ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 2 #01

 ぼう、と。

 

 腹の奥に響く、低く、大きな音が鳴った。

 

 辺りを見回す。しかし、何もない。

 

 ――何もない。

 

 それは、音の原因となるものが無い――という意味では無く、言葉通り、本当に、何も無かったのだ。見渡す限り、白い世界が続いている。前も、後ろも、右も、左も、上下さえも、全て、白一色。天地の区別さえない。まさに、無の世界だった。

 

 ――何? ここは?

 

 と、いう疑問は、不思議と湧いてこなかった。ここはこういう世界なんだ、と、何故だかあたしは、納得していた。

 

 ぼう、と、再び低い音が鳴る。

 

 船の、汽笛の音に似ていた。

 

 もちろんまわりに船なんてないけれど、その音は、その後も断続的に鳴り続けた。頭がおかしくなりそうだった。耳を押さえる。それで音の侵入を阻止できるほどの大きさではないけれど、それでも幾分ましになった。

 

 ふと。

 

 背後に、何者かの気配を感じた。

 

 振り返る。

 

 そこには、さっきまではいなかったはずの、人の姿。

 

 背を向けているので、顔は見えない。中世ヨーロッパの騎士のような銀色の甲冑に身を包んでいるところを見ると、ヴァルキリーズのメンバーだろう。肩まで伸びた髪を左でサイドテールに結んだ、小柄な女の子。

 

「――美咲?」

 

 あたしは背中に声をかけた。あの背丈、髪型は、アイドル・ヴァルキリーズランキング第7位・妹系ゲームオタク・桜美咲しかいない。

 

 しかし、美咲は振り返らない。まるで、聞こえていないかのように。

 

 もう一度、さっきよりも大きな声で呼んでみた。

 

 美咲は背を向けたままだ。

 

 汽笛のような音は、まだ鳴り続けている。この音にかき消されて、あたしの声が届かないのだろうか?

 

 あたしは美咲に近づき。

 

「ねえ、美咲ってば!」

 

 ぐい、と、肩を引いた。

 

 美咲が振り返る。

 

 その顔が。

 

 粘土のような、薄い灰色の肌をしていた。

 

 しかし、それは確かに、美咲の顔だった。

 

 土人形――そんな言葉が思い浮かぶ。

 

 粘土をこね、人型にし、美咲の顔を作り、甲冑を着せたのだろうか? そうだとしたら、大した腕前だ。肌の色以外は、美咲そのものだった。

 

 しかし。

 

 そのリアルな土人形を見ていても、何故だろう? 感動しない。ただ、不気味さだけを、感じる。

 

 その理由は、すぐに分かった。

 

 この土人形は、死んでいる――。

 

 等身大の、リアルな人形を見た時の「まるで生きているようで、今にも動き出しそうだ」という定番の表現が、この人形に限っては、浮かんでこないのだ。

 

 それはまるで、天才芸術家が、死体をモデルに作品を創ったかのようだった。

 

 ゴクリ、と、息を飲む。

 

 もし、この死体の人形が動き始めたら――そんなことを考えてしまい、背中を冷たい汗が流れ落ちた。

 

 思わず、後退りする。

 

 と、それに合わせるかのように。

 

 動くはずのない死体の土人形が、一歩、足を踏み出した。

 

 声が出なかった。見間違いか? そう思った。あたしは、さらに後退りした。

 

 見間違いではなかった。あたしとの距離を保つかのように、土人形は、さらに一歩、踏み出した。

 

 土人形が顔を上げ。

 

 か、っと、目を開いた。

 

 その目は、やはり生きている者の目ではなかった。生気は感じられない。何も映していない。死人の眼差し。

 

 それでも、死者の瞳はしっかりとあたしを捉え、そして、ゆっくりと近づいてくる。

 

 あたしはその場から走り出したい衝動に駆られた。でも、何故かそれができない。ただ、ゆっくりと後退りを続ける。

 

 しかし、それができなくなった。

 

 何もないはずの世界。そこに、見えない壁が現れた。後退りすることができない。逃げることができない。

 

 死体の土人形が、ゆっくりと両手を上げる。

 

「わかば……せんぱい……」

 

 土人形が喋った。

 

 それは、低い、枯れたような声だったけど、確かに美咲の声だった。

 

「美咲!」名前を呼ぶ。

 

 そう。死体の土人形なんかじゃない。美咲なんだ。だから、怖がる必要はない。

 

 美咲は両手をこちらに向け、生気のない瞳であたしを見つめ、ゆっくりと近づいてくる。

 

「わかば……せん……ぱい……」

 

 再び枯れた声。助けを求めているような、悲しげな声。

 

 あたしは美咲に向かって手を差し伸べた。

 

 その手を、美咲が掴む。

 

 美咲が笑った――ように見えた。

 

「……せんぱい……お腹空いた……」

 

 美咲が、その恐ろしい声とはかけ離れた、緊張感のないことを言う。

 

 でもそれが、返って美咲らしかった。そうだ。この不気味な土人形は、不気味でも何でもない、食いしん坊の美咲なのだ。だから、怖がる必要なんてない。

 

「お腹……空いた……」また、低い声で言う。

 

 どうしよう? あたし、食べ物なんて持ってない。近くにコンビニでもあれば何か買ってくるんだけど、見渡す限り、コンビニなんて無さそうだ。と、言うより、ここにはあたしと美咲と見えない壁以外、何もない。

 

 ぼう、という、汽笛のような音は、なおも鳴り続けている。

 

「せんぱい……おいしそうです……」

 

 美咲が、ニヤリと笑った。

 

 おいしそう? 何が? あたし、食べ物なんて持ってないぞ?

 

 美咲の手が、あたしの手を放れ。

 

 そして、あたしの首に向けて伸びる。

 

「せんぱいの……肉まん……おいしそうです……」

 

 は? 肉まん? だから、肉まんなんか持ってないってば。何言ってんの? 美咲?

 

 そう言おうとしたけれど、言葉が出てこない。

 

 美咲は、さらに両手を伸ばす。

 

 その手があたしの首に届くところで。

 

 スッ、っと、その軌道を変え、下に降りた。

 

 そして。

 

 ぷにゅ。

 

 あたしの両胸を掴んだ。

 

 その瞬間、全身をゴキブリが這い回るような悪寒。

 

 美咲はあたしの胸の感触を確かめるように、ぴくぴくと指を動かす。

 

 あまりのおぞましさに、あたしは抵抗することができない。

 

 と、美咲の表情が曇った。指の動きが止まる。

 

「……あれ? この肉まん……干からびてますね……マズそうです……」

 

 ……コイツ、ぶん殴ってやろうか。そう思ったけど、やっぱり体は動かない。

 

 美咲の視線が下に落ちた。

 

「……じゃあ、こっちの大根にします……」

 

 両手が胸を離れ、そして、あたしの足、太ももに向かう。

 

 体が動けばタダじゃおかない所だけど、やっぱり体は動かない。

 

 美咲はあたしの右の太ももを掴み。

 

「いっただっきまーす」

 

 嬉しそうに顔を近づけ。

 

 かぷり。

 

 あたしの太ももに、咬みついた。

 

 あんぎゃー、と、あたしは悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 


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