ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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撤退

 キャプテンの由香里さんをかばい、瑞姫さんと『スパイダー・マスターマインド』で勝負することになった、アイドル・ヴァルキリーズ最年長の優しいお姉さん・遠野若葉さん。このゲームにおいて、瑞姫さんに勝てる人はいない。まして、ルールすらまともに理解していないであろう若葉さんには、全く勝ち目はないはずだった。しかし、若葉さんが1ターン目にコールしたクモの色は、完璧に、瑞姫さんの配置した通りだった。

 

「――――!!」

 

 誰もが、驚愕の表情で言葉を失う。いつも冷静で余裕の笑みを浮かべている瑞姫さんですら、目を丸くし、呆然と若葉さんを見つめていた。

 

 ……そんなバカな。1コール3イート。去年の大会ではたくさんの試合が行われたけど、一発で勝負が決まることなど無かった。その確率は1/720だと、さっき七海さんが言っていた。奇跡に等しい確率だ。まさか、心を読む能力を使ったのだろうか? いや、あり得ない。このゲーム中は、プレイヤーは一切の能力の対象にならない。心を読んだり相手の手を盗み見たりすることは不可能だ。では、本当に奇跡が起こったのか?

 

 瑞姫さんは、静かに目を伏せた。「……ナルホド。そういうことね」

 

「ジャッジは?」若葉さんは、勝利を確信した視線を送る。

 

 瑞姫さんは、恐らく人生初であろう言葉を、ゆっくりと口にした。「……3イートよ」

 

 そんなバカな!? あの瑞姫さんが、スパイダー・マスターマインドの勝負で負けるなんて!?

 

「先手、3イート。先手プレイヤーの勝利です」案内人が言う。

 

 次の瞬間。

 

 ボン! 小さな爆発が起こり、瑞姫さんは青い炎と能力カードになった。

 

「よし!!」

 

 由香里さんチームのメンバーが一斉にガッツポーズをする。こちらのメンバーは何が起こったのか分からず、呆然と立ち尽くしている。

 

「若葉。瑞姫の能力カード、忘れずに拾っておいてね。それ、すごく貴重よ」由香里さんが言った。

 

 そうだ! 瑞姫さんの能力カード『ジーニアス』。このゲームのすべての能力に関する知識を得ることができる能力だ。これを由香里さんたちに奪われるのは非常にマズイ! 瑞姫さんも、もし負けても能力カードは渡すな、と、ゲーム前に言っていた。瑞姫さんを失った上、『ジーニアス』の能力カードも奪われれば、こちらの負けは決定的だ。

 

 ――しかし。

 

 若葉さんがしゃがみ、カードに手を伸ばす。ダメだ! もう間に合わない! 1度他のプレイヤーに能力カードが渡れば、もうそのプレイヤーを倒してもカードは手に入らない。これまでか……。

 

 そう思った時。

 

 カードに手が触れる瞬間、若葉さんの姿が消え。

 

 代わりに、ちはるさんが現れた。

 

 ――え? 何?

 

 何が起こったか分からない。今まで若葉さんがいた場所に、突然、ちはるさんが現れたのだ!

 

 隣を見る。さっきまでちはるさんがいた場所には、しゃがんでカードを取ろうとしている格好の若葉さんがいた。若葉さんも何が起こったのか分からないようで、目を白黒させている。

 

 ちはるさんが、『ジーニアス』の能力カードを拾った。

 

 次の瞬間。

 

 ちはるさんの姿が消え、また、若葉さんが現れた。隣を見ると、さっきまで若葉さんがいたところに、ちはるさんがいる。

 

 ――位置を入れ替える能力か!?

