Fate/Extra Summon   作:新月

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今回からアーチャー戦です。


立ちはだかる壁は……

 【ムーンセル・二回戦・決戦場】

 

 古い石造りの建物が建ち並ぶ町並みの中、僕達は全力で駆け抜けていた。

 先頭を僕が走り、以前考案したフォーメーションで全員がそれぞれ前後左右の上空を注意しながら、一つの塊となって逃げて行く。

 

「奏者、左前っ!!」

「っおっとッ!!」

「ご主人様、今度は右斜め後ろっ!!」

「うんっ!」

 

 自分の視覚や、セイバー達の指示による情報から、飛んでくる矢を全て木刀で叩き落として行く。

 一つ一つがそれなりの威力の上、恐らく例のイチイの毒が塗られている筈。

 もしまた以前のように掠りでもしたら、動けない事はないだろうけど、確実に多少の動きが鈍くなるだろう。

 そうしたら、この嵐のような狙撃を防ぎ切る事は不可能になり、その時点で僕達の敗北が決定になってしまう。

 

「くそっ、完全にこちらが後手に回っている!! このままじゃジリ貧だぞ、マスターッ!!」

「分かってるっ!! けど、向こうの動きが追いきれないよ!!」

 

 ただでさえ一つのミスも許されない状態なのに、この飛んでくる矢がまた厄介で、何発か射った後、数秒すると全く別の場所から狙撃をされてくる。

 こちらが飛んで来た矢に怯んでいる隙に、向こうは僕達から距離を離し、また別の方角に移動をしてから攻撃を繰り返しているからだ。

 おかげでこっちが追いかけ始める頃には既にその場から逃げ出した後だから、僕達は何も出来ない。

 

「ええい、ピョンピョン跳ねて移動しまくってからに! あやつ絶対前世はバッタか何かだろう、緑だしっ!」

「何か打開策は無いんですか!?」

「とにかく、ここは一度引こう! 何処か適当な建物の中に逃げ込んで、一旦体制を立て直そう!」

「ああ、意義無しだ!」

 

 とは言っても、何処に隠れる……!?

 ここの決戦場の舞台そのものが、風化した古代の町並みをイメージしているせいか、殆どの建物が何処かしらボロボロだったり、建物そのものが崩れてなくなっていたりする。

 下手に大穴が空いていてそこから狙撃されたり、他の建物から離れて孤立していて全方位から狙えるような場所だったら、逆に追い込まれる!

 出来れば、比較的ダメージの少ない建物で、尚かつ密集地帯にあるような場所がいいんだけど……

 

「ああもう! グズグズしていたら、もう次の攻撃が……っ」

「……って、あれ? 今、止んでません?」

 

 へ?

 ……あ、本当だ。何故かさっきまで嵐のような狙撃が続いてたのに、もう十数秒程立っているのに次の攻撃が来ていない……?

 

「いや、もしかしたらこれも向こうの狙いなのかもしれぬ。注意を怠るな、奏者」

「うん。とにかく今のうちに、ちょうどいい建物を探さないと……」

 

 とは言え、そうそう都合のいい建物がすぐには見つけられるかどうか……

 霧で視界も悪くなって来て、遠くの方がはっきり見渡しずらくなって来ている。

 しょうがない、このまま外を彷徨き続けている方が危ないし、多少の悪さには目を瞑って近くの建物で何とか……って、なんか微妙に体が痺れて来て……

 

 

 ーーーーそこまで思考が言った瞬間、ドサリッと二つ、背後から音がした。

 

 

「ッ!!? セイバーッ!! キャスターッ!?」

 

 急いで後ろを振り返ると、二人が力なく倒れていた。

 抱き起こしてみると二人とも顔が青く、ハァッハァッと息も荒く辛そうな表情をしている!

