緋想戦記Ⅱ   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第二十三章・『小田原の観光者』 多くのすれ違いと 出会い (配点:観光)~

 小田原商業区の北西にある歓楽街。

 そこには様々な店や劇場が並び、人で混み合っている小田原でも特に人の多い地区だ。

 その歓楽街にあるもっとも巨大な劇場前に長蛇の列が出来上がっていた。

「はーい! 押さないでくださーい! 慌てず、ゆっくりと進んでださーい!!」

 劇場前に置かれた立ち台の上でロイド・バニングスは拡声術式を使いながら列に並ぶ人々に指示を出す。

「とんでもねえ、人の数だなあ……」

 自分と同じように拡声術式を使いながら指示を出していたランディがそう呟き、それに頷く。

「流石はアルカンシェル、だな」

 今日は早朝からずっとこんな感じだ。

 アルカンシェルの手伝いを頼まれ、係員の仕事を請け負ったはいいがあまりの盛況さに先ほどから休む暇がない。

前夜祭公演の今日だけでこれだけの人が訪れているのだから、明日はどうなる事やら……。

「しっかし、人の熱でまるで夏だな」

 そう言い、コートを脱ぐランディに倣い自分もジャンパーを脱ぎ、折り畳む。

「ご苦労様」

 足元の列から声を掛けられ見てみれば派手な女性と両目の色が違う女性が立っていた。

「貴女みたいな美しい女性に声を掛けらたら、俄然やる気が出るってもんですよ」

 そう言うとランディは笑みを浮かべ「この後、どうですか?」と訊く。

「フフ、30点ぐらいね」

 「こりゃ手厳しい」とランディが肩を竦めると列が動き始め、派手な女は此方を見ずに手を振り、両目の色が違う女性は此方に頭を下げてから動き始めた。

 二人を見送るとランディが小声で「……レベル高かったな」と呟き、思わず頷く。

「あの二人、極東の制服だったな」

「極東っつーと、あれか、武蔵の?」

 武蔵。

 徳川家と共に臨時惣無事令を破り、急速に勢力を拡大した勢力。

しかし、同盟国のP.A.Odaと敵対したことにより領土を失い、今では駿府一国になってしまった。

「武蔵の生徒が来てるってなると、やっぱり北条は徳川となんかする気かねえ?」

「……ワジの言っていたことはこれも含めてなのかもな」

 「ん?」と首を傾げるランディに「いや、何でもない」と言うと一瞬だけ見覚えのある顔が目に入った。

「!!」

 人混みの中、もう一度目を凝らして見てみるがもうその人物の姿は確認できない。

━━いまのは……まさか、マリアベル・クロイス?

 こんな場所にか?

いや、“こんな場所”だからこそなのかもしれない。

「……ランディ、エリィ達を呼んできてくれ」

「……どうした?」

 真剣な表情でランディの方を見、頷く。

「もしかしたら、厄介な事に巻き込まれるかもしれない」

 

***

 

 歓楽街の裏側にあるやや大き目な道路。

そこは祭りの最中、資材置き場になっており積み重ねられた木板や作業用の軽武神たちが集められていた。

 そこに台車を押していた青い作業服の少女たちが入ってき、先頭の少女が残りの少女たちに指示を出して運んできた荷物を置き始める。

「にとりちゃーん、この大きいコンテナなにー?」

 黒髪の少女の言葉に先頭の少女━━河城にとりが答える。

「なんか出し物の道具が入ってるみたいねえ」

 表示枠を操作し、確認してみてもただ“祭り用”と書かれており、中身は把握してない。

 祭りの準備は色々と慌ただしかったため様々なところから資材や設備を調達し、管理状態がぐちゃぐちゃになっている。

 いや、ぐちゃぐちゃになっているだけならまだいい。

中には出所が分からない物もあるだろう。

「んー、それ、えっと、出雲のクロイス家? とかいう所から出てるから大丈夫だと思う。

他にも結構提供してるみたいね。きっと金持ちだわ」

━━ん? クロイス家? どこかで聞いたことがあるような……。

 どこでだっただろうか?

