緋想戦記Ⅱ   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第三十六章・『崩壊の結界』 それは救済の始まりか復讐の始まりか? (配点:博麗結界)~

 小田原城前の橋で激しい攻防が行われていた。

 交差するのは十六の陰。

 一人の騎士と一人と十四体が戦闘を行っているが押されているのは一人と十四体の方であった。

━━本当に人間ですか……!?

 十四体の武神と自動人形を操作しながら表示枠越しに見えている光景に対して小太郎はそう感想を持った。

 此方は副長級の先代と自分が操る武神たち。

戦力としては決して低くない、いや、むしろ高いはずだ。

その上数で圧倒しているというのに……。

「なぜ、此方が不利なのですか!?」

『小太郎! 余計なことは考えない!!』

 現場から送られてきた叱責の言葉に余計な思考を停止させる。

そうだ。今は余計な事を考えている場合じゃない!!

 不利だと判断したのならそれを打開する案を考え実行する。

それが自分の役割だ!

「損害覚悟で挟み込みます!! それに合わせてください!! その後は彼がやります!!」

『了解よ!!』

 先代の返答を受けると同時に二機の陸戦型武神を突撃させた。

 

***

 

 自分の両横を巨大な鉄の侍が通過する。

 二機の陸戦武神。

それらは<<鋼の聖女>>を挟むように動き、挟撃を行おうとする。

 もちろんそれに敵は対応した。

 右側の武神に対して視認不可能な速度で連続突きを放つと武神の右膝が砕ける。

 そして即座に体を捻り武神が振り下ろした太刀を大盾で受け流すとそのまま太刀の刀身に足を掛け、上り始める。

手に持つ槍を突き出すと武神の目を穿ち、そのまま跳躍を行うと空中で一回転をして、梃子の原理で頭を引きちぎった。

 頭部を失い倒れる武神。

 降下を行い地面に着地しようとする敵。

そこを狙う。

 踏み込み狙うのは着地直後の敵。

「!!」

 だが敵は対処した。

 空中で姿勢を変え、頭を下にすると地面に向かって槍を突き出す。

そして槍が地面に突き刺さると同時に空中で一瞬静止し、そのまま再度の跳躍を行った。

━━後ろか!!

 此方の頭上を飛び越えた敵は背後で着地し、強烈な殺気を感じる。

 振り向く暇はない。

 右足が地面に着地するのと同時に再度跳躍を行いとにかく距離を離す。

 背中を槍の先端が掠り、衣服が少し裂けるが動きは止めない。

 今度は左足で着地を行い、そのまま左足を軸に回転蹴りを放った。

蹴るのは敵の槍。

 敵は先ほど此方を貫こうと上体を前に出し、武器を突き出している。

そこを横から穿った。

 武器を穿たれた敵は僅かに姿勢を崩し、それを見ると同時に声を上げる。

「今よ!!」

 鎖が現れた。

 六つの鎖が橋の下から橋の板を突き破って現れ<<鋼の聖女>>の体に巻きつく。

 それぞれ首・腰・右腕・左腕・右足・左足に巻きつくとそのまま固定を行い、身動きを取れなくする。

━━止めた!!

 そう判断するのと同時に敵に向かって突撃を開始し、背後でも橋の下から風魔小太郎が飛び出していた。

 

***

 

━━見事な連携ですね。

 最初からこれが狙いだったようだ。

 二機の武神と先代の最初の突撃は囮。

こちらの注意を引き付け、体勢を崩したところにこの鎖と伏兵だ。

 前方と後方からは先代・風魔小太郎。

さらに両横からも軽武神が太刀を構えて突撃してきている。

 対して自分は崩れた体勢のまま固定され動くことが出来ない。

━━もう一度言いましょう。お見事です。ですが……。

 ゆっくりと瞼を閉じ、息を整える。

 静かに、自分自身に集中し己の体を全て感覚として理解できるようにする。

 瞼を閉じた先に見える暗闇に己の体を客観的に見る。

体は固定されたが全身を完全に固定されたわけではない。

 動かせる場所、そうでない場所。

それを一つ一つ確認し、理解する。

━━…………ここです。

 目を見開いた。

 下半身で力を加えられる場所に全身の圧力を掛け、床に対して強く踏み込む。

一度目。力が足りない。分散してしまった。

二度目。力は収束させた。橋の板が軋み始める。

そして三度目……。

 踏み込んだ瞬間━━━━橋が砕けた。

 

***

 

「なんと!?」

 眼前で起きたことに思わず驚愕の声を上げてしまった。

 砕ける橋。舞い上がる木片。それに送れて伝わる凄まじい衝撃波。

あの敵、体を固定された状態で橋を砕いたのか!?

