ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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TIPS 18:若葉は本気で戦えない

「ヴァルキリーズ最強は誰だ!? ヴァルキリンゴ格闘王決定戦!!」

 

 司会役のお笑い芸人さんの開会宣言とともに、スタジオ内のメンバーと撮影スタッフ全員が拍手と歓声で盛り上げる。今日は、深夜放送のテレビ番組『ヴァルキリンゴ!』撮影の日だ。ヴァルキリーズのメンバーが毎週さまざまなゲームや企画に挑戦する、ゆるーいバラエティ番組である。今回の企画は『ヴァルキリーズ最強は誰だ!? ヴァルキリンゴ格闘王決定戦!!』。デビュー当初からネットを中心にさんざんウワサされてきた『アイドル・ヴァルキリーズで一番強いのは誰だ?』という疑問に答えようというのである。

 

 スタジオ内には特製リングが設置されていて、司会者の相方さんが、レフリーの格好でスタンバイしている。これから、最強忍者の一ノ瀬燈や薙刀の達人本郷亜夕美さんをはじめとした、本格的な格闘技を身に着けているメンバーが8名、トーナメント方式で戦うのだ。

 

 とは言え、そこはバラエティ番組。当然真剣勝負ではない。

 

 スタジオのモニターにルール説明のVTRが流れる。出場選手は、頭、両肩、お腹、背中の5ヶ所に紙風船を付け、相手の紙風船を先に3個潰した方が勝ち、というルールである。風船以外の部位への攻撃はもちろんNG。防具は身に着けているし、武器を持つ格闘技の人は、空気の入ったビニール製のものを使う。リングもやわらかいクッション素材だ。格闘王決定戦などとは程遠いけど、所詮はバラエティ番組なので、こんなものである。

 

「それでは1回戦、第1試合! 選手入場!!」

 

 司会者の声でスタジオ内のライトが消える。そして「あぁいぃこぉぉ、はやああああぁぁぁぁみいいいぃぃぃぃぃ!!」と、どこかで聞いたような選手入場コール。某格闘番組を似せたものだけど、もちろん、深夜の低予算番組なので本人ではない。モノマネが得意なヴァルキリーズメンバー・秋葉薫である。

 

 スタジオの上手(かみて)にスポットライトが当たり、柔道二段の早海愛子さんが入場してくる。リングに上がると、メンバーの拍手に手を振って応えた。

 

 続いて、対戦相手の入場だ。

 

「わっかっぶぶぶぶぶぶああぁぁ、とおおおおおぉぉぉぉのおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 薫が大げさなモノマネでコールする。下手(しもて)にスポットライトが当たり、メンバー最年長・遠野若葉さんが入場してきた。リングインすると、愛子さんが、悪役レスラーのように大げさな仕草で襲い掛かろうとするけど、レフリーに止められた。

 

「――いよいよ始まりましたヴァルキリンゴ格闘王決定戦。解説はヴァルキリーズ最強キャプテン・橘由香里さんです。よろしくお願いします」

 

「お願いします」

 

 テレビ局のアナウンサーの人と由香里さんが、リングの側の実況席で頭を下げ合った。その後ろの観客席に、今回の大会には参加しないメンバーが座り、リング上に熱い視線を送っている。

 

「さて、1回戦ですが――」と、アナウンサー。「いきなり優勝候補の遠野若葉選手の登場ですが、どうでしょう?」

 

「はい。何と言っても、若葉は剣道二段ですかね。『剣道3倍段』という言葉が示す通り、剣道は他の武術の3倍強いんですよ。ですから、柔道だと六段の強さに匹敵します。柔道二段の愛子じゃ、ちょっと相手にならないかもしれないですね」

 

 適当なことをもっともらしい口調で語る由香里さん。そんなに甘いもんじゃないと思うけど、まあ、この番組で本格的な解説を求めるのもナンセンスだろう。

 

 リング上では、レフリーが選手のボディチェックをしている。胸を触ろうとして殴られるなどのお約束展開を経て、やっとゴングが鳴った。

 

