緋想戦記Ⅱ   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第三十七章・『帰郷の決意者』 結構遅くなってしまったな (配点:封筒)~

 小田原城前の橋は静寂に包まれいた。

 中央から破砕した橋。

辺りに飛び散る木片。

そして倒れる武神や自動人形たち。

 その中心に勝者はいた。

 鋼の騎士は未だ闘気の立ち込める戦場を見渡すと近くに落ちていた盾を拾う。

「終わりましたか」

 我が全身全霊の奥義によって戦は征された。

 遠くの方で深手を負った風魔小太郎がゆっくりと動いているのを見て称賛する。

あの技を受けてまだ動けるのかと。

 動いているのは彼だけだ。

 残りは鉄の残骸となっておりまるで墓標のようになっている。

 一人だけ?

 いや、待て。

 私の見込み違いでなければもう一人動ける人物が居たはずだ。

 彼女が吹き飛んだと思われる場所を慌てて見てみればそこには一枚の大きな鉄片、軽武神の装甲があるだけであった。

━━来ますか!?

 本能的に危険を悟り身構える。

 その直後に腹部に強烈な衝撃を受けた。

 拳だ。

 真っ直ぐに突き出された正拳突き。

それが体の中心に入っていた。

━━この距離まで気が付けないとは……!!

 気配をまったく感じなかった。

恐らく体術の一種。

何らかの技で此方の探知を避け踏み込んできた。

━━反撃は……難しいですか!!

 慢心した。

 最後の最後で己の勝利を確信してしまった。

戦いに絶対はない。

常に己の敗北を想定して戦うべきである。

拘束していた軽武神の内一機がグランドクロスを受ける瞬間に己の装甲を射出した。

射出された装甲は先代の前に落ち、壁となることで彼女を守ったのだろう。

 息を大きく吐き出し、ダメージを極力体の外に出すと踏みこたえる。

もちろん敵は止まらない。

 高速の連打だ。

 拳が何度も此方の頭を穿ち、その度に強烈な衝撃を受け瞼の裏で火花が散るような感覚を得る。

 拳は止まらない。

 ならばと頭を突き出し、放たれる拳に対して頭突きを放った。

 一際大きな衝撃と共に体が後ろへよろめくが、敵も拳を砕かれ血と肉が飛び散る。

「!!」

 最後に敵は蹴りを放ち、それを盾で受け止めると互いにその衝撃で距離を離した。

「お見事です」

 我が前に居る強敵はすでに満身創痍。

 巫女服はずたずたになっており、全身に浅からぬ傷を負っている。

更に先ほどの頭突きで右拳が砕かれ、右腕を力なく垂れ下げている。

 だがそんな状況でも先代は強気な笑みを浮かべた。

「二つ目、貰ったわよ」

「ええ。同じ方に二度も後れを取ったのは初めてです」

 頷いた瞬間、兜が割れた。

 中心から真っ二つに割れた兜は地面に落ち、小気味良い音を鳴り響かせる。

 去年に続き今年も。

我が兜を砕いた女性に最大限の敬意を払うと上空に赤・緑・青の三色からなる閃光弾が上がる。

「どうやらこの戦。私の敗北のようですね」

「……情けを掛ける気?」

「我が使命は撤収までの間に小田原城前の橋を陥落させる事。

対して貴女方の使命は橋の死守。

故にこれは我が敗北。敗者は素直に去りましょう。

━━無論、追撃するというのなら全力をもって相手を致しますが」

 敵は仲間と顔を見合わせると視線で会話をし、先代が頷く。

「いずれ……また何処かで」

「ええ、そう遠くないうちに再び相見えるでしょう」

 深く頭を下げ、踵を返す。

 そして天を見上げ、宣言する。

「鉄機隊! 撤収!! これより我らは次なる戦場へ向かいます!!」

 

***

 

━━撤収……ですの!?