━━人狼や鬼ならば兎も角、人の身でそこまで出来るか!?

 いったいどれ程の鍛錬を積んだのか……。

 いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。

敵は一瞬で拘束を外してしまった。

ならばこの舞い上がる埃の中で次の行動に移っているであろう。

━━来たか……!!

 埃の中から槍の先端が現れた。

 高速で迫る槍。

突撃中の身でそれを避けることは出来ないと判断すると体を逸らしながら短刀を体の前面に構えた。

 槍の表面と短刀の刃が激突する。

 刃と表面の間に火花を散らせながら滑らせていくと槍の下を潜る。

 このまま突撃を続け一撃でも加える。

そう決断した瞬間、埃の中から巨大な壁が現れた。

 盾だ。

 敵の持っていた盾が水平に射出されていたのだ。

 このままでは盾に激突し、体の前面を砕かれるだろう。

「なんの……、まだまだ!!」

 地面をつま先で蹴り、軽い跳躍をする。

 そのまま足の底を盾に対して水平に向けると盾に触れると同時に再び蹴った。

 跳ぶ。

 盾の加速力を利用し、上空へ逃れる。

 何とか凌ぎ、上空から見たのは埃の中で自動人形と先代を相手に格闘戦を行っている敵であった。

 

***

 

表枠の向こうで自動人形が砕かれていた。

 粉々になり内臓部品が飛び散る中、別の自動人形が地面すれすれの超低姿勢で敵の足元に飛び込む。

 放たれた蹴りに対して僅かな、致命傷を避ける回避行動だけをとると自動人形の左肩が砕け、左腕が千切れ落ちた。

 だが構わない。

 敵の足さえ止められればよい。

 <<鋼の聖女>>の足に抱きつくように掴みかからせると軽武神二機を操り前後から挟み込みを行う。

 前後からの連続切り。

 無人の遠隔機だからこそできる反射と反応で敵を細切れにしようとするがこの“異常者”は悠々と回避を行う。足に枷を付けているにもかかわらずだ。

 そう異常だ。

 この敵は異常すぎる。

 身体能力・反応速度・瞬間判断力。

どれもが高すぎる。

 特に瞬間判断力が異常だ。

 此方は走狗としての処理能力を最大限利用し、攻撃の度に最適化を行っている。

なのに未だに敵の反応や判断に後れを取るのだ。

 既に手持ちの駒を半分失った。

━━なんとかしなくては……!!

 この状況を打破する方法を高速思考していると先代が敵の眼前に飛び込んだのが見えた。

 

***

 

「『筋力強化・疾』!!」

 身体強化で体を加速させると敵の懐に飛び込んだ。

 下から上へ。

相手の顎を穿つ軌道で腕を振り上げるが敵はそれを顔を逸らして避ける。

 即座に反撃が来た。

 正拳突きだ。

 顔を逸らした体勢から腰を落とし、拳を一直線に放ってくる。

 此方の胸の中心を穿つ拳。

だがそれは此方が待ち望んでいたものであった。

「『筋力強化・剛』!!」

 強化術式を変更し己の筋力を最大限まで強化する物に変えると左手で敵の拳を掴んだ。

 筋力強化を施したにも関わらず掌から肩にかけて凄まじい衝撃を受け、力を上手く逃がすことによって脱臼しないようにする。

そして僅かに後ろへ押されたが拮抗させると額に汗を浮かべながら不敵な笑みを浮かべた。

「やっと、止まったわね」

「ええ、そのようですね」

 腕一本の押し合い。

 互いに軽口をたたき合っているが一瞬でも気を抜けば終わりだ。

「一つ聞くけど貴女、今本来の何割くらいかしら? ちなみに私は七割よ」

「六割くらいです」

「…………五割五分」

「五割」

「よ、よんわ……」

「腕、震えてきてますよ?」

 ええい、うるさい。何割勝負とか馬鹿らしい。

誰だ! 最初にこんなバカげた勝負をはじめたのは!!

