ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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本当に倒すべき相手

「――さて、冗談はこれくらいにして、本題に入るわね」

 

 愛子さんがみんなに向かって落ち着いた口調で言う。能力を使ってあたしそっくりに化け、ランキング2位の超武闘派・本郷亜夕美さんに暴言とともにケンカを売り、それを冗談で締めくくりやがった。その冗談のせいで、あたしの命はもはや風前の灯だ。「いじめる側はいつも冗談、だがいじめられる側はいつも本気だ」と、昔の偉い人が言ってたけど、まさしくその通りだな。

 

「お疲れ、カスミ。大変だったわね」

 

 きっとこの世の終わりを迎えたかのような顔をしているであろうあたしに話しかけてくれたのは、四期生のピアニスト・西門葵だった。ああ! この世界に来て、初めて心の底から仲間だと思える人に出会えた。もうあたし、死んでも悔いはない。

 

「まあまあ、死ぬのは早いわよ」葵が表情を呼んで笑う。「それより、なんか、ヤバイことになってるみたいだよ?」

 

 ……そうだった。ここに飛んで来る前に、舞さんがどうとか言ってたな。あたしたちは、愛子さんの話を聞いた。

 

「――まずは、集まってくれたことに感謝するわ。すでに全員に説明したけど、このゲームはチームを組むことを前提に作られている。一見何の役に立ちそうもない能力でも、他の能力と組み合わせることで、絶大な効力を発揮することがあるの。チームを組めば、それだけ、沢山の組み合わせを作ることができ、ゲームを有利に進めることができるわけ。他のメンバーもこのことに気付き始めているわ。あたしたち以外じゃ、由香里が中心になっているチームと、七海が中心になっているチームがあるみたい」

 

 由香里さんと七海さんが? そりゃ、厄介だな。

 

 由香里さんは、言わずと知れたヴァルキリーズの現キャプテンだ。それだけで多くの人が慕っているし、同い年で親友の遠野若葉さんもまた、多くのメンバーが慕っている。一声かければ、たくさんのメンバーが集まるだろう。

 

 七海さんは、一期生でランキング8位の人だ。ランキング2位の武闘派・本郷亜夕美さんの幼馴染である。亜夕美さんは、アネゴ肌で後輩の面倒見がいいから、こちらも沢山のメンバーが集まるだろう。

 

 それどころか、ヘタすりゃこの2チームが組むことも考えられる。基本的に、一期生の推されメンバーは仲がいいのだ。こりゃあ、所属するチームを間違えたかな? 今からでもあっちに行くか? いや、ダメだ。さっき、亜夕美さんにケンカを売ってしまった。もちろんホントはあたしじゃないんだけど、そう言っても亜夕美さんは絶対信じないだろう。くそ。このチームで頑張るしかない。

 

「でも――」と、愛子さんは続ける。「今脅威なのは、この2人ではないの。もっとずっと危険で、このゲームに勝ち残りたいなら、誰よりも優先して倒しておかなければいけない娘がいる」

 

 ゴクリ、と、あたしたちは息を飲んだ。

 

「それが――森野舞」

 

 やっぱり、舞さんか……。

 

 でも、どうして?

 

 元不良でケンカ慣れしているとは言え、本格的な武道を習っているわけではない。愛子さんやちはるさんレベルならば、恐れるような相手ではないだろう。舞さんは1人を好む傾向にある。仲が良いという人もすぐに思い浮かばないから、チームを組むのも難しいだろう。それなのに、由香里さんや亜夕美さん、そして、あの燈やエリすらも上回る脅威だというのだろうか? 何故?

 

 …………。

 

 考えられることは1つだ。それだけ、強力な能力が与えられている――。

 

「何人かには、もう説明したけど――」愛子さんが言葉を継ぐ。「舞の能力は『スティール』。戦闘で倒した相手の能力を、自分のものにしてしまうの」

 

 ――――。

 

 全員が、息を飲んだ。

 

 戦闘で倒した相手の能力を、自分のものにしてしまう?

 

 つまり、1人でたくさんの能力を持てるということ?

