緋想戦記Ⅱ   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第三十一章・『神速の騎士』 優雅に 華麗に 参りますのよ!! (配点:筆頭)~

 劇場の大道具部屋でリーシャ・マオは黒い衣服を身に纏い、左手に篭手を装着する。

 彼女は鍵付きの大箱を開け、中を覗きこむ。

 中には一本の大剣が入っておりそれを手に取ると刃に触れる。

「……行くのね?」

 後ろから声を掛けられ振り返ればイリア・プラティエが立っており、彼女に頷くのを躊躇う。

 そんな此方にイリアは優しげに微笑むと此方の肩に手を乗せる。

「こっちは私たちに任せなさい。そして貴女は貴女だけにしかできない事をするの」

 そう言うと彼女は強気な笑みを浮かべる。

「その代わりに必ず無事に帰って来るのよ?」

 肩に乗ったイリアの手を握り強く頷く。

そして立てかけてあった黒い外套を羽織るともう一度イリアの方を向いた。

「行ってきます!」

「ええ、行ってらっしゃい」

 駆けだす。

 廊下でフードを被り、仮面を付ける。

そして大きく息を一度吐くと窓から外に向けて飛び出した。

 

***

 

━━まったく! 何やってるんだか!!

 迫りくる敵を鉄扇で迎撃しながらそう海野・六郎は愚痴った。

 その場の雰囲気に流され武蔵の連中と共同戦線を張りながら猟兵と戦っている。

あまり手の内を見せたくないので体術のみで戦っているが……。

「おっと!」

 踏み込み槍を突き出してきた敵を横への跳躍で避け、着地と同時に相手の懐に飛び込む。

そして鉄扇を下から振り上げると敵の顎を穿った。

━━良く訓練されている!!

 <<結社>>の戦力、甘く見ていたかもしれない。

 技術力も脅威だが兵の練度も高い。

更に敵には人狼女王に匹敵する化け物も居るという。

━━これだけの力を持って、その上目的が見えないとなると厄介だな……!!

 <<結社>>についてはかなり前から調査を行っていた。

だが未だに正確な戦力や拠点を把握できず、こいつらが何を企んでいるのか分かっていない。

 今回の騒動で何か分かればいいが……。

 そう思いながらふと中央の方を見れば狂人がスキップしていた。

 笑みを浮かべながら敵のど真ん中へ。

勿論敵も銃撃を浴びせ、包囲をしようとするがどういうわけか狂人はすり抜けて行っている。

 そして狂人に気を取られている隙に武蔵の騎士が飛び込み、銀鎖で薙ぎ払っていた。

━━……まったく!! とんでもないな!!

 ふざけているのに戦果を挙げている。

 あの女は武蔵の中では副長に次いで危険人物だ。

 敵は狂人と正面からやり合うのは危険だと判断し、部隊を後退させる。

そして劇場正面の通りから巨大な鉄の塊が現れた。

 多数の機銃を取り付けた戦車のような機械人形。

それは地面を滑りながら一直線に劇場に向かってくる。

「あれはヤバそうだ……!!」

 だが狂人は一歩も引かず余裕の笑みで仁王立ちする。

━━死ぬ気か!?

 戦車が狂人を轢く。

そう思った瞬間に狂人の背後から黒衣の人物が現れた。

「“爆雷符”!!」

 黒衣の人物は札を投げつけ、戦車の関節部に張り付ける。

その直後爆発が生じ、関節を砕かれた戦車は大きく軌道を逸らしながら滑っていく。

そして近くの建物に激突すると狂人が振り返る。

「ミトツダイラ!」

「Jud!!」

 騎士は砲塔を旋回させている戦車に飛び乗ると銀鎖を砲塔に巻き付け、引き千切り始める。

「飛びなさいな!!」

 腰を捻り、フルスイングで砲塔を引き千切り投げると猟兵団に向けて投げつける。

 猟兵団は慌てて後退すると撤退を始める。

 敵が完全に撤退したのを確認すると黒衣の人物の方を見た。

━━あいつは確か……。

 

***

 

「あら?」

 目の前に立つ黒衣の人物を見て葵・喜美は直ぐに思い当った。

「貴女、確かリーシャ・マ……」

 口元を押さえられ、言葉を遮られる。

 そして黒衣の人物は辺りを見渡すと小声で口を開いた。

「……何故、そうだと?」

 口を塞いでいる手を指さすとリーシャは手を退かす。

「さっき劇を見てね。上手く隠しているけど、動きの所々にどうしてもその人特有の癖ってのは出るものよ」

「…………参りました。私もまだまだ未熟ですね……。この事は他言無用で」

 頼まれたので頷く。

 “それにしても”と思うと手を伸ばした。

━━あら、無い? いや、隠しているのかしら?

