Fate/Extra Summon   作:新月

13 / 49
センターが終わり、一段落した所で投稿。
結構月日が経ってるのに、まだ一回戦すら終わってないという。




ラニ=Ⅷの長い一日

「と言う訳で、マトリクス二つ目が埋まったよ~」

 

 わー、ぱちぱちっと、四人しかいないマイルームの中でつつましい拍手が沸き起こる。

 正直ちょっとむなしくなる感じだったけど、そんな事は気にせずに僕たちは喜びの歓喜を表していた。

 

「やりましたね、ご主人様!」

「四日間でマトリクス二つ目か……まあ、なかなかいいペースと言えるんじゃないか」

 

 あの時別行動していたキャスターやアーチャー達も、この知らせには喜んでくれた。

 ちょっと前までお先真っ暗状態だったのがウソみたいに順調に感じられる。

 

「うむ。全く、奏者の罠に嵌った時のワカメのあの顔と言ったら、それはもう……お主らに見せてやれなかったのが残念に思えるほどだったぞ」

「へぇ~。いいなあ、私も見てみたかったなあ」

 

 セイバーの言葉に、キャスターがそう本当にうらやましそうな声で返す。

 こういう時、この二人はすごく仲がいいよね。いつもの争いが嘘みたいに。

 出来れば、普段からこうだったら助かるんだけどなあ……無理だろうなあ。

 

「とまあ、僕たちの方の成果はこんな感じだけど、そっちはどう?」

「む、私達か?」

 

 実は僕たちが慎二達の方を追っている間に、アーチャー達にも別行動で調べてもらっていた。

 正直、直接追うより成果が出ているとは思っていなかったんだけど……

 

「ふっふっふ……ご主人様、こっちはこっちで、ちゃーんと収穫はあったんですよ」

「え、本当? どんなのがあったの?」

 

 それはですねえ……と勿体ぶった様な言い方で、キャスターはアーチャーのスペースの方に行き、そこにいつの間にか大きな赤い布がかけて置いてあった大きめの物体の横に立って、その布の端をキャスターが掴んだ。

 あ、その布ってセイバーが自分のスペースを造るときに余ってアーチャーの方に捨ててた奴だ。

 まあ、そんなどうでもいい事は放っておいて。

 

「なんと!! 財宝の山ですよーっ!!」

 

 そんな言葉とともに、バサッと布を払うと、そこには見るからに豪華な王冠やら金貨やらが、宝箱に入った状態で現れた!!

 おおっ!? これは凄いっ!!

 

「おおっ!? まさか、こんな……っ!? キャスター、これをどこで見つけたのだ!?」

 

 流石のセイバーもこれには驚きを隠せない様子だった。

 まさか、昨日まで金欠で悩まされていたのに、こんな一気に財宝の山が手に入るなんて!!

 

「実は、昨日マスター達が慎二達を追っていた際、私達も校舎内を霊体化して探っていたら……」

「なーんか、あのワカメ達金を用意しろだとか、アリーナにハッキングしたとかそんな事を口走っていたらしいんですよねー。他のマスター達が喋っていたのを立ち聞きしただけなんですけど」

 

 へ? ハッキング?

 

「ああ、アリーナにハッキングをして情報を改竄し、財宝などのアイテムを強制的に出現させていたらしい」

「何それ!? そんな便利な事出来るの!? だったらそれ僕たちがしていれば、最初から金欠に悩まされなくて済んだのに!!」

「君にそんな技術があるのか?」

「無い!!」

 

 キッパリと、そう言い切った。

 

「まあ、君の技術力は置いておいて……そんな訳で、我々は慎二達が校内にいて他の参加者に自慢している間に、アリーナに忍び込み……」

「そこで、この財宝の山を見つけたわけです♪」

 

 成程。

 つまり、この財宝の山は慎二達が用意したもので、キャスターたちがそれをこっそりとって来たと。

 多分モラル的にはアウトなんだろうけど、聖杯戦争中だし相手慎二だしまあいいよね!!