 

「みんなの思っている通りよ。スティールがあれば、1人で複数の能力を持つことができる。つまり、さっき言った能力の組み合わせを、1人でやることができるの。ハッキリ言って、このゲームの能力の中では、アタリ中のアタリね」

 

 1人で、能力を組み合わせて戦うことができる――。

 

 そりゃあ、確かに脅威だな。愛子さんが焦るのも、無理はない。あまりにも強力すぎる能力だ。

 

 でも。

 

「――あの、いいですか?」あたしは手を挙げた。

 

「何?」

 

「その能力に、弱点は無いんですか? 愛子さん、さっき森で言ってましたよね? 強力な能力には、それに伴うリスクや制限も大きい。うまくバランスを取っている、って」

 

「その通りよ」愛子さんが頷いた。「この『スティール』にも、少しだけど、弱点と呼べるものがある。まず、スティールで持つことができる能力は、最大4つまで。5つ目以上は、どれか能力を捨てなければいけないの。スティールの能力を捨てることはまずないと思うから、実質、持てる能力は3つまでになるわね。まあ、それでも強力なことには変わりないわ」

 

 確かに、制限が無いよりはまし、といったレベルでしかないだろう。

 

「残念ながら、スティールの能力に関して、弱点と呼べるようなものはこれくらいね。でも安心して。スティールに弱点はなくても、舞自身の弱点があるから」

 

 ん? 舞さん自身の弱点?

 

「まず、舞は、能力については詳しくない、ということ。あの娘が他のメンバーの能力を知るには、本人や誰かから訊くとか、実際に能力を見るとか、倒すとかするしかない。組み合わせに関する知識も無いから、それも救いね。でも、あたしの『ジーニアス』のように、能力のことに詳しくなる能力もあるし、見ただけで相手の持っている能力が分かる能力もあるわ。それらを手に入れられると、非常に厄介になる。幸い、今、舞が持っている能力は、どちらかといえばハズレの能力。攻撃に麻痺の効果が付く『毒蛾』と、炎の嵐を巻き起こす『ファイア・ストーム』の2つよ」

 

「どうして、分かるんですか?」あたしはまた手を挙げて訊いた。

 

「さゆりが見たからよ」

 

 愛子さんの言葉で、みんなの視線が、テレポート使い・さゆりの方を向く。

 

「ゲームが始まって30分くらいして、あたし、舞さんに会ったんです」さゆりがゆっくりと話し始めた。「幸い、舞さんはあたしに気づきませんでした。舞さんって、何というか……ちょっと、危ない人だから、見つかったらやばいと思って、隠れたんです。そうしたら、舞さんは、一期生の滝沢絵美さんと会い、戦闘になりました。絵美さんの能力は、炎を操る能力でした。あたし、見ていて、これ、絵美さんが勝つんじゃないかな? って思ってたんです。絵美さんは炎を操るし、大きな剣を持ってた。舞さんは、短めの、伸び縮みする警棒を持っていただけだったから。でも、1回だけ、舞さんの攻撃が、絵美さんに掠ったんです。そしたら絵美さん、動かなくなっちゃって。そのまま、頭を殴られて、死んじゃいました。すると、舞さんが、絵美さんと同じように、手のひらから炎を出して、自由自在に操り始めたんです!」

 

「ちなみに――」と愛子さんが言う。「舞が、絵美を倒した時に手に入れた能力カードを使った、ということは、まず考えられないわ。能力カードは1回しか使えないからね。何もないところで使うような人はいないでしょう。舞は、間違いなく『スティール』を持っているわ」

 

 遥が手を挙げた。「『毒蛾』と『ファイア・ストーム』以外の能力を持っている可能性は無いんですか?」

 

「正直に言うと、可能性は無い、とは言えないわ」愛子さんが言う。「第2フェイズ以降は、玲子のスカウト・レーダーの能力で、ずっと舞の動きを追っている。絵美と戦って以降は、誰とも接触していないわ。第1フェイズでゲームオーバーになったメンバーは、村山千穂、桜井ちひろ、滝沢絵美の3人。千穂を倒したのはちはるだから、舞の持っている能力は、ちひろと絵美のものだけと言っていいと思う。でも、あたしたちは第1フェイズで高杉夏樹を倒したけど、どういうわけか生き返っていた。だから、同じように、舞がちひろと絵美以外の娘を倒していても、その娘が生き返っているということも考えられる。可能性は低いけど、そうだとしたら厄介だわ」

 

 何の能力を持っているか分からない――それは、戦う上では大きな不安要素だ。もし、とてつもなく強力な能力を持っていたら、どんなに戦闘力で上回っていても、負けてしまう。

 

 ……待てよ?

