は!!”と言おうとしたがさっきの驚きで声が出ない。
そんな此方の事など気にせず彼女はしゃがむと目線の高さを合わせる。
「貴方から物凄い厄が漂っているわ。人間の身でよくもここまで……感心するレベルね」
「や、厄ってなんだよ!? というかお前、誰だよ!?」
「厄は厄よ。人を不幸にしたり災厄をもたらす気。貴方はそれを大量にため込んでいるわ。
あと私の名前は鍵山雛。一応神様の一種よ」
か、神?
この少女が?
いや、幻想郷と呼ばれる場所には様々な神が居たという。
ならこの少女が神だとしてもおかしくは無い。本物かは知らないが。
もし。もしこの少女が本物の神なら何故僕に声を掛けた。
厄が云々って……。
━━そうか!! 神は僕を見捨てていなかった!! ついに救いの手を差し伸べてくれたのか!!
しかもこんな美少女! ギルバート・スタイン、ついに人生の転換期か!?
「あ、なんか勘違いしてるけど私、厄神よ」
「そんな事だと思ったよ!!」
ちくしょう! 信じるな! 信じれば不幸になる!!
「あ、また厄度が上がったわ」
そう言うと彼女は暫く思案顔になる。
それから決意するように頷くと綺麗な深緑色の目で見た。
「決めたわ。私、貴方について行く」
「なんで!?」
「私の仕事は人々が溜めた厄を流す事。
大きな町なら厄が溜まり易いかと思ったけど博麗神社がその辺ちゃんと管理してていまいち仕事出来なかったのよ」
「つ、つまり君がそばに居れば僕の厄が減ると?」
「ええ」と頷く彼女に思わず明るい表情をする。
やっぱり神は僕を見捨てていなかった!!
御免なさい! 女神(エイドス)様!! 僕はこれから彼女を信仰します!!
「ああ、でも貴方の厄は吸い取って上げるけど私と一緒にいるとやっぱり不幸になるから。
ちなみについて行くのは決定事項」
「やっぱり助けて女神様!!」
小田原の冬空に男の悲しい叫びが木霊した。
***
<<結社>>の襲撃により小田原城は本丸を損傷したため、緊急会議の場を二の丸に移す事になった。
二の丸の臨時会議場には北条側の指導者三名と先代巫女、徳川からは家康ら四人、遊撃士代表として西行寺幽々子、そして表示枠越しに浅間・智、最上・義光と伊達・政宗が参加していた。
それぞれは会議場に設けられたドーナッツ型の机の前に座り、中央に浮かんでいる表示枠を見上げていた。
『……こちらは…………防衛隊! 現在……怪魔の襲撃を…………至急応援を…………!!』
粗い映像と音声が途切れると会議場は静まり返る。
「これが十分前から送られ続けている崩落富士からの通神だ」
氏康がそう言うと幽々子が眉を顰める。
「<<結社>>だけではなく、怪魔まで現れるとはね。私たちの想像を超えた事態が起きているのかもしれないわ」
それに皆頷くと正純が北条側に訊いた。
「かなり通神状況が悪いみたいだがそれは何故だ?」
その質問に答えたのは浅間だ。
彼女は博麗先代の方を窺いつつ解説を始める。
『崩落富士を覆っていた博麗結界が崩壊したため莫大な流体が宙に散り、チャフとなって通神を妨害してしまっているのです。
また博麗神社に集中していた地脈が強引に断たれたため今後多くの天変地異が発生するかもしれません……』
「……神社の方とは未だに連絡が付かないわ。恐らく……」
「先代、まだ決まった事ではありません」
「ええ、そうね……」
「話を進めて」と先代は冷静に言うが机の下で包帯の巻かれた右腕を強く掴んだのが見えた。
博麗神社には今代の巫女も居た。
彼女の安否も分からない。彼女としては心配でしょうがないだろう。
