ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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蜘蛛の黒幕

 ランキング8位・水野七海さんの発動した能力により、頭脳ゲーム『スパイダー・マスターマインド』での一騎打ちとなったあたしたちのチームリーダー・早海愛子さん。愛子さんは柔道の腕前もさることながら、高いリーダーシップと豊富な能力の知識で、あたしたちのチームを引っ張ってきた。そんな愛子さんを失うことは、あたしたちのチームにとって大打撃だ。去年行われたこのゲームの大会でベスト8に入った七海さんと、初戦敗退の愛子さんじゃ、とても勝負にならない。しかし、愛子さんは余裕に満ちた表情でゲームの席に着いた。

 

『スパイダー・マスターマインド』は、相手が配置したクモの色と位置を予想し、先に当てた方が勝利となるゲームだ。各プレイヤーには、黒・赤・青・緑・茶・紫・黄・桃・灰・白の10色のクモの模型が渡される。それを、A・B・Cの3ヶ所に1体ずつ配置。先手と後手を決めたらゲームスタート。先手は相手のクモの色と配置を予想し、コールする。後手はコール内容を判定するのだけれど、この時、クモの色と配置場所の両方が合っている場合は「イート(食べる)」、クモの色は合っているけど配置場所が違う場合は「キャッチ(捕まえる)」と答える。例えば、Aに黒、Bに赤、Cに青と配置し、相手が黒・白・赤とコールした場合、Aの黒は色も配置も合っていて、Bの赤は色が合っているけど配置場所が違うので「1イート1キャッチ」という回答になる。これを交互に繰り返し、先に相手のクモの色と配置場所をすべて当てる「3イート」を達成した方の勝利となるのだ。

 

「――それでは、テーブルの上にクモを3匹配置してください」

 

 案内人の声がした。どうやらこのゲームも、ゲームマスターが仕切るらしい。

 

 愛子さんは迷う様子もなく3匹のクモを取り、すぐにテーブルの上に配置した。Aに黄グモ、Bに青グモ、Cに桃グモという配置だ。七海さんも配置を終えたようだ。当然、ついたてがあるのでこちらからは見えないが。

 

「続いて、アイテムカードを選び、配置してください」案内人が進める。

 

 アイテムカードとは、プレイヤーがコールする前に使用することで、特別な効果が得られるカードだ。全6種類ある中から2枚を選び、これは、相手に公開しなければいけない。

 

 愛子さんは、『属性特定』と『配置変更』のアイテムカードを選んだ。

 

『属性特定』は、使用しているクモの属性を特定することができる攻撃カードである。クモは、『黒・赤・青・緑・茶』を黒グモ属、『紫・黄・桃・灰・白』を白グモ属として、2種類の属性に分けられている。『属性特定』を使用すると、それぞれの場所に配置してあるクモの属性を知ることができるのだ。

 

 そして、『配置変更』は、文字通り、クモの配置を変更するためのカードである。相手がクモの配置を絞り込んだ時に使う防御系カードだ。

 

 これに対し、七海さんが選んだアイテムカードは『属性特定』と『連続』だった。『連続』は、1ターンに2回続けてコールできる攻撃カードである。

 

「攻撃カード2枚なんて、大胆な選択をしたわね」愛子さんが言った。

 

「愛子相手に、防御なんて考えなくてもいいでしょ?」七海さんが挑発的な笑みを返す。「あたしの配置を絞り込めるほど、このゲームに詳しいとは思えないし」

 

 悔しいけれど、七海さんの言う通りかもしれない。『スパイダー・マスターマインド』は、得られた情報を、いかに素早く、正確に整理できるか、が、勝利の鍵だ。どんなに素早く情報をまとめることができても正確性に欠けるとダメだし、どんなに正確でも時間が掛かってはダメだ。このゲームが苦手な人は、このどちらか、もしくは両方ができないのである。ちなみにあたしは、情報を整理するのはワリと好きなんだけど、制限時間が設けられているためどうしても焦ってしまい、失敗することが多い後者のタイプだ。愛子さんは、恐らく両方だろう。

