ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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バトル開始!

 現れたのは、柔道の有段者早海愛子さんと、マーシャル・アーツの達人並木ちはるさんの2人だった。アイドル・ヴァルキリーズの問題児コンビで、エリの天敵である。

 

「こんなに早くあんたを見つけることができるなんてね。どうやら今日は、ついてるみたいだね」愛子さんはまっすぐにエリを見つめ、不敵に笑う。

 

「このゲームが始まったら、真っ先にエリちゃんの元に駆けつけようと思ってたんだよね。会えて嬉しいよ」ちはるさんも笑った。

 

「あらら。お2人とも、そんなにあたしのことを考えていてくれたんですか? 嬉しいです」エリは、いつものおすまし顔で言う。

 

「そりゃそうだよ」と、愛子さん。「やっとお前を、誰にも邪魔されず、誰にもとがめられない形で、痛めつけることができるんだからね!」

 

 愛子さんとちはるさんが構えた。完全に臨戦態勢である。まあ、エリがいる以上、この2人と共闘できるとは思えない。あたしたちも剣を構えた。

 

 さて、どうする?

 

 愛子さんもちはるさんも、鎧は着ていない。愛子さんは青いタイツとスポーツブラの上に柔道着、ちはるさんはピンクのタンクトップにショートパンツ。2人とも身軽な格好だ。武器らしいものも持っていない。ただ、愛子さんは両腕に金属製の籠手を、ちはるさんは、つま先にトゲトゲが付いたブーツを履いている。2人とも武器を使わない格闘技だから、それがベストなのだろう。対するあたしたちは、週2回の剣道の稽古をしているだけで、あまり腕には自信が無い。武術の達人であるあの2人とまともに戦ったところで、勝ち目はないだろう。もちろん、これは能力バトルがメインのゲームの世界だから、武術の強さだけが勝負の決め手ではないけれど、相手の能力はどんなものか分からず、こちらは、あたしと夏樹の能力は役に立ちそうもない。どう考えても逃げた方がよさそうだけど、この2人から逃げるのも、決して簡単なことではないだろう。

 

 でも――勝機はある。

 

 何と言っても、こちらには危険度超絶Sランクの、藍沢エリ様がいるのだから。

 

 エリの格闘能力は、決して高くはない。それでも危険度がMAXなのは、彼女はヴァルキリーズで最もズル賢い女だからだ。これまでも、現実世界で何度も愛子さんたちに絡まれているけれど、持ち前の機転の良さで、全てきり抜けている。まして、エリはランキング3位の超推されメンバー。きっと、ゲームマスターからとんでもなく強力な能力を貰っているに違いない。彼女がいれば、危険度Bランクの2人なんか、ヘでもないだろう。

 

「――どうする、エリ? 戦う? それとも、みんなで逃げる? 判断は、エリに任せるよ?」

 

 そう言って、あたしはエリの方を見る。

 

 ……が。

 

 そこに、エリの姿は無かった。

 

 50メートルくらい離れた場所に、その背中が見えた。森の方に向かって走っている。

 

 ……あ……あいつ! あたしたちを置いて逃げやがった!!

 

「逃がすかよ!」

 

 ちはるさんがダッシュで追いかける。しかし、エリの姿はすでに森の中に消えていた。ちはるさんも森の中に飛び込んだけど、たぶん、あんな木々の生い茂る場所でエリを見つけ出すなど不可能だろう。瞬時に状況を分析し、何のためらいもなくあたしたちを見捨てて森の中に逃げ込むあの判断力。さすがは危険度超絶Sランクである。さっきの誓いは何だったんだ。信じたあたしがバカだった。

 

「――さて、あんたたちはどうする?」愛子さんが1歩近づいた。

 

 どうもこうも、あたしと夏樹の二人で愛子さんに勝てるはずもない。

 

「ダメだ! 夏樹! 逃げよう!!」

 

 叫び、振り返って走り出そうとする。

 

 しかし、その足を、何かに払われた。

 

 愛子さんだった。一瞬で間合いを詰め、足払いされたのだ。

 

 走り出そうとした不安定な体勢での足払いだったので、あたしは顔面から倒れる形になった。幸い砂浜だからそんなに痛くはなかったけど、口の中に大量の砂が入ってきた。じゃりじゃりとした感覚が気持ち悪い――なんて感じる余裕は無く。

