Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

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Next Beat ― part2

 《2011年5月26日16時30分頃:学園敷地内駐車場近くの池》

 

 

 全身が気だるく、なんとなく気持ち悪い感覚の中、目を開いてみる。

 見えたのはややオレンジ色がかかった空。

 朝でも夜でも昼時でもない。夕方に差し掛かっている時間帯だろうか。

 

 体を起こし、自分の周りを見てみる。

 どうやらオレは地面に寝転がっていたらしい。それに自分の体全体が濡れている。

 すぐそばには池が見える辺り、池の中に入ったのだろうか。

 

 ふと、自分の左胸を触った。なんとなく、触ってみた。

 胸の中がモヤモヤする。モヤモヤとした感覚が、心臓の中に残っているみたいだ。

 痛みはない。痛みはないのだが……心が痛いような、そんな不思議な感覚。

 

 オレはいったい、何でこんな場所にいるのだろうか?

 濡れた前髪をかき上げ、額に手を置いて思い出そうとする。

 

 

(たしかオレは……紫野と会って、それで……)

 

 

 何だろう。穴が空いたように部分的にしか思い出せない。

 オレが紫野に会いに行った理由。それに何でオレがここにいるのか。

 

 断片的な記憶しか思い出せないが、思い出せたことはあった。

 

 

(そうだ! オレはたしか紫野に会って、それで紫野の記憶を書き換える能力を受けて……それから……)

 

 

 それから、気づいたらここにいた。

 ということは、紫野と相対した後、紫野の能力を受けたオレは記憶を書き換えられたのだろうか。

 

 ……それにしては、書き換えられたというよりは欠落しているように感じられる。

 もしかしたら、オレの中の記憶を奪ったか消した可能性が高い。胸の辺りがモヤモヤするのも、もしかしたらそのせいなのかもしれない。

 そう考えると、何か大切なことを思い出せないような気もする。きっと紫野の能力で、大事な記憶を消されてしまったのだろう。

 

 

(それなら、紫野に会わないと! それで…………それで)

 

 

 それで、オレはどうすると言うんだろうか。

 あれだけ何も出来なかったオレが、また紫野のところに向かったところで、同じことの繰り返しだ。

 安易に紫野のところへ行けば、担任の円堂というNPCのようにまた他の誰かが殺されるかもしれない。今は身を隠しておいた方が良いのだろうか。

 

 だけど、会わなかったところで紫野がまた誰かを殺そうとする可能性は十分にある。

 それこそ、オレと関係のある柔沢が狙われる。このまま引き下がって隠れていてはダメだ。

 

 とりあえず学校の方へと向かおう。

 手遅れになっていなければ、きっと柔沢は部室にいるはず。

 

 立ち上がり、学校へと向かった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 《2011年5月26日17時頃:3-B教室》

 

 

 

 ホームルームの話を聞きながら、時計の針を見てみる。

 時刻は午後5時ちょうど。今日もあっという間に夕方になっていた。

 

 

(音無はどうだったんだろ……朝霧を見つけられたんだろうか)

 

 

 音無は朝霧が行方不明であると言っていた。

 さすがに死んではいないとは思うが、朝霧がどうなったのかが少し気がかりだ。

 

 午後のホームルームが終わり、部室へ向かおうとカバンに手をかけようとした時だった。

 

 

「柔沢、ちょっと来てくれ」

 

「あ、はい」

 

 

 俺を呼んだのは、さっきまで明日のことをみんなの前で話していた俺のクラスの担任である、綾瀬 和人(あやせ かずと)先生。

 男性教師の綾瀬先生は教卓のそばで堂々と立っては、自分から動こうとはせず、こちらに来るようにと手招きしていた。

 

 どことなく既視感のような、違和感のような、正体の分からない何か。それが唐突に頭の中をよぎった。

 以前にも他の誰かにこうやって呼ばれたような気がする。

 

 でも、それが誰だったのか、それがいつだったのか。ぼんやりとして思い出せない。

 とりあえず、今は気にせず綾瀬先生のいる教卓へと向かおう。

 

