午後六時。
外はすっかりと暗くなり、品川の道には今日の作業を終えた人々が帰り支度をしたり
友人と歓談を行っていた。
そんな道を通り、臨時の英国大使館に入る姿があった。
アリス・マーガトロイドだ。
彼女の腕には分厚いハードカバー本が抱かれており、その表紙には“魔導兵器大全”と記されている。
先月の戦いでゴリアテを失った彼女はその修復作業を行っており、更に強化の為にパチュリー・ノーレッジから本を借りたのだが……。
━━これ、完璧にゴーレム系の本だったわね。
ゴーレムの技術も人形にそれなりに転用することは出来るのだが、自分が知りたかった物とはちょっと違った。
そう自分が今一番に興味を持っているのは自分の人形たちに魂を吹き込めないかだ。
あの時、エリーが操る“残骸巨兵”との戦いのとき、ゴリアテに意思を感じた。
もし人形たちに意思が宿ればそれは素晴らしいことであると同時に円滑なコミュニケーションが取れ、より効率よく戦うことが可能だ。
━━やっぱり自動人形の研究をするべきね。
自動人形には一般的には感情が無いとされているが、“武蔵”や“曳馬”を見ているとその事に疑問を感じる。
今度武蔵が行くのは関東連合。自動人形大国である。
いろいろと学ぶ機会を得られるだろう。
そう思いながら階段を上がり、二階の廊下に出ると右側にパチュリーの部屋が見える。
光の漏れている扉の前に立ち、ノックをしようとした瞬間部屋の中から爆発音が聞こえた。
「パチュリー!?」
慌てて扉を開け、部屋に入れば蔵書が散らばった床の上にひっくり返っているパチュリーの姿があった。
***
「それで? 何をしてたの?」
本棚の前に置かれていた足場台に腰を下ろしそう訊くとひっくり返った椅子を戻し座りなおしたパチュリーが自分の前にある丸机の上を指さす。
「これの実験をしていてね」
「これ?」と立ち上がり近づいてみれば机の上に砕けた結晶石があった。
「この前の戦いで八雲紫が使用していた流体増幅器、それの小さいやつを作ろうと思ったんだけどうまくいかなくてね」
そう言うと彼女はため息を吐く。
「今更ながらだけど、私たちはこの石についてまったく分かっていないのよね。
よくもまあこんな未知の物体を使おうと思ったものだわ」
「それは……仕方ないところもあるわね」
この世界に飛ばされた直後、人々が求めたのは新たなるエネルギー源であった。
未知の世界に飛ばされ、大きな戦争に行い疲弊した人々は復興を目指した。
だがまだ地脈の整備が行われておらず、ほぼ未開拓であった不変世界でエネルギーを確保するのは困難であり復興作業は難航した。
そんな時に発見されたのがこの結晶石だ。
流体を封じ込めることのできるこの石は七耀石の代わりとなりゼムリア出身の人々には重宝された。
またそれ以外の人々にも広まり、現在では多くの物に利用されている。
「外界探索だってそう。この七年間、人々は自分たちの身を守るのに必死でこの世界を調査するのを疎かにしていた。
それで最近になって外界調査や遺跡調査、結晶石の解析が始まったけど……」
「……この戦争ね」
パチュリーは頷く。
せっかく情勢が落ち着き、世界が次の段階の行こうとした時に戦争が起きた。
一見また世界が停滞したように思えるが……。
━━実は物凄い勢いで動こうとしているのじゃないかしら?
“終末”“破界計画”“怪魔”“概念核”。
それらの謎に、世界の秘密にこの徳川は触れようとしている。
「事が深刻になる前にそれなりの対策はとっておく、そういうわけね」
「ええ、この結晶石の正体から何か秘密が分かるかもしれない。
天人が見たっていう黒い結晶石も気掛かりだし」
巨人型怪魔と天子たちが交戦した際に天子が見た黒い結晶石。
それは巨人型怪魔の胸に埋め込まれており、怪魔の力を増幅していたと聞く。
━━こういう時にお母様がいると助かるんだけど……。
魔界の神である神綺は魔術に非常に長けている。
彼女がいてくれれば結晶石の解析も捗るのだろうが……。
━━そういえば魔界はどうなったのかしら?