 何かニュースか何かで聞いたことがある気がするが……。

「にとりさーん、この武神、登録されてないよー」

 思考中に声を掛けられ、思い出すのを中断すると同僚の一人が赤い軽武神を指さしているのを見る。

「困るねえ……。ちゃんと登録してくれないと」

 赤の軽武神は作業用と言うよりもまるで武者のような恰好をしている。

 軽武神につけられたタグを確認すると“展示用”と書かれているので、もしかしたらどこかに展示するための物だったのかもしれない。

「一応、上に連絡しておこう。なんかあったら困るからね」

 自分たち河童族は今ZCFの下で働いている。

あそこは技術者が多く在籍しており、幻想郷では得られなかった知識を学ぶのにとても良い場所だ。

━━いずれは、私こそがZCFのトップに……!!

 そうにやついていると「にとりちゃん!!」と声を掛けられる。

振り返ってみれば黒髪の同僚がコンテナの戸を開けており、慌てて駆け寄る。

「こ、こら、なにしてるのさ!?」

「そんなことよりも、これ!!」

 同僚が指差す先、怪訝な表情を浮かべコンテナの中を覗いて見れば……。

「━━━━なに、これ?」

 

***

 

 小田原城一の丸上層に設けられた作戦室。

 多数の自動人形が詰めており、部屋中に設置された機械と表示枠の操作を行いながら小田原の状態を管理している。

 そこに家康たちは通され、北条側との会談を行っていた。

「さて、まず次の試練についてだが……無しにしたいと思っている」

 氏康の一言に家康たちは顔を見合わせる。

「氏康殿、それはいったいどういう事ですかな?」

「状況が変わった」

 氏康がそう言うと隣りの氏直が表示枠を開く。

「もう既にご存知かと思いますが現在関東平野中心部で大規模な怪魔との交戦が行われています。

本来であれば休眠期であった怪魔の交戦。

我々はこれを人為的に仕組まれたものだと予想しています」

「仕組まれたもの……ですか?」

 正純の問いに早雲は頷く。

「関東中央に怪魔が出現したことによって此方の主力はくぎ付け状態だ」

 早雲はそう言うと表示枠を開き、それを此方に見せる。

「……これは」

 表示枠には真紅の航空艦が映っており、たしか<<結社>>の船だったはずだ。

「もし、奴らが今回の件を引き起こしたとするなら狙いは崩落富士。

奴ら、概念核に拘っていたからな」

「崩落富士は封印されていたはずでしょう?」

 幽々子の言葉に北条側は頷く。

「崩落富士を覆うように結界を張り、念の為麓にも監視所を設けております」

「万全の体制、ということね」

「んー、じゃあよ? そのなんつったっけウ、ウロ、ウロオボエ?

まあそいつらは何がしたいんだ?