だが今、無暗に動くわけには行かない。
『皆、色々思う所があるだろうがまずは今後どう動くのかを決める。それが大事だえ』
義光の言葉に皆頷く。
「氏康殿、富士に展開している戦力はどの程度ですかな?」
「去年から守備隊の兵力を増員し、常駐部隊は二千名ほど。周囲に即応部隊を配備しているので終結すれば一万にはなる。
航空艦も二十隻以上を配備しているが……」
「怪魔の襲撃を受け、更に<<結社>>までいるとなるとかなり厳しいですな」
家康の言葉に氏康は頷く。
「現在小田原で戦闘可能な艦に補給作業を行っており、それが完了次第崩落富士へ急行します。
また、長野家の部隊と博麗神社から出た救援部隊は小田原に向かわず、富士へ向かいます」
「我々徳川も全面的な支援を行いましょう」
「忝い」と早雲が頭を下げると幽々子が展開していた表示枠を閉じ手を上げる。
「私たち遊撃士協会も協力を惜しみませんわ。既に小田原で合流予定だった遊撃士達を富士に先行させています」
『出せる戦力は少ないが奥州も協力しよう』
その場にいた者達の意思を確認すると氏康が場を纏める。
「事態は深刻だ。我々は何としてでもこの事態を凌ぎ、収束させなければいけない。皆、どうか頼む!!」
氏康が頭を下げるとその場にいた全員が力強く頷き、一斉に動き始めた。
***
出航準備をしている曳馬の甲板上に武蔵や遊撃士、そして協力を申し出た特務支援課と英国のメンバーが集まっていた。
「━━と、いうわけで徳川は曳馬の補給を終え次第関東連合の艦隊と共に崩落富士に向かう。
で、その作戦だがネシンバラ、出番だぞ」
「やっときたね!!」と眼鏡が眼鏡を光らせて皆の前に立つ。
「まず一番大事な事として僕たちはこの事態を早急に収束させなければいけない。
それは怪魔や<<結社>>による被害を押さえる為といのもあるし、何よりも第三国の介入を防ぐためだ」
「第三国って……?」
エステルの問いに彼は頷き地図を開く。
「崩落富士と国境を接しているのは関東連合だけじゃない。甲斐連合、武田家だ。
彼らが動く前に僕たちで対処する必要があるんだ」
「えっとよ? 武田も動いて戦えたら楽なんじゃねーの?」
トーリの言葉に何人かが頷く。
だが、それじゃ駄目だ。
武田を介入させることは後々問題になって来る。
「……後の交渉で武田家に有利を与えたくない、という事ね」
その言葉に全員が天子に注目する。
「私たちの最大の目的は関東連合、いえ、東宮と家康さんをトップに置いた徳川家主体で東側諸国を纏める事。
その為には今後、各国を招いた大きな会議を行う必要があるわ」
「成程」と続いたのはロイドだ。
「武田家の介入を許すと会議における彼らの発言権が強まる。
会議では誰が同盟の盟主となるのかを争うはずだ。
大国武田は間違いなく口を出してくるだろうな」
「まったく、面倒よね。政治ってのは」
天子の言葉に全員が苦笑し、頷いた。
「まああれだね。大国というものには必ず面子という物がある。
面子という物は厄介なものであるのと同時に重要な事でね。
大国は大国らしく振るわなければ内では他の対立指導者や反乱分子に付け込まれ、外では敵対国からの脅威や従属国の離反などにさらされる。
大国という大きな炎を燃やしているのは小さな枝達。
その枝を失えばあっという間に火は消えるという事さ」
「…………」
語るオリビエの方をロイドが見ていた。
ロイドは出雲・クロスベル、オリビエは英国と合併したエレボニアの皇子だ。
そこら辺に何かあるのだろうか?
