Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

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音無の生前の記憶。
決して音無から語られることのない物語。
音無の人生の結末。

死後の世界に来る前の本当の音無の心情とは。

最後、彼が思い出したこととは何か。


(注)このお話はサイドストーリー的扱いなので、本編は次回から始まります。
あらすじも次のお話にて書いてあります。


Vol.2 音無消心編
EP09 ― the silent of my life


 妹の初音は少し病弱な体質だった。2年ほど前に病気を患ってしまい、今は病院の布団の上で自分の人生を生きている。

 母さんは初音が生まれたと同時に死んでしまった。親父もいつの間にか初音とオレを置いて行方不明になってしまった。結局、初音にとっての家族はオレだけだった。

 

 当然、頑張らなきゃいけなかった。高校生になった今も、学校も生活も自分の全てを犠牲して生きている。

 

 

――オレはなんで頑張っているんだろ?

 

 

(いいや考えるな。そんなことは考えちゃいけない。初音のために、頑張るんだ。頑張って、頑張って……初音が治るまで……がんばって……)

 

 

 そう。頑張るしかなかった。今の現状、今の生活、今の自分。全ては妹の初音のため。初音のために、オレは頑張っている。自分のためじゃない。たった一人の家族のために、オレは頑張っている。あいつのそばにオレがいてやらないと

 

 

 “音無って、大変だよな”

 

 “音無くんって、可哀想だよね”

 

 “音無、あんまりムリするなよ。大変だろうが、体だけは大事にな”

 

 “いつだって、親戚である私達を頼ってもいいんだからね”

 

 

 みんな、オレに対して色々と口にしていた。同情の言葉、哀れんだ視線。上辺だけの優しい言葉をオレに浴びせる。

 

 でも関係ない。オレは初音のためにしているんだ。母さんとだって、初音を守るって約束した。オレしか初音を守ってやれないんだ。オレが初音を守ってあげることは当然なんだ。

 

 だって、たった一人の家族なんだ。上辺だけの家族じゃない。本当に慕ってくれる、大切な存在。

 オレがオレであるために。初音が生きていけるために。何を犠牲してでも、初音だけは。家族であり、血の繋がった妹の初音だけは……

 

 

 “可哀想に”

 

 “大変だな”

 

 “辛いだろうな”

 

 “気の毒に”

 

 

 考えるな、考えるな、考えるな、考えるな!

 頑張るんだ、無我夢中に、一心不乱に、精一杯やりきるんだ。

 自分の人生に意味なんかない。意味なんて、価値なんて、何もない。

 そんなものは、オレに必要ないんだ。

 

 だから、だから……オレは……

 

 

 

   ×    ×    ×    ×

 

 

 

「残念ですが……もう手の施し様がありません……」

 

 

 初音が死んだ。死んでしまった。この世から消えてしまった。消えて、いなくなった。初音という人間は、どこにもいない。何も……ない。

 2つの感情が混在する。2つの感情が入り混じってせめぎ合う。絶望と安堵が、自分の全てを支配していく。

 

 

――オレの人生って、いったい……?

 

 

 オレは初音のために生きた。自分の人生を犠牲にしてまで、初音のそばにいた。

 いつか、初音が元気になると信じて。いつか病気は治ると信じて。

 

 なのに、初音は死んだ。死なせてしまった。殺してしまった。

 

 頑張ってきた今までの人生は、無価値だった。意味のない人生。全てが消えてしまった。

 

 

 “妹さえいなければ……”

 

 “初音がいたせいで……”

 

 

 ダメだ! 考えてはいけない。考えちゃいけないんだ。

 初音のおかげでオレは……意味のある人生になったんじゃないか。今まで生きて来られたのも、初音のおかげだ。初音がいたから、オレは……オレの人生は……

 

 でも、何もかもを失った今、目の前のものが見えない。暗闇が自分を染めていく感覚。無音となった部屋の中で、何も考えずにはいられない。思考を止めることは出来ない。

 

 

 オレは心の底で、初音がいなくなって安心した。全てから解放され、妹というしがらみから解放された。

 きっと、初音さえいなければ、自分の人生に価値はあったのだろう。家族なんてものを守らなければ、何も失わずに済んだ。意味のある人生を送れたのに、妹なんていう存在のせいで狂わされ、自分の人生の意味を奪われた。

 

 いなければ、いなければ。そうだ、いなくなって良かった。いなくなって、ほんと、よか……った……

 

 

 暗闇が自分の中に浸食し、完全に染まろうとしていく。世界は真っ暗。自分も真っ暗。全てが真っ暗。光は見えない。

 