 

 しかし、愛子さんは七海さんの挑発を気にした風もなく言う。「――そうだといいわね」

 

 ……さっきからあの余裕は何処から出てくるんだろう? 謎だ。

 

「――それでは、ゲームを開始します」案内人が言う。「このゲームは、能力を発動した側が後攻、能力を受けた側が先攻となります。まず、コールの前に10秒間のアイテムカード使用時間が与えられます。アイテムカードを使用する場合は、ここで宣言してください。その場合、アイテム使用時間が1分延長されます。アイテム使用時間が終われば、続いて、1分間のコール時間となります。時間内にコールを行わない場合はその時点で負けとなり、死亡状態となります。コールされた側は、30秒以内にジャッジを返してください。これも、時間内にジャッジを返さない場合はその時点で負けとなり、死亡状態となります。では、3イートを目指して頑張ってください」

 

 ついに始まってしまった。勝ち目のない戦い。負けるとあたしたちはリーダーを失ってしまう。なんとかしないといけないけど、もう何もできない。見守るしかない。

 

 愛子さんの先手だ。愛子さんは10秒の沈黙の後、ゆっくりとコールした。「――白グモ・灰グモ・赤グモ」

 

「あれ? 『属性特定』使わなくていいの?」七海さんが小さく笑う。「1コール目に使うのが常套手段だって、もしかして知らない?」

 

「あなた相手に、そんな常套手段は必要無いと思って」さっきのお返しとばかりに挑発を返す愛子さん。

 

 七海さん、ちょっとムッとした表情になったけど、すぐに表情を戻し、「いいことを教えてあげるわ。1コール目にアイテムを何も使わずにコールした場合、3イートする確率は1/720。でも、『属性特定』を使用すれば、その確率は1/100になるの。このゲームの知識が無いあなたが勝つには、運に頼るしかない。それを――」

 

「早くジャッジしないと、時間切れで負けになるわよ?」

 

 七海さんの言葉を遮る愛子さん。七海さんは忌々しそうな表情になるけど、案内人の「10秒前」という声を聞いて、大きく息を吐き出した。どうやら、挑発は愛子さんに分があるようだ。挑発勝負じゃないからそれで勝っても意味は無いんだけど。

 

「――0イート1キャッチよ」

 

 七海さんがジャッジを返す。あまり詳しくないけど、0イート1キャッチって良くない手じゃなかったっけ? 誰か、解説してくれる人はいないのか? チームメンバーを見る。今ここにいる人はみんな、1年前の大会では初戦敗退だ。レベルはあたしとどっこいどっこいだろう。ああ、このまま試合の内容もよく分からないまま、愛子さんが負けるのを見守るしかないのか。

 

「誰か、紙とペン持ってない?」

 

 そう言ったのは、先ほど『非戦闘地帯』の能力を発動させた苦労人の真穂さんだった。

 

「真穂さん、このゲームのこと、分かるんですか?」訊いてみる。

 

「まあ、去年の大会の前には結構練習したから、ある程度は分かるわ。大会は、1回戦で瑞姫と当たっちゃったから、全然見せ場が無かったけど」

 

 ……そうだったのか。そりゃ、不運だな。

 

 緋山瑞姫さん。K大卒業のインテリアイドルで、ヴァルキリーズで唯一ウィザードクラスに属している人である。去年の『スパイダー・マスターマインド』の大会において、一切メモを取ることなく優勝するという伝説を残した。今年のこの『アイドル・ヴァルキリーズ・オンライン』の大会においても、危険度Sランクの要注意人物である。

 

 ……そう言えば、この大会が始まってかなり経つけど、瑞姫さんの話を聞かないな。何してるんだろう? ゲームに興味が無いのかな? あの人ならあり得るな。なんせ、去年の大会では優勝し、その後のCDシングルでセンターポジションを務めることができたのに、あっさり辞退している。何を考えているのかイマイチ分からない人なのだ。

