曳馬右舷に打撃の音が連続する。
音の数は全部で八つ。
テンポよく音を鳴らし、時折転調する。
それに合わせて鳴るのが青年の堪える声だ。
殴打のたびに声を出し、それでも耐える。
━━反撃の隙が見つからぬで御座る……!!
八体の実像分身からの攻撃を防ぎつつ反撃の隙を窺うが敵はそれぞれをうまく連携させ互いの隙を潰している。
敵は一人。
だがまるで熟練の部隊を相手にしているかのような状況。
━━神代の忍びの力……これほどまでとは!!
忍びの技術が最も洗練されたのは戦国時代から江戸時代にかけて。
激動の時代の中、忍び達は己の力を磨き有力大名に取り入り、戦った。
江戸時代から先の時代になると諜報戦は徐々に近代化し、忍びもその規模を縮小しながら形を変えていく。
そして自分たちの時代までそれは受け継がれ、自分のような忍び達が神州の各地で今も活躍している。
今自分が相対している敵は自分たちにとってルーツとなるものの一人だ。
恐らく今、自分は非常に貴重な体験をしているのだろう。
━━だとしても負けるわけにはいかぬで御座るよ!!
たとえ神代の英雄だとしても、仲間の為にも決して負けられない。
「皆が自分を応援してくれているからで御座るな!」
***
・副会長:『昼ごろに伊豆に着くはずだから、今のうちに昼食をどうするか決めるか』
・蜻蛉切:『伊豆と言えば海鮮料理で御座るな。ステーキとかも良いで御座ろう』
・貧従士:『今回第五特務が頑張りましたし、ステーキがいいんじゃないですか?』
・副会長:『それもそうだな。よし、終わったら里見勢も交えて昼食とするか。
━━というわけでクロスユナイト、さっさと終わらせてくれよ?』
・十ZO:『まったく応援していないで御座るなあ! 皆の衆!!』
***
風魔小太郎は若き忍者と相対しながら口元が吊り上がっていくのを実感していた。
━━ほほ、良いのお……。
この若造は我々の技術の結晶だ。
先の時代でも忍びは生き残り、活躍できているという証明だ。
武蔵の忍者。
つまり伊賀者であろうが、それでも嬉しいものだ。
関東を脅かした風魔忍者の結末は意外なほど惨めなものであった。
豊臣の小田原征伐により北条家が滅ぶと風魔は急速に衰え、最後は野盗となってしまった。
盛者必衰。
北条を滅ぼした豊臣も滅び、それを滅ぼした徳川も滅んだ。
だがそこで培ってきた想いや技術は確かに後世に受け継がれていたのだろう。
さあ、来いよ? 歴史の受け継ぎ手。
我らから受け継いだ力、どれだけ成長し、洗練されたのか見せてみよ。
若造が動きを変える。
これまでの回避と防御を行うための足さばきではなく、前進し攻撃を行うための足さばきだ。
━━来るかね!?
どのような反撃にも対応できるように呼吸を整える。
自分の実像分身は呼吸によってコントロールしている。
息を吸うとき予備動作を行い、吐く時に攻撃を放つ。
単純だが、相当の訓練が必要とされる技だ。
若造が来た。
分身の踵落としを右腕で防ぐとそのまま下を潜り抜け、突破。
そして此方に迫ると八体の己の分身を呼び出した。
見たところ実像ではなく虚像の分身。
こちらの目を欺きに来たか?
━━ならばすべて潰すのみ!
敵の分身一体一体に此方の分身をぶつけると全て消滅した。
「すべて分身か!?」
自分の下方、艦底部の凹凸に足を掛け、迫ってくる姿があった。
即座にそれに苦無を投げつけ迎撃すると苦無が若造の頭を貫き、若造の体が消失する。
━━これも分身!! では……!!
影が差した。
此方の左方、つまり甲板側から若き忍びが右足を伸ばしながら落下してくる。
「先ほどのお返しで御座るよ!!」
自身の体重を乗せた踵落とし。
体は右方、艦底側を向いていたため迎撃は間に合わず……攻撃を受けた。
***
━━しくじったで御座るか……!!