 

 “初音は『ありがとう』と言ってくれた。もう、頑張らなくていいんだ”

 

 “初音を救えなかった人生に何の意味があるんだ。それこそ無価値だ”

 

 “初音を殺したのは自分だ。奇跡なんて信じなければよかった。罪を償うべきだ”

 

 “初音のせいで自分の人生は奪われたんだ。もう気にせず生きていけばいい”

 

 “初音はオレに生きていてほしかった。だから、死んでくれたんだ”

 

 “初音さえいなければいいと何度思ったことか。本当に妹なんていうお荷物が死んでくれてオレは救われた”

 

 “初音のいない人生がこんなに充実しているなんて。自分のやりたいことが出来る。なんて素晴らしいんだ”

 

 “初音の想いは受け取った。だから、自分にはまだやれることがあるんじゃないか”

 

 “初音がいたから頑張れた。初音のために生きた人生だからこそ、意味があるんじゃないか”

 

 “初音のせいで、無価値な人生を送ってしまった。だからやり直す。無意味な人生を忘れ、新しい自分の人生を歩もう”

 

 

 自分の中にいる自分自身に問いかけられる。様々な言葉が、自分の頭を埋め尽くし、最後にはいっぱいになる。

 

 

 心は砕け、思考は混濁し、自分は空っぽになった。

 自分とは何か。人生とは何か。価値とは何か。意味とは何か。家族とは何か。生きるとは何か。

 

 考えて決めたのか考えないままなのかさえ曖昧だ。

 

 周りも暗闇で、自分さえも暗闇。何も見えないのであれば、それに境界線なんてものは存在しない。

 全てが自分のような感覚。自分という存在が何なのか分からなくなる感覚。

 真っ暗な世界で光がなければ、自分が自分であるということも認識できない。

 

 無音で暗闇の世界に、音が鳴り響く。どこから聞こえてくるのか。何の音なのか。分からないけど、感覚を研ぎ澄まして音を感じてみる。音はどこから聞こえるのか。全方向に感覚を集中させて、音の発生源を探す。

 

 聞こえてくるのは、自分。自分の中から聞こえて来る。無音だった世界に、自分の音が鳴っていく。

 

 そうか、音のなかった無音の世界に、音が鳴ってくれたおかげで、自分の感覚が露わになってきたのだ。

 

 感覚を取り戻していくにつれ、自分という存在の認識を改める。

 

 そして、自分の全てに研ぎ澄ます。きっと曖昧で真っ暗な自分は、なんとかして光を紡ぎ出していくしかない。それしか未来はない。光を作ったのは自分なのか他人なのか世界なのか神様なのかさえ、暗闇の中では曖昧だ。

 

 だけど、確かに光は暗闇の世界から紡ぎ出されていく。

 

 

 

 気付けば、オレは生きていた。何故か、生きていた。自分をなんとか形成して、自分を作って生きていた。本物か偽物かなんて分からない。

 けれど、『生きる』という生物の根源たる本能からは逃れられない。人間という生き物はどれだけ思考を張り巡らせても、勝手に生きるのだ。

 

 死にたいと思っても、生きる。殺したいと思っても、生きる。腕を動かすことは出来ても、心臓を止めることはできない。音を聞かないと思っても、勝手に耳から聞こえて来る。脳でさえ、生きるという本能に逆らうことは出来ないのだ。

 

 

 いつの間にか、生きる意味、生きる目的、生きる目標、生きたいという意志、生きる価値、生きなければならない理由。

 たくさんのものがオレという人間の中に存在するようになっていた。

 

 生きることに希望を抱くようになったオレは、もう昔の自分ではない。昔の自分は、自分ではなくなっている。自分は、昔の自分を消した。消えないものは、隠した。頑張って偽った。見えないようにした。

 

 不要なものは、全て封印した。決して開けられないよう、漏れ出さないよう、きっちりと縛った。たとえ、暴れ出したとしても、音が鳴ったとしても、音が聞こえないように。音を無くすように。光に覆われた自分の中に、無音の闇を作り、そのまま暗闇へと同化させた。

 

 

 

   ×    ×    ×    ×

 

 

 

 

「音無! 目を覚ますんだ! 音無っ!!!」

 

 

 オレの人生は終わりを迎える。終わりを迎えようとしている。

 トンネルの中で、ドナーカードを書いた。誰かの命を救えるのならと最後の希望を抱いて。

 誰かを救いたいという自分の願い。願望。目標。生きる意味。

 報われたと思った。叶ったと思った。ここまで生きて良かったと心の底から感じた。

 

