ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
あたしたちのチームメンバーは、エリアの南側、赤い建物の2階に転送された。部屋の隅に上下のフロアへ続く階段があり、中央には赤のフラッグが立てられてある。
「キャプチャー・ザ・フラッグ――ディフェンス」
案内人の声がした。どうやらあたしたちはフラッグを守る側らしい。いよいよ始まった。さて、どういう戦略で行くか……。
「フッフッフ。ついにこの美咲ちゃんが、本気を出す時が来ましたね」美咲が不敵に笑った。
「本気を出すならさっきの若葉さんとの戦いの方が良かったような気がするけど、何? いい作戦でもあるの?」訊いてみる。
「はい。なんてったてあたし、もう10年以上、いろいろなゲームでCTFを戦い抜いてきましたから。言わばCTFのプロ、名人、エキスパート、
「ワケわからん能書きはイイから、どういう戦略が有効なの?」
「あ、はい。1フラッグCTFのディフェンスは、チームメンバー全員が防御に集中することができますが、だからと言って全員が自陣内で待っているのは、得策とは言えません。この場合、半数の4名を残し、残りの4名は各進入口から敵陣方向に進み、様子を見るのがいいでしょう。敵と遭遇した場合、人数差にもよりますが、まず負けると思います。でも、死んでも10秒で復活できるので、気にしないでください。大事なのは、情報の共有です。限定能力の『ボイス・チャット』は、死亡状態でも使えますから、敵が何名、どこから迫っているか、を、みんなに伝えてください。それらは、自陣で護っているメンバーにとって、大きな情報になります」
――ナルホド。さすがはヴァルキリーズ1のゲームオタクである。よし。その作戦で行こう。
「あ、それとですね」美咲は続ける。「これは別にCTFに限った話ではないんですが、こういうチーム戦において、勝利を掴むために、非常に重要な魔法の言葉がありますので、覚えておいてください」
「魔法の言葉?」
「はい。それは『グッジョブ』です」
グッジョブ? Good job. 「よくやった」とか「でかした」という意味だな。
「フラッグを守ったり、あるいは奪ったり、とにかく、素晴らしい仕事をしたプレイヤーに対しては、必ず、この言葉をかけてあげてください」
「……そんなのが、本当に重要なのか?」疑わしそうな視線を送る愛子さん。
「はい」美咲は、自信に満ちた目で応えた。「あたしがよくCTFをやるゲームは、海外のプレイヤーとチームを組むことが多いんです。あたしは英語が喋れませんし、英語圏以外のプレイヤーも多いです。当然、言葉は通じません。でも、この『グッジョブ』さえ使いこなすことができれば、そのチームはもう、多くの激戦をくぐり抜けてきた最強のチームとなるんです」
「ふーん。ま、いい。そういうノリは、キライじゃないぜ」ちはるさんは笑った。
「はい。では、行きましょう」
と、いうわけで、自陣には、あたし、葵、直子、美咲、が残り、
後の4人のうち、遥とちはるさんは屋上から西側の壁の上を通る通路から、
愛子さんと薫は、1階の東側から壁の中を通る通路から、
それぞれ敵陣の方向へ向かって行った。
「じゃあ、あたしは屋上でフィールドを見張ってます」美咲が言った。美咲の能力は、視力が10倍になる『千里眼』だ。見張りにはもってこいだろう。
「あたしたちはどうしたらいい?」指示を仰ぐ。
「東西の進入路は遥ちゃんたちが進んでいるので、そちらはあまり警戒しないでいいでしょう。3人のうち1人が1階の正面入口を見張って、残り2人が2階で待機するのがいいでしょう。何かあったら、すぐに連絡してください。CTFに限らず、こういったチーム戦は、とにかく情報の共有が勝利へのカギです」
「了解!」
と、いうことなので、1階を見張るのは、見張りが得意な『モーション・トラッカー』使いの葵。あたしと直子は、2階のフラッグの側で待機した。
《フィールドに、敵の姿はありませんね》
しばらくして、頭の中に美咲の声が響いた。限定能力『ボイス・チャット』だ。