 

「なんですか?」

 

「学習棟の屋上のことで話を聞いたんだが、もしかして柔沢、あそこに行ったりしていないだろうな?」

 

「え、どういうことですか?」

 

「目撃情報があってな。昨日、1年生の子が第2棟の屋上に生徒がいるのを見たらしい。あそこは立ち入り禁止の場所で、普通の生徒は入れないはずなんだが、もしかしてお前じゃないよな?」

 

 

 疑惑の目を向けたまま、俺を見つめる綾瀬先生。

 ピンポイントで俺に話を持ちかけてきたくらいだ。俺に問いかけてはいるが、きっと俺が犯人であると決めつけて話しかけているんだろう。

 

 俺ぐらいしか屋上に入れるやつが思い当たらなかったのか、むしろ屋上に行きそうで素行の悪そうな生徒だからという理由なのか。そこらへんは定かじゃないが、理由なんてどうだっていいんだろう。

 実際俺は昨日の夕方に屋上にいたわけだし、ここで嘘をついても話がこじれてしまうのは目に見える。別に隠すつもりはなかったし、ここは素直に言うしか他にない。

 

 

「それは、きっと俺です」

 

「え、本当にお前なのか? もしかしてと思って聞いたんだが、やっぱりお前だったのか。こんなテスト前の時期になんであんなところにいたんだ?」

 

「……なんとなくです」

 

「なんとなく? そんな理由でか? それに昨日は、ホームルームの後に教室のクラスリーダーは職員室に行くようにって言ったよな? そこにも来てなかったらしいじゃないか。昨日は本当にどうしたんだ? なんか理由があるんじゃないのか?」

 

「…………忘れてました」

 

 

 あまり記憶にないが、そういえばそんなことを言っていたのかもしれない。

 だけど、昨日はなんとなく落ち着かない状態だった。心がざわついて、穏やかじゃなかったんだ。

 そのせいか、ホームルームの話を聞き逃してしまったのかもしれない。さすがにこればかりは自分の落ち度でしかないし、言い訳もしようがない。

 

 だから、自分に昨日のことを聞かれても、行かなかった理由を問われても何もない。忘れていたとしか言いようがないんだ。

 

 

「おいおい柔沢、しっかりしてくれよ? 今のクラスリーダーはお前なんだからな。お前が頑張ってもらわないと、迷惑がかかるやつだって出てくるんだぞ」

 

「……今の? クラスリーダー?」

 

「ん? どうした?」

 

 

 綾瀬先生の言う“今のクラスリーダー”という言葉に、またしても頭の中に何かがよぎっていく。

 今は気にするような言葉ではないはずなんだが、今はその何気ない言葉にどうしても頭の中が引っかかる。

 忘れてはいけないことを忘れているような、何か忘れていることを思い出せそうな、なんだかもどかしい気分になっていく。

 

 

「いや、なんでも……なんでもないです」

 

「ん……そうか? とりあえず、3年生にもなったんだし、進路も決めてしっかりしないといけないんだぞ? 部活動も今は無所属なんだし、より勉強に専念していかな」

 

「え!? 待ってください! 今なんて言ったんですか?」

 

「あ? だから、そろそろ進路も決めてだな」

 

「そうじゃないですよ。無所属って、どういうことですか? 戦研部に所属してますよ俺」

 

「なにを言ってるんだ? おまえは今年から部活動なんて入らず、無所属だったはずだろ? 帰宅部だったはずだ」

 

「はあっ!?」

 

 

 この先生は何を勘違いしているんだろう。俺は部活なんか辞めてないし、今もなお、戦史研究部の部員だ。現に今学期も部員として活動してきた。部室に行って部活動をしてきたんだ。決して無所属なんかじゃない。

 

 しかし、なんでこの男はこんなことを言うのか。本当にわけが分からない。

 こいつ、俺のことなんて分かってないんじゃないのか? そう思えて仕方がない。

 

 

「そんなわけない! 冗談言わないでください! ここの1階に部室がある戦史研究部です。そこに俺は所属しています。先生は知らないんですか?」

 

