ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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交渉

 戦闘で倒したプレイヤーの能力をコピーする――そんな強力な能力を持っているランキング30位の一期生・森野舞さん倒し、あわよくばその能力を得ようと、行動を開始したあたしたち。まずは交渉し、舞さんの能力カードを手に入れなければいけない。その交渉役に選ばれたのが、どういうわけかこのあたしだ。交渉の経験なんて無いけど、拒否権も無い。強制的に交渉役を任され、あたしは愛子さんと由紀江と3人で、歩いて舞さんの所へ向かった。スカウト・レーダー使いの玲子に舞さんの位置を聞きながら歩くこと10分。あたしたちは、舞さんのすぐ近くにいた。あたしたちが拠点にしている岩山から少し離れたところにある草原である。南に向かって道がまっすぐ伸びている他は、一面、深い草に覆われている。ところどころに大きな木や岩もあり、身を隠すのは可能だ。

 

「じゃあカスミ、いってらっしゃい。期待してるわね」

 

 ヴァルキリーズの問題児・早海愛子さんからこんな優しい言葉を掛けられるなんて思ってもみなかったけど、言葉とは裏腹にその内容はムチャぶりもいいところだな。まあ、今さら逃げられない。自信はないけどやるしかない。愛子さんと由紀江を岩陰に残し、あたしは舞さんの所へ向かった。どうなっても知らんぞ。

 

「――うん? カスミ?」あたしに気づいた舞さん。ニヤリ、と、不気味な笑みを浮かべた。「会いたかったぜ、カスミ」

 

「へ? あたしに、ですか?」

 

「ああ。深雪を倒したの、見てたぜ。なかなかやるじゃないか。今日からは、お前がブリュンヒルデだ。おめでとう」

 

「いや、そんな。あたしは、そんなつもりじゃ」

 

「ま、おかげでこっちの計画は台無しさ」

 

「計画……ですか?」

 

「そう。あいつはあたしが倒すはずだったんだ。そうすれば、ブリュンヒルデの称号はあたしのもの。そうだろ?」

 

 ……いや、そんなルールはないけど。

 

「まあ、お前が倒してしまったものはしょうがない。こんなのは早い者勝ちだしな。しょうがないから――」舞さんは、右手の伸縮式の特殊警棒を構えた。「お前を倒して、ブリュンヒルデの称号を奪ってやるぜ」

 

 いやいやいやいや。あたし、ブリュンヒルデの称号なんて持ってないっての。どうしてそういう考え方になるんだよ。

 

《カスミ、落ち着いて》愛子さんの声がした。聞こえたというより、頭の中に響いたという感じだ。たぶん、由紀江の能力だろう。《相手のペースに飲み込まれてはダメよ。構わず、交渉を始めなさい。舞は、必ず話を聞くから》

 

 本当だろうな? もし問答無用で殴り殺されたら、恨んでやる。

 

「待ってくださいよ、舞さん。あたしなんか倒したって、何の得にもなりませんよ。それより、カードの交換をしませんか?」

 

「あん? カードの交換?」

 

「そうです。あたしの持っている能力カードと、舞さんのカードを交換するんです」

 

「お前の能力って、岩になるやつだろ? そんなの、必要ないな。それに、カードだったらお前を倒せば手に入るし、それよりも、もっといい方法もある」

 

 まあ、能力をコピーできるんだから、カードなんかいらないよな。

 

 でも。

 

「いえ、あたし、他にもいろんなカードを持ってるんですよ。あたしを殺すと、『ザ・ロック』のカードは手に入りますけど、所持しているカードは手に入りませんよ? とりあえず、見てみませんか?」

 

 舞さんはしばらく無言であたしを睨んでいたけど、やがて。「――確かに、その通りだな。まあいい。なんのカードを持ってるんだ?」

 

 よし。とりあえず、交渉開始だ。ここに来る前、みんなから交渉に使うための能力カードを預かっている。愛子さんは、カードは全部渡しても構わない、みたいなことを言っていたけど、いきなりそんな提案をすると、いくらなんでも怪しまれそうだ。とりあえず、1枚から様子を見よう。あたしはカードを取り出した。

 

