ZMB48~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~   作:ドラ麦茶

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Day 366 #02

「ひ・と・ま・ず、おつかれさまー!!」

 

 ファーストステージを終え、舞台裏に下がるメンバー。近くの娘たちとハイタッチをして、満足なパフォーマンスができ、コンサートが順調にスタートしたことを喜び合う。中には、歓喜余って泣き出す娘もいた。まだ半分しか終わってないのに、大丈夫か? 二時間後には次のステージがあるんだぞ? ま、気持ちは分かるけどね。なんせ、一年ぶりのコンサート。それも、もしかしたらもう二度とできないかもしれないと思っていたコンサートなのだから。

 

「お疲れ! 若葉!」

 

 後ろから由香里の声。振り返ると、右手を上げてかけてくる。あたしも右手を上げ、ぱん! と、廊下に奇麗な音を響かせて、ハイタッチした。

 

「お疲れ、由香里。今日もMC、大変だったね」

 

「ホントそう。もう、遥にも困ったもんだよね。あの娘、キャプテンの素質は十分あると思うけど、MCが、ねぇ? あれはどうにかしないと」苦笑いする由香里。

 

 新キャプテンとしてその素質を発揮し、舞台裏ではすでに由香里に負けないくらいみんなをまとめている遥だけど、舞台の上では大きな問題がある。MCが、とにかくマジメすぎるのだ。次の曲やユニットの紹介、間を繋ぐためのトークでも、おもしろいことは何ひとつ言わない。実に淡々と進行しようとするのである。

 

「まあ、あの性格だから、しょうがないね」あたしも笑う。「でも、逆に由香里があのマジメさをイジってあげたから、お客さん、結構ウケてたじゃん。あれはあれでおもしろいと思うよ?」

 

「まあ、イジってあげる人がいる時はいいんだけどね。いない時のことを考えると、恐ろしいよ。これからは遥一人で進行しなきゃいけないことも多くなるだろうし、ホント、心配だよ」

 

 確かにな。もし由香里がいなくても、エリや美咲ならうまく遥のマジメキャラをイジれそうだけど、例えば深雪や燈など、比較的控えめな娘と絡んだ場合、どうなるかは想像もつかない。キャプテンたるもの、メンバーの誰と絡んでも盛り上げることができるMC力が必要だ。そういう点で、遥はまだまだキャプテンとしては未熟だ。

 

「それに比べて、前キャプテン様のMCはまさに完璧だったね。キレとリズムのある進行、相手によってボケとツッコみを瞬時に切り替える柔軟さ、まさに、MCの鑑だったよ」

 

「あはは。やっぱり? あたしもそうだと思ってたんだよね。やっぱ。ヴァルキリーズのキャプテンは、あたししかいないかな?」右手を頭の後ろに当て、胸を張る由香里。相変わらずおだてに弱い性格だ。

 

「もう。そんなこと言ってるのを遥が聞いたら、あの娘、真に受けてキャプテン辞退するかもよ?」

 

「げ……確かにそれはあり得るね」

 

 慌てて周りを見るあたしたち。遥は控室の入口の前に立っていた。戻ってくるメンバーに、何か話しかけている。幸い今の話を聞かれた様子はない。

 

「由香里さん、若葉さん、お疲れ様です」

 

 遥はあたしたちに気づくと、頭を下げた。

 

「お疲れ、遥」笑顔で応えるあたしたち。

 

「由香里さん。先ほどは色々とフォローしていただき、ありがとうございました。本当に勉強になりました。後半も、よろしくお願いします」また頭を下げる遥。

 

「うん。まあ、お客さんも喜んでくれたし、良かったと思うよ。遥も、後半よろしくね」

 

「はい! ありがとうございます!」お礼を言い、遥は今度はあたしを見る。「若葉さんも、ありがとうございました」

 

「へ? あたし、何かしたっけ?」思い返してみるけれど、特に遥をフォローしたとかはない。

 

