Fate/Extra Summon   作:新月

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今回はほぼシリアス一色。


一回戦終了 そして……

――――その時の僕は、何が起こったのか、現実味が感じられ無かった。

 いや、むしろ逆……夢の中から、いきなり現実に連れ戻されたような感覚だった。

 

「奏者ぁ! 無事か? 無事なのか!?」

「はあ……はあ……――――――あ、うん」

 

 荒い息を繰り返しながら、ゆっくりと僕は立ち上がろうとする……

 が、両手に力を入れようとするとき、それを見た。

 

「……あか……赤?」

 

 僕の両手と、制服の前が赤黒い“ナニカ”の液体が大量に付着していたのを。

 触ってみると、まだ温かい。

 まるでひと肌と同じくらいの温度だった。

 

 ふと、横を見る。

 

 そこには、セイバーから渡された大剣が落ちていた。

 その剣にも、僕に付いているのと同じような赤黒い液体が滴っている。

 

 

「む? ああ、余の大剣か。落とした事は気にしなくてもよい。余は奏者が無事だっただけで、それでよかったのだからな」

 

 そう言ってセイバーは、その赤黒い液体の付いた剣を何事も無いように拾う。

 ……その行動が、何故か僕には、まるで別世界の中の様子を見ているように感じた。

 

 

「お、おい!? 何倒れてんだよライダーッ!? 負けってなんだよ!? 立てよ、立って吉井をぶっ殺せっ!!」

「ッう――――……あー、そりゃ無理。アタシ、土手っ腹ブッた斬られたし? そろそろこの体も消えるっぽいよ?」

「な―――なんだよそれ、勝手にひとりで消える気か!? 僕はお前のせいで負けたのに!」

 

 

 後ろの方を見ると、慎二と倒れたライダーがそんな会話をしている様子が見えた。

 慎二は狼狽した様子でライダーに叱咤していて。

 そのライダーは……胴体に一筋の深い太刀筋が入っている。

 

 ――――その傷から、僕に付着しているナニカの液体と同じものが、ドクドクと流れ出ている。

 

 

 

「――――――――――――――――――――あ」

 

 ……僕が、やった?

 

 

 

 

 僕が――――――傷つけた?

 

 

 

 

「っと、奏者ー。ほら、奏者の木刀だ。そこに落ちていたのを拾ってき――――――――? 奏者?」

 

 

 ……僕は何処か、試召戦争の時のような感覚で戦っていたのかもしれない。

 いつも召喚獣を使って戦った時、剣で真っ二つにされたり、槍に刺されたりして、フィードバックで痛みを負っていた。

 そして僕も、逆に木刀で殴ったりして、相手の召喚獣を傷つけてきた。

 そして、殴った時の感覚も、僕自身に反映されて覚えている。

 

 ……けれど、ライダーを大剣で切り付けた時の感覚――――“人の肉を切り裂いた感触”

 この感覚は、今までに全く覚えのないもの。

 

 

 

 ――――決して、覚えてはいけなかったもの

 

 

 

「……ま、仕方なかったのかもね。敗者は敗れるべくして敗れる。こっちの方が強いように見えてもね―――きっと何かが、アタシたちは劣っていたんだ」

 

「な、なに他人事みたいに言ってんだよ! 僕は完璧だった! 誰にも劣ってなんか無い! こんなはずじゃ無かったのに………とんだはずれサーヴァントを引かされた!使えないやつだ!」

 

 

 慎二達のそんな声が聞こえる。

 この場にいる誰よりも、勝負は決していると口にしたライダー。

 そして、それを認められない慎二。

 そんな話をしている内に、ライダーの傷口から、さらに――――――――

 

 

「奏者? お主、一体何を……?」

 

 気が付くと、ライダー達の方向に向かおうとしている僕を見て、セイバーがそう聞いてきた。

 

 

「あ、いや……止血、しないと」

 

「え?」

 

「あの、だからさ…………血を、止めないと」

 

 自然と。

 現実味の無い、フワフワとした意識の状態で、僕はそんな事を言っていた。

 

「奏者、それは――――――――」

 

「はあっ!?」

 

 セイバーが何か言おうとした時、それは慎二の声によって遮られてしまった。

 

「お前……っ!! 馬鹿にしてんのか、この僕を!? 負けた僕を、上から見下すような事をしてっ!!!」

 

