箱庭で語られる超越の物語   作:妖精の尻尾

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待  た  せ  た  な  !




あと今話では独自解釈と微妙なキャラ崩壊(?)があります。
具体的には水銀がはっちゃけます。


女神といちゃいちゃ(中編)

『ァ……アアアア゛ア゛――――――――!!!』

 

 

 男は絶叫を上げる。

 そこに込められた感情は絶望。喉が破れかねないほどに、自身が憤死しかねないほどに叫ぶ。きっと、そうでもしなければ彼は壊れてしまうから。

 黄昏の守護者にして、女神の断頭の刃であった藤井蓮は、座から追放される。他ならぬ、最悪の邪神の一撃によって。

 

 

 

 

 

 

 恋人のいる座に、汚らわしいという言葉では収まりきらない、おぞましい気配が潜っていったのを感知したのは、つい先ほど。時間にして1時間も経ってはいない。

 藤井蓮同様にそれを察知した、歩く特異点として世界を彷徨っていた水銀の王(メルクリウス)と、 ”人”として生を全うしようとしていた黄金の獣(ラインハルト・ハイドリヒ)。彼らも即座に座へとなだれ込んだ。そして、座に達した彼らが見たのは――――

 

『汚らわしいんだよォ!!オレを囲うんじゃねェ――――!!!!』

 

―――おぞましい気配の主が黄昏の女神(マリィ)一部(覇道共存機能)を砕いたところだった。

 

 その邪神は、自身の魂の質量の膨大さゆえに他者を認識できなかった。しかし、彼を囲っていた(抱きしめていた)ナニカは彼と比肩していたゆえに、初めて……いや二番目(・・・)に認識した他人だった。

 その邪神は見抜いていた。女神の本質を。たとえ救いようのない存在でも抱きしめてしまうという渇望を。

 ゆえに邪神は選択した。(他人)を排除するのではなく、まずはその囲い(抱擁)を壊そうと。目の前の(女神)は殺される直前でも、きっと邪神を抱きしめるのを止めないから。

 だから(女神)を跡形もなく消して飛ばして、世界に自分一人という実感を得るのではない。まずは一刻も早くおぞましく、汚らわしい(自分に触れている)ことを止めさせなければならない。

 

―――そうしなければ天狗道は完成しないのだから。

 

 永遠を操る刹那(藤井蓮)既知を司る蛇(メルクリウス)黄金に輝く獣(ラインハルト・ハイドリヒ)は抗う。特異点の外から座の内側へと、逆流現象を起こすほどの邪神を前に、絶望的な戦いを繰り広げる。

 

 しかし敗れた。獣は八つ裂きにされ、水銀は消し飛ばされた。そして藤井蓮も邪神の一撃で、致命傷を負い、そのあまりの衝撃で座から弾きだされた。

 座に残ったのは彼の恋人、愛しい女神と名を口にすることもはばかられる邪神のみ。

 

 恋人の死を看取れなかったのは不幸か、それとも愛しい人が邪神の手にかかる様を見ずにすんだのは幸運なのか……。それは分からない。

 ただ確実なのは、彼の恋人が死んでしまうということ。黄昏が砕かれるのは、もはや誰の目から見ても明らかだった。

 

『司狼……氷室先輩……香純……』

 

 何の因果か、座から追放された藤井蓮は彼の故郷にたどり着く。それは女神の祈りか、偶然か。

 彼は”愛しい刹那”に欠かせない魂をかき集める。邪神との戦いで自分同様に傷ついた友らを。また、邪神の脅威を目の当たりにした現状、好き嫌いを言える状況ではない。ゆえに獣の爪牙ら、黒騎士(ニグレド)赤騎士(ルベド)らも自身の庇護下に置く。

 死に瀕し、死に物狂いで掻き集めたが、それでも何人かは手から零れてしまった。

 

『海は幅広く、……無限に広がって、流れ出すもの』

 

 神威が収束する。覇道が一点にて、渦巻く。莫大な神気が集まり、大気が震える。

 座での戦闘時に覇道を流出させていたが、それも邪神の一撃で大部分が揺らいでしまった。だから血を吐きながらでも、たどたどしくとも、もう一度唱える(願う)