「例えばコレです。『能力名・スカウト・レーダー。半径1キロメートル以内にいるすべてのプレイヤーの戦闘力と位置が分かる』。これがあれば、プレイヤーがどこにいるか分かりますし、自分より強いか弱いかも、一目瞭然です」

 

「ほう。便利だな」

 

 よし。舞さん、興味を持ってくれたようだぞ。もう1枚、見せてみるか。あたしはカードを取り出した。

 

「他にも、こんなのがあります。『能力名・モーション・トラッカー。半径1キロメートル以内のエリアにいるプレイヤーの足音を聞き分け、位置が分かる』。これをさっきの『スカウト・レーダー』と組み合わせれば、死角はなくなります。便利でしょ?」

 

「確かに、それがあれば、ザコは狩り放題だな」

 

 よしよし。いい調子だ。そろそろ、舞さんのカードを請求してみるか。しかし、気を付けないといけないな。いきなり「『スティール』をください」なんて言ったら、「何であたしの能力を知っている?」となりかねない。

 

「舞さんは、何のカードを持ってるんですか?」

 

「あたしか? そうだな……」

 

 舞さんは右手を顔の前に持ってきた。念じるような仕草をすると、右手にカードが出現した。能力をカード化したんだ。よし。あとは、そのスティールのカードを手に入れれば……。

 

「あたしの能力は『ファイア・ストーム』だ。カードはこれしか持ってない」

 

 ……くそ。そう来たか。コピーした能力もカード化できるみたいだな。どうにかして、スティールのカードを出させなくちゃ。

 

「ホントはもっといいカード、持ってるんじゃないですか?」探るように言ってみる。

 

「どうしてそう思う?」相変わらず不気味な笑みを浮かべている舞さん。うーん。なんと答えたものか。

 

《カスミ――》と、愛子さんの声。《『スティール』の能力を知っていることを、言っても構わないわ。第1フェイズで、絵美と戦うところを見たことにしなさい》

 

 なるほど。さっきの岩山でのさゆりの話をすればいいんだな。

 

「実はあたし、第1フェイズで、舞さんと絵美さんが戦うところを、こっそり見てたんです。絵美さんは炎を操ってました。舞さんは絵美さんの攻撃をかわして、逆に絵美さんに攻撃を当てた。すると、絵美さんは動かなくなった。アレを見て、舞さんの能力は、相手を麻痺させる能力だと思ったんです。でも、絵美さんを倒した後、舞さんは絵美さんの能力を使い始めた。それを見て思ったんです。ひょっとして、舞さんの能力は、相手の能力を奪うんじゃないか、って。違いますか?」

 

「ナルホド。いい観察眼だな」舞さんは、笑いながら言った。「だが、お前はウソをついている。お前は、あたしと絵美の戦いなんて、見ていない」

 

 ……クソ。鋭いな。あたしは考えていることが表情に出やすいらしいからな。まあ、ウソだと断定する根拠にはならないだろう。このまま続けよう。

 

「ウソなんてついてませんよ。それより――」あたしは、連絡係と千里眼のカードを出した。「能力を奪うカードをくれるなら、このカード、全部あげてもいいですよ? 今ならオマケで、あたしの、岩になるカードも付けます」

 

 カードの説明文を呼んだ舞さんは、あたしの顔を見る。「フン。悪くないな。だが、何故お前はこんなにカードを持っている?」

 

「あ……えーっと。みんなと交渉したり、戦って倒したりしたんです。あたし、結構強いんですよ? なんてったって、あの深雪さんを倒したくらいですから」

 

「……ウソだな。お前は誰とも交渉していないし、深雪以外は倒していない」

 

 何で分かるんだよ。あたしって、そんなにウソが付けない性格なのか?

 

「お前、仲間がいるのか?」舞さんが、獲物を狙う蛇のような目であたしを見る。

 

「そんなわけないじゃないですか。あたしなんかと仲間になろうなんて物好き、いませんよ」

 

「……ウソだな。お前には仲間がいる」

 

 自信に満ちた顔で言う。舞さん、どうしてこんなに自信満々なんだ?

 

《気を付けて、カスミ》愛子さんだ。《このゲームには、プレイヤーのウソを見破る能力があるの。『リード・マインド』よ。環から奪った能力は、それかもしれない》

 

 ウソを見破る能力か。大学で心理学を専攻していた環さんらしい能力だな。

 

 ……なんて感心してる場合か。どうするんだよ? あたし、ただでさえ考えてることが表情に出やすいのに、その上ウソはバレバレなんて、こんなの、交渉にならないぞ?

