ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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反撃

「――うるさああぁぁい!!」

 

 あたしは叫び、無意識に立ち上がっていた。案内人のカウントが止まる。目の前には、驚いて目を丸くしている深雪さん。

 

 ……あれ? あたし、なんで深雪さんに向かって、うるさい、なんて言ったんだ?

 

 深雪さんと戦っていて、脳天に剣の一撃を喰らい、意識が無くなったところまでは覚えている。その時、何か夢を見ていたように思うのだけど、意識が混濁していたから、夢なのか本当のことなのか、よく分からない。

 

「……うるさい、って」深雪さんがあからさまに不快感を顔に出す。「最近の若い娘は、先輩に対する口の利き方を知らないようね」

 

 確かに、今のはまずかったな。深雪さんは一期生で、あたしは二期生。年齢も深雪さんの方が上だし、ヴァルキリーズでのランクに至っては、4年連続1位と3年連続ランク外。本来は、口を利くことすら許されないほどの身分差だ。

 

 ……なんてことは、今はどうでもいい。そうだ。あたし、意識を失っている間に、深雪さんから、あたしがヴァルキリーズのセンターポジションだったなんて迷惑だ、とか、さっさと卒業しろ、とか、いてもいなくても同じ、とか、さんざんヒドイことを言われたんだ。いくらあたしが後輩で年下でランクは下だからと言って、そこまで言われて黙ってることはない。

 

「フン」と、あたしは深雪さんに向けてあごを上げた。「これはゲームなんだし、先輩後輩とか、今は関係ないでしょ?」

 

「……偉そうに。運だけでセンターポジションになっただけなのに、調子に乗ってるみたいね」

 

「そっちこそ、顔が綺麗ってだけでブリュンヒルデやってるんだから、偉そうなこと言えないでしょうが」

 

「な……!」

 

 言葉を失う深雪さん。

 

 今のは、深雪さんが一番気にしていることだ。『歌って踊れる戦乙女』をコンセプトにしているアイドル・ヴァルキリーズだけど、そのセンターポジションに立っている深雪さんは、武術の腕前や体力の面において、燈や亜夕美さんたちと比べると、大きく劣る。深雪さんが他のメンバーと比べて優れている点は、その整った容姿だ。「戦乙女というコンセプトを立てながらも、結局は顔でセンターポジションに立っている」とは、ネット上でアンチファンからよく言われていることであり、深雪さんが一番気にしていることであり、ヴァルキリーズでは禁句中の禁句なのだ。

 

 ふん。知ったことか。先に中傷し始めたのは深雪さんの方だ。あたしが気にしていることをさんざん言ったんだから、これくらい言い返してもいいだろう。

 

「――許さない、絶対に!」それまでも厳しかった表情をさらに厳しくして、深雪さんは剣を構えた。あたしも剣を構える。

 

 ……さて。

 

 深雪さんは顔だけでセンターポジションに立った――アンチファンからよく言われていることだけど、実際にはそんなことはない。深雪さんは、武術の経験はまったくなかった状態から剣道を始め、わずか3年で初段を取得した。歌やダンスの練習も誰よりも努力している。それは、ヴァルキリーズのメンバーなら誰でも知っていることだ。少なくとも、あたしが深雪さんより上回っている所なんて、何ひとつないだろう。なのに、こんなに怒らせて、大丈夫か? あたし。

 

 いや、待てよ……?

 

 1つだけ、あたしが深雪さんより上回っていることが、ある。

 

 このゲームに関する知識だ。

 

 あたしはこの大会で優勝するために、ゲーム機を買い、3ヶ月間、猛特訓をしてきた。深雪さんはこの3ヶ月の間も、映画の撮影やテレビへの出演を中心に大忙しで、ゲームのことを研究するヒマはなかったはず。

 

 これは明らかに、あたしが深雪さんより上回っている点だ。

 