 全身に傷を負いながらなんとか立っていたデュバリィは主からの命を聞く。

 不意打ちで敵の攻撃を受け深手を負ってしまった。

 前方には気を失い倒れた妖夢とそれを庇うように立つ忍びの男。

遠くには自動人形の女もおり、氏照はまだしぶとく生きている。

「どうするよ? まだ続けるか?」

 まだ動ける。

 あと一人は仕留めることが出来るだろう。

だが主の命があったのなら……。

━━口惜しいですわ!!

 己の責務を果たせず撤退することになった。

 その事に恥と悔しさを感じながら武器を納める。

━━ですが、これも私の未熟さが招いた結果。騎士として、矜持を持って優雅に下がりますわ。

「いいですこと!! 今回はたまたまですからね!! たまたま、貴方方が運良く勝利しただけです!!

その辺! 勘違いしないでくださいな!!」

 「うわ、器ちいせえ!?」と忍者がなんだがほざいているが無視だ。

 手を掲げ、部下たちに撤退の指示を出すと敵も構えを解く。

 倒れている妖夢の方を一瞥すると撤退の為に歩き出した。

「魂魄妖夢、聞こえているかは分かりませんが貴女が剣の道を進み続けるなら必ずどこかで私と再びぶつかるでしょう。

その時に貴女が見つけた“剣の道”。教えてくださいな」

 その時は互いに全力を出し合い、雌雄を決するとしよう。

「さあ、デュバリィ隊!! 撤収!! 遅れた奴は走って帰ることになりますわよ!!」

 

***

 

 敵が撤収したのを見て筧は大きく息を吐いた。

 どうにか退けた。

正直あのまま戦いが続行されていたら厳しかっただろう。

「良くて相討ち……か」

 正面からの戦闘では勝ち目が薄かった。

あんなのが<<結社>>にはたくさん居るとなると脅威度をかなり引き上げる必要があるな。

 そう思いながら壁に凭れている望月の傍に向かう。

「ったく、無茶しやがって」

 右腕と右脚を失った望月は「あれが最善だと判断しました」と首を動かし、此方を見る。

「それとも……お邪魔でしたでしょうか?」

「……いや、お前のおかげで死なずに済んだよ。まだ死ぬつもりはないからな」

 そう言うと望月を背負い、倒れている妖夢の方を見る。

「はぁ、あれ、ほっといちゃいけないよなぁ」

「流石は筧様だと判断します」

 「何がだよ」と苦笑すると妖夢の方に向かう。

途中で上半身だけの氏照が「助けて……プリーズ……なんて言うとでも思ったか!! ぶぁぁぁぁぁぁぁかっ!!」とか騒いでいるのであっちは放置。

 何とか望月と妖夢を背負うと空を見上げた。

「あー、帰って寝てえ」

 その後、妖夢を安全な所に寝かせると望月を担ぎながら郊外まで先に撤退していた海野と合流するのであった。

 

***

 

━━ふむ、撤収か? 不甲斐ない。

 アーシャから送られてくる映像を見ながら“団長”はそうため息を吐いた。

 たかが町ひとつ、落とせないとは。

『このまま引き下がるのも面白くあるまい』

 今回は裏方に居ようと思ったが眼下で繰り広げられる戦いによって闘争心に火がつけられた。

 一つ、驚かせてやるとしよう。

『ふむ、武装はほとんど使えんか』

 永い眠りによって武装の殆どがロックされてしまっている。

だが上等。

“小さき者”どもを相手に武器など要らぬ。

『では行くぞ!! 数千年ぶりの戦いだ!! “小さき者”どもに我らが正義と偉大さ、見せつけてくれよう!!』

 前方のハッチが開き、姿勢を前傾にする。

 そして巨大な両翼を広げると射出された。

 白き巨船から巨竜が飛び立った。

 

***

 