 

 まあ、今はどうでもいいか。えーっと、紙とペン、か。誰も持ってないんじゃないかな? このゲームのことだから、紙とペンもアイテムとしてカウントされそうだし。さっき香奈を倒した時に拾った『キル・ノート』の能力カードを使えばノートとペンが出てくるけど、さすがにそんな使い方はもったいない。それに、「愛子 白グモ・灰グモ・赤グモ 0イート1キャッチ」と書いたら、ヘタすりゃそれが名前と能力を書いたと判断され、真穂さんは心臓麻痺で死んでしまう。

 

「TAにメモ帳機能がありますので、ご自由にお使いください」

 

 そう言ったのは、あたしのTAの案内人だった。そういえばいたな、コイツ。最近解説役は愛子さんがやってくれるので、すっかり存在を忘れてた。

 

 真穂さんはTAを出し、メモ帳機能を起動すると、「愛子 白・灰・赤 0-1」と入力した。

 

「0イート1キャッチって、あんまり良くない手ですよね?」真穂さんに訊いてみる。

 

「そうね。これが1イート0キャッチなら、コールしたクモの1匹は配置も色も合っていることが分かる。0イート0キャッチなら、コールしたクモは使われていないということだから、候補から消える。0イート1キャッチは、コールしたクモのうちどれか1匹がどこかに配置されていることが分かるだけ。あまり進展することが無い手ね。これが連続すると、すごくマズイわ」

 

 やっぱり。愛子さん、ゲームに慣れてない上に運にも見放されたら、とても勝ち目がないぞ?

 

 七海さんのコールの番になった。

 

「白グモ・灰グモ・桃グモで」ゆっくりとコールする七海さん。

 

「あら? 『属性特定』を使わなくて大丈夫? 『属性特定』は1コール目に使うのが常套手段だって、知らないの?」再び挑発する愛子さん。

 

「ふん。あなたが使わないのに、あたしが使ったら、勝負に勝っても目覚めが悪いでしょ? そんなことより、早くジャッジしなさい」

 

「そう? まあ、好きにしたら?」愛子さんは目を伏せ、そして言う。「1イート0キャッチよ」

 

 七海さんはTAを起動し、入力するような動作の後、小さく笑った。

 

 1イート0キャッチ。コールしたクモの1匹は配置も色も合っている。1コール目は、七海さんが少し有利ということになるだろう。

 

 続いて、愛子さんのコールだ。「――紫グモ・黄グモ・桃グモ」

 

 それを聞いた七海さんの表情が少し曇った。「……0イート0キャッチよ」

 

 おお。0イート0キャッチ。これは、大きな前進じゃないか?

 

 真穂さんがTAに入力する。「今コールした『紫グモ・黄グモ・桃グモ』の3匹は使われていないことになる。やったわね」

 

 やっぱりそうか。少し遅れを取り戻したようだ。

 

 続いて、七海さんの番だ。

 

「『属性特定』を使います」

 

 お? アイテム使用だ。

 

「あら? 使っちゃうんだ」愛子さんが笑う。「これで、万が一あなたが勝っても、目覚めが悪いわね?」

 

“万が一”七海さんが勝っても、か……愛子さん、どこまで強気なんだよ。

 

「――早く属性を言いなさい。じゃないと、時間切れで負けになるのはあなたよ」七海さんは挑発合戦をあきらめたのか、落ち着いた口調で言う。

 

「白属・黒属・白属よ」愛子さんが応える。

 

「これで――」と、相手チームのキャプテン・由香里さんが言う。「灰グモの使用は消えたわね」

 

「そうなの?」隣の若葉さんが訊いた。

 

「ええ。七海の1コール目は白・灰・桃で1イート0キャッチ。灰グモは白属だから、属性特定の結果と矛盾する。1イートは、Aの白グモか、Cの桃グモになるわね」

 