 

 あたしに能力に関する知識は無いけど、恐らくそうだろう。何にしても、これで『ジーニアス』の能力カードは奪われずに済んだ。

 

「さゆり! 遥たちの所へ飛べ!!」ちはるさんが叫ぶ。

 

 さゆりはきょとんとしている。何が起こっているのか分からないのだろう。

 

「早くしろ!!」

 

 ちはるさんの鬼気迫る声に、ようやく我に返ったさゆり。慌てて能力を発動する。

 

 あたしたちは光の玉に包まれ、拠点の岩山に向かって飛んだ――。

 

 

 

 

 

 

 どん! 砂埃を上げて着地する。あたしたちのチームが拠点にしている岩山だ。すぐに、遥たちが駆け寄ってくる。あたしたちは、遥たちに、下で起こったことを説明した。今まで愛子さんだった人は実は瑞姫さんだったこと、七海さんを倒したものの、若葉さんに倒されてしまったこと、などなど。ちはるさんを始め、何人かのメンバーは瑞姫さんだと知っていたようだった。それだけに、動揺は大きい。このチームを作り、みんなをまとめ、導いてきたのは、間違いなく瑞姫さんなのだから。

 

「――これから、どうしますか?」遥がちはるさんに訊く。

 

「とりあえず、愛子を呼ぼう。近くに隠れているはずだ。由紀江、カードを」

 

 由紀江から『連絡係』の能力カードを受け取ったちはるさんは、愛子さんと連絡を取った。

 

「――すぐに来るそうだ」ちはるさんは通信を終えた。「しかし――くそ。まさか、瑞姫がやられるなんて」

 

 ぱん、と、手のひらに拳を打ちつけ、唇を噛む。これまで愛子さんの姿をし、豊富な知識と高いリーダーシップでみんなを導いてくれた瑞姫さんを失ったことは、あまりにも大きい。舞さんの『スティール』の能力も入手できなかった。その上、敵は由香里さんチームと亜夕美さんチームの混合チーム。それはつまり、一期生のランキング上位メンバーが中心になっているということだ。戦力差はあまりにも大きい。『ジーニアス』の能力カードを奪われなかったのは、不幸中の幸いだろう。

 

 そう言えば。

 

「ちはるさん。さっきの、若葉さんと位置が入れ替わったのは、ちはるさんの能力ですか?」訊いてみる。

 

「ああ。『能力名・チェンジ。目視しているプレイヤーと自分の場所を入れ替える』だ。ハズレの能力だと思ってたが、役に立つこともあるんだな」

 

 確かに、一見どう使っていいか分からない能力だけど、これが無ければ、『ジーニアス』は由香里さんチームに奪われ、勝負は付いたも同然だっただろう。

 

 あたしはさらに質問する。「その能力で、他のプレイヤーを倒すことはできますか? 例えば、そこの崖から飛んで、その瞬間入れ替わって、相手を崖下に落とす、とか」

 

「うーん」と、ちはるさんは唸った。「できないことは無いが、難しいだろうな。この能力を発動できる相手は、『目視している』プレイヤーだ。つまり、顔を認識していないと能力は使えない。飛び降りながら相手の顔を認識するのは、かなり難しいだろう。失敗した時のリスクを考えたら、積極的にやるのは勘弁だな」

 

 ナルホド。失敗したら死ぬのは自分。『キル・ノート』の能力と似ているな。

 

「あと、例えばあたしをロープでそこらの木とかに縛り付けて、それから入れ替わっても、相手を拘束することはできない。この場合、拘束しているロープはプレイヤーの所持アイテムと見なされる。入れ替わっても、所持アイテムは失わないから、ロープも一緒についてくるんだ。まあ、縛り付けた木は所持アイテムじゃないから、その場に残るがな。同じ理由で、他のヤツと一緒に入れ替わることもできない。例えば、あたしがカスミと手を繋いで、真穂に能力を使ったとする。その場合、入れ替わるのはあたしだけだ。カスミはその場に残る」

 

 ふうむ。これは確かに、使いどころが難しい能力だな。でも、瑞姫さんいわく、一見ハズレの能力こそ、他の能力と組み合わせることで強力な効果を発揮する傾向にあるらしい。ちはるさんの能力も、きっと、スゴイ使い方があるはずだ。

 

「――あ、愛子さんが来ました」

 