魔界と幻想郷はお隣同士だ。
幻想郷が異世界に飛ばされたとなると魔界にも影響が出ているかもしれない。
そんな事を思いながら借りていた本をパチュリーに返し礼を言うと扉の前に立つ。
それから振り返り。
「何か手伝えそうなことがあったら言って頂戴」
「あら? 珍しいわね?」
「ま、自分の事でもあるからね」
そう言うとパチュリーは小さく笑い、それから「その時は頼むわ」と頷いた。
そんな彼女に片手を上げ「じゃ」と言うと廊下に出る。
暗い廊下を月明かりが照らしており、そのほの暗さに懐かしさを感じる。
「お母様はどうしているのかしらね」
そう呟くと首を横に振り、歩き出すのであった。
***
『━━と、いう事だから頼んだわね』
遊撃士協会武蔵支部の受付で通神を行っていた西行寺幽々子は表示枠に映っている男性に頷く。
そして表示枠を閉じると二階から妖夢と新しくやってきた二人、レンと小鈴が降りてくる。
「幽々子様、どなたと連絡を?」
「本部のミシェルさんとね。詳しい事はエステルたちが帰ってきたら話すわ」
「ところで……」と妖夢が買い物鞄を持っているのを見ながら訊く。
「今から買い物?」
「はい、レンさんと小鈴さんの部屋の電灯が壊れちゃいまして。新しいのを買おうかと」
レンと小鈴は現在支部の二階、居住区の奥にある空き部屋に住んでいる。
もともと物置にしていた為、いろいろと整備が出来ておらず少しずつ家具を新しいものに変えているところだ。
「ああ、だったら新しい着替えとか大きめの旅行鞄とか買っておいた方が良いわよ」
此方の言葉に「どういう事ですか?」と訊くと同時にエステルたちが戻ってきた。
それを「お帰りなさいと」出迎えると妖夢の方を向く。
「先に話しちゃいましょう」
***
支部の応接間にティータを含めた全員が揃い、妖夢がお茶を配り終えると幽々子が「さて」と皆の注目を集めた。
「さっき本部の方から指示があったのだけれど、私たちは小田原に向かう事になったわ」
「小田原に?」とヨシュアが訊き返してきたので頷く。
「小田原で本部から派遣された正遊撃士と合流後、私たちも崩落富士に向かうわ」
「よく関東連合が承認したわね。聖連影響下の遊撃士協会と関東連合は対立こそしてないけれど、友好的ではなかったのでしょう?」
レンの言うとおりだ。
聖連に支配されているわけではないがその影響下にある遊撃士協会と反聖連の関東連合はあまり折り合いが良くない。
その為東側には遊撃士協会の支部が無く代わりに神社が怪魔討伐や人々の手伝いを行っている。
「それだけ大事になっているという事ね。あと彼らにとって最大の不安要素が今関東に居る」
表示枠を開き、画像を映すと皆に見せた。
その画像にエステルたちは息を呑み、レンは険しい表情を浮かべる。
「……アイオーン」
画像には鳥型の武神、アイオーンγが映っている。
「ま、待ってよ!? アイオーンはα以外倒したんじゃ!?」
「……あれから七年経っているんだ。新型が開発されていてもおかしくない。
幽々子さん、これは関東で?」
「ええ、関東連合から送られて来た情報よ。
以前のアイオーンγと形状は異なるけど間違いなく同型でしょう。
そしてこれが存在するとなると……」
「……βも復活もしくは改良型が出来ている」
レンの言葉に皆は注目した。
クロスベルで行われたアイオーンとの戦闘では多くの損害を出して勝利した。
その損害の中に彼女が大切にしていたパテル・マテルも含まれている。
「大丈夫よ、エステル。私の事なら」
心配そうにしているエステルにそう微笑むとレンは話の続きを促す。
「関東連合にとって<<結社>>は未知の敵。
神機の存在は脅威よ。そこで<<結社>>との交戦経験を持つエステル、あなた達が選ばれたの」
関東に派遣される遊撃士は皆、結社と交戦経験がある精鋭達だ。
本部もそれだけ事態を重く見ている。
「幽々子さん、もしかして今関東で起きている事態の裏には……」
「私や上層部も同じことを思っているわ。今回の怪魔の出現、その裏には結社が存在しているのではないかって」
だがあくまで憶測だ。
今回の一件が本当に単なる偶然である可能性だってある。
「でも、現状で私たちに出来ることは無いわ。
今は兎も角、小田原に向かい他の遊撃士たちと合流後<<結社>>を警戒しながら崩落富士に武蔵と共に向かう」
「えっと、じゃあ幽々子様。私たちも明日伊豆に向かうのですか?」