 

 あたしは、また手を挙げた。「あの、話を聞いてたら、確かに、舞さんの能力は凄いと思うんですけど、でも、愛子さんとちはるさんなら、大丈夫じゃないか、って、思うんですけど。だって、さっき森の中で、何の能力を持っているか分からない睦美さんと亜紀と恵利子を、余裕で蹴散らしてたじゃないですか? 戦闘力的に見れば、もしかしたら舞さんはあの3人を合わせたよりも上かもしれないですけど、それでも、2人なら大丈夫じゃないですかね? まして今は、空手二段の美咲と、弓道五段の遥もいるんだし……」

 

 あたしがそう言うと、愛子さんとちはるさんは顔を見合わせ、フフッ、っと、笑った。

 

「まあ、その通りよ」と、愛子さん。「思った通り、あなた、頭は悪くないみたいね。見込みがあるわ」

 

 へへへ、褒められちゃったよ。2回目だ。

 

「確かに、カスミの言う通り、舞自身を倒すのはそう難しくはない。今舞が持っている能力はたいしたことはないし、万が一、もう1つ能力を持っていたとしても、ここにいるメンバーなら、まず対処できるわ。あるいは、遥が後ろからこっそり近づいて矢を射てもいい。舞のレベルなら、まず気づかれないでしょうね」

 

「だったら、何が脅威なんですか?」

 

「本当の脅威は、舞自身じゃないの。舞の能力を、他のメンバーに奪われることよ」

 

「――――」

 

「舞の性格からしたら、他のメンバーとチームを組む可能性は低い。でも、絶対に無いとは言い切れない。もし由香里や亜夕美と組まれたら、ちょっとマズイことになるわね」

 

 ナルホド。そういうことか。

 

 確かに、由香里さんや若葉さんなら、舞さんも心を許すかもしれない。亜夕美さんと七海さんは分からないけど、この2人の親友には、舞さんと同じく元不良とウワサの美少女キックボクサー・吉岡紗代さんがいる。仲が良いかどうかは分からないけど、舞さんと話をしているのをよく見かける。

 

「そして――」と、愛子さんが続ける。「『スティール』の最も恐ろしいところは、『スティール』の能力自体も、他の能力と組み合わせることで、高い効果を得られるというところなの」

 

 ……スティールを他の能力と組み合わせる? どういうことだ?

 

「『スティール』の能力説明はこうよ。『能力名・スティール。戦闘で倒したプレイヤーの能力をコピーする。コピーできる能力は最大3つまで』。どういうことか分かる?」

 

 愛子さんがあたしを見た。考える。スティール……盗む、という意味だ。文字通り、相手の能力を自分のものにする能力だけど……。

 

 …………。

 

 そうか、分かった。

 

 スティールの能力は、本当は、盗むんじゃないんだ。

 

 戦闘で倒した相手の能力を“コピー”する。

 

 つまり、倒された相手にも、能力は残る。

 

 そして、このゲームは、倒されても、生き返ることができる――。

 

 だから、『スティール』の能力と、死んだプレイヤーを生き返らせる能力があれば、どんどん能力を増やすことができるんだ!!

 

 つまり、こういうことだ。

 

 仮に、『スティール』の能力を持った舞さんが、あたしの『ザ・ロック』能力を欲しいとする(たぶんいらないだろうけど、あくまで仮定の話として聞いてほしい)。

 

 初期状態はこうだ。

 

 

 

   舞『スティール』

 

   カスミ『ザ・ロック』

 

 

 

 舞さんがあたしと戦い、あたしが死ぬと、『ザ・ロック』の能力は舞さんのものになる。

 

 

 

   舞『スティール/ザ・ロック』

 

   カスミ(死亡)

 

 

 

 しかし、『スティール』の能力は、相手の能力を盗むのではなくコピーするから、あたしにも『ザ・ロック』の能力は残る。

 

 

 

   舞『スティール/ザ・ロック』

 

   カスミ(死亡)『ザ・ロック』

 