「いえ、あたしではなくて、四期生の娘たちが言ってました。ステージ前、緊張しているところに若葉さんが声をかけてくれて、アドバイスしてくれて、リラックスできた、って。本来ならあたしがしなければいけないことなのに、ありがとうございます」

 

「ああ。別にそんな、大したことじゃないよ。ただヒマだったから、話しかけただけだし」

 

「いえ! 本当に助かりました。後半も、よろしくお願いします!」

 

 またまた頭を下げる遥。相変わらずの謙虚っぷりだ。一応キャプテンなんだから、先輩相手でも、もっと堂々としてていいと思うんだけどな。でもまあ、その辺はいざとなったら大丈夫だろう。なんせ、オータム号の中で、ワガママを言うあたしをひっぱたいたくらいだからな。

 

 あたしはポンポンと遥の肩を叩き、控室の中に入った。遥は、続いて控室に戻って来た睦美に声をかけ、お礼を言い、頭を下げた。

 

「……てか、あの娘、ひょっとして、メンバー全員に声をかけていくつもりなのかな?」心配になり、あたしは言った。

 

「まさか。何人いると思てるの? そんな大変なこと、やるはずが――」

 

 由香里と二人で遥を見る。

 

 睦美に続いて戻って来た可南子と綾に声をかける。二人とも四期生で遥の後輩だから、さすがにあたしたちの時みたいにペコペコしないけど、ステージ上での二人の歌とダンスの評価をし、最後に「ありがとう。後半もよろしくね」と、笑顔で言った。

 

「……あの娘なら、やりかねないね」呆れたような口調の由香里。

 

「まぢか……そんなの、由香里でもやらなかったよね? どんだけマジメなんだよ」あたしも呆れる。まさか、これから毎回コンサートやライブの後にやる気だろうか? 考えただけでも気が遠くなる作業だ。

 

「でも、まあ」遥を優しい目で見つめる由香里。「それはそれで、あの娘らしくていいんじゃない? キャプテンだからって、なんでもかんでもあたしのマネをしなきゃいけないわけじゃないんだしさ」

 

 確かに、それはそうだな。

 

 由香里の後任だから、しばらくはどうしても由香里と比べられてしまうだろう。由香里は、みんなが認める大キャプテンだったからなおさらだ。それは仕方がないことだけど、だからと言って、遥は遥であって、由香里ではない。由香里には由香里の、遥には遥のいいところがある。ただ由香里のマネをして、それでいいキャプテンになれるとは、到底思えない。遥は遥らしく、全力でキャプテンを務めればいいのだ。

 

 控室に入ると。

 

「はーい、皆さんお待ちかね、エリの特製スポーツドリンクでーす!」

 

 奥から、たくさんのペットボトルと紙コップを乗せたドリンクカートを押し、エリが現れた。みんな、待ってましたと歓声を上げる。見慣れたいつもの光景だけど、これも、一年ぶりのことだ。懐かしくて思わず笑みがこぼれる。

 

「はい。若葉さん、由香里さん、どうぞ」

 

 エリからドリンクを受け取り、一気に流し込む。口の中にほのかに広がるハチミツとレモンの香り。体中に染みわたる、水と塩分。二時間のステージで失った水分と体力が、瞬時によみがえる。そんな気がする。

 

「ああああぁぁぁぁ! ちょーおいしい! ありがと! エリ」懐かしの美味しさを魂の叫びで表現し、あたしはエリにお礼を言った。エリは、にっこりと微笑んで応えてくれる。

 

「はいはーい。続いて、祭の特製おにぎりでーす! みなさん、食べてくださいねー」

 

