Angel Beats! AFTER BAD END STORY 作:純鶏
「閉式の辞。これをもって、死んだ世界戦線の卒業式を閉式とします。卒業生、退場!」
体育館の中で自分の声が反響して聞こえてくる。
周りには日向、かなで、ゆり、直井の4人がいるだけ。それ以外には人間も含め、NPCさえもいない。
それでも体育館全体に響くように、周りのみんなによく聞こえるように、卒業式を終える最後の言葉を大きい声で言い放った。
反響していた自分の声は次第に聞こえなくなり、沈黙の時間が流れ始める。そんな中でオレ達5人はパイプ椅子の前に立ちながら、体育館のステージをただ見つめていた。
目の前の光景は、ステージに講演台だけが置いてあるだけ。その講演台には、まるで木漏れ日のような日差しが照らされている。ただそれだけ。それ以外は何もないという空虚な光景だ。
しかし、自分は視線の先を変えられずにいた。そこには誰もいないからなのだろうか。目の前の光景は、どことなくオレ達に淋しさを感じさせられる。
それはきっと、その光景がオレ達を天国へと成仏させ、ここに誰もいなくなることを彷彿させられるものだったからだ。
――出会いがあれば、必ず別れもある――
そんなことはわざわざ誰かに教えられなくても、人間生きていれば思い知らされることだ。そんなことは分かりきっている。
……そう、分かっている。分かってはいるんだが、それがたった今。この今という時間がその別れの時であると思うと、心が苦しくなっていく。
みんなが満足してこの世界から旅立てるのだから、本当は喜ぶべきことなんだろう。過去を振り返ることはなく、未来を見て進もうとしているんだ。何も悲しむことも、苦しむことも必要ない。
だけど、頭の中でそう理解していてもダメだ。やはり、頭の中にみんなと一緒にいたいという思いが浮かんできてしまう。自分の心の中に、みんなと別れたくないという感情が湧いてきてしまう。
これを止めることは出来ない。いくら考えたところで、止める方法なんてないんだ。
だから今は……卒業式を終えたという実感に、卒業式をやり遂げたという余韻に浸っていよう。
体育館の中は相変わらず静かなままだった。もしかしてみんなも、自分と同じように余韻に浸っているんだろうか。
たしかに、これでみんなとはもう最後になる。そう思えば思うほど、この世界から旅立つ覚悟が必要になってくる。それだけにみんなも旅立つ決心がつくまでは、何かを思わずにはいられないのかもしれない。
目を閉じて、今までのことを思い返す。
今思えば、卒業式なんていうものはあっけないものだなと改めて感じさせられる。準備をしている時の方がよっぽど面倒で時間がかかったというのに、いざ始まってしまえばあっという間だった。
とは言っても、自分達の卒業式の内容なんて、開式の辞と戦歌斉唱。その後に、卒業証書授与と卒業生代表の答辞と仰げば尊しの斉唱をして、最後に閉会の辞を言ったくらいだ。卒業式があっという間に感じてしまうのも仕方がないんだろう。
多分、卒業式が始まってから1時間も経っていない。
本来の卒業式ならもっと人数も多くなるし、他にも在校生の送辞やら校長や来賓からの言葉やらとたくさんすることがある。
だけど自分達のした卒業式は簡易的な内容のものだ。1時間も経たずに終わってしまうのも、あっという間に感じてしまうのも当然と言えばそうだ。
それでも、卒業式を終えたという事実が自分の心を晴れやかな気分にさせた。卒業式をして良かったと思えた。この世界に来て、みんなと出会えて、本当に良かったと心の底から感じることが出来た。それだけでも、卒業式をして良かったなと思える。
「へっ、女の泣き顔なんて見たくない……先にいく」
卒業式を終えて、誰もが沈黙している空気の中で、その沈黙を破るように動いたのは直井だった。