 

「今頃あのワカメ、ある筈の財宝が無くなっていて慌てていそうですね、ふふふ……」

 

 うわー……

 僕達も人の事言えないけど、もの凄い悪い顔してる……

 やっぱり日頃の恨みだよね、というか初日のあれだね、うん。

 

「ああ。後、ついでにアリーナでこんなのも見つけたぞ」

 

 そうアーチャーが、彼の横に置いてあった古ぼけた本を、こっちに向かってポンッと投げてきた。

 

「うん? 紅茶よ、この古臭い本は一体何なのだ?」

「見た所、中に日付とか書かれてるし、誰かの日記みたいだけど……って」

 

 その本のよく見ている内に、ある事に気づいた。

 

「これ、図書室にある本じゃないか!?」

「む? 奏者よ、何故そんな事が分かるのだ?」

「裏に図書貸し出しカードが入ってる」

「お、おう……」

 

 何かセイバーが微妙な顔をしていたけど、気持ちは分かる。

 このお金とか電子マネー式のハイテクな電脳世界で、、図書貸し出しカードって……

 しかも名前手書きの。

 今時の図書館でも、バーコード式のカードとか使ってるっていうのに。

 まあ、それはともかく、カードが袋に入ったままって事は、無断で持ち出したって事だよね……?

 

「この本って、アリーナで見つけたって言ったよね?」

「ああ、しかもわざわざ見つかりにくい隠しルートの向こう側に、だ」

「あのアリーナに入れるのは、私達と、対戦者のマスターとサーヴァントのみ……つまり」

「あのワカメ達が隠した……と言う事か?」

 

 確かに、それしか考えられないよね……

 

「わざわざ慎二達が、アリーナに隠しに行ったって事は……」

「十中八九、あのサーヴァントに関する情報が書かれている、と言う事だろうな」

「全く、図書室でいくら調べても見つからなかった訳ですよ。あのワカメ、初めから自分達に関する情報を抜き取っていた訳ですから」

「むう……あのワカメ、そこまで姑息な手段を……」

 

 けど、おかげでほぼ確実に、この本が正体につながる、という裏付けもできる訳だ。

 多分、これで最後のマトリクスも埋まる!!

 すごいやキャスター、アーチャー!!

 僕たちはマトリクス一つに対して、そっちはそれに加えて財宝まで手に入れて来たんだから!!

 これでしばらくは金銭面に困らなくて済む……

 

「って、あー……けど、よく考えたら財宝って、このままじゃ使えないよね。この世界電子マネーだし」

 

 いくら金銀財宝が沢山あっても、これらを電子マネーに換金しないと、何の意味もないガラクタになってしまう。

 

「なら、端末に入れて、地下の購買部に売りに行けばいい。一応その財宝はアイテムフォルダ扱いになっているから、わざわざこのまま手で持っていく必要がない」

「そうだね。けど、ほんっと便利だよねこの端末って」

 

 情報が自動で更新されたり、アイテムをしまっておけたり、これリアルの世界でもあったらとんでもなく価値のあるものだよね、オーバーテクノロジーだよ一種の。

 まあ、まだ全ての機能を使いこなせている訳じゃないけどね。

 例えば、昨日姫路さんからもらった強化体操服の出し方とか。

 あれってアイテムとは別フォルダ扱いになるらしくて、どうすればいいのか分からなくて困っていたんだよね……

 あ、そうだ、換金のついでに遠坂さんか姫路さんに聞いてこよう。

 たぶんこの時間だと、屋上とか廊下に出ている頃だろうし。

 

「じゃあ、さっそくこの財宝売ってくるよ。えーっと、しまうのは……こうか」

 

 僕は拙い動きで端末を操作して、財宝をデータ化して端末にしまう。

 