 

 

 ここで、なんらかの方法であたしが生き返れば――。

 

 

 

   舞『スティール/ザ・ロック』

 

   カスミ『ザ・ロック』

 

 

 

 ――となり、これで、『ザ・ロック』の能力は2人が持つことになった。

 

 そして、(これもあくまでも仮の話であるが)『ジーニアス』の能力を持った愛子さんも、あたしの『ザ・ロック』の能力を欲しいと思った場合。

 

 

 

   舞『スティール/ザ・ロック』

 

   カスミ『ザ・ロック』

 

   愛子『ジーニアス』

 

 

 

 まず、愛子さんが舞さんから『スティール』の能力カードを貰う。そのカードを使い、愛子さんがあたしを殺すと、『ザ・ロック』は愛子さんのものになる。そして、またあたしが何らかの方法で生き返れば――

 

 

 

   舞『スティール/ザ・ロック』

 

   カスミ『ザ・ロック』

 

   愛子『ジーニアス/ザ・ロック』

 

 

 

 これで、『ザ・ロック』の能力者は3人になった。

 

 これを繰り返していけば、1人最大4つまでという制限は付くけれど、どんどん能力を増やしていくことができるのだ!!

 

「その通りよ」あたしの答えに、愛子さんはニッコリと笑った。でも、その表情はすぐに引き締まる。「これこそが、『スティール』の最も恐ろしいところ。プレイヤーを殺し、生き返らせる。これを繰り返せば、どんどん能力を増やすことができる。スティールをカード化してチームのメンバー全員で使えば、強力な能力を、メンバー全員で持つこともできるわ。このゲームでは能力を組み合わせることで、より高い効果を発揮する。スティールがあれば、1人で能力を組み合わせて使うことができる。それを、チームのメンバー全員が使うことができれば、もう、手が付けられなくなるわ」

 

 ……ゴクリ。あたしは息を飲んだ。

 

 例えば、さっき森の中であたしが思いついた能力の組み合わせ。石化、もしくはアイス・ジャベリンの能力でプレイヤーを無機物に変え、デストラクションで破壊する――この能力の組み合わせを使うことができるプレイヤーが何人も集まれば、それは確かに、手が付けられない。すでにアイス・ジャベリンとデストラクションの能力使用者はゲームから離脱したから使えない組み合わせだけど、愛子さんは、他にも強力な組み合わせはたくさんあると言っていた。確かに、舞さんを他のチームに取られるのは厄介だな。

 

 でも、逆に言えば……。

 

「逆に言えば、舞の能力を手に入れることができれば、あたしたちのチームの勝ちはほぼ確定する」愛子さんが言った。「これこそが、このゲームの必勝法よ」

 

 このゲームの必勝法――何と甘美な響きだろう。あたしたち干されメンバーにしてみれば夢のような言葉だ。そんなものが用意されてあるなんて、まして、その必勝法の鍵となるのが、干されメンバーの舞さんだなんて、運営もなかなかニクイことするな。

 

「ちなみに――」愛子さんが続ける。「死亡状態のプレイヤーを生き返らせる方法も、メドはついている。このゲームで生き返る能力は2つ。『蘇生』と『復活』。『能力名・蘇生。死亡状態のプレイヤーを90%の確率で蘇生させる。蘇生されたプレイヤーは、戦闘力が1.3倍になる。蘇生に失敗した場合、死亡状態のプレイヤーはゲームから追放される』。この能力を持っているプレイヤーは今のところ不明。まあ、10%とは言え失敗する可能性があるから、これを使うのはリスクが高いわね。狙うのはもうひとつの能力。『能力名・復活。ゲーム中死亡しても、20分後に復活する。この能力はカード化できない』。これなら、フェイズ終了20分前に死んだ場合なら、100%生き返ることができるわ。持っているプレイヤーの目星も付いているわ。――香奈?」

 

 愛子さんが香奈の方を見る。香奈は、「はい」と、蚊の鳴くほどの小さな声で返事をした。根岸香奈。ランク外の三期生。ちょっと根暗な所があり、何かあると頻繁にメモを取るクセがある。そのメモの内容は決して誰にも見せない。メンバーへの恨みをつづった「恨みノート」をではないかとのウワサもある。