帽子を深くかぶり、相変わらず偉そうに体育館のステージ前へと歩き出す。すると、みんなの中で端に立っていたオレの目の前まで来ると、直井は帽子で顔を隠しながらオレと向き合って立ち止まる。
てっきり、直井はステージの前で立ち止まるのかと思っていた。
どうしたのだろうか、直井は次第に帽子を下ろしていきながらオレの顔を見つめる。どうやら直井は必死に涙を堪えようとするも涙を止めることができずに泣いていた。まるで、オレとの別れを悲しんでいるように見えた。
「おめーが泣いてんじゃねーかよ」
隣で見ていた日向は、直井の顔を見ながら優しくそう言った。
日向も分かっているのだろう。直井はただ自分の気持ちを素直に出せないだけなんだと。
きっと直井は、今まで人と距離を置いて生きてきたのだと思う。つい偉そうに悪態をついてしまうのも、恥ずかしさや照れ隠しの一つに違いない。
ましてや、直井はこの中では一番の最年少である。身長や性格面から見るに幼く、まだ高校生のようには見えない。もしかしたら、中学生なのではないだろうかと思ったこともあった。
だが、この世界に来る人間はみな高校生という年代の男子か女子だけだ。そうなると直井は、中学を卒業して間もない頃にこの世界にやってきたのかもしれない。
そもそも直井は、自分を神とか言っている人間だ。その時点でどことなく中学生のような子どもっぽさを感じていた。
「音無さん……音無さんに出会えてなかったら……僕は、ずっと報われなくて。でも、僕は……」
直井は鼻をすすり、ひたすら涙を流しながら必死に喋っていた。それはまるで幼い少年のように、泣きながらも自分の想いを伝えようとしていた。
それだけに自然と自分の顔つきが優しいものになっていく。まるで小さい子どもを慰めるように直井の言葉に耳を傾ける姿勢をとった。
「もう迷いません。ありがとうございましたっ!!」
「ほらっ、もういけ」
直井は目に溜まった涙を拭い、一呼吸すると、決心した面向きでオレを見つめては一礼をする。その一礼は、直井の言葉通りに、迷うことなく真っ直ぐな決意を感じさせられるものだった。
いつも自分の素直な気持ちを表せない、そんな不器用な直井が今回ばかりは自分の素直な想いをオレに伝えることができていた。
そんな直井からは、自分に対して本当に感謝の気持ちを抱いていたことが伝わってくる。それに応えるように、頭を下げている直井に両手で直井の肩を叩いては優しく頭を撫でた。
「……ありがとう……ございます」
直井はそう言うと、晴れやかな表情をしたまま頭を上げ、この死後の世界から旅立っていった。
それは何回も見た光景ではあるが、一瞬でその場から仲間が消えてしまうというのは心の中の何かが空虚になっていくような感覚に陥る。それは寂しさなのか悲しさなのか何であるのかは分からない。
だが、それはきっと……自分の魂が、直井との絆が、自分の中で震えるように反応しているからなんだろう。
オレはさっきまで直井がいた場所を、直井がいなくなってもずっと見つめていた。なんとなくだが、そこから目を離してはいけないような気がしていた。
だからといって、そこに何かあるわけでもない。ただ目の前には体育館の床とステージしか見えない。それでもその場所を見続けた。そうしないと自分が、直井がこの世界からいなくなったという事実を受け入れられないのかもしれない。
「……いったか」
日向の声につられて、日向のいる方へと振り向く。日向もさっきまで直井がいた場所を見つめながら、少し寂しげな表情をしていた。
なんだかんだ言っても、直井とはしばらく共に過ごしてきた仲間だ。日向も直井との別れも多少は寂しく感じずにはいられないのだろう。