 遊佐司狼が、氷室玲愛が駆け寄り、彼の身を案じる。しかし、それに構う余裕もない。

 

『――――――どうか、この瞬間に、言わせてほしい』

 

 1秒後か、10秒後か、それとも刹那の先か。邪神が女神を殺して、世界法則が書き換えられるのは。もはや一刻の猶予もない。

 自ら鎖していた覇道だが、あの邪神を見て、直感した。奴が願う(渇望する)世界は碌なものではないと。奴の法則を完成させてはいけないと。

 だから妨げねばならない、自身の全てを懸けてでも――――

 

『時よ止まれ 君は誰よりも美しいから』

 

 ああ、愛しい人よ。誰よりも美しい君を、守ることができなかった。奴が目の前にいる今、君が味わっているだろう恐怖はどれほどなのだろうか。

 

『永遠の君に願う 俺を高みへと導いてくれ』

 

 永遠に繰り返したい、幸せな刹那への願いが変わる。邪神への憎悪が込められて、君に捧げる詠唱(魂の歌)は冒涜された。

 いつまでも変わることなく、一緒にいられると思っていたのに。もはや女神は永遠でなくなってしまう。 

 

流出(Atziluth――)

 

 大気の震えが止まる。それはさながら、災害の前に生じる不自然なほどの静けさか。神が織り成す渇望(祈り)が溢れる前兆か。

 血の涙が頬を伝う。身も心も、赤銅に染まっていく。邪気など微塵もなかった神威が、おどろおどろしいものへと変貌していく。

 その身は永劫破壊(エイヴィヒカイト)の正統継承者にして、水銀の継嗣。蛇の(ごう)によりて、(獲物)は決して逃がしやしない。

 

『すまない、マリィ……』

 

 意識が憤怒に呑まれないうちに、謝っておきたいんだ。

 君とともに歩むことは出来ないうえに、これから俺はこの世界に地獄を作り出す。新世界は生まれるのだろうか。奴を倒すことは出来るのだろうか。

 何も分からない。これから先の世界は、きっと闇に閉ざされるだろう。奴が作る狂った世界と、俺が作り出す無間地獄で。

 ただ、俺は君への愛だけは忘れない。きっと黄昏に負けない輝きが生まれるはずだから。俺が捧ぐ愛で、新世界へとつなげるから。だからどうか―――――――――――

 

新世界へ(Res novae)―――語れ超越の物語(Also sprach Zarathustra)

 

 

 

 

 

 

 天より堕ちて、世界の完成を阻む”天魔”が生まれる。かくしてここに無間は成る。それは万象天魔が望まぬものは停止する大紅蓮地獄。またその地は神無月にして、黄昏の墓標なり。

 これは、新世界を夢見て疾走した男の物語。

 

 

◆◇

 

 

 

「まずは白夜叉に会いに行くといい、ツァラトゥストラよ」

「……?」

 

 黄金の獣、ラインハルト・ハイドリヒが夜刀に話しかける。

 何千振りのマリィの心からの笑顔に、「花よ、跪かせていただきたい……いや踏みつけてほしい!!」と暴走しかけた水銀に夜刀が殺意を覚え、ラインハルトが対処した(殴った)。数千年もの間マリィをストーキングしてきた水銀に、対処し(拳でお話し)続けてきた黄金は伊達ではない。

 

「その人物がどうしたと言うんだ?」

 

 ”人”として転生を繰り返していたとはいえ、それでも夜刀はラインハルトのことは嫌いだった。しかし、その蟠りも波旬との争いのうちに減じていた。ゆえに夜刀が獣に返した言葉には、隔絶といったものはほとんどなかった。ただ純粋に疑問を放っただけだった。

 

「白夜叉は太陽の主権の過半数を握っている。それゆえに、この箱庭において重要人物と言っていいだろう」

「……それだけか?」

 

 黄金が会うように勧める人物が、この世界で重要だと。果たしてそれだけなのかと、夜刀は聞き返す。

 

「否。我らにかけられた制限(・・)には、卿も気付いているな?」

「ああ。俺たちは、この世界の住人を害すことが出来ない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 波旬のような、全生命を根こそぎ消滅させる存在に対する抑止力(カウンター)。それが箱庭における彼らの存在意義である。そしてそれゆえに、彼らが箱庭に住まう命を脅かすことは出来ない。