 

 だけど、それは偽りの自分。いいや、偽りもクソもない。光に覆われた自分も闇に閉ざされた自分も、どちらも本当の自分でしかない。

 

 

 こんな理不尽な人生に、何を満足とすればいい。

 こんな不幸せな人生に、何を幸せとすればいい。

 こんな無意味な人生に、何の意味を持てばいい。

 

 大事な妹も救えず。

 他の誰かも救えず。

 自分さえも救えず。

 

 ああ、そうだ。こんな人生、受け入れられるわけがない。受け入れるなんてことが出来るわけがない。何も受け入れられない。

 

 

 絶望の中で、光と闇を魂に抱いたまま、オレの肉体は永遠の眠りについた。

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

《1996年7月27日16時40分頃:病院の個室》

 

 

 

 遠い記憶。今となっては、子どもの頃の思い出だ。ぼんやりとしか覚えていない。

 でも、走馬灯のように思い出されることは、いつだって急だ。特に何かのキッカケがないと呼び起されないものだ。この記憶も、きっとそういうものなんだろう。

 

 

 7月。季節的にはもう夏になっていた。

 まだ8歳だった時のオレは、病院の病室のベッドにいる母さんに会いに来ていた。

 

 

「ねぇママ。ぼく、はやくお兄ちゃんになりたいよ」

 

「そうね……でも結弦。お兄ちゃんってのは、どんな時でも妹を守ってあげたり、助けてあげられる子にならないといけないのよ? わがままな結弦は、ちゃんとお兄ちゃんになれるかしら?」

 

「うん、なれるよ。だからママ、はやく産んでよ」

 

「そうなの? でも結弦は、なんでお兄ちゃんになりたいの?」

 

「だって、ぼくだけ妹がいないんだもん。みーちゃんとかともや君は妹いるんだよ? ともや君なんていつも妹のなぎさちゃんと一緒に遊んでるよ。ぼくもお兄ちゃんになって妹欲しい」

 

「そっか、じゃあ結弦。お兄ちゃんになったら、妹のこと大事にできる? ちゃんと、リトルバスターズみたいに妹のそばにいて、守らないといけないのよ?」

 

「うん! だって僕、いつもリトルバスターズ見てるもん。妹ができたら、リトルバスターズみたいに守るから! 指切りげんまんもできるよ! だからママも頑張って!」

 

「ふふっ、そう? ちゃんとできるの? それじゃあ約束ね」

 

 

 それが、母さんとの最後の約束だった。

 

 初音が生まれた時。初音が初めてこの世界の光を浴びた日。オレの母さんは死んだ。

 小学校で図工の授業を受けていた時に担任の先生に呼ばれ、母さんの容体が良くないとの連絡が来た。

 

 すぐに母さんのいる病院へと向かったけれど、母さんには会えなかった。

 気付いたら、父さんが泣いていた。

 その頃のオレは、なんで泣いているのか……上手く分からないでいた。

 

 誰に聞いても曖昧で、“母さんはもういない”というそんな答えしか返ってこなかった。

 そんなことを言われても、母さんがいないという実感は湧かない。

 

 だから毎日探した。家も町も病院も、母さんが行きそうなところは全て。

 けれど、どこを探しても母さんはいなかった。母さんのものも少しずつ減っていく。ただ、妹の初音は、母さんと入れ替わるように存在していた。

 

 父さんは、オレが中学生の頃になると、知らない女性を連れて来た。

 知らない女性は、オレと妹の初音の母親にはなろうとしなかった。

 父さんも、オレと初音を見捨てるかのように変わっていった。

 

 

 誰も、初音を守ろうとしない。

 誰も、初音を救おうとしない。

 誰も、初音のそばにはいない。

 

 

 だから、オレが初音のそばにいて守ることにしたんだ。




9話:the silent of my life  ー  “自分の人生について語られていないもの”
                   “無音の人生”


音無さんが生きていた頃の心情面を書きました。
物語の流れ的には必要なかったのかもしれません。
本当にその場の勢いで書いてたらこんな感じになりました。

でもこのお話で、音無さんの生きていた頃の心の光と闇を分かって頂けたら幸いです。

あと、初音が死んだ後の音無さんの心情は、いまいち分かりにくいかもしれません。

イメージは、目の前が真っ暗闇になった音無さんは、生きることへの光を見出し、光を纏っては闇を自分の奥底に閉じ込めた。
だいたいそんな感じです。伝わりにくいイメージですみません。

サイドストーリーみたいなお話になってしまいましたが、
次回からは本編が始まりますので、ぜひお楽しみください。

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