「いいえ、私たちは小田原に直接向かうわ。その為に飛空艇の手配とかしなきゃいけないけど」
そう言うと先ほどまで黙って話を聞いていたティータが「あのぉ」と手を上げた。
「私たちの飛空艇を使いますか? 明後日に私、小田原に帰るのでその時に一緒に」
「それは……あり難いけど大丈夫なの? 勝手にそんな事をして」
「はい、お爺ちゃんに後で連絡しますけどたぶん大丈夫だと思います」
ティータに感謝の言葉を述べると表示枠を操作し、本部への報告書を書く。
「それじゃあ、明後日にティータちゃんの飛空艇で小田原に。メンバーは武蔵支部全員で……」
「私も行くわ」
レンが手を上げる。
━━まあ、当然よね。
元<<結社>>の執行者である彼女が同行してくれるならあり難い。
エステルたちの方を見れば二人は黙って頷き、了承の意思を見せる。
<<結社>>の存在を考えればもっと戦力が欲しいところだが英国の事も考えるとこれが限界か。
「関東では何が起こるか分からないわ。
だから明日は用心して皆関東入りの準備をして頂戴」
そう言うと皆は力強く頷くのであった。
***
「はい、では全員集まったみたいなのでさっそく始めましょうか」
敷かれた布団の上でパジャマ姿のアデーレがそう手を上げると同じくパジャマ姿の天子が手を上げた。
「……来たのは良いけど、これ何の集まりなの?」
夕食後突如アデーレから『ミトツダイラさんの家に集まれませんか? パジャマ持参で』と通神が来たので何となくミトツダイラの家に来てしまった。
━━いや、パジャマパーティーに心惹かれたとかじゃないわよ!? うん!
家を出るときに衣玖がやたらと嬉しそうにしてたが、保護者か! あいつは!!
いや、保護者よねえ……。
今思えば自分は彼女に世話されっぱなしだ。今度労わろう。
周りにいるのはミトツダイラにアデーレ、そして鈴と自分だ。
この面子、一目で共通点が分かる。
「……貧乳同盟集会?」
だとすると貧乳カテゴリーに属しているナルゼも来るのだろうか?
「あ、第四特務は私用で来れませんよ。なんでも関東行く前に描き途中の原稿を終わらせるとかなんとか」
「これ、徹夜コースですわね」とミトツダイラが苦笑すると皆も苦笑した。
「えーっと、それで? もう一度言うけどこれは何の集会かしら?」
「あの、ね? あした、義康さんが、来るから」
「彼女をどう歓迎するかを話しましょう、と言う事ですわ」
成程、里見・義康は元武蔵勢だ。
明日の相対戦後、合流する可能性が高い。
「ならみんなで話し合った方が良いんじゃない?」
「Jud.、 梅組としての歓迎もしますけどこちらはこちらでやろうかと」
「どういうことだ?」と首を傾げるとミトツダイラが「ほら、天子。彼女の姿を思い出して」と言ってきたので記憶を掘り返す。
里見・義康は武蔵が徳川に合流後直ぐに里見に戻ってしまった為、自分は彼女とほとんど会話をしていない。
えーっと、どんな感じの奴だったっけ?
確か、こう背が小さくて、そう、なんか動物っぽかった。
青い感じの動物で、あれ? 青い動物何ていたっけ?
青い、動物、小さくて、あー……。
「魚か!!」
「……私にはどうしてそうなったのか理解できませんわ」
「ほら、天子、さん。里見、で有名な奴」
里見で有名……里見八犬伝?
ああ、そうだ。確かに犬っぽかった。
そうだから……。
「犬魚人間!! うわあ、キモッ!?」
「どうしても魚の部分は譲りたくないんですのね!!」
***
・俺 :『つーかYO。画像見せちゃえば良くね?』
・銀 狼:『それもそうですわね……って!? 我が王!?』
・あさま:『あー、一応トップのトーリ君も知っておくべきかと思いまして回線は繋げてます。
あ、これやばい話だなって此方で判断したら直ぐに閉じますので安心してください』
・賢 姉:『ちなみに話の内容はこっちも拾ってるからね! 総長の姉権限よ!!』
・天人様:『どうしよう……すごく帰りたくなってきたわ……』
・あさま:『ま、まあまあ。ところでトーリ君、彼女の画像持っているんですか?』
・俺 :『おう、持ってるけどこれ一応本人に確認した方が良いよな?』
・銀 狼:『まあ、そうですわね。勝手に写真を見られるのは快くありませんわね』
***
・俺 :『なあ、ペタ子』
・義 :『ん? 何だ? 久しぶりだな。明日の試練の事か? それなら悪いが言えないぞ?』
・俺 :『いや、そうじゃなくてな。ほら、こっち来てから出会った天人がいるだろ?
