あと今話では独自解釈と微妙なキャラ崩壊(?)があります。
具体的には水銀がはっちゃけます。
『ァ……アアアア゛ア゛――――――――!!!』
男は絶叫を上げる。
そこに込められた感情は絶望。喉が破れかねないほどに、自身が憤死しかねないほどに叫ぶ。きっと、そうでもしなければ彼は壊れてしまうから。
黄昏の守護者にして、女神の断頭の刃であった藤井蓮は、座から追放される。他ならぬ、最悪の邪神の一撃によって。
恋人のいる座に、汚らわしいという言葉では収まりきらない、おぞましい気配が潜っていったのを感知したのは、つい先ほど。時間にして1時間も経ってはいない。
藤井蓮同様にそれを察知した、歩く特異点として世界を彷徨っていた
『汚らわしいんだよォ!!オレを囲うんじゃねェ――――!!!!』
―――おぞましい気配の主が
その邪神は、自身の魂の質量の膨大さゆえに他者を認識できなかった。しかし、彼を
その邪神は見抜いていた。女神の本質を。たとえ救いようのない存在でも抱きしめてしまうという渇望を。
ゆえに邪神は選択した。
だから
―――そうしなければ天狗道は完成しないのだから。
しかし敗れた。獣は八つ裂きにされ、水銀は消し飛ばされた。そして藤井蓮も邪神の一撃で、致命傷を負い、そのあまりの衝撃で座から弾きだされた。
座に残ったのは彼の恋人、愛しい女神と名を口にすることもはばかられる邪神のみ。
恋人の死を看取れなかったのは不幸か、それとも愛しい人が邪神の手にかかる様を見ずにすんだのは幸運なのか……。それは分からない。
ただ確実なのは、彼の恋人が死んでしまうということ。黄昏が砕かれるのは、もはや誰の目から見ても明らかだった。
『司狼……氷室先輩……香純……』
何の因果か、座から追放された藤井蓮は彼の故郷にたどり着く。それは女神の祈りか、偶然か。
彼は”愛しい刹那”に欠かせない魂をかき集める。邪神との戦いで自分同様に傷ついた友らを。また、邪神の脅威を目の当たりにした現状、好き嫌いを言える状況ではない。ゆえに獣の爪牙ら、
死に瀕し、死に物狂いで掻き集めたが、それでも何人かは手から零れてしまった。
『海は幅広く、……無限に広がって、流れ出すもの』
神威が収束する。覇道が一点にて、渦巻く。莫大な神気が集まり、大気が震える。
座での戦闘時に覇道を流出させていたが、それも邪神の一撃で大部分が揺らいでしまった。だから血を吐きながらでも、たどたどしくとも、もう一度
遊佐司狼が、氷室玲愛が駆け寄り、彼の身を案じる。しかし、それに構う余裕もない。
『――――――どうか、この瞬間に、言わせてほしい』
1秒後か、10秒後か、それとも刹那の先か。邪神が女神を殺して、世界法則が書き換えられるのは。もはや一刻の猶予もない。
自ら鎖していた覇道だが、あの邪神を見て、直感した。奴が
だから妨げねばならない、自身の全てを懸けてでも――――
『時よ止まれ 君は誰よりも美しいから』
ああ、愛しい人よ。誰よりも美しい君を、守ることができなかった。奴が目の前にいる今、君が味わっているだろう恐怖はどれほどなのだろうか。
『永遠の君に願う 俺を高みへと導いてくれ』
永遠に繰り返したい、幸せな刹那への願いが変わる。邪神への憎悪が込められて、君に捧げる
いつまでも変わることなく、一緒にいられると思っていたのに。もはや女神は永遠でなくなってしまう。
『
大気の震えが止まる。それはさながら、災害の前に生じる不自然なほどの静けさか。神が織り成す
血の涙が頬を伝う。身も心も、赤銅に染まっていく。邪気など微塵もなかった神威が、おどろおどろしいものへと変貌していく。
その身は
『すまない、マリィ……』
意識が憤怒に呑まれないうちに、謝っておきたいんだ。
