Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

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 “NPC”という存在について、オレはよく考えて来た。
 なにせ、この世界のほとんどの生き物がNPCだ。オレのような死んでこの世界にやってきた人間は、今ではほぼいないに等しい。

 そもそも、“NPC”とは何なのか。
 まず、“NPC”という名称は、よくRPGなどのゲームで使われる「ノンプレイヤーキャラクター」の略称だ。
 この言葉を引用して、この世界の人間とオレ達のような生前の人生を歩んできた人間を区別している。聞いたところによると、その名前をつけた人間は日向らしい。

 NPCという存在。彼らは、何の変哲もない人間でしかない。そう、この世界で生まれ、この世界で存在する、この世界での人間だ。
 間違えてはいけないのが、NPCは人間ではあるが、オレ達のような現実の世界で生きてきた人間ではないということ。
 もっと言うなら、この世界において都合の良い人間。この世界によって生み出された人間であるということだ。

 実際にNPCのことについては、謎である部分が多い。NPCについて知っていることなんて、死んだ世界戦線のメンバー達に聞いたこと以外はほとんど知らない。
 本当は、オレ達とは全く相違ない人間なのかもしれない。もしくはオレ達のような人間が人間であると認識させられているだけの生物なのかもしれない。本当のことなんて調べようもないから、結局分かるわけがない。

 ただ、確実に分かっていることはある。彼らは、この世界で思いのままに書き換えられてしまうことだ。それは記憶でもあり、容姿でもあり、今まで歩んできた人生でもあり、存在という全てでもある。

 さらには、影という存在になり、世界をリセットさせようとする化け物に成り果ててしまうこと。これは実際に目にしたことがあるから間違いない。
 影という存在になったNPCは、確実にオレ達人間という存在をNPC化させた。死んだ世界戦線の高松がそうだった。

 何故、NPCが影となってしまうのか、その根拠を知っているわけではない。
 でも、この世界にバグが発生するとそれをリセットさせるために発生するらしい。かつての死んだ世界戦線のリーダーであるゆりがそう言っていたことは確かだ。


 そんなNPCしかいない世界の中で、オレはNPCと距離を置くようにして過ごしている。
 だって、どうせ忘れられるんだ。オレとの出会いも関わった日々も。都合の良いように作られてしまう。
 さらには、なかったことを捏造したりもする。それこそ気味が悪い。親しくなり過ぎたり、ある一定の関係を超えると、修正がかかって別物になってしまう。

 人間に一番近い人間味のない生き物。本当に生きているのかも怪しい。もしかしたら、脳だけが機械なのではないだろうかと疑いたくなるほどだ。
 そうであったとしても、生きている生物であることは間違いない。生きた人間に最も近い生物。それこそ、“NPC”という存在に違いないのだろうな。



EP03 ― to ask a question with a smile

 

 

 昼頃に目が覚めたオレは、柔沢に強引に連れられて学習棟の中の第3棟の3階の教室までやってきたわけだったが、ついNPC達の作る雰囲気に耐えきれず、その場から逃げ出した。

 そこで、渡り廊下を通っては第1棟の3階にある生徒会室に逃げ込むと、そこには男子生徒がいた。黒髪に茶色の瞳の鋭い目つきをした顔立ちで、やや小柄で細身な男子。どうやらその男子生徒は生徒会長であるらしいが、彼の瞳は目を見開くとすぐに赤く光っていた。

 

 その様子はまるで、かつての仲間、あの直井の催眠術の能力を行使しているみたいに見える。違いがあると言うなら、目の前の生徒会長と名乗る男子生徒は何も語らないでいること。ただひたすら赤い瞳でオレの瞳を見つめている。

 

 

「まさか、おまえ……」

 

 

 分かっている。目の前の男が直井の催眠術と同様の能力を使っているのなら、本当はその目を見てはいけない。今すぐにでも、視線をどこか別の場所へそらすべきだ。

 だけど、驚きに似た好奇心のせいか目を離すことができない。かつてない心の中の動揺が、自分自身の体を硬直させる。

 

 

「うーん、おかしいな」

 

 

 生徒会長と名乗る男子生徒は、顔を少し曇らせる。

 まるで“思っていたのと違う”と言いたげな表情をしている。

 

 

「今は何時かな?」

「…………は?」

「分かんない? そこに時計あるけど、今が何時なのかは分かる?」

「何を言ってるんだ? 今は1時20分だろ?」

「あ、分かる? 理解出来てるんだ?」

「あんた、バカにしてるのか?」

「きっと頭がバカになっているんじゃないかなと思ってさ。まぁ、僕がキミをバカにしてるというのは確かに間違いじゃないね」

 

 

 質問の意図がいまいち分からない。てか、頭がバカになっているってどういうことだ?