「……へぇ」若葉さんはよく分からないという表情で言った。若葉さんも、去年の大会では初戦で敗退している。恐らく、ルールもまともに理解してないだろう。

 

 続いて、七海さんのコールだ。「紫グモ・赤グモ・桃グモ」

 

「1イート0キャッチね」

 

 ……また1イート0キャッチか。『属性特定』の効果もあるし、これ、七海さんの方が有利なんじゃないだろうか。

 

 愛子さんのターンだ。

 

「『属性特定』使用」

 

 お? 愛子さんも『属性特定』使用か。七海さんは属性を答えなければいけない。

 

「黒属・白属・黒属よ」七海さんは淡々と答えた。

 

 メモを取りながら、真穂さんが言う。「これで、七海の灰グモの使用は無くなったわね」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。愛子の1コール目は白グモ(白属)・灰グモ(白属)・赤グモ(黒属)で0イート1キャッチ。灰グモは白属だから、配置されていればキャッチじゃなくてイートになる。1コール目のキャッチは、白グモか赤グモということね」

 

 ……あたしも若葉さんの事は言えないな。全然分からん。まあ、こんなのは勢いだ。分からなくても、分かったフリをして適当に進めればいいだろう。

 

 続いて、愛子さんのコールである。「灰グモ・白グモ・赤グモ」

 

「1イート0キャッチよ」七海さんが答えた。

 

「Bの白グモが確定したわね」真穂さんが言う。「今のは、1コール目の『白グモ・灰グモ・赤グモ』の白と灰の位置を入れ替えたもの。その結果、『0イート1キャッチ』が『1イート0キャッチ』になった。さっきの『属性特定』で灰グモの使用が無いのは判明しているから、必然的に、今回のイートは白グモということになる。同時に、赤グモが使用されていないことも分かったわ」

 

 よく分からないけど、要するに七海さんの配置は、『?・白グモ・?』ということだろう。

 

 七海さんのコールだ。「黒グモ・青グモ・緑グモ」

 

「1イート0キャッチよ」

 

 その、愛子さんのジャッジを聞いた時。

 

「よし!」

 

 と、ガッツポーズをとったのは、相手チームキャプテン・由香里さんだった。

 

「どうしたの?」若葉さんが訊く。

 

「今ので、Bの青グモが確定した。黒グモと緑グモは黒属だから、白属が確定しているAとCには入らない。同じ理由で、黒属の茶グモの使用も消えたわ。AとCに入るのは、紫グモ・黄グモ・桃グモ・白グモになる。1コール目の『白・灰・桃 1-0』と、2コール目の『紫・赤・桃 1-0』があるから、愛子の配置は『?・青グモ・桃グモ』か『紫グモ・青グモ・?』のどちらか。でも、『紫グモ・青グモ・?』の場合は、2コール目の『紫・赤・桃 1-0』があるから、桃グモは入らない。『紫グモ・青グモ・白グモ』か『紫グモ・青グモ・黄グモ』になるけど、どちらも1コール目の『白・灰・桃 1-0』に当てはまらない。必然的に『?・青グモ・桃グモ』になるわけだけど、1コール目の『白・灰・桃 1-0』と、2コール目の『紫・赤・桃 1-0』があるから、白グモと紫グモは入らない。つまり、愛子の配置は『黄グモ・青グモ・桃グモ』の一択よ!」

 

 げ!? そうなのか!? 解説は全然分からなかったけど、最後の『黄グモ・青グモ・桃グモ』の一択というのは、もちろん大正解だ!