 最初に反応したのは敵艦を中心に旋回していた機鳳隊であった。

 白の巨船から巨大な影が飛び出し、小田原城に向かっていったのだ。

『あれはなんだ!?』

 四機の機鳳の内、一機が加速し追うと得た視覚情報を仲間に送る。

『機竜だと!? だがあんなタイプ、初めて見たぞ!!』

『どうする!? 機鳳なら追いつけるぞ!?』

 隊長機が先行し主翼を揺らす。

『今動けるのは俺たちだけだ!! 小田原城に着く前に仕留めるぞ!!』

『『Testament!!』』

 号令と共に四機の機鳳が加速した。

 

***

 

━━ほう、来たか。

 背後から迫る四つの影を見て口元に笑みを浮かべる。

 鋼の体を得たことによって自分は全方位を見ることが出来る。

 “大戦”時には常に自分よりも多い敵と戦っていたため取り付けた機能だ。

 本気を出せば相手を容易く振り切れるだろう。

だが。

『少し遊んでやろう!!』

 翼を回転させスラスターを前方に移動させると噴射を行う。

 後方への急加速により体当たりを狙うが敵も即座に散開し、散開後に機体を傾かせることによって速度を落としながら再び背後に付く。

 そして一斉に光臨を放った。

 あの武装の事は聞いている。

確か当てたものを融解させる非実弾兵器。

流石の装甲でもあの光を喰らえばそれなりの損害は受けるだろう。

『我が鎧に傷を付ける事、許さぬ!!』

 首の裏の装甲が展開され流体が噴き出す。

 流体は背中を覆う面となり、まるで騎士が羽織るマントのようであった。

光臨は流体のマントに阻まれ、拡散すると消失する。

『砕けろ!!』

 腰部から伸びる十メートル越えの刃尾を高速で振り、二機の機鳳が両断されて爆砕する。

 また一機は右翼を断たれ墜落したが無事だった一機は加速すると正面に出た。

そして急速旋回を行うと一直線に此方に向かってきた。

『特攻!! 見事な忠義である!! だが甘い!!』

 敵が激突する瞬間、全身の装甲を展開させ、一気に収縮させる。

その直後強烈な衝撃派が全方位に放たれ、最後の機鳳が一瞬にして粉々になった。

 

***

 

 浅間神社経由で小田原での戦いがほぼ収束したことを全員に伝えると正純は緊張を解く息を吐いた。

隣では馬鹿が表示枠を開いて誰かと通神しながら「今? いまはそうだなー!! いやーんな感じ!!」とかふざけているが誰と通神してるんだ?

そんな事を気にしながら首を横に振る。

「いや、まだ終わっていないな」

 敵が博麗神社を襲撃した可能性があり、その真の狙いは崩落富士を覆う結界の排除だ。

「通神が回復し次第、各所と情報交換をする必要があるな」

 氏康の言葉にその場に居た全員が頷く。

「氏康殿、あの白い巨船は如何致す? こちらの“曳馬”が攻撃命令を行おうとしているが……」

 家康の言葉に早雲が答える。

「単騎では危険だ。間もなく救援部隊が到着する予定だ。それに客人たちもな」

「客人? そう言えばさっきもそんな事を言っていましたが、誰が来るので?」

 そう質問すると氏康が「実はな」と笑みを浮かべた。

『セージュン!! ヤバいかも!!』

 マルゴットからの突然の通神に皆で顔を見合わせると訊く。

「マルゴット、一体どうした?」

『えっとね! 端的に言うと白くてデッカイのがズシャーって行った後、そっちグシャアってなるから気を付けて!!』

 端的過ぎて訳分からん!?

