ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~ 作:ドラ麦茶
広場に現れ、あっという間に睦美さんたちを蹴散らした愛子さんとちはるさん。ヴァルキリーズの問題児コンビから、突然、チームを組むことを提案されたあたし。あまりにも予想外のことで、軽く混乱してしまう。
……チームを組む? 海岸で、あたしとエリと夏樹がやったみたいに? あんなの、5分と掛からず破棄されちゃったぞ? 同じ二期生同士で組んでもあのザマだ。あたしと愛子さんたちが、組めるとは思えない。
「信じられない?」あたしの顔を覗き込むように見る。愛子さん。
「あ、いえ、そういうわけじゃないですけど……でも、どうして、あたしなんですか? あたしは、そりゃあ、愛子さんやちはるさんとチームを組めるんだったら心強いですけど、愛子さんたちにしてみたら、あたしみたいなザコと組んだって、意味が無いと思うんですけど」
「ああ。それは気にしないで。別に、カスミだけに声をかけたんじゃないわ。いろんな人を誘ってるの。もう、10人くらいは集まってるわ」
へ? 10人も? いつの間に、そんなに集めたんだ?
「それに――」と、愛子さんが続ける。「悪いけど、あなたの戦闘力には期待していないわ。期待しているのは、能力よ」
……そう、ハッキリ言わなくてもいいじゃないか。凹むな。ま、戦闘力1200なら、仕方ないけど。
「でも――」と、あたしは言う。「あたしの能力なんて、岩になるだけですよ? 期待に応えられるかどうか」
「十分よ。『能力名・ザ・ロック。イイ感じの岩になる。イイ感じの岩に座ったプレイヤーは、HPの回復スピードが上昇する』でしょ? 回復するのにちょうどいいわ」
げ? そういうことか。つまり、この先あたし、文字通り、愛子さんやちはるさんの尻に敷かれる生活なわけだな。やっぱ、おいしそうな話にはウラがあったか。
「――冗談よ。そんな使い方はしないから、安心しなさい」
ホントだろうか? 疑わしい限りだ。
「そもそもこのゲームは、チームを組むことを前提に作られているのよ」
「……どういうことですか?」
「口で説明するより、実際にやってみた方が分かりやすいわ。――もう、2分経ったわね」そう言うと、愛子さんは右の人差し指をこめかみに当てた。「由紀江? 聞こえる?」
うん? 由紀江? 本田由紀江か? 二期生でランキング29位。メールマニアで、ヴァルキリーズ全員の連絡先を知っている娘だ。近くにいるのかな? ぐるりと辺りを見回すけど、姿は見えない。
「……ええ。終わったわ。さゆりに、迎えに来るように言ってちょうだい。ついでに、玲子も一緒に連れてきて。場所は分かるわよね? ……そう。じゃあ、お願いね」
何やら1人で話している愛子さん。なんか、ケータイで話してるみたいだな。
愛子さんはこめかみから指を放した。「今のは、由紀江の能力よ。『能力名・連絡係。遭遇したすべてのプレイヤーと連絡を取ることができる』。カスミも、由紀江と会えば、使えるようになるわ」
まさにケータイだったのか。由紀江らしい能力だな。
と。
キーン、と、さっき愛子さんたちが飛んできたときと同じ飛行音がした。見上げると、隕石みたいな光の玉が近づいてくる。そして、ドン! という軽い衝撃とともに現れたのは、三期生でランキング21位の白石さゆりと、同じく三期生でランク外の鈴原玲子だった。
「今のは、さゆりの能力。『能力名・テレポート。プレイヤーの顔と位置を思い浮かべ、一致していれば、そのプレイヤーの元に飛ぶ。一致しなければ、どこに飛ぶか分からない。能力使用者を含め、最大6人まで同時に飛ぶことができる』。さっきあたしたちがここに飛んできたのは、さゆりの能力カードを使ったの」
……ナルホド。あたしのいる場所はTAで確認できたから、それを使って飛んで来たのか。
「それで、ここからが本題」愛子さんが続ける。「玲子の能力は、『能力名・スカウト・レーダー。半径1キロメートル以内にいるすべてのプレイヤーの戦闘力と位置が分かる』というもの。これを使えば、さっき逃げられた亜紀の位置が分かる。――そうよね?」
「はい」笑顔で応える玲子。「亜紀さんの戦闘力は約1万。愛子さんたちがここで話をしていたときから、ずっと捕捉しています。今は、ここから南東、200メートルほどの所にいます」
「これで、さゆりの能力を使えば――」
愛子さんがさゆりを見た。さゆりは目を閉じ、右の人差指と中指を立て、眉間に当てた。
そして、次の瞬間!