 

「っうう、くっ……あぁ……」

「そ……んな……これ、って……」

「しまった、マスター!! コレは毒だ、毒の霧だ!! ここら一体のエリア、全て毒ガスで充満されている!!」

「そんなっ、ってうわあっ!!?」

 

 アーチャーの言葉に衝撃を受けている時に、また向こうの攻撃がやって来た。

 しかもそれは、今までより明らかに角度が大きい、上からの攻撃。

 とっさに矢の射って来た方角を見てみると、毒の霧でぼんやりとしか見えないが、明らかに他の建物より頭一つ分抜き出ている高い建物が、かなり離れた所に立っているのが見える。

 

 そして、そのてっぺんには……何かを吐き出している、“禍々しい巨大な木”。

 

 

「やられた……完全に向こうにとって最高の、そして私達にとって最悪の位置取りを占領されたな」

「しかも、地表近くは毒で充満……っタアッ!! っと……とにかく、この近くで一番高い建物に!! 急いでガスのまだ無い高い所に避難しないと!! アーチャー、二人を運べる!?」

「承知、問題ない!!」

 

 上から降ってくるように襲ってくる攻撃を僕が防ぎながら、アーチャーが動けない二人を抱えて近くの建物内に入って行く。

 最後に、もうボンヤリとしか見えなくなって来ている巨大な木を睨んだ後、僕も建物内に避難して行った……

 

 

 

 ★☆★

 

 

「……ヒューッ、意外とやるねえ……」

 

 やっぱり、あの小僧自身が主戦力だったか……

 あの黒いランサーに単身で持ちこたえてたって時から薄々分かっちゃいたが、まさかこっちの狙撃を防ぎ切るなんざ、予想以上じゃねえか。

 どんな裏技使ってんのか知らねーが、こりゃ意外と面倒な仕事かもなあ……

 

「………………………………」

「……ん? 旦那、どうしたんですかい。まさか今更、宝具を発動した事について文句でもあるんすか」

 

 まあ旦那の性格上、そこら一体に毒をまき散らせてそこを止めに狙撃、なーんて戦法は不本意以外の何者でもない事は明らかだが……

 けど、ここはもう決戦場。

 猶予期間中の事なら百歩譲って納得するとしても、ここに来てまで卑怯な手を一切使うなよ、なんて事は甘いを通り越して愚かだぜ。

 

「……否、文句などある筈も無い。これは戦争、これくらいの事は当たり前の事だ」

「そうっすねっと。……まあ、結局これだけじゃ、あいつ等を倒しきれねえみたいですし? 最終的には、俺が止めを刺さないといけなさそうっすけどねえ……」

 

 サーヴァントの女二人はこの毒で動けなくはなったようだが、残りの小僧と紅いアーチャーはまだ行動可能な状態で、女二人を抱えて手頃な建物に入っていったのが遠目で確認出来た。

 恐らく上の方にいって避難する算段なんだろうが、俺の宝具はまだ発動し続けている。

 時間が経てば、この俺達のいる一番高い建物を除いて、下の全ての建物が毒の霧の中に埋まる事になる。

 さすがにあいつらも、この濃度の中、長時間居続ければさすがに効いてはくるだろう。

 

 だが、このまま連中が何もせずに終わってくれるなんて甘い考えは持たない。

 向こうにはタイムリミットがある以上……連中が何かをするとしたら、恐らく完全に毒の霧に埋まる直前。

 そのタイミングで、勝負が決まる……

 

 

 

 ★☆★

 

 

 

「ーーーーふう。これで一応、二人の解毒は完了した。すぐに全快、とまではいかないだろうが……とりあえずは大丈夫だろう」

 

 逃げ込んだ建物の最上階。

 大体ビルで言うと、十階位の高さの場所に、僕達は避難している。

 そこに倒れたセイバーとキャスターを寝かせ、たった今二人に治療薬を使った所だった。

 アイテムを使って暫くすると、二人とも少しずつ顔色はよくなっていき、落ち着いたようすになっていった。

 

「よかった……ところで、さっきは緊急事態だったから気づかなかったけど、何でアーチャーは毒平気なの?」

 

 僕はスキルがあったし、アーチャーからあらかじめ貰っていたマスター用の解毒剤を使っていたから、それほど毒は効いてなかったけど……

 確かあらかじめ注射で打つタイプの方は、マスター用しか無かったから、アーチャー達は対策が出来ていなかった筈だよね?