『あのね、正純。翻訳すると機竜がそっちに突っ込んで行って、防衛線普通に突破されたから、そこに居るとR-元服Gみたいなことになるわよ』

 沈黙。

 それからもう一度全員で顔を見合わせて。

「「そういうことはもっと早く言えーーーー!!」」

 直後、凄まじい衝撃を受け吹き飛んだ。

 

***

 

 薄れかけていた意識を強引に戻すと氏直はあたりを確認した。

 まず自分は崩れた柱に凭れかかっており、良く見れば右腕が破砕してしまっている。

 周りには地面に倒れた北条と徳川の人々が居るが、どうやら命に別状は無いらしい。

━━運が、悪かったという事ですか……。

 どうやら“何か”の正面に立ってしまったらしい。

その為衝撃をそのまま受け、体が損傷した。

 とりあえず今やる事は……。

 格納用の二律空間から十本ほどの刀を前方に射出する。

しかし刀は弾かれ甲高い金属音と共に穴から落下して行った。

『その状況で攻撃の判断が出来るとはな』

 低く響く声だ。

 一呼吸の度に大気が揺れ、城が軋むのが感じられる。

 はっきりとした視界の先、壁に空いた大穴から見える姿があった。

 竜だ。

 鋼鉄の翼竜(ワイバーン)が此方を見下ろし、存在していた。

 機竜の頭部は槍のように先端が尖っており、その両側面に赤く光る瞳がある。

足は短く体格はまるで城塞の如き重装。

腕と同化させた翼を大きく広げ、十メートルを超える長大な尾を持っている。

「……あなた方の目的はなんですか?」

 よろめきながら立ち上がり問う。

『正義だ』

「正義?」

『いかにも。我らは大罪を清め、大樹に調和をもたらす者!!』

「この襲撃もその調和の為と?」

『無論!! 正義と調和の為、時には犠牲も必要である!!』

 犠牲あっての調和。

彼の言っている正義が何のことかは分からないが、彼がしようとしている事と同じことは神州でも多くあった。

そうだ。

 不変世界に来る前の北条・印度だって……。

「あー、ちょっといいかよ?」

 自分と機竜の前に武蔵の総長が立った。

 起き上がっていた武蔵の副会長が「お、おい!」と声を掛けるが彼は「大丈夫、大丈夫」と笑う。

「おっさん……、おっさんでいいんだよな?

まあ、兎も角、おめえの言ってることはよーく分かる! うん、たぶん、きっと……おそらく……」

「しっかりしろよ!!」と周りからツッコみを受けるが彼は流し笑みを浮かべた。

「何かを達成するために対立して、それでも自分の思いを貫き通す。

俺もさ、ホライゾン助けて世界を変えようってみんなで決めて色々と戦争して。

我を通せば必ず誰かとぶつかって、それに勝たなきゃいけない。

それは良く分かってる。

そこで、だ。

おっさん、あんた、自分の道を塞いでいた奴をどかした時、どう思った?」

 副会長や家康が息を呑んだのが分かった。

 武蔵の総長の問いは望みを果たそうとする者なら誰もが直面する事態だ。

ある者は救済を。ある者は悔恨を。ある者は己の滅びを……。

 その言葉を機竜は興味な下げに鼻を鳴らして答えた。

「しった事か。大義の前には雑音など無意味、我は我と我が同胞の為使命の為突き進むのみ!! 下らん問答はこれで十分か? 小僧?」

 今にも食い殺しそうな竜の眼前で武蔵の総長はやや困ったような笑みを浮かべて頭を掻く。

「あー、やっぱりそういう感じか……じゃあ、しょうがねえ。

━━おい、ノリキ。こいつは俺たちの敵だ」

━━え?

 予想外の響きに思わず声を出した瞬間、竜の右方から輸送艦が全力で突っ込んできた。

 

***

 

━━小癪な! 気が付かぬとでも思ったか!!

 右側から輸送艦が突撃してきていた事などとうに知っていた。

 向かってくる輸送艦に尾を叩き込むと甲板を砕き、そのまま竜骨を断つ。

 その瞬間に見えた。

 甲板を走る二人の人物。

一人は先ほどの小僧と同じ服を着た男でもう一人は背中に翼を生やした女だ。

 男が甲板から飛び降りると女がそれを空中で掴み、城に空いた穴に向かう。

━━逃がさん!!

 二人まとめて噛み砕いてくれる!!