君とともに歩むことは出来ないうえに、これから俺はこの世界に地獄を作り出す。新世界は生まれるのだろうか。奴を倒すことは出来るのだろうか。
何も分からない。これから先の世界は、きっと闇に閉ざされるだろう。奴が作る狂った世界と、俺が作り出す無間地獄で。
ただ、俺は君への愛だけは忘れない。きっと黄昏に負けない輝きが生まれるはずだから。俺が捧ぐ愛で、新世界へとつなげるから。だからどうか―――――――――――
『
天より堕ちて、世界の完成を阻む”天魔”が生まれる。かくしてここに無間は成る。それは万象天魔が望まぬものは停止する大紅蓮地獄。またその地は神無月にして、黄昏の墓標なり。
これは、新世界を夢見て疾走した男の物語。
◆◇
「まずは白夜叉に会いに行くといい、ツァラトゥストラよ」
「……?」
黄金の獣、ラインハルト・ハイドリヒが夜刀に話しかける。
何千振りのマリィの心からの笑顔に、「花よ、跪かせていただきたい……いや踏みつけてほしい!!」と暴走しかけた水銀に夜刀が殺意を覚え、ラインハルトが
「その人物がどうしたと言うんだ?」
”人”として転生を繰り返していたとはいえ、それでも夜刀はラインハルトのことは嫌いだった。しかし、その蟠りも波旬との争いのうちに減じていた。ゆえに夜刀が獣に返した言葉には、隔絶といったものはほとんどなかった。ただ純粋に疑問を放っただけだった。
「白夜叉は太陽の主権の過半数を握っている。それゆえに、この箱庭において重要人物と言っていいだろう」
「……それだけか?」
黄金が会うように勧める人物が、この世界で重要だと。果たしてそれだけなのかと、夜刀は聞き返す。
「否。我らにかけられた
「ああ。俺たちは、
波旬のような、全生命を根こそぎ消滅させる存在に対する
間違っても”座”の世界と”箱庭”の世界両方で生命が全滅することを避けるための処置である。座を偶発的にでも作り上げた科学者たちが施した、”座”悪用に対する複数の安全策のうちの一つ。
そしてそれは彼らとて特に問題としていない。
「箱庭が
「いや、大丈夫だ。やつらなら問題ないだろう」
俺たちの出番はないだろうよ、と夜刀は東征軍の面々に全幅の信頼をおいていた。波旬の細胞ではあったが、夜刀たちとの戦いで天狗道からの脱却を示してきた。ゆえに波旬の支配から脱することは出来るだろうし、そうしてもらわねばならない。
「ふむ、だがそれが問題ではない。カール、それに女神が箱庭に来たことで不測の事態が起きた」
第1天『二元論』――――私は善であり、私が討ったのは全て悪である、ゆえに世界よ、
第2天『堕天奈落』――――生まれながらの善とは、常に悪に窮地に追いやられる存在、ならば善などいらぬ、万象罪を抱いて堕天せよ
第3天『非想天』――――ああ嘆かわしい、原罪など許せはしない、ならば私が罪深きこの世界を救世して見せよう
第4天『永劫回帰』――――私は認めない、女神と出会う既知だけを愛し、そして
第5天『輪廻転生』――――みんな、みんな、幸せになっていいんだよ、大丈夫、わたしがあなたを抱きしめるから
「
箱庭ではより長い時を生きたものが、より高い霊格を得る。それはパラドックスを防ぐためのシステムである。そして、そのシステムによって、
「
白夜叉という存在がいる。彼女は”天動説”そのものであり、太陽の主権を過半数所持している。
天動説とは、地球が宇宙の中心であり、太陽と月そして天の星々が周りを巡っているというもの。しかし現在ではこの説は当然ながら否定されている。万有引力、向心力、円運動、公転周期……などがより合理的な説として、”地動説”を支えている。もちろん地動説で考えたほうが、科学として予測がつくし、不自然でないふるまいをする。
ここで言いたいのは
たとえ天動説の