 エリの後ろから、なんと祭もカートを押してやって来た。大きなお皿にたくさんのおにぎりが乗っている。予想外の増援に、控室はさらに歓喜に沸きあがり、みんなで一斉におにぎりめがけて突撃する。あたしもちょうど小腹が空いてたところだ。みんなに負けじと、おにぎりにアタックする。無くなる前になんとか一個確保! さっそくぱくりと食べてみると、中身はキムチ&納豆だった。キムチの辛味と酸味が納豆の粘り気と絡み合って奏でるハーモニーがたまらん。隣の由香里を見ると、塩昆布と粗挽きコショウのおにぎりだった。ひと口貰うと、ピリッと辛いコショウの風味と塩昆布の風味が意外なマッチング。他の娘のおにぎりも見る。ウメおかかおにぎりとか、白菜味噌おにぎりとか、変わり種の美味しそうな具ばかりだ、これは、ひとつじゃ足りないぞ? ペロリと一個目をたいらげたあたしは、さらにおにぎりカートに手を伸ばす

 

「ただし! 二時間後には次のステージがあります。食べすぎは厳禁ですよ! 腹五分くらいに控えておいてくださーい。お腹が痛くなっても、知りませんからねー」

 

 祭がクギを刺すけれど、あたしはムシして二個目を取った。他の娘も、誰も聞いていない。当たり前だ。こんなタイミングでハズレ無しのおにぎりクジを出されて、腹五分にしろとかそんな苦行に近いこと、誰がやるもんか。ステージ上で横腹痛くなってもいいから食ってやる。

 

「もう。まだまだたくさんありますから、慌てなくても大丈夫ですよ」呆れ顔で祭が言った。

 

「そう言えば――」と、由香里が二個目のおにぎりを取りながら言う。「祭、剣道始めたんだって? 調子はどう?」

 

 へ? 祭が剣道を? それは知らなかった。この一年ヴァルキリーズは活動自粛状態だったから、みんなで集まって剣道の稽古をすることはなかったからな。

 

「はい。エリさんと一緒に稽古をしてるんですけど、教え方が丁寧で、楽しくやってます。ヴァルキリーズでの稽古が始まったら、由香里さんや若葉さんも、ご指導、よろしくお願いしますね」ニッコリと笑う祭。

 

「もちろん。でも、手加減しないからね」あたしも笑顔で返した。

 

 そっか。祭も剣道を始めたか。祭はシスタークラスだから武道は義務付けられていないけど、本格的に剣道を習い始めたのなら、これでナイトクラスの資格も得ることができる。つまり、エリに次ぐ、二人目のシルバーナイトの誕生である。近いうちに称号獲得も期待できるんじゃないか? これは楽しみになって来たぞ。

 

 さて、と。

 

 おにぎりを食べてちょっと口が渇いたので、あたしはエリの所に戻る。

 

「ゴメン、エリ。ドリンク、もう一杯貰うね」カートの上の紙コップを取る。

 

「どうぞどうぞ。たくさんありますから、ご遠慮なく」

 

「聞いたよ? 祭に剣道教えてたんだって?」

 

「はい。祭、筋が良くて、教え甲斐があります。まあ、あたしみたいな未熟者が教えるのも、気が引けますけどね」

 

「そう? エリだってもう初段なんだから、自信持っていいと思うよ?」あたしはそう言った。

 

 エリはこの一年、剣道の稽古に励み、先日、見事に初段を取得したのだ。まあ、もともと筋は良かったから、初段取得は時間の問題だとは思っていたけどね。

 

「でも――」と、あたしは続ける。「祭が剣道を始めたら、シルバーナイトが二人になっちゃうね? エリ、負けてられないんじゃないの?」

 

「はい。大丈夫です。もう、対策を考えてますから」

 

 対策? 何だろう? まさか、シャイニング・ウィザードで祭を潰すつもりじゃないだろうな?