ばびゅん! と、あたしたち5人の身体が、ものすごい勢いで飛びあがった! スゲェ!! ホントに飛んでる!!
あたしたちは、ものすごいスピードで森の中を飛び。
ドン! と、土埃を上げて着地した。
目の前には、驚愕の表情を浮かべた亜紀の姿が。
「――こうやって、逃げた娘も、簡単に捕まえることができるの」
愛子さんが言うと同時に、ちはるさんが地面を蹴った。一気に間合いを詰め、くるっと1回転すると、亜紀のお腹に後ろ回し蹴りを叩き込む。鎧で護られているとはいえ、その衝撃は凄まじく、亜紀の身体はものすごい勢いで後方に吹っ飛び、木に背中を叩きつけられた。
「――――!」
前のめりに崩れ落ちる亜紀。そこへ、ちはるさんがさらに間合いを詰め、首の付け根に強烈な踵落としを喰らわせた。亜紀は顔面を固い地面に叩きつけ、そして、小さな爆発とともに、青い魂とカードになった。
「――と、まあ、こういうことね」愛子さんが言う。「このゲームの能力は、一見役に立たなそうに見えても、他の能力と組み合わせることで、非常に強力になることがあるの。あなたが持ってる恵利子の能力カード、『デストラクション』もそう。単独だとハズレだけど、組み合わせ次第では、大きな効果を発揮する。どういうことか、分かる?」
試すような顔であたしを見る愛子さん。なんか、テストされてるみたいだな。
組み合わせ次第で大きな効果を発揮する? えーっと。『デストラクション』の能力は確か、無機物を破壊する、だったよな。無機物――鉄とか岩とかだ。なので、有機物である人の身体には使えない。ナイトクラスのプレイヤーの武器にも使えないから、一見ハズレの能力だけど……。
…………。
そうか。無機物にしか使えないなら、人の身体を無機物に変えればいいんだ。
あたしは、愛子さんにそう言った。
「その通り。正解よ。あなた、なかなかやるわね」
へへ。褒められちゃった。
「カスミの言う通り。人の身体は有機物だから、デストラクションは使えない。だったら、無機物にすればいいの。このゲームには、『石化』という状態異常がある。当然、その状態にする能力もある。だから、まず、石化の能力を使って、相手を石にしておいて、それからデストラクションを使うの。そうすれば――」愛子さんは右手を拳にして上に向け、パッ、と開いた。「――ボン! どんな強力な相手だって、一撃で粉々よ。石以外にも、水や氷も無機物だから、睦美の能力も使えるわね」
「げ……」と、目を丸くしたのはちはるさんだった。「じゃあ、さっきのあたし、危なかったのか?」
「そうね」愛子さんが笑う。「睦美たちが気付かなくて良かったわ。さっき、ちはるの左腕が凍ったところに、恵利子がデストラクションを使っていたら、ちはるの左腕は吹き飛んでいた。このゲームではHPを回復させれば、傷は塞がるけど、欠損した部位は元に戻らない。あの2人がバカで助かったわね。ちなみに、凍った部位はしばらくすれば元に戻るから、安心しなさい」
ちはるさんは両肩を抱き、大袈裟な身振りで震える動作をした。左手はまだ凍ったままである。今ここであたしがデストラクションの能力カードを使えば、ちはるさんの左手を吹っ飛ばせるわけか。まあ、そんなことをしてもちはるさんにぶっ殺されるだけだからやらないけど。
「――つまり、そういうことなの」愛子さんがあたしを見た。「このゲームがチームを組むことを前提に作られているという意味、もう分かったでしょ? 睦美の『アイス・ジャベリン』と恵利子の『デストラクション』、玲子の『スカウト・レーダー』とさゆりの『テレポート』。個人能力は、他のものと組み合わせることで、絶大な効果を発揮するものが沢山あるの。一見何の役にも立ちそうにない能力なんかは、特にその傾向が高いわね。逆に、深雪の『ライトニング・スピア』なんかは、見た目も派手で強力そうだけど、他の能力と組み合わせのしようがないから、実際はハズレの能力ね」
と、いうことは、あたしの能力『ザ・ロック』も、他の能力と組み合わせることでとんでもない効果を生み出せるわけか。岩になったあたしを活かせる能力……どんな能力だろう?
