久々の更新とキリの都合で、ちょっと短め。
「————“体が無い”?」
保健室。
レオが言っていた情報を桜さんに詳しく聞いたら、そんな信じられない答えが返された。
「はい。サイバーゴースト、肉体を持たない精神体……それなら、彼女達の規格外さの理由が殆ど裏付けられます」
……ッ……ガ…………
「本来マスターの皆さんは、体から魂だけ取り出し精神体となってこのムーンセルにやって来て、本体の方は地上に残ったままです。しかし、そうして分離している間も体と魂のリンクが繋がっています」
…………ム……ッ……
「しかし、何らかの原因でそのリンクが途切れてしまい、魂だけの独立した存在となってしまった場合、身体的制約がなくなり限界を超えて魔力を生み出せます。……その魂を削り、いつか消滅するまで」
つまり、自分の存在そのものを削る事で、ありすはあの巨人や固有結界を張っていたって事か……
……ガっ…………ッ…ム…
「リンクが切断した原因が考えられるのは、単純に接触不良状態に陥ったのか……もしくは」
……本体その物が無くなった。
それはつまり、彼女の体は既に……
………パク…ム……ッグ……
「……ムーンセルは、死者の存在を容認しません。もし例外があるとすれば、それは聖杯戦争の過程で生まれた死者ではなく、セラフに来た時点で既に死者だった時……つまり」
“幽霊”。
ありすの正体は、文字通り電子の海の中の幽霊なんだ————
パクパクモグモグムシャムシャガツガツモシャモシャカリカリパリパリコクコクバクバクウマイカチャカチャズズーゲホゲホキカンガームクムクオカワリーパクパクシャムシャガツガツモシャモシャカリカリパリパクパクモグモグウマイカチャカチャゴクゴクパクパクモグモグムシャムシャガツガツモシャモシャカリカリパリパリコクコクバクバクウマイカチャカチャズズーゲホゲホキカンガームクムクオカワリーパクパクシャムシャガツガツモシャモシャカリカリパリパクパクモグモグウマイカチャカチャゴクゴクパクパクモグモグムシャムシャガツガツモシャモシャカリカリパリパリコクコクバクバクウマイカチャカチャズズーゲホゲホキカンガームクムクオカワリーパクパクシャムシャガツガツモシャモシャカリカリパリパクパクモグモグウマイカチャカチャゴクゴクッ
————ていうか、
「奏者っ!! 追加のご飯を!」
「私もっ!! おかわりお願いします!」
「ゴメンちょっと箸とか置こう!! そして聞こうっ!? 今結構重要そうな事話してるから!」
「緊張感の欠片も無いな……あ、このみそ汁美味いな」
三回戦、決戦日当日の朝。
何とも締まらない始まり方で、この日を迎えた……
★☆★
「まったく奏者は! モグモグ……我らの事を何だと思っておるのだ! 詫びの品で手料理を持ってくるなど! おかわりっ!」
「そうですよ! ムグムグ……食べ物上げれば機嫌直すだろうとか、私達はペットですか! 私もおかわりっ!」
「いや、文句言ってる割には結構食べてるよね!? 最初のパエリア含め、二人ともかなり食べているよね!?」
あれから桜さんに食材だけ譲ってもらい、それを僕が調理してみんなに振る舞って上げるという日々を数日間続けた。
これで何とか仲直り出来ないかなと思ってたんだけど……
「とうぜんだ! これだけ美味いもの、食うなと言われる方が無理な話だ!」
「ええ! しかもそれがご主人様の手料理! これでお預けなんて言われたら、それこそ恨みますよ!」
「そ、そう……」
とまあ、文句言ってるようで、割と普通に好評らしい。
実際、機嫌ももう殆どよくなったようだ。
まあ、うまくいって良かったよ。
「しかし、本当に美味かったぞマスター。正直、君がここまで料理が出来るとは予想外だ」
「私も、失礼ながら同感でした。吉井さんって、実は料理が趣味だったりするんですか?」
一足先に食べおえたアーチャーと桜さんが、それぞれ縫い物とお茶汲みをしながらそう聞いてくる。
あーいや、味っていうか……
「趣味っていうか……“料理って、家の中で一番立場の弱い人が作るもん何でしょ”?」
……そう言った瞬間、空気がピシッと凍った。
具体的に言うと、お箸や湯呑みやら針やらがバラバラとみんなの手元から落ちた。
って熱!? 桜さん、お茶が飛び散ってるよ!?