敵チームの陣地の建物も、あたしたちの陣地の建物と同じ形だ。攻めるルートは主に3つ。
正面入り口から出るか、
屋上から壁の上の通路を通るか、
一階から壁の中の通路を通るか、
である。
フィールドに誰の姿も無いのなら、壁の中の通路を通っている可能背が高い。
つまり――。
《遥ちゃん、ちはる先輩、注意してください》美咲が、壁の上の通路から進んだ2人にボイス・チャットで呼びかける。《そのまま進むと、敵チーム全員と鉢合わせの可能性が高いです》
壁の上の通路は、進むと下への階段があり、そのまま壁の中の通路へ続いている。美咲の言う通り、そのまま進むと鉢合わせの可能性が高い。
《へ。上等だ》と、ちはるさん。《あいつら、全員まとめて、あたし1人で蹴散らしてやるぜ》
《油断はしないでください》と、美咲。《HPが少なくなっていることをお忘れなく。いくらちはる先輩でも、不意を突かれたらあっという間に負けてしまいます。皆さんも、十分に注意してください》
《了解!!》
全員で応える。うん。なかなか士気が高い。いいことだ。
《1階へ続く階段に着いた》ちはるさんの声。《このまま、下に進んでみる》
《了解です》と、美咲が応える。《ただし、あまり敵陣の方へ進みすぎないようにしてください。あたしたちはあくまでもディフェンスです。敵の姿が無ければ、別のルートから攻めてくる可能性が高いです。その場合、一刻も早くフラッグの元に戻ってください》
《OK。じゃあ、行くぞ》
通信が途切れる。1階へ下りたのだろう。そのまま進めば、ちはるさんたちは敵チームと接触する可能性が高い。
しかし、壁の中の通路は1本道ではない。途中、地下へ続く階段があり、そちらへ進めば、中庭中央の建物の地下一階に出ることができる。建物の一階から外に出て正面から攻めることもできるし、そのまま地下を進めば反対側の壁の中の通路へ侵入可能だ。
由香里さんたちは、はたしてどういう経路で攻めて来るのか……。
しばらくして、遥の声。《――誰の姿もありませんね》
《へっ。亜夕美がいないから、あたしたちに恐れをなして逃げたんじゃないのか?》ちはるさんが笑う。
……ゲームが始まってからエリア外に出ることはできない。このゲームの目的はフラッグを取ることだから、隠れても意味は無いだろう。敵は、必ずこちらに向かっているはずだ。でも、フィールド上に姿は見えない。ということは――。
《きゃああぁぁ!!》
ボイス・チャットに悲鳴が響く。この声は……薫だ!!
《由香里たちがいたぞ! 8人全員だ! 東側通路だ!》愛子さんの声。《薫がやられた!!》
東側通路? 敵チームの陣地からあたしたちのチームの東側通路に入るには、北東の壁の上の通路を通る必要がある。でも、美咲はフィールド上に敵の姿を確認していない。つまり、由香里さんたちは北西の壁内通路を通り、そこから地下に降りて中央の建物、そしてあたしたちの陣地の南東の壁中通路に進入してきたのか。遠回りになるけど、それなら、屋上の美咲に姿を見られることなく侵入することができる。考えたな。
《遥ちゃん! ちはる先輩! すぐにフラッグの元に戻ってください!!》美咲が叫ぶ。《愛子先輩は、できるだけ敵を倒してください! なんなら、1人で全員倒してもいいですよ!!》
《そのつもりだよ!!》
戦いが始まった。愛子さんの戦闘力は5万6千。ヴァルキリーズではトップクラスの戦闘力だけど、さすがに8人相手ではキツイだろう。まして今は、HPが大幅に減っている。
しばらくして。
《クソ! やられた!》愛子さんの声。《由香里と千恵と綾は倒したが、残りの5人は逃がした。スマン!!》
《いえ、十分です! 愛子先輩、グッジョブ!》美咲が応える。《薫ちゃんと愛子先輩は、復活したらすぐにフラッグの元に戻ってください! カスミ先輩! 敵が来ます! 全員1階に集合です!!》
「フラッグの側を離れて大丈夫!?」
《大丈夫です! 敵は東側通路から来ます! 万が一ルートを変えたとしても、西側の通路は遥ちゃんたちがいますし、正面から攻めるにしても、1階を通る必要があります!》