「それで、どうする?」ちはるさんがあたしを見た。「あたしたちのチームに入る? 入らない? まあ、話だけ聞いて、チームには入らない、何て言わないよな?」
「もちろん、別に強制はしないわよ?」愛子さんが言った。「ただ、このゲームがチームを組むことを前提に作られているということは、他のメンバーも気づき始めている。さっきの睦美たちみたいに、何も考えずチームを組んでいるメンバーも多い。ここで、カスミがあたしたちのチームに入ることを拒めば、他のメンバーのチームに入る可能性が高くなる。あなたの能力を他のチームに渡すくらいなら、あなたの能力は諦めて、カードだけ頂くことになるわ」
……強制はしない、って、ほとんど強制してるじゃないか。
しかし。
決して、悪い話ではない。
能力を組み合わせるなんて発想は、あたしには無かったし、教えられなかったら、たぶん、ずっと気づくことはなかっただろう。愛子さんの言う通り、チームを組むと有利なのは確かなようだ。勝ち残る可能性が高まるのなら、やった方がいいだろう。まあ、愛子さんとちはるさんの2人は、正直、あまり組みたい相手ではないけど、贅沢は言ってられない。すでに10人くらいメンバーが集まっているって言うし、2人の格闘能力の高さは折り紙つきだ。あたしみたいな干されを誘ってくれただけでも、ありがたいくらいだ。
――でも。
「2つ、訊きたいことがあるんですけど」恐る恐る、あたしは愛子さんに言った。
「何?」
「愛子さん、なんか、すごく能力のことに詳しいみたいですけど、どうしてですか?」
「ああ。簡単よ。それが、あたしの能力なの」
「へ? 能力?」
「そう。『ジーニアス』という能力よ。このゲームの個人能力48種類すべてに関する知識があるの。使っている本人すら知らないことも、ね」
能力の説明はTAに表示されているものが全てじゃない、って、案内人が言っていたな。それにしても、ジーニアス――天才か。なんとも、愛子さんには似つかわしくない能力だな。運営も、何を考えてそんな能力を愛子さんに与えたんだか。
「ただし、あたしの言うことは、あまり過信しない方がいいわ」
「へ? 何でですか?」
「この能力で得た知識の中には、1つだけ、大きな間違いがあるの」
「――――?」
「『能力名・ジーニアス。このゲームの全ての個人能力に関する知識がある。ただし、知識の1つに重大な誤りがある。以下の条件を1つでも満たした場合、その誤りが判明する。あなた自身が誤りに気付いた場合。誤りのある能力の使用者が死亡状態になり1分以上経過した場合。誤りのある能力の使用者がゲームから離脱した場合』、だそうよ。今のところ、その重大な誤りとやらは判明してないわ」
……なんか、意地の悪い能力だな。あまり信用し過ぎると裏切られることもあるわけだ。
「あと、この能力は自分の意思でカード化することができないの。カード化されるのは、あたしが死んだ時だけ。まあ、その辺りは、このゲームの面白いところね。強力な能力には、それに伴うリスクや制限も大きい。うまくバランスを取ってるわ。――それで、もう1つの質問は?」愛子さんが促す。
「あ、はい。えーっと。チームを組んで、他のメンバーを倒して、その後は、どうするつもりなんですか?」
「――――」
沈黙する愛子さんとちはるさん。
そう。これは、とても重要なことだ。
このゲームがチームを組むことを前提に作られているというのは分かった。でも、たとえ前提がそうなっていても、ルール上はバトルロイヤルだ。勝ち残るのは1人だけ。チームを作り、他のメンバーを倒した後、愛子さんたちは、集めたメンバーをどうするつもりなのだろう。
愛子さんが、ゆっくりと口を開いた。「――別に? どうもしないわよ? 他のメンバーを倒したら、基本的には、そこで終わりね」
「は? 終わり? どういうことですか?」
「簡単よ。あたしたちの目標は――まあ、あたしのちはるに関しては、だけど――1位になることじゃ、ない」
「へ? なんでですか?」
「当たり前だろ」と、ちはるさんが言った。「センターポジションなんてめんどくさいことやりたがる物好きは、少数派だっつーの。ほとんどのヤツは、頼まれたってやらねーよ」
……ああ、ナルホド。そういうことか。
今や国民的アイドルと呼ばれるほど大人気となったアイドル・ヴァルキリーズだけど、当然、人気が出れば、それに比例してアンチファンも多くなる。ヴァルキリーズの顔とも言えるセンターポジションのメンバーは、バッシングの恰好の的だ。アンチファンだけでなく、他のヴァルキリーズメンバーのファンからもバッシングされるくらいだ。あたしも3年前イヤというほど経験した。
「あたしたちの目標は――」ちはるさんが言った。「16位以内、残ってもせいぜい5位くらいまでだな。16位以内なら、テレビなんかの出演も多くなる。あたしら干されメンバーは、それくらいで十分さ。うちのチームは干されメンバーばかりだから、みんな、大体そうだろ」
干されメンバーばかり……か。まあ、愛子さんとちはるさんが推されの人と組むなんてありえないからな。
「もちろん――」と、愛子さん。「うちのチームの中にも、あなたみたいに1位になりたいと思ってる娘もいるかもしれないから、その場合は、正々堂々と戦うなり、話し合うなり、ジャンケンするなり、好きにしたらいいわ。あたしたちは、16位以内が確定した時点で、このゲームから降りるから」
……あたしは今まで、大きな勘違いをしていた。
早海愛子さんと並木ちはるさん――アイドル・ヴァルキリーズの問題児コンビだと思っていたけれど。
それは、大きな間違いだった。
この2人、何て良い人たちなんだ!