「じゃあ、僕一人で行ってくるよ。多分そんなに時間かからないだろうし」

「なら、私達はこの日記の中身を調べておこう。おそらくこれで最後のマトリクスが埋まる筈だ」

「うむ。じゃあ余は今度こそ、この作品の続きを」

「貴様も調べるのを手伝え!! そして破片をこっちに片付けるのは止めろといってるだろう!?」

「そうですよ!! 埃が舞ってお茶が飲めないじゃないですか!!」

「そっちもサボる気満々だなおい!?」

 

 相変わらずの声が聞こえて来たけど、財宝という嬉しい知らせを聞いた直後だったから、あまり気にせずマイルームを出て行った。

 

 

 ★☆★

 

 

「――――――――――出来ました」

 

 私、ラニ=Ⅷは、たった今マイルームで、五日間もかけたある作業を終えた所でした。

 私の目の前のテーブルの上には、黒光りする腕輪が“二つ”置いてあります。

 片方は彼、吉井さんから預かった物。

 もう片方は、私が修理するときに、複製に成功したものです。

 預かった方に感じられたコードは、既に修理を終えたおかげで発生しなくなっています。

 

「しかし、この腕輪に組み込まれていたのは、“全方位障壁発生装置”だとは……」

 

 彼の腕輪を修理するついでに、その仕組みを調べさせてもらいましたが、この礼装にはデータ遮断機能、所謂【ファイヤーウォール】が組み込まれていました。

 予選の時に、彼の記憶が残っていたのは、この腕輪のバグの影響で、彼の周りにデータ遮断エリアが発生していたのでしょう。

 そのおかげで、彼自身に記憶操作の影響はいかなかった――――――

 

 ――――――しかし、

 

「それでも、バグの際の出力はそれほど高くなかった……完全には防ぎ切れていなかったはず……?」

 

 そう、このシステムは正常時なら、強力な効果を遺憾なく発揮する。

 けれど、改めて腕輪のバグの際の出力を見てみると、私の予想に反し、この腕輪は本来の効力の殆どを出し切れていませんでした。

 彼が予選の時持っていたは時点では、バグが既に発生していたとすると、出来ても、50%程の遮断しか出来ていなかったはず。

 本戦会場で再開した時、彼はそんな事は言っていなかった。

 となると、彼が言い忘れていたか、それとも最初から記憶を全く失っていなかった……?

 

「しかも……見慣れないコードでしたが、仕組みそのものは、意外と単純な構造になっていましたね……」

 

 そう……一見複雑に見えたこのコードも、解いて見れば、驚くほど簡単な仕組みになっていました。

 私が修理しながら、片手間で簡単に複製できるほどであり、しかも誰でも簡単に使えるほどの。

 データ遮断自体のコードは、珍しい物でもありません。

 この程度の事なら、ウィザードなら簡単に思いつく事ですし、殆どの人が持っているとも言えるでしょう。

 

 ――――――それが、“サーヴァントの攻撃すら防ぐことが出来る”と言う事を除けば、ですが。

 

 データ遮断機能と言っても、あくまでウィザードが作った程度の物……

 サーヴァントレベルの攻撃には防ぎ切れるはずがありません。

 よくて一回、それも使い捨てでやっとといったところです。

 なのに、この腕輪はたいていの攻撃は完全に防ぎ切れるだけでなく、理論上魔力さえあれば何回でも使用出来る。

 

 

 ――――そんな強力なコードが、簡単に複製できて、誰でも使える――――?