「あ、ああ!? すみません、直ぐ片付けます!」
ハッと一早く正気に戻った桜さんは、パタパタと慌ただしく箒や塵取りなどを取りに行く。
次にアーチャーが、
「……マスター。君も、苦労していたのだな……」
と、もの凄く遠い目をしながら、僕の肩にポンっと手を置いた。
何故かその目が、つい昨日彼が目覚めたときに見せた虚ろな目に似ている。
「……済まぬ、奏者。変にイラついて申し訳無かった」
「私からもごめんなさい。これからはこれまで以上に優しく接しますから……ね?」
そしてセイバーとキャスターに至っては、態度を完全に替えて可哀想なものを見る目で見てくる始末。
え、何? 一体どういう事!?
その後しばらく皆の僕に対する接し方が、何故かいつもの3倍増しだった……
★☆★
「「ごちそうさまでしたっ」」
「うん。お粗末様でした」
そう言って、僕は二人が食べ終えた食器をテキパキと片付けて行く。
うん、何か手慣れて来たな、僕。
そうして片付けて行く内に、何故かアーチャーから視線を感じる。
「ん? どうしたの、アーチャー?」
「いや。何かこう……マスター、君の雰囲気が変わったような……?」
「はい?」
顎に手を当てて、何かを考えながらそう言って来た。
急にどうしたんだろう?
「まあ、あれですよ。“男子三日会わざれば、刮目して見よ”って奴です。今回の三回戦、いろいろとハプニング続きでしたからねー」
「その点、アチャ男に至っては鎖で身動きが取れなくなるわ、誘拐されたら気絶させられて放置されるわと、殆ど活躍出来ていなかったからな」
「私はそのおかげで堪能させて貰いました。色々と」
あー、確かに。
三回戦に入ってから、二回戦の時の活躍が嘘のようにアーチャー行動出来てなかったような……
「グッ……思い出させないでくれ。だがまあ、やはり私の気のせいか……? っと、出来たぞ、セイバー」
苦虫を潰したような表情から一転して、アーチャーはさっきから縫っていた物をセイバーに手渡した。
「おお、済まぬな紅茶! どれ……うむ! 元通り、ピッタリだ!」
そうして手渡された物をセイバーはその場で着ると、いつもの赤いドレスの姿に戻った。
「おお、流石茶坊主と言われるだけありますねー。こっちから見ても、見事な仕上がりです」
「うむ! やはりこの格好が一番落ち着くな」
「あー、さっきまで白いレオタード姿だったもんね」
先日、僕が誘拐された後何故か衣装を紛失したらしく、今までずっとその姿だった。
そのせいで露出がかなり多くなっていて、正直僕としては……“寒そうで、いつ風邪を引くか心配だったよ”。
……いやまあ、元の衣装もかなり寒そうではあるけれども。
「全く、あの巨人には散々迷惑かけられましたからね……って、そう言えばご主人様。例のアレは……?」
「ん? ああ、バッチリ貰って来たよ」
そう言って僕は端末をカチカチと操作して、ラニから貰ったある細身の剣を取り出した。
左手に木刀を、右手にヴォーパルの剣を。これで僕も二刀流……なんてね。
「ほう……それが例の巨人対策の」
「うん。ラニから貰って来た。これがヴォーパルの剣なんだって」
最低限の装飾しか無く、シンプルな形をしている。
ラニらしい感じの仕上がりだった。
そういえば、僕なら使いこなせるから大丈夫だろうって言ってたっけ?