 

 エリは、いつものおすまし顔で言う。「実はあたし、ずっと内緒にしてたんですけど、二年前から、通信制の大学を利用しているんです。早ければ、来年には卒業できる見込みです」

 

 通信制の大学!? 全然知らなかった。そりゃすごいな。卒業したら、ソーサラークラスの資格を得ることになる。そうなれば、全クラスの資格を持つ幻の混成職――パラディンの誕生だ。もちろん、ヴァルキリーズ初のことである。

 

「すごいじゃん! パラディンになったら、また人気が爆発しちゃうね。ランキングの票もグッと伸びるんじゃない? これでついに、深雪と亜夕美の二強時代も終わりかな?」

 

「それは分かりませんけど、ぜひ、そうなりたいですね」

 

 控えめに言うエリだけど、その笑顔には自信が溢れていた。これは、来年のランキングが楽しみだぞ?

 

「しかし、エリってホント、スゴイね。大学の勉強しながら剣道の初段をとって、しかも看護資格も持ってて、その上プロレス技も使えちゃうアイドルか。敵わないな」

 

 と、あたしが言うと。

 

 その瞬間、エリが、ナイフのように鋭く、氷のように冷たい目で、あたしを睨んだ。

 

 それはまるで、ギリシャ神話に登場する怪物・メデューサの石の視線だ。固まって動けなくなるあたし。

 

 だがエリは、すぐにいつもの笑顔に戻ると。「もう、若葉さん。何言ってるんですか。あたし、プロレスなんて野蛮なスポーツ、興味ありませんよ?」

 

「そ……そっか。そうだよね。ゴメンゴメン」何とか石化から解放される。ふう。エリの前でプロレスの話はタブーだな。あたしまだ、石の身体にはなりたくない。くわばらくわばら。

 

「何? プロレスがどうかしたの?」と、由香里も戻ってくる。

 

「あ、いや、えーっと……」目が泳ぐあたし。再びエリの石の視線を感じる。「あ、そうだ。あれ! ボビー・サップ!」

 

「は? ボビー・サップって、あの、ビーストって人? しばらく見なかったけど、そう言えば最近、またテレビに出るようになったね」

 

「そうなの! 今度、久々にプロレスに参戦するみたいなんだよ! いやぁ、楽しみだわ。サップって、精神面が弱かったせいか、キックボクシングや総合格闘の試合じゃ今ひとつの成績だったけど、プロレスだったら、スケッティ・ノートンにも負けないくらいの最強外国人レスラーになったと思うんだよね。サービス精神も旺盛だから、前からプロレス向きだと思ってたのよ。知ってる? 3.08両国国技館での、佐々木健助とのIWGP戦。最後のパワーボムは、強烈だったなぁ」

 

 と、エリの石の視線が怖いので、話について来れず戸惑っている由香里をムシして一気にまくしたてていたら。

 

「……最強外国人レスラーは、ハルク・ボウガンです……」

 

 誰かが、ぼそりと言った。誰か……まあ、エリしかいないけど。

 

「ん? エリ、なんか言った?」由香里が不思議そうな顔で訊く。

 

「いえ? 何も言ってないですよ?」とぼけるエリ。

 

 が、その後もあたしがプロレスの魅力を熱く語っていると、エリはそわそわと落ち着かない感じで、こちらの様子を伺っていた。話に混ざりたいなら遠慮しなくていいのにな。エリのプロレス好きは間違いないんだから。それも、かなりの通だと思われる。

 

 何故なら。

 

 一年前、オータム号の中で、アントニオ猪樹さんの話題が出た時、エリは猪樹さんのことを“燃ゆる闘魂”と言った。正確には“燃える闘魂だ”と、思ったけれど。

 

 後で調べてみたら、猪樹さんにこのキャッチコピーが付いた当初は、実は“燃ゆる闘魂“だったそうなのである。

 

 結構なプロレス好きのあたしでも知らなかったことだ。エリのプロレス好きは、筋金入りだと思う。お嬢様キャラとは言え、別に隠さなくてもいいと思うんだけど。

 

「まあ、エリのキャラ設定は、とことんブレませんからね」

 