 

 

 ……私はこの事実を知った時、身震いしました。

 何故彼がこんな強力な礼装を持っていたのかは知りませんが、これは確実に他のマスターに見せてはいけない存在です。

 もし、この腕輪のデータが流出してしまったら、多くの参加者達が、強力な盾を簡単に手に入れることになります。

 そうなったら、それだけでこの聖杯戦争のパワーバランスが崩れる事になるでしょう。

 それに、ほかにももう一つ、気になる点が……

 

「…………………………」

 

 既に、状況は私と彼だけの話では収まりません。

 あの警戒心のあまり無さそうな彼なら、何かの拍子で腕輪のデータが他の誰かに渡ってしまうかもしれないですから。

 しかし今、この腕輪の存在を知っているのは、私と彼だけです。

 そして、彼の様子だと、見たところこの腕輪の重要さに気づいているとも思えません。

 つまり……私が彼に腕輪を返さなければ、私一人が強力な盾を持つ事になります。

 彼には、修理が失敗したと言えば信じるでしょう。あるいは、よく似た偽物を送るだけでもいい。

 そんな考えが浮かび……

 

「…………………………」

 

 気づいたら、彼から預かった方の腕輪を持って扉に向かいました。

 私が自分からこのアドバンテージを捨てようとしている事は分かっています。

 もしかしたら、聖杯戦争の戦いそのものに影響するかもしれないと言う事も。

 

 けれど……私は彼に応えたい。

 

 何故かそんな言葉が浮かんできました。

 彼が師の言った人かも知れないから?

 それもあるでしょう、しかし、彼との付き合いは皆無に等しいのに、そう考えるでしょうか?

 にも関わらず、私はそう思い、現に彼にこの腕輪を私に行こうとしています。

 この行為は、師から受けた使命を果たす障害になるかも知れないのに……

 

「そう言えば……他人とちゃんと話した事は、師を除いて彼が初めて、でしたね……」

 

 もしかして、そのせいかも知れませんね。

 初めての彼の事をよく知りたいために、彼が少しでも長く生き残れるようにするために、こんな行動をするのかも知れません。

 そんな考えをしながら、私は扉を開けて――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんっで“ブルマ”なんか穿いてんのよっこの超絶アルティメット馬鹿がああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」

 

「ごげぱあああああああああああああああああああっ!!???」

 

 

 

 その初めての彼が、私の目の前で剛速球で通り過ぎて行き……というより、吹っ飛んでいきました。

 

 しばらくすると、ゴシャッ!! ガシャッ!! ドゴォオンッ!! と三連続で音が鳴り響き、その後しばらく廊下は静寂に包まれました。

 

 

「…………………………………………」

 

 チラッ

 

 彼が吹っ飛んで行った方向を見ると、彼は壁に真っ赤な花を咲かせ、さかさまの状態でそこから床にずり落ちている所でした。

 

「…………………………………………」

 

 チラッ

 

「ふー……ふー……」

 

「あ、あはは……」

 

 逆の方を見ると、遠坂凛が肩で荒い息をしていて、その横にはピンク色の髪をした女性が何だが居づらそうな顔をして立っていました。

 

「…………………………………………………………………」

 

 私は廊下に出て、窓の方に寄りかかり、空を見上げました。

 そこには、セラフによって作られた仮想の空が広がっていて、月や星が浮かんでいました。

 

 ああ……

 

 

「また一つの命が、星に還ったのですね――――――」

 

 

 

「いや、死んでないからっ!?」

 

 

 そう叫びながら、吉井さんは血まみれの状態でありながらも、勢いよく立ち上がりました。

 今少しだけ、彼に腕輪を返すのが正しいのかどうか、一瞬迷いが生じた瞬間でした。

 

 

 ★☆★

 

 

「あ、明久君……大丈夫、ですか……?」

「しょ、正直……鳩尾ドロップキックはかなりくる……っ!!」

「何よ!? 私が悪いっての!?」

「何も前振りもなくいきなり走ってきての攻撃はどうかと思うんだけど……っ!?」

「逆にそんな格好をしてて突っ込まない馬鹿がいるなら教えて欲しいくらいよっ!!」

 

 とりあえず、一応立ち上がれるくらいに回復した吉井さんを含め、遠坂凛と、姫路瑞樹(さっき自己紹介をした)と私で、廊下の真ん中で話をする状況になりました。

 

「あの、出来れば先ほどの状況に陥った経緯を知りたいのですが」

 