「うん? そうだったか? そんな部活動があったことは覚えているが……」

 

「そんな、なんで……なんで覚えてないんですか? そうだ、顧問の先生聞けば…………顧問? あれ? 顧問って、誰だ!?」

 

「落ち着け柔沢。ちょっと変だぞ? どうしたんだ?」

 

「どうしたんだって……先生こそどうしたんですか? 戦史研究部に俺、入ってたじゃないですか。今までだってちゃんと活動してました。それに顧問もいたはず……そう、顧問がいたんだ。でも、誰なんだ? 誰が顧問だったんだ? くそ、なんだ。なんだっていうんだ!?」

 

 

 段々と頭が混乱してきた。困惑ともどかしさが入り混じっていく。

 分からないものが何なのか分かっているのに、思い出せないことに苛立ちが止まらない。

 俺は絶対に戦研部に入っているのに、担任が思い出さないことに苛立ちが止まらない。

 

 いったい何が? 俺の中と俺の周りで何が起きてるんだ?

 

 すると、俺のそばにクラスメートの笈内 洋治(おいうち ようじ)がやってきた。

 俺の様子を見て少し心配になったのだろうか。心配そうな表情で、俺の肩に手を置いてきた。

 

 

「柔沢、どうした? 大丈夫か?」

 

「ああ。そうだ笈内、おまえと俺とで一緒に部室行ったこと覚えてるよな? 前にそこでモデルガン触らせてやったよな?」

 

「え? 何の話? 一緒に部室になんて行った覚えねぇぞ? そもそも柔沢って帰宅部じゃなかったか?」

 

「嘘だろ? おい、ボケてんじゃねぇぞ!? ちゃんと思い出せよ、ふざけたこと言ってんじゃねぇ!!」

 

 

 笈内の言葉にイラついて、つい襟を掴んでしまう。

 以前、笈内に頼まれてわざわざ部室の中に入れてはモデルガンを見せてやったことがある。

 なのに、コイツはそれを覚えていないと言い放った。とぼけたように知らない表情を装う笈内に、苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 

 

「はぁ!? ボケてんのはお前だろ!! 俺は知らねぇって。ちょっとお前おかしいんじゃないのか?」

 

「俺が……おかしい?」

 

「そうだ柔沢。本当にどうしたんだ?」

 

 

 自分がおかしいと言われ、ハッとなって周りを見てみると、クラスメートのみんなは俺に視線を向けている。いつの間にか教室の中が静まり返っている。それはきっと、自分がついカッとなって笈内の襟を掴んでは大声を出してしまったせいなのだろう。さっきまでの和気あいあいとしていた空気は、今はもう張りつめたものへと一変してしまっていた。

 

 この空気を知らないわけじゃない。以前にもこんなことはあった。よくあったことじゃないか。俺はいつもこうやって担任の先生にキレて、怒鳴ったことは何回もある。初めてのことなんかじゃない。

 だけど、不安になるのは何だ? 何かが違うこの違和感は何だ? よくあったことなのに、以前の頃とは違う感覚。何もかもが変わってしまったような、そんな違和感が自分をとてつもなく不安にさせていく。

 

 

「…………おまえらこそ、どうしたんだよ? 俺がおかしい? 俺は変わっちゃいねぇ! おまえらの方がよっぽどおかしいだろっ!!」

 

 

 拳を握った右手で黒板を強く叩く。割れる勢いで叩いたが、黒板に傷はつかない。頑丈な俺の拳でも、力を込めた程度では傷すらつくことはなかった。

 変わらない。どんだけ力を振り絞ったところで、俺に対するみんなの視線は変わらない。変わらないまま、教室の中は静寂に包まれている。

 

 

「……くそっ! もういい!!」

 

「おいっ!? どこに行くんだ柔沢! 戻ってこい!!」

 

 

 教卓を強く蹴ってすぐに教室を出た。今は教室から出ていかないと気が触れて本当におかしくなってしまいそうだ。

 自分の中にイライラが溜まって、ムカついている感情が抑えきれない。もう、怒りが混じった興奮が収まりそうにない。そんな状態でいたら、誰かを殴ってしまう。衝動に駆られて、取り返しのつかないことになる。それだけは避けなくちゃいけない。

 

 

(くそっ! みんなどうしちまったんだ? 何がどうなってるんだ?)