「違っ……!」

 

 別に慎二の事を馬鹿にした訳じゃない。

 今にも血を流し続けて、死にそうなライダーを助けるために――――――

 

「くそっ! 僕が負けるなんて! こんなゲームつまらない、つまらない!!!」

 

 まるで子供の癇癪のように、声を張り続ける慎二。

 

「くそ! ふん、お前もこんなゲームで勝ったからって調子に乗るなよ!! 地上に戻ったらどこの誰か調べ――――――え?」

 

 

 

 その彼の腕が――――“崩れた”

 

 

 

 

 

「な、に――――これ?」

 

 驚く僕達をよそに、慎二達と僕達の間に半透明の壁が現れて、空間を分断される。

 

「な、なんだよ、これ!? ぼ、僕の、僕の体が、消えていく!? 知、知らないぞこんなアウトの仕方!?」

 

 慎二がそう狼狽えている間も、彼の体がどんどん崩れていく。

 間桐慎二であった存在そのものが、消えていく――――

 

 

「聖杯戦争で敗れたものは死ぬ。シンジ、アンタもマスターとして、それだけは聞いてたはずだよ」

「は、はい!? し、死ぬってそんなの、よくある脅しだろ!? 電脳死なんて、そんなの本当なわけ―――」

「そりゃ死ぬだろ、普通。戦争に負けるっていうのはそういうコトだ。舐めてんのかい?」

 」

 

 倒れながらも、慎二と同じように体が崩壊していっているライダーから、冷徹に事実を告げられる。

 誰よりも、この状況を当たり前の事だと、理解しているように。

 

 

「だいたいね、此処に入った時点で、お前ら全員死んでいるようなもんだ……生きて帰れるのは、本当に一人だけなんだよ」

 

「な……やだよ、今更そんな事言ってんなよ……! ゲームだろ? これゲームなんだろ!? なあ!!!」

 

「一番初めに契約した時に言っただろう、坊や。……"覚悟しとけよ?勝とうが負けようが、悪党の最期ってのは、笑っちまうほどみじめなもんだ"ってね。 この終わりだって贅沢なもんさ。愉しめ、愉しめよシンジ」

 

「い、嫌だ! 嫌だああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 

 慎二達が、消えていく。

 簡単に命が、この世から無くなっていく……

 

 分かっていた筈だ。

 予選の時に、たくさんの人の死を見て来た時に。

 

 覚悟していたはずだ。

 遠坂凛から忠告を受けていた時に。

 

 そしてこの事に、“何故か納得をしている自分がいる事も”……

 

 

 それでも……っ!!

 

 

「ああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

「奏者っ!? お主、何を!?」

 

 

 ガァンッ!! ギィンッ!!

 

 

 セイバーから木刀を奪い取り、境界を作っている壁に何度も振り下ろす。

 

 

「よ、吉井っ!」

「坊や……?」

 

 腕全体に衝撃が伝わってきて、痛みで痺れてきて、それでもその壁はびくともしない。

 

 

 ガァンッ!! カラカランッ

 

 

「っ!!!??」

 

 何度も弾いている内に、僕の手から木刀が遠くまで弾き飛ばされてしまう。

 

「セイバーッ!! 剣を貸して!!」

 

「し、しかし、奏者……もう……」

 

「貸せぇッ!!」

 

「あっ」

 

 

 ガァンッ!! ギィンッ!!

 

 

 セイバーの言葉にすら耳を貸さず、彼女から大剣も奪い取り。

 それでまた壁を切り付け始めるも、傷一つ付かなかった。

 

「つうっ!?」

 

 

 ガァンッ!! ガランガランッ

 

 

 彼女の剣ですら、壁を壊す事は出来ず、それも手元から落ちてしまう。

 

 

「もういい! 奏者、もう無理だ!!」

 

「っはああああああああぁっぁぁぁっぁぁっぁっぁ!!!!!」

 

 

 それでも、僕は右手で拳を作り、思いっきり拳を引いて――――

 

 

 

 キィィィィィィンッ!!

 

 

「っ!? 手が……!?」

 

「こんな、結末……っ!!」

 

 いきなり光り始めた拳を、しかしそれを気にすることなく……

 

「こんな結末、望んでいないっ!!!」

 

 

 全力で、ぶつける!