 もしや、こいつの赤い目を見てしまうと、そういった効果があるということなんだろうか。となると、今のオレはバカになっているのか?

 

 自分がバカになっている。となると、どうなんだ? どうすればいいんだ?

 時刻までは理解出来たが、何がどこまでバカになってて、どこまでがバカになっていないのか分からないぞ?

 そもそも、バカって何なんだ? バカになると、どうなってしまうんだ? 

 ……くそ、頭がバカになってるせいか、バカが一体何なのか分からないくらいにバカになってる。ヤバイんじゃないのかこれ? 

 

 

「……って、結局バカにしてんのかよっ!」

「うん? まぁ、そうだけど? バカになったように反応が遅かったけど、やっぱバカになってる? いや、でもバカになってたら、こんな普通には喋れないか。うーん、そっか。じゃあ何で効かないんだろ?」

 

 

 相変わらず不思議そうにこちらを見ている。

 てか、完全に小馬鹿にされているよな? この生徒会長のやや呆れたような表情が余計にそう思えて仕方がない。

 

 

「ん? 効かない? 効いてないのか?」

「うん、そうだけど。あ、もしかしてだけど、キミってこの目の能力のこと知っているのかな?」

「……ああ、知ってる。その能力、催眠術なんだろ?」

 

 

 生徒会長の問いかけに対して、オレは視線を動かさずにそのまま生徒会長の顔を見て話す。

 

 

「催眠術? うーん、そうか。そうだね、ある意味では催眠術とも言えるか。でも、キミはかかってないよね? なんでだい?」

「なんでって……そんなこと知るかよ」

「ふぅん、そっか。まぁ、いいや。それでキミは?」

「……え? オレ?」

「いや、僕に聞いてきたじゃないの。“何者だ?”ってね。君も何者なのかなって思ってさ」

「何者って……人間なんだが。おまえも死んでここに来た人間なのか?」

 

 

 すると、目の前の生徒会長さんは首を傾げてしまう。

 オレの言っている意味がいまいち理解出来ないという様子だ。

 

 

「えーと、キミは何を言っているんだい? 僕が人間以外のゾンビか化け物か何かに見えるのかな?」

 

 

 やはり、オレの言っている意味がまるっきり理解出来ていない。死んでこの世界に来た人間なら、そんな反応はしないだろう。

 だが、分からないのであれば、目の前の生徒会長はこの世界の住人だ。彼はNPCであるということになる。

 

 今まで会って来たNPCとは何か違う雰囲気を感じていたから、もしかして人間かもしれないという淡い希望を持ってしまっていた。だけど、生徒会長の反応を見る限りでは、どうやら違うようだ。

 

 なんだろう。人間ではなくNPCであると分かると、さっきまでの心の高ぶりが一気に冷めてしまう。期待してしまっただけに、ちょっと気持ちが盛り下がってしまったな。

 

 

「あー、いや、いい。すまん、今のは忘れてくれ」

「……ふぅん」

 

 

 目の前のNPCはオレの言葉通り、もう気にしていない様子だ。

 イスに座っていた生徒会長は立ち上がり、長机の下に入っていた近くのイスを引いては、手でそのイスを指し示す。

 

 

「とりあえず座ろうか。ちょっとキミと話をしたい。時間はいいかな?」

「あ、ああ。大丈夫だ」

 

 

 生徒会長と対面するように、イスに座って長机の下に足を入れる。

 本当は目の前の生徒会長がただのNPCだというなら用はない。強引にでも断って、自分の住んでいた部屋に戻っても良かったのだが、さすがにそういうわけにもいかない。

 

 たしかに、目の前の生徒会長はNPCなのかもしれない。

 しかし、能力を発動させたNPCを見るのは初めてだ。今までそんなやつがいたことはなかった。

 