そして第4天と第5天が箱庭に来て、座の概念が持ち込まれた。それが箱庭の悲劇の始まり。
始まりの理、もっとも古き
明けの明星の理、蛇の先代の
もっとも、これらはすぐさま箱庭上層部によって、誤った認識であるとして否定された。
そして実を言うと、これは
上層の否定により、多少は弱体化したが、あながち間違ってもいないために”座”から受ける恩恵を全て打ち消しきれたわけではない。
「だからね、レン。ディストピアにはみんな困ってるの。それに……」
「それに?」
ラインハルトとばかり話していた夜刀に嫉妬したのだろうか、夜刀の腕を胸で包み込むように抱きしめながら、マリィが夜刀にぎゅっと近づく。暖かく、柔らかな感触に夜刀は笑みをこぼす。
「それに、わたしたちは何も手伝えないの。わたしたちはこの世界で、戦うことは出来ないから」
「害すことができない制約か」
「しかし、一つだけ抜け道があるのだ。我が息子よ」
彼らの会話に水銀が割って入り、それに全員――獣と女神を除く――が嫌そうな顔をする。特に息子と呼ばれた夜刀はことさら顔をしかめる。
水銀がいなければ夜刀が生まれることもなかったので、息子という表現は間違いではない。しかしそれを認められるかは別問題だ。
ラインハルトは愛と破壊が結びついた
「お前に息子と言われたくないんだが……」
「それに……それだと、わたしはカリオストロのことを
その瞬間、メルクリウスは雷にうたれる!
メルクリウスは次の座を譲ろうとして、数々の努力を重ねてきた!そしてそれら全ての苦労――本人による補正有――は、この瞬間のためのものだったのだっ!既知しか味わえない世界で、唯一愛した
「ふっ、ふふふ、フハハハハハ。……ハッハハハハハハハハハハハ!!!!ハッハハは」
刹那、時間が止まる。メルクリウスが絶頂したかと思えるほど、歓喜に震えた様子に夜刀が危機感を覚え、即座に水銀のみ時間停止させたのだ。
「箱庭の住人でなければ、使えるな。そしてこれが
「うん早く行こう」
夜刀もマリィも、水銀に目をくれることなく、去っていく。マリィは夜刀の腕をしっかりと抱きしめながら、道案内をする。そしてそれ以外の面々も、(当然水銀は放置して)夜刀たちのあとを追う。
「マリィちゃんは左で、私は右ね」
「あっ、ずるーい!じゃあ私は背中かなー。いいでしょロートス?」
「おっと……。歩きにくいから、今はやめてほしいんだが……」
『ダメよ!』
女性陣のダメ出しを受けて、夜刀は苦笑いをする。
夜刀の元へ近づきたくて、でも恥ずかしいためにその場でうずうずする櫻井螢に、
「人気だなー、大将」
「もてもてだねー、蓮くん」
そしてそれらをからかう
「ふむ……。先に行って、白夜叉と話をつけているぞ。卿ら、後から来るといい」
ラインハルト・ハイドリヒは
今だ、波旬の脅威が収まったわけでなく、また箱庭の裏でこそこそと動いている連中も放ってはおけない。
「魔王連盟だったか……」
「そして切り札となるは
そこにいたのは三千世界の悉くを破壊する獣ではなく、冷徹に思索を巡らす狩人だった。
◆◇
「――――――――……ということだ。納得してもらえたかのう?」
「ああ、理解した。ディトピアらが箱庭では手に負えなくなったために、俺たちの力が必要だと。そして俺たちが箱庭で戦うためには、
「うむ、その通り」
「それで最強の魔王として名をはせた白夜叉が、俺たちの後ろ盾となるということか」
「ああ。どんと任せよ!」
大船に乗ったつもりでいるとよい!と、胸を張って言う
覇道神らは箱庭の住人を傷つけることは禁じられている。しかし箱庭は脅威にあふれており、それを放っておくことは出来ない。その対策こそが
覇道神は
あえて格上の存在を巻き込むことで、魔王を討伐させる