 こう、もうちょっと服の中に手を入れれば……。

「あ、あの……」

「ああ、御免なさいね? オパーイがどこに行ったのか気になって!!」

 リーシャは後ろに逃げようとするのでこちらも踏み込んで逃がさない。

「そ、その! 術で隠してて!!」

「あら、やっぱりそうなの? じゃあ、オパーイを大きく見せる方法もあるのかしら?」

「えーっと……やったことないので分かりませんけど……たぶん?」

 振り返る。

「ミトツダイラァ!! ミトツダイラ!! この人! 貴女のオパーイを大きくしてくれるって!!」

「本当ですの!? じゃ、なくって何やってますのぉーー!?」

 リーシャは慌てて首を横に振り「あ、これ人にはできません」と言うともう一度振り返る。

「ミトツダイラァ!! ミトツダイラ!! やっぱり貴女、どうやってもオパーイ大きくなれないらしいわよぉ!!」

「喧嘩売ってますのねぇ!!」

 ミトツダイラをスルーしてもう一度胸が無い事を確認するとリーシャの服の中から手を出す。

「それで? 行くんでしょう?」

「え?」

 鸚鵡返しをしてくるリーシャに笑う。

「貴女が守りたい人。貴女を待っている人たちの所へ行くんでしょう?」

 本人は気が付いていないだろうがさっきから中央広場の方を気にしている。

きっと彼女はそこに向かった仲間たちの為に武器を手にしたのだろう。

「ここは私たちに任せなさい。貴女は貴女の舞台で、私たちは私たちの舞台で全力で舞う。

それが役者ってものでしょう?」

 リーシャはやや間を空け、頷くと口元に笑みを浮かべる。

「お名前を伺っても?」

「葵・喜美よ。ちなみにいくつか芸名があるんだけど……まあ、全部名乗ってたら大変だから賢姉様って呼ぶと良いわ!!」

 胸を張ってそう言うとリーシャは軽く噴き出す。

そして此方の横を通り歩き始めた。

「それでは、行ってきます」

 リーシャの気配が消えたのを確認するとミトツダイラが不思議そうな表情で此方を見ている。

「今の……誰でしたの?」

「ふふ、内緒よ」

 “解せぬ”という表情をするミトツダイラにウィンクすると今度は遠くから此方を見ている真田の忍者の方を見る。

彼女は少し前に此方に加勢してくれたが目的は分からない。

だがまあ……。

「今のところはスルーね」

 さて、と。

 大通りの方を見れば遠くの方で態勢を整えており、数分後には再び此方に向かってくるだろう。

「休憩時間中って事ね? じゃあ! あえてツッコんであげるわぁ!!」

 満面の笑みで敵に向かってスキップをし始めるミトツダイラが後ろから「喜美!?」と驚きの声を上げ、猟兵団の方は「うわ!? きやがったぞ!?」と同じく驚きの声を上げた。

「ハァーイ!! 賢姉様よぉーー!!」

 そしてスキップで銃弾を避けながら敵に飛び込むと、そのまま暴れまわるのであった。

 

***

 

「…………」

 遠くから狂人が猟兵達をかき回すのを見て、思わず猟兵側に同情してしまった。

 前の方では騎士が助勢しようかどうか悩んでいたがどうやら狂人の事は放っておく事にしたらしい。

 “それにしても”と思う。

 先ほどの黒衣の人物。

あれは確か“銀”と言うゼムリア出身の暗殺者だ。

 伝説の暗殺者。

そんなものまでここに居るとは……。

━━さっきの感じじゃ敵って事じゃなさそうだね。

 この面倒くさい時にあんな奴まで相手にしたくは無い。

 というか、そろそろ下がって潜伏してもいいかもしれない。

 この調子なら自分が居なくても劇場地区は安全だろうし……。

そう思っていると表示枠が開き、筧が映る。

『おい、お前どこで何やってんだ?』

「筧かい。こっちは劇場地区で武蔵の連中と一緒に猟兵団を撃退してたところさ」

 そう答えると筧は半目で『何やってんだよ……』とため息を吐く。

「仕方ないだろう? なんかノリでって言うか……。そっちはどうなんだい?