 間違っても”座”の世界と”箱庭”の世界両方で生命が全滅することを避けるための処置である。座を偶発的にでも作り上げた科学者たちが施した、”座”悪用に対する複数の安全策のうちの一つ。

 そしてそれは彼らとて特に問題としていない。殺人狂(シリアルキラー)がいない……わけではないが、別に彼らは神としての力を揮うつもりはないからだ。――――ただし平時ならば(・・・・・)

 

「箱庭が()の世界に近づいている現状、(波旬)との決戦も近い」

「いや、大丈夫だ。やつらなら問題ないだろう」

 

 俺たちの出番はないだろうよ、と夜刀は東征軍の面々に全幅の信頼をおいていた。波旬の細胞ではあったが、夜刀たちとの戦いで天狗道からの脱却を示してきた。ゆえに波旬の支配から脱することは出来るだろうし、そうしてもらわねばならない。

 

「ふむ、だがそれが問題ではない。カール、それに女神が箱庭に来たことで不測の事態が起きた」

 

第1天『二元論』――――私は善であり、私が討ったのは全て悪である、ゆえに世界よ、2つ(善と悪)に分かれよ

第2天『堕天奈落』――――生まれながらの善とは、常に悪に窮地に追いやられる存在、ならば善などいらぬ、万象罪を抱いて堕天せよ

第3天『非想天』――――ああ嘆かわしい、原罪など許せはしない、ならば私が罪深きこの世界を救世して見せよう

第4天『永劫回帰』――――私は認めない、女神と出会う既知だけを愛し、そして望む未知(女神に抱かれる死)に至るまで、何度でも結末をやり直すのだ

第5天『輪廻転生』――――みんな、みんな、幸せになっていいんだよ、大丈夫、わたしがあなたを抱きしめるから

 

 

誰が観測したか(・・・・・・・)、は問題ではない。そういう風に観測されてしまったのが問題なのだ」

 

 箱庭ではより長い時を生きたものが、より高い霊格を得る。それはパラドックスを防ぐためのシステムである。そして、そのシステムによって、誤った認識(・・・・・)のせいで高い霊格を得てしまった存在がいる。

 

閉鎖世界(ディストピア)二元論(ゾロアスター)。古き理であったというのが、古き存在として認識された。ゆえにその霊格は高められた」

 

 白夜叉という存在がいる。彼女は”天動説”そのものであり、太陽の主権を過半数所持している。

 天動説とは、地球が宇宙の中心であり、太陽と月そして天の星々が周りを巡っているというもの。しかし現在ではこの説は当然ながら否定されている。万有引力、向心力、円運動、公転周期……などがより合理的な説として、”地動説”を支えている。もちろん地動説で考えたほうが、科学として予測がつくし、不自然でないふるまいをする。

 ここで言いたいのは天動説という誤った説(・・・・・・・・・・)によって、箱庭に白夜叉という存在が生まれたことだ。天動説という学説自体が人間の考えたものである。

 たとえ天動説の霊格(しんじつ)が、宇宙規模のものとして人類では本当の意味で(・・・・・・)確認できるものでないことを差し引いても、誤った認識が箱庭に影響を及ぼすことは否定できない。

 

 そして第4天と第5天が箱庭に来て、座の概念が持ち込まれた。それが箱庭の悲劇の始まり。

 

 始まりの理、もっとも古き渇望(ねがい)。『二元論』は、つまり最古の存在であったと、そう認識して(おもって)しまった。ゆえに、ただでさえ強力な神殺しの魔王が、あらゆる神々でも対処できない存在へと変貌してしまった。

 明けの明星の理、蛇の先代の渇望(のぞみ)。それは”この世界を救済したい”というものだったのに、神によって徹底的に管理された(せかい)だと認識された。奇しくも、人を信仰の家畜(・・・・・)として飼っていた存在と同一視されてしまった。そして、ディストピアの魔王は”内部因子によって崩壊しない”という特性を得てしまった。

 