そう口を大きく開いた瞬間、輸送艦が爆発した。

『なに!?』

 船が破壊にしては大きすぎる爆発。

爆発はいくつも小さく生じ、一つの大きな塊となる。

『爆破物を仕込んでいたか!!』

 そう怒鳴った直後、炎に包まれた。

 

***

 

 前方にノリキが着地し、それに送れてはたてが着地をするのを見ると思わず驚愕の声を上げた。

「二人とも、戻っていたのか!?」

「Jud.、 トーリに連絡していたんだが」

 は? いつだ? そんな事……。

 思い出す。

先ほどトーリが表示枠に向かって変な行動をしていた事を。

「あの時か!!」

 ちゃんと伝えろよ!!

 そうツッコみを入れようと思ったが既にホライゾンがボディーブロー叩き込んでいたのでよしとする。

「ちょっと! ふざけるのは後!! 時間無いんだからやる事さっさとやりなさい!!」

 はたての言葉にノリキは頷くと氏直の方に向かう。

そしてやや動揺している彼女と向かい合うと彼は懐から一つの封筒を取り出した。

「俺の答えだ。受け取ってほしい」

 

***

 

・魚雷娘:『こ、これはあ!! 録画! 録画ですよ!!』

・天人様:『衣玖……鼻息荒いわよ』

・● 画:『え!? なに!? ネームの準備するからちょっとまってくんない!?』

・あさま:『はい! 静かに!! 注目の瞬間ですよ!!』

 

***

 

 鼓動が跳ね上がった。

 予想外のタイミングでの再会、予想外の展開。

 その事に流石に動揺を隠せず、思わず固まってしまう。

そんな此方を彼は優しく微笑んで見ると小さく頷いた。

「開けてみてくれ」

 動ける方の腕で受け取った封筒をゆっくりと、慎重に開け封筒の中に指を入れた。

 指先に伝わる薄い紙の感触。

━━…………これは。

 まるで危険物を扱うかのように取り出せば、一枚の白い紙が出てきた。

 そこに書いてある文字を見てみれば。

「え?」

 再び鼓動が跳ね上がる。先ほどとは別の意味で。

「婚姻届けです」

 武蔵側の連中が何やら盛り上がっているがそんな事気にならないぐらい訊きたいことがあった。

「でも……これ、白紙です」

 

***

 

・約全員:『えええええええええええええええええ!?』

・ホラ子:『持ち上げておいて叩き付ける。ノリキ様も立派な梅組の一員ですね。グッジョブです』

・花果子:『いやいやいや!? ちょっと待て!! 私、諏訪からずっと“あ、こいつ決めに行くんだな”って温かく見守っていたのにこのオチか!?』

・天人様:『衣玖―? いくー? “武蔵男衆の女心の分からなさについて”なんてスレッド立ててんじゃないわよー』

・● 画:『そのスレッド、さっそく忍者の事で埋め尽くされたわね』

・十ZO:『な、何故!? ここはノリキ殿の事を書き込むべきでは御座らんのか!?』

・金マル:『日頃の行いの違いじゃないかなー』

・副会長:『これ……国際問題に発展したりしないだろうな……?』

・立花嫁:『しかし何故白紙の婚姻届を?』

・賢姉様:『フフ、みんな鈍いわねぇ。愚弟? ちゃんと分かってる?』

・俺  :『あー、一応な』

 

***

 