関東連合の主力を引きつけたって富士山に行けなきゃ意味がないんだろ?」

「Tes.、 だからこそ遊撃士の方々もお呼びしたのです。

我々よりも<<結社>>の事を良く知り、そして交戦経験が豊富なあなた方なら敵がどう動くか予測できるのではないかと?」

 全員が幽々子に注目すると彼女は口元を扇子で隠し「そうね」と呟く。

「私はエステルたちとは違う世界出身だから確証を持って言えないけど……話通りなら彼らは非常に狡猾よ。

<<結社>>が怪魔を扇動したという事は必ずそれに意味がある。

氏康公、崩落富士を覆っている結果はどのようにして管理しているのかしら?」

「結界の管理は長野家、つまり上野国にある博麗神社で行っている」

「神社の防備は?」

「陰陽術士隊が詰め、さらに長野家の兵士たちも駐在しています。

神社の方で何かあれば即座に此方に連絡が行われ、増援を出せるようにしています」

「備えはある……か」と呟き、頷くと幽々子は扇子を閉じる。

「それでも警戒は常にしておいた方が良いわ。

<<結社>>は関東中央の戦いが終わるまでに必ず動く。それは確かなはずよ」

 全員が頷くと少しの沈黙が訪れ、やがて氏康が「さて」と仕切る。

「次の話題だ。

これは不確定な上、本当なら我々の恥となる事だ。

だが徳川家にも知っておいてもらいたい。我々を纏める事になるであろう徳川家にな」

「それは……?」

 氏康は眉間に皺を寄せ、小声になる。

「━━宇都宮が裏切っているかもしれん」

「…………」

「確証は無い。だが風魔衆からの情報でM.H.R.R.と接触した可能性があるという報告を受けた。

今回、宇都宮家が徳川が関東の支配者になる事に強く反対したのも怪魔との戦いに戦力を出し渋っているのも背後に羽柴がいるからかもしれん」

 家康は表情を改めると氏康と同じくらい声を小さくし訊く。

「北条側はそれにどう対応を?」

「どうもできん。確証が無い為動けんし。

強引に動けばそれこそ関東連合の崩壊を招くかもしれん」

 「まったく」と氏康は苦笑する。

「まったく、本当の敵は人の心。そうだとは思わんか?」

 

***

 

 皆とはぐれた後エステル達は食堂街を訪れていた。

「それにしても……妖夢とはぐれちゃうなんてね」

 そう心配そうに言うと行動を共にしている点蔵が頭を下げる。

「申し訳ない。完全に他の連中を見失ったで御座るよ」

 それにヨシュアが「あれは仕方ないよ」とフォローを入れ、皆が頷く。

 今ここに居るのは妖夢を除いた遊撃士一向に点蔵とメアリだ。

 他の人たちにも連絡を入れたところ、皆結構バラバラになったようでとりあえず十二時までは自由時間という事になった。

「まあ、妖夢なら大丈夫でしょうし……。ねえティータ? ここら辺でお勧めの店ってある?」

 そう訊かれるとティータは「だったら」と表示枠を開き、映った地図を皆に見せる。

「この先にちょっと有名な印度料理店があるから、みんなでそこに行きませんか?」

「まあ、インド料理ですか。楽しみですね、点蔵様」

「Jud.」と頷く点蔵を見ながらエステルは「それにしても……」と思う。

━━いいのかしらねえ……。

 点蔵とメアリ。

 二人のアツアツっぷりは良く知っている。

 せっかくの小田原に来たのだ、二人だけで何処かに回りたいのではないのだろうか?

 そう思い、点蔵の肩を突くと小声で話しかける。

「いいの?」

 

***

 

「何が、で御座るか?」

 エステルの言葉に首を傾げると彼女は「ほら」とメアリに気が付かれないように彼女の事を指さす。

「二人で何処か回りたいんじゃないかなって……余計な気遣いだった?」

「!!」

 思わず声を失った。

 あまりに予想外の言葉。

それに驚き、拳を強く握る。

━━い、いい人で御座る!?

 いや、これが普通の対応なのかもしれない!!

 いつも外道どもと共に行動しているせいで普通の人の行動が予想できなかった。

━━外道どもにそんな気遣いなど無いで御座るからなあ……。

 むしろメアリと共にどこか行きたいなどいったら、それこそ餓えた獣のような眼で此方を狙うだろう。

 “しかし”と思う。

 今更別れて行動するのも何か悪い気がしてしまう。

 今日はまだ前夜祭の午前中。

いつまで小田原に滞在するかは分からないが、まだまだ祭りは続くはず。

「大丈夫で御座るよ。気遣い、感謝で御座る」

 そう軽く頭を下げると道路の反対側に居た男と目があった気がした。

━━?

 男は帽子を被り北条の制服を身に纏っており、その隣には同じく北条の制服を着た自動人形が居る。

 目があったのは気のせいだったのか男はそのまま蕎麦屋に入っていき、見えなくなる。

━━気にしすぎで御座るかな?

