Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

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EP04 ― light expectation

 静寂に包まれた生徒会室の中、生徒会長である紫野が椅子に座りながらこちらを見ている。

 生徒会室から出ようとしていた自分の足は完全に止まってしまい、紫野はそんな自分に対して追い打ちをかけるように話を続けた。

 

 

「この学校に転校してこれないことって意外と知られてないんだよね。だから、キミも知らなかったのだろうけど」

「……っ!?」

 

 

 初耳だった。いや、そもそも転校が出来ない学校だったなんて、そんなことありえるのか?

 いやいや、“普通の学校”というものに囚われてはダメだ。この学校で、この世界で、普通ではないことなんて多々あることだ。

 紫野は不敵に微笑みながら、ずっとオレを見ている。

 

 

 “キミって本当は何者なのかな?”

 

 

 紫野がオレに問いかけた言葉。その言葉は、オレをフリーズさせる効果を持っていた。

 体は凍ったように止まり、頭の思考は上手く働かない状態になっている。ずっと硬直した状態のまま、ただただ焦燥感に満たされていく。

 

 ハメられた、というのがきっと正しいんだろう。オレは目の前にいる紫野の口車に上手く乗せられ、墓穴を掘ってしまった。このままでは、この生徒会長に怪しまれたままになる。

 実際、NPCに怪しまれようがどう思われようが別に気にしない。大体、NPCに怪しまれたところで気にすることはない。この世界の仕組みとなっているのか分からないが、彼らはすぐに気にしなくなる。それはまるで、“人間”という存在を怪しんではいけないように思い込まされているように。

 

 だが、目の前にいる紫野というNPC。特に、生徒会長という役職を持った異質なNPCでは話が変わってくる。ただでさえ得体の知れない存在だというのに、オレを疑い、こんなカマをかけてくるあたり、本当に他のNPCとは異なる特異な存在なんだろう。

 それこそオレの方から、“おまえこそ本当は何者なんだよ”と問いかけたいくらいだ。

 

 

「ぅ……ぁ、えっと」

 

 

 この場をどうやって切り抜けようか、どう答えると上手く誤魔化せるか、何か良い言葉を考える。

 だけど、考えようにも動揺してしまっているせいなんだろうか。なかなか良い考えが浮かばないし、余計に心の中で焦りが生じてしまう。

 

 正直、このNPCに対して何を答えろというのかという話だ。なにせ、“自分は死んでこの世界に来た人間だ”なんて言ったところで、きっと理解してはくれないだろう。むしろ、余計に怪しまれてしまうことになる。納得できる理由でないと、このNPCは引き下がらないままずっと付きまとってくるかもしれない。最悪、何かしらオレにしてくることになるかもしれない。

 

 とりあえず、何か言わないと。少しでもオレに対する疑いを払拭できればいい。

 だけど……上手く言葉にできない。言おうにも、口に出せない。頭の中で言いたい言葉がまとまらない。

 

 

「だから、正直に話してほしいんだ。キミのことをもっと詳しく。この学校にいる人間なのかどうかをね」

「……オレはっ」

 

 

 自分が人間であることを言葉にしようとした時だった。学校全体にチャイムの音が鳴り響き、その先を言おうとしたオレは、チャイムの音によって口を止めてしまう。

 ふと、生徒会室の壁にある時計を見てみると、時計の長針は数字の“5”を示していた。たしか授業は、30分に終わって10分間の休憩時間があり、40分になると次の授業が始まる。そんな感じの時間割だったような気がする。

 なのに、長針は“5”を指していた。チャイムが鳴ったのが間違いでないのだとしたら、この生徒会室の時計の時間が間違えているということになる。

 

 

「あれ? おかしいな、ここの時計ちょっと遅れているのかな。……うーん、まぁいいや」

 

 

 紫野は時計を見ては、ため息をついて椅子から立ち上がる。

 

 

「やっぱりいいよ、もう教室に戻ってくれればいいかな」

「えっ? どういうことだ?」

「いや、どうせキミは話してはくれないでしょ? 大体、よくよく考えたらキミが何者であろうと、僕にとっては大した問題じゃなかったからね。今思えば、時間の無駄だったよ」