 実際、自分に催眠術がかかったような感じはない。見ていた限りでは上手く能力が発動できなかったのだろう。オレには、何一つ効果はなかったみたいだ。

 だからと言って、他のNPCとは違った何かしらの能力を持っているのは確かだ。もしくはもっと特徴的な何かを備えている可能性は十分にある。このNPCのことを知っておくことに越したことは無い。

 

 

「そうだね、とりあえずは自己紹介といこうかな。さっきも言ったように僕は生徒会長で名前は『紫野蒼士郎(しの そうしろう)』というんだ。生徒会役員からは紫野会長とか言われているね。普通はこの学校にいたら僕のことをみんな知ってくれていると思っていたんだけど……あ、もしかしてキミは最近転校してきたのかな?」

「……ああ。まぁ、そんな感じだ」

「へぇ、それでキミの名前は?」

「オレの名前は音無結弦。音に何も無しで音無。結ぶに弦楽器の弦って書いて結弦だ」

「音無結弦、か。ふぅん、けっこう変わった名前だね。じゃあまず、音無くんはこの生徒会室に何しに来たのかな? えらく慌てていたようだけど?」

 

 

 さて、どんな理由で誤魔化そうか。

 実際はこの生徒会室に来た理由なんて特にない。扉が開いていて、誰もいなさそうだったからなんとなく入っただけに過ぎない。

 でも、この紫野蒼士郎という生徒会長には、オレが慌てて生徒会室に入ってきたところを一部始終見られていたようだ。そうなると何か良い言い訳を考えないと怪しまれてしまいそうだ。

 

 

「……実は、色々あって授業に遅れてしまったんだ。なるべく誰にも見つからずに教室に戻ろうと思ったんだが、さっき生徒指導の先生が見えたから、慌てて生徒会室に隠れたわけなんだよ」

「へぇ、なるほどね。たしかに、岸野先生なんかに見つかったら何を言われるかわかったもんじゃないからね。それは僕でも焦るかも」

 

 

 紫野は両手の指をからませて机の上に置いては、オレに対して同情でもするかのようにそう言った。

 どうやら、なんとかごまかせたようだ。ちょっと苦し紛れだったような気もするが、怪しまれている感じはしない。この時間帯に生徒が授業を受けずにこんなところに来ることを考えると、他に上手いことを言えそうにもなかった。

 

 

「…………あれ?」

 

 

 ここでひとつ疑問に思ってしまう。今になって、目の前にNPCがいることがおかしいと気付いた。

 たしか、まだ授業終了のチャイムは鳴っていないはず。今まで慌てていたから気付かなかったが、今はまだ授業中だ。生徒はみな授業を受けているはず。

 なのに、目の前にはNPCである紫野がいる。それも、学校のルールを守るべきである生徒会長がこんなところで悠々とイスに座って会話をしている。いったい、どういうことだろうか。

 

 

「そういや、なんで生徒会長様がこんなとこにいるんだ? 今ってまだ授業中じゃないのか?」

「うん? まぁ、そうだね。授業中ではあるね。でも、僕には関係ないから」

「関係がない? どういうことだ?」

「だって、この学校の生徒会長である僕が授業を受けている必要はないからね」

「……は?」

 

 

 どういうことなんだ? 生徒会長は授業を受けなくていい? つまりは、この学校では生徒会長は授業を受けなくてもいいということなのか? だが、そんなのありなのか? こいつがどういう意味でそんなことを言っているのか分からない。

 

 たしか立華は授業を受けていたはずだ。オレも一緒な教室で授業を受けたことはある。

 たまに立華は教室から抜け出すことはあったが、大概が生徒指導のため。つまりは死んだ世界戦線メンバーの逸脱した行動を止めるか、メンバー達に授業を受けさせるためのものだった。

 

 

「授業を受ける必要がないって、それはどういうことなんだ?」

 

 

 もしかしたら、飛び級とか何かしらの理由があるのだろうか。

 紫野の言っている言葉にオレは困惑しながらも、理由を問いかけた。

 

 

「そうだね、キミのような人間には分からないかな。だって僕は、この学校を統べることができる生徒会長なのだからね。僕がどうしようと、僕の自由なんだよ」

「えっと、つまり生徒会長様はこの学校では何をしたっていい。ということでいいのか?」

「ふむ。まぁ、それでいいかな。そのための生徒会長という役職だからね。キミは転校してきたばかりだから、知らないのだろうけど」

 