こっちはそろそろ下がるけど?」

『こっちは面白い物を見てる』

 「面白い物?」と首を傾げると筧は風景を映した。

「こりゃあ……」

『ああ、北条・氏照と<<結社>>の幹部の相対戦だ』

 

***

 

 屋根の上から遠くで行われている相対戦の様子を見ながら筧と望月は観戦しながら記録を行っていた。

 北条の主力と<<結社>>の幹部。

どちらも有益な情報だ。

「……厳しいと判断します」

「ああ……正直ここまでとは思ってなかったな」

 氏照とデュバリィの戦いは熾烈を極めていた。

 互いの間には剣戟による衝撃と火花が飛び散り砂埃が舞い上がる。

 恐ろしいのはデュバリィの方だ。

人間の身でありながら自動人形の攻撃速度について行き、時折超えてさえいる。

 三本腕の氏照が踏み込む。

 上二本の腕を交互に振り回し敵の動きを牽制するとデュバリィの喉を狙い高速の突きを下の腕で放つ。

 だが敵はそれを冷静に顔を逸らして避けると剣の石突きで下腕の肘関節を穿った。

 腕はくの字に折れ曲がり、内部の部品が宙に散る。

それを好機とデュバリィは踏み込んだ。

「!?」

 直後に起きた銀の三閃。

 氏照の下腕が輪切りにされ、彼は後方へ大きく跳躍した。

「今……何しやがった?」

 いや、何をしたのかは分かった。

その経過が分からなかったのだ。

 恐らく踏み込みと同時に高速の斬撃を三度放ち、敵を仕留めようとした。

 それに対して氏照はあえて砕けた下腕を突き出すことによって囮とし、時間を僅かに稼いだ後に後方へ跳躍を行う。

━━つーか、速すぎだろう!?

 目には自信がある。

だが今の一瞬は殆ど見る事が出来なかった。

まさに“神速”。

「こいつは……武蔵の副長といい勝負かもしれないな……」

 速度では武蔵の副長が上だろう。

だが洗練さでは騎士の方が上だ。

徹底して無駄を排除した動き。

だからこその“神速”。

「ちゃんと記録しておけよ? 滅多に観れるもんじゃねえ」

 望月が頷くのを横目で見ると冷や汗を掻きながら二人の戦いを観戦し直す。

「さて、今の所分が悪いぜ? 北条・氏照」

 

***

 

 氏照は輪切りにされた下腕を上の手で引き千切ると投げ捨てる。

 やはり最初の奇襲が失敗したのが痛い。

 共に敵を奇襲した風魔忍者達も徐々に押し込まれておりこのままでは敗走する事になるだろう。

━━残り二本!! つまりは後一回はどうにでもなるって事だ!!

 両手の刀をゆっくりと構えると敵も盾を構えた。

 お互いに右足を一歩出し、徐々に前に滑らせていくと跳躍した。

「死ねよやあああああああああああああああああああああ!!」

 左手の剣を突き出し、敵の盾を穿つと敵は刀の先を表面を滑らせるように盾を動かす。

そして片膝を付き盾の下に入ると剣を此方の胴に突き出してきた。

「あめええええええええええええええ!!」

 右手の関節を回転させ、刀を下向きにすると剣を受け止める。

「追加注文はいかがですかああああああああああ!?」

 直後左手の刀と刀を受け止めている盾の間で爆発が生じた。

 突然の爆発にデュバリィは一瞬気を取られ、その隙に蹴りを顔面に入れる。

 地面を転がる敵を追撃する為駆け出し、相手を右手の刀で突き刺そうとした瞬間、眼前を鉄の刃が迫る。

「うおおおおおお!?」

 咄嗟に顔を引き、避けるが剣の先端が顔に当たり頬が砕ける。

━━この女!! 転がりながら攻撃してきやがったか!!