 そう言って控室に戻って来たのは、ヴァルキリーズ最強忍者・燈だった。おつかれさまです、と、あたしと由香里に挨拶をする。

 

「エリ、ドリンク、貰うよ?」燈は、左手でカートの上の紙コップを取り、一口飲んだ。

 

「それにしても、燈、今日の歌とダンス、冴えてたね。とても昨日合流したばかりとは思えないよ」ステージ上での燈を思い出し、あたしは言った。

 

「ありがとうございます。まあ、体に染みついてますからね。一年くらいじゃ、忘れませんよ」燈は笑顔で応えた。

 

 一年前のあの事件の後、燈は突然、みんなの前から姿を消した。電話等で連絡だけは取れるものの、どこで何をしているのかは一切話してくれなかった。あたしはおろか、由香里や遥、親友のエリに対しても、である。アイドル・ヴァルキリーズの再始動が決まり、コンサートの練習が始まっても、燈は姿を現さなかった。もしかしたら燈はヴァルキリーズを辞めるのかも。そう思い始めた昨日の朝、突然、燈は戻って来たのである。

 

「……で、相変わらず、どこで何をしていたかは言えないわけ?」燈に向かって、あたしは言った。

 

「はい。申し訳ありません」表情を崩さず、燈はドリンクを飲んだ。

 

 ……ま、帰って来た燈を見たら、大体想像はついたんだけどね。

 

 と、言うのも。

 

 実は事件以降、もう一人、行方不明だった娘がいて、その娘も、昨日の朝姿を見せたのだけど。

 

「若葉さん、由香里さん、エリさん、お疲れ様です」

 

 礼儀正しく立ち止まってお辞儀をし、やって来たのは、四期生の雨宮朱実――一年前の事件で、右腕を切断した娘。そして、燈と一緒に一年間行方不明だった娘だ。

 

「エリさん、ドリンク、頂きます」

 

 そう言って、朱実は紙コップに手を伸ばす。失ったはずの右手で。

 

 しかし。

 

 手に取った瞬間、くしゃ、っと、朱実は紙コップを握り潰してしまった。幸いまだドリンクが注がれる前だったのでこぼれずにはすんだけれど。

 

「あ、スミマセン。あたし、まだ慣れてなくて」朱実は、てへ、っと笑い、そして、左手で紙コップを取った。

 

 ……つまり、そういうことなのだ。どういうことかは想像にお任せするが、要するにそういうことなのだ。この件にはヘタに触れない方がいい。なんせ、某軍事超大国アメリカの、某諜報部隊CIAが絡んでくるのだ。命がいくつあっても足りない。今のあたしにできることは、朱実が握手会でファンの手を握り潰さないように祈ることくらいだ。

 

「――おつかれさま」

 

 落ち着いた声で控室に戻って来たのは、深雪だった。皆、背筋をぴんと伸ばし、最敬礼しそうな勢いで「お疲れ様です!」と、神撃のブリュンヒルデを迎える。

 

「お疲れ、深雪」あたしは深雪にドリンクを渡した。

 

「ありがと、若葉。由香里も、おつかれさま。エリ、ドリンク、頂くね」そう言って、上品な仕草で紙コップを口に運ぶ深雪。

 

「今日もブリュンヒルデ様は絶好調だったね」と、由香里が言った。「連日のハードスケジュールにもかかわらず、あの歌声、あのダンス。もう、頭が下がるよ」

 

「えー? そんな大げさな。ま、久しぶりのコンサートだから、楽しくてしょうがないけどね」

 

「映画の方はどう? 順調?」

 

「うん。絶好調だよ」深雪は笑顔で応えた。

 

 深雪は今、コンサートと同時に、映画の撮影も行っている。一年間活動を自粛していたヴァルキリーズだけど、個人の芸能活動まで禁止されたわけではない。ヴァルキリーズの仕事が無い間、深雪は日本を代表する映画監督の新作映画のオーディションを受け、見事、主演女優の座を射止めたのである。