 

 

 

 

 

 

 

 ッドゴオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!

 

 

 

 

 その衝撃に、分断する壁は大きく振動し、音が響き渡り……

 

 

 

 

 

 

「………………………………」

 

 

 

 

 壁は――――“壊れなかった”

 

 

「…………っ!! うあああああああああああああぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁっ!!」

 

「奏者ぁっ!! もうよせ!! もう止めるのだっ!! これ以上はもう、お主の手が……っ!!」

 

「離してセイバーッ!! 離せええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

 それでも壁を殴りつけようとするのをやめない僕を、セイバーが羽交い絞めにして止めた。

 彼女の泣きそうな声にも耳を貸さず、それを振り払おうと暴れる。

 

「助けて! 助けてっ!!!」

 

 壁の向こうで慎二が泣きわめくように叫ぶ。

 その体はもう、殆どが黒く塗りつぶされて……

 

 

「本当の僕は八才なんだ! こんな所で終わって――――」

 

 

 その言葉を最後に――――

 

 

「―――――――――あ」

 

 

 

 

 

 

 ――――慎二が、消えた

 

 

 

 

「あ…………あ……――――」

 

 体から力が消える。

 目の前の事実を認めなくて、けど否定も出来なくて……

 何より、“僕自身が彼の存在を奪った”という事が、重くのし掛かってきて――――

 

「奏、者……」

 

 膝をついた僕から、拘束を外し、後ろからセイバーのそんな悲しそうな声が聞こえてきた。

 何て声を掛けたらいいのか分からない……そんな感じの声だった。

 

 

 

「やれやれ……あのくそがき、もうちょい傍に置いて鍛えてみたかったんだけどねえ……」

 

 壁の向こうを見直すと、ライダーが倒れた体を起こして、慎二のいた所を見て、そう呟いていた。

 そうだ……まだライダーが……

 

「っ!!」

 

 また立ち上がろうとする僕を見て、セイバーがそれを止めようと押さえつける。

 それを跳ね除けようとするも……さっきよりも力が入らない。

 

「無駄だよ、坊や。そんな簡単に崩せるようなルールなら、最初から存在しない。当たり前の事さ。勝った方が生きて、負けた方は死ぬ……勝負ってのは、そういうもんさ」

 

「でも………………」

 

 多分、ライダー自身がこの結末を認めていたからだと思う。

 あがいても無駄だと、彼女自身がその態度を持って表していたから……

 

「たく、坊やはとんだ甘ちゃんだねえ。こっちの裏をかくほどの悪知恵と、実力を持っているかと思ったら、こうして倒した相手の事をうじうじと気に掛ける……こっからさき、苦労するよ。アンタ」

 

 ライダーはそう、僕の方を呆れたような顔で見つめて……

 

 

 

 

「……ま、その甘さ。嫌いじゃない」

 

「え……?」

 

 そんな事を、呟いていたのが聞こえた。

 

「ああくそ。この際、何か甘っちょろいあんたに何かしてやりたいけど……どっちにしろ何もでき――――ん?」

 

 ライダーの呟きの最中に、それを遮るように彼女の横に落ちていた、黒く塗りつぶされた二丁拳銃が光り――――

 

 

 

 

「こいつは……驚いたねえ」

 

 その拳銃は、崩壊が進む前の時と同じ姿に変わっていた。

 僕達と戦った時と全く変わらない、何処も崩壊していない姿に。

 

 

「ライダー。お主、それは……?」

 

「さあねえ。どんなバグか奇跡が働いたか知らないが……まあ多分、こう言う事なんだろうね」

 

 そう言ってライダーは、その二丁拳銃を手に取って……

 その二つを、“僕の方に放り投げた”。

 

 

「え? ライダー……?」

 

 ガシャンと音を立てて、壁を挟んだ僕の目の前に、彼女の二丁拳銃が飛んできた。

 見ると、その銃は元の形に戻ってから、崩壊は全く進んでいなかった。

 

「餞別代わりさ。持っていきな」

 

 そういった彼女は、その事に全く問題ないように。

 むしろ、自身のしたその行動に満足したような顔をしていた。

 

「何で……?」

 