 

「大方、以前闇討ちされ倒れた時に、体内で抗体物質が出来ていたのではないか? 恐らくそれで、多少の毒に対する免疫が生まれたのだろう」

「へー、なるほど……それでアーチャーだけ、三人の中で動けたんだね。あの時毒矢にかすったのは、僕とアーチャーだけだし」

 

 こうして見ると、あの時緑茶の毒矢を受けたのは、案外良かった事だったのかもしれない。

 まさに、不幸中の幸いという奴だね。

 

「く……済まぬ、奏者……」

「ごめんなさい、ご主人様……結局、また足を引っ張ってるだけで……」

「動いちゃ駄目だよ、まだ毒が抜け切った訳じゃないから。……大丈夫、二人はそこで休んでて」

 

 そう言いながら僕は学ランの上を脱いで、それを適当にグルグル巻きにしていく。

 

「アーチャー。悪いんだけど、その上に着てる紅い外套貸してくれる? 出来れば、適当なマットみたいな寝かせられる物があればいいんだけど、そんな物ないし……とりあえず、僕の学ランとそれで枕代わりに……」

「ああ、分かった」

 

 アーチャーにそう指示した後、僕は丸めた学ランをセイバーの頭の下に置いて、彼女を寝かせ直す。

 

「ちょっと〜……何で私の方はムサい紅茶の外套枕なんですか〜、加齢臭がします〜……ご主人様のお召し物の枕がいいです〜……」

「限りなく失礼な発言だなおい」

「ふはは……残念だったな、キャスター……これは余の枕だ、貴様には渡さん……」

「意外と余裕だね二人とも。そして後でちゃんと返してね、それ」

 

 まあ、普段みたいな軽口を叩けるくらいには回復しているようで安心したよ、うん。

 とりあえず二人は大丈夫そうだと改めて確認した後、僕はよっと立ち上がる。

 

「とにかく、二人はそこで寝てて。僕とアーチャーで何とかしてくるから」

「けど、奏者……」

「ほら。帰るときまでに、しっかり直しておいてよ。……一緒に、帰るんだからさ」

「ご主人様……はい」

「うん。じゃあ、行くよアーチャー」

「ああ」

 

 二人を納得させた後、僕とアーチャーは二人の睡眠を邪魔をしないよう、下の階に移動していく。

 

 

 

「さて、と……結局どうしようか。何とかするって言っても、正直いい案が浮かばないんだよなあ……」

「だが、あまり時間は残されていない。グズグズしていたら、ここもいずれ毒の霧の中に埋もれ、我々は全滅だ」

 

 そう話しながら、僕達は窓の所に移動し、あまり頭を出さないように気をつけて下の方を覗き込む。

 見ると、既に例の毒の霧は三階まで上がって来ており、僕達がいる場所まで浸食してくるのは、最早時間の問題だった。

 

「この毒って、明らかにさっき見えたあの大きな木が原因だよね……」

「ああ。恐らくあれが、ロビンフッドの宝具なのだろう。つまり、あれを破壊しない限り、この毒は永遠と発生し続け、いずれ決戦場全体を埋め尽くすだろう。そうなれば、いくらスキルや免疫を持っていたとしても、最終的には死に至り、我々の敗北必須だ」

 

 つまり、今行動しないと完全に僕達に打つ手は無くなるって訳ね……

 

「今、私達が取るべき選択肢は二つ。毒でやられる前に、速やかにあの対戦相手の二人を倒す。もしくは、毒の発生源であるあの大きな木の破壊だ」

「とは言っても、どのみちあそこに近づかないと何も出来ない訳なんだけど……」

 

 そう呟きながら、視線をあの大きな木のある建物の方へ向ける。

 かなりの高さを持つ建物で、恐らく決戦場の中で一番大きい建物なんじゃないだろうか。

 