 

 

 紫野はそう言いながら、生徒会室の中にある書類の入ったロッカーを開け、何かしらの資料に手をのばしている。

 

 

「それに、キミがこの学校の学生かどうかなんて調べれば分かることだ。この学校の敷地内にいる限りは逃げも隠れも出来ないのだからね。それこそ、キミに用ができれば僕の方から出向けばいいわけだし」

 

 

 紫野は取り出した資料に目を通しながら、机の上に資料を置いて広げていく。

 名簿を見ているわけではなく、ボールペンを胸ポケットから取り出し、資料に何か書いている。今から生徒会の仕事をしようとしているのか分からないが、見た限りではオレに興味を無くしていることは明らかだ。

 

 

「だから、時間を取らせてしまって申し訳なかったよ。僕もやらなきゃいけないことがたくさんあるから、キミも次の授業が始まる前に教室に戻っておいた方がいいんじゃない?」

「あ、ああ。そうだな、そうするよ。じゃあな」

 

 

 そう言っては生徒会室の扉を閉め、生徒会室を後にした。

 廊下では授業を終えたNPCが歩いていたり、たむろして喋っていたりしていた。授業が終わって、休み時間というひとときを過ごしているんだろう。そんなNPC達を無視するように、とりあえず大食堂の方面へと向かうことにした。

 

 

 それにしても良かった。理由はどうあれ、生徒会長である紫野が引き下がってくれて助かった。

 あのまま、質問攻めなんてされていたらたまったもんじゃない。特に言えば、普通のNPCならまだしも、先生や生徒会長に目をつけられたとなれば、この世界で自分が安心して過ごせる場所がなくなってしまう。そんな気がしていただけに、紫野が自分に疑いの目が消えてくれてほんと助かった。

 あの反応を見る限り、紫野もやはりNPCといったところか。紫野がオレを疑い、今後オレに接触してくる可能性はなくなった。

 

 教室での柔沢のやり取りなどを考えると、自分がこの世界では“この学校の学生”であることは間違いない。それ以前に、自分がこの世界に存在している以上は、自分が学生以外の存在に認識されることはないはずだ。でなければ、この世界での自分の立ち位置がなくなってしまうことになる。そうなってしまうと、この世界でのオレの立ち位置や存在意義が矛盾してしまう。

 

 そもそも、根本的にこの世界は、学生生活をまともに送れなかった人間が迷い込んでくるようになっている。人並みの学生生活を送らせる、そんな世界の役割をわざわざ矛盾させるようなことはさすがに世界が許さない。

 そうなると、オレがこの学校の学生である以上、学校の部外者ではないかという疑いは消えてくれる。その場でうやむやにしてしまえば、今後わざわざオレに絡んでくることはないはず。

 

 

「んんっ!?」

 

 

 渡り廊下を曲がり、下の階へ駆け下りようと階段についているパイプ状の手すりに手を置いた瞬間、何かに触ってしまった。

 いつもの手すりに触れた感触とは違う何か。違和感を覚えて、ふと、自分の手のある階段の手すりに目を向ける。見て分かる通り、丈夫そうな手すりだ。その手すりに、なにやら何かが付着していたようだ。

 

 手すりに置いた自分の手を上にあげてみると、やや白い粘着物がオレの手と階段の手すりに付着したまま、細長く伸びていく。

 この世界で見るのは初めてだが、この白い粘着物をオレは知らないわけではない。きっと、誰かが口に入れて噛んだであろう“チューイングガム”だった。

 

 

「……ガム、だよな? そんな、マジかよ」

 

 

 別にお菓子自体はこの世界の売店にでも売ってはいる。そんな珍しいことではない。

 昔、ポテトチップスとかチョコレートとかも口にしたことはある。きっと、ガムだって売っているはずだ。

 

 だけど、気味が悪いのはそのガムが階段の手すりについているということだ。

 それもただのガムじゃない。口の中に入れ、歯と歯と舌で十分に味が無くなるまで吸い尽くした、もはやガムの残りカスだ。そんなものを階段の手すりにつけるなんて、嫌がらせにもほどがある。くそっ、信じられねぇっ!