 若葉さんは竹刀ならぬエアークッション刀を構え、愛子さんのスキを伺う。愛子さんは体勢を低くし、エアークッション刀の動きをじっと見ていた。

 

 うーん。さっきの由香里さんの解説も、あながちハズレてはいないかな。こうやって見ると、リーチの違いは歴然だ。愛子さんは武器を持ってないから、若葉さんを攻撃するにはエアークッション刀の攻撃をかわし、相手の懐に潜り込まなければいけない。若葉さんは剣道二段。攻撃をかわすのは簡単なことではないだろう。これはもう、勝負は決まったかな?

 

 しばらくお互い様子を見合ったけど、先に、愛子さんが動いた。低い姿勢のまま、一気に踏み込む。若葉さんはエアークッション刀を振るったけど、遅かった。愛子さんは若葉さんの両足を取り、肩でお腹を押した。柔道の投げ技・双手刈だ!

 

 若葉さんを背中から倒した愛子さんは、そのままマウントポジションを取る。そして、右手を大きく振り上げ、ぽん、と、若葉さんの頭の紙風船を叩いた。レフリーがリングの外に向かって大きく両手を振る。同時に、カンカンカーンと、ゴングが乱打された。メンバー全員総立ちで、スタジオ内は騒然となる。

 

 ――今、若葉さんが負けたのか?

 

 よく分からない。あまりに一瞬の出来事で、展開について行けなかった。

 

 リング上では、愛子さんがコーナーポストに立ち、観客席のあたしたちに向かって、両手を上げて勝利をアピールしている。

 

「由香里さん!」アナウンサーが興奮気味に言う。「今、何が起こったんですか!?」

 

「分かりません! VTR出ますか!?」

 

 由香里さんが言うと、モニターに今の試合のスロー再生が表示された。

 

 お互いに様子を伺う若葉さんと愛子さん。先に動いたのは愛子さんだ。身を沈め、若葉さんに突進する。若葉さんはエアークッション刀を振るうが、愛子さんはそれをかわし、若葉さんの両足を取り、右肩でお腹を押した。柔道の双手刈。

 

「――ここで、若葉のお腹の紙風船が割れたんですね」由香里さんが解説する。

 

 VTRは進む。双手刈により、背中から倒れる若葉さん。当然、背中の紙風船も割れる。これで2つ。そして、マウントポジションからの、頭部への攻撃。頭の紙風船も割れて、これで合計3つ。愛子さんの完全勝利だ!

 

 薫がモノマネで勝者の名前をコールする。優勝候補と思われた若葉さんがまさかの瞬殺。スタジオ内は大歓声に包まれた。

 

「若葉! お前弱すぎや! なにしとん!!」司会のお笑い芸人さんが笑いながら言った。

 

 若葉さんはレフリーから渡されたマイクを取る。「いやー。ゴメンなさい。ちょっと、今朝家を出た時、ガスの元栓閉めたかな? とか考えてましたね」

 

「アホか! マジメにやれや!!」

 

 司会者のツッコミで、スタジオは笑いに包まれる。

 

 続いて、勝利した愛子に話を振る。「愛子! なんかひと言!」

 

 愛子さんは若葉さんからマイクを受け取る。「あたしが本気になればこんなもんだ! おい亜夕美!! 次はお前だ!! 首を洗って待ってろ!!」

 

 大声でマイクパフォーマンスをする。すると、次の試合で美咲と対戦予定の亜夕美さんがスタジオ上手から現れた。ものすごい勢いでリングに向かう。このままじゃ乱闘だ。

 

「亜夕美さん! 落ち着いてください!!」

 

 みんな観客席から前に出て、亜夕美さんを止める。レフリーもそれに加わる。みんなが一斉に一ヶ所に集まり、もみくちゃ状態だ。

 

 しばらくして、メンバーみんな、クモの子を散らすようにその場から離れると。

 

「――いやん」

 

 みんなに衣装を取られ、白パンツ一丁の姿になったレフリーが、恥ずかしそうに両手で胸を隠した。

 