 

《ウソが見破られることを逆手にとって、交渉を進めるしかないわね》

 

 と、愛子さん。そんな方法、あるのか?

 

《まあ、あたしもすぐには思いつかないけど》

 

 ダメだこりゃ。やっぱり、この人の仲間になったのは間違いだったな。

 

「どうした? 何をきょろきょろしている。誰か、近くにいるのか?」舞さんの目つきが鋭くなる。

 

「違います! 誰もいません! あたしだけです!」

 

「……ウソだな。近くに誰かいる。誰だ? あたしの能力カードを手に入れて、どうするつもりだ? 何を企んでいる?」

 

 舞さんが、1歩、近づいた。

 

「何にも企んでいません! ただ、舞さんの能力が強力なので、カードが欲しいだけです!」

 

「ウソだな。お前たちは何か企んでいる。ひょっとして、『スティール』のカードを手に入れ、それを使ってあたしを殺し、スティールの能力を手に入れるつもりか?」

 

 舞さんが、さらに1歩、近づいた。

 

「そんな! そんなこと、思いつきもしませんでした! そんなヒドイこと、するわけないじゃないですか!!」

 

「ウソだ。お前は、能力カードを手に入れた後、あたしを殺すつもりだった。舐められたものだな」

 

 さらに近づいてくる舞さん。ヤバイヤバイヤバイヤバイ。完全に殺気立っている。これ以上の交渉はムリだ。

 

《……ダメね。仕方ない》愛子さんの声。《さゆり。ちはるたちを連れて、カスミの元に飛んで。あたしもすぐに行くわ》

 

 良かった。どうやら、見捨てられることはないみたいだ。

 

 すぐに岩山から例の隕石みたいな光の玉が飛んで来て、ドン! と、あたしの側に着地した。

 

「――よう、舞。調子はどうだ?」ちはるさんが前に出て、舞さんを挑発するように言う。その後ろには、空手家の美咲、弓道家の遥、苦労人の真穂さん、根暗でメモ魔の香奈、そして、テレポート使いのさゆりがいる。少し遅れて、岩陰に隠れていた愛子さんと由紀江もやって来た。

 

「おやおや。お揃いで登場か。パーティーでも始まるのか?」舞さんは大人数を前にしても怯えた風もなく、挑発を返すように言った。

 

「はん。強がってんじゃねぇぞ」ちはるさんが言う。「『スカウト・レーダー』の能力は、さっき聞いたよな? お前の戦闘力は2万6千だ。あたしは5万5千。愛子と美咲と遥も似たようなもんだ。もちろん、みんなそれぞれ能力を持っている。いくらお前が複数の能力を持ってたって、勝ち目はないぞ? それとも、これもウソだと思うか?」

 

「……確かに、ウソではないみたいだな」

 

「分かったら、さっさとスティールのカードを出しな」

 

「ふん。殺されると分かってて、むざむざ出すと思うのか?」

 

「だったら、出したくなるまで痛めつけるだけだ」

 

 ちはるさんがさらに前に出た。この人の性格からして、拷問もしかねないな。

 

「ちはるさん――」と、弓道家の遥が言う。「痛めつけるのには、賛同できません」

 

「はい! あたしも反対です!」美咲も手を挙げた。

 

「あん? てめぇらの意見は訊いてねぇよ。黙って見てろ」

 

 真穂さんも手を挙げた。「どちらかといえば、あたしも反対かな? もっと、何か良い方法があるはずよ?」

 

 やっぱり真穂さんには弱いようで、ちはるさんは鼻を鳴らし、何も言わなかった。

 

「どうやら、仲間の統率は取れてないみたいだな」舞さんが笑う。

 

「うるせぇ。痛めつけるのがダメなら、一発で仕留めてやるよ!」再び殺気立つちはるさん。

 