「さぁて、次はだれが泣く番だ~? 音無かな? かなでちゃんかな? それとも、女の子らしくなったゆりっぺちゃんかなぁ?」
日向はそう言って、おどけたように周りを見渡しながら、オレやゆりやかなでを見る。
オレはまだ直井との別れの余韻が残っているというのに、日向は気持ちを切り替え、まるで重たい空気を和らげようとしていた。
こればかりは、日向の良いところであり、日向だからこそ出来ることなのだろうなと感じてしまう。こうやって切り出してもらえると、自然とみんなが話しやすい空気になる。
「バカね、泣きなんてしないわよ!」
右隣にいる日向の発言に、ゆりはまるで“失礼ね!”と言わんばかりに毅然に振る舞った。するとゆりは、少し思い詰めたような表情になり、左隣にいたかなでの方へと顔を向ける。
「かなでちゃん」
「うん?」
ゆりに呼ばれ、かなではゆりを見つめる。
体育館の窓から入ってくる太陽の光のせいなのか、2人の周りが少し輝いているように見えた。
「争ってばっかりでごめんね。どうして、もっと早く友達になれなかったのかな……本当にごめんね」
「ううん、あたしこそ……」
ゆりは今までかなでにしてきたことを思い出しているのだろう。
かなでのそばまで近づいては、かなでの両肩に手を置く。すると、切なそうな表情を浮かべ、今までしてきたことを謝っていた。
「私ね、長女でね。やんちゃな妹や弟を親代わりに面倒を見てきたから……かなでちゃんに色んなこと教えてあげられたんだよ。かなでちゃん、世間知らずっぽいから余計に心配なんだよ」
ゆりは軽く微笑みながら、かなでに優しく話し始めた。
そんなゆりの表情を見てか、かなでも優しい表情へと変わる。ただ何も言わず、ゆりの話を聞き始めた。
そんな2人の姿を見ていると、ゆりがかなでよりも何歳か年上のお姉さんみたいに見えてきてしまう。
今日のゆりの告白を踏まえると、実際にはかなでの方が年上ではある。だけど、もしこの2人が敵対していなかったら、年齢なんて関係なくゆりがかなでに色々と教えてあげていたのかもしれない。
(……敵対していなかったら、か)
本当はゆりとかなでが戦う必要はまったくなかった。それだけに、敵対していなかったらなと思えてしまう。
もし、2人が戦うことがなかったら、敵対することなく理解しあえていたら、きっと2人は友達であったかもしれない。
仲睦まじく、共にこの世界で楽しく生きていた。一緒に楽しい学校生活を過ごしていた。
そして……ゆりは成仏していたはずだ。きっとそうだったに違いない。何も争うこともなく、かなでに最期を見届けてこの世界から旅立っていたのだろう。
だけど今となっては、それがゆりにとって本当に良い結末であると思うことは出来なかった。
それはそれで幸せなんだろうけど、少なくとも自分としてはその方が良かったとは思えない。
だって、かなでと敵対していた今日までの出来事があったからこそ、今のゆりがいるはずだ。
ゆりはこの世界に神がいると信じ、かなでは神の使者である天使であると信じてきた。そうやって、ゆりは自分の理不尽な人生を与えた神に抗おうとしてきたはずなんだ。
だから、かなでと戦ってきたゆりを責めることも、ゆりと敵対する立場でいるという選択をとったかなでを責めることも、自分は出来そうにない。きっと自分以外の誰だって、目の前の2人を責めることなんて出来るわけがない。
「本当なら私たち、友達でいられたかもしれない。色んなこと……出来たのにね。もっと……色んなことして遊べたのにね」
ゆりは少しうつむいては、力を入れるように手の平を握り締めていた。
多分、かなでにしてあげられたことなんてたくさんあったのに、それが出来なかったことがきっと辛いのだろう。叶わないと分かっていても、叶えたいという思いに嘘はつけないからこそ、ゆりはそのもどかしさに耐えているのかもしれない。