 そう。VRMMOシステムで現実世界の武術の腕前がリアルに反映されているとはいえ、ここは所詮、ゲームの世界。アイドル・ヴァルキリーズ・オンラインなのだ。あたしは3ヶ月間ゲームで特訓してきたことは、きっとムダではないはずだ。今こそ、それを活かす時だ。記憶を探る。アイドル・ヴァルキリーズ・オンラインのシナリオの中には、戦いがメインの物もある。ハワイへ向かう豪華客船内で起こったゾンビ騒動を描いたサバイバル系シナリオ『ザ・デッド』がその代表だろう。そこでは、選んだキャラクターと行動次第では、深雪さんとバトルになることもある。その時の深雪さんの攻略法は、確か――。

 

「やああぁぁ!!」

 

 気合の声とともに深雪さんが踏み込んできたので、あたしは一旦考えを中断する。頭上に構えた剣が、あたしの頭部部を狙っている。あたしは剣を構え、その一撃を受け止めた。激しい金属音と飛び散る火花。深雪さんは再び剣を振り上げ、振り下ろす。あたしはそれを受け止める。5度、それを繰り返した後、今度はガラ空きになったあたしの胴を狙って剣を横薙ぎに払った。後ろに跳び、その一撃をかわす。

 

 ――思った通りだ。深雪さんのここまでの攻撃は、あたしの頭部、腕、胴への斬りつけ、そして、喉への突きだけだ。これは、明らかに剣道の動きである。深雪さんは剣道初段だから当たり前と言えば当たり前だけど。

 

 イケる。『ザ・デッド』での深雪さんの攻略法は、このゲームでも使えるぞ。思わず頬が緩む。

 

「なに笑ってんのよ!」

 

 再び剣を振り上げて踏み込んできた深雪さん。

 

 あたしは、その一撃を剣で受け止めると。

 

 右手を自分の剣から放し、深雪さんの剣を掴んだ。

 

「――――!?」

 

 予想外の行動だったのだろう。深雪さんの顔に戸惑いが浮かぶ。

 

「ビックリしました? そうですよね。剣道の試合でこんなことする人、いないですもんね」勝ち誇ったように言うあたし。

 

 そう。深雪さんの弱点は、剣道のルールに忠実すぎることだ。攻撃は、面、胴、小手、突きの4種類だし、ダウンした相手に攻撃を加えることもせず、立ち上がるまで待つというフェアプレイ精神。だから、剣を掴む、など、剣道のルールでは反則とされることに、極端に弱いのだ。

 

 深雪さんは剣を取り返そうと、強く引いた。もちろん、そう簡単に放すわけにはいかない。剣は刃が付いた本物だ。当然、刃はあたしの掌に食い込んでいる。深雪さんが剣を引くたびに、刃があたしの掌に食い込み、肉を斬り、血が流れ、痛みが走る。

 

 でも。

 

 そんな痛み、あたしが今まで感じてきた痛みと比べたら、何でもない。

 

 あたしは、左手で剣を振り上げた。間合いは狭い。刃を振るう余裕は無い。だったら!

 

 がん! あたしは、剣のつかの部分を、深雪さんの顔に叩きつけた。剣道では当然反則である。でも。

 

「――これ、試合とかじゃないんですよ!」

 

 叫び、再び剣を振り上げ、つかを叩きつけた。深雪さんは顔を伏せる。それでも容赦なく、頭部に叩きつける。深雪さんがひるんだので、あたしは右手を放し、拳を握り。

 

「やあぁ!!」

 

 深雪さんの顔面に、思いっきり、拳を叩き込んだ!

 

 のけ反りながら、尻餅をついて倒れる深雪さん。

 

 ははは。やっちゃったよ。顔が命の深雪さんを、剣のつかで殴り、その上グーパンチを喰らわせてやった。いくらゲームの世界とは言え、深雪さんのファンは激怒するだろうな。あたしのブログは大炎上。ヘタすりゃ夜道で襲われかねない。

 

 フン。知ったことか。こっちはゲームのルールに則って戦ってるんだ。文句を言われる筋合いはない。

 

「――深雪さん、ダウン。カウントを始めます」案内人の声がした。「……1……2……」

 

「くっそおおぉぉ!」

 

 普段からは想像もできないような下品な言葉と共に立ち上がる深雪さん。殴ったせいか、それともあたしみたいな干されにダウンを取られたことがよほど屈辱的だったのか、醜く顔をゆがめ、剣を振り上げた。

 