 私がそう言うと、遠坂凛が経緯も何も、と大声を上げながら吉井さんに指をさし、

 

「その馬鹿の格好に全力で突っ込んだだけよ!! 日頃の鬱憤も込めて!!」

「正確には、装備の仕方が分からない明久君に、私が代わりに端末を操作して着せたらその服が女性用で、それを遠くから見つけた凛ちゃんが思わず蹴り込んできた、と……」

「ふむ……」

 

 改めて吉井さんの格好を見てみます。

 色が白く、吸湿、乾燥性に優れそうなTシャツ。

 丈が短く、行動の妨げにならない履物。

 全体的に、運動に最適化したような格好。

 

 ……ふむ

 

「何処に問題が?」

「あんたマジで言ってんのそれっ!?」

 

 そう遠坂凛に叫び返されました。

 何故でしょうか?

 

「しかし、機動性重視にされている彼の格好は、この聖杯戦争の探索や戦闘と言った点では、特に問題な個所はないと思いますが。強いて言うなら、防御が弱いと思われるという点ですね。しかしそれも、メインはサーヴァントの戦闘ですので、マスターはどちらかというと攻撃を避けるという行為が求められると思われるので、最低限コードキャストでカバーさえしておけば……」

「あんたの自前の装備理論なんてどうでもいいわ!? 問題はこいつブルマ!! これ女の格好!! 分かる!!?」

 

 どうやら遠坂凛が怒っているのは、別の事のようです。

 しかし、それはあまり合理的とは言えないのでは……?

 

「男女の衣装の違いなど、最適化の妨げにしかなりません。そのような事で気にするようであれば、衣装のデザインによって発動するコードキャストも存在する中、組み込める量が減ってしまうのでは無いでしょうか? それくらいの事は遠坂凛、あなたほどのウィザードなら分かっている事でしょう?」

「けど限度ってもんがあるでしょうがっ!! しかもこいつウィザード歴かなり浅いらしいし!! 衣装に組み込む技術何て持ってないし!!」

 

 ふむ、困りました。

 どうやら、彼女とは根本的な部分で相容れないようです。

 

「大体なんでブルマなんて持ってんのよ!! あんた金欠って言ってなかった!?」

「あ、すみません……それ私です、渡したの」

「瑞樹ぃッ!!?」

 

 姫路瑞樹が言いずらそうにそう言うと、遠坂凛は怒りと驚きと驚愕が入り混じったような顔で、彼女の方を向きました。

 

「えっと……昨日、購買で間違って買ったあまり物の強化体操服を、捨てるのも勿体ないから、明久君に上げようかなっと思って、それで……」

「それでじゃないわよね!? 常識的に考えて女の瑞樹が買ったら、普通に女物の服になるって事分かるわよねえっ!!」

「だって買った時圧縮したデータで端末に直接送られましたし!! 服の形とか分からなかったんですよー!!」

 

 それからしばらく遠坂凛と姫路瑞樹が騒ぎまくり、うるさくなっている中、吉井さんがぽつりと一言洩らしました。

 

「あれ、ところでさ……服にコードキャストを組み込めるってどういう事?」

「要は、衣装型の魔術礼装を作ると言う事です。私のこの衣装も、この形自体が防御の術式になっていて、わざわざコードを発動させなくても、常時防御の効果が出せる事が出来たりするのです」

「へえー……あ、じゃあやっぱり遠坂さんも何か組み込んでいたりするの?」

 

 彼はそう、言い争いを終えて息を整えている遠坂凛にそう聞きました。

 

「はあ、はあ……私? まあ、やっぱり物理防御とか、肉体強化とか……あとは、まあ視覚阻害とか」

「視覚阻害? それってどういうの? 相手から自分の姿が見えなくなるとか?」

「いや、そんな全部じゃなくて、主にスカートの中ね」

「スカートの中?」

「ほら、動き回ったりすると、この短い丈じゃあ、下着が見えるかも知れないじゃない。そこで、この視覚阻害の術式を組み込むことで、中が見えなくなるいう仕組みになるのよ」