 由紀江が言う。見ると、愛子さんが渋い顔でこちらに歩いて来ていた。

 

 あたしたちは、愛子さんにこれまでのことを説明した。

 

「――事情は大体分かった。まったく。若葉ごときにしてやられるなんて、お前ら何やってんだよ」

 

 話を聞いた愛子さんは、ギロリ、と、みんなを睨んだ。

 

「あん? 今まで隠れて何もしなかったヤツが、何偉そうに言ってやがる」ちはるさんが殺気立つ。

 

「何だと?」愛子さんも殺気立ってきた。「瑞姫が隠れてろって言ったから隠れてたんだろうが。サボってたみたいに言うんじゃねぇよ」

 

「何もしてねぇことには変わりないだろうが。お前の代わりに、あたしがどれだけ働いたと思ってんだ」

 

「はん。ザコばかり相手にして、亜夕美が現れた途端、尻尾巻いて逃げて来たんだろ? お前こそ、何偉そうに言ってんだ」

 

「てめぇ……」

 

 愛子さんもちはるさんもブチ切れる寸前だ。瑞姫さんがいないのは、予想以上に大きい。ここでケンカなんて、冗談じゃないぞ?

 

「2人ともよしなさい。仲間割れなんかしてる場合じゃないでしょ?」

 

 2人の間に真穂さんが割って入った。しばらく睨み合っていたけれど、やがてちはるさんが「ふん」と鼻を鳴らし、愛子さんから離れた。愛子さんはツバを吐いて挑発したけど、真穂さんに諭され、なんとか落ち着いた。

 

「――それで、これからどうするの?」真穂さんが愛子さんに訊く。

 

「なんであたしに訊くんだよ?」

 

「愛子が、このチームのリーダーでしょ?」

 

「それはあたしじゃなくて瑞姫だろ。あたしがリーダーなんてガラか?」

 

 ……確かにな。さっきまでリーダーシップを取っていた愛子さんはまさに幻。今、目の前にいるのは、正真正銘、ヴァルキリーズの問題児・早海愛子さんだ。本人の言う通り、リーダーなんてガラじゃないし、この人がリーダーをやろうものなら、メンバーの大半は離脱するだろう。あたしも正直、勘弁してほしい。

 

「――カスミ、なんか言ったか?」愛子さんに睨まれる。あたしはブンブンと首を振った。ヤバイヤバイ。あたし、思ってることが顔に出たり、無意識のうちに独り言を言ってることがあるらしいからな。気を付けないと。

 

「それじゃあ、まずはリーダーを決めましょう」真穂さんが言う。すぐに、みんなの視線が、ファンの間で次世代キャプテンとウワサされている篠崎遥に集中した。

 

「遥がリーダー? 冗談だろ」真っ先に反対したのは、推されメンバーアレルギーの愛子さんだ。「真穂、お前がやれよ」

 

「いや、あたしもリーダーなんてガラじゃないし。それに、あたしがやるより、遥がやる方が、いろいろ盛り上がるでしょ?」

 

 ……まあ、一応これはエンターテイメントだから、盛り上げることは大事だよな。

 

「……と、いうわけだから。遥、よろしくね」

 

 ぱち、っとウィンクをする真穂さん。遥は、「……分かりました」と、小さく頷いた。

 

「ちょっと待てよ」そう言ったのは、愛子さんと同じく推されメンバーアレルギーのちはるさんだ。「あたしは愛子の意見に賛成だ。こんなヤツをリーダーだなんて認めない。まだ真穂がやった方がマシだ」

 

 ……まためんどくさいことを言い始めたな。遥がやればチームのほとんどみんな納得するし、見てるファンの人も盛り上がるんだから、それでいいじゃないか。

 

「ちはる。いい加減にしなさいよ」真穂さん、呆れ半分怒り半分という声。「あなたも子供じゃないんだから、自分の事より、チームのことを考えなさい。あなた1人のわがままで、チームみんなが迷惑するのよ?」

 