「ん? 理由かい? まあ特に大した事は無いよ。どうせ消える身なんだし、その銃は残るみたいだしさ。敵に情けを掛けるような甘ちゃんな坊ちゃんに、アタシからのプレゼントってとこ?」

 

 そう言って、彼女は笑う。

 このことが、とても楽しい事のように。

 

「アタシゃ本業は軍艦専門の海賊だからねぇ。自分より弱い相手と戦うってのは、どうも尻の座りが悪くていけない。次があるなら、甘ちゃんの坊やにアタシより強くなっていて貰わないと気が済まないからねえ。そいつはその、約束の“証”みたいなもんだ」

 

 よっと、彼女は立ち上がり。

 セイバーの方を向き直り……

 

「あんた等もこの坊ちゃんの事、見といときな。アタシがいつか再会して戦う時、弱くなってたら困るからね」

「う、うむ……」

 

 彼女はそう言う。

 次なんて無いのに。

 叶いもしない、そのいつかのために……それを理由にして。

 僕達に、自身の銃を託す。

 

「……さて。ともあれ、よい航海を。次に会うまでに、アタシのその銃、役立てておいてくれよ?」

 

 

 

 彼女はそう言って、笑い――――消えて行った。

 

 

 

「――――――――――――――――――――」

 

 彼女が消えたあと、壁は取り払われ……

 

 後に残ったのは、僕達と……彼女の託した“証”だった。

 

 

 

 

 

 ★☆★

 

 

 

「―――一回戦、終わったみたいね」

 

「……遠坂さん」

 

 決戦場からエレベーターで戻ってきた僕達を待っていたのは、遠坂さんだった。

 いつもの騒ぎ立てるような顔とは違い、その眼は真剣で僕を見ていた。

 

「シンジはアンタと戦うって言ってたから、負けて死んだのはアイツの方ね。アジア屈指のゲームチャンプも形無しか。まあ、命のやり取りなんて話、あの馬鹿には未体験だっただろうけど」

 

 彼女はそう言う。

 まるで今日学校であった出来事を、誰かと話し合うかのように。

 

「……で、どうだった? 改めて聖杯戦争で相手と戦った気分は」

 

「……最悪だったよ」

 

 僕はそんな返事しか出来なかった。

 正直、そんな話題もしたくない気分だ。

 

 

「でしょうね。けど、ここではそれが当たり前。ここは戦場なのよ」

 

 彼女は当然なことを、子供に言い聞かせるような口調で言う。

 何も分かっていなかった僕に、教えるように。

 

 ……その言葉に、ズキッと体が痛む。

 

 

「聖杯戦争で勝利した一人は、手にした聖杯でどんな願いでも叶える事ができる。だからこの場所に来た者たちは皆、願いを、望みを、どんな事があっても叶えたい目的を持っているのよ」

 

 彼女の言葉に、何故か酷くイラつく。

 彼女は何も、間違った事は言っていないのに……

 

 ……いや、だからだ。

 当然だと“思える事を”彼女が言っているからだ。

 

 

「もちろん、その為に命を奪う覚悟、敗れた時に命を失う覚悟も持ってる。もうここから先は、誰も甘くない。覚悟もなしに勝てるようなマスターなんか、もう残って――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――分かってる」

 

「え?」

 

 

 僕はもう……限界だった。

 

 

「分かってる!! “分かっちゃうんだよ”っ!! そんな事が当たり前だってことが!! そんな事理解できるはずがないのにっ!!!」

 

「っ!!!??」

 

 遠坂さんが驚くのも気にせず。

 ただ心からの叫びを、全て吐き出し。

 僕自身が自覚している“矛盾”を叫びだす。

 

 

「そんな事経験したこともないのに、何故かやった事のあるように感じる!! “頭”では理解できないのに、“心”が先に納得してしまってるっ!!!」

 

 心と体が、まるで別々の存在のように。

 理解は出来ないのに、“そういうものだ”と納得する、この矛盾。

 

 

「なんなのさこれ……何なんだよ!! 僕はただの学生だった筈なのに!! 戦いなんて全く経験したこと無かった筈のくせにっ!!!」

 

 戦いを知らない。けれど、戦える。

 理解出来ない。けれど、納得する。

 認められない。けれど、覚悟できる。

 

 ただの学生に出来ない事。けれど、戦士としての行動が出来る。

 

 何もかもが矛盾だらけ。

 思えば、この世界に来てからも、何故か僕は順応が早かった。

 時々周りからも、異質な存在だと言われることがあった。

 

 召喚獣と融合したから?