「結構便利なんですよ、これ。私も使わせてもらってますし」

「何その絶対領域発生装置。ムッツリーニが知ったら血涙を流しそうな話だよそれ」

 

 ムッツリーニ、という方の事は知りませんが……

 

「無駄にしかならない術式ですね」

「はあっ!?」

 

 私の反応に苛立ったのか、やや強めの声で遠坂さんが応えます。

 だってそうでしょう。

 

「その視覚障害の術式を外せば、もう少し防御系の術式を組み込め、少しでも生存率を上げる事が出来るというのに……わざわざ下着なんかにかまけている時点で油断していると思います。あなたは優秀な魔術師と思っていましたが、それ故に慢心しているのでしょうか?」

「言わせておけば……っ!! じゃあ何!? あんたは自分の下着、他人に見られても平気ってわけっ!?」

「り、凛ちゃん落ち着いてください!? というか、元々装備の話をしていたのに、何で下着の言い争いになってるんですかっ!?」

「あれ? そう言えばいつの間にか姫路さん達、名前で呼び合ってるんだ」

「今はその話は関係ないんじゃないでしょうか!?」

 

 何やら暴走し始めている遠坂凛を、姫路瑞樹が必死に羽交い絞めにして止めている様子はあれですが……

 まあ……

 

 

 

 

 

 

 

「そもそも、元から下着など穿いていませんので」

 

 

 

 そう言った瞬間、廊下から音が消えました。

 

「…………?」

 

 見ると、遠坂凛も姫路瑞樹も、先ほどまでの騒がしさが嘘のように固まって立っていました。

 横を見ると、吉井さんの方は何故か顔を青くして、大量の汗を流していましたが、暑くもないのにどうしたんでしょうか?

 

 

「………………えーと……ちょっと待って……」

 

 しばらくすると、遠坂凛がいやいや、と首を振りながら動き始め、

 

「あんた、下着を穿いてないって……」

 

「ええ、合理的ではありませんので」

 

 そう言うと、またすぐ固まりました。

 本当にどうしたんでしょうか?

 

「何故、下着を穿いていないだけでそんなに驚くのですか? 吉井さんも似たような反応をしていましたが……」

 

「待ってください、待って。なんでそこで明久君が出てくるんですか?」

 

 吉井さんの名前を出した瞬間、姫路瑞樹が何やらさっきまでと雰囲気が変わり、そう聞いてきました。

 と、言われましても……

 

 

「この間、そこの廊下で風が入ってきたときにめくれ、吉井さん達に見られた事がありま」

 

「ちょっと待ちなさい、そこのこっそり移動中の変質者」

 

「アキヒサク~ン。ドコニイコウトシテイルンデスカ?」

 

 ふと横を見ると、いつの間に移動したのか、吉井さんがここから十メートルくらい離れた場所で、こっそり移動していました。

 こちらが彼に気づいた事が分かると、いきなりその場でダッシュし始め、何処かに行こうとしていました。

 

「逃がすかぁっ!!!」

 

「ウフフ。ニゲラレマセンヨアキヒサクン」

 

 その彼を二人が追い、不可抗力だーっと彼は叫びながら逃げ続けましたが、すぐにつかまり、先ほどより無残な姿となったのは二時間後の話でした。

 

 

 

 

 ★☆★

 

 

「うう……僕は本当に悪くないのに……」

「けど見たんですよね」

「はい。すみません」

 

 二時間後、遠坂凛と姫路瑞樹に攻撃された吉井さんは、再び赤い花を咲かせながらも、すぐ動けるくらいに回復し、私達と一緒に階段を降りようとしている所でした。

 