 あたしも剣を構えようとしたけど、できなかった。右手が動かない。まあ、血まみれの状態でパンチしたんだから、握力が死んで当然だろう。仕方ない。あたしは左手だけで剣を持ち、深雪さんの攻撃を受け止めた。もちろん、右利きのあたしに左手だけで受け止められるわけもなく、剣は大きく弾かれた。そこに次の一撃が襲って来るけど、何とか剣を戻し、受け止める。そうやって、3度、攻撃をかわしたけれど。

 

「やあぁ!!」

 

 気合とともに横薙ぎにされた深雪さんの強烈な一撃が、あたしの剣を弾き飛ばした。

 

 地面に転がるあたしの剣。頭がガラ空きの状態だ。

 

 ――でも、それはそっちもだ!!

 

 深雪さんも剣を横薙ぎに振ったので、頭はガラ空きの状態だ。

 

 あたしは、剣を弾かれた反動を利用し。

 

 深雪さんの側頭部に、右のハイキックを叩き込んだ!

 

 ぱあん! と、奇麗な音がして。

 

 がくり、と、深雪さんが膝から倒れた。

 

 ……おお。上段回し蹴りなんて超久々にやったけど、奇麗に決まったぞ? 意外とやるな、あたし。

 

「深雪さん、ダウン。カウントを始めます。1……2……」

 

 案内人のカウントが始まった。深雪さんは地面に膝と手を突き、頭を振って意識を保とうとしている。

 

「……カウントなんて、必要ないよ」

 

 あたしは深雪さんの背後に回り込む。深雪さんが立つのを待つ必要はない。ダウン状態の相手への攻撃は禁じられていないはずだ。

 

 あたしは、深雪さんの背後から抱きつくように、首に右腕を回し入れた。そのまま締め上げる! 海岸で柔道家の愛子さんが夏樹を絞め落とした技・裸絞めだ!

 

「……く……」

 

 深雪さんの苦しそうな声。

 

 同時に、カウントも止まる。思った通り、グランドの攻防は有効なようだ。じゃないと、グランド系の格闘技の人は、あまりに不利だからな。

 

 深雪さんは左手であたしの腕をつかみ、何とか裸締めを外そうとするけれど、あたしの右腕は完璧に決まっている。柔道素人のあたしが見よう見まねで出した技だけど、深雪さんも素人だから、外されることはないだろう。これだけ密着したら、剣も振るえない。このまま絞め落としてやる!

 

 ぼとり、と、深雪さんの剣が地面に落ちた。剣道家の深雪さんが剣を手放した。それはつまり、もう戦意が無くなっているのと同じことだろう。よし! これで、あたしの勝ちだ!

 

 ……うん?

 

 深雪さんが、両手であたしの右腕を掴んだ。ふん。両手で掴んだって、いまさら外せないよ。このまま昇天しちゃいな!

 

 あたしは、さらに力を込め、締め上げた。

 

 が、その時。

 

 身体中を、強烈な衝撃が駆け抜けた。

 

 目の前が真っ暗になる。

 

 バチバチという、何かが弾けるような音が聞こえ。

 

 あたしの身体は、大きくのけ反り、ビクンビクンと、痙攣した。

 

 その衝撃が消えると。

 

 ばたり。

 

 気づくと、あたしは仰向けに倒れていた。

 

 ……何が、起こったんだ。

 

 首を上げる。目の前には、喉を押さえ、ゲホゲホと咳をする深雪さんの姿があった。

 

 裸絞めから逃れるため、深雪さんが何かやったのか? でも、一体何を?

 

 深雪さんが立ち上がった。ヤバイ。剣を拾われると厄介だ。あたしの剣は、遠くに飛ばされている。幸い、なんとか身体は動く。あたしも立ち上がり、もう1度深雪さんを絞めようと、近づいた。

 

 ――が。

 

 あたしから逃れようとすると思われた深雪さんが、逆に、あたしに抱きついてきた。

 

 そして、次の瞬間。

 

 バチバチバチ!!

 

 再び、身体中を強烈な衝撃が駆け抜ける。

 

 目の前が真っ暗になる直前、目の前に、青い火花が見えた。

 

 そして、再び気が付くと、あたしは仰向けに倒れていた。

 

 それは、まるで雷にでも打たれたかのような衝撃だった。深雪さん、まさか、スタンガンでも持ってるのか……?