 

 

 とりあえず、今は1階の戦研部へと向かおう。

 行き先なんて考えずに出てしまったが、今はそこくらいしか心を落ち着ける場所が他にない。

 

 階段を力強く一気に下りていき、1階廊下を進んで部室へと向かう。

 すると、部室の扉の前で背の低い女子が立っていて、“戦史研究部”と書かれたプレートを見つめている。

 

 誰だろうか? 初めて見る顔つきだが……もしかして、戦研部に用があるのだろうか? 少し挙動不審というか、オロオロしているように見える辺り、1年生に思えるけど。 

 まぁいい。とりあえず用があるなら聞かないと。

 

 

「あんた、もしかして戦研部に用か?」

 

「へ? あ、いや……ぇ……っと、あの……その……い、いえ、すみません。何でもないです。失礼します」

 

「え? あ、ちょっと!」

 

 

 声をかけたまでは良かったが、俺の顔を見た瞬間、女子生徒は委縮したように小さくなって、どこかへ立ち去ってしまった。

 呼び止めようとしたが、全速力で逃げられては追いかけようもない。それにあそこまで怯えてしまっては、尚更追いかけられない。

 

 もしかして、俺の雰囲気が怖かったのか?

 それなりに優しく言ったつもりだったんだが、さっきのこともあって上手く出来なかったのだろうか。

 

 ……ま、用があるならまた来るだろ。とりあえず、部室に入るか。

 

 ポケットから部室の鍵を取り出し、部室の扉の鍵を開ける。カチャリという音が鳴り、ドアノブが回ることを確認する。

 勢いで教室を飛び出してしまったが、いつも鍵だけは肌身離さず持つようにしていた。そのおかげで部室の扉を開けることは出来た。

 

 だが、問題はカバンを教室に置いて来てしまったこと。

 もしカバンを持っていれば、今日はもう教室に戻らなくて済んだんだが……そこまでは仕方ない。気まずいが、時間を置いてから教室に戻るか、最悪誰かに取って来てもらえばいいか。

 

 扉を開け、すぐそばにある部室の電灯のスイッチを押す。電灯の明かりが部室の中を照らし出した瞬間、俺は目を疑った。

 

 

「は? 嘘……だろ?」

 

 

 部室の中は、いつもの部室とは違っていた。

 元々、長机があった場所には何もない。ぽっかりと空間が空いている。それに、壁に貼ってあった壁紙や壁に掛けてあったモデルガンやサバゲーに使うもの全てが消え、奥の方にダンボールがたくさん積まれてある。壁下には、ダンボールに入り切らないようなモデルガンとかが全て壁に立てかけるように置いてある。

 まるで部活動なんて今までしてなかったかのような、そもそも人なんてここ最近入って来てないような、そんな感じの物寂しい部屋に様変わりしていた。

 

 

「なんだよこれ? マジか? ははっ……笑えねぇぞ!」

 

 

 部室の中へと入って積まれたダンボールに手をかけると、ホコリが被っていたようだ。ホコリが一気に空中に舞い始める。

 手についたホコリを見ていると、まるでこの部屋は数ヶ月以上使用されていなかったように思えた。

 

 

(そんな、こんなことって……)

 

 

 足の力が抜けて、膝を地面についた。

 何が起こっているのか分からない。わけのわからない現象が起きていて、頭がついていかない。

 

 この部屋が戦研部ではなく、別のものであると思いたい。部屋を間違えたんだと思いたい。

 だけど、実際に俺はこの部屋の鍵を開けた。目の前にあるものは戦研部のものだ。戦研部の部室であることは間違いないはず。

 

 それなら、この状態は何なんだろう。どうしてこんな状態になっているんだ。どう考えたっておかしい。

 俺がおかしいのか。俺の周りがおかしいのか。何もかもが変わってしまったような感覚。

 自分は忘れているのか。周りが忘れているのか。何も思い出せない。分からない。分からない、分からない!