 さて、ふざけるのはここまでにして冷静に敵の実力を考える。

 この敵、未だ全力では無いだろうが前回戦った時よりは本気になっている。

底の見えない強さに僅かな恐怖と莫大な尊敬の念を抱く。

 戦ってみて分かった。

この女はもうそういう存在なのだ。

圧倒的な強さ。人々を従えるカリスマ性。聖女。鋼の女。無敵。

 人では勝てない。

 そう心の底から納得させてしまう“何か”を持っている。

━━でも残念ね。そういうのと戦えば戦うほど楽しくなる奴がここに居るのよ。

 神の加護だと? 面白い。

 人間だろうが妖怪だろうが神だろうが等しくぶん殴るのが博麗の巫女だ。

その点を霊夢はよく理解している。

あの子の徹底した平等っぷりは博麗の巫女として正しい。

 様々な種族が生きる幻想郷で博麗の巫女がどこか一つの勢力に肩入れすることは許されない。

あれ以上妖怪を好き放題させるわけにもいかないし、かといって人間に反抗の気を持たしてはいけない。

そして職務怠慢な神様は殴って躾ける。

「巫女って楽しいわよね。敵認定すれば好き放題ぶん殴れるし」

 

***

 

・あさま:『ち、違いますよ!? 違いますからね!? 巫女の仕事、もっとこう……平和なものですからね!?』

・ホラ子:『などと言っておりますが浅間様、現在教会から五隻目の飛空艇を撃墜しました』

・銀 狼:『智……もう認めた方がいいんじゃ……』

・あさま:『こ、これは正当防衛! 正当防衛ですよーぅ!! 危険な敵を追い払っているだけですよーぅ!! そのついでで墜落しているんです!!』

・天人様:『あ、六隻目』

 

***

 

「……私の中にある神職者のイメージとはかけ離れている気がするのですが」

 あら? そうなの?

「巫女なんて皆こんな感じよ?」

 

***

 

・約全員:『…………』

・あさま:『な、なんですか!? その目は!? あ、七隻目落としました!!』

・約全員:『ちょーイイ笑顔だな!!』

 

***

 

 さて。

 おふざけはここまでだ。

 そろそろ仕掛ける。

浅間神社からの連絡で博麗神社(うち)が攻撃されている可能性がある。

 霊夢なら大丈夫であろうがやはり気になる。

「貴女たちの狙いは博麗神社、いえ、結界ね?」

 聖女は肯定も否定もしない。

「最初から妙だと思っていたのよ。<<結社>>が狙っているのは崩落富士にある概念核。

だというのに小田原を攻撃したのは陽動だったわけね」

 博麗神社には遊撃部隊が常備されており、関東で何かが起きた時は即座に出動できるようにしている。

神社の戦力は関東中央軍に比べれば規模が小さいが私が集めた精鋭部隊が揃っている。

その為あそこを攻撃するのは並の城を落とす事よりも難しい。

 だから小田原を狙った。

 小田原なら奴らの新兵器が有効的に使え、神社から部隊を引き離せる。

 そこを別働隊が強襲し、博麗神社の地下にある結界装置を破壊する気だろう。

「まったく、まんまとやられたわけだ。

この襲撃で神社を手薄にしただけではなく貴女たちは別の目的も次々と達成したわけだ」

 新兵器の実践テストに此方の戦力の調査、そしてなによりも<<結社>>は世界中に自分たちの存在と実力を誇示した。

 <<蛇>>は舞台に上がったのだ。

「でも貴女たちの踏み台のまま終わるつもりは……無いわよ!!」

 力を抜いた。

 突き出されてくる拳に合わせ上体を逸らすとそのまま両手を地面に付く。

そして倒立の姿勢へと移行しながらつま先蹴りを敵の顎に目掛けて放つ。

 対して敵は左足で大きく踏み込み体にブレーキを掛けると顔を後ろへ逸らす。

 回避されるのは予測済みだ。

 そのまま両足を広げ、横一直線にすると体を捻り回転を付ける。

そこからの回し蹴りだ。

 倒立のまま回転蹴りを放つと敵の右側頭部を穿つ。

「!!」

 初めて騎士が吹き飛んだ。

だが……。

━━ワザとか!!