ふと、初めて地下ギルドに入った時のことを思い出す。
あの時、ゆりがなぜ神に抗おうとしているのかを聞いた。その際にゆりは生きていた頃の話を語ってくれた。
ゆりにとって生前での一番最悪の出来事は、母親と妹2人と弟1人を強盗犯に殺されたことだった。たった30分程度で、かけがえのない家族という名の人生の宝物を、いともたやすく壊されたと語っていた。
それは決して何ものにも代えることの出来ない家族の命。壊れれば一生直らない宝物。どう抗おうと取り戻すことのできない宝物だ。
それを強盗犯の都合というだけで失わされた。奪われて壊された。
それ以上に、家族を救ってやれなかったという何とも最悪で、絶望と後悔に満ちたトラウマをゆりに残した。
だからゆりは、きっと死ぬ最後の最後まで、自分の残酷で理不尽な運命を受け入れられず、必死に自分の葛藤に抗いながら、自分の人生を歩んで生きてきたんだと思う。
そんなゆりの生前の頃の話を知っているだけに、そのことを思い出しただけに、ゆりの言葉が自分の心をすごく揺さぶった。
きっとゆりは、姉として妹や弟に何も出来なかった。何もしてやれなかった。守ってやれなかった。そのことが生きていて一番の心残りだったはずだ。
だからこそゆりは、かなでを妹と重ね、姉として何かしてあげたかったのだろう。そんなゆりの想いが自分にはひどく伝わっていく。自分の胸を熱く感じさせるほど、ゆりの願いが自分の心に響いていく。
だがそれも、今となってはもう叶えることはできない。結局は過去に出来なかったことを悔やんでも、それが今できるわけではない。
そう、今ではない。してあげたかったことは今ではなく、出会った頃にしてやりたかったことなんだ。ゆり自身はそれを悟っているからこそ歯がゆく、もどかしく感じているんだろう。
「私ね、高校に入ってから友達なんていなかったの。いいえ、そうじゃないわね。ほんとはいたのだけど、それはきっと“友達であった人達”と言った方が良いのかもしれない。だってみんな、私を友達とは認めなくなったのだから」
ゆりはまるで、生前のことを思い出すかのように遠い目をして話をし始めた。
中学までの話は少し聞いたことはあったが、ゆりの高校の時の話は初耳だった。
「私ってこんな性格だから、クラスメイトや先輩達から嫌われていたの。だって、人の不幸を楽しむような幸せボケした彼女達のことを好きになれなかった。そんな彼女達と一緒にいることが苦痛で仕方がなかったの。だから私は、そんな人達とは一緒にいようとしなかったし、時には歯向かったりもした。それで周りにイジメられるようになっても、気にせずに学校を過ごしていたわ」
ゆりは天井を見上げながら、自分の生前のことを語っていた。
ゆりが生きてきた人生を考えてみれば、周りの人間が人生の理不尽さを知らない甘ったれた人間に感じてしまったのだろう。平然と人を陥れ、人の不幸を楽しんでいるような人間を見るのは、ゆりにとっては虫唾が走るような思いで耐えられなかったのがゆりの言葉から伝わってくる。
「ところが、元々私と仲の良かった友達はみんな離れていったわ。きっと私と仲良くしていたら、自分達もイジメられてしまうからでしょうね。急に私を避けるようになったの。つまり、私を見捨てたってわけ」
そう語るゆりは、とても苦しく辛そうな表情を浮かべていた。生前の頃のゆりにとっては、相当ショックな出来事であったようだ。
「その中でも、ずっと私の味方でいてくれるって言ってくれた友達が急に私を厄介者のように接してきたの。それは私にとってとてもショックだった。だから私は、そんな友達が許せなかった。我が身を大事にして逃げて、友達を見捨てるなんて信じられないって。彼女は周りに流される心の弱い人間なんだって、その友達をひどく軽蔑したわ」