 

 床に両手をついて、受け止めきれない現実から目を背ける。

 辻褄合わせの出来ない現状を受け入れることも出来ず、ただ、床を見つめるしか出来なかった。

 

 

「柔沢!! どうしたんだ!?」

 

 

 振り向くと、そこには全身びしょ濡れの男子生徒がいた。

 その男子生徒の顔や姿を見て、その声の主が誰であったかを思い出した。

 

 

「おと……なし、か?」

 

「大丈夫か? いったい何があった?」

 

「分からない……もう、何もかもが分からないんだ。教えてくれ音無。なあ、どうしちまったんだ? 俺が変なのか? それとも世界が変になっちまったのか? 大切な何かが思い出せないんだ」

 

「とりあえず落ち着こう。まず、ここに紫野生徒会長は来なかったか?」

 

「生徒会長? なんで生徒会長が? もしかして、この部室も生徒会長が?」

 

「そこまでは分からない。じゃあ柔沢は生徒会長に会ってはいないんだな」

 

「あ、ああ。今日はまだ一度も会ってない」

 

「そうか、それなら良かった……」

 

 

 安心したように微笑む音無。

 なんだか音無がここにいるだけで、俺の中の不安な心が和らいでいく。

 

 

「そうだ音無! おまえたしか、朝霧を探しに行ってたんだろ? 朝霧はどうしたんだ? 見つかったのか、無事だったのか?」

 

「……ん? あさぎり?」

 

 

 不思議そうな表情を浮かべ、俺の言った言葉がまるで理解出来ないかのように音無は考え込んでいた。

 朝霧を探して生徒会に向かったはずなんだが、様子がおかしい。今思えば、何でこんなに全身すぶ濡れなんだ?

 

 

「あさぎりってなんだ?」

 

「え……?」

 

「すまない、それが何なのか今は思い出せないんだ。教えてくれ」

 

 

 思ってもいない反応に、少し戸惑ってしまう。

 思い出せないとは何だ? 朝会った時はあんなに朝霧を心配していたのに、今は思い出せないなんて。どうしちまったんだ?

 

 

「教えてくれ。って……どうしたんだ音無? 朝霧史織だよ。3-Eの朝霧史織だ。おまえが一番親しかった女子だよ、忘れたのか!?」

 

「……どうやら、記憶喪失みたいなんだ。ところどころ記憶が曖昧というか、穴が空いたように思い出せないんだよ」

 

「音無……おまえも、か」

 

「え? 今なんて?」

 

「いや何でもない、忘れてくれ。それじゃあ、おまえは今まで何していたんだ?」

 

「それは…………そうだな、どう話すべきか……そもそも……」

 

 

 音無はまたしても悩むように腕を組んで、言うべきか言わないべきかと言い淀んでいる。

 だけど、何があったのか全部教えてもらわないと困る。もしかしたら、この部室のことにも関係していることがあるかもしれない。

 

 

「言ってくれ音無、このままじゃ俺も今の起こっている現状に収拾がつかないんだ。お願いだ、分かっていること、あったこと全部話してくれないか」

 

「…………わかった。じゃあ、取り乱さずに聞いてくれよ?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 

 音無が神妙な顔つきをして俺を見つめている辺り、だいぶ深刻な話なのかもしれない。

 覚悟を決めて、俺も音無の顔を見つめる。

 

 

「まず、生徒会長がおまえを殺そうとするかもしれないんだ」

 

「へ? ああ? な、ええっ!?」

 

 

 音無の言葉に上手く返すことが出来ず、言葉を詰まらせてしまう。

 あまりにも唐突過ぎる事実を突きつけられ、ただ困惑することしかできなかった。

 

 生徒会長が俺を殺そうとする……ダメだ、わけが分からない。まだ、生徒会長が裏で何か暗躍したり、悪だくみを企てようとしているとかそんな話なら理解できる。

 だけど、俺を殺そうとするかもしれないなんてことを急に言われても、頭が追いつかない。さすがにもっと経緯を踏んで話してもらわないと。

 