「なるほど……まさしく儀式用の剣って感じですね」
「奏者。それを単純にあの化物に刺せばいいのか?」
「うん。まあ発動するには、“マスター自身が使わなくちゃいけない”っていう制約があるらしいんだけど……」
「それなら、実際にメインで戦うのはどのみち君だからな。殆ど無意味な制約だ」
「けどまあ、通常のマスターだったらかなりのリスクでしたでしょうねー。あの痴女、その事を分かってたんでしょうか」
キャスターの言う通り、たまたま僕が戦える力があっただけで、普通はあの化物に一人で立ち向かう何て無理な話だろう。
けど、考えてみたら二回戦の時にラニの目の前で戦った事があるし、彼女もその事からああ言って来たんだろう。
それはつまり、信じられているって事だ……なら僕も、それに答えないと。
「とりあえず、これで事前に出来る準備は全て整ったか」
「うん……それじゃあ、行こうか」
そうして、僕達は向かう。決戦への、エレベーターへと……
★☆★
「ようこそ、決戦の地へ。身支度は全て整えたかね?」
いつも通り、定位置に変わらない顔でいる言峰神父。
このやり取りも三回目だ……
「はい、いつでもいいです」
「それは結構。扉はひとつ、再びこの校舎に戻るのも一組。再びこの校舎に戻れることをささやかながら祈ろう」
まるで変化の無い台詞の繰り返し。
それを聞き流しながら、僕の気持ちは既に決戦に向けている。
そして、いつものように最後に僕達の方に向き直った後……
「そして―――――――“存分に犯したまえ”」
「ちょっと待って下さい。何か違いません?」
一気に緊張感が解けた。
ていうか、突っ込まずにはいられなかった。
「ふむ。お気に召さなかったかね? いや、なに。いつもと同じ口上ではそろそろ飽きが来るだろうと思い、多少変化させてみたのだが」
「ええ。何故か傷口を縫った糸をハサミで切られたように心に響きました」
「それはそれは。中々好評だったようだ」
頭の国語辞典がバグっているようだ。
殴りたい、その笑顔。
「ふむ。迷える子羊に、一つ教えてやろう」
「なんですか」
「神は全ての人々に平等だ。たとえロリコンであろうとも」
「うっさいよバーカッ!!」
もはやウォールブレイクならぬ“神父ブレイク”を編み出し放つ5秒前だった。
「それはそうと、乗り込まなくていいのかね? 扉が閉まればその時点で決戦場に入る資格を失うが」
「ああ、もう! チクショオーッ!!」
そう悪態を吐きながら、閉まりかけの扉をスライディングでギリギリすり抜けて、直後ガチャンと閉まる。
完全に危機一髪だった。
「はっはっは。グットラック」
「タンスの角に小指ぶつけろおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ——————————…………!!」
その最後の悪態は、エレベーターのドップラー効果によって空しく辺りに響いていた……
★☆★
「もう……疲れた、精神的に」
「頑張れ奏者! まだ始まってすらいないぞ!?」
エレベーター内で両手両膝を付いて、半ば心が折れかけている僕。
だって三回戦始まってから、みんな同じネタでいじってくるし……
もう何もかも目を背けて狭い所に引きこもりたい……
「ありゃー、完全にもういじけちゃってますね……」
「マスター。疲れてる所悪いが、もうそんな暇はないぞ」
……うん、まあ分かってるけどね。
軽い悪ふざけはここまでにして、改めてその場で立ち直る。
ちょっと本音吐いたらスッキリしたよ。
「……待ってたよ、お兄ちゃん」
「お兄ちゃん、おっそーいっ!!」
ガラスの壁の直ぐ向こう側で、ありすとアリスが立ち上がり、僕にそう言って来た。
アリスの方は、本当に待ちくたびれていたようで多少プンプンと怒ったような態度をしている。
けれど、反対にありすの方はあまり明るく無く、いつもと違い多少元気の無い声だった。
……なんとなく、理由は分かった気がする。
「とうとう、最後の日だね」
「……うん、そうだね」
彼女らしくない、静かな声で言ったその言葉に、僕は頷き返す。
ありすも、ちゃんと分かってるんだ……これが、最後の“遊び”だと言う事に。
本当に、子供なのに……少しだけ、大人だ。
「ダメよありす、そんな暗い気分じゃ。まだまだこれから楽しくなるんだから!」
そうアリスはクルッとその場で一回転して、こっちに向き直る。
「だから、いーっぱい私達と遊びましょう? ありすと私が、満足するまで!」
アリスの方は、相変わらず無邪気そうな子供の雰囲気を出している。
……いや、そうしようとしている感じだった。隣にいる、ありすの分まで。
「うむ。主等のような可愛い幼女を愛でるのは、おもわず賛成したい所だが……」
「お断りに決まっています。あなた達の子供の馬鹿げた遊びに付き合っていたら、大人の私達が疲れます。なので、遊ぶなら勝手にお二人でどーぞ。ちょうど大きなお友達(怪物)もいるのでしょう?」
セイバーとキャスターが、微妙に怒ったような態度でそう返す。
僕がいない間に、二人だけでアリス達と戦ってたようだし、その時やられた分に対してまだ収まっていないんだろう。