 

「――あたし、このゲームが始まってすぐ、麻央に会ったんです」香奈が言った。

 

 黒川麻央。四期生だ。最近何かと高齢化が進むヴァルキリーズにおいて、15歳という若さで注目を集めている。ちなみヴァルキリーズ最年少は14歳の浅倉綾という娘で、某週刊誌によると、最年長の遠野若葉さんが、その若さに激しく嫉妬しているらしい。

 

 香奈は続ける。「その時はまだチームを組めば有利ということを知らなかったので、麻央とは戦闘になりました。なんとか倒すことはできたんですが、倒した時に出現するはずのカードが、出なかったんです。その時の案内人の説明によると、死亡してもカード化されない能力もある、とのことでした」

 

「このゲームで死亡時にカード化されない能力は『復活』だけなの」愛子さんが言った。「麻央は第1フェイズでゲームから離脱していないし、同じく第1フェイズで生き返った高杉夏樹の能力は『ゴースト』だった。麻央の能力は『復活』と見て、間違いないわ。残念ながら今麻央がどこにいるのかは分からないけど、美咲の『千里眼』の能力があれば、見つけるのも時間の問題でしょう」

 

「あの、いいですか?」

 

 と、手を挙げたのは高倉直子だった。三期生で、考え事をすると固まって動かなくなる、という変わったクセのある娘だ。最近そのクセがヴァルキリーズの仲のいいメンバーに広がりつつある。

 

「何?」と、愛子さん。

 

「あたしも、第1フェイズで美樹と戦闘になって、なんとか倒したんですけど――」

 

 おお。美樹を倒したのか。直子のヤツ、ボーっとしているようでなかなかやるな。沢田美樹は三期生の娘だ。

 

 ……あれ?

 

 でも、美樹がゲームから離脱したのって、第2フェイズじゃなかったっけ? さっきのゲームマスターからの連絡の時に、名前があった気がするぞ?

 

「――そうなんです。第1フェイズ終了時の離脱メンバーの中に、美樹の名前が無かったので、おかしいな、と思ってたんですけど、これも、生き返ったってことですよね?」

 

「そうなるわね」愛子さんが言った。「美樹を倒した時、能力カードは拾った?」

 

「はい。コレです」

 

 直子はカードを取り出した。

 

 

 

 能力名:傍受

  効果:対象プレイヤー1人の会話の内容を聞く。能力の発動には、対象プレイヤーに10秒間触れる必要がある。以下の場合、能力は解除される(能力発動から3時間経過した場合。対象プレイヤーが傍受に気づいた場合。別のプレイヤーに能力を使用した場合)

 

 

 

 だ、そうである。

 

「『傍受』のカードが出たのなら、美樹の能力は『傍受』ということよ」愛子さんが言う。「生き返ったのは、誰かが『蘇生』の能力で生き返らせたんでしょうね」

 

「そうですか。スミマセン、関係ないことを言って」

 

「いえ、構わないわ。みんなも、どんな些細なことでもいいから、気になることがあったら遠慮なく言ってちょうだい。重要か重要でないかは、あたしが判断するから」

 

 とのことなので、あたしも手を挙げる。「その、『蘇生』の能力を使う人って、なんのために死んだプレイヤーを生き返らせてるんですか?」

 

「……そうね。それは、あたしも少し気になってたのよ。このゲームはバトルロイヤルだから、死んだメンバーを生き返らせることは、せっかく離脱しそうになった敵をまた呼び戻すことになる。まして蘇生の能力は、生き返ったプレイヤーの戦闘力を1.3倍にしてしまう。後々、自分の首を絞めることになりかねない」

 

 だよなぁ。メリットは無いように思うんだけどな。

 

「考えられることは、恩を売っておく、ということね。生き返らせた見返りに能力カードを要求したり、仲間になるように言っているのかもしれない。でも、要求を拒否される可能性もあるし、戦闘力が増したことで、恩を仇で返す娘も、少なからずいるでしょうね」

 

 その筆頭は愛子さんとちはるさんだけど、もちろんそんなことは口が裂けても言えない。

 

「まあ、いずれにしても、今は考えても結論は出ないわ。そのことは後で考えるとして、まずは、舞の能力を手に入れることを優先しましょう」

 