ナルホド。確かにそうだな。ということなので、あたしと直子は階段を、美咲は限定能力『パワー・クッション』を駆使して屋上から飛び降り、1階に集合した。
しばらくして、葵が言う。「来たわ! 理香さん、麻紀さん、可南子、朱実の4人の足音がする!」
通路は薄暗くて奥の方まで見えないが、葵の能力は『モーション・トラッカー』。その精度に間違いはない。やがてあたしたちの限定能力『モーション・トラッカー・ライト』でも4人を感知し、そして、通路の奥に姿が見えた。
「よっしゃあ!」真っ先に飛び込んで行ったのは空手家の美咲だ。先頭を走る麻紀さんに向かって、必殺の飛び蹴りを喰らわす。ボン! 一撃で魂と化す麻紀さん。
しかし、他の3人は麻紀さんが死んだことには目もくれず、美咲の脇を通り抜けてこちらへ向かって来る。どうやら戦闘よりもフラッグを奪うことを優先する作戦のようだ。
《思うツボです》美咲のボイス・チャットだ。《たとえフラッグを奪っても、敵を倒してなければ、逃げ切ることは難しいです。フラッグを持った状態では戦闘行為も能力も使えませんし、走るスピードは落ちますからね》
確かにそうだな。由香里さんという指揮官を失って、完全に浮き足立っているな。由香里さんを倒した愛子さん、グッジョブだ。
まず部屋に入ってきたのは朱実だ。大振りの剣を振りかざし、階段の前に立ちはだかるあたしに向かって来る。あたしは冷静にその一撃を交わすと、得意の右ハイキックを叩き込んだ。ボン! 一撃で魂と化す朱実。これで残り2人。こりゃ、余裕で撃退だな。
――そうだ。あの作戦を使ってみよう。
ゲーム前に決めた作戦を思い出す。あたしは、続いて斬りかかってきた理香さんの攻撃をかわすと、後ろに回り込み、羽交い絞めにした。
「直子! 今よ!」
直子は大きく頷くと、両手を振り上げ、理香さんをポカポカとたたき始めた。子供のケンカのようだが、これでいいのだ!!
直子の7発目の攻撃で。
ピシ! 理香さんの身体が固まる。石化状態だ! うまく行った! 直子の能力『コカトリス』だ! 10%の確率で攻撃に石化の効果が付く。石化を元に戻すにはシスタークラスの能力『キュアー』が必要だけど、敵チームにシスタークラスの娘はいない。これで、このラウンドが終了するまで、理香さんはゲームを離脱したも同然だ! よし! この調子でもう1人! あたしはスキをついて階段を上がろうとしている可南子を捕まえ、羽交い絞めにする。直子がさっきと同じようにポカポカたたく。やがて石化する可南子。これで2人離脱だ!!
《やりました! 敵、全員撃退です!!》美咲が叫ぶ。《しかも、理香先輩と可南子ちゃんの石化に成功しました! これで、敵チームはかなりの戦力ダウンでしょう!!》
《よっしゃ! 全員グッジョブだ!》ちはるさんも嬉しそうに言う。これは序盤からいい流れだぞ。
《ちょっと待ってください》遥だ。《倒したのは、由香里さん、千恵さん、綾、麻紀さん、理香さん、朱実、可南子、の、7人ですよね? もう1人はどうしたんですか?》
――そう言えば、敵は8人。愛子さんが倒したのは3人で、あたしたちが倒したのは4人。1人いない。大町ゆきだ。
「あたしたちは倒してません」あたしは答えた。「愛子さんはどうですか?」
《あたしも倒してない。でも、あたしが由香里たちと戦ってるときは、確かにいたぞ》
――と、いうことは、愛子さんが由香里さんたち3人を倒し、あたしたちが理香さんと交戦するまでの間に消えたことになる
《どこかに隠れたのかもしれませんね》と、美咲。《だとしたら、この東側通路の先でしょう。あたし、ちょっと見てきます》
壁の中の通路を進んでいく美咲。そして、角を曲がろうとした時――。
「――フラッグが奪われました」
案内人の声だ!
同時に、限定能力『フラッグ・レーダー』で捕捉していたフラッグの反応も消える!
フラッグが奪われた!!
《何だ!? ゆきか!?》ちはるさんが叫ぶ。
「いいえ! この足音は、可南子です!!」葵も叫ぶ。
そんなバカな!? 加奈子は確かに石にしたはず!!