 そう思っているとティータが「あ、ここです」と指さした先、派手な建物が建っていた。

 なんだか白目を剝いたインド人が空中浮遊している看板の下には「ヨガ☆炎☆カレー」と書かれており、ぶっちゃけ胡散臭い。

「……ここ?」

 レンが半目でティータの方を見ると彼女は慌てて頷き「あ、味は本当にいいんですよ!!」と苦笑した。

 みんなは顔を見合わせると歩きはじめ、店の戸を開く。

 店内からは鼻を刺激するカレーの良い匂いとそして……。

「イラッシャイマセネー」

 どう見ても武蔵に居たカレーの妖精みたいなのがいっぱいいた。

「……うわあ」

 

***

 

「もー、それでね、本当に大変だったのよ」

 大通りから少し離れたところにある喫茶店。

 そこの店外席に天子と白い冬用のロングコートを来た女性━━リアンヌが座っていた。

 話をしたところリアンヌは一人で小田原観光に来ており、どこに行こうか悩んでいたらしい。

なので一緒に回ろうと誘い、暫く色々な店を回ってから喫茶店で休憩する事になった。

「それは……大変でしたね」

「でしょ? まあ、そん時はこの比那名居天子様がちょっと本気出して北畠の鉄鋼船をずばーっと倒しちゃったわけ」

 そう自慢げに話すとリアンヌは微笑みカップに入った紅茶に口をつける。

「徳川とはどんな場所ですか?」

「んー、そうねえ。一言で表すなら“混沌”ね。外道どもがのさばる無法地帯かしら」

「…………なんだか随分と予想外というか、イメージと違いますね」

 「あ、でも、住みやすい所よ」と慌ててフォローすると自分も紅茶に口をつける。

それからリアンヌの方をまじまじと見ると質問した。

「リアンヌさんはどこの出身?」

「ゼムリアですが……それが何か?」

「いや、なんか物凄く落ち着いてて、そう大人の女性。淑女的な雰囲気でどこかのお嬢様かなって」

 そう笑うとリアンヌは目を伏せ、「私はそんな上等な存在ではありません」と呟いた。

それから暫く無言になったので“あ、なんかしくじったかも”と焦っていると喫茶店の壁に貼ってあったポスターが目に入った。

「劇団アルカンシェル……だって、これ出雲・クロスベルの有名な劇団よね?

今から見に行かない?」

 振り返り訊くとリアンヌが真剣な表情を浮かべている事に気が付いた。

「アルカンシェル……という事は“彼ら”が? だとしたら……」

「あの、リアンヌさん?」

 リアンヌは暫く目を伏せていると、此方を見て微笑みを浮かべる。

「そうですね。見に行きましょう。これもまた“空の女神(エイドス)”の導きという物なのかもしれませんね」

 立ち上がるリアンヌに慌てて続きながらも、天子は怪訝な表情を浮かべて小首を傾げるのであった。

 

***

 

 歓楽街に続く道での会話は少なかった。

 リアンヌが先頭を歩き、それに天子が続く。

 道行く人々は皆、美しいリアンヌの姿に目を奪われるらしく男女ともに道を開けていた。

 なんだか少し気まずい雰囲気にどうしようかと思案しているとリアンヌが後ろを見ずに声を掛けてくる。

「天子さんは困難に面した時、どうしますか?」

「え?」

「とてつもない絶望、どうやっても抗う事の出来ない運命の壁。それに面した時、貴女はどうしますか?」

 “リアンヌさんって宗教系の人?”と茶化そうとしたが真剣な彼女の声色に口を噤む。

 それから暫く沈黙し、思案するとゆっくりと口を開いた。

「諦めない……と思う」

「どんな絶望でもですか?」

 頷く。

「私の周りにはさ、諦めの悪い奴らが一杯いるのよ。そして私もその一員。

どんな絶望が来ようと、壁が現れようと諦めない。

頑張って乗り越えて、もし駄目だったら笑って前のめりにぶっ倒れてやる」

 それが最善なのかは分からない。

 だが“最善”と“正しい事”は違うはずだ。

 此方の言葉にリアンヌは暫く無言でいると足を止め、振り返った。

「ならばその道を進み続けなさい。

これから起きることを乗り越え、その先の運命に抗い続ければもしかしたら道が開けるかもしれません。

そう、私たちが見つけることの出来なかった第三の道が」

「え? それ、どういう……」

 リアンヌは微笑み、首を横に振る。

それから前の方を指さした。

「さあ、間もなく開幕の地です。共に行き、始めるとしましょう。

絶望への抗いを」

 道の先、広場があり大きな劇場が見えてきた。




北条との会談。そして天子とリアンヌの話。

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