「速攻をしなければいけない理由はそんな感じだね」と言うとネシンバラは「さて」と続ける。
「<<結社>>の目的は崩落富士地下に存在する概念核。
彼らが手に入れる前に僕たちが概念核と接触しなければいけないんだけれど、ここは怪魔に救われたね。
富士では関東連合の守備隊と<<結社>>、そして怪魔が三つ巴の戦いを行っている。
だから敵も直ぐには崩落富士へ向かえないだろう。
よって僕たちのとる作戦はいたってシンプルだ。
突撃、それしかないと思う」
彼は崩落富士の地図を展開すると皆に見せる。
「曳馬は関東連合の艦隊と共に富士到着後、まずは包囲前進を行う。
そして関東連合の一斉砲撃後、突撃。
可能な限り富士に接近し、強行着陸を行う」
「また随分と無茶な作戦ね。“双嬢”なら曳馬に随伴できるけど、小型怪魔の群れが襲ってきたら守り切れないわよ?」
「それについても一応手はある。ZCFから受け取る武装と、ノーレッジ君、君の精霊魔法が頼りだ。
一度で良い、敵の群れを突破できれば曳馬の速度で振り切れる」
そうネシンバラが言うとパチュリーが大きくため息を吐いた。
「……“アレ”を使えっていうんでしょう? あの魔法物凄く消耗するから使いたくないけど、まあいいわ」
「ありがとう」と笑みを浮かべるとネシンバラは次にティオの方を見る。
「ZCFから受け取る武装はティオ・プラトー君、君に任せたい」
ネシンバラが自分の表示枠からティオの表示枠に情報を送り、彼女はそれに目を通すと頷いた。
「成程、確かにこの武装は私に適任ですね」
『“曳馬”より皆様へ。出航準備はあと二十分以内に完了予定です。港外にいる戦闘要員は至急帰還し、艦内待機をお願いいたします』
“曳馬”の放送が終わると一同は立ち上がり、ネシンバラが強く頷く。
「どうやら<<結社>>の脚本では僕たちは脇役らしい。
ふざけるな!
僕はこんなつまらない物語は認めないし、君たちもそうだと思う!!
だから壇上に上がろう!!
客の前で奴らの脚本を叩きつけてやるんだ!!
“僕たちでもっといい話にしてみせる”ってね!!
さあ、行こうみんな!! 無能な脚本家に僕たちの物語を見せてやろう!!」
「「Judgment!!」」
「「応!!」」
ネシンバラの号令とともに各々戦いの準備を開始するのであった。
***
目が覚めた。
重い瞼を上げ、最初に飛び込んできた色は緑だ。
生い茂った草、地面から無造作に生える木々。
森だ。
━━……あれ?
背中にごつごつとした木肌の感触を感じながら博麗霊夢は思考をクリアにしていく。
ここはどこだ?
今、自分は木に寄りかかって座っている。
この森の感じは知っている。
上野の森。博麗神社からあまり遠くない場所だ。
「神社!?」
そうだ! 確か自分は神社を襲撃してきた敵と戦い、不意打ちを食らって負傷した。
そして敵の技を喰らう直前に一か八かで亜空穴を使って……。
「……傷が、無い?」
刺された場所を触るが傷が無かった。
咄嗟に治癒術式を使ったもののこんなに早く治るはずがない。
「どういうことだ?」と考えていると懐かしい声が森の奥から聞こえた。
「気が付いたかしら?」
「紫!!」
八雲紫だ。
彼女は此方の前に立つと微笑みを浮かべ、安堵のため息を吐いた。
「まったく、流石に肝が冷えましたわ。貴女、私が助けてなかったら今頃死んでいたわよ?」
そう笑う紫に対して跳ね上がるように立ち上がるのと同時に回し蹴りを放った。
蹴りは紫が悠々と避けたことにより外れ、体がよろめく。
「あら怖い。怪我が治ったとはいえ、まだ病み上がりなのよ?」
「……あんたが連中とつるんでいるのは知ってんのよ。
うちの神社を襲撃して、あんなことをしておいてよく私の前に顔を出せたわね!!」