 

 普通、階段の手すりに噛んだガムを付着させるなんて、常識に縛られた人間ならしない行動だ。だって、誰かが噛んだガムが自分の手についたら、とてつもない不快感を感じることくらい誰だって分かるからだ。

 

 でも、それ以前におかしくないか?

 ガムをこんなところにつける学生がいるということ。そうだ、学生である存在のNPCがこんなことをするなんて。その事実に驚きを隠せない。

 だってNPC達は平凡や常識という考えに縛られ、良くも悪くも真面目である存在。そんなNPCが、そういった行動をとったケースは初めてだ。今まで、見たことも聞いたこともない。

 

 今まで自分が見てきたNPC達の中には、少し素行の悪いNPCも存在していた。だがそれも、そのNPC自身の個性の範囲内というのか、あくまで道理を外れたものではなかった。あからさまに陰湿だったり、故意に他の人にとって嫌がらせをする行動はとらなかった。というよりも、自分自身NPCという生物は、そういった行動はしないものだと思っていた。

 それだけに、自分がNPCを自分と同じ同種の“人間”として見ることが出来なかったひとつでもあるわけだが。

 

 

「くそっ……なにかないかな?」

 

 

 手に付着したガムが、とにかく気持ち悪い。もう片方の手でポケットの中に何かないかと手を入れてみるが何もない。ポケットティッシュとかハンカチとかを持っていれば良かったんだろうけど、そんな物を常に持ち歩くような習慣はこの世界に来てからは無い。

 とりあえず階段を下りて、2階の階段のそばにあるトイレに行くことにしよう。そう思って階段を下り、踊り場に足をつけて歩いた瞬間、何かが靴の裏にへばりついた感じがした。

 

 

「……って、ここにもガムかよ! くそ、最悪だ」

 

 

 まさか、地面にまでそのまま放置されているとは。それにしてもこのガム、なんか無駄に粘着力があるのがムカつくな。

 仕方ないから、ガムがついていない方の手を壁について、靴についたガムを取るしかない。

 

 すると、またしても壁にさきほど感じた嫌な感触が手から伝わってくる。

 ……ガムだ。湿り気はないが、粘り気だけはある。そんなガム以外の何でもない、噛み終えたガムがそこにあった。

 

 

「あああああ、もうっ!!! ガムなんか食ってんじゃねぇよ!!」

 

 

 ついムカついて大声で叫んでしまう。我に戻って周りを見渡すが、NPCの姿は見えない。

 って、そりゃあ、こんなガムまみれなとこ誰も歩こうとなんかしないか。きっとしばらくここにいても、NPCは来なさそうだな。

 

 ガムまみれのまま、しばらくそのまま立ち尽くすことにした。両手と片足にガムがついている現状に、頭に血がのぼる。

 とりあえず、行き場のない怒りを抑えることにしよう。

 だから、今は……深く考えず、ため息を大きくつくことにした。

 

 

 

   ×    ×    ×    ×

 

 

 

 階段を下り、近くのトイレに入ってはゴミ箱にガムをできるだけ捨てて、手洗い場で両手と靴を洗う。

 思わず握ったり、踏んだりしてしまったせいだろう。ガムが手や靴にこびりついていて、水だけではなかなか取れそうにない。なんとか石鹸水を取り出しては、ガムを取ろうと四苦八苦している中、このトイレに近づく足音が聞こえてきた。

 

 ふと、足音が聞こえてくるトイレの入り口の方へと視線を向けると、一人の男子生徒が入ってきた。よく見てみると、そのNPCは何やら片手に四角くて薄っぺらい物を持っている。NPCはそれを見つめながら、親指で四角い物体を触りだした。

 すると、すぐにそれを耳に当てて、トイレの中へと歩いていく。

 

 

「もしもし、オレだけど。今、時間大丈夫?」

 

 

 NPCは片手に四角い物体を耳に当てたまま喋り出した。

 それはまるで、携帯電話のように。それも、誰かと通話しているかのようにだ。

 

 オレは顔を上げ、手を洗いながら鏡越しで自分の後ろの便器の前に立っているNPCを見つめる。トイレの中に入ったNPCは、ずっと一人で誰かに対して喋っている。分からないが、きっとNPCの持っているものはケータイなんだろう。

 だけど、今までいくつものケータイを見たことはあるが、あんな薄っぺらいものは見たことがない。初めて見る形だが、最新型のスライド型のケータイなんだろうか?