そう言うとゆりは、苦笑いをしながら何かに呆れたように右手をあげて、首をすくませる。
「でも……今思えば、それはお門違いもいいところ。私がその友達を軽蔑する資格なんてなかった。だって私は自分しか見えてなくて、友だちのことなんて全く考えていなかった。結局は友だちを巻き込んで迷惑をかけてしまったのは私自身なんだから、そうなってしまったのも当然だったのかもね」
「そう。そんなことが……」
ゆりは悲しげな表情になり、自分の両手の手のひらを見つめる。その姿は自分の過ちを悔やんでいるように見える。
かなではゆりの話を聞いて段々と悲しそうな表情になっていた。きっと、ゆりが後悔していることが、かなで自身にもひしひしと伝わってくるのだろう。
ゆりはかなでに微笑むと、かなでの右手を両手で握った。
「……実は私ね、その友達に殺されて死んだのよ」
「えっ!?」
ゆりは微笑んだままだが、かなではひどく驚いていた。日向も驚いた表情でゆりを見つめていた。オレもゆりの話に驚きを隠せない。
「その子、私をイジメてた先輩か誰かに何かを命令されたんだと思う。思ってたよりも心の弱い子だったから、きっとイジメられるのが怖くて怯えてたんでしょうね。ほんと、力の加減なんてものを知らないから、きっと誤って力を入れ過ぎたのね。それで人を殺せちゃうんだから、可笑しくて仕方ないわよ」
ゆりは悲しそうな微笑みを浮かべながら、可笑しそうに鼻で笑った。
確かに、以前ゆりは“自殺なんかしてないわよ”と言っていた。ゆりがどんな死に方をしたのかを知らなかったから、てっきりゆりは事故か何かで死んだんだとばかり思っていた。
だけど、さすがにこれは……酷い。いや酷過ぎる。
なんて、なんて残酷なんだ。
「そんなのって……ないだろ。だってそれじゃあ、ゆりが……」
「そうだよ、ゆりっぺ。それはさすがにあんまりじゃねーか!」
「……そうね。ひどい終わり方ったらありゃしないわよね、ほんと」
こればかりは嘘であってほしいと願いたくなる。それほどに、ゆりの人生の終わり方は衝撃の事実だった。
仮にも以前までは仲の良い友達であったはずだ。そんな友達だった人間に、ゆりは殺された。今まで必死に生きて来た人生を、そこで終わらされた。そんな人生の結末は、あまりにも可哀想過ぎる。
「そういやあの子、私を殺す前はひどい顔をしてたっけ。まるで一番の被害者は自分で、いかにも私に助けて欲しそうな、自分だけ助かろうとしているような、ほんとひどい顔だった」
「そんな……」
「だから私も耐え切れず、あの子を
ゆりは微笑んだまま話を続けた。かなでは悲しげな表情になりながらも、ゆりの話を真摯に聞いていた。
そんな2人を見ていると、心が締めつけられそうになる。
信じたくない。そんな話があってたまるかと叫びたい。
だけど、ゆりの言うことは本当のことなんだろう。
みんなと別れる今だからこそ、ゆりは自分の生前の話を話すことが出来たに違いないのだから。
「でも、あの子を追いこんでしまったのは私。私が最初に先輩やクラスメイトに歯向かわず、適当に受け流していれば済んだのよ。我慢して生きていれば良かったのよ……きっとね。そうすれば、私はあの子と一緒に過ごせただろうし、あんなことにはならなかったと思う。そうね、ずっとあの子とは友達のままでいられたのかもね」
「…………」
ゆりは昔の自分に言い聞かせるかのように語っていた。床の方へと顔をうつむきながら、かなでの右手を決して離さずに握っている。
そんなゆりに対して、かなでは何も言えず、ただ辛そうな表情を見せている。
それでもかなでは、ゆりが自分の右手を握っている両手を今度はかなでが左手で重ねるように握った。
そんなかなでに、ゆりは少し震えていた。