……完全にどうでもいいけど、大きいお友達と聞くと何か別の方を想像する。
「あら、つれないわ。そこの赤いおじさんは、“変態の格好”になってまで遊び道具になってくれてたのに」
「あれは殆ど巻き込まれただけだがな! というか、君たちオレの事そんな風に思ってたのかッ!?」
アーチャーの悲痛な叫びがエレベータに響く。
そういえば鍵と鎖まみれになって、それを利用されて鍵探しの遊びに付き合わされちゃったなあ……
……そもそもの元凶は桜さんのせいだけど。
「あれ? てっきりそういう趣味だと思ってたから、あんな格好になっていたんだと思ってたのだけど」
「なあ……もう泣いていいか?」
「アーチャー、ドンマイ」
両手両膝を付いて、半ば心を折られた状態……というか、完全にさっきまでの僕と同じになった。
なんだろう、勝ち抜いて行くごとにだんだんアーチャーが哀れになっていってるような……
「ほんと、お兄ちゃん達面白ーい! 今までの人達はすぐいなくなっちゃって、つまらなかったもの」
アリスはそう、クスクスと笑いながら言う。
すぐいなくなった。それはつまり、あの固有結界で……
「あたしもアリスもここまで楽しかったのは初めてだった。お兄ちゃん達は、やっぱり別」
……けど。とアリスは言葉を続け、
「それも、今日でお別れ。さみしいけど、次の遊び相手に期待する事にするわ」
ハッキリとした、宣戦布告をして来た。
「……言い切ったな、黒い幼女よ。お主等も、生半可な覚悟はしておらぬと言う事か」
「覚悟じゃないわ。本気なだけよ、これからの遊びに。でしょ、ありす?」
アリスがそう声を掛けると、ありすはうん、と頷いた。
「先生が、教えてくれたの。いつか遊べる時が来たら、心の底から本気でやって、いっぱい楽しめって」
「……“いつか”?」
何か引っかかる物言いだった。
それじゃあまるで……
「あたしの世界は、あの白いへやだった。誰もあたしを見てくれない、何にもないおへや。……あたしは、ずっと一人だった」
ポツポツとありすは語っていく。
彼女の、始まりで……終わりだったお話の。
「体は動かなくて……ずっと寂しくて……そんな時に、先生に出会ったの」
彼女はそこで、今日初めてクスリと笑った。
懐かしい過去を、思い出して。
「先生は、沢山教えてくれた。自分のして来た事や、見て来た事。絵本も読んでくれたし、いっぱい頭を撫でてくれた。動けない私でも、楽しめるような事をしてくれた。
————何も無かった……真っ白だった世界を、先生が色を付けてくれたの」
一つ一つ、彼女の思い出が話されていく。
彼女に大切なものを、与えてくれた人との事を。
「……けど、それも長くは続かなかった。あたしが眠っちゃうから。ずっとずーっと、眠りっぱなしになるって事が、分かってたから」
……ありすはちゃんと分かってたんだ、自分の正体を……
「その時、先生が言ってくれたの。だったら、“夢を見ればいい”って」
「……夢?」
「うん。夢の中なら、あたしが望めば自由に動ける、どこまでもいける、沢山遊べるって。……友達も、見つけられるって」
彼女は、またさらに少し明るくなって、話を続ける。
「それは本当だったの。こうしてアリスと出会えた、お兄ちゃん達と出会えた、みんなと沢山遊べた! この夢は、先生が作った……ううん、教えてくれた世界なの」
ありすは今、夢の中。
そこに案内したのは、その先生。
彼女が、寂しくならないように、楽しませるために。
「……本当に、ここは楽しかった」
そう、最後にポツリと呟く。
まるで、物語の終わりのように……
「……終わらせない」
今まで黙っていた、アリスがそう言った。
「終わらせない! ありすの夢は、まだまだこれからなんだから! 絶対に、終わらせないからっ!」
そう叫ぶように、アリスは言う。
苦しみを、悲しみを吐き出すように。
……直後、エレベーターが大きくガコンッと揺れた。
どうやら、決戦場に着いたようだ。
「……さあ、遊びましょうお兄ちゃん達。最後の時間を、思いっきり楽しみましょう」
「……お兄ちゃん。先に行って、待ってるから」
そう言って、ありす達はゆっくりエレベーターを降りて行く。
「……夢を終わらせたく無い、ですか」
後ろでキャスターがポツリとそう呟いた。
「……あの黒い少女の存在は、夢そのものでもあるからな」
アーチャーが言いたいのは、マトリクスで調べた事だろう。
あの巨人、ジャバウォックはあくまで使い魔的な存在で、サーヴァントじゃない。
だから、考えられたのは……彼女達のどちらかが、サーヴァントだと言う事。
そしてそれは、黒い方のアリスだ。
【ナーサリーライム】
キャスターによってあえて付けられた、アリスの真名だ。
実在の英雄ではなく、実在する絵本の総称。
それをありすの夢を元に、具現化させた概念的な存在。
「奏者……いけるか?」
「……うん。行くよ」
そう言って、僕達もエレベーターを降りて行く。
決戦場……ありす達との、さいごの遊び場へと……
ありすは今、夢の中。
そこに案内したのは、その先生。
彼女が、寂しくならないように、楽しませるために。
————そして、それを終わらせようとしてるのが、この僕だ。