「下層で魔王が出現した場合はこの白夜叉が、上層での場合は斉天大聖が協力しよう。話はすでに通っておる」
「なるほどな……。礼を言う、白夜叉」
なあに、構わんよと、白夜叉は手持ちの扇子で煽ぐ。マリィの頭をなでるのをやめず、夜刀は思案にふける。……和室ゆえあぐらをかいて、膝の上に
「ふむ……。おんしとは詳しく語らってみたいのじゃが」
「すまない。先約があるゆえ、な」
な?とマリィへ問うと、彼女も嬉しそうに頷き返す。
「ちなみに、答えてもらえればでよいが先約とは?」
「レンにね、この世界のいろんなところを案内するの!」
ふふふ、と笑うマリィ。
彼女の現状を、箱庭に来たばかりの夜刀が尋ねていた時に頼みごとをしていたのだ。それは『箱庭を案内する』というもの。すなわち――――
「デートするの?なら明日は私の番ね」
「(むっ……)何言ってるのかな。明日は私の番に決まってるんだよ。お年寄りはこれだから……」
「あなただって似たようなものでしょう!?」
「はぁ……。無視してくれ」
「お、おう」
唐突に始まった
すると、白夜叉が顔を引き締め、真面目に夜刀へと問いかける。
「……一つだけ聞かせてくれ。波旬はどうするつもりか?」
けれど無言。夜刀は白夜叉の問いに答えを返さない。
なぜなら、それは意味がない問いだからだ。
夜刀は、自身と相対した坂上覇吐に光を見た。波旬を打倒し、新世界に相応しい輝きを見つけたのだ。ゆえに波旬が倒されるのは時間の問題だと思っている。
仮に波旬を倒すことが出来なくとも、そのときは箱庭で生まれた役割として、”座”へ乗り込み波旬を倒すだけである。
そしてこれらのことは白夜叉も理解している。蝦夷での決戦を観戦していたゆえに。
ならばどのような意味の問いだと言うのか。
「制約がある」
「じゃがのう、緊張感を保ってほしいと言うか、なんというか……。押し付けられる身ではないが。……しかし、なんとか箱庭の民を、奴の影響から外せられんか?」
「それこそ制約で不可能だ」
現在進行形で箱庭は
”座”の世界と箱庭が近づきつつあり、
補充要因として存在しているのに、彼らさえも消滅しつつあるのだ。
ゆえに白夜叉が夜刀に願っているのは、彼ら箱庭の保護である。もちろん、白夜叉は補充要因として考えているのではなく、同志や無辜の民が死ぬのを嫌がっての願いである。
けれど、それも夜刀にとっては意味がない問いである。制約によって縛られた身では、停止の覇道下に置くことも出来ない。数千年もの間、波旬と拮抗し続けた夜刀の力なら保護も可能だが、それが許されないのだ。
「すまないが、これはどうしようもない。主催者権限を使うのなら話は変わるが……乱発は出来ないだろう?」
「ああ、そうじゃのう……」
「それでは、失礼する」
主催者権限を使えば問題も解決するが、
それゆえに、
いつの間にか場所を移して、口論をしていたアンナと玲愛を、これ幸いとばかりに放置してマリィの手を取り、夜刀は外へ出る。
マリィも箱庭の現状に心を痛めている。しかし同時に、それが解決できないのはこの何千年の間に理解している。ならばずっと戦い続けてきた
目の前で苦しんでいる人を見捨てることなど
「どこに行こうか?」
「うーんとね……北の方はすごくきれいなんだよ」
付き合いたての恋人のようにイチャイチャしながら、二人は出ていった。
「……この辺にも見所はあるっての」
のろけに当てられた白夜叉は、やっていられないと言わんばかりの態度で呟いた。
シュピーネ「
ホントはこれ後編の予定だったんだぜ……?信じられるか、おい。
とりあえずアジ=ダカーハとディストピアですね。難易度はルナティックで済めばいいのですが……。
天動説自体が誤った学説ですので、そこまで無理はないはずです。
では次回は速めに更新しますので!(たぶん)