 

 ボキ! という音とともに。

 

 右ひざに、信じられない痛みが走った。

 

 ダンスの練習中、転んで足を捻ったことは何度もある。剣道の稽古中、防具をつけていない所に竹刀で叩かれたことは何度もある。子供の頃、公園のジャングルジムから落ちて、大泣きしたことがある。痛い思いはたくさんしてきた。

 

 でも。

 

 その痛みは、今まで経験したどんな痛みよりも強く、大きかった。

 

 見ると。

 

 右のひざが、あり得ない方向に曲がっていた。

 

 折れている。医療に詳しくないあたしが見ても、ひと目でそれが分かる。

 

 激痛の中、それでもあたしは、妙に冷静に、何が起こったかを理解していた。

 

 倒れたあたしの足を、愛子さんが両足で挟み込み、太ももを支点にして、ひざ関節を逆に曲げたのだ。膝十字固めだ!

 

「少しの間、おとなしく待ってな」

 

 愛子さんは足を放して立ち上がると、今度は夏樹を見た。怯え、後退りする夏樹。背を向け、逃げ出した。

 

 でも、背を向けた瞬間、また愛子さんは一瞬で間合いを詰める。夏樹の背後から、首に腕を回した。そのまま締め上げる。裸絞めだ!

 

 ――なんて、悠長に解説してる場合じゃないだろ!

 

 右ひざには、信じられないほどの激痛。クソ! 膝十時固めとか、そんなのアリか!? 柔道で足関節は反則だろ!? いや、それより、何でゲームの世界なのに、こんなに痛いんだよ!?

 

「ゲーム中ダメージを受ければ、痛みを感じるようにプログラムされています」

 

 腹が立つほど冷静な声で言ったのは、例の案内人だった。TAは起動していないけど、そう言えば、音声のみの利用もできるって言ってた。

 

「もちろん、ヴァーチャルな痛みなので、現実世界のカスミさんは無事です。ゲームの世界から出れば、痛みは消えます」

 

 だったら、早く現実世界に戻せ! こんな痛み、耐えられない!

 

「現実世界に戻る方法は2つ。ゲームオーバーになるか、ゲームをクリアするかです」

 

 だったらもうゲームオーバーでいいよ! こんな痛みを感じるくらいなら、あたし、もう負けでいい!

 

「ゲームオーバーになるには、死亡状態でフェイズ終了を迎える必要があります。第1フェイズ終了までは、あと23分あります。なお、カスミさんのHPはまだ残っているので、死亡状態ではありません」

 

 ごちゃごちゃ言ってないで早く元の世界に戻せ! 痛くて気が狂いそうなんだよ!!

 

「原則、プレイヤーからのリタイアは認められません」

 

 そんなこと言ってる場合じゃないんだよ! ホントに、死にそうなくらい痛いんだぞ!?

 

「カスミさんのHPは、まだ半分以上残っていますので、死亡状態にはなりません。安心してください」

 

 ……なんか、コイツに感謝しなくちゃな。こみあげる怒りで痛みを忘れそうだ。

 

「HPを回復させれば、痛みは消えます」

 

 ……初めてまともなことを言ったな。そうか。ここはゲームの世界。現実世界で膝が折れたら、治るまで1ヶ月くらいかかるけど、ここならHPを回復させればすぐに治るはずだ。HPを回復する手段は、ゲーム開始前に案内人が言ってたな。えーっと、確か、座って休むと少しずつ回復。睡眠状態になると回復スピードが上昇。回復用のアイテムや能力もあり、それらを使用すれば、一気に回復することが可能……だったはずだ。座って回復? 座るような余裕は無いし、こっちは今すぐこの痛みをどうにかしたいんだ。睡眠状態で回復スピード上昇? こんなに痛いのにどうやって眠るんだよ。回復アイテム? そんなのまだ持ってない。回復能力? 確か、シスタークラス系が持ってたな。ヒールとかなんとか。でも、その能力を持っているはずのエリは、真っ先に逃げてしまった。今度会ったら、ブン殴ってやる!