 敵は盾で地面を叩くとその衝撃で起き上がり着地と共に此方に向けて踏み込む。

 高速での二回突き。

それを後ろへ下がりながら避けると今度は此方の胴を断ち切るように横に薙いでくる。

 敵の刃に此方の刃をぶつけると爆砕術式を起動させ、小さな爆発を生じさせる。

 剣に爆破の衝撃を受け体勢を崩した敵に右手の刀を叩き込むと敵は盾で刀を受け止めた。

「ぶあああああか!! 二度も同じ手を喰らいやがってええええええ!!」

 刀の刃と盾の間で再び爆発が生じる。

 このまま再び追撃を。

そう思った瞬間、眼前の光景に目を見開いた。

 敵が回転していたのだ。

 盾を手放し、右足を軸に体をスピンさせる。

爆発の衝撃を利用し体を駒のようにすると凄まじい速度で回転切りを放って来た。

━━まともに喰らったらやべえええええ!?

 爆発の衝撃と己の全体重を掛けた回転切り。

刀ではそれを受け止めることは出来ない。

 “ならば”と左手の刀を投げ捨て両手で一本の刀を持つと身構える。

 激突した。

 刀が剣の衝撃を受け刀身だけではなく腕から肩にかけて軋むのが分かる。

「爆発で止めてやらああああああああああ!!」

 爆砕術式を起動させる。

 敵の勢いを此方の爆発で軽減させる。

そのつもりだったが……。

「これは……炎……!?」

「火炎が使えるのは貴方だけでは無いという事ですのよ!!」

 デュバリィの剣から火炎が吹き出し此方の爆発を相殺する。

 刃はひび割れ、踏み込んだ脚は砕ける。

「て、てめええええええええええ!!」

 そして割れた。

 刀身が二つに割れたのが見えた瞬間、胴が断ち切られ上体が宙に舞った。

 

***

 

「…………」

 敵の下半身が両膝を着き倒れ、上半身が地面に落ちたのを見るとデュバリィはやや疲労の入った息を吐く。

 正直ここまで手古摺るとは思わなかった。

 傷こそ追わなかったものの強敵との一騎打ちでやや損耗している。

━━進軍する前に少し休憩した方が良いですわね。

 周りを見ればどうやら北条・氏照の敗北と共に風魔の忍者たちは引き上げており部下たちが負傷した仲間のフォローに回っている。

「被害状況!」

「死者数名! 重軽傷者は全体の三割ほどです!!」

━━結構被害を受けていますわ……。

 やはり少し休息した方が良い。

 一度体勢を立て直し、その後進軍を再開しよう。

そろそろエンネアやアイネスが配置に付いている筈だ。

会館を迂回しながら両者の援護に……。

 そう思っていながら戦況状態を表示枠で確認すると思わず驚愕の声を上げる。

 周りの部下たちが一斉に此方を見るので、慌てて表情を正し体勢を直ぐに立て直すように指示する。

━━これ、本当ですの……!?

 報告にはアイネスが負傷し後退、エンネアも敵との交戦で武器を失い撤退したと書かれている。

鉄機隊の内二人が退けられた。

それは敵に反撃の勢いを与える事になる。

「予定変更! このまま進軍しますわ!! 数名は負傷者を撤退させるために残りなさい!!」

 敵に反撃の隙を与えないためにも自分たちが前進する必要がある。

「まったく二人とも! 帰ったら説教ですわ!!」

 ふと遠くを見れば氏照の上半身が動いている。

 あの状態でまだ動けるとは……。

━━もう戦えないでしょうけれども……。

 リスクはなるべく減らす。

 氏照の背後に立ち剣を振り上げると見下ろした。

「申し訳ありませんけれども、止めを刺させて頂きますわ」

 剣を振り下ろした瞬間、風が吹いた。

 直後に感じたのは剣が受け止められた衝撃。

そして目の前で靡く銀と緑の色。

「!!」

 即座に上体を後ろに逸らすと眼前を刃が通過する。

それに続けて高速の斬撃が迫る。

━━速い!!

 二発を盾で受け流し、三発を剣で弾く。

そして六発目と共に盾を突き出して刃を押し返すと距離を取った。

「何者ですの!!」

 氏照の上半身前に立つ姿。

それは銀の短い髪に黒のリボンを付け、緑の服を来た少女だ。

少女は両手に太刀と刀を持ち、此方を見据える。

「遊撃士協会武蔵支部、準遊撃士魂魄妖夢!! 悪を切るために参りました!!」

 




次回はデュバリィvs妖夢!! 二人の対決はどうなるのか!?

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