 

 真穂さんを見る。真穂さんは小さく首を横に振ると、「ゴメン。七海の攻めまではチェックしてなかったわ。でも、由香里が言うんだから、間違っては無いと思う」

 

 だろうな。由香里さんは、去年の大会ベスト4なんだから。くそ。こっちはまだBの白グモしか確定してないのに。次の愛子さんのコールで当てないと、もう、後が無い。

 

「愛子は『配置変更』のアイテムカードを持っているから、それを使えば何とかなるかもしれないけど――」真穂さんが言う。

 

 そうだ! すっかり忘れてた。『配置変更』。クモの並び方を変更できるアイテムカードだ。これを使えば、まだ勝負は決まらない。

 

「でも――」と、真穂さんが続ける。「問題は、はたして愛子が、そのことに気付くかどうか、ね」

 

 そうだ。どんなに『配置変更』のアイテムカードを持っていても、使わなければ意味が無い。はたして愛子さんは、自分が一択の段階まで追い込まれていることに、気づいているだろうか?

 

 …………。

 

 気づいてないだろうな。あの愛子さんが、そこまでこのゲームに慣れているとは思えない。てか、愛子さん、ゲームが始まってから1度もTAを開いてないぞ? もちろん、紙とペンを持っているわけでもない。ここまで、全然メモを取っていないのだ。あの愛子さんに、瑞姫さんみたいな天才的頭脳があるはずもないし。もしかして愛子さん、どうせメモを取っても分からないから、適当にクモの色を言って、偶然当たるのを待ってるんじゃないだろうな? だとしたら最悪だ。まあ、あたしも人のことは言えないけど。

 

 愛子さんのターンだ。ここで3イートしないと、負けはほぼ確定する――。

 

「青グモ・緑グモ・赤グモ」

 

 どうだ!? 当たれ! 当たってくれ! 当たってちょーだい!!

 

 七海さんを見る。その表情は――勝利を確信したような顔!

 

「――0イート0キャッチよ」ゆっくりと、そう言った。

 

 もうダメだ……これでこのターン、愛子さんが『配置変更』のアイテムカードを使わず、七海さんがポカをしなければ、3イートで愛子さんの負けだ。あたしたちはリーダーを失い、勝利は絶望的になる。

 

「『配置変更』使用」愛子さんの声。

 

 …………。

 

 何だって!?

 

 今、愛子さん『配置変更』使用って言ったのか? 真穂さんを見る。小さく小刻みに頷いた。「確かに言ったわ」という表情。やった! 奇跡が起きた! たぶん偶然とか勘で使ったんだろうけど、何でもいい。これでクモの配置を変更すれば、えーっと……とにかく、一択ではなくなる。七海さんも驚きの表情だ。

 

 愛子さんの顔に挑発的な笑みが戻る。「どうしたの? まさか、あたしが気付いてないとでも思った?」

 

 七海さんは表情を戻す。「……ふん。勘だけは良いようね。それとも、ただのマグレかしら? まあ、どちらでもいいわ。早く配置を変えなさい」

 

 愛子さんはAの黄グモを取ると、Bの青グモと入れ替えた。青グモ・黄グモ・桃グモという配置である。

 

「『配置変更』のカードを使用しても、あえて配置を変えない、という選択肢もあるわよね?」七海さんは探るような目を愛子さんに向ける。「今のは、本当にクモを移動させたのかしら? それとも、移動させたと見せかけて、ホントは移動してないのかしら? 愛子の性格からすると……移動させてないのかも? どう?」

 

「10秒経ったわよ?」愛子さんが言った。10秒? 何のことだ? 七海さんも何のことか分からないようで、首を傾げている。

 

 愛子さんが続けた。「――『連続』のアイテムカードを使わなくて良かったの? まさかあなた、自分がどこまで攻められているのか、気づいてないわけじゃないでしょうね?」

 

「――――」沈黙する七海さん。

 

「やっぱりね」愛子さんは大袈裟にため息をついた。「エリもそうだったけど、どうしてみんな、自分の攻めだけに集中して、自分がどれだけ攻められてるのかを考えないのかしら?」

 

 エリもそうだった? 愛子さん、何言ってんだ? 去年の大会では、愛子さんとエリは戦ってないはずだぞ?