「チームのことを考えたらこそ、だろ」ちはるさんが、いつになくマジメな目で言った。その視線を、遥に向ける。「遥。お前は、由香里を倒すためにあたしたちのチームに入ったんだよな? それはつまり、ヴァルキリーズの新キャプテンを目指すってことだ。それが、瑞姫が死んで、みんなに言われて仕方なくこのチームのリーダーになるのか? そんなんで、みんなをまとめられるのか?」

 

「――――」

 

 いきなりのことで、みんな思わず言葉を失う。

 

 ちはるさんはさらに言う。「ヴァルキリーズのメンバーは、真穂や若葉みたいな優等生ばかりじゃない。あたしや愛子みたいな問題児も沢山いる。いや、あたしらはまだマシな方だろう。怒鳴ってればおとなしくなるからな。本当の問題児は亜夕美やエリの方だ。由香里だって、あの2人には手を焼いてるんだぞ。ヴァルキリーズのキャプテンは、半端な心構えでできるもんじゃない。なのにお前は、みんながやれと言うから仕方なくやるのか? あたしと愛子がケンカしてるのに、それを止めるのは他のメンバーに任せるのか? 意見がまとまらないのに、それを説得するのも他のメンバーに任せるのか? そんなんで、ヴァルキリーズのキャプテンが務まると思ってるのか?」

 

 ……あれ、ちはるさんだよな? 由香里さんとか若葉さんが、『ミミック』の能力で化けてるんじゃないよな? みんなも、ちはるさんの予想外の言葉に、戸惑いを隠せない。

 

「……お前誰だ。ちはるじゃないだろ?」と、真穂さん

 

「あん? 何言ってんだ?」

 

「冗談よ。あんたも、たまにはいいこと言うのね。あんたがそんなにヴァルキリーズの次期キャプテンのことを考えていたなんて、意外だわ」

 

「フン。ヴァルキリーズのキャプテンのことは別にどうでもいい。あたしはただ、このまま由香里たちのチームに負けるのが我慢ならないだけだ。こんな腑抜けにリーダーをやられたんじゃ、勝てるものも勝てなくなる」

 

「そうね――」真穂さんは遥に視線を移す。「ゴメン、遥。ちはるの言う通りだわ。今のあなたに、このチームのリーダーは任せられない。まあ、だからと言ってあたしがリーダーをやっても同じだから、やっぱり愛子がやるか、最悪、このチームはこれで解散ね」

 

 ――解散。

 

 愛子さんとちはるさんが作ったチーム――初めて聞いた時は、どんなチームになるのか不安もあったけど、でも、一緒に活動してきて、このチームも、そんなに悪くないと感じ始めていた。由香里さんや亜夕美さんのチームにも、勝てるんじゃないかという気がしていた。

 

 でもそれは、瑞姫さんがいたから、という点は、確かにある。メンバー誰もが認めるヴァルキリーズ1の天才で、このゲームに対する知識もあり、人をまとめる力もある。あの愛子さんやちはるさんが、おとなしく言うことを聞いていたくらいなのだから。瑞姫さんを失ったことは、あまりにも大きい。

 

 今、ここにいるメンバーをまとめる人がいなければ、到底、由香里さんのチームには勝てないだろう。

 

 そして、ちはるさんの言う通り。

 

 みんながやれというから仕方なくやる――そんな半端な気持ちで、ここにいるメンバーをまとめられるはずがない。

 

「――どう? 遥?」真穂さんが答えを促す。

 

 遥は、しばらく無言で真穂さんを見つめると、「――分かりました」と言って、視線をちはるさんと愛子さんに移した。

 

 そして、深く頭を下げる。

 

「……おいおい。何のマネだよ?」怪訝そうな顔のちはるさん。

 

「愛子さん、ちはるさん」遥は頭を下げたまま言う。「あたしは、このチームのリーダーをやりたいと思います。どうか、お2人の力を貸してください」

 