こちらの踵落としは敵の脇腹に入った。
だがこの老人はそれに耐え、左腕で此方の足を固定してくる。
小太郎は額に汗を浮かべながら笑みを浮かべ、此方を投げ飛ばした。
空中で回転しながら近くの装甲に足を掛けると着地、直ぐに構えると眼前に短刀の先端が迫っていた。
「!!」
顔を逸らし、避け、頬が浅く裂かれる。
小太郎はそのまま頭突きを行い、額に強烈な衝撃を受けながら此方は即座に反撃の蹴りを放った。
蹴りは敵の腹に当たり、小太郎の体が離れる。
そして互いに息を整えると構えた。
━━これは、一つ策をうたないと厳しいかもで御座るな。
そう判断し、表示枠を少し開いていると小太郎が構えを解く。
「一つ、一つ訊こう」
「……なんで御座るか?」
「若造、お前にとって忍びとはなんだ?」
一瞬質問の意味が分からなかった。
「突然何を言っている?」と思い、こちらの油断を誘うためかと警戒した。
だが小太郎の真剣な視線に不意打ちの意思は無いと理解すると此方も構えを解く。
「忍びとは孤高で御座る」
「ほう…………?」
「忍びとは主君に仕え、主君の影となり、守り、時には悪事を行う。
故に忍びは孤高であり、常に己を磨かなければいけない。
忍びとはなかなか辛いもので御座るなあ。
だがそれも主君の為、そして仲間の為。忍びの宿命で御座る」
***
━━良い目じゃ。
いや、この若造は顔を隠しているため表情は分からないが、きっと覚悟に満ちた良い目をしている。
我らが覚悟と想い、しっかりと受け継がれているようだ。
「だが!」
若き忍びが声を上げる。
「忍びは孤高なれど、孤独では御座らん!」
若造が微笑んだ。
「忍びとは主君を、仲間を守る刃。しかし、いついかなるときも刃の下に心があるで御座る!
そもそも、うちの連中は外道のくせして意外と面倒見がよかったり仲間意識が強かったりして孤独とかと一生無縁で御座るよ。
ああ、無縁で御座るとも! 少なくとも常に個人情報暴露されたり、人の知らないところでなんか危ない話題が広がってたりと……!!」
最後の方、やたらと力が入っていたのは何か身に覚えがあるのだろうか?
しかし忍びは孤高だが、孤独ではないか……。
若い、若いのう。
己の時代では仲間すら信頼できなかった。
だがこの若造は違う。
仲間を心から信頼し、助け、そして頼る。
これが新しき忍び、なんと眩い事か。
笑みが浮かぶ口元を隠し、短刀を構える。
「……では、そろそろ決着と行くかね?」
「Jud!!」
若造が駆けた。
己の虚像を七体作りあげての突撃、対して此方も実像分身を出して突撃する。
互いに次の攻撃で決着をつけるつもりだ。
分身たちが敵の分身を潰す。
残るのは本体のみ。
その本体を囲うように動き、そして一斉に襲い掛かろうとした瞬間……大気が振動した。
爆音と共に大気が振動し、装甲が大きく揺れる。
単装砲だ。
曳馬右舷に取り付けられていた単装砲が突然砲撃を行い、それにより呼吸のタイミングが大きくずれた。
『警告します。里見艦隊に牽制射撃をするので注意して……、ああ、もう撃った後でしたね。申し訳ありません』
━━やってくれる……!!
このタイミングでの砲撃、偶然なはずがない。
この若造、こちらの攻撃に合わせて砲撃するように指示していたな!!
「そうか……儂が話しかける前の……!!」
あの時の表示枠操作か!!
呼吸のタイミングがずれた事によって分身が消える。
だが問題はない!!
こちらの隙をつきに来た若造の放つ短刀を咄嗟の回し蹴りで弾き飛ばすとそのまま己の短刀を逆手に持ち回転。
敵の右側に回り込むように動き、首を目がけて放った。
刃が首を突き刺す。
そう確信した瞬間、弾かれた。
此方の短刀を叩き折るように現れたそれは幅広の白の刃であり……。
「王贈剣一型か!?」
若き忍びが来る。
彼は王贈剣一型に肩から体当たりを行うと此方を吹き飛ばし、更に掴みかかる。
そして共に落下をすると両足で此方の腹を蹴り、跳躍した。
「不覚!! そして、ようやった!!」
大地に落下して行く中で、装甲の隙間にぶら下がる敵を見ながらそう笑みを浮かべ敵に内心で称賛を送るのであった。
***
小太郎が落下し、森の中に消えていくのを見ると点蔵は曳馬の右舷装甲をよじ登っていく。
そして手すりに手を掛け、跳躍すると甲板で待っていたメアリの前に着地する。
「お疲れ様でした。点蔵様」
「Jud.、 助かったで御座るよ。“曳馬”殿も」
『私はただ勤めを果たしただけですので』
表示枠越しに目を伏せ頭を下げる“曳馬”に頷くと王贈剣一型をメアリに返す。
「正直、実力では負けてたで御座る。故に誇れぬが、責務は果たせた……、そう思ってよう御座るかな?」
「はい、点蔵様は点蔵様の道で勝ちました。その事を私は誇りに思いますよ」
「それに」とメアリが指さす先、梅組の皆が集まっていた。
「皆様もそう思っているようです」
「クロスユナイト、良くやってくれた。これで徳川、武蔵は全勝。試練を乗り越えたと判断していいだろう」
正純の言葉にネシンバラが頷く。
「おそらくもう少ししたら里見側から何らかの連絡があるだろう。それまでに葵君たちを回収しないとね」
『それならもう終わったさね。ちゃんと三人と一匹、回収したよ』
直政の言葉に皆笑みを浮かべると正純が一歩前に出る。
「では、まだちょっと早いかもしれないが宣言しておこう。
━━━━これにて、第二の試練! 武蔵と里見家の相対戦を終了する!!