「あ――!」と、スカウト・レーダー使いの玲子が声を上げた。「愛子さん、マズイです。舞さんが、誰かと接触しそうです。ここから南東、約600メートル。相手の戦闘力は約4000。誰かは分かりません」

 

 愛子さんは、ちっ、っと舌打ちをする。このまま舞さんとその誰かさんが出会い、戦闘になり、舞さんが勝つと、さらに能力が増える。厄介だな。せめて、その誰かと何の能力を持っているのかが分かればいいんだけど……。

 

「この足音は……環です」

 

 そう言ったのは、音大卒のピアニスト、西門葵だった。

 

「分かるの?」と、愛子さん。

 

「はい。あたしの能力です。『能力名・モーション・トラッカー。半径1キロメートル以内のエリアにいるプレイヤーの足音を聞き分け、位置が分かる』です。玲子さんの『スカウト・レーダー』と似てますけど、玲子さんの能力が位置だけしか分からないのに対し、あたしの能力は、それが誰なのかも分かります。反面、立ち止まったり、ゆっくり歩いているメンバーは捕捉できません」

 

 そう言えば葵、現実世界でもメンバーの足音を聞き分けてたな。それが1キロも有効なのか。スゴイな。

 

 つまり、葵と玲子の能力を組み合わせれば、1キロ以内のメンバーの位置はすべて把握できるわけか。これも、強力な能力の組み合わせの1つだな。

 

「そう。ありがとう」愛子さんは笑顔で葵さんにお礼を言うと、今度は美咲を見た。「美咲、一緒に来て」そして、岩山を登って行った。美咲が後に続く。あたしたちも2人を追った。

 

 山頂に着くと、愛子さんは南東の方角を指さす。「どう? 美咲。見える」

 

 美咲はしばらく目を凝らすと。「あ、いました。舞先輩と環さんです。出会っちゃったみたいですね。睨み合ってます」

 

 神野環さん。四期生で、大学卒業のソーサラークラスの人だ。大学では心理学を専攻していたらしい。

 

「誰か環の能力を知っている人、もしくは、ここから能力が分かる人はいない?」

 

 愛子さんがメンバーに訊く。みんな顔を見合わせるだけで、誰も応えなかった。

 

「あ、戦い始めました」美咲が言った。

 

「環が能力を使うところを見逃さないで」と、愛子さん。

 

「りょーかいです。えーっと、環さん、小さな光の弾みたいなのを投げてますね。全部舞先輩に避けられてますけど」

 

「それはエナジーボールね。ソーサラーのクラス能力よ」

 

「あ、舞先輩が手から炎を出しました。環さん、ピンチです。あ……あ……ああ……残念。環さん、後ろから頭殴られて死んじゃいました」

 

「環は何か能力を使った?」

 

「いいえ。光の弾以外は、何も」

 

「そう……環の能力がカード化されたはずだけど、その説明文を読めない?」

 

「うーん、ダメです。舞先輩の陰になって見えません。あ、ポケットにしまいました。もう分からないですね」

 

 愛子さんはあごに手を当て、しばらく何かを考えていたけど、やがて言った。「聞いての通りよ。舞が、また能力を手に入れた。戦闘では使えない能力の可能性が高いけど、なんの能力かは分からない。これ以上放っておくのは危険ね。早急に対処しないといけないわ」

 

「どうするんですか?」あたしは訊いた。

 

「舞の能力を手に入れる。そのためには、舞を仲間にする必要があるけど……まあ、難しいでしょうね。あの娘が、あたしたちを信用するとは思えないし、あの娘のことも信用できない。理想は、まず交渉して舞の『スティール』のカードを手に入れ、それを使って舞を殺すこと。これで、『スティール』は手に入る」

 

 舞さんを騙すわけか。頂くものを頂いておいて、その上で殺すとは、なんという外道な作戦。さすがは愛子さんだ。

 

「交渉役は――」

 

 愛子さんがメンバーを見る。適役は、やはり真穂さんだろうか。干されメンバーながらコツコツと努力を重ね、ランキング14位まで上げてきた苦労人。メンバー誰もが一目を置く存在だ。あるいは、愛子さん自身でもいいだろう。今まであまり話したことが無かったから知らなかったけど、意外にもインテリな面があったようだ。話を聞いていると自然に引き込まれていく。交渉役には適任だろう。

 

 愛子さんが言った。「――交渉役は、カスミにお願いするわ」

 

 …………。

 

 ……はい?