「よしなさい、ちはる。それは、最後の手段よ」と、愛子さんが言った。そして、舞さんの前に立つ。「舞、ウソをついてもムダみたいだから、本当のことを話すわ。あなたの言う通り、あたしはあなたからスティールのカードを貰って、その後殺すつもりだった。あなたの能力は、このゲームでは1・2を争うほど強力なの。このことがみんなに知れ渡ったら、みんながあなたを狙って来るわ。どんなにスティールが強力でも、今持っている能力では、こうやって戦闘力の高いメンバーに大人数で来られると、対処できなくなる。あたしなら、あなたの能力を最大限に活かせるわ。あたしの能力は『ジーニアス』。このゲームのすべての能力に関する知識があるの。誰がどの能力を持っているかも少しずつ分かってきてるから、うまく能力を選んでコピーして行けば、亜夕美や燈にだって勝てるわよ?」

 

「仲間になれ、ということか?」

 

「そうよ。そうしてくれれば、あたしたちもあなたを殺さずにすむ。悪い話じゃないと思うけど?」

 

「……ウソは言ってないみたいだが、肝心なことを言ってないだろ? あたしを仲間にして、あたしに能力の使い方を教えて、それだけか?」

 

「もちろん、見返りは頂くわ。あなたの能力カードを、あたしたちに使わせてもらう。あたしたちも、亜夕美や燈に勝つために、強力な能力が欲しいのよ」

 

「フン。そんな、タマゴを産むニワトリみたいな役目はゴメンだね」

 

「だったら――」と、ちはるさん。「焼き鳥にして食ってやるよ。他のヤツらにタマゴを提供されるくらいなら、その方がマシだからな」

 

 ……誰がウマイことを言えと。

 

「さあ、どうする?」と、愛子さん。「あたしたちの仲間になる? ならない? ならないのなら、あたしたちはあなたを倒すしかない。ちはるの言う通り、あなたの能力を他のチームに取られるのは、絶対に避けたいからね」

 

「拷問の後に殺されるって選択肢も、まだ残ってるぞ?」ちはるさんが余計なことを言う。

 

 睨み合うちはるさんと舞さん。愛子さんたちもそれを見つめる。しばらく沈黙。

 

 やがて、舞さんが目を伏せた。「――分かったよ」

 

 お? ついに、仲間になる決心をしたか?

 

 しかし――。

 

「てめぇらの言いなりになるくらいなら、ここで戦って死んだ方がマシだ! なんなら、拷問してみろよ! そんなんで、あたしが泣いてカードを渡すと思ったら、大間違いだ!!」

 

 警棒を構える。ダメだ。やっぱり、あんな交渉に応じるわけはない。

 

「――そう。残念だわ」愛子さんも目を伏せた。「交渉決裂ね。ちはる、やって構わないわよ。ただし、真穂たちと今仲間割れするのも得策じゃないから、拷問はしないで」

 

「ちっ、分かったよ」ちはるさんは真穂さんを見た。「1対1で戦う。これなら、お前も文句は無いだろ?」

 

 真穂さんたちは、仕方がない、という表情で、もう止めようとはしなかった。ちはるさんは舞さんに視線を戻すと、半身を引き、軽く上下に身体を揺らすいつもの構えになった。

 

 ……本当に、舞さんを倒すしかないのか? 舞さんの能力なしで、亜夕美さんや燈に勝てるのか? どうにかして、舞さんの能力を手に入れる方法はないのか?

 

 それに、あたしは……。

 

 ――――。

 

「待ってください!」

 

 あたしは、ちはるさんと舞さんの間に割って入った。

 

「何だ? 邪魔するのか?」ちはるさんが忌々しそうな目であたしを見る。

 

「もう1度、あたしに交渉を――いえ、舞さんを、説得させてください!」

 

 まっすぐに、ちはるさんと、そして、その後ろの愛子さんを見て、言った。

 

「そんなの時間のムダだ。コイツは、説得なんてできるタマじゃねぇよ。邪魔するなら、てめぇごと殺るぞ」ちはるさんが言う。

 

「もしこの説得に失敗したら、それでも構いません!」

 

 決意を込めて言うと。

 

「――――」

 

 さすがのちはるさんも、何も言い返さず、ただ、愛子さんの方を見た。

 

 愛子さんは、じっと、あたしを見ている。あたしも、愛子さんを見つめ返す。

 

 しばらくして。

 

「――分かったわ。でも、これが最後よ」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 深く頭を下げ。

 

 あたしは、舞さんの方を向いた。

 

 

 

 

 

 


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