「しかし、不味いな……よりにもよって、“アーチャーのクラス”にあの位置を陣取られるとは……」

「やっぱり、これって本当にヤバいよね……」

「ああ、ヤバいな。同じアーチャーだからこそ分かるが、距離が離れていて、尚かつ高所という場所は、それだけでこのクラスにとって最高の実力を発揮出来る所だ。これでは、何処にいてもあそこから狙撃される事になる」

「それに加えて、下は毒で充満……完全に、こっちの行動が制限されちゃってるよね……」

 

 う〜……改めて、相手の凄さを実感する。

 まるで詰め将棋みたいに、どんどんこっちの打てる行動を塞がれていってる感じだ。

 

「どうしよう、出来るだけ下の方での移動は避けたいけど……建物の屋上をピョンピョン飛んで移動して行く?」

「普通に狙って下さいと言っているようなものだろうそれは。空中じゃ動きが制限されて防ぎきれんぞ。……それに、向こうがいるのは一番高い建物だ。最終的にはそこで詰まる」

「だよねえ……じゃあ、となり同士の建物を窓から窓に素早く移動して行くってのは? ちょうど建物の四角になって、向こうは狙いづらいかも」

「それも得策とは言えんな……隣同士と言っても、場所によっては道を挟んでいる所があるし、建物その物が崩れていて大きな隙間が出来ている場所もあるからな……」

「そっか……やっぱり、この毒の霧の中を走り抜けるしか無いって事だね……」

 

 もう一度、下の方の毒の霧に目を向ける。

 こうなったら、自分のスキルと解毒剤の効果を信じて、一気に走り抜けるしかないか……

 こうしている間にも、明らかに先ほどより霧の高さが上がって来ており、刻々とタイムリミットが近づいて来ているのがはっきりと分かった。

 

「というか、あそこに近づく事より、着いた後の事にも注意しなくてはいけないんじゃないか? あの緑の弓兵の事だ、おそらく建物の内部にも大量に罠を張っているに違いないだろう」

「あー、そっか、それもあるか……」

 

 もう、本当に問題は山積みだらけだ……

 けど、これを何とかしないとなー……

 そう憂鬱な気分になりながら、僕は背中を壁に向けて寄りかかろうとし……

 

 

 

 

 

 

 ーーーー“直後、ボコッと大きな音が鳴った”。

 

 

 

 

「ーーーーはい?」

 

 そう疑問の声をあげるのもつかの間、僕は背中から急激な浮遊間に襲われて……

 

 

「ってマスタああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!???」↗

 

 瞬間、必死な形相で紅い弓兵さんが一気に詰め寄り、僕の両足をキャッチ。

 

「っつゲバアァッ!!?」

 

 が、てこの原理よろしく、そのまま握られた足を軸として体は背中から落ちるように半回転し、後頭部を下の階の壁に強打。

 直後、落ちて行ったガレキが地面にぶつかり鈍い音を当たりに響かしていた。

 

「いったあぁ〜……って、うおあ射ってきたぁッ!!?」

 

 そしてチャンスとばかりか大きな木のある場所からヒュンヒュンと風切り音を上げて矢のマシンガンが登場。

 逆さまの状態で木刀を振り回して必死にたたき落して行く!

 

「お、オイッ!? マスター出来るだけ動かずにィッ!?」

「無茶言わないでよ!? この体制じゃどうやってもーーーーって、第二次波きたぁーーッ!!?」

 

 

 

 

 ーーーー三分後。

 

 

 

「ゼー、ハァ……ゼー、ハァ……」

「ゼー、ゼー……ハァ、ハァ……」

 

 そこには、四つん這いの状態でもの凄く息を荒くしている僕達がいた。

 

「うおぉぉぉいッ!!? 何やってんのぉマスタァーッ!!?」

「い、いや、その……僕にとって、も、予想外だったと、いうか……」

「頼むよオレ今一般男性並みの筋力しか残ってないんだからさあっ!? もう今ので腕がプルプル震えてるぞ!?」

「い、いや……ホントに、ごめ……ハァ、ハァ……」

 

 アーチャーの心のそこからのシャウトに反応する気力すら残っておらず、しばらくただ途切れ途切れに謝る事しか出来ない状態だった。

 僕もさっきのでかなりの冷や汗をかいたというか……いや、ホントびっくりして何もいえないや……

 