 

 ……いや、それよりも。

 

 あの自信に満ちた言葉。まさか愛子さん、勝利は近いのか?

 

「気づいてないなら教えてあげるわ」愛子さんが言う。「あたしの1コール目、白・灰・赤で0-1。2コール目、紫・黄・桃で0-0。これで紫・黄・桃は消えた。コール前のアイテム使用、属性特定で黒属・白属・黒属。これで灰は消えた。3コール目、灰・白・赤で1-0。これでBの白が確定し、赤が消えた。4コール目、青・緑・赤で0-0。これで青・緑も消えた。残るクモは、黒・茶・白の3匹。そして、Bの白は確定している。あなたの配置は『黒グモ・白グモ・茶グモ』か『茶グモ・白グモ・黒グモ』の、二択よ」

 

「――――!!」

 

 その瞬間、七海さんの顔に、目に見えて動揺の色が現れた。後ろの由香里さんも同じだ。真穂さんを見ると、大きく頷いた。愛子さんの言っていることは正しいらしい。これはまさかの大逆転か!?

 

「ちなみに――」愛子さんは続ける。「あたしは『配置変更』のアイテムカードを使ったから、あなたがこのターンで3イートする確率は1/6よ。知りもしない心理学を語ってる時間があるなら、『連続』のアイテムカードを使っておくべきだったわね? さあ、コールしなさい。あなたが1/6の確率を外せば、あたしは1/2の確率で当てることができる。もしあたしが外して、あなたが次のターンで『連続』を使っても、運が悪ければ当たる確率は1/3と1/2。あなたとあたし、どちらが有利かは、言わなくても分かるわよね?」

 

 うおお! 思わずガッツポーズをしてしまうあたし。まぢかよあいこたむたむ! 完全に追い詰めてるじゃんか! チョーカッコイイんだけど!!

 

「ついでに教えてあげるけど、さっきあたしが、あなたの配置は『黒グモ・白グモ・茶グモ』、と言った瞬間、あなたは目に見えて動揺したわよね? 人は不意を突かれると、本心がポロリと出るものよ」

 

「な――そんなことは無い!!」焦って否定する七海さん。そこがまた怪しい。

 

「そうね。あたしも心理学は専門じゃないし、あなたも、もしかしたら表情をうまくコントロールしたのかもしれない。でも、あたしは次のターン、『黒グモ・白グモ・茶グモ』をコールするわ」

 

「――クッ!!」

 

 奥歯をギリギリと噛む七海さん。これはもう、勝負は決まったな。

 

「あと、もう1つアドバイスしてあげる。悠長にあたしの解説を聞いてないで、さっさとコールした方がいいわよ? もう、コール時間は50秒を過ぎると思うけど?」

 

「――残り、10秒」

 

 案内人の声。愛子さんの言う通りだった。タイムアップはその時点で負け。もう、七海さんに考えている余裕は無い。

 

「クソ!! 『黄グモ・青グモ・桃グモ』!!」

 

 どんなゲームにも、『流れ』というものは存在する。このゲームは、完全に愛子さんに流れが向いている。もう、七海さんに勝機は無かった。

 

「1イート2キャッチ」淡々とジャッジをした愛子さんは、続けざまにコールする。「『黒グモ・白グモ・茶グモ』」

 

 がたん! 七海さんが椅子を倒しながら立ち上がる。「お前誰だ!? 愛子じゃないだろ!」

 

 ――は? 愛子さんじゃない?

 

 確かに、愛子さんとは思えない。『スパイダー・マスターマインド』の勝負に限らず、この数フェイズの間、あたしもずっと思っていた。口調はやたらと落ち着いているし、気味が悪いくらいみんなに優しい。それはまあ、愛子さんだって機嫌がいい時もあるかもしれない。でも、メモを取らずにスパイダー・マスターマインドに勝利するなんて芸当、愛子さんにできるはずがないのだ。

 

 でも――。

 

 愛子さんをじっと見る――までもない。どこからどう見ても早海愛子さんだ。誰かが変装しているとでも言うのだろうか? ハリウッド映画の特殊メイクでも、ここまで完璧に変装はできないだろう。

 

 ――――。

 

 いや、できるんだ。

 

 ここはゲームの世界。現実世界では絶対不可能なことも、能力があれば可能だ!