 

「みんな演技が上手で、監督の指導も厳しいけど、いい刺激になってる。毎日自分の演技が上達しているのが分かるんだ。ホント、すごく楽しいよ」

 

 深雪は子供のようにキラキラした瞳で言った。

 

 コンサートの練習中は、コンサート会場と映画の撮影現場とを行き来するハードスケジュールが続いた深雪。さすがにコンサート開催期間はお休みをいただいたみたいだけど、国民的アイドルグループの絶対的なエースとは言え、映画界では所詮新人である。それなのに一週間の休みをもらえるなんて、よっぽど監督さんたちから気に入られてるんだろうな。やっぱ、顔かな。なんて。

 

「あたしのことより、若葉はどうなの?」と、深雪が言う。「映画のヒロイン役が決まりそうだ、って、一年前、船の中で言ってなかったっけ? あれ、どうなったの?」

 

「……ああ、あれね」触れてほしくない話題が出てきて、急激にテンションが下がるあたし。「ゴメン、あの件については、忘れてくれる?」

 

「いいけど……何があったの?」心配そうに見つめる深雪。あたしは、乾いた笑いを返した。

 

 これは、思い返しただけでもはらわたが煮えくり返る話なんだけど。

 

 オータム号の事件が一段落したある日、ヒロインでの出演がほぼ決まっていた例の映画の監督から、二人で会おうというメールが届いた。名目は映画の打ち合わせ、ということだった。まだ正式にヒロイン役が決まったわけでもないのに打ち合わせなど、怪しさ満点である。しかし、断るわけにもいかない。仕方がないので行ってみると、案の定、食事そっちのけでボディタッチに卑猥な行為への誘いというセクハラ三昧。その後、ホテルに誘われ、ヒロインとして出演させる代わりにと、肉体関係を要求された。もちろんきっぱりと断り、帰ろうとしたけれど、あまりにしつこく誘って来るので、美咲直伝、三島流喧嘩空手・必殺超ぱちきを喰らわせてやったのだ。おかげで、ヒロイン役の話はパー。女優へ夢は大きく遠のいてしまった。

 

 まあ、それもしょうがない。あたしは一年前、スキャンダル記事でメンバーやスタッフやファンのみんなを裏切ってしまった。自分の夢をかなえるためとはいえ、またみんなを裏切るようなことはしたくない。

 

 その後、今日までいろんなオーディションを受けたけど、大きな役を射止めることはできず、自分の未熟さを実感することとなった。しかし、いくつかのドラマに脇役ながらも出演することができ、ベテラン俳優さんと共演することで、大きな勉強となった。夢への道はまだまだ遠いけど、少しずつ、昇りつめている実感はある。今は、それが唯一の救いだ。

 

「おつかれー!!」

 

 控室に、亜夕美のひときわテンションの高い声が響き渡る。その後ろには、七海や真理など、仲の良い娘たち。メンバー全員、深雪の時と同じようにピンと背筋を伸ばし、「お疲れ様です!!」と、大きな声で応える。

 

 あたしはドリンクを飲みながら、チラリと深雪の方を見る。

 

 深雪は、一気にドリンクを飲み干すと。

 

「ありがとう、エリ。おいしかったよ」

 

 自慢の笑顔を見せ、そして、ロッカールームへ向かった。

 

 入れ替わる形で、亜夕美たちがあたしたちの所へやって来た。

 

「おつかれ、みんな。エリ。ドリンクちょうだいね」亜夕美はカートからドリンクを取り、一気に飲み干した。「くわああぁぁ!! 染みわたるわぁ! 生きてて良かったぁ!」

 

 風呂上がりのビールを味わうおやじみたいなことを言う亜夕美。今日もステージ上では、歌にダンスに薙刀の殺陣にと大活躍。ボブパーマの髪を振り乱し、汗を飛び散らせ、体力自慢を存分に発揮している。

