ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
このゲームのすべての個人能力に関する知識が得られる能力『ジーニアス』。その能力カードの効果はわずか30分だけど、その間に全て暗記すれば、それは『ジーニアス』の能力を手に入れたのと同じ。その暗記役に選ばれたのが、偏差値40の高校の卒業すら危ういこのあたしだった。まあ、暗記力は無くても情報をまとめるのは得意なので、自分で宣言した通り、20分間、やれるだけのことはやった。あたしはTAを使ってまとめた資料を、みんなのTAに転送した。
「さすがです、カスミさん」あたしたちのチームの新リーダーになった遥が言う。「これがあれば、あたしたちのチームのメンバー全員が、『ジーニアス』を持ったようなものです」
「まあ、細かいことは省略してるけどね」
「いえ、十分です。本当に、ありがとうございます」
遥は深々と頭を下げた。なんか、そこまで言われると照れるな。まあ、頑張った甲斐はあった。
「カスミ――」ちはるさんが資料を見ながら言う。「この、信頼度、ってのは何だ?」
「はい。『ジーニアス』の能力で得られる知識の中には、ひとつだけ、重大な誤りがあります。その誤りは、誤った説明がされてある能力の使い手が死亡したり、ゲームから離脱した場合に判明するんですが、信頼度に◎が付いている能力は、使い手が死亡や離脱した能力です。これらの能力の説明文に間違いはありません。○が付いている能力は、使い手は死亡等していませんが、実際にその効果をあたし自身が目で見て確認し、まず間違いないであろう、という能力です」
「ナルホドな……で、若葉は何の能力を使って瑞姫を倒したんだと思う?」
「はい。瑞姫さんは『スパイダー・マスターマインド』のゲームにて、1コール3イートをされて負けました。その確率は1/720。偶然起こったと言えなくもない数字ですが、そう決めつけるのは危険です。なんらかの能力を使ったのは間違いないでしょう。例えば、相手の心を読む能力ですね。しかし、すべての能力の詳細を見ましたが、神野環さんの『リード・マインド』以外に、他プレイヤーの心を読むような能力はありませんでした。また、他プレイヤーの視界をジャックする、運の良さを爆発的に上げる、などの能力も考えましたが、そのような能力はありません」
「そもそも、『スパイダー・マスターマインド』中は、全ての能力が使えないんだよな」
「その通りです。なので、若葉さんが能力を使ったとしたら、スパイダー・マスターマインドのゲームが始まる前なんです。ゲームが始まる前に自分自身に使っていた能力は、ゲームが始まっても解除されません。瑞姫さんが『ミミック』の能力カードを使って愛子さんに変身していたときも、解除はされませんでした」
「回りくどい話はいい」愛子さんが頭を掻きながら言った。「結局、若葉の能力は何なんだ?」
「ゲームの前に使い、瑞姫さんの配置したクモの配置と色を当てることのできる能力は、一つだけです」
あたしは、能力No.30を指さした。
No.30
能力名:夢見
効果:睡眠状態時、過去、もしくは未来の出来事を夢で見ることができる。
「――――」
みんな、一斉に息を飲んだ。
過去、もしくは未来の出来事を夢で見ることができる。
つまり、この能力を使えば、この先起こることが、事前に分かるのだ。
あたしは続ける。「詳細は若葉さん本人にしか分かりませんが、恐らく、若葉さんはあたしたちのチームと接触する前に、『夢見』の能力を使い、自分が、いずれ瑞姫さんとスパイダー・マスターマインドの勝負になることを知っていたんでしょう。夢の中では、若葉さん敗れたと思います。ですが、その結果を夢で見ていたから、瑞姫さんがクモをどのように配置するかが分かっていた。だから、1コール3イートをすることができたんです」
あたしの説明を聞き、みんな、なるほど、と唸る。
未来に起こる出来事を事前に知ることができる――これは、地味ながら非常に厄介な能力だ。こちらがどんな作戦を立てて戦いに挑もうとも、すべて筒抜けになっている可能性があるのだ。事前に対策を練られては、どんなに優れた作戦でも、効果は無い。
「これは、早々に対処した方がよさそうですね」遥が言う。「この20分間、由香里さんのチームの動きは、『スカウト・レーダー』でも、『モーション・トラッカー』でも感知できませんでした。おそらく、能力の範囲外で、あたしたちと戦う準備を整えているんでしょう。もしかしたら、若葉さんは今も『夢見』の能力を使っているかもしれません」