 表示枠で何やらクラスメイトが騒いでいるがいつもの事だ。

 一日会っていなかっただけだが懐かしさを感じていると困惑の表情を浮かべている氏直としっかりと向かい合う。

「それが今の俺の心からの気持ちだ」

 諏訪に行ってから、いや、この世界に来てからずっと考えていた事の答えだ。

「俺達を取り巻く環境はあまりにも変わりすぎた。

武蔵は徳川と行動を共にし、新しい道を進み始め、北条は衰退の道から逃れて関東最大の国家になった。

ここは俺達の世界とは違う。俺達が決着を着けるべき場所じゃないんだ」

「そんなの……自分勝手すぎます。私がどのような思いでノリキ様を待っていたのか、分かりますか!?」

「重々承知している。これは俺の我儘だ。罵倒してくれてもいい、憎んでくれてもいい。

だが、一つだけ我儘を承知で頼みたいことがある」

 氏直が大切そうに抱える封筒を指さす。

「俺達の本来の決着の時までそれを預かっていてほしい。

もし、神州に戻れたらお前の背負っているもの全部受け止めてやる。

たとえどんなに拒絶されようがな。

だから今は……北条・氏直、お前を害する全ての物から俺はお前を守り通す。

それが俺が見つけた“今”の答えだ」

 ただ先延ばしにしただけかもしれない。

だがそれが“今”の俺達にとっての幸いなんだと確信している。

 氏直は力なく項垂れ「勝手すぎます」と呟く。

「ああ」

「ノリキ様は、本当に勝手すぎます」

 無言で頷く。

 氏直が頭を上げた。

 頬を伝う一筋の涙。

だがその表情は明るく、微笑みを浮かべている。

「その時を、お待ちしております。その時に私の全てを受け止めてください」

「Jud.、 承知した」

 答えは出した。

 さあ次は。

「待たせたな。聞いての通り俺はこいつを守る。悪いが退いてもらうぞ」

 振り返り見れば眼前に巨大な機竜が存在していた。

 

***

 

 小田原城の本丸でノリキと巨大な機竜が向かい合う。

 落ち着いたノリキに対し機竜の方は憤っているらしく、呼吸が荒い。

『……小僧、我に引き潰される覚悟は出来たか?』

「悪いが潰されるつもりは無い。約束を果たせなくなるからな」

『カカ……!! ふざけた事を!! 矮小な存在の分際で我が鎧に傷を付けた罪! 死よりも重いと知れ!!』

 機竜が尾を曲げ、先端を此方に向けるのを見ると拳を構える。

「ノリキ様……」

 背後にいる氏直に微笑みかけ敵を見据える。

「大丈夫だ。何とかする」

『随分な自信であるな。そのような小さき体でどう対抗するつもりだ?』

 息を大きく吸い、一分かけて吐き出す。

「俺は他の奴らみたいに戦術や戦略に優れていたり、戦闘技術が高かったり、身体能力が高いわけじゃない。

ごく平凡で、あいつらについて行くので必死な、その程度の男だ。

だが、だからこそ。

━━━━“押し通る”、それだけは貫かせてもらうぞ」

『笑止!! 我が刃と鎧の前に無惨に潰れよ!!』

 尻尾が一直線に此方に放たれる。

━━速いな。

 敵を穿つ高速の一撃、たしかに速い。

 だが先ほど輸送艦から見た機鳳を迎撃した一撃よりは格段に遅かった。

それは此方を矮小な存在として慢心しているからなのか?

━━この程度の速さなら見慣れている!!

 うちには本多・二代や立花・宗茂が居るのだ。

その二人の動きを間近に見続けていた自分なら反応するぐらいならできる。

 肘を引き、拳を強く握りしめると右拳から肘にかけて鳥居型の紋章が展開される。

 刃となっている尾の先端が迫る。

 それに対して拳を放った。

 拳の中心で迫る先端を殴りつけ、流体の光が飛び散る。

 そして、砕けた。

 衝撃と共に敵の尾が先端から中程にかけて破砕を始め、装甲が辺りに飛び散る。

『貴様……!! 何をした!?』

「創作術式“霜月”。その効果は相手の攻撃に対しカウンターを当てると、お互いのダメージを衝撃として通す。

本来は別の目的の為に編み出した技だが、新しい覚悟を示す為に使わせてもらった」

 機竜が怒り狂いながら己の装甲を展開する。

 これも先ほど見た。

 確か装甲を展開し、収縮させた後に強烈な衝撃波を全方位に放つ技だ。

 これに対しては自分には特に対抗策は無い。

だが。

「すまないが後は任せる」

 敵が装甲を収縮させようとした瞬間、黒の陸戦型機鳳が飛びかかった。

 

***

 

━━あい分かった!!