 敵は側頭部への攻撃に対して踏み堪えるのではなく体の力を抜き、受ける事を選んだ。

更に穿たれるのと同時に左側へ跳び衝撃を軽減したのだ。

 ゆっくりと起き上がる敵を囲むように自動人形達と風魔小太郎が動く。

 次はどうする?

 敵はまだ全力ではないが此方も幾つか手を残している。

 例の呼吸ずらしはこの敵を相手に長くはもたないだろうが有効な選択肢の一つであり、さらに最後の手として“無想転生”を残している。

だがそれは本当に最後の手段だ。

 “無想転生”を使えばその後の戦闘は不可能だ。

━━こいつを相手に通用するか分からないものね……。

『先代様。ここは時間稼ぎに徹するべきだと判断します』

 表示枠に映る小太郎に視線を移す。

『現在各地で反撃が始まっております。味方の多くも此方に急行しているため決戦を避けるべきです』

 言っている事は分かる。

 しかし……。

『決戦に持ち込めば一矢報いる事は可能でしょう。ですが多大な被害を受けるのも必定。貴女は今の関東連合に必要な人です。その事をご理解ください』

「………………分かったわ」

 そこまで言われたら引き下がるしかない。

 時間稼ぎなら出来るはずだ。

 敵を見据えながらゆっくりと構えを変えた。

 

***

 

━━守りに入りますか……。

 先ほどまでの先代は防御より攻めを主体にした構えをとっていた。

しかし表示枠で走狗と話した後は腰を落とし、守りを固めた構えに変更している。

 恐らく時間稼ぎ。

 空港に向かった部隊は敗走。

中央も撤退を始め、鉄機隊は二部隊が後退しデュバリィの部隊とは連絡が取れない。

まもなくここに救援の部隊が到着するだろう。

 戦略的には正しい判断だ。

━━少々厄介ですね。

 守りに入られては勝負が長引く上、受けた使命を果たせなくなる。

 そう使命だ。

 私に与えられたのは小田原城前、つまり敵の中枢の眼前で圧倒的な勝利を収める事。

<<身喰らう蛇>>の力を世界中に知らしめる事。

 ならばやる事は一つ。

 小さく息を吐くと同時に右方に居た自動人形の懐に飛び込んだ。

 拳を突き出し、腹部を砕くと人間で言う脊髄を鷲掴みにする。

そしてそのまま腰を捻り槍の近くにいた風魔小太郎に投げつけた。

 その直後に動く。

 軽く跳ねるように、脚の筋肉をバネの様に跳ねらせると低姿勢のまま投げた自動人形を追う。

 前方では投げつけられた自動人形を避けようとしていた小太郎が此方の動きに目を丸くしており、懐から苦無を取り出すと此方に投げつける。

━━強行します!!

 苦無は避けない。

 低姿勢のまま左手で投げつけられた苦無を掴むと砕く。

 そして投げた自動人形を追い抜き、小太郎の横をすり抜けると地面に突き刺さっていた槍を引き抜いた。

 

***

 