「あ、たぶん、使ってると思います」そう言って手を挙げたのは、佐々本美優だ。三期生で、看護資格を持つシスタークラス。メンバーの体調の変化に敏感な娘だ。
「どうして分かるの?」遥が訊く。
「あたしの能力、19番の『体調管理』です」
No.19
能力名:体調管理
効果:島内のプレイヤーが死亡以外の状態異常になった場合、そのプレイヤーの状態と位置が分かる。
……ナルホド。美優らしい能力だな。
「若葉さん、15分くらい前から、ずっと睡眠の状態です。すみません。もっと早く言っておけばよかったですね」
「いえ。若葉さんの能力が分からなかったんだもの。仕方ないわ。ありがとう」遥はにっこりと笑った。
「それで、どうする?」真穂さんが言う。「若葉の能力は分かった。遥の言う通り、これは早々に対処しないと、こちらのチームがどんどん不利になって行くわ」
そうなのだ。こちらの立てる作戦は相手に筒抜け。これでは、まともに戦えない。なんとか対策を考えないといけない。
「若葉の能力が分かったんなら――」ちはるさんが言った。「『キル・ノート』の能力カードが使えるんじゃないか? カスミ、持ってるだろ?」
『キル・ノート』。プレイヤーの顔を思い浮かべ、名前と能力、もしくは、能力の特徴をノートに書き込み、全てが一致すれば、名前を書かれたプレイヤーは心臓麻痺で死ぬ――確かに、これを使えば、若葉さんを排除することは可能だ。
――しかし。
「ちはるさん、その方法は、認められません」遥がちはるさんに向かって言う。「カスミさんの推理を信用しないわけではありませんが、万が一間違っている可能性も、否定はできません。『キル・ノート』の能力は、間違っていた場合、死ぬのは能力を使った者です。リスクが高すぎます。若葉さんの能力が『夢見』だという確実な証拠が得られるか、もしくは、死んだプレイヤーを生き返らせる方法が無い限り、あたしはこのチームのリーダーとして、『キル・ノート』の使用は認めません」
「……そんな怖い顔して言わなくても、ムリヤリ使わせたりしねーよ」ちはるさんは苦笑いしながら言った。「そもそも、こっちが『キル・ノート』を使うことが若葉に知られたら、なんらかの対策を立てられかねないからな」
そうなのだ。『夢見』の厄介な点は、まさにそこだ。どんなに有効な対策を立てようとも、その対策自体が相手に知られては、全く意味が無いのだ。もちろん、『夢見』は、必ずしも能力者が得をするような夢を見られるわけではない。むしろ、こちらが何らかの対策を立てたところを、都合よく夢で見られているという可能性は低いだろう。しかし「恐らく大丈夫だろう」で行動するのは、あまりに危険すぎる。こちらは瑞姫さんという大きな戦力を失ったばかりだ。これ以上の被害は避けたい。だが、慎重になればなるほど、時間だけが経過し、こちらはどんどん不利になる。何もしなければ、それだけ、若葉さんに『夢見』を使わせてしまうのだから。
「別に、難しく考える必要はないだろ?」そう言ったのは愛子さんだ。「要は、若葉をぶっ殺せばいいんだろ? だったら簡単だ。あたしの能力を使えばいい」
自信満々に言う愛子さん。愛子さんの能力、どんなのか分からないけど、どんな強力な能力でも、あまり意味は無いように思う。
「確かに、愛子の能力を使えば、若葉なんか簡単に倒せるだろうけどな――」と、ちはるさん。どうやら愛子さんの能力を知っているらしい。「問題は、若葉が、愛子が能力を使うことに気付きかねない、ってことだ。もし、愛子が能力を使って若葉を倒すシーンを夢で見ていたら、あいつだって警戒する。向こうには亜夕美もいるんだ。そうそう上手くはいかないぞ?」
「能力を使うのはあたしじゃない」そう言うと、愛子さんは能力をカード化し、それを、美咲に向かって投げた。「美咲、お前が使うんだ」
それまで、のほほんとした顔で空を見上げ、話を聞いているんだか聞いてないんだか分からない状態の美咲だったけど。
愛子さんの能力カードを受け取り、そこに書かれてある説明文を読んだ瞬間、まるでスイッチが切り替わったかのように、真剣な表情になった。
「言ってる意味は分かるな?」愛子さんが小さく笑う。
「はい!」美咲は立ち上がると、両腕を胸の前でクロスし、ゆっくりと開きながら、頭を下げた。「愛子先輩!! ありがとうございます!!」
☆
そして、10分後。
あたしたちは再び、由香里さんのチームと対峙した――。