 知らない世界に来て、開き直ったから?

 

 自分の中で何かが起こっている、そしてその原因が分からない――――

 

 

「はあっ……はあっ……!!」

 

 心の叫びを、包み隠さず叫んで。

 息を荒くして、暫くして落ち着いてくると……

 

 

「……ゴメン」

 

 そんな言葉しか、もう喋れなくなってしまっていた。

 

 

「え……ええ、そう。変わって、る……の、ね?」

 

 暫くして、どんな反応すればいいのか分からなかったのか。

 遠坂さんが迷いながらそんな事を言う。

 

「ま……まあ、分かっているのならいいわ……いいわ、よね?」

 

 全く自信が無いような声で、そんな事を聞き返されても……

 遠坂さんの言葉に返答を困っていると、不意に彼女はため息をついた。

 

 

「はあ。ま、まあそれは置いといて……屋上のあれ、何とかしてくれないかしら?」

 

 屋上?

 藪から棒な要望に、意味が分からないでいると……

 

 

「瑞樹よ、瑞樹」

 

「――――っ!!」

 

 そうか……姫路さん!?

 そうだ……僕が戦いの事でこんなに悩んでいるのに、彼女がこの事を思考しない訳が――――!!

 

「あなたより先に戻って来てから、ずっと屋上を占領しているのよ。全く……あそこは私のスペースだってのに」

 

 そう言って、遠坂さんは私はさも困ってます、と言いたいような顔をする。

 

「と言う訳で、彼女からさっさとあそこから退くように言って来てくれないかしら? あなた達、仲いいんでしょう?」

 

「あ……うん」

 

 遠坂さんの言葉にそう返した後……

 

 

「遠坂さん」

 

「何よ?」

 

「ありがとう」

 

 僕達の事を気に掛けてくれて……

 この聖杯戦争。何も知らなかった僕達に、いろいろ教えてくれて……

 今だって、姫路さんの事を気遣うために、僕を向かわせようとしてくれてるし。

 

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ!? 別に私はただ純粋に困っているだけで……っ!! あーもう!! いいからさっさと行きなさいっ!!」

「はーい」

 

 顔を赤くしている遠坂さんに、そう生返事をしながら、僕は階段を上がって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………」

 

 

 その様子を、予選で会ったフードの人が見ていた事には、僕達が気づく事は無かった。

 

 

 

 

 

 ★☆★

 

 

 

「っと、着いた……」

 

 遠坂さんと別れた後、僕は屋上の扉の前まで来た所だった。

 

「……………………ふー、」

 

 来たのはいいけど、実際姫路さんに会った時、何を言ったらいいのか全く思い浮かばなかった。

 階段を上がっていく最中に、いくつか考えようとしたんだけど……結局無理だった。

 そんな状態で、果たして彼女に話しかけるのはどうなんだろうか……?

 

「……………………えーい! いっちゃえ!」

 

 考えても始まらない。なら、その前に行動しちゃえ。

 僕はそう決心すると、扉に手を掛ける。

 

 キィッと音を立てて扉が開いていく。

 その先には、既に夕方になった太陽に照らされている屋上の風景があった。

 

「あ……」

 

 その奥に、彼女がいた。

 

 こっちに横を向けて、扉を開けた音にも気づいた様子はなく。

 屋上から下の様子をぼーっとした表情で見つめていた。

 

「姫路さん」

「っ!?」

 

 僕が呼びかけると、彼女はビクッと驚き、おずおずとこっちを向く。

 まるで、いたずらが見つかった小さな子供のように。

 

「あ……明久君」

 

 僕に気づいた彼女は、笑って僕の名前を呼んだ。

 その顔に、仮初のお面をくっ付けて。

 

「一回戦……勝ったんですね」

 

「うん……勝っちゃった」

 

 僕達はただ、短くそう言う。

 ただ自分達のやった事を、確認するように。

 

「……っ!? 明久君、それ……!」

 

「へ? ……あ」

 

 彼女が僕の右手みて気づいたように指をさす。

 そこには、慎二達を助け様とした時に、傷付きボロボロになった僕の手から、血がポタポタと落ちていた。

 