「ハァ、ハァ…………ふう、だいぶ落ち着いた……」

「全く、さっきのは肝が冷えたぞ……」

 

 時間が経って落ち着いた頃、僕達は改めてボロっと崩れた壁の部分に目を向ける。

 

「ていうか、ボロすぎじゃないここ!? 何でちょっと寄りかかっただけで崩れるのさ!?」

「それだけ、ここの風化が進んでいたって事なんだろう。いや、この場合そう設定されていた、と言うべきか……ここの床も、急に抜けたりしないよな……?」

 

 そう嫌な予感を感じながら、アーチャーは恐る恐るといった様子で今立っている場所の足下を擦っていた。

 うわあ、本当に実際起こりそうだから、全く安心出来ない……

 

 けど、本当にこんな簡単に崩れるって……

 

「……この様子じゃ、何処の建物も似たような状態なのかな?」

「だろうな……恐らく軽く衝撃を与えただけで、建物その物が崩れかねんぞ。全く……何処もかしこも、安全圏と言える場所が全然無いなあ本当に!」

 

 ……アーチャーの愚痴るようなその台詞を聞きながら、僕はある事が頭の中に浮かんでいた。

 多分、もの凄く強引で、無茶苦茶な……

 

「……ねえ、アーチャー。一つ、思いついた事があるんだけどさ……」

「ん、なんだ?」

「えっとね…………ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 

 

 

 ……こうして、僕の考えた事を話して行くうちに、アーチャーの顔は驚き、そして呆れの入り交じったものへと変化して行く。

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーーーーって、感じなんだけど……」

「……正気か、君は? 毒でとうとう頭に止めを刺されたか?」

 

 何かいきなり失礼な事を言って来た。

 ハアァー……と深いため息をついた後、アーチャーは僕の方に向き直る。

 

「だが、まあ……それしか方法は無い、か……」

「うん……もうそろそろ、本当に動かないとヤバいしね……」

 

 そう言いながら、僕達はまた窓の外の下を確認する。

 既に毒の霧の侵食は、六階に差し掛かろうとしていた。

 思ったより、毒の浸食が遥かに早い……恐らく、今動かないと完全に間に合わなくなるだろう。

 

「……よし、それでいこう。だがマスター、いくつか修正部分と……頼みがある」

「頼み?」

 

 

 

 

 ★☆★

 

 

 

「ーーーーさて、そろそろって所か」

「ああ、油断するなよアーチャー」

 

 あれからだいぶ時間が経った。

 途中なんかもの凄い隙だらけな場面があったが、それ以来一行に行動を移していなかった。

 既に下の方の建物は殆ど毒の霧の中に沈んでいて、あいつ等がいる場所も八階部分まで埋もれている。

 向こうが行動を動かすならもう今しかない、そのタイミングで決着を……

 

 ……そこまで思考をしていた瞬間、霧の向こうで何かが現れた。

 

「……ッ!! 来たかッ!!」

 

 とうとう奴らが動きだした!

 建物の一階から勢い良く飛び出し、こっちに全力疾走をし始める!

 あんにゃろう……あえて毒道の中を正面突破かよ!?

 やっぱ何かスキルかなんか使ってやがんな!

 

 ……だが、出て来たのは“小僧一人だけ”。

 

「ハッ!! やっぱサーヴァントは邪魔でしたってか!?」

 

 実際さっきまでの攻撃は、全部小僧に叩き落とされていた。

 が、中にはいちいち木刀で防がず、本来ならただかわすだけで十分だった矢も含まれていた筈だった。

 それなのにわざわざ全て叩き落としていたのは、後ろの何もしていない連中を庇っていたから。

 始めから坊主単体だったなら、もっと有利な展開に持ち込めたかもしれないが、もうおせぇッ!!

 

「これでもくらっとけぇッ!!」

 

 オレは小僧に止めを刺すために、ありったけの矢を暴風のように射ち始めていった……

 

 

 

 ★☆★

 

 

 

「……来たッ!」

 

 予想通り、僕が飛び出した瞬間一気に矢を大量に射って来た!