 

 ま、それはいいんだけどさ。

 

「……あんた、なんでまた、深雪と口を利かなくなってんのよ。せっかく仲直りしたのに」あたしは亜夕美に言った。

 

 そう。今、深雪が亜夕美を避けるようにロッカールームへ行ったのは、気のせいではない。実はこの二人、またまたプライベートでは口を利かなくなってしまったのだ。あのオータム号内でのラブラブぶりは幻だったのだろうか? と思ってしまうほど、見事に元通りである。

 

「うーん。ま、いろいろとあってね」はぐらかす亜夕美。

 

「まさかあんた、深雪が映画のヒロインの座を射止めたことに嫉妬してるんじゃないでしょうね?」

 

「そんなわけないでしょ? あたしがそんな心の狭い人間に見えますか?」

 

 確かに、四年前ならいざ知らず、今の亜夕美がそんなことで嫉妬するとは思えないな。

 

 それに。

 

 亜夕美だって、この一年、何もしなかったわけではない。女優志望の亜夕美は、夢をかなえるため、七海と二人で、なんと、アメリカへ渡っていたのである。そして、ハリウッドやニューヨークで映画やミュージカルのオーディションを受け続けていたそうだ。残念ながら大きな役を射止めることはできなかったみたいだけど、帰国した二人の顔は晴れやかだった。きっと、それなりに得るものの大きかった一年だったのだろう。「時が来たらまた挑戦したい」とも言っている。時が来たら――ヴァルキリーズを卒業したら、ということだろう。亜夕美はもう、ヴァルキリーズの先を見据えている。

 

 それはきっと、深雪も同じだろう。今撮影中の映画が公開され、ヒットすれば、深雪もきっと卒業を決意するはずだ。ヴァルキリーズの活動を続けながら映画の撮影をするのは、かなりハードだ。今回のようにコンサートが重なれば、撮影を中断しなければいけないこともある。大事な撮影中に中断なんてすると、他の出演者やスタッフに迷惑がかかるし、本人もせっかく入り込んだ役が抜けてしまいかねない。アイドル・ヴァルキリーズという看板は、あたしのような未熟者には仕事を頂ける立派な看板だけど、深雪のように本人の実力でやって行ける人とっては、重すぎる看板なのだ。ヴァルキリーズから羽ばたいて身軽になれば、もっといろんなことに挑戦できる。

 

 深雪と亜夕美。二人はきっと、ヴァルキリーズを卒業しても、ずっとライバル関係でいつづけるのだろう。

 

「……でも、じゃあ何でまた口を利かなくなったのよ?」あたしは亜夕美に訊く。

 

「うーん。何と言うか、調子が狂っちゃって」

 

 は? 調子? 何言ってんだ?

 

「ずっと長い間、あたしたち、口も利かず、黙って競い合って来たからさ。いざ話をしながら仕事をすると、お互い、遠慮しちゃってね。なんか、緊張感が無いんだよね。慣れ合いになってる感じ。このままじゃ、もうあたしたち、成長できない、って、二人で話し合って、それで、また口を利かないことにしたの」

 

 ……そう言えば、深雪もオータム号の中で、そうなることを心配してたっけ? ライバル関係って、ホント、難しいな。

 

 ま、お互いが向上心を持って口を利かないんだったら、別にいいかな。それに、深雪と亜夕美が仲がいいと、こっちまで調子狂っちゃうし。

 

 亜夕美はドリンクを持ち、祭のおにぎりの方へ向かった。七海たちも続く。

 

 と、そこへ。

 

「チーフ! お疲れ様でした!!」

 

 聞きなれた大きな声が響き渡る。

 

 見ると、入口で、美咲が遥に向かってヴァルキリーズ誓いのポーズをしていた。チーフは、今は遥のことである。

 