 もっとも、これらはすぐさま箱庭上層部によって、誤った認識であるとして否定された。

 そして実を言うと、これは本当の意味で(・・・・・・)誤認ではないのだ。『二元論』に『非想天』が、世界(法則)となっていたのは昔のことであり、それ自体は現在まで”生きて”いるわけではない。ただし座の覇道神は、”座に残る先代の記録”を受け継いでいるということを忘れてはならない。それはつまり、部分的にであるが『二元論』と『非想天』は長寿の存在として、霊格が高められるということを意味している。

 上層の否定により、多少は弱体化したが、あながち間違ってもいないために”座”から受ける恩恵を全て打ち消しきれたわけではない。

 

「だからね、レン。ディストピアにはみんな困ってるの。それに……」

「それに?」

 

 ラインハルトとばかり話していた夜刀に嫉妬したのだろうか、夜刀の腕を胸で包み込むように抱きしめながら、マリィが夜刀にぎゅっと近づく。暖かく、柔らかな感触に夜刀は笑みをこぼす。

 

「それに、わたしたちは何も手伝えないの。わたしたちはこの世界で、戦うことは出来ないから」

「害すことができない制約か」

「しかし、一つだけ抜け道があるのだ。我が息子よ」

 

 彼らの会話に水銀が割って入り、それに全員――獣と女神を除く――が嫌そうな顔をする。特に息子と呼ばれた夜刀はことさら顔をしかめる。

 水銀がいなければ夜刀が生まれることもなかったので、息子という表現は間違いではない。しかしそれを認められるかは別問題だ。

 ラインハルトは愛と破壊が結びついた悪魔(修羅道)だが、メルクリウスはその悪魔(ラインハルト)と夜刀をぶつけた歌劇(グランギニョル)怒りの日(ディエス・イレ)を目論んだ脚本家(黒幕)であり、さらに女神(マリィ)以外興味がないために多くの人生を弄んできた。ゆえに夜刀としてはラインハルトよりも、メルクリウスのほうを嫌っているのだ。

 

「お前に息子と言われたくないんだが……」

「それに……それだと、わたしはカリオストロのことを義父さん(おとうさん)って呼ばなきゃいけないし……」

 

 その瞬間、メルクリウスは雷にうたれる!

 メルクリウスは次の座を譲ろうとして、数々の努力を重ねてきた!そしてそれら全ての苦労――本人による補正有――は、この瞬間のためのものだったのだっ!既知しか味わえない世界で、唯一愛した既知(出会い)であり、想いをよせた女性。恋した相手から、義  父  さ  ん(お  と  う  さ  ん)と呼ばれる至上の幸福っ!!それはまさに、メルクリウスのこれまでの全てを砕くのにふさわしいものだった!!

 

「ふっ、ふふふ、フハハハハハ。……ハッハハハハハハハハハハハ!!!!ハッハハは」

 

 刹那、時間が止まる。メルクリウスが絶頂したかと思えるほど、歓喜に震えた様子に夜刀が危機感を覚え、即座に水銀のみ時間停止させたのだ。

 

「箱庭の住人でなければ、使えるな。そしてこれが恩恵(ギフト)というやつか……。発動は速いが、やはり威力が落ちるな。……さて、白夜叉とやらのところに行こうか、マリィ」

「うん早く行こう」

 

 夜刀もマリィも、水銀に目をくれることなく、去っていく。マリィは夜刀の腕をしっかりと抱きしめながら、道案内をする。そしてそれ以外の面々も、(当然水銀は放置して)夜刀たちのあとを追う。

 

「マリィちゃんは左で、私は右ね」

「あっ、ずるーい!じゃあ私は背中かなー。いいでしょロートス?」

「おっと……。歩きにくいから、今はやめてほしいんだが……」

『ダメよ!』

 

 女性陣のダメ出しを受けて、夜刀は苦笑いをする。世迷言(「じゃあ後でたっぷりと……」)を言い出したルサルカは、即座にマリィと氷室玲愛(テレジア)から反撃(「それもダメ!」)をくらう。

 夜刀の元へ近づきたくて、でも恥ずかしいためにその場でうずうずする櫻井螢に、夜刀の現状(修羅場)を見てにやにやするも、ちくりと胸に痛みを覚える綾瀬香純。

 