 

 そして、実際あたしそっくりに化けた娘がいたじゃないか!!  三期生の秋庭薫! モノマネが得意で、ゲーム中遭遇したことのあるプレイヤーに変身する能力・ミミックの使い手だ! あの娘の能力カードを使えば、愛子さんそっくりに化けることができる!! そうか! だからさっき、根岸香奈がキル・ノートに『早海愛子 ジーニアス』と書いても、愛子さんは死ななかったんだ。愛子さんの能力がジーニアスじゃなかったのではない。ここにいる愛子さんは、愛子さんじゃなかったんだ!!

 

 ――じゃあ、今愛子さんに化けているのは、一体誰だ?

 

 考えるまでもない。スパイダー・マスターマインドの勝負において、メモを取らずに自分と対戦相手の状況を完璧に把握して勝利できる人など、アイドル・ヴァルキリーズに1人しかいない!!

 

「――ジャッジは?」愛子さんに化けた人は、勝利を確信した笑みを七海さんに向ける。

 

 七海さんは、血が出そうなほどの勢いで奥歯を噛みしめると。

 

「――3イートだよ!!」

 

 敗北を宣言した。

 

「先手、3イート。先手プレイヤーの勝利です」案内人が言う。

 

 次の瞬間。

 

 ボン! 小さな爆発が起こり、七海さんは青い炎と能力カードになった。

 

 同時に、スパイダー・マスターマインドのセットも消える。やった! 愛子さんに化けた人の、完全勝利だ!!

 

 由香里さんが、愛子さんに化けた人を睨んだ。「あんた、愛子じゃないね――瑞姫だろ?」

 

 愛子さんに化けた人は、ニヤリと笑った。

 

 ピカ! 愛子さんに化けた人の身体が、眩しい光に包まれた。『ミミック』の能力は、他プレイヤーに見破られると解除されるはずだ。

 

 光が消えると、そこには――。

 

「――残念。愛子の姿、結構気に入ってたんだけどね」

 

 アイドル・ヴァルキリーズランキング12位、第3回特別称号争奪戦・スパイダー・マスターマインド大会優勝、あたしの分析によるこの大会での危険度は、由香里さんや亜夕美さんを上回るS。K大卒のインテリアイドル・緋山瑞姫さんが立っていた――。

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

TIPS 16:能力 #7

 

 

 

No.9

能力名:スパイダー・マスターマインド

使用者:水野七海

 効果:半径10メートル以内で対象プレイヤーを選び、スパイダー・マスターマインドの勝負に持ち込める。この勝負に負けたプレイヤーは死ぬ。ゲームの拒否はできない。ゲーム終了まで、能力使用者と対象プレイヤーは、あらゆる能力、攻撃の対象にならず、外部のプレイヤーは一切の干渉ができない。

 

 

 

No.32

能力名:寄らば大樹の陰

使用者:恐らく宮本理香

 効果:半径1キロメートル以内にいる、グループで行動しているプレイヤー(半径5メートル以内に4人以上)の元に飛ぶ。能力使用者を含め、最大6人まで同時に飛ぶことができる。

 

 

 

No.37

能力名:非戦闘地帯

使用者:小橋真穂

 効果:能力発動すると、20分間、その地点から半径10メートル内は、全てのプレイヤーが一切の直接攻撃を行えない。能力は対象外。同時に2ヶ所以上で能力を発動することはできない。能力発動中、新たに能力を発動した場合、最初の能力の効果は消える。

 

 

 

(早海愛子改め緋山瑞姫の証言を含む)

 

 

 

 

 

 


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