「ていうか、あれだけボコボコに殴ったのに、すぐ動けるくらいに回復するってどういう体してんのよ」

「まあ、この世界に来る前も、そんな感じでしたよね、明久君達」

「一回あんたらの言う文月学園を見てみたいわ……」

 

 そんな雑談をしながら歩いていると、吉井さんが私の方をみて気づいたように、

 

「あれ? そう言えば、ラニが付けてるそれって、黒金の腕輪?」

 

 と、そんな事を言いました。

 

「え? 何で明久君が貰っていた腕輪が、ラニさんが持ってるんですか?」

「腕輪? 何よそれ?」

 

 これは少し困りましたね……

 彼と二人きりになった時に渡した方がいいと思い、タイミングを計っていましたが……

 正直、今回は少しばかり彼の空気の読めなささにあきれます。

 

「はい。無事修理が終わりましたので、後であなたに返しておこうかと思いまして」

 

 どうぞ、と私は彼に腕輪を渡します。

 まあ、詳しい内容をそこの二人に言わなければ、大した問題にも……

 

 

「で、結局本来の機能って、どんなだったの?」

 

 ……この人は、本当に……

 このタイミングで聞いてきますか?

 

「腕輪が壊れていたんですか? それで修理をラニさんに?」

「あんたねえ……他人に預けるのもどうかと思うけど、自分の礼装の機能位把握しておきなさいよ」

「いやまあ、これ貰い物だし、よく分かってなかったんだよねえ」

 

 そしてそんな彼自身は、私が考えている事など全く知らずに無警戒に二人と話しています。

 前も思いましたが、ここまで警戒心がないのもどうかと思いますが。

 まあ、一先ずそのことは置いておきましょう。

 

「この腕輪に組み込まれていたのは、ファイヤーウォールでした」

「ファイヤー……? え、何?」

「ファイヤーウォールです。発動すると、術者を中心に、立方体型の障壁が展開し、全方向からの攻撃の対処が可能になります」

「何それ!? すっごい便利!!」

「へえー、凄いじゃない。まあ、サーヴァントレベルの攻撃だと厳しい思うけど」

 

 サーヴァントですら防ぎ切れそうだと言う事は、黙ったままにしておきましょう。

 都合よく、遠坂凛が勘違いをしてくれているようですし。

 

「ファイヤーウォールですか? あれ? でも、明久君が学園長先生から貰った時、特殊召喚フィールドって、言ってませんでしたか?」

「特殊召喚フィールド……ですか?」

 

 何でしょう、それは?

 

「って、召喚フィールドって、前に瑞樹から聞いた、召喚獣って奴を出すためのフィールドの事よね?」

「はい。学園長先生が実験に使うからと言って、明久君に渡していたんですけど……」

 

 遠坂凛は、事情を知っているようですね。

 私だけが知らないようですが、これは少しまずいかもしれませんね。

 

「そう言えば……特殊と言えば、この腕輪の修理中に、気になった事があるのですが……」

「ん? 何が?」

 

 これは先ほど考えていた、吉井さんの記憶に関する事とは全く違うもう一つの件なのですが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故かこの障壁、“外側からの攻撃より、内側からの攻撃を防ぐように出来ていた”のですけど……」

 

 

 

「「…………………………………………………………………」」

 

 

「全方向からの攻撃の対処に作られたのなら、普通は外側の方を強くするべきなのに、これではまるで術者を守るというより、閉じ込めると言った方が正しいような……? どうかしましたか?」

 

 私の説明の途中で、吉井さんは一階に差し掛かった所で、一人廊下の方に向かいました。

 そしてガラガラと窓を開け、先ほど私がしたように上半身を外に出し、空を見上げて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのババア何があっても僕にしか被害いかないようにしてやがったなああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 と、そんな叫びを上げ始めました。

 

 

「何が特殊召喚フィールド!? それってただ自分だけは被害を被らないための保険って事でしょっ!? ていうか、そんな被害が出るかもしれない実験をやらせていたって事だよねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!!!」

 