「お前は、何も分かってねぇな……」ちはるさん、呆れ声。「お前がマジメなのは、もうみんな知ってるんだよ。でも、マジメだけじゃ、リーダーは務まらないって言ってるんだ。時には上から目線でガツンと言うくらいの度胸が無くて、どうするんだよ? こんな時、由香里だったら――」

 

「あたしに――」遥はちはるさんの言葉を遮るように言った。「由香里さんのようなキャプテンになれ、とおっしゃるのなら、それは恐らく、無理です」

 

「――――」

 

「由香里さんは、誰もが認める、アイドル・ヴァルキリーズのキャプテンです。由香里さん以上にリーダーシップが取れる人はいないでしょう。あたしは未熟な人間です。由香里さんのような人になるのは、恐らく無理です。ですが、あたしはあたしのやり方で、皆さんから認められるキャプテンになれるよう、努力します。そのために、力を貸してください」

 

 みんな、ただ黙って、頭を下げる遥を見つめる。

 

 由香里さんのようなキャプテンにはなれない――一見ネガティブな発言ではあるけれど。

 

 遥の言うことはもっともだ。遥は遥であり、由香里さんではない。この2人は、あまりにもキャラが違いすぎる。

 

 ヴァルキリーズのキャプテンを務めたのは、これまで由香里さんだけだ。だから、キャプテン=由香里さん、という図式ができてしまっているけれど、それが全てではないんだ。遥が由香里さんのマネをして、それでいいキャプテンになれるのかというと、決して、そうとは言えないだろう。

 

 ――あたしはあたしのやり方で、皆さんから認められるキャプテンになれるよう、努力します。

 

 きっと、それが全てだ。

 

 真穂さんが、そしてみんなが、ゆっくりと頷いた。

 

 ちはるさんが鼻を鳴らす。「……まあいい。みっともない姿を晒したら、容赦なくぶっ殺すからな」

 

 愛子さんも、それ以上反対はしなかった。

 

「――ありがとうございます」

 

 遥は、ちはると愛子さん、そして、みんなに視線を送ると、もう1度、深く頭を下げた。

 

「はい!」真穂さんが、ぱん、と、手を叩いた。「リーダーは遥ということで決まりね。じゃあ、話を元に戻しましょう。これから、どうする?」

 

 そうだった。今、一番の問題は、誰がリーダーをやるかではない。由香里さんと亜夕美さんのチームが手を組んだ。向こうにどれだけのメンバーが集まっているのかは分からないけれど、何と言っても、現キャプテンとランキング2位の人が率いているチームだ。あたしたちのチーム以外のメンバーは、ほぼ全員、あっちのチームに所属していると考えてもいいかもしれない。

 

「あの、いいですか?」美咲が手を挙げた。「さっきからみなさんシリアスモードだったので言わなかったんですけど、こうやって、みんなで集まってるのって、マズくないですか? 由香里さんのチームにも、テレポート系の能力を使う人がいるんですよね?」

 

 げ? 確かにそうだ。えーっと、『寄らば大樹の陰』だったかな? 半径1キロメートル以内にいる、グループで行動しているプレイヤーの元に飛ぶ能力だ。今ここで亜夕美さんたちに飛んでこられると、ちょっとマズイことになる。美咲め。そういうことは早く言えよ。普段は空気を読まないことが多いのに、変なところで気を使うヤツだ。

 

「しばらくは大丈夫でしょう」そう言ったのは遥だ。「こちらには、真穂さんの『非戦闘地帯』の能力があります。肉弾戦は行えません。この能力への対策ができない限り、亜夕美さんたちが飛んで来る可能性は低いでしょう」

 

 確かにそうだな。もし今飛んで来ても、さっきと同じことの繰り返しだ。亜夕美さんはともかく、由香里さんがそんなムダな行動をするとは思えない。

 

 遥は続ける。「――ですが、すぐに対策を立てられる可能性も否定できません。玲子、『スカウト・レーダー』に、由香里さんたちの反応は?」

 

「少し前に消えてから、動きは無いわ」玲子が答える。「葵さんの『モーション・トラッカー』も同じ。ここから1キロ以内にはいないわね。たぶん、あたしたちと同じように、拠点に戻ったんだと思う」