 

 結局、今すぐこの痛みをどうにかする方法は無いわけだ。愛子さんの方を見る。こちらに背を向けた状態だけど、夏樹への裸絞めは完璧に決まっているようだ。夏樹の手にはすでに剣は握られていない。愛子さんの腕を掴もうとしているけれど、完璧に決まった裸絞めを外すのは、よほどの熟練者じゃないとムリだろう。柔道経験の無い夏樹に外せるとは思えない。助けてあげたいけど、こっちも激痛でそれどころじゃないし、ひざが折れてるから動けない。くそ。このまま夏樹が絞め落とされたら、今度はまたあたしの番だ。今でも気が狂いそうな痛みなのに、この上また何かされたら、あたし、ホントに死んじゃうぞ。

 

 …………。

 

 ……今、愛子さんはあたしに背を向けている。ひざが折れてるから、逃げられないと思っているのだろう。実際にこのひざでは逃げられそうにないけれど。

 

 今、能力を使ったらどうだろうか?

 

 あたしの能力。ザ・ロック。イイ感じの岩になる能力だ。

 

 砂浜には、ところどころ岩が転がっている。ここで岩になっても不自然じゃない。もちろん、さっきまでは無かったところに岩が現れるわけだから、気づかれる可能性はあるけど、愛子さんがそこまで注意している可能性は低いだろう。ずっとエリしか見てなかっただろうからな。何にしても、このひざじゃ逃げられないし、夏樹を助けることもできない。今のあたしにできることは、岩になることだけだ。ゴメン、夏樹。あたしは心の中で謝り、能力を発動した。

 

 ボン! 小さな爆発が起こり。

 

 あたしは、岩になった。

 

 …………。

 

 お? 岩になったら、さっきまでの気が狂いそうな痛みが、ウソのように無くなったぞ?

 

「岩に手足はありませんので、人間状態で手足に受けたダメージは無効になります」

 

 案内人が言った。そういうことは早く言えよ。

 

「私はプレイヤーの質問に答えるようにプログラミングされています。質問が無い限り、お答えすることはありません。もちろん、質問されても、お答えできない場合もあります。また、能力については、TAの説明が全てではありません。使うことによって判明することもあります。その場合、新たに説明が追加されます」

 

 ホントに融通が利かないヤツだな。まあ、今はいい。とりあえず愛子さんに気づかれるといけないから、黙っててくれ。

 

 あたしは岩状態のまま愛子さんと夏樹を見た。裸絞めは完璧に決まっている。しばらく足をバタつかせ、もがいていた夏樹だったけれど、やがて、ぐったりとなり、動かなくなった。愛子さんが裸絞めを解く。バタリ、と、倒れる夏樹。そして。

 

 ボン! 夏樹の身体が小さな爆発を起こし。

 

 夏樹のいた場所には、メラメラと燃える青い炎と、1枚のカードが残った。

 

 ……あのカードが、能力カードというヤツだろうか? 死ぬと能力がカード化されるって言ってたから、間違いないだろう。

 

 愛子さんはカードを拾うと、少し顔をしかめた。夏樹の能力は、死亡時、全てのプレイヤーのパラメーターを見ることができるというものだ。あまりに意味不明で、困惑しているのだろう。

 

「――愛子」

 

 森の方から声がした。見ると、ちはるさんが戻って来たところだった。1人だ。

 

「エリは?」カードから目を放し、愛子さんもちはるさんの方を見た。

 

「ゴメン、逃げられたよ。意外と逃げ足の速いヤツだ」

 

「まあいいさ。楽しみは後に取っておこう」愛子さんは、不敵に笑った。

 

「それで、そっちはどうだった?」

 

「夏樹は倒したよ。カスミはそこに……あれ!?」

 

 愛子さんが声を上げる。そこにあるのは岩だけだ。

 

「逃げられた?」と、ちはるさんが笑った。

 

「……みたいだな。ひざを折っといたから、逃げられないと思ったんだけど……もしかしたら、能力を使ったのかもしれない」

 

 ギク。愛子さん、意外と勘が鋭いな。まさか、バレないよな? 大丈夫。岩になる、なんて、何の役にも立ちそうにない能力があるとは思わないだろう。バレるはずがない。落ち着け、あたし。

 

 しかし。

 