「人気だなー、大将」

「もてもてだねー、蓮くん」

 

 そしてそれらをからかう宿儺(遊佐司郎と本城恵梨依)

 

「ふむ……。先に行って、白夜叉と話をつけているぞ。卿ら、後から来るといい」

 

 ラインハルト・ハイドリヒは破壊の情(獣の愛)を振るうのではなく、年長者として振る舞う。旧世界で赤騎士(ザミエル)白騎士(シュライバー)、それに吸血鬼(ヴィルヘルム)と呼ばれた者らを連れて、白夜叉がいるだろう場所へ先に向かう。

 今だ、波旬の脅威が収まったわけでなく、また箱庭の裏でこそこそと動いている連中も放ってはおけない。

 

「魔王連盟だったか……」

 

 諜報(シュピーネ)が潜入し、知りえた情報を吟味する。かつては秘密警察(ゲシュタポ)長官として、暗躍していた身。ゆえに情報戦はお手の物である。

 

「そして切り札となるは主催者権限(ホストマスター)、か」

 

 そこにいたのは三千世界の悉くを破壊する獣ではなく、冷徹に思索を巡らす狩人だった。

 

 

◆◇

 

 

「――――――――……ということだ。納得してもらえたかのう?」

「ああ、理解した。ディトピアらが箱庭では手に負えなくなったために、俺たちの力が必要だと。そして俺たちが箱庭で戦うためには、主催者権限(ホストマスター)を使う必要がある」

「うむ、その通り」

「それで最強の魔王として名をはせた白夜叉が、俺たちの後ろ盾となるということか」

「ああ。どんと任せよ!」

 

 大船に乗ったつもりでいるとよい!と、胸を張って言う少女(白夜叉)。それを聞く夜刀はマリィの肩を抱きしめて、頭をなでていた。

 

 覇道神らは箱庭の住人を傷つけることは禁じられている。しかし箱庭は脅威にあふれており、それを放っておくことは出来ない。その対策こそが主催者権限(ホストマスター)である。

 覇道神は主催者権限(ホストマスター)を持つことはない。また魔王らもわざわざ格上の覇道神を、自身が開催するゲームに参加させることはない。そこで覇道神が魔王を討伐するためには、主催者権限(ホストマスター)を持つものに協力してもらい、覇道神も含むよう(・・・・・・・・)に強制的に魔王をゲームに参加させればよい。

 あえて格上の存在を巻き込むことで、魔王を討伐させる危険度の高い(ハイリスク・ハイリターン)賭け。それは、覇道神が自分のゲームに参加するということを意味し、相当の信頼がなければ協力は得られない。知力が試されるようなゲームならともかく、力を比べるようなゲームなら勝敗は絶望的なものだからだ。

 

「下層で魔王が出現した場合はこの白夜叉が、上層での場合は斉天大聖が協力しよう。話はすでに通っておる」

「なるほどな……。礼を言う、白夜叉」

 

 なあに、構わんよと、白夜叉は手持ちの扇子で煽ぐ。マリィの頭をなでるのをやめず、夜刀は思案にふける。……和室ゆえあぐらをかいて、膝の上に魔女(ルサルカ)を乗せ、また女神(マリィ)とは反対からしなだれかかる先輩(氷室玲愛)をはべらせながら。

 

「ふむ……。おんしとは詳しく語らってみたいのじゃが」

「すまない。先約があるゆえ、な」

 

 な?とマリィへ問うと、彼女も嬉しそうに頷き返す。

 

「ちなみに、答えてもらえればでよいが先約とは?」

「レンにね、この世界のいろんなところを案内するの!」

 

 ふふふ、と笑うマリィ。

 彼女の現状を、箱庭に来たばかりの夜刀が尋ねていた時に頼みごとをしていたのだ。それは『箱庭を案内する』というもの。すなわち――――

 

「デートするの?なら明日は私の番ね」

「(むっ……)何言ってるのかな。明日は私の番に決まってるんだよ。お年寄りはこれだから……」

「あなただって似たようなものでしょう!?」 

 

 

「はぁ……。無視してくれ」

「お、おう」

 