 

 1キロ以内にいないのなら、少なくとも、すぐに飛んで来るということは無いだろう。ひとまずは安心だ。

 

「分かった。ありがとう。もし由香里さんたちの動きを捉えたら、すぐに教えて。あたしたちは、念のため3人以下のグループに分かれて、6メートル以上離れておきましょう」

 

 と、言うことなので、あたしたちはいくつかのグループに分かれ、その状態で、これからのことを話しあうことにした。ちょっと不便だけど、まあ、大声で話せばできないことは無い。

 

「まずは、何で瑞姫が負けたのか、だな」ちはるさんが言った。

 

『スパイダー・マスターマインド』の能力カードを使い、若葉さんと戦うことになった瑞姫さん。このゲームにおいて瑞姫さんが負けることなど考えにくく、まして相手は、恐らくルールもまともに理解していない若葉さんだ。負けることなどありえない。でも、1コール3イートによって、瑞姫さんは負けてしまった。その確率は1/720だ。奇跡に等しい数字。偶然起こったと考えるのはあまりにも楽観的だ。何か、能力を使ったと考えるべきだろう。

 

「でも――」愛子さんが言う。「『スパイダー・マスターマインド』中は、プレイヤーはいかなる能力の対象にならないんだろ?」

 

 そうなのだ。だから、例え若葉さんが『リード・マインド』のような相手の心を読む能力を持っていたとしても、ゲーム中には使えないのだ。

 

「だが、抜け道はあると、瑞姫は言っていた」ちはるさんが言った。「ゲームが始まる前に自分自身に使っていた能力は解除されない」

 

 そう。それで、『スパイダー・マスターマインド』の能力の持ち主、水野七海さんは敗れたのだ。瑞姫さんは外見と声を他のプレイヤーそっくりに変える能力『ミミック』のカードを使い、愛子さんに変身していたのだ。この変身は、ゲーム中も解除されなかった。

 

 つまり、若葉さんも同じように、ゲーム前に何らかの能力を使っていた……だから、1コール3イートなんて、奇跡に近い事を可能にしたのだろう?

 

 では、それはどんな能力だ――?

 

「考えても、分からないわね」真穂さんが言う。「あたしたちには、能力に関する知識が無いんだから」

 

 その通りだ。どんな能力があるのか知らない以上、考えても意味は無い。

 

 真穂さんが続けた。「『ジーニアス』の能力カードは拾ったんでしょ? 誰か、使ってみる?」

 

 ジーニアス――このゲームのすべての個人能力に関する知識を得ることができる能力だ。それを使えば、瑞姫さんのように、能力のエキスパートになれる。

 

 でも、能力と能力カードは違う。能力カードは一度しか使えなかったり、効果時間が少なかったりするのだ。

 

 ちはるさんが『ジーニアス』の能力カードを出した。「効果は30分だとよ。つまり、30分経ったら、知識は消えてしまうということだろうな」

 

 やっぱりそうか。そうなると、使いどころは非常に重要になってくる。今使うべきか。それとも、この先もっと窮地に陥った時のために温存しておくべきか。

 

「でもよ――」と、愛子さん。「それって、30分以内に全部覚えれば、どうなるんだ? 覚えても、30分経ったら記憶ごと全部消えるのか? そいつがメンバーに能力について話していたら、そいつらの記憶も全部消えるのか? そんなの、おかしくないか?」

 

 確かにそうだな。その辺、どうなんだろ?