 敵の動きへの行動は早かった。

 敵が槍を回収しに行ったのだと判断すると自動人形や軽武神と共に相手を追い、囲む。

 風魔小太郎も投げつけられた自動人形を避け終わると包囲に再び参加し慎重に敵の様子を窺う。

━━これは……。

 再度包囲した時に気が付いた。

 敵から発せられる気。

それが先ほどまでと全く違うのだ。

 先ほどまでが静かな小川のような澄んだ気であるのなら、今は激流の如き威圧力。

その事に気が付いているのは今ここで“生きている”私と風魔小太郎だろう。

風魔小太郎も冷静さを保っているがより守りを固めた構えを取っている。

「小太郎、本気でちょっとやばいわよ」

『それはどういう…………』

「そろそろ幕引きの時間が来たようです」

 騎士が動く。

 一歩一歩、鎧がぶつかる金属音を鳴らしながら。

 敵は一人。

しかしはっきりと見えた。

騎士の背後にいる無数の軍団。

1つの軍を率いた聖女の姿。

 辺りの喧騒はかき消され、誰もがこの鋼鉄の軍勢の様子を窺う。

騎士が構えた。

 目に見えぬ闘気ははっきりと此方の肌を刺し、周囲の大気を揺らす。

「我が使命を果たす為、そして何よりも貴方方への最大の敬意を払うため」

「小太郎!!」

 二人の小太郎に指示を出す。

あれは駄目だ。止めなければと。

 守りを捨て、とにかく妨害に動く。

その為に全員が一斉に動こうとしたが……。

「なんと……!! これは……!!」

 体が石になったかのようであった。

 全身を纏わりつくように何かに拘束され身動き一つできない。

 闘気だ。

 <<鋼の聖女>>が放つ闘気がありとあらゆるものを拘束しているのだ。

自分以外にも小太郎や無機物の武神達までもが拘束されている。

 何という闘気の濃度!!

 ここまで高純度の闘気を放出できるのか!?

「我が全力をお見せしましょう!!

さあ、耐えてみなさい!!

我は鋼! 全てを断ち切る者!!

━━━━聖技グランドクロス!!」

 闘気が爆ぜ、全ての物を呑み込んだ。

 

***

 

 赤が広がっていた。

 炎だ。

 炎が全ての物を呑み込み、広がって行く。

 空は黒煙が覆い常に銃声音が鳴り響く。

 物静かな神社は一転して地獄とかし、そこら中で戦闘とその終焉を知らせる断末魔の声が聞こえる。

 その地獄の中心で二人の人物が戦っていた。

 博麗霊夢と“白の巫女”だ。

 空を飛び一撃離脱を繰り返す霊夢に対して“白の巫女”はカウンターを返し続ける。

━━こんな事が……!!

 地上で行われている戦闘という名の虐殺の光景に動揺を隠せない。

 最初の奇襲で崩され、その後の敵部隊の降下で神社に残っていた人々は壊滅した。

今も生き残った者達が何とか反撃に出ようとしているがその結果は蹂躙であった。

「何が目的よ!!」

 叫んだ。

 初めて見る虐殺。

それに対する怒りで上手く思考が出来ない。

 対して敵はただ冷淡に、この地獄に興味が無いように答える。

「救済です」

「ふ!!」

━━ざけるな!!

 言葉にならない怒りと共に空中から急降下を行い、踵落としを放つ。

 敵は此方の踵落としを槍で受け止めると見上げた。

「何故怒っているのですか? 貴女なら分かるでしょう?」

「何が……!?」

「多数を救済するためには少数の犠牲は致し方ない事。調和の為の平等。

幻想郷の巫女ならば理解していただけるのでは?」

 訳が分からない。

 この女の言っている事はあまりにもぶっ飛びすぎて反論する気にもなれない。

そして何よりも気持ちが悪いのがこの女、自分の言葉に一切の疑問を持っていない。

━━壊れているわ。

 この女思考や思想も壊れているし、身に纏う気も狂っている。

 左足で敵の武器を蹴ると距離を取り、着地する。

「あんた……何を後悔しているの?」

 初めて敵の動きが止まった。

 彼女はゆっくりと首を傾げ、小さく訊きかえしてくる。

「後悔?」

「あんた、狂ってるわ。でもその狂気は破壊衝動とかとは違う……そう、戒めみたいな……」

「黙りなさい」

「あら、図星? 私、こう見えても結構人の心の機微とか読むの上手でね。もっと当ててあげましょうか?」

 挑発的な笑みを浮かべた瞬間、敵の槍が眼前に迫る。

 即座に体を捻り、横へずれると封魔針を取り出し投げつけた。

「まあ読むだけで相手の事気にしないけど!!」

 投げつけられた針に対して敵は左手で払い、針が折れるのが見えた。

━━腕は機械か!!

 いや先ほどから戦った感じでは腕以外も機械。

この女、自動人形の体を持っているのかもしれない。

 相手は双刃の槍を構えなおすと静かに頷いた。

「貴女の言う通り、私は己を戒めています。

そう、だからこそ━━こんな事が出来る」

 敵の背後から一本の杭が現れ、射出される。

だが杭が狙ったのは此方ではない。

 此方の斜め後ろ、そこに倒れていた巫女だ。

「こいつ!!」

 判断は一瞬だ。

 咄嗟に魔理沙との戦いのときに使った遅延結界を巫女の前に展開し杭が遅延するのと同時に巫女の許へ駆け寄る。

そして倒れている巫女を抱きかかえると杭に対して右方へ跳躍した。

 左側で杭が境内を穿ち、衝撃と共に石片が飛び散る。

 いくつかを左肩に喰らい肌が切れ、血がにじみ出るがどれも軽症ですんだ。

「あんた……!!」

 再び怒りの声を出そうとした瞬間、背中に激痛が走る。

「…………え?」

 振り返り見れば、背中に突き刺さる短刀。

 薄い笑みを浮かべて佇む巫女。

━━なんで……?