そうだよ。エリみたいな腐れ外道と組もうとしたのは大間違いだった。推されと干されは水と油。お互い相容れない存在なんだ。あたしが組むべき相手は、このお2人だったんだ!
「それで、どうする? あたしたちのチームに入る?」
愛子さんの誘いに、もちろんあたしは。
「はい! 入ります! 入らせてください! あたし、前から愛子さんのこと、尊敬してたんです! みんなで協力して、エリをぶっ殺しましょう!!」
愛子さんの手を取り、ブンブン振って応えた。
「ありがとう。心強いわ」愛子さんは苦笑いで応えた。でも、その表情が引き締まる。「――でも、今倒すべき娘は、エリじゃないの」
へ? エリじゃない? この2人のことだから、真っ先にエリを倒しに行くんだと思ってたんだけど。
その時、プルプルと、TAが鳴った。全員が左手をかざす。どうやら、ゲームマスターからの連絡のようだ。TAを開く。
『第2フェイズ終了。
神崎深雪
白川睦美
高杉夏樹
林田亜紀
沢田美樹
上原恵利子
以上、6名がゲームより離脱』
だ、そうだ。
あらら。夏樹、ゲームオーバーになっちゃったんだ。せっかく生き返ったのに、残念だったな。高杉夏樹は、ゲーム開始時に海岸で会い、愛子さんに絞め殺された娘だ。
と、何故か愛子さんの表情が変わる。怖い顔で、自分のTAを見ている。
「玲子。舞は、誰かと接触した?」TAを睨んだまま言う。
「いいえ。このフェイズ、舞さんはほとんど動いていません。恐らく、TAで特殊ミッションの様子を見ていたんだと思います」玲子が応える。たぶん、さっきのプレイヤーの戦闘力と位置が分かるという能力で、ずっと見てたんだろうな。
「そう。なら、良かったわ」愛子さんの表情が、少し緩んだ。
さっき愛子さんは、「今倒すべき娘はエリじゃない」と言った。舞さんのことを気にしているということは、倒すべき相手は舞さんということだろうか? でも、何で舞さんなんだろう?
森野舞さん。一期生で、ランキングはギリギリランク内の30位。一期生の中では最下位で、典型的な干されメンバーである。武術は週2回の剣道で、それもサボりがちだけど、元不良でケンカ慣れしているとのウワサだ。このゲームのような何でもありのルールだと、意外と強いかもしれない。でも、あたしの分析だと危険度はB。強者ぞろいのヴァルキリーズの中では、それほど脅威ではないように思う。エリと違い、愛子さんたちとの仲も、特に悪くはないはずだけど。
「――説明は後でするわ。とりあえず、みんなの元に戻りましょう」
愛子さんがそう言ったので、あたしたちはさゆりのテレポートを使い、飛んだ。
…………。
一体、何が起こってるんだろう?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
TIPS 11:能力 #4
No.11
能力名:スカウト・レーダー
使用者:鈴原玲子
効果:半径1キロメートル以内にいるすべてのプレイヤーの戦闘力と位置が分かる。
No.16
能力名:ジーニアス
使用者:早海愛子
効果:このゲームの全ての個人能力に関する知識がある。ただし、知識の1つに重大な誤りがある。以下の条件を1つでも満たした場合、その誤りが判明する(あなた自身が誤りに気付いた場合。誤りのある能力の使用者が死亡状態になり、1分以上経過した場合。誤りのある能力の使用者がゲームから離脱した場合)。この能力は死亡時以外カード化できない。
No.17
能力名:テレポート
使用者:白石さゆり
効果:プレイヤーの顔と位置を思い浮かべ、一致していれば、そのプレイヤーの元に飛ぶ。一致しなければ、どこに飛ぶか分からない。能力使用者を含め、最大6人まで同時に飛ぶことができる。
No.40
能力名:連絡係
使用者:本田由紀江
効果:ゲーム中遭遇したすべてのプレイヤーと連絡を取ることができる。
(早海愛子の解説より)