「ちょっ!? いきなりどうしたのよ吉井!?」

「すみません凛ちゃん、しばらくそっとしといて上げてください……ただ学園長先生が、明久君を生贄にする気満々だったって事に気づいたらしくて……」

「はあっ!? 何それ!?」

 

 それからしばらく、彼の叫びは空が薄暗くなるまで続きました。

 

 

 

 ★☆★

 

 

「ふー、ふー……」

「あのー、落ち着きました、か?」

「まあ、少しは……」

 

 彼の叫びが終えた後、私達は地下一階の購買の前にいました。

 

「所で先ほどの件なのですけど……勝手ながら、修理する際に、障壁の強さが外側に集中するように改竄したのですが……余計なお世話だったでしょうか?」

「いや、全然。むしろ直してくれてありがとう。いやホントに」

 

 そう言って、彼は私に感謝の言葉を言ってくれました。

 その後、さてと……と、彼は端末を取り出して何かを取り出そうとしていました。

 

「ん? あんた何やってんの?」

「あ、うん。もともと今日は、これを売りに出そうと思っててさ……よっと」

 

 そう言うと、彼の目の前に、金の王冠やらコインやらの財宝の山が現れました。

 

「って、凄っ!? 何これどうしたの!?」

「明久君、これどうやって手に入れたんですか!?」

「うん、何か慎二達がハッキングして出したのを見つけたらしくて」

「見つけたって、サーヴァントが?」

 

 これは確かに凄いです。

 素人の目から見ても、この財宝の価値はかなりのものであると思われます。

 

「と言う訳で、これを売りたいんですけど」

 

 彼がそう言うと、少々お待ちくださいと、売店員のNPCが出てきて、彼の持ってきた財宝の鑑定をし始めました。

 

「はー、凄いですね。けど、これ売っちゃうんですか?」

「うん。だって、そのままだと電子マネーのここじゃ使えないからさ」

「なるほどねー……今までの迷惑料として少し寄越しなさい」

「うん、予想できてたよそんなセリフ」

 

 それから鑑定が終わるまで、そんな感じの話題が続きました。

 

「いやー、これでやっとビンボー生活とおさらば出来るよ」

「よく、凛ちゃんの所とかに来ましたもんね、ご飯貰いに」

「全く、これであんたの面倒が来なくなると思うと清々するわ」

「しかし、いくら位するんでしょうね?」

「やっぱり、十万PPTとかいくかな?」

「あんた馬鹿? あれだけの量の金なら数百万は下らない……」

 

「鑑定終了しましたー!」

 

 しばらくすると、そんな声が聞こえ、全員そちらの方に向かいました。

 

「あ、ありがとうございます! 結局いくらですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2,000PPTです!」

 

 

 

「「「「……………………………………………………………………………」」」」

 

「………………え?」

 

 しばらく私達は無言になり、吉井さんがやっとの事でその一言を出しました。

 今の声は聞き間違えなんじゃないか、と言いたいような顔をしていました、

 

 

「2,000PPTです!」

 

 が、所詮NPCなのか、彼の表情など関係なく、残酷な真実を突き付けます。

 

 

「えっと……2,000PPT、ですか?」

 

「はい、2,000です」

 

「えーと……まさか、この財宝って、偽物……?」

 

「いえ、全て本物でした」

 

「それで……2,000?」

 

「はい」

 

 

「「「「……………………………………………………………………………」」」」

 

 

 それからまた、暫く私達は無言になりました。

 

「あ、そろそろ瑞樹の魔術講座の時間だわ。行くわよ瑞樹」

「え、ええ!? えと、明久君また後でー!」

 

 そう言って、遠坂凛たちは、階段を上がって去っていきました。

 

「「………………………………」」

 

 残ったのは、私と彼だけです。

 私は自分の端末を操作し、ある物を取り出すと……

 

 

「あの、カレーパン、食べますか?」

 

「いだだぎまず……っ!!」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。