 

 つまり、この学校で生徒会長はいつでも自由に、それこそ何をしたっていい。この学校の校則ではそう決まっているようだ。

 そんな校則があってたまるかとツッコミたくなったが、よくよく思い返せば立華だって自由にやっていたと言えばその通りだった。

 

 なんだか今までの自分の常識とは違うから、生徒会長が授業を受けなくていいことに違和感を覚える。正直、ここにいる理由としてはいまいち納得はできていない。

 しかし、そうは言ってもこの世界は都合の良いように作られている。結局は何でもありだ。どうしてそうなっているのかと問いかけてみたところで、納得できる答えはないのだろう。考えるだけ無駄なのかもしれない。

 

 

「あ、ああ。そうか、わかったよ。じゃあ、もうひとつあんたに聞いてもいいか?」

「うん、どうぞ。お答えできる範囲でなら答えてあげるよ」

「さっき、眼が赤くなって光ったように見えたんだが、もしかして他のやつらも催眠術というかその能力みたいなものが使えるのか?」

「ああ、さっきのね。うーん、どうしようかな。なんて言おうか」

 

 

 紫野は、少し言いにくそうに表情を曇らせる。オレにどう言おうか考えているようだ。

 

 

「あんまり詳しくは言えないけど、他の生徒が使えるのは見たことも聞いたこともないかな。むしろ、キミが知ってそうだから聞きたいんだけど、何かこれについて知っているのかな?」

「いや、単に昔そういうのを使えた人間がいたからさ。ただ、それだけくらいしか知らないな」

「ふむ。その人は今?」

「ここにはいない。もう、行っちまった」

 

 

 そう、直井はもうこの世界にはいない。この世界から旅立ってしまったのだから、行ってしまったというのが妥当なんだろう。

 

 

「行った? ああ、そうか。そういうことね、分かったよ。じゃあ、その人以外で似たようなのを使っている人は?」

「いいや、見たことがない。となると、今はあんただけということになるのか?」

「僕も知らないけど、キミの言う通りならそうなのかもしれないね。ふぅん……そうかそうか」

 

 

 紫野は納得したように頷いては、ずっと腕を組んで何か考えている。

 だがこれで、他に催眠術のような能力が使えるNPCはいないということは分かった。もしかしたら使えるやつはいるのかもしれないが、紫野の言葉が嘘のように思えない。いたとしても、ほんの数人程度かもしれない。

 

 しかし、この紫野という生徒会長。このNPCは何というか、他のNPCとは違った雰囲気がしてならない。

 なにせ、オレのことを知らないことが大きい。いいや、さっき教師にも名前を忘れられていたからそんなものは理由にならないか。じゃあ、なんだろう。何か普通のNPCとは違う気がしてならない。それはいったい……

 

 

「おや、そろそろ今の授業が終わってしまうようだね。せっかく授業を受けにきたのだから、せめてでも遅刻でもいいから出席してきたらどうかな? なんなら僕が同伴してあげようか?」

「ん? あ、ああ。別に良いよ。オレ一人でも行けるから。ありがとな、生徒会長さん」

 

 

 オレは座っていたイスから立ち上がり、イスを長机の下に入れては、廊下側の扉の方へと向かって歩く。

 

 

「あと、最後に一つだけ聞いてもいいかな?」

「ん? なんだ?」

 

 

 紫野はまだ何か聞きたいことがあるんだろうか。

 部屋を出て行こうと歩き始めていた足を止め、後ろへと振り向く。

 

 

「キミは知らないのかもしれないけど、この学校って入学はできても転校はして来れないはずなんだよね」

「……えっ!?」

「だから、キミって本当は何者なのかな?」

 

 

 紫野というNPCはにっこりと微笑んでいる。彼の瞳はもう赤く光ってはいない。

 ただ、茶色の瞳でオレを見透かすように見つめながら、そう問いかけて椅子に座っていた。

 




3話:to ask a question with a smile  ー  “微笑みを受かべて問いかける”


今回は生徒会長との会話回でしたが、
生徒会長はこの世界の中でちょっと特殊であるということは感じてもらえたらなと思います。
また、NPCと人間の違いも感じてもらえたら嬉しいです。

次回からこのvol.1の本筋のお話に入っていきますので、お楽しみに。
(さらに、シリアス要素が増えていきます)

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