 

 だけど、はっきりとは見えなかったが、あのケータイにはボタンがなかったように見えた。

 オレも知らないような最新機種なんだろうか。はたまた別の機械なのだろうか。とりあえず、最新鋭のものであることは間違いない。

 

 そういや、ケータイなんて生前の時以来見たことがなかったから、今はどんなものが出ているか知らないな。

 もしかしたら、最近になって流行りだしたケータイなのかもしれない。ミーハーなNPCが多いこの世界なら、最新機種のケータイとか流行りの物を持っていてもおかしくはないんだろうな。

 

 

 やっと、手にこびりついていたガムが取れて手が綺麗になると、そばにあるハンドペーパーを使って濡れた手を拭いた。

 拭き終わったハンドペーパーを丸めてはゴミ箱に捨て、トイレから出ようと足を動かす。

 

 

「…………えっ!?」

 

 

 トイレから出てすぐに、そばの階段へと向かおうとしたが、すぐに自分の足を止めた。

 何かがおかしいことに気付いた。おかしいと今になって感じた。

 

 

「……いや、待てよ。普通におかしいだろ、オレ!」

 

 

 自分の浅はかな思考に、自分で自分にツッコミを入れてしまった。

 後ろへと振り返り、行き先を階段ではなく、渡り廊下の自販機コーナーがある方へと変える。

 

 普通に考えて、おかしくないわけがない。そう、絶対におかしい。

 さっきはガムが手についたせいで、どうやら気が動転してしまっていたみたいだ。

 

 なんでだ? なんでケータイがあるんだ? なんでNPCが、そんなものを持って平然と通話しているんだ?

 まさか、この世界にケータイなんて存在していたなんて。この世界には存在しないものだと思い込んでいた。

 

 もしかしたら、自分が気付かなかっただけで本当はこの世界にケータイは存在していたんだろうか。

 いいや、自分が死んだ世界戦線のヤツらといた頃のことを考えると、ケータイがこの世界で存在していたということはありえない。もし、存在していたのであれば、それこそ自分達人間が携帯していた。トランシーバーなんていう古臭いものを持つ必要性などなかったんだ。

 

 

「じゃあ、なんでだ?」

 

 

 廊下を歩いているNPC達を無視して、ぶつぶつと呟きながら頭の思考をフル回転させて考える。

 

 確かに、この世界には本来存在していなかったものはある。そのひとつに“銃”がある。

 元々この世界には存在していなかった“銃”と“銃弾”。この世界に銃という武器を生み出したのは、死後の世界によるものでもなく、NPCによるものでもなく、この世界に来た人間によるものだ。その人間から基づく知識から生み出されてきたものだ。

 人間が土くれから部品を一つ一つ生み出してきたからこそ、この世界に銃は存在することが出来たわけだ。

 

 じゃあ、ケータイはどうだろうか。トランシーバーという機械なら見たことはあるが、ケータイ自体は一度も見たことがない。それこそ、この世界で見るのはさっきのNPCが持っていたものが初めてだ。

 もしかしたら、さっきのがケータイではなく、別の機械であったという可能性もある。

 でも、どう考えても玩具ではないだろうし、明らかにケータイのような使い方で会話をしていた。明らかにケータイであったと考えた方が妥当だ。

 

 

「そうだよな……じゃあなんで、ケータイが?」

 

 

 考えながら、廊下をひたすら歩いて進んで行く。

 

 自分が生きていた頃は、ケータイは生活必需品に該当するくらい普及していたし、誰だって身につけているのが当たり前の時代だった。そのことを考えたら、NPCが密かに持っていてもおかしくはないとは思う。もしかしたら、バレないように隠し持っていた可能性もないわけではない。