恐らくだが神社は全滅した。
神社を守っていた連中は私にとって他人ではあるが、目の前でああもやられると腹の底から沸上がるものがある。
「神社の件、私は関与していません」
「信じろと?」
紫の瞳をしっかりと見る。
彼女の目にはいつものふざけた雰囲気は無く、ひどく辛そうな感情が窺えた。
「知っていたら防いでいたわ。“私たち”と奴らは協力関係にはあるけど、互いに信頼している訳ではないの。
━━奴らには事が終わり次第、贖ってもらうわ」
紫の言葉は本心からのものだろう。
彼女は本心から今憤っている。
だからこそ分からない。彼女の目的が。
「紫、貴女の目的はなんなの?」
「滅びの回避よ」
「滅びって何よ? あんた、何を隠しているの?」
紫は答えない。
その事に苛立ちを感じていると彼女は小さく口を開いた。
「私は真実を知ってしまった。迫る脅威に対抗するためには“破界計画”しかない。
そう思っていたわ」
今は違うと彼女は言う。
「天秤に掛けている。
私たちの道か、まだ小さい希望の灯りか。
霊夢、貴女は徳川と共に行きなさい」
紫の体が隙間に沈んでいく。
「彼らなら真実に辿り着き、きっと私たちと違う道を進む。
貴女は彼らと共に進み貴女自身の答えを見つけ出しなさい。
それが博麗の巫女としての責務よ」
賢者は隙間に消えながら真剣な表情で此方を見る。
「そして気を付けなさい。
━━━━真の敵は私たちでも<<結社>>でも無いわ」
紫が完全に消えると辺りは静寂に包まれた。
彼女が居た場所に立ち、目を閉じるとため息を吐く。
「まったく……勝手ね」
紫に言われなくたって私は武蔵と共に行く。
今回の件で火が付いた。
この博麗霊夢に喧嘩を売ったのだ。
<<結社>>だろうが黒幕だろうが平等に叩きのめして滅びも解決してみせる。
「さて、じゃあ行くか」
神社には戻らない。
彼らを弔ってやらなければならないが、今はそれよりも大事なことがある。
<<結社>>の狙いは崩落富士の概念核だ。
あの石の事は良く分からないが奪わせるわけにはいかない。
そう私の本能が教えていた。
━━間に合えばいいけど。
いや、大丈夫だろう。
小田原には先代が居る。
彼女ならもう動いている筈だ。
軽く跳ねると体が浮かび、上昇する。
そして森を抜けると一気に崩落富士の方角へ加速した。
***
「━━というわけで合流予定の遊撃士は富士へ先行させたわ。
私はここに残って各所と連絡をとるから現場の事、頼んだわよ」
曳馬への搭乗橋で幽々子にそう言われ、エステルたちは頷いた。
曳馬に乗船し、富士へ向かうのは梅組一同と特務支援課、英国大使組に自分たち遊撃士だ。
そして。
「ティータ、本当にいいのね?」
「はい! 覚悟は出来ています!!」
ティータ・ラッセルも同行することになった。
現地の通神障害を取り除くために簡易設置式の通神基地を作る必要がある。
その為ZCFからティータが向かうことになったのだ。
「エステルちゃんたちがいれば大丈夫だとは思うが、くれぐれも気を付けるのじゃぞ」
ラッセル博士の言葉にティータは力強く頷き、そんな彼女の頭を博士が撫でる。
「エステルちゃんたちも気を付けてな」
「ええ、任せておいて! これ以上<<結社>>にも怪魔にも好き放題させないわ」
「お孫さんには私が護衛に付きます。未熟者ですが、全力でお守りします」
体の各所に包帯を巻いた妖夢の言葉に「頼もしい限りじゃ」とラッセル博士は言うと甲板にいる天子たちの方を見る。
「出撃する前にお前さんたちに渡したいものがある。ちょっとついて来てくれるか?」
そう言い甲板に向かって歩き出す博士をエステルたちを追った。
***
天子は浅間から緋想の剣を受け取るとしっかりと柄を握りしめた。