 うわっ!? 明らかにさっきまでの二倍以上は来てるんだけど!? 今まで手を抜いていたって事!?

 いや、多分あそこを占領するための移動を気づかれないようにするために、牽制程度に射ってきてただけなんだ!

 つまり、ここからが向こうの本当の全力って事か!

 

「このおッ!!」

 

 僕は木刀を振り回し、どんどん飛んでくる矢を叩き落として行く。

 ……が、そう一筋縄でいく相手じゃない事を、改めて思い知った。

 ただ飛んでくる物体を叩き落とすなら、一回戦のライダー戦の時に飽きる程やっている……けど、ライダーと緑茶では、大きく特徴が異なっていた。

 ライダーの場合は、全ての弾丸が直接僕の急所に集中して撃って来た。もちろん、一発でもあたったら致命的なレベルの奴が……

 けど、緑茶の場合は少し違う。

 急所に撃ってくる正確性はもちろんなんだけど……二手三手を先読みして、おそらく僕が次に通るであろうルートにもあらかじめ射って来ていた!

 おかげで叩き落として真っすぐいっても、あえて横にステップを踏んで躱そうとしても、必ずそこに矢がある状態になっている!

 しかも一発も無駄と言える攻撃が無いなんて……これが狙撃専門のクラスのサーヴァントの力……ッ!?

 

「マ、ズ……ッ!」

 

 この毒の中、只でさえ全力で走っていて呼吸が荒くなっているのに、そのうえ何度も木刀を振り回していたりしたら、確実に大量の毒を吸ってしまう!

 いくらスキルやアイテムを使っていると言っても、これじゃあ多少なりとも影響を受けて動きが鈍くなっていく!

 

 

「けど、負けるかあっ!!」

 

 それでも、これであきらめる僕でもない!

 時には躱し、そして叩き落としながら、そこそこのスピードで緑茶達のいる建物まで距離を詰めて行く。

 

 残り、約三十メートル……その時だった。

 今までより明らかに威力が強い矢が一本、僕の方に向かって来た。

 

「つおあッ!!?」

 

 突然のパターン変更に対応しきれず、何とか防ぎはしたけど、その衝撃で木刀はどっかに飛んで行ってしまった!

 ヤバ……ッ!?

 

 そして、ここぞとばかりに一点に集中して射ってくる大量の矢の束。

 今の僕じゃ、あきらかにもう躱せない攻撃。

 ああ、本当に……

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーアーチャーの予定通りだよ。

 

 

 

「コードキャスト・move speedッ!!」

 

 このタイミングで、ラニから貰った礼装を起動!!

 攻撃が当たる直前に一気にその場で全力で踏切、さっきの倍以上の速度でスタートダッシュを切った!!

 僕の後ろで無意味に刺さっていく大量の矢を見て、上の方から微かな驚愕の声が聞こえてくる。

 

 ここがアーチャーの修正部分の一つ。

 相手の緑茶はかなりの弓兵としての実力者。

 確実に僕の移動スピードを考慮した上で、先読みして攻撃を仕掛けてくる。

 多少の予定外の事があった所で、すぐにそれに順応して、その上でまた攻撃を仕掛け直してくるだろう。

 

 ーーーーだから、その速度強化の礼装を発動するなら、始めからではなく、ある程度近づいた後。そこでわざと一瞬怯んで隙を見せれば、必ずそこで止めを刺そうと攻撃が集中する。そこがミソだ……

 

 ……まあ、木刀を弾かれちゃったのはミスだったけどね。

 けど、必殺のつもりで射った攻撃をかわされた上に、明らかにさっき以上の速度での加速に、向こうは対応し切れてはおらず、攻撃が一瞬止んだ!

 

「貰ったあっ!!」

 

 向こうが時点を射ち始める前に、一気に距離を詰め寄り、僕は完全に懐に入り込んだ!!