 ザクザク、と、砂を踏みながら、ちはるさんがあたしの方に近づいてきた。

 

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。ちはるさん、気づいたか? さっき何も無かったところに突然岩が現れたら、そりゃ誰だって怪しむよな。ちはるさん、意外とそういうことに注意してる人なのかも。どうしよう? 岩のままでは動けないから、逃げるなら能力を解除しなければいけない。当然ひざは折れたままだから、逃げられるはずもない。このまま岩を続けるしかない。大丈夫。あたしは岩だぞ? そう簡単にやられるもんか。……いや、マーシャル・アーツの達人であるちはるさんの蹴りなら、岩なんか粉々にするかも? だったら大ピンチじゃんか!

 

 ちはるさんはあたしの側に立ち、じっと、あたしを見つめると。

 

 ――――。

 

 すとん、と、あたしに腰を下ろした。

 

「ふう。走り回ったから疲れたよ。ちょっと、休ませて」

 

 ……良かった。バレてないみたいだ。頭の上におしりを置かれてるようなものだから屈辱的だけど、殺されるよりはましだろう。ガマンガマン。

 

「それで――」ちはるさんは、座った状態で愛子さんを見上げた。「夏樹の能力カードは、何だった?」

 

「これだよ」愛子さんは、ちはるさんにカードを渡した。

 

「なになに……『能力名・ゴースト:あなたは死亡すると、全てのプレイヤーのパラメーターを見ることができる。能力の発動には死亡から1分必要』……なんだこれ? 死んでから発動する能力なんて、意味あるのか?」

 

「まあ、死んでもフェイズ終了まではゲームオーバーにならないから、何かしら生き返る方法があるんだろうけど……それにしたって、効果が他のヤツのパラメーターを見るだけ、ってのは、見返りが少なすぎるな。ハズレの能力だよ」

 

「じゃあ、どうする? 捨てるか?」

 

「まあ、とりあえずは取っておこう。いらなくなったら捨てればいいさ」

 

「OK。じゃあ、あたしが持っておくよ」ちはるさんは、カードをポケットにしまった。「で? これからどうする?」

 

「とりあえずはカードを集めるのが先決だな。エリくらいならどうにでもなるけど、もし亜夕美や燈と戦うことになったら、今のあたしたちじゃ勝てない」

 

「了解。んじゃ、適当にそこらのザコを狩っていくか」

 

 ちはるさんは立ち上がった。すでに息は整っているようだ。

 

 ……ん? 何だ?

 

 立ち上がったちはるさんは、じっと、あたしの方を見ている。何だよ? 早く行けよ。もうここに用は無いだろ。

 

「ちはる? どうかしたか?」愛子さんも声をかける。

 

「いや……イイ感じの岩だと思って」

 

 ギクギク。確かにあたしの能力は“イイ感じ”の岩になる能力だ。まさか、そんなことでバレるのか?

 

「は? イイ感じの岩? 何言ってんだ?」呆れた口調の愛子さん。

 

「いや、ホントなんだよ。もう息が整ってるし」そう言って、ちはるさんは左手を上に向け、TAを起動させた。「……やっぱり。HPが全快してる。ちょっとしか座ってないのに」

 

「イイ感じの岩に座れば、HPの回復スピードは上昇します」

 

 案内人の声がした。それはあたしの方ではなく、ちはるさんのTAからだ。どうやら、他のメンバーにも同じ案内人が付いているらしい。

 

「へぇ。じゃあ、この岩を持って行けば、いざという時に役に立つかもな」

 

 ギクギクギク。ちはるさんの言葉に、心臓がドキッと鳴った。……いや、岩だから、心臓は無いはずだ。たぶん気のせいだ。でも、ちはるさんに持ち歩かれたんじゃ、逃げられないぞ? このままずっとちはるさんの尻に敷かれるなんてイヤだ。

 

「よせよ」と、愛子さんが言った。「そんな重そうなの、持ち歩くだけでダメージ受けるんじゃないか?」

 

「分かってるよ。冗談さ。じゃあ、行くか」

 

 2人は、そのまま森の中に消えた。

 

 ……ふう、助かった。岩になる能力も、捨てたもんじゃないな。カモフラージュに使えるわけか。そうだ。いいこと思いついた。このままずっと、岩のままでいるというのはどうだろう? きっと誰も気づかないだろうから、そのままゲームが進めば、どんどんメンバーが減って行き、最終的にあたしが勝ち残る……すばらしい。この上なく消極的な作戦だ。大会終了後、ブログ炎上間違いなしだな。まあ、さすがにそんな勝ち残り方はみっともないのでやらないけど、いざという時は役に立つだろう。

 

 さてと。

 

 ボン! 能力を解除し、人間状態に戻る。

 

 ……あれ? 右ひざの骨折が直ってる?