 

 こういう時は案内人の出番だ。あたしはTAを起動し、案内人に質問した。

 

「『ジーニアス』の能力カードの効果は30分ですが、その間に得た知識の記憶は、30分経っても消えません。『ジーニアス』の能力は、頭の中に能力の解説本があると思ってください。能力について知りたいことがあれば、本をめくって調べるようなイメージです。能力カードの場合、30分経てば、この本は消えます。ですが、その間に得た知識の記憶は消えません。当然、30分以内に本の内容を全て完璧に暗記すれば、それは『ジーニアス』の能力を得たのと同じになります」

 

「――ということは」ちはるさんがメンバーをぐるりと見回した。「カードを使うのは、頭の良いヤツだな。誰にする?」

 

 みんなの視線が集まったのは、ピアニストの西門葵だ。音大卒業のソーサラークラス。ピアノの譜面を覚えるのは得意だろうから、暗記役に向いてそうだ。

 

「あたしですか? ムリですよ」即座に否定する葵。「確かに、譜面とかを覚えるのは得意ですけど、それって、皆さんがダンスを覚えるのと同じです。頭より、身体で覚えるんです。本の内容を暗記するのとは、根本的に違うと思いますよ?」

 

 確かに、ダンスなんて頭で覚えるもんじゃないからな。

 

 じゃあ、遥かな? 遥は現役の大学生だ。去年のスパイダー・マスターマインドの大会でも3位に入賞したし、期待できそうだ。

 

「あたし……ですか?」遥は少し上を向いて考えるような仕草をした後、続ける。「あまり自信はありませんが、どうしてもと言うのであれば、努力はします。しかし、あたしよりも適任の方がいらっしゃると思いますが」

 

 遥より適任? 誰だろう? ここにいるメンバーはほとんどみんな、スパイダー・マスターマインド大会初戦敗退のおバカさんだ。遥や葵以上に賢い娘なんていないと思うけど。

 

 遥を見た。その視線は、じっと、あたしを捉えている。

 

 ……って、おい。まさか、あたしだとか言うんじゃないだろうな?

 

「その通りです」遥はにっこりと微笑んで行った。「この役は、カスミさんが一番適しているんじゃないかと思います」

 

 ……はぁ? あたし? いや、ムリでしょ。あたしの通ってる高校、偏差値いくつだと思ってるんだよ? 40ちょっとだぞ? そんなおバカ学校の卒業すら危ういんだぞ? ムリに決まってる。

 

「でもカスミさん、細かい情報まとめるの、得意じゃないですか?」

 

 まあ、そりゃ得意というか好きだけど。遥、何で知ってるんだ?

 

「まあ、あたしも一応キャプテン候補の端くれとして、皆さんのことは見てますから。この大会の前に、『アイドル・ヴァルキリーズ・オンライン』のゲームとゲーム機を買い、攻略法などを徹底的に調べたり、ヴァルキリーズのメンバー全員のデータをまとめたりしてました。ゲームが始まる前から勝ち残るための戦略を立てる。素晴らしいことだと思います」

 

 でっへっへ。褒められちゃったよ。瑞姫さんと合せて4度目だ。

 

 ……じゃなくてね。

 

 あたしの事なんか見ててくれたのは嬉しいけど、でも、それと記憶力は関係ない気がする。暗記力に自信は無い。

 

「情報を暗記するのではなく、まとめてください」遥が言った。「『ジーニアス』の能力は、1人が記憶するよりも、全員が情報を共有する方が理想的です。TAにメモ帳機能があります。簡易的なもので構いません。30分でまとめてください」

 

 いや、どれだけの情報量があるか分からないのに、ムチャ言うなよ。

 

 でも、拒否できそうな雰囲気じゃないな。遥の後ろで、いつもの通りちはるさんが、「やらなきゃ強制的にカード化」という目で見ている。厄介なことに、そこにもう1人、愛子さんまで加わってしまった。はぁ。瑞姫さんがリーダーだった時も、あたしに舞さんとの交渉役を押し付けられたし、どうしてあたしは、ムリヤリ貧乏くじを引かされるのだろう。

 

「――それは違います。あたしも、恐らく瑞姫さんも、カスミさんに貧乏くじを引かせているわけではありません」

 

 相変わらず表情が読まれてるな。まあそれはいいとして、これが貧乏くじ以外の何だと言うのだろう?