 後はこのまま……

 僕はそう、拳を握ってーーーー

 

 

 

 ★☆★

 

 

 

「何と……! これほどとは」

「ちっ! あの小僧、やってくれんじゃねえか……っ」

 

 こっちが勝利を確信した瞬間、そこで隠し球を使ってこっちの裏をかいたばかりか、完全に膝元までの接近を許しちまった!!

 くそ! こっちが闇討ちしてくるなら、そっちは騙し討ちで対抗ってとこか?

 なるほど、確かに面白い。マスターの癖になかなかやりやがる。

 

 ……だが、こっちも接近されたときの事を一切考えていなかった訳じゃねえ。

 

 さて、膝元まで来たはいいが、どうやってここまで上がってくる?

 馬鹿正直に建物の内部を上がってくるなら、そこにはオレの仕掛けた大量の罠……それこそ、毒だけでなく落石やトゲなどの物理的な障害など様々な種類の物が待ち受けている。通ってくるには一苦労だ。

 もしくは、何らかなスキルや礼装、アイテムを使って外壁をそのまま垂直に上がってくるか?

 確かにそれなら罠には当たらないが、多少なりとも行動は制限される筈。

 そうしたら今度は絶対外さねー、俺の狙撃で止めを刺してやる。

 

 中も駄目、外も駄目。

 さあ、これでてめえも終わりだ……っ!

 

 

『っはああああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!』

 

 

 下を覗き込むと、さっきのスピードのまま小僧はこの建物に向かって行き、ここまで聞こえる雄叫びを上げながら……

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーー新スキル!! 【ウォールブレイク】ッ!!』

 

 

 

 

 そう高らかに叫びーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーー“壁を、殴った”。

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………は?」

 

 

 ……そう俺が疑問の声を上げるのもつかの間、ズドォーンッっと異常な程の衝撃が、建物全体に響き渡る。

 下の方から聞こえてくる莫大な轟音の衝撃で、溜まっていた毒の霧は全て吹き飛び、先ほどより見晴らしが良くなっていた。

 揺れる足場にしっかりしがみつき、下を改めて覗くと……“ポッカリと空いた、大きな穴”。

 それは、今いる俺達の建物のおよそ半分を、根こそぎ削り取っていた。

 

 それを確認した後、坊主が良しっとガッツポーズをした後、脱兎のごとく今来た道を戻って行くのが見えた。

 ……ちなみに俺達の立っている建物も、この決戦場の一部であり、かなりの風化が進んでいる物だった。

 当然、そこにこんな大きな風穴を開けられた日には……

 

 

 

 

 

 ーーーーそして直後、ミシッ!! バキィッ!! と嫌な音が連続で鳴り響く。

 

 そしてムーンセルから貰った知識にあった、いわゆるピサの斜塔の如く、今いる建物は傾いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまり、絶賛倒壊中。

 

 

 

 

 

 

「うそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!??」

 

「ぬうぅーーーーッ!!?」

 

 

 とっさに旦那を抱え上げ、何処か別の場所に飛ぼうとする!! が、何処にも避難出来る場所が無い!?

 しまった!? 一番高い建物を選んだのが完全に裏目に出やがったぁっ!?

 

「あのガキャア、やりやがったなぁーーーーッ!!?」

 

 そう叫びながら、俺と旦那はそのまま傾く建物と一緒に、地上に落ちて行った……

 

 

 

 

 ★☆★

 

 

 

【ステータスが更新されました】

 

 

 

 ■マスター:吉井明久

 

 

<スキル>

 

 

 ・ウォールブレイク:C+

 

 吉井明久の攻撃専用スキル。

 ありったけの魔力を拳に込め、そのまま強化した状態で殴りつけるという、単純明快で強力なスキル。

 とある経歴により、概念スキルの一種で“固い物を壊す事”に特化している。

 これにより、壁や鎧などといったものには絶大な破壊効果を発揮する。

 

 ただし、魔力消費量がかなり激しい上に、上記以外の柔らかいもの……“生身の人体やクッション”などといったものに対しては効果が半減し、ランクがDまで下がってしまう。

 


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