 

 岩になる前はおかしな方向に曲がっていた右ひざは、まっすぐないつもの右ひざに戻っていた。試しに3回ほど曲げてみる。まだ少し痛みは残っているけど、問題なく動いた。スゴイな。あたし、いつからこんなに治癒能力が上がったんだ?

 

「岩状態になると、イイ感じの岩に座っている状態と同じ扱いになり、HPの回復スピードが上昇します。まだHPが全快ではないので痛みは残っていますが、全快すれば痛みも消えます」

 

 ……カモフラージュと同時に回復もできるわけか。意外と使えるんじゃないか? この能力。少しだけ希望が出てきた。

 

 とは言え、やはりこの戦いに勝ち残るには、まだまだ心もとない。愛子さん相手に、何もできなかったもんな。愛子さんは能力を使ってないし、全然本気じゃなかっただろう。他にも危険な相手はたくさんいる。何とかして対策を練らないと、とても勝ち残れないぞ?

 

 ……そう言えば、夏樹はどうなったんだろう?

 

 愛子さんに絞め落とされた夏樹。能力がカード化されたから、たぶん死亡状態になったんだろうけど、フェイズが終了するまでゲームオーバーにはならない。生き返らせる方法があるはずなんだけど、どうすればいいのかな? これがオーソドックスなRPGなら、棺桶引きずって教会に運んでお金を払えばいいんだろうけど、見たところ、夏樹の死んだ場所に棺桶も死体も無い。青い炎が燃えているだけだ。

 

「死亡状態のプレイヤーは、魂となってその場に留まります。動かすことはできませんし、この島には、死亡したプレイヤーを生き返らせるような施設はありません」

 

 案内人が言った。魂となってその場に留まる? つまり、あの炎が夏樹ってことか。生き返らせるには、炎に向かって蘇生用のアイテムか能力を使うんだろうな。まあ、どちらも無いから、今は何もできない。TAを起動させ、時間を確認する。ゲーム開始から45分。第1フェイズ終了まで、あと15分か。蘇生方法が見つかったら、また戻って来るよ。それまで、みんなのパラメーターを見て、ヒマをつぶしててね。

 

 あたしはとりあえず移動することにした。森は愛子さんたちに遭遇する可能性があるし、岩場の方は、まだ痛むこの足では大変そうなので、砂浜の方に向かうことにしよう。足を引きずりながら、その場を離れた。

 

 そのまましばらく歩いたけど、ずっと砂浜が続いているだけで、何も無く、誰にも会わなかった。もちろん、夏樹を蘇生する方法は分からないままだ。

 

 やがて。

 

 プルプル。TAが鳴った。ゲームマスターからの連絡のようだ。起動すると。

 

 

 

『第1フェイズ終了。

 

 村山千穂

 

 桜井ちひろ

 

 滝沢絵美

 

 以上、3名がゲームより離脱』

 

 

 

 ゲームより離脱――つまり、負けが決まったわけだ。早くも3人脱落か。しかし、見事に3人とも干されメンバーだな。千穂とちひろはあたしと同じランク外のメンバーだし、絵美さんは17位だけど、一期生であることを考えれば、干されと言っていい順位だ。やっぱりこのゲーム、推されに有利になってるんじゃないのか?

 

 ……うん?

 

 夏樹の名前が無いぞ?