「私ね、もう……あんな別れ方はしたくない。本当は友達になれた人と対立したまま別れるなんて、もう嫌だから。だから……私はかなでちゃんと友達でいたい。友達として今までのことを謝りたい。友達として、かなでちゃんと別れたいの!」
「うん……私もゆりとは友達でいたい。私と友達になってくれて、嬉しい」
ゆりは顔を上げると、必死に訴えかけるようにかなでの顔を見つめて言った。
それは、ゆりの本心からの言葉なんだろう。
ゆりの感情のこもった言葉に、かなでもまた優しく微笑んで答えた。
そんなかなでの表情を見て、ゆりは救われたように笑った。ゆりのとても嬉しそうな表情がこちらにも伝わってくる。
「ごめんね。本当に……ごめんね。せっかく、かなでちゃんと友達になれたのにね。もっと……もっと、時間があったらいいのにね。いっぱい一緒にいたかったのに……いっぱいお話したかったのに……もう、お別れだね」
「……うん。そうだね」
ゆりは耐えきれず目から涙があふれ、顔にはたくさんの涙を流していた。そんなゆりの表情を見て、かなでも涙を流す。
「あっ……」
ゆりはぎゅっとかなでを抱きしめる。かなでは抱きしめられるとは思わなかったのか、少し驚いている。
「さようなら……かなでちゃん」
「……うん。バイバイ、ゆり」
涙を流しながら微笑んでいるゆりは、かなでに別れを惜しむように優しくそう告げた。
かなでもゆりを強く抱き返し、別れの言葉をゆりに告げる。2人は友達として長い間抱きしめ合っていた。
そんな2人の姿が、本当に友達同士であるかのように見える。
……いいや、2人はもうすでに友達だ。やっと今、心を通じ合えた仲の良い友達になれたんだ。
今思えば、辛かったのはゆりだけではない。
かなでにとってゆりは、一番長く敵対してきた女の子であり、この世界で一番長く付き合ってきた女の子ということになる。不器用な2人は、すれ違いのまま長い時間を過ごしてきた。
そんな中で、かなでは不器用ながらも、ゆりのためにひたすら一途に堪えてきたはずだ。ゆりのことを思い、ゆりにとって自分が何をすべきなのかを必死に考え、行動に移してきたに違いない。
だからこそ、神に抗うことを生き甲斐にしてきたゆりに対して、かなでは死んだ世界戦線と対立して戦っていくことにした。
それだけに、それだけにかなでは嬉しいんだ。
ゆりとは長くこの世界で過ごして来た。この世界で一番一緒にいた人間はゆりだ。
だからこそ、ゆりに対する想いもまた大きい。長く戦いながらも長く付き合ってきた相手だからこそ、最後にこうやって友達になれたことが、かなでは嬉しいんだ。
ゆりはかなでを抱き終えると、顔を流れている涙を手で拭う。
そして、涙を拭い終えると、ゆりはいつものように毅然とした様子でオレ達の方へと振り向いた。
「じゃあね! ふたりとも」
少し目が腫れているが、ゆりは堂々としていた。この死後の世界を旅立っていく決心がついたようだ。
ゆりの晴れやかなその表情は、どのような困難にだって立ち向かっていけそうに感じる。
「ああ、ありがとな、ゆり。色々世話になりまくった」
「リーダー、お疲れさん!」
オレは今まで色々と世話になったことを思い返すように、ゆりにお礼を言った。
日向も労いの言葉を告げると、別れの挨拶なのか左手を頭の上にあげて軽く振った。
「うん。じゃ、またどこかで!」
ゆりも日向と同じように右手をあげて軽く振り、そして歩き出した。
まるでゆりは、明日も会えるような素振りをしながら、新たな人生へと歩き始めるように。
それは、またいつか、どこかで会えるかもしれないことを思ってなのかは分からない。
ただ、ゆりのその姿は立派で、毅然としていて、ゆりらしかった。
そうやってゆりは、前へ前へと足を歩み出しては、この世界から旅立っていった。