 

 遥は、まっすぐにあたしを見つめて言った。「あたしも瑞姫さんも、そして、このチームのみんなが、カスミさんの働きに期待しているのです」

 

 ――――。

 

 みんなが、あたしに期待?

 

「そうです。前フェイズで瑞姫さんがカスミさんに交渉役を任せたのは、カスミさんならできるという確信があったからだと思います。そしてカスミさんは、舞さんを説得し、仲間にして見せました。これは、瑞姫さんの期待以上の働きだったと思います。他のメンバーなら、確実に失敗していたはずです。あれは、カスミさんだからできたことです。今回の、『ジーニアス』の能力をまとめるのも同じです。カスミさんにしかできません」

 

 ――あたしにしか、できない?

 

 今ここにいる13人のメンバーの中で、あたしにしかできない?

 

「そうです」遥は、力強く頷いた。

 

 …………。

 

 アイドル・ヴァルキリーズは、全48名の大型アイドルユニットだ。

 

 人数が多いから、いろいろな人がいる。

 

 顔がカワイイ人、武術に秀でてる人、清純派と見せかけて実はとんでもない腹黒な人、誰にでも優しく接する人、高いリーダーシップでみんなをまとめ上げる人、人間離れした身体能力を持っている人、ゲームオタク……。

 

 そんな、個性的なメンバーの中にいると、自分がいかに凡人なのかが分かる。あたしには何もない。ヴァルキリーズのランキングでランクインできないのも当たり前だ。あたしは、本当に平凡な人間なのだから。

 

 ――でも。

 

 あたしにしかできないことがある――そう言ってくれる人がいる。

 

 あたしなんかに、期待してくれる人がいる。

 

 …………。

 

「だから――」ちはるさんが、呆れ声で言う。「お前は、何泣いてんだ」

 

 我に返る。目の下をこすると、確かに、涙が溢れていた。

 

「今日から『泣き虫』の称号は、真理からカスミに移動だな」ちはるさんが笑い、そして、みんなが笑った。くそ。今日2回目だからな。そう言われても仕方ない。

 

「カスミさん」遥があたしを見る。「30分で『ジーニアス』の能力をまとめる。やってくれますね?」

 

 …………。

 

 涙を拭う。

 

「――20分でやってやるわ」

 

 決意を込めて宣言する。みんなが、「おお!」と、感心の声を上げ、拍手までしてくれた。まあ、なんだかうまく乗せられているような気もするけれど、あそこまで言われたら、やらないわけにはいかないからな。

 

 よっしゃ! やってやるぜ!!

 

 ちはるさんから『ジーニアス』のカードを受け取る。

 

 その時、TAが鳴った。ゲームマスターからの連絡だ。

 

 

 

『第4フェイズ終了。

 

 水野七海

 

 緋山瑞姫

 

 以上、2名がゲームより離脱』

 

 

 

 ……これで、七海さんと瑞姫さんのゲームオーバーが確定した。由香里さんのチームとあたしたちのチーム、1人ずつメンバーを失ったことになる。しかし、七海さんには悪いけど、ダメージはあたしたちのチームの方が大きいだろう。瑞姫さんのリーダーシップと能力の知識。この2つは、あたしたちのチームの大きな強みだった。

 

 でも、挽回は可能だ。

 

 リーダーシップは、きっと、遥が発揮してくれる。

 

 そして、能力の知識は、あたしがみんなに提供する。

 

 大丈夫。あたしたちのチームは、まだ戦える。まだ、由香里さんのチームに勝つことはできる!

 

 あたしは、『ジーニアス』の能力カードを使った――。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 この時。

 

 由香里さんチームとの対決を意識し過ぎるあまり、あたしたちは、ひとつの小さな見落としをしていた。

 

 離脱者の通知の中に、『キル・ノート』使いの、根岸香奈の名前が無い――。

 

 それはつまり、生き返ったということだ。

 

 この、本当に些細な見落としが、後に、取り返しのつかない事態を招くことになるが。

 

 あたしがそのことに気付くのは、もっとずっと、時間が経ってからだった――。

 

 

 

 

 

 


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