「いまだにこの剣の事は分かっていません。お返ししますが極力使わないようにしてください」
前回、紫と戦った時に私はこの剣に体を奪われかけた。
あれがなんだったのか、何がきっかけで発動したのかは分からない。
本来ならそんな危険なものを使うべきでは無いのだがこれからの戦いの事を考えるとそうも言っていられない。
「約束はできないけど、注意する」
その言葉に浅間は少し心配そうな顔をした後、頷いた。
━━心配かけてるわね。
だがその事に少し嬉しさも感じる。
自分の事を誰かに任せられ、心配してもらえる関係。
昔、自分が求めていたものだ。
「もしヤバかったらみんなを頼る」
「Jud.」と浅間が言うと搭乗橋の方からラッセル博士を先頭にエステルたちがやってきた。
「確か天子ちゃんだったな? お前さんに渡したい物がある」
首を傾げると博士が微笑み、彼の後ろから箱を持ったZCFの社員が現れた。
彼らは私に箱の一つを、エステルとヨシュアにもそれぞれ一つずつ。
そして最後に浅間に残りの四箱を渡す。
「これは……?」
箱を開けてみれば見覚えのある物が入っていた。
戦術オーブメントだ。
主にゼムリア出身の物が使う物であり、使用者の術式を増幅させたりアーツと言う術を使用可能とするもの。
徳川でも徐々に普及が始まっており、一部が実戦運用をしている筈だ。
「博士、これって……!!」
「うむ、エプスタイン財団とライフォルト社が開発した次世代型戦術オーブメント“ARCUS”。
数は少ないが役立ててくれ」
「へえ」と戦術オーブメントの表面を指で撫でていると浅間が目を点にしていた。
「これ、英国でもまだ普及していない物ですよね? どうやって手に入れたんですか?」
「うむ、実はな今、ちょっと面白い事が企業間で起きようとしているのじゃ。
世界中に現れる脅威、怪魔に対抗するために各企業が協力し合い新兵器の開発を行う。
エプスタイン財団が中心となっている活動でZCFもそれに賛同したのじゃ。
それで“ARCUS”を入手してな」
「いい話じゃない!」と喜ぶエステルに博士は苦笑し首を横に振る。
「実際は上手く行っておらんよ。企業同士が手を取り合うという事は弱小企業にとっては利益を増やすチャンスかもしれんが、大企業にとっては不利益になる可能性の方が高い。
この企業同盟に参加している企業はエプスタインやZCF、“見下し魔山”や小さな企業が幾つかぐらいで殆どの大企業は反対しておる。
“ARCUS”がZCFにあるのもラインフォルト社には内緒の事だからのう」
国同士事といい、企業の事といい政治と言うのは面倒くさいものだ。
そう思っていると“曳馬”が放送を行った。
『“曳馬”より皆様へ。全補給・点検作業の完了を確認したためこれより本艦は関東連合の艦隊と共に崩落富士へ向かいます。
非戦闘員は艦外への退去をお願いします』
放送が終わると博士は「皆、頼んだぞ」と頷き、ZCFの社員と共に甲板から出ていく。
そして搭乗橋が撤去されると曳馬の周りに流体の仮想海が展開された。
***
葵色の船がゆっくりと上昇していく。
向かうは崩落富士、おそらく激戦地となっている場所だ。
━━ノリキ様……。
「彼らなら大丈夫でしょう。しぶといと言われているわしよりもしぶといのですからな」
隣に立っていた家康の言葉に微笑み、小田原城の方に向かう。
我々には我々の仕事がある。
各所との連絡、武田への牽制。
現場を信じ戦うのだ。
「ノリキ様、お帰りをお待ちしております」
一度だけ振り返り青空を行く船を見上げる。
曳馬に続き関東連合の艦隊も次々と出航を開始した。
曳馬は行く。
激戦の地へ。
真実を知る者が待ち構える地へ。
彼らは世界の闇の一端に触れようとしていた。
新たなる戦いへの準備。次回はいよいよ第一部最後の戦い!!