この後は伊豆で一泊だ! みんな、美味いものでも食べて、明日の小田原行に備えよう!!」
「「Judgment!!」」
***
枝に掴まり、遠く離れていく曳馬を見上げながら風魔小太郎は嘆息した。
『随分とやられたじゃないか』
「ふーん、儂途中までは勝ってたもーん。あれは不意打ちだもーん」
『往生際の悪い』と表示枠に映る壮年の男の言葉に小太郎は笑う。
「氏康大将、若いってのはいいですのう」
『突然どうした?』
「いや、なに。誰かを信じてひたすら前に進む。儂にもそんな時代があったなあと思いましてな。
いつからその“若さを”失ったのかと」
『我らの時代では仕方あるまい』
「たしかに。ですがあの若造どもと相対してみて思ったのですよ。儂らもああなれた未来があったのだろうかとね」
仲間と手を取り合って、和気あいあいとやっていけた可能性。
そんなものがあったのだろうか?
『過去に捉われるなよ? 過去を変えようとするのはその時代を必死に生きた多くの者たちへの侮辱だ。
だからそうだな、これからそうしていけばいいのさ。
何の手違いかは知らないが、蘇ってしまった命。せいぜい前向きに使おうじゃないか』
「そうですな。若造を羨むのではなく、儂らもそれに倣えばよい。そう言う事ですな」
きっとあの若造どもなら何かを変えてくれる。
それを信じて今は……。
「帰って、茶でもするかのう?」
そう笑みを浮かべるのであった。
***
駿府の北方に存在する甲斐。
そこは山々に囲まれた土地であり、夏は日照るような暑さで、冬は極寒の地となる。
連なる山々は白く染まり、時折山の麓にドーム型の都市が見えた。
そんな甲斐に存在する諏訪大社。
雪に埋もれ、真っ白になった神社をノリキが歩いていた。
諏訪の港で姫海棠はたてと別れた彼は一人、諏訪大社を訪れる。
雪掻きが行われた境内への道を進むと本宮が見えてき、思わず立ち止まった。
「…………」
境内の真ん中。
そこに見慣れないものが聳え立っている。
それは人型であり、黒と白を基調としたカラーリングで、背中には赤い翼が生えている。
まるで少年向けアニメに出てくる主人公機のような容姿に思わず足を止めてしまい、首を傾げた。
「新型の武神か?」
「ふ、ふ、ふ! 気になります? 気になりますよね!」
突然背後から声を掛けられ振り返ればそこには長い緑の髪を持つ、巫女が立っていた。
彼女は得意げな表情でノリキの横に立つと鉄(くろがね)の巨人を見上げる。
「うちの新しい御神体です。人呼んで非想天則! どうです!? 格好いいでしょう!?」
放送規定や著作権に色々と引っ掛かりそうだなと思いながら取りあえず頷く。
すると巫女は機嫌を良くしたらしく得意げに此方の正面に回ってきた。
「これ以外にも色々ありますよ! 例えば、このお酒! 地獄の醸造所で作られたお酒!
飲めば一瞬で体が温まり、頭の中はさながら百鬼夜行!
続いての商品は……」
「待て! その話はあとで聞こう。ちょっと聞きたいことがある」
頬を膨らませながらどこからか取り出した酒瓶を地面に置くのを見ながら“巫女は商売が好きなのか?”と思っていると巫女が「さて」と此方と向き合う。
「何かご用でしょうか?」
「術式の向上をしたいんだが、やってもらえるか?」
「ええ、それでしたら直ぐにでも。あ、名乗り遅れましたが私は東風谷早苗。諏訪神社の巫女をしてます」
早苗はそう名乗ると笑みを浮かべ「では」と本宮の方を指さした。
「とりあえず中に入りましょうか?」
***
「術式の向上には二時間ほど掛かりますがよろしいですか?」
「随分と早いな。頼む」
「うちは神様が協力的ですから」
そう微笑むと早苗は表示枠の操作を始めた。
早苗に本宮近くの休憩所に招かれると和室に入り、お互いに折り畳み式の座卓を挟んで向かい合うように座った。
暫く早苗は黙々と作業を行っていたが「あ」と言うと立ち上がり、奥の部屋に向かう。
三分ほど待つと湯呑と煎餅を入れた皿を持って戻って来た。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「いえいえ」と彼女は再び座り此方をじっと見てきたので「どうした?」と訊くと彼女は「えっと」と言う。
「極東の制服ですよね? それ。
という事は、武蔵の生徒ですか?」
「…………そうだが」
「あ! 別に徳川がどうのこうのとか言うつもりはありませんよ?