 

 あたしが、交渉役だと!?

 

 なんでよりによってあたしなんだ!? もっと、適任がいるだろ!

 

「あなた、意外と頭は悪くないみたいだから、期待してるわね」

 

 へへへへ、褒められちゃったよ。これで3度目だ。

 

 ……なんて、喜んでる場合じゃなくてね。

 

「いや、期待してもらえるのは嬉しいですけど……まったく自信がありません。愛子さんがやった方が良くないですか?」

 

「舞があたしのことを信用するわけないでしょ? カスミがやる方がいいわ。安心しなさい。由紀江の『連絡係』の能力を使って、指示は出すから」

 

「でも、もしダメだったら……?」

 

「もし戦闘になったら、すぐに岩になりなさい。岩なら炎も麻痺も効かないし、舞に岩を砕くほどの力は、たぶん無いから」

 

「たぶん、というのが引っかかります。それに、舞さんはもうひとつ能力を持ってるんですよね? それが、デストラクションみたいな能力だったら……」

 

「その時は、潔くあきらめなさい。あたしたちは別の方法を考えるから」

 

 ……つまり、あたしは捨て駒なわけか。愛子さん、最初からそのつもりであたしをチームに誘ったんじゃないだろうな?

 

 だが、どうやら拒否権はないようだ。後ろでちはるさんが「やらないなら強制的にカード化」という目で、あたしを見ている。くそう。やっぱこのチームに入ったのは失敗だったか。

 

「では、プランを説明するわ」愛子さんがみんなに向かって言う。「舞の所へは、カスミとあたしと由紀江の3人が徒歩で向かう。他の娘は、ここで待機してて。ある程度舞に近づいたら、カスミ1人で交渉に行ってもらう。あたしと由紀江は隠れて、『連絡係』の能力で指示を出すわ。何かあったらすぐに『テレポート』でちはるたちに飛んで来てもらうから、安心しなさい」

 

「でも、交渉って、具体的にどうすればいいんですか?」

 

「ゲーム開始前に案内人が言ってた通り、基本は能力カード同士の交換でしょうね。とりあえず、持てるだけのカードを持って行きなさい。交渉の基本はいかに自分の方が得をするか。目的のカードを手に入れても、それ以上に価値のあるカードを相手に渡してしまっては意味が無い。でも、今回は交渉後に殺すから、そこはあまり考えなくてもいいわ。ただし、このゲームでは死んだ相手からアイテムを奪うことはできないから、1枚しかないカードは、できれば渡さない方がいいわね。カード以外では、情報を渡す、という手もあるわね。例えば、『誰がどんな能力を持っているか知る方法がある』とか、『コピーできる能力の上限を増やす方法がある』とかなら、舞は食いついてくるでしょうね。まあ、そんな方法は無いけど、どうせスティールの能力カードが手に入った後は殺すんだから、関係ないわ」

 

 ……まさしく鬼畜の所業だな。いくらゲームの世界でも気が引けるぞ。

 

「質問が無ければ、作戦を開始するわ」

 

「あ、いいですか?」手を挙げたのは、スカウト・レーダー使いの玲子だ。「質問ではないですけど、カスミさんの戦闘力が低いのが気になるんですけど」

 

「低いって、いくつ?」

 

「1200です」

 

「1200!?」と、ちはるさんが声を上げる。「冗談だろ? 武術をやってないシスターやソーサラークラスのヤツだって3000くらいはあるんだぞ? 弱すぎるだろ? そんなんでよく深雪に勝てたな」

 

 ……そんなこと言われても知らないよ。あたしだって、冗談だと思いたいよ。

 

「たぶん、武器が合ってないんでしょう」愛子さんが言った。

 

「へ? 武器ですか?」

 

「そうよ。このゲームの武器には、プレイヤーとの相性がある。例えば、あたしたちが手裏剣や薙刀を持っても、使いこなせない。それならむしろ持たない方がいい。そういうことね」

 