 

 ……いや。

 

 このゲームには、銃火器は無いと、案内人は言っていた。つまりこれは――。

 

「――まさか、あんたみたいな干され相手に、能力を使うことになるとはね」

 

 深雪さんが、あたしを見下ろしている。その両手から、青い稲妻がほとばしっていた。

 

 やっぱり、これは深雪さんの能力だ!

 

 深雪さんが再びあたしに触れようとしたので、あたしは転がって逃れ、さらに這って深雪さんから離れた。深雪さんもダメージは大きいから、追いかけてくることはできないようだ。ある程度間合いを取り、あたしはなんとか立ち上がった。

 

 電撃を操る能力か……深雪さんには似つかわしくない、攻撃的な能力だな。さすがは4年連続ランキング1位の神撃のブリュンヒルデだ。あたしみたいな干されと違い、強力な能力が与えられている。

 

 ――でも。

 

 弱点は、ある。

 

 これだけ間合いを取れば、あの電撃の能力は使えないだろう。触れられなければ大丈夫だ。間合いを取って戦えば恐れることはない。でも、そのためには剣が必要だ。辺りを見回す。深雪さんに弾き飛ばされた剣は、あたしから5メートルほど離れた所に転がっていた。よし。深雪さんはまだフラフラだ。あたしは、ダメージは決して少なくないけど、まだ走るくらいは可能だ。深雪さんに襲われるより早く、剣を拾うえるだろう。よし! あたしは剣に向かって走った。

 

 ――が。

 

 深雪さんが、両手を上げた。それを、走りながら横目で確認する。何をする気だ?

 

 深雪さんの両手から、電撃がほどばしり。

 

 それが、2メートルを超える長さの、槍のような形になる。

 

 ちょっと待て! その能力、まさか、離れた相手にも使えるのか!?

 

 深雪さんは大きく振りかぶり、電撃の槍を投げた!

 

 その速さは、まさに電光石火。ちょうど剣を拾おうとしていたあたしを、見事にとらえた。

 

 再び、身体中を電撃が走る。

 

 あたしは大きくのけ反り。

 

 そして、膝をついて倒れた。

 

「――カスミさん、ダウン。カウントを始めます。1……2……」

 

 案内人の声。早く立ち上がらないと。でも、身体は、もう動かなかった。深雪さんにさんざん剣で打ちのめされた上に、電撃攻撃の3連発だ。もう、HPはほとんど残っていないだろう。

 

「カウントなんて、必要ないよ」

 

 怖い声で言う深雪さん。わずかに動く首を回し、見る。再び電撃で槍を作り、頭上に構えていた。マズイ。ダウンした相手への攻撃が認められていることに、深雪さんも気づいたようだ。あの電撃の槍を喰らったら、もう終わりだぞ。逃げないと。でも、身体は動かない。

 

「死ねええぇぇ!!」

 

 大きく振りかぶり、深雪さんが電撃の槍を投げた!!

 

 動けないあたし。避けることも、攻撃することもできない。HPも、もう残っていない。死んだら即ゲームオーバー。絶体絶命のピンチだ!

 

 いや――!

 

 今のあたしにも、できることがある!

 

 今これをやって意味があるのかは分からないけど、これしかできない以上、やるしかない!!

 

 電撃の矢が、あたしの身体を貫こうとした瞬間。

 

 あたしは、能力を発動した――。

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

TIPS 08:能力 #2

 

 

No.04

能力名:コピー・アイテム

使用者:村山千穂

 効果:所持している武器アイテムを1つ選び、所持している別の武器アイテムに変える。

 

 

 

N0.14

能力名:ファイア・ストーム

使用者:滝沢絵美

 効果:炎の嵐を巻き起こす。ボール状態にして投げることも可能。

 

 

 

No.35

能力名:毒蛾

使用者:桜井ちひろ

 効果:あなたの攻撃には20%の確率で麻痺の効果がプラスされる。

 

 

 

No.41

能力名:ライトニング・スピア 

使用者:神崎深雪

 効果:掌から電撃を放つ。槍状態にして投げることも可能。

 

 

 

 

 

 


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