ノリキさんはうちの氏子ですので、基本、諏訪大社はノリキさんの味方です。
ただ……」
「ただ?」と訊きかえすと早苗は困ったような表情を浮かべる。
「学校、ちょっと羨ましいなって」
「見たところ同じくらいだが、教導院には通っていないのか?」
「はい、私、もともとは幻想郷の外に住んでいた人間で幻想郷に来る際に高校を辞めたんです。
それから学校と言える施設には行ってなくて、ちょっと羨ましいなと」
湯呑に一口つけると苦笑している早苗を見る。
「こっちに来てから教導院に通うこともできただろう?」
「はい、武田の方々もどうだって言ってくださいましたけど…………。
━━━━一度逃げた癖に今更戻るなんて」
最後の方は小声で良く聞こえなかったが何か事情があるのだろう。
それに他人である自分が首を突っ込むのは良くないと思い「そうか」と言うと会話が途切れる。
そのまま互いに沈黙していると玄関の方から「さなえー」と言う呑気な声と共に誰かが上がってきた。
「あ、諏訪子様」
背後の障子が開かれ、小柄な少女が現れる。
特徴的な目のついた麦わら帽子を被った少女。
彼女の事は知っており、互いに目が合うと……。
「へえ?」
「!!」
立ち上がるよりも早く押し倒され、馬乗りされた。
***
甲斐から信濃まで飛んでいた姫海棠はたては真田の領土に入ると森に着地し「さて」と呟く。
ついに戻ってきてしまった。
正直言うと今すぐにでも帰りたい。
だがケリをつけてくると言ってしまった体面、中途半端なことなど出来ない。
「ん~、最初にあう奴が重要よねえ……」
やはりここは筋を通して、昌幸様だろうか?
いや、今の自分の状況からして彼に会うのは難しいだろう。
最悪捉えられて斬首だ。
ならもう少し下の人。
そう例えば先代佐助とか……。
━━って、天竜に会う方が難易度高いわよ!
そうなると同族。
でも私、同族に知り合い少ないしなー。
今更になって己の交友関係が非常に狭い事に悲しくなる。
知り合いと言えるのは……椛と文で、文は駄目ね。うん、あいつと会ったら碌な事にならない。
さてどうしたものか?
そう悩んでいると眼前に着地する姿があった。
「お?」
眼前に着地してきたのは少女だ。
白いく短い髪にはかま姿の犬耳少女は此方を見ると明らかに怒りの表情を向ける。
「はたて様! いったい何をしているんですか!! 貴女は!!」
「ステイ、ステイ、椛、ステイ」
椛と呼ばれた少女は「犬扱いしないでください!」と怒鳴るとため息を吐く。
「……本気ですか?」
「本気よ。だから私は戻ってきたの」
「同族への裏切りですよ?」
「そうね。覚悟は出来てるわ」
椛が提げている刀を指さし、自分の首をチョップで軽く叩く。
「斬りたきゃ斬りなさい。それがあんたの仕事でしょう?」
そう言うと椛は唇を噛みしめ、俯く。
自分が卑怯な事を言っているのは自覚している。
椛には私を斬れないだろう。
「……どうするおつもりですか?」
「昌幸様に会いたいわ。そこで武蔵とともに行くことを話す」
「殺されるかもしれませんよ」
「ええ」
互いに視線を逸らさず見つめ合うとやがて椛が諦めたように目を逸らした。
「分かりました。案内しましょう。私が同行していれば直ぐに捕らえられることはないでしょう。
そのあとの事は貴女次第です」
「ありがとうね。椛」
笑みを浮かべ、そう言うと椛も苦笑した。
それから椛は辺りを見渡すと「では、そろそろ……」と言うが、その瞬間突風が吹いた。
この懐かしいようなそうでもないような感じの風。
スカートを押さえながら大地に落ちて来た突風の中心を見ながら身構える。
少女だ。
此方と似たような服を来た少女は黒く大きな烏の翼を伸ばし、羽を舞い上げる。
そして短い髪を風で揺らしながら首を回し「さて」と呟くと不敵な笑みを浮かべる。
「…………文」
「お久しぶりですね。はたて。ちょっと色々とお話をしましょうか?」
少女━━射命丸文がそう言うと両者は睨み合うのであった。
伊豆相対戦その3。相対戦の終了。場面は諏訪へ。