 美咲は遥としばらく話すと、トコトコとあたしたちの方へ走って来た。「若葉先輩! アービター! お疲れ様です!!」また右拳を左胸に当てる。アービターとは、キャプテンの座から退いた由香里の新しい呼び名である。意味は『調停者』とのことだ。争っている二人の間に介入し、解決を図る人のことをいう。何のことかはよく分からない。

 

「お疲れ、美咲」あたしも軽く忠誠のポーズを返す。「今日のトーク、良かったんじゃないの? ねえ? 由香里」

 

「うん」と、由香里も大きく頷いた「お客さんも大盛り上がりだったし、もうトークスキルじゃ、すっかり若葉を超えたね」

 

「ホントですか!? やったぁ!!」子供みたいにぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ美咲。

 

 美咲はこの一年間、テレビのバラエティ番組に沢山出演し、マルチタレントとして大活躍だった。おかげでトークスキルが格段にレベルアップ。今やすっかりお茶の間の人気者だ。この調子なら、まだ開催の予定はないけれど、アイドル・ヴァルキリーズ第6回のランキングでは、さらなる躍進が期待できるだろう。もしかしたら、あたしの順位を超えるかもしれない。というか、超えてもらわないと、あたしはいつまでたってもヴァルキリーズを卒業できないので困るのだけどね。

 

 とは言え、あたしもそう簡単に負ける気はない。これからあたしも、次のランキングが開催される日まで、全力で頑張り、美咲の挑戦を受けて立つつもりだ。それが、あたしを超えたいと言った、美咲に対する愛だから。

 

 喜ぶ美咲に、あたしはクギを刺す。「まあ、もともとあたしは、トークは苦手だったからね。美咲が勝って当然。でも、それくらいじゃ、まだまだあたしを超えたことにはならないわよ? 歌も、ダンスも、演技力も、まだまだあたしの方が上なんだから。もっと、精進しなさい」

 

 すると、美咲は唇を尖らせる。「むー。分かりました」しかし、すぐに笑顔になって。「あ、でもあたしももうひとつだけ、若葉先輩に勝ってるところ、ありますよ?」

 

 うん? 美咲があたしに勝ってるところ? トーク力以外で、何かあるかな?

 

 美咲は胸を張って言った。「それは、おっぱいです。前から若葉先輩って、おっぱいが小さいな、と、思ってたんですよね。グラビアでは、おっぱいは重要な要素ですし、あたし、これだけは絶対に若葉先輩に負ける気が――」

 

 

 

 その辺りから、あたしの記憶はなくなり。

 

 

 

 気が付くと、目の前には、右腕を切断され、胸を大きく引き裂かれ、ゾンビの心臓を移植され、身体中の血液を抜かれ、腹を引き裂かれ、ゾンビに半分身体を喰われ、頭を丸刈りにされ、ネットの動画投稿サイトにアップされた美咲の姿があった――。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 あたしは、ヴァルキリーズのみんなを見つめる。

 

 

 

 変わらないものがある。

 

 その一方で。

 

 変わって行くものがある。

 

 嬉しくもあり、ちょっぴり、寂しくもある。

 

 でも。

 

 それがあたしたち、アイドル・ヴァルキリーズだ。

 

 

 

 

 

 

 二時間の休憩が終わった。

 

 あたしたちは、再び舞台裏へ集まる。

 

 キャプテンの言葉を、胸に刻みつけ。

 

 誓いのポーズで、ヴァルキリーズの出陣の儀式を終える。

 

 会場に、音楽が鳴り響き。

 

 あたしたちは、再び階段を駆け上がる。

 

 

 

 さあ――。

 

 

 

 あたしたちの、セカンド・ステージの、始まりだ――。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ――――。

 

 ――ば。

 

 ――かば

 

 

 

「若葉!!」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 由香里の呼ぶ声で。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 あたしは、目を覚ました――。

 

 

 

 

 

 


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