そいつにオメエの写真見せたいんだが、いいか?』
・義 :『ああ、彼女か。彼女とはほとんど会話せずに里見に戻ってしまったからな。いいぞ。
……ところで、いつ私の写真を撮ったんだ?』
・俺 :『あーっと、ほれ、神州の時にアデーレと風呂覗きに行ったやつ。
あん時の写真がフォルダーの奥の方にあったから……』
・義 :『貴様ぁ━━━━!!』
***
トーリから画像が送られてき、開くと風呂に浸かった少女の写真が出てきた。
それを半目で見ながら「ああ、こいつか」と言うと直ぐに画像を閉じる。
後であの馬鹿をシメるとして、なぜ自分たちで歓迎会をするのかが分かった。
「貧乳同盟の一人ね」
残りの全員が頷くと真剣な表情になる。
「里見・義康さんは武蔵の貴重な貧乳戦力。彼女が加わってくれれば大きな戦力強化になります。主に私たちの」
それは……重要な事じゃないか……。
「アデーレ……良く呼んでくれたわ!」
二人で力強い握手をするとさっそく会議を始める。
「で、歓迎会って何をするの? やっぱり食事会とか?」
「食事会は普通の方でやるんで無しですねー。伊豆の翌日に小田原向かう事考えると一日で済ませないといけませんし」
「つまり、簡単な二次会みたいなものが出来ればいいんですのね?」
「だったらやっぱり“空詠み”かしら?」
伊豆で歓迎会の食事をし、温泉に入ってそれから私たちで“空詠み”。
親睦を深めるなら良いプランだ。
「そう、いえば。天子、さん、“空詠み”、上手だよね?」
鈴の言葉に皆頷く。
「天子、天界には“空詠み”がありましたの?」
「いや、そんなものないわよ? でも、父様の意向で歌詠みの勉強とかしてからそれを活かしてるわね。
あと歌のレパートリーはトーリから黒盤借りて聴いているわ」
トーリは芸能系を信奉しているだけあって音楽や舞に関して詳しい。
マイナーな作品とかも持っていたりしているので度々借りている。
「天子さん、やっぱりだいぶ変わりましたよね」
アデーレの言葉に「そう?」と訊くと「そうですわね」とミトツダイラが頷く。
「天子、最初のころは何というか全員と壁を作ってましたけど、特に我が王の事はその、ゴミ虫を見るような目をしてましたわね」
***
・俺 :『え、まじで!?』
・● 画:『あー、あれは色々と凄かったわね。完全に底辺を見る目だったわ』
・天人様:『いやあ、あの時は……ね。で、でも今は蛆虫からカブト虫にランクアップしたから』
・俺 :『結局虫かYO!!』
***
「まあ、何となく理由は分かりますけど天子、どうして我が王の事をそんなに嫌っていましたの?」
どうしてと言われても困る。
最初に出会った時から苦手だった。あえていうなら……。
「存在がふざけていたから?
ほら、一番最初に会った時あの馬鹿が全裸で抱き付いてきたから……あの時は鳥肌がたったわ」
最初の出会いで行った戦い、あの時いつの間にかに近づいていた全裸に気が付けず不意打ちを喰らったことで敗北が決定的になった。
「それは……嫌われも仕方ありませんわね……」
苦笑するミトツダイラに苦笑を返す。
だがそれだけではない。
自分は彼が認められなかったのだ。
何の実力もないくせに理想を語る彼に当時の自分は苛立ちを感じていた。
だが今なら分かる。
彼には力はない。
だが、だからこそ彼は仲間と共に歩み、仲間の不可能を一身に背負っている。
そしてそんな彼だからこそ仲間たちは彼を支え、進む。
━━私もその中に加われたのかしらね?
そうでありたいと思っている時点で自分は変わったという事だろう。
その事に口元に笑みを浮かべていると鈴が此方を向く。
「天子さん、は、トーリ君、の、事好き?」
突如横でミトツダイラが噴出した。
「す、鈴!?」
「うん、天子さんは、今、トーリ君の事、好き?」
真剣な鈴の言葉にミトツダイラもアデーレも沈黙し、こちらに注目する。
━━……好きか。
どうだろうか?
確かに昔に比べてトーリの好感度は上がっているのだろうがはっきりとは分からない。
でも話していて悪い気はしないし、むしろ最近は楽しいと感じる。
そうだからきっと自分の今のこの感情は……。
━━友人として。
「好きよ」
そう笑みを浮かべて素直に言った。
天子の爆弾発言。外道どもに餌を与えてしまった……。