 でも、この世界にケータイが存在していれば、自分達人間が誰一人として目にしないわけがない。それこそ、この世界には大型用品店という必要なものは何でも売っている場所がある。死んだ世界戦線メンバー達がこの世界にいた頃は、何回か行ったことはあるが、そこにケータイなんてものは販売されていなかった。

 

 今は4月下旬。死んだ世界戦線のメンバーがこの世界からいなくなったのは10月頃。そうなると、半年ほどの間でこの世界にケータイが存在するようになったことになる。

 自分の知りえないものがこの世界に存在していたという事実。それを、NPCが使っていたという事実。どう考えても、オレの知らないうちにこの世界で異変が起きて、以前とは何かが変わったということだ。そうなれば、考えつく原因は1つ。

 

 

「……人間しかいないな」

 

 

 どう考えても、自分とは異なる“人間”という存在しかいない。NPCや世界に異変が起きたようにも思えるが、さっきのガムやケータイのことを考えると、この世界からやってきた人間の仕業と考えた方がいいのかもしれない。それこそ、世界がおかしくなったと考えるより、人間が存在していると考えた方が辻褄が合う。

 

 そうだ。人間なら、常識を逸脱した行動を取ってもおかしくはない。人間なら、ケータイの中のしくみさえ知っていれば、生み出すことは出来る。人間なら、NPCに変化を与えられる。ミーハーなNPCに影響を与え、世界に新たなものを組み込むことが出来る。

 時代が進めばケータイはより普及し、より持っている人間も増える。オレが生きていた頃でさえ、高校生が持っていた人間はたくさんいた。もし、学校で生徒はケータイを持っているのが当たり前という概念がこの世界に適応されれば、世界がケータイを生み出すことだってあるはずだ

 

 

「そうなると、オレ以外の人間がこの世界のどこかに……いるのか?」

 

 

 考えに間違いがなければ、その可能性は十分に高い。探し出せば、見つけられるかもしれない。今までは何も情報が得られなかったが、今回ばかりは期待できるかもしれない。もしかしたら、仲間になってくれるかもしれない。

 

 

 期待で胸がいっぱいになってきたところで、自販機の前に着いた。

 さっきの教室から逃げた時とは変わって気分も良くなってきた。さっそくだ、景気づけに好きな“Keyコーヒー”でも飲もう。そう思ってポケットに手を突っ込んでみた。

 

 

「……あれっ? あっ、そうか!」

 

 

 そういや、ポケットの中には何も入ってなかったんだった。ポケットの中がスカスカなのに、サイフなんか入っているわけがない。

 そもそも、急にこの学校まで連れて来られたんじゃないか。そりゃあ、サイフなんてあるわけがない。ガムとケータイの件で舞い上がっていたせいか、今は何も持っていないことをすっかりと忘れていた。

 

 

「くっ、仕方ないな」

 

 

 目の前にあるのに、コーヒーが飲めない。せっかく、気分が上々になってきたところで、水を差されたように気分が盛り下がっていく。

 だけど、悔やんでいても仕方ない。とりあえず、学生寮まで帰ることにしよう。

 

 

「えっ!?」

 

 

 諦めて学生寮へと歩き出そうとした時、近くを横切った男子生徒に既視感のような何かを感じてしまう。

 まるで、以前見たことがあるものを見た感覚。いいや、以前みたことのあるような、見知っている人物の顔を久しぶりに見た感覚か。

 

 誰だったかなんて、よく思い出せば分かる。半年という短い期間だったが、共に仲間として過ごしてきた人間を忘れられるわけがなかった。

 

 

「……おい! 待ってくれ!!」

 

 

 すれ違った男子生徒を、オレは呼び止める。

 もしかして自分かな? と思ったように、男子生徒はこちらの方へと振り向いてはオレを見る。その男子生徒の顔を見て、ドキっとしてしまった。

 

 

「も、もしかして、日向なのか?」

 

 

 廊下に立つ目の前の男子生徒の顔つきは、死んだ世界戦線メンバーの一人である“日向”にそっくりだった。




4話:light expectation  ー  “淡い期待”


生徒会長という異質なNPCの存在
同じ人間の存在
日向に似た男子生徒の存在

音無の取り巻く環境は刻々と変化していきます。

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