「これは……さっき、思いっきり壁を殴っちゃって」

 

「あっ……壁……そうですか」

 

 ありのままの事を、簡略化してそのまま話すと、彼女はまた屋上の下の方を向き直る。

 そして、その口からポツポツと喋りだした。

 

「私は……一回戦、戦ってきました」

「うん」

「決戦場は……周りが大きな恐竜の化石みたいな物で囲われていたました」

「うん」

「そして、対戦相手と戦って……勝ちました」

「うん」

 

 短い文章を、ただぶつ切りに繋いでいくように。

 僕は一つ一つ、その言葉に反応していく。

 そして……次の言葉から、彼女はもう泣きそうな顔になって……

 

「戦って、私が勝った後……壁が、出てきて」

「……うん」

「そして、その対戦者が……消えて、しまって」

「…………………………」

 

 

 

「私が、その人を――――」

 

 

 それ以上言わせてはいけない。

 

 言わせたら、確実に彼女が壊れてしまう。

 

 何か言わなきゃ、えーと、僕も同じ事をした仲だよ。僕達はずっと一緒さ。どんな告白?戦った感想は?むしろ追い打ちを掛ける。殺した時どんな気持ち?悪化してるわ!根本的に何か別の話題をして気を逸らさなきゃ何か無いか何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何かなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカナニカ―――――っ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――夏休み明けってさ。テストあるよね」

 

 

 

 気が付けば。

 口から自然とそんな言葉が出て来た。

 

「へ……?」

 

「ほら、鉄人がさー。夏休みの補習中に口を酸っぱくして言ってたんだけど、今度の休み明けのテストで赤点取った奴は、地獄の放課後三時間居残りコースをプレゼントだー、とかなんとか。全く、まいっちゃうよねー」

 

「あの……明久君?」

 

 いきなりの話題転換に付いていけてないのか、姫路さんが困惑した顔で見てくる。

 それでも、僕は話し続ける。

 まるでいつもの学校での会話のように。

 

「ていうか、五教科って何さ! 五教科って! ただでさえ夏休みは貴重だってのにさ、宿題も大量に出されて、そんなのできる訳ないって!」

 

「あの、明久君。一体何を言って……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからさ――――帰ったら、教えてよ。勉強」

 

 

 

 

 

「――――――――あ」

 

「あ、そーだ。前の期末テストの時みたいに、またみんなで勉強会でも開かない? ほら、またみんなの家に行ってさ」

 

 そう言いながら、僕は自分の手の平を見て、指を折り曲げて行き……

 

「僕と姫路さんでしょ。そして雄二と美波とー、秀吉とムッツリーニのいつものメンバーでしょ? そうそう、霧島さんと、工藤さんもでしょ。前にやった時はこの八人か」

 

 そして僕は、さもいいアイデアでしょ、と言うように続けていく。

 

「どうせなら、いつもなら呼ばない他のメンツも誘う? 久保君とか、秀吉のお姉さんとか。あ、いっそ葉月ちゃんも誘おっか? 勉強する事違うけど、喜ぶだろうし。姉さんとかは……まあ、置いといてー……」

 

「クス……」

 

 思いついた事を話し続けて行くうちに、姫路さんがクスリと笑った。

 さっきまでの偽りの笑いではなく、小さいけど、心からの笑みで。

 

「そうですね……また、みんなで」

 

「うん。みんなで」

 

「約束ですよ、明久君」

 

「うん。約束だね」

 

 そう、言葉を続けていく。

 さっきまでの壊れそうな感じは、もう無かった。

 

 

「そーいえば、さっき下で遠坂さんが、姫路さんが私のスペース侵略してるから何とかしてくれーって、喚いてたよ」

 

「あ……そうなんですか? それは凛ちゃんに悪いことをしましたね……」

 

 そう言って、姫路さんは、改めて僕の方を見て……

 

 

「それじゃあ……行きますね」

 

「うん。僕はまだ屋上に残ってるよ」

 

「なら、また明日ですね」

 

「うん。また明日」

 

 姫路さんは僕の横を通り抜けようとして、すれ違いざまに、

 

 

「明久くん」

 

「何?」

 

 

 

 

 

「――――ありがとうございます。助けてくれて」

 

 

 

 

「……………………」

 