 機鳳の中から見えるノリキに対して北条・幻庵は力強く頷く。

 北条を出た男が一つの答えを持って戻ってきた。

 彼ならきっと氏直を救えるだろう。

ならば自分がするべき事は。

『邪魔者には帰ってもらうとしよう!!』

 敵が展開した装甲の間に機鳳の爪を掛け、閉じれなくする。

そしてそこへ対地機銃による射撃を叩き込んだ。

 弾丸は装甲内に入り込み、内部を砕く。

もがき苦しむ敵の振り払いに堪えながら機銃を叩き込み続けると左翼が砕けた。

『調子に乗るな!!』

 敵は槍のようにとがった頭で此方の翼を貫き、砕いたのだ。

そしてそのまま巨大な口を開くと機鳳の胴に噛みつく。

 装甲が拉げ、砕ける音が内部まで響き視覚素子には“損傷深刻”の警告が浮かび上がる。

『馬鹿力め!! ならば、そのまま食いついているとよいさ!!』

 脱出を決意し、機鳳の背中に出ると跳躍を行う。

 敵の背中に着地し、そのまま伝って一気に駆けると本丸の穴に飛び込んだ。

そして空中で表示枠を操作すると機鳳の方を見る。

「最後の仕事!! 頼むぞ!!」

 直後、機鳳が爆発した。

 

***

 

 再び起きた爆発の衝撃から身を守る為、正純は柱の陰に身を隠し爆破をやり過ごす。

そして爆発が止むのを確認すると柱から身を乗り出した。

「くそ! まだ駄目か!!」

 爆発の中心に機竜が健在していた。

 各所の装甲は砕け、黒く焦げているがその形はまだはっきりと残っている。

━━どうする!?

 こっちにあの敵に対抗できるモノがもう無いぞ……!?

『正純様、本艦はこれより巨大艦に対して攻撃を開始します』

「“曳馬”!? 単騎じゃ危険だぞ!?」

 表示枠に映る“曳馬”は此方の言葉に首を横に振った。

『ご安心を、北条艦隊もおりますし。“御客人”とも合流しました』

 “御客人”? さっき早雲が言いかけていたが……。

そう思っていると“曳馬”から映像が送られてきた。

そこに映るのは二隻の航空艦、どちらも見覚えがあり、武蔵にとってはなじみ深い存在だ。

「仙台城に山形城!? 客人というのは伊達と最上の事か!!」

 

***

 

 山形城の艦橋から一人の人物が小田原に浮かぶ巨船を見ていた。

 狐だ。

 頭に狐耳と金の長い髪を持ち、狐の尾を生やした女性は肩に鮭型の走狗を乗せながら横に浮遊している表示枠に横目を送る。

「行くとこ、行くとこ祭りの如し。相変わらずだのぉ、武蔵は」

『はは、そうでなくては困るとも言える』

 表示枠に映る少女に「左様」と頷く。

「さて今回の祭りには大分遅れてしまったようだが、最後のサプライズとして飛び入り参加をするかえ?」

 表示枠の少女は頷く。

それに喉を鳴らして笑うと扇子を懐から取り出した。

「さあて関東よ、狐が恩を売りに来たぞ?」

 

***

 

━━ぬう、新手か!!