 

 あたしの目の前で愛子さんに倒された夏樹。青い炎の魂状態になってたし、案内人もそれが死亡状態だって言ってた。死亡状態のままフェイズ終了を迎えると、ゲームオーバーになるはずだ。でもTAに名前は無い。つまり、誰かが夏樹を生き返らせたってことか。良かった。あのままだったら、なんだかあたし、夏樹を見捨てたみたいで、後味悪いままだったからな。うん。

 

 TAを閉じる。第2フェイズ開始だ。第1フェイズでは早くも死にかけたけど、能力を使って何とか生き残った。まだまだ不安要素は多いけど、この調子で頑張ってみよう。

 

 と。

 

 プルプル。またTAが鳴った。何だ? またゲームマスターからの連絡か? 開くと。

 

 

 

『特殊ミッション発動。

 

 これより、センターポジション経験者のみを対象にした、特殊ミッション“スレイヤー”を行う。

 

 センターポジション経験者は、1分後に、強制的にミッション会場に転送される。

 

 このミッションで最下位の者は、ゲームから追放される』

 

 

 

 ――だってさ。

 

 センターポジション経験者のみを対象にした、特殊ミッション。最下位の人はその時点でゲームオーバー……つまり、いきなりセンター経験者をふるいにかけるわけか。まだゲームが始まったばかりなのに、思い切ったことするなぁ。まあ、この特別称号争奪戦は、今まで目立たなかったメンバーにスポットを当てるのが目的だから、すでにセンターポジションを経験した人が勝ち残ったら、あんまり意味が無いもんな。運営側も、それなりに考えてるってことか。

 

 スレイヤーって、どんなミッションなんだろう? スレイヤー……Slayer……殺戮者って意味だ。単純に集まって戦うんだろうな。センターポジション経験者が集まって戦う……こりゃ、見ものだぞ。

 

 …………。

 

 ……って、あたしも参加対象じゃんか!!

 

 ちょっと待て! センターポジション経験者が集まって戦う? 負けたらその時点でゲームオーバー? あたしなんて戦闘力も低いし能力もしょーもないし、勝てっこないぞ?

 

 ……いや待て、ゲームオーバーになるのは、あくまで最下位の人だ。つまり、1人だけ。諦めるのはまだ早い。要は、最下位にさえならなければいいんだ。メンバー次第では、あたしにも生き残るチャンスはある。センターポジション経験者って、他に誰がいたっけ? えーっと……。

 

 

 

  神崎深雪:初代、および3~6代ブリュンヒルデ。言わずと知れたヴァルキリーズの絶対的エース。

 

 本郷亜夕美:2代目ブリュンヒルデ。深雪さんの最大のライバル。

 

  一ノ瀬燈:第2回特別称号争奪戦・マラソン大会優勝者。ヴァルキリーズ最強忍者。

 

  藍沢エリ:第3回特別称号争奪戦・スパイダー・マスターマインド大会準優勝。優勝者の瑞姫さんが辞退し、繰り上がりでセンターポジションを務める。ヴァルキリーズで最も危険な人物。

 

 ――以上。

 

 

 

 …………。

 

 ナニコレ。ほとんどヴァルキリーズ・オールスターじゃん。

 

 こんなメンバー相手にどうやって勝ち残るんだよ!? すでに最下位確定じゃん!!

 

 ……ああ、お母さん。せっかく生き残ったのに、カスミは早くも終わりました。運営の悪意を感じます。

 

 嘆いてる場合じゃない! なんとかしないと! ミッション開始までに、強力な能力カードやアイテムを入手すれば、まだあたしにだって勝ち残るチャンスがあるはず!

 

 ――などという望みはもちろん無く。

 

 何もできないまま、1分後、あたしは強制的に転送させられたのだった。

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

TIPS 05:能力 #1

 

 

No.38

能力名:ザ・ロック 

使用者:前園カスミ

 効果:この能力を使用したものは、イイ感じの岩になる。イイ感じの岩に座ったプレイヤーは、HPの回復スピードが上昇する。岩状態のプレイヤーは、イイ感じの岩に座った状態と同じ扱いとなり、HPの回復スピードが上昇する。イイ感じの岩は、アイテムとして持ち歩くことも可能。イイ感じの岩を所持しているプレイヤーは、HPが少しずつ減少する。

 

 

 

No.42

能力名:ゴースト

使用者:高杉夏樹

 効果:あなたは死亡すると、全てのプレイヤーのパラメーターを見ることができる。能力の発動には死亡から1分必要。

 

 

 

 


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