他人(ひと)のネタやんけ!!」

 

 司会者のツッコミとともに、スタジオはまた笑いに包まれた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「――はいOK! それではしばらく休憩入りまーす!」

 

 ADさんの声で、みんな「おつかれさまー」と、笑顔で言い合った。さっきまで乱闘寸前だった愛子さんと亜夕美さんも、笑顔で言葉を交わしている。

 

「お疲れ、若葉」リングから下りてきた若葉さんに、由香里さんが声をかける。スタジオ裏で控えていた美咲も、トコトコと駆けて来た。

 

「お疲れ、由香里、美咲。いやー、まいった。愛子があんなに強いとはね」笑いながら言う若葉さん。

 

「と言うか、若葉が本気出してないだけでしょ?」と、由香里さん。

 

「へ? そうなんですか?」美咲、きょとん顔。

 

「うーん、どうだろ?」若葉さんは唸る。「本気じゃない、っていうのは、ちょっとあるかな。あ、マジメにやってないわけじゃないよ? この番組は楽しいし、今回の企画も面白いと思う。でも、何というか……やっぱり、武道とは違うかな。本気にはなれないよ、どうしても。ゴメンね」

 

「いや、別に謝ることじゃないよ。バラエティなんだし。それに、負けた時のコメント、良かったよ? 十分盛り上がったんだから、OKでしょ」

 

「そう? なら良かった」

 

「でも、ちょっと残念かな。若葉が勝ち進むところ、見たかったけどね」由香里さんは笑う。「じゃあ今度、剣道対柔道の異種格闘技戦、プロデューサーに提案してみるよ。もちろん、真剣勝負でね」

 

「あはは。そんな企画、通るわけないよ」若葉さんは笑った。「それにあたし、真剣勝負でも、本気にはなれないんじゃないかな?」

 

「――――?」

 

「あたしね、仲間のこと傷つけたくないの。これが剣道の試合なら、あたしも本気出せるんだけどね。防具をつけてるから、ケガをすることはまずないし。でも、柔道と剣道だったら、どんなに安全面に気を付けていても、ケガをしてしまう可能性があるじゃない? それを考えると、やっぱりムリだね。相手にケガをさせるくらいなら、負けた方がいいよ。それにね。あたし、最近思うの。例えば、愛子がおかしくなっちゃって、仲間を傷つけ始めて、それを止められるのがあたしだけだとしても、それでもあたし、たぶん本気では戦えないと思う。だって、愛子もあたしの大切な仲間だもん。傷つけたくないよ」

 

「――それはさすがに本気で戦った方がいいと思うけど」由香里さんは笑った。「ま、それも若葉らしいと言えば、若葉らしいかな」

 

「うん。相手がゾンビとかだったら、容赦しないんだけどね」若葉さんも笑う。

 

「でも、残念です」美咲、ガッカリ顔。「あたし、このゲームで若葉先輩と戦ってみたかったです」

 

 美咲はこの後の1回戦第2試合に登場予定だ。若葉さんと美咲が勝ち上がれば2回戦で対決となったけど、もう、それは叶わない。

 

「ゴメンゴメン。また今度、チャンスがあったらね」若葉さんは美咲の頭をなでた。「ま、その時は、あたしも本気出して、美咲なんてボコボコにしてあげるわ」

 

「何ですかそれ! あたしは若葉さんの仲間じゃないっていうんですか!?」ブンブン手を振る美咲。

 

「あはは。そうじゃないけど、なーんか、美咲だったら、本気でブン殴っても、心が痛まない気がするわ」

 

「うう……若葉先輩、ヒドイです。あたし、泣いちゃいます」

 

 若葉さんは笑顔でもう1度美咲の頭をなでると、スタジオを後にした。

 

 

 

(2013年4月10日(水)深夜放送、JTV深夜番組『ヴァルキリンゴ!』撮影の様子。なお、この大会は一ノ瀬燈の優勝で幕を閉じた)

 

 

 

 

 

 


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