 アーシャが側面と後方から砲撃を受けているのを見て“団長”はそう唸る。

 遠くを見れば空港方面から更に十隻以上の艦隊が現れておりこのままでは囲まれる。

 我らが船なら数倍の敵を相手でも長く持ち堪えるであろうが……。

『“団長”、撤収です』

 “白”からの連絡に再び唸る。

『既に協力者たちは目的地に移動を開始しました。

━━まさか、己のプライドなどという下らない事で計画をふいにするおつもりですか?』

『ええい! 分かっておる!! まったく! 最初から町を焼き払ってしまえばこのような口惜しい結果にならなかったというのに!!』

『現在のアーシャの燃料では砲撃は一度のみ可能です。

その事を隠すためにも最初に派手にやって、向うの攻撃の意思を削いだのですが……』

『そんな事知っておるわ!!』

 まったく、昔と変わらん。

 馬鹿真面目で融通が利かない奴だった。

“奴”とは正反対だ。

 そう思いながらアーシャの方を見る。

アーシャは封印から解かれたばかりの為自分と同じように殆どの機能が使えない。

 今回は我らの敵になるかもしれぬ奴らに力を誇示するためと、今後の拠点とするために持ち出した。

━━ボロが出る前に戻るべきか……。

『小僧』

「小僧じゃない。ノリキだ」

『ではノリキ小僧。今回は引こう。

だが再び我が正義の前に立ちはだかるというのであれば、鉄槌を下す!!

その事を努々忘れるな』

 反転し翼を広げると加速する。

 途中で敵の艦隊から砲撃が来るがその全てを避けるとアーシャの装甲に着陸し、宣言した。

『これより我らは次なる正義の執行の為、撤収する!!』

 遠く、先ほどの戦場を見る。

 あれが鍵を持つ者の仲間たち。

 未だ真実に辿り着かぬ者達。

 

 小さき者達よ、忘れるな。

この世界の歪さを。

真実の果てに存在する驚異の事を。

“救済”は我らにしか成せぬという事を。

 

***

 

 博麗神社は静寂に包まれていた。

 先ほどまで続いていた戦いの音もついに止まり、<<結社>>の猟兵達が撤収を開始し始めている。

 そんな様子を境内から“白の巫女”は眺めていた。

「おや、巫女殿? 博麗の巫女はどうしたのかな?」

 背後から掛けられた場に似合わぬ能天気な声に振り返れば黒い刀を持ったカンパネルラが神社の中から出てきた。

「……逃しました」

「へえ、珍しい。君がしくじるなんて」

「どうやら咄嗟に空間移動したようです。博麗の巫女の空間移動能力があそこまであるとは……」

 変だ、とは思っている。

 博麗の巫女が簡単な空間移動が出来るのは知っていた。

だが最後に使った技は明らかに高度な空間移動。

 はっきりとは確認できなかったが彼女が咄嗟に技を使ったのと同時に“別の誰か”が介入した気がする。

━━彼女……ですか?

 協力者の一人。

だが向うは此方を信用していないし、此方も同じだ。

 彼女、いや、彼女たちへの警戒度を上げるべきか……?

「それは後で考えましょう」

 空を見上げれば一機の機竜が降下してきていた。

 自分をここまで運んだ兵士。

嘗ては“団長”の部下たちの一人であり、彼と共に鋼の肉体を選んだ者。

今は“核”の劣化によりただの機械となってしまったが、その方が良い事もある。

━━忠実な駒は多い方が良いです。

 機竜が着地すると体を屈め、顎を地面につける。

 頭の先端から上り、背中に乗るとカンパネルラもそれに続く。

彼が横に乗ったのを確認すると軽く足踏みをし、機竜に命じる。

「ここからは競争です。彼女たちよりも先に“核”に到達しなければいけません」

 恐らく“私たち”は出会い、戦う。

だが……。

「勝つのは私です」

 誓いを成す為に。

「では行きましょう。関東での計画における最終段階の始まりです」

 機竜が飛翔を始め、それに続いて着地していた飛空艇たちも上昇を始める。

 向かうは結界の消えた崩落富士。

その中枢へと到り、“破界計画”の序章を完遂する。

 

 静まり返った博麗神社を発ち、“白の巫女”たちは次なる戦場へ向かう。

 




小田原編完!! いよいよ第一部のクライマックスへ!!

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