 そう言って、彼女は屋上の扉を開けて、階段を降りて行った。

 

 

「………………ありがとう、か」

 

 僕はそう呟き……

 

 

 

 

 

「……ゴメン、姫路さん」

 

 そっと、謝罪の言葉を出す。

 違うんだよ、姫路さん。

 僕は君を、助けようとした訳じゃなかったんだ……

 

「ただ……理由が、欲しかった」

 

 僕が、何故戦うのか。

 何故、戦えるのか。

 何故、慎二達を倒したのか。

 矛盾を抱えた僕が、何故そうなったのか。

 

 ……その理由が、欲しかった。

 

 みんなとの約束を守るために、そんな理由で、ただ一生懸命になっていたから……

 そんな、こじつけたような理由でも……何か欲しかったから。

 

 そうしたら……心も、体も、納得できるから。

 

 

 

 

 

「ああ、ホント――――――――卑怯だな、僕」

 

 約束を盾に、それを汚していく。

 自分のために、みんなを利用した。

 そんな、最低な人間……

 

 

 

「卑怯ではないっ!!」

 

「っセイバー……?」

 

 さっきまで霊体化していたセイバーが、突然それを解き、そう叫ぶ。

 

「奏者は卑怯では無い! 誰だって理由なく戦うのは嫌なはずだ!! 当たり前の事だ、そんな事はっ!!」

 

 彼女は泣きそうな顔でそう声を上げる。

 まるで僕の痛みを、自らも分かち合っているかのように。

 

「理由もなく、願いもなく、ただ殺すためだけの者は狂人でしかない! その点奏者は優しすぎる! その約束は、余には何よりも美しく感じた! 現に今の約束が、自分だけでなく、同時に壊れそうな瑞樹も救ったではないかっ!!」

 

 その言葉に、何か温かく感じて……

 

 

「だから奏者は――――わぷっ」

 

 僕はセイバーの頭を、手の平で軽く撫でる。

 

「ありがとね、セイバー」

 

「あ……うむ……」

 

 僕はふと、遠くの景色を見た。

 夕暮れの太陽が、今にも沈みそうな風景が見えて。

 その色は、何より赤く……明るく感じた。

 

 

「セイバー」

 

 僕は彼女に呼びかけ……

 

 

 

 

 

「――――勝つよ、この戦い」

 

 その決心を、小さく……けれど、ハッキリと言う。

 

「ああ……ああっ!! もちろんだ、奏者っ!!」

 

 目元をゴシゴシと袖で拭った後、彼女の笑いながらのその答えに、僕も笑う。

 

 

 こうして……僕の聖杯戦争、一回戦が終わった。

 

 

 

 

 

 ★☆★

 

 

 

【アイテムを入手しました】

 

 

 ・ライダーの二丁拳銃

 

 フランシス・ドレイクの持つ、クラシックな二丁拳銃。

 弾丸は魔力を込める事で自動で装填され、その一発に込める量により、威力が変わる。

 いつか再戦の機会の時に、彼女より強くなっているという約束の証。

 

 ――――ともあれ、よい航海を。次があるなら、アタシより強くなっていてくれよ?

 

 

 

【ステータスが更新されました】

 

 

 ■マスター:吉井明久

 

 

<スキル>

 

 精神破綻?:-

 

 この世界に来てから、吉井明久が抱えてしまっている矛盾。それを仮に登録した物。

 何故彼は戦えるのか、何故それに納得してしまうのか……

 その原因は、一体……?

 

 

 

 ★☆★

 

 

「――――ところでさ」

 

「なんだ、奏者よ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーチャーとキャスター、“決戦場で下に落ちたままなんだけど”、どうしよう」

 

「――――あ」

 

 

 

 ★☆★

 

 

 決戦場・沈没船。

 

 の、落ちて行った方。

 

 

「うわーんっ!! ご主人様ーっ!! 私はいつまでここにいなきゃいけないんですかーっ!!」

 

「なあ、キャスター……泣きわめくのは構わんが、出来れば残骸に埋まっている私を救出して欲しいのだが……」

 

「あ。紅茶は黙っててください」

 

「……………………」

 

「うわーんっ!! ご主人様ーっ!!」

 

 

 

 この後、運営側に事情を話して救出してもらいました。

 ちなみに救出費用、20,000PPTでした。


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