 唐突に始まった女の戦い(キャットファイト)にげんなりする。この二人(アンナと玲愛)を置いて、さっさとマリィを連れて出たほうが良いか真剣に考える。

 すると、白夜叉が顔を引き締め、真面目に夜刀へと問いかける。

 

「……一つだけ聞かせてくれ。波旬はどうするつもりか?」

 

 けれど無言。夜刀は白夜叉の問いに答えを返さない。

 なぜなら、それは意味がない問いだからだ。

 

 夜刀は、自身と相対した坂上覇吐に光を見た。波旬を打倒し、新世界に相応しい輝きを見つけたのだ。ゆえに波旬が倒されるのは時間の問題だと思っている。

 仮に波旬を倒すことが出来なくとも、そのときは箱庭で生まれた役割として、”座”へ乗り込み波旬を倒すだけである。

 

 そしてこれらのことは白夜叉も理解している。蝦夷での決戦を観戦していたゆえに。

 ならばどのような意味の問いだと言うのか。

 

「制約がある」

「じゃがのう、緊張感を保ってほしいと言うか、なんというか……。押し付けられる身ではないが。……しかし、なんとか箱庭の民を、奴の影響から外せられんか?」

「それこそ制約で不可能だ」

 

 現在進行形で箱庭は滅びつつある(・・・・・・)。波旬による大欲の波動(覇道)のせいで。

 

 ”座”の世界と箱庭が近づきつつあり、桁外れ(無量大数)に強大な覇道神の邪気は世界を超えてしまっている。あらゆる生命の連環が途絶えたときのために存在する箱庭の住人は、端的に言ってしまえば”補充要因”である。しかし黒の波動に当てられ、正気を保っていられるものも少なく、一部地域では暴動も起こっている。

 補充要因として存在しているのに、彼らさえも消滅しつつあるのだ。

 

 ゆえに白夜叉が夜刀に願っているのは、彼ら箱庭の保護である。もちろん、白夜叉は補充要因として考えているのではなく、同志や無辜の民が死ぬのを嫌がっての願いである。

 けれど、それも夜刀にとっては意味がない問いである。制約によって縛られた身では、停止の覇道下に置くことも出来ない。数千年もの間、波旬と拮抗し続けた夜刀の力なら保護も可能だが、それが許されないのだ。

 

「すまないが、これはどうしようもない。主催者権限を使うのなら話は変わるが……乱発は出来ないだろう?」

「ああ、そうじゃのう……」

「それでは、失礼する」

 

 主催者権限を使えば問題も解決するが、天動説(昇らない太陽)が箱庭全域をゲームの対象にするのは太陽神を中心として、数多の神話の反感を買うことになる。自身の身を守るためと言えど、神格は総じて誇り(プライド)が高いのだ。

 それゆえに、この程度(・・・・)のことでは主催者権限を使えない。使ってしまえば昔同様に、魔王の烙印を押されてしまう。つまり、本当に最後の手段としてしか使えないのだ。

 

 いつの間にか場所を移して、口論をしていたアンナと玲愛を、これ幸いとばかりに放置してマリィの手を取り、夜刀は外へ出る。

 マリィも箱庭の現状に心を痛めている。しかし同時に、それが解決できないのはこの何千年の間に理解している。ならばずっと戦い続けてきた最愛の人(夜刀)を慰めるのに専念しても構わないだろうと思っている。

 目の前で苦しんでいる人を見捨てることなど女神(抱きしめたがり)には出来ないが、いかんせんこの箱庭は広すぎるのだ。

 

「どこに行こうか?」

「うーんとね……北の方はすごくきれいなんだよ」

 

付き合いたての恋人のようにイチャイチャしながら、二人は出ていった。

 

「……この辺にも見所はあるっての」

 

のろけに当てられた白夜叉は、やっていられないと言わんばかりの態度で呟いた。




シュピーネ「便り(出番)がないのは良い知らせ(双首領から離れられるということ)

ホントはこれ後編の予定だったんだぜ……?信じられるか、おい。

厨二病(覇道神)の相手をしてもらうために、難易度をあげてみました。
とりあえずアジ=ダカーハとディストピアですね。難易度はルナティックで済めばいいのですが……。
天動説自体が誤った学説ですので、そこまで無理はないはずです。

では次回は速めに更新しますので!(たぶん)

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