 

「…………すまない。話が性急過ぎたな」

 

「あ、ああ……とりあえず、ちゃんと分かりやすく話してくれ」

 

「かいつまんで話すと、生徒会長は生徒会の邪魔をする人間を裏で排除していたんだ。そこでオレもまた邪魔な存在として排除されそうになったんだ」

 

「……それで?」

 

「オレは生徒会長から何とか逃げのびたんだが、ただオレのせいで担任の教師が犠牲になってしまったんだ」

 

「担任の教師? 綾瀬先生か?」

 

「いや、たしか……円堂という名前だった。柔沢も担任だったから知ってるだろ? 女性の円堂って名前の教師」

 

 

 今の担任は、綾瀬先生だ。そう、綾瀬和人という男性教師。

 でも、なんとなく“えんどう”という名前に聞き覚えがある気がする。たしか……

 

 

「……………えんどう? えんどう、せんせい……?」

 

「ってそういや、NPCの柔沢は知らないんだっけか」

 

「円堂……舞香先生……うぐっ!!?」

 

 

 頭の中に電流のような何かが流れ、痛みと共に何かを思い出していく。

 走馬灯のように記憶が頭を駆け巡って、今までの違和感の正体がやっと明らかになっていく。

 

 

「そ、うだよ! そうだよ音無!! 円堂先生だったんだ。なんで俺、あの人のことを忘れてたんだ? いや、待ってくれ、でもそれじゃあこの状況は何なんだ? いったいどうしてこんな……」

 

「……大丈夫か柔沢?」

 

「音無、円堂先生はどこにいるんだ? おい、なんで円堂先生じゃなく綾瀬先生が担任なんだ!? いったい、円堂先生はどこに行ってしまったっていうんだ!?」

 

「落ち着いてくれ! 円堂って教師はきっと……いや、もう……」

 

 

 暗い表情を浮かべる音無。

 少し言い淀んでいるのは、俺に告げることを躊躇っているからなのだろうか。

 

 

「もう、手遅れだ。たぶんだが、生徒会長に殺されてしまったと思う」

 

「なっ!? そんな!! こ、殺されたって……なんでだ!?」

 

「それは……生徒会長にとって気に食わなかったからかもしれない」

 

「はぁっ!? それだけで? それだけで殺したって言うのか!?」

 

「…………」

 

 

 音無は黙ったままだった。

 黙ったまま、言葉を押し殺すようにずっと下を向いている。

 

 

「嘘だろ? 殺したって……なんで? 生徒会長が殺すってなんだよ? わけわかんねぇぞ!! じゃあ、円堂先生は……死んだっていうのか? たったそれだけで、殺されたっていうのか!?」

 

「……残念だが、円堂って教師は、きっとオレをかばって死んだのかもしれない。分からないけど、多分生徒を守ろうとして死んだんだと思う」

 

「そ、そんな……」

 

 

 嘘だと思いたい。嘘であってほしい。

 けれど、実際に円堂舞香という名前の教師は行方不明だ。担任ではなくなり、みんなからも親しかった俺からも忘れられた円堂先生。

 学校にいないからといって円堂先生が死んだ理由にはならないが、ここから消えた理由が他に思い当たらない。音無がそう言うのなら、本当にその可能性が高いということになる。

 

 

「じゃあ、あいつのせいで、円堂先生は……」

 

「もしかしたら、他にも犠牲になってしまった誰かがいるのかもしれない。最悪の場合は柔沢、おまえまで消されるかもしれない。だから……」

 

「紫野、生徒会長……生徒会……」

 

 

 オレはまたしても、救えなかったというのだろうか。生徒会の人間のせいで、また誰かが犠牲になってしまったんだ。

 ……犠牲? 誰か? オレは、誰を……救えなかったんだ?