あたしは振り返り、さっき可南子を石にした階段を見た。そこに、可南子の姿は無かった。
つまり、石化状態から良好状態に戻ったことになる。でも、石化は毒や麻痺とは違う。自然に良好状態に戻ることは無いはずだ。
つまり、これは可南子の能力!
――抗生物質か!!
No.31
能力名:抗生物質
効果:あなたは、毒、麻痺、石化の状態異常になっても、5秒で良好状態に戻る。
やられた! 敵は石化があることは想定してたんだ!!
《落ち着いてください》美咲だ。《2階に窓はありませんから、フラッグを奪って建物から出るには、屋上に出て西側通路を通るか、屋上から飛び降りるか、1階に下りて正面から出るか、東側通路を通るか、の、4通りです。西側通路は遥ちゃんたちが、東側通路はあたしがいます。建物内にいる人は、1人は階段を上がり、残りは外に出てください。大丈夫です。敵は1人。フラッグを持った状態では、戦闘行為も能力使用もできません。走るのも遅くなりますから、すぐに奪い返せます!!》
よし! あたしたちは言われた通り、直子が階段を上がり、あたしと葵が外に出た。
同時に、屋上からフラッグを持った可南子が飛び降りてきた。ビンゴ! あたしは「しまった!」という表情の可南子に正拳突きを叩き込む。ボン! 一撃で死亡! フラッグはその場に落ちた。よし! なんとかフラッグは守ったぞ!
「ふう、なんとかフラッグは守りましたね」建物から美咲が出て来た。「でも、気を付けてください。出入口が限られる建物内と違い、ここでは、どこからでも攻めて来られます。」
その通りだ。一刻も早く建物内にフラッグを戻したいけど、ディフェンス側はフラッグを持つことはできない。自陣に戻すには、誰も所持していない状態で1分経過しないといけない。このまましばらくここで守るしかないのだ。最初に死んだ由香里さんたちは、もう復活してるだろう。この場所で第2波が来ると、さっきよりも厳しい攻防になるのは明白だ。
「大丈夫です! あたしたちなら、きっと守り抜けます!」
美咲の力強い言葉に、全員勇気が湧いてくる。そう。あたしたちなら、必ず勝てるだろう。
……てか、さっきから美咲、すっかり遥からリーダーの座を奪ってるな。まあ、CTFの
《あ、あたし、復活しました》薫の声がした。《えーっと……中庭の隅ですね》
《あたしも復活した》続いて、愛子さんの声。《自陣建物の屋上だな》
「了解です」美咲が応える。「じゃあ、あたし、また屋上で見張ってますね。皆さんも、引き続き警戒してください」
そう言って、美咲は建物の中に入った。
――が。
建物の中から、突然、腹の底に響くような鈍い轟音。
同時に、美咲の身体が外に吹っ飛んできた!
ボン! 青い魂状態になる美咲。
何だ!? 何が起こったんだ!?
《分かりません!》美咲の声だ。ボイス・チャットの能力は、死亡状態でも使える。《突然何かに殴られました! とにかく、気を付けてください!!》
HPが低いとはいえ、あの美咲を一撃で倒すなんて、一体なんだ!?