 ……ナルホド。それは考えなかったな。でも、あたしも一応剣道を習ってるから、この細身の剣がいいと思ったんだけどな。

 

「そう言えば――」と、空手家の美咲が言う。「カスミさんたちの特殊ミッションの様子、TAで見てましたけど、サドンデスで深雪先輩に放った上段回し蹴り、かなり綺麗でしたね。カスミ先輩、ひょっとして、空手か何か習ってるんじゃないんですか?」

 

「え……まあ、実は、小学生の時に、空手を、ちょっとだけやったことがあるの。すぐにやめちゃったから、誰にも言ってなかったんだけどね。でも、上段回し蹴りだけは、得意だったな」

 

「やっぱり。そうじゃないかと思いました。あんなの、見よう見まねとかでできるものじゃないですからね」

 

「じゃあ、武器を変えてみる?」愛子さんが言った。「カスミの剣と、美咲のグローブを貸してみて」

 

 言われるままに、あたしと美咲はそれぞれの武器を渡した。美咲のグローブは格闘用のオープンフィンガーグローブだけど、パンチ力が増すよう、手の甲の部分に丸い金属がいくつも埋め込まれている。愛子さんはそれを受け取ると、能力カードを取り出した。

 

「これは、『コピー・アイテム』。第1フェイズで千穂を倒して手に入れたカードよ。これを使えば――」

 

 愛子さんが、カードの能力を使う。

 

 すると、あたしの剣が光に包まれ、美咲のグローブに変化した!

 

「――所持している武器アイテムの1つを、別の所持している武器アイテムに変えることができるの。カスミ。これを装備してみて」

 

 愛子さんからグローブを受け取り、装着してみた。

 

「あ、戦闘力が1万まで上がりました!」玲子が言った。おお。戦闘力上昇だ。

 

「まあ、まだまだ低い方だけど、さっきよりははるかにマシね」愛子さんが言う。「ヒマがあったら、美咲に稽古をつけてもらいなさい。短時間でも、戦闘力アップにつながるかもしれないから」

 

「了解しましたー」美咲、拳を握って胸に当てる。ヴァルキリーズでは、忠誠を誓うポーズとされている。「カスミ先輩、ビシビシしごきますから、覚悟してくださいね」

 

 空手なんて、ホントにずっとやってなかったんだけどな。でも、今考えると、剣道よりはあたしに向いていたのかもしれないな。

 

「それじゃあ、行くわよ」

 

 愛子さんが言う。

 

 あたしたちは、舞さんの所へ向かった。

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

TIPS 13:能力 #5

 

 

No.10

能力名:モーション・トラッカー

使用者:西門葵

 効果:半径1キロメートル以内のエリアにいるプレイヤーの足音を聞き分け、位置が分かる。立ち止まったり、ゆっくり歩いているプレイヤーは捕捉できない。

 

 

 

No.12

能力名:復活

使用者:黒川麻央

 効果:ゲーム中死亡しても、20分後に復活する。この能力はカード化できない。

 

 

 

No.13

能力名:スティール

使用者:森野舞

 効果:戦闘で倒したプレイヤーの能力をコピーする。コピーできる能力は最大4つまで。

 

 

 

No.23

能力名:蘇生

使用者:不明

 効果・死亡状態のプレイヤーを90%の確率で蘇生させる。蘇生されたプレイヤーは、戦闘力が1.3倍になる。蘇生に失敗した場合、死亡状態のプレイヤーはゲームから追放される。

 

 

 

No.26

能力名:千里眼

使用者:桜美咲

 効果:あなたの視力は現実世界の10倍になる。

 

 

 

No.33

能力名:ミミック

使用者:秋庭薫

 効果:ゲーム中遭遇したことのあるプレイヤーに変身する。戦闘力、能力は変身の対象外。他のプレイヤーに見破られると、能力は解除される。

 

 

 

No.39

能力名:傍受

使用者:沢田美樹

 効果:対象プレイヤー1人の会話の内容を聞く。能力の発動には、対象プレイヤーに10秒間触れる必要がある。以下の場合、能力は解除される(能力発動から3時間経過した場合。対象プレイヤーが傍受に気づいた場合。別のプレイヤーに能力を使用した場合)。

 

 

 

(早海愛子の解説を含む)

 

 

 

 

 

 


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