 膝から崩れ落ち、両膝を着くと鈍い汗を額に浮かべる。

 何が何だかわからない。

だがこれはマズイ。

 短刀を背中から引き抜き、治癒術式を展開する。

 すると引き抜いた短刀がガラスの様に変化し、砕けた。

それと共に背後でもガラスが砕ける音が鳴り、振り返れば巫女が砕けて散っていた。

「あんた……一体何を……!?」

「これが私の力です。博麗霊夢、あの状況で人助けを優先するとは……愚かですね」

 巫女が手を翳す。

 それと共にガラスの杭が現れ、上空を覆い尽くした。

「我が虚構に沈め、楽園の巫女よ」

 声が聞こえた。

 それは哀しい、悔恨の声だった。

 

・━━虚構は現実となる。

 

***

 

 頭上から響く凄まじい振動にカンパネルラは笑みを浮かべた。

「はは、随分と感情的になっているね。博麗の巫女はお気に召さなかったかな?」

 しかし殺してなければいいが……。

 博麗の巫女を万が一殺害してしまえば協力者の一人が裏切るかもしれない。

━━まあ、そうなったらそうなったで面白いかな?

 さて、地上の事は彼女に任せて自分は自分の仕事をするとしよう。

 眼前にあるのは巨大な流体を纏った御柱。

柱には地脈から幾つもの流体が伸び、接続が行われていた。

 崩落富士を覆う博麗結界。

その中枢がこれだ。

 自分の仕事はこれをちゃちゃっと壊してしまう事。

 のんびりとしているとせっかく引き剥がした神社の部隊が戻って来るかもしれない。

「さてお仕事、お仕事」

 手に持つ黒い刃の刀を振り上げる。

 “巫女”殿から提供された武器の一つ。

“封龍柱”と同じ材質で出来たこの刀なら。

「さくっとね」

 御柱を断った。

 刃は地脈に守られた柱を容易く断ち、地脈から悲鳴のような地響きが聞こえる。

 死んだ。

 この地を守る地脈、そしてそこから伸びる流体路が死に干からびて行く。

その様子に目を細めると笑みを浮かべた。

「さあ! いよいよだ!! 計画の最終段階!!

いざ行こう! “約束の地”へ!!」

 

***

 

 目が覚めた。

 暗黒が広がる浅い水面から起き上がると驪竜は黄金の目を輝かせ、天を見上げて歓喜する。

「きた! 来た来た来た来た!! 来たーーーー!!」

 悪鬼は踊る。

 歓喜の舞を。

「さあ、行くわよ!! 壊しなさい! 喰らいなさい!! 蹂躙よ!!

憎悪をまき散らし、ゴミ共の腸で大地を染め上げなさい!!」

 少女の喜びの声に応じ、闇から無数の咆哮が上がる。

「ふふ、ふふふふふ!! 全部壊してあげる! 全部殺してあげる!! 全部穢してあげる!!

貴女の大切な物を全部奪ってあげる!!」

 一際巨大な咆哮が上がった。

 龍だ。

 白の巨体。

 暗黒の水平線の先まで伸びる巨体を持つ竜が起き上がり天を呪った。

 それを嬉しそうに見上げると裸体の少女は漆黒のマントを羽織る。

「さあ、“約束の地”へ!! 汚物(わたし)がぜーんぶ! 穢してあげる!!」

 

***

 

 崩落富士の周囲にある全ての監視所からその異常が見えた。

 空が割れる。

 天は砕かれ、大地に落ちる。

 この世の終わりかのような光景。

それを目の当たりにした人々は誰もがこう口にした。

「敵が来る」

 

 博麗結界消失から五分後、関東全域に非常事態警報が発せられた。

 

 




小田原編もそろそろ佳境。そして発生した重大事件。

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