ズシン……ズシン……と、地面が揺れた。
何かが、建物の中にいる。
それが、こちらに1歩近づくたびに、地面が揺れているのだ。
その何かが、ゆっくりと、姿を現した。
それを見て。
あたしも、他のみんなも、言葉を失った。
《何だ!? 何が起こってる!? 報告しろ!!》ちはるさんが叫ぶ。
「あ……その……理香さん……です……」直子が何とかそれだけ言った。
《何だって!? 理香は石にしたんじゃないのか!? また復活したってのか!?》
「いえ……復活は……してません」葵が、震える声で応える。「ただ……石のまま……動いてるんです」
《はぁ!? 何言ってやがる! こんな時に冗談言ってんじゃねぇぞ!》
《いや。ちはる、本当だ》屋上の愛子さんが言った。《理香は、石になったまま動いている。あれは……『ゴーレム』だな》
No.45
能力名:ゴーレム
効果:無機物(鉄・石など)に生命を与え、ゴーレムを作成する。ゴーレムは能力者が自由に操作できる。最大5体まで同時に作成可能だが、多くなればその分操作は難しくなる。
ゴーレム――テレビゲームはあまりやらないあたしでも知っている。ドラヤキクエストなど多くのRPGに登場し、ほぼ例外なく上級クラスの敵に設定されている、動く石像のモンスターだ。
――ゆきの能力だな。
さっきから姿が見えなかった大町ゆき。恐らく、どこかに身を隠し、仲間が石化したのを見て出てきたのだろう。これは完全にやられたな。直子の石化能力が発動すれば、そのプレイヤーはほぼ離脱したも同然だと思っていたけど、完全に対策を立てられていた。間違いなく、由香里さんの作戦だろう。やはり、亜夕美さんや紗代さんがいないからと言って、侮ってはいけなかった。
ズシン……また1歩、理香さんゴーレムが近づいてくる。
「任せろ!!」
屋上から飛び降りてきた愛子さんが、理香さんゴーレムの前に立つ。そして、身を低くし、理香さんゴーレムに向かって突進した。レスリングの片足タックルのような格好。愛子さん得意の双手刈だ! 動きが遅いゴーレムにかわすことなど不可能だ!
理香さんゴーレムの懐に入る愛子さん。両足を持ち、肩で理香さんゴーレムの身体を押す。
しかし――。
理香さんゴーレムの身体は、ビクともしなかった!!
「――――!!」
愛子さんも、驚きを隠せない。
理香さんゴーレムは、右手で愛子さんの首根っこを掴むと。
愛子さんの身体を片手で軽々と持ち上げ、そのまま遠くへ投げた!
ボン! 地面に叩きつけられると同時に爆発、そして青い炎。愛子さんも一応アイドルだけど、柔道をやってるから少し身体は大きい方だ。それを、まるでボールでも投げるように片手で簡単に投げた。何という怪力だ!
「フフフ。すごいでしょ、あたしの能力」
建物中から姿を現す大町ゆき。やはり、あの娘の能力だったか。
《ちはるさん! 遥さん! このままじゃ、フラッグが奪われます!》葵が叫ぶ。《戻って来れませんか!?》
《もう少しかかる! 何とか持ちこたえろ!!》
「ムダよ」ゆきが笑う。「美咲や愛子さんが敵わなかったのよ? ちはるさんや遥が来ても、同じこと」
確かに、ちはるさんも遥も、美咲や愛子さんと同程度の戦闘力だ。勝てるかどうかは怪しい。
「カスミさん! どうするんですか!?」直子も叫ぶ。「すでに石の状態なんですから、あたしの能力も使えませんよ!?」
ズシン……理香さんゴーレムが、また1歩近づく。怯え、後退りする、葵と直子。
でも、あたしは――。
ドクン、と、心臓が、大きく鳴った。
怖いからではない。
恐怖は、全く感じなかった。
この胸の高鳴りは、恋に似ている。
その時、あたしが思っていたことは。
――あの能力、欲しい! 絶対に、欲しい!!
そう! 鉄や石に生命を与え、ゴーレムを作成する能力! あれを、あたしが岩になった状態で使えば、きっとあたしもゴーレムになれるはずだ! あの美咲や愛子さんを簡単に倒すことができる圧倒的な強さ! ああ! この『ゴーレム』の能力こそ、あたしが探し求めていた、『ザ・ロック』と組み合わせることで、絶大な効果を発揮する能力だったんだ!!
でも、どうする?
たとえこのCTFの勝負に勝っても、能力カードが手に入るだけだ。恐らく使えるのは1度だけ。それでも十分強力だけど、できればずっと使いたい。ゆきを説得して仲間になってもらおうか? 由香里さんを裏切ってこっちのチームに来るなんてありえないだろう。でも、諦めるにはあまりにも惜しい。なんとかして、あの能力を奪いたい。奪えないものか。何か、奪う方法は無いのか。
――――。
ドクン。心臓が、また大きく鳴った。
方法は、あるじゃないか。
今のあたしは、1度だけ、相手の能力を奪うことができる。
ああ、全ては、この瞬間のための布石だったのか――そんなことを考える。
瑞姫さん。そして舞さん。感謝します。
あたしは。
舞さんから授かった能力カード『スティール』を取り出した――。