 

 

 ――“いつか立派に胸を張って生きる人間になりたいの私。だから……”

 

 

「いっ!? ………っ」

 

 

 またしても、急激な頭痛が起こる。焼けるように頭の中が熱く感じて痛い。

 だが、痛みが消えた頃にはもう……自分の記憶の全てを取り戻していた。

 

 そうだ、全てを……今まで見えなかった記憶の全てを、今になってやっと思い出したんだ。

 

 

「……あの野郎!!」

 

「どうしたんだ柔沢? どこか頭でもケガしているのか?」

 

「そうじゃない。あの野郎があいつを……紫野のせいで俺は……」

 

 

 思い出した。今まで忘れさせられていたかのように思い出すことを出来ずにいたが、ようやく今思い出せた。

 名前は思い出せないが、あいつがあんなことになったのは……そう。全部は生徒会のやつらのせいなんだ! 

 

 

「許せねぇ! あいつら、絶対に殺す!!」

 

「いったいどうしたんだよ、落ち着いてくれ!」

 

「……落ち着け? 冗談じゃねぇ、落ち着いてられるかよっ!!」

 

 

 音無が心配そうに両手で俺の肩に手を置くが、俺はそれを振り払って立ち上がる。

 もう、落ちついてなんかいられない。やりたいようにやっているあいつらのところに行かないといけない。今すぐにでも、生徒会に行かなくてはいけないんだ。

 

 

「あいつらのせいで円堂先生も殺されたんだ! 他の誰かが殺される前に、俺が殺す!!」

 

「待ってくれ! 生徒会室に行っちゃダメだ!」

 

 

 音無も立ち上がり、扉の前で手を広げては行かせまいと立ち塞がっている。

 でもそんなの関係ない。俺は生徒会を崩壊させなくてはいけない。せめてでも、生徒会長かあのクソ野郎を痛みつけるか殺さないと気が済まない。いや、そうでもしないと、きっとまた誰かが壊されてしまう。殺されてしまうかもしれない。

 

 それなら……止まらない。止まれない。止まることなんて出来ない。

 あいつらに壊されたままで黙っていてやれるほど、俺の心は壊れちゃいない。この体が壊れようとも、あいつら生徒会を潰すんだ!

 

 

「止めないでくれ音無! 俺は生徒会を壊さなきゃ……夢を持った人間を壊したあいつらに俺がしてやらねぇといけないんだ! どいてくれ音無っ!!」

 

「どかない! このまま行かせたら柔沢、おまえは死んでしまう! それだけはダメなんだ!!」

 

「どけよっ!! どかないってんなら、力づくでも行く。このまま引き下がってたまるかよ!!」

 

「ならオレも引き下がらない! 絶対におまえを紫野のもとになんか行かせない!! 力づくで来るのなら、俺もおまえを力づくで止めてみせる!!」

 

 

 音無は曲げない。自分の意思を変えようとはしない。力強く言う音無の言葉には、きっと決意が変わることはないように感じられた。

 その姿は、今までの音無とは違ったように思えた。外見がびしょ濡れなせいもあるかもしれないが、明らかに今までになく強気でいる。

 

 だが、それでも俺は行く。ここで行かないなんてことは出来ない。自分の意思を変えることも、力づくでも行くという決意を変えるつもりはない。

 

 

「…………なっ!?」

 

 

 おぼろげに、音無の背中が揺らいだ。

 いいや、音無の背中から黒い湯気のような何かが見えた感じか。

 明らかなのは、部室の扉から差し込む光によって出来た音無の影がゆらゆらと揺らいでいる。

 

 それはまるで真夏の陽炎のようだった。




次回に続く……


今回のお話、どうだったでしょうか?
柔沢はついに世界の異変に気づき、今までの記憶を取り戻していきます。
生徒会と何があったのかはまだ語られませんが、次回に期待ですね。

そして音無は、朝霧とナツキに関しての記憶を失います。
記憶を失った原因が、紫野ではないことは明白ですね。
今後どうなっていくのかもお楽しみに。


さて、これにて本編のお話は一時的にお休みし、
今までのお話の修正活動に移ります。

とは言っても、ある程度は更新する予定です。
次のお話が気になる方